坐禅と見性第126章ぐるりと回転360度色即是空空即是色
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このスレの1章は、南予さんが建てたスレッドである。
スレッドは来(きた)る者を拒(こば)まず、去る者は追わず、だが荒らしはイラン
会者定離。会うものは、別れるもの、こんにちは、さようなら。。
問い答えて対話してきた各章のつらなり、1000章が、次のステップか。
佛とは、真理、ダルマ、法、人格的存在ではない。
問う、「片手の人がたたく拍手の音を聞いてこい 」
スレのお決まり、名無しは荒らし、書き込みは固定ハンドルネームを付けてください。
【前スレ】
坐禅と見性 第125章 のどとくちを塞いで、何か云え [無断転載禁止](c)2ch.net
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【過去スレ】
坐禅と見性第124章熱砂の砂漠のオアシスにはアブラヤシの実が生る [無断転載禁止]©2ch.net
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坐禅と見性第123章クマゼミの羽化を見つめる夜明け前 [無断転載禁止]©2ch.net
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坐禅と見性第122章ヨモギを摘んで干しあげて、ヨモギ茶飲む
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坐禅と見性第121章麦の秋、ひばり舞い歌う [無断転載禁止]©2ch.net
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坐禅と見性第120章山の端に入道雲の湧き上がる音すなり [無断転載禁止]©2ch.net
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坐禅と見性第119章丘の上に坐しポーンと投げ込み散骨す [無断転載禁止]©2ch.net
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坐禅と見性第118章海底からの上昇流と海面からの下降流、休まず [無断転載禁止]©2ch.net
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坐禅と見性第117章禅のアヒルは、泥水に注がれたミルクだけを飲む [無断転載禁止]©2ch.net
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坐禅と見性第116章汝こそ汝の主人公、他の誰が」主人公でありうるか。 [無断転載禁止]©2ch.net
http://rio2016.2ch.net/test/read.cgi/psy/1486825130/ >>158 聞きっかじりググるパクリ屋シッタカ邪鬼初関を透れ
おバカは、続くよ、何処までもぉ〜♪
> 父母未生以前の自己を見てこい!
自己を見ろ、と、言うのか、バカものだな。
一の如し、とは、無我だぜぇ〜♪
それは 真理さとり を言う。。 >>159
馬鹿者が!
「父母未生以前の自己」を看るのだ!
一の如しのその前を看てこい!
鈴〜 >>160 ノラリクラリ言を左右するコメディアン・ジャンキー大山
> >>159
> 馬鹿者が! 「父母未生以前の自己」を看るのだ! 一の如しのその前を看てこい!
前とは、後ろが あってこそ の 概念である。
前が無く、後ろが無い、ところ、それは 何だァ !? >>162 愉快犯 邪鬼夜行(じゃっきやぎょう) さん
> >>161
> 中だろwwwwww
ダジャレで ごまかす コメディアン・ジャンキー大山 ノラリクラリ言を左右する > 宮沢賢治の雨にも負けずの詩の中に 一日に玄米四号と味噌と少しの野菜を食べとあるが、 玄米四号ってすごいよね。二回に分けても2合だからどんぶり飯大盛だな。 』
現在でも修行僧が、取引関係の仏具屋、離れで、一日のんびりと手足を伸ばして休養する日が、有る、と言う。
日頃質素な食事をしているのだが、この日ばかりは、お櫃を抱えてメシを食いつくす、と言う。
また、全国各地の神社のお祭りで高く盛り上げて盛りつけられた茶碗のメシをたいらげる、と言う神事がある。
従来から日本人はビックリするぐらいのコメを食べていたのである。
一汁、一采、である。
汁物が一椀、に漬物が付く。
年に一回は魚の干物が付けばいいほうだとか。
栄養のバランは悪いが、コメにはほとんどの栄養は入っているが、多量に食べないと生きていくには栄養補給が出来ないのである。
玄米は、昔の木のの蓋の重しでは圧力がかからず、うまく炊けなかったろう。
米ぬかのにおいと味は、なかなか慣れるものではない、におうし、まずいのである。
だが白米に比べると栄養面では優れる。
宮沢賢治も、玄米4号を食うと言うが、味噌とはみそ汁の事であり、野菜とは漬物の事である。
現代人が想像する食事とは、まったく異なるもので、たんぱく質がどうの、脂質がどうの、ビタミンがミネラルがどうのと言う現代人の思う食事など食べられなかったのが常識だったのだ。
日本人の長い腸は、米飯に適応してきたのである。
2万年続いた縄文人は、2〜3百年物の大木の栗の木が村の周辺にはびっしりと植えられており、栗は保存にも向いており、主食であった。
他には、動物を食べていた。イノシシ、シカ、馬、イヌ、ネコ、生うに、アサリ、ハマグリ、サザエ、アワビ、果実類。
米飯食だけの仏教伝来後の日本人の身長が、1メートル40前後であったことに比べると、はるかに背が高かった。
食事の量を半減した私は、最近はすっかり慣れた(-。−;)アセアセ >>165
重複だよwwww
自分の書いたレスも記憶にないほど脳が委縮してるんだよwwwwww こら、ポタ公!
身の程を弁えろ。
一如とか、そんな誰でも知ってる仏教の常識を、今更いちいちまわりに吹聴するな。
「だから何?」程度しか思ってないんだよ。
勘違いするな。 宝石の網・・・もし究極の<現実>が゛あらゆる形態からの<開放>の中での静穏な自己の享受と客体の活動的な享受ーすなわち
純粋な「精神」としての享受と物質の中での「精神」としての享受ーという二つの様相において存在するものであるならば、
<現実>としての完全な結合のためには、その両方の様相における統一が要求される。それは「此岸」し「彼岸」の両方で知ら
れねばならない。「・・・・」至高の祝福的な経験も、快楽と苦痛の混じりあった生活を送る人間という形をとつて現れるもの
も、同じシヴァなのだ。もしこれらのシウァがすべて同一であるという事が、一切の人間的行為の中で認識されるならば、あり
とあらゆる人間機能を、犠牲と祭礼という宗教行為とすることによつて達成できる。
〔・・・〕たとえばタントラのサーダカ(修行者)は食べるときも飲むときも、あるいはその他の身体的自然機能を充足
させるとき、常に実行しており、つぎのように言いかつ思うー我はシヴァである、我はバイララヴァで゛我は彼女であると。この
ように行為し享受するのは、単独の個人ではない。彼の中で、彼を通じて、行為し享受しているのはシヴァなのである。伝説的な
アシュヴァクラは言います。「すべての中に自己を、自己の中にすべてを認識し利己主義と「わがもの」の感覚から開放された者
は、幸福であれ汝は快適で゛あるべし」。?私は小さな○に囚われて生きている要するに○出余裕がないんだよう、陽言うは
まあ大きく出れば◎の仲で生きているのが見える野鴨学んだ観多でも今は小○の中 坐禅いやザ前は目の前しか見てないと思うから私は面倒がるのか○
でも町々も山や空も太陽の坐禅の仲間で坐つている風景で◎になる野鴨
さあボリボリと頭描く私の風景でも今は雲が中途半端に遮っているし
これから毎日坐禅するかのろまの私にノルマが覆いやまびこかえさず肥満をなくせ
忙し過ぎる時はサボればまあ良いか、とりあえず 困るから大◎絵でも太陽は雲つているそのうち輝く >>158
ジャンキー君はまず自分の病的自己愛を直視しましょう、禅でものをいうの、その後笑。
>>160
ジャンキー君は父母にきちんと躾けてもらっていないぞ笑。まず病的自己愛、病的プライドを捨てて一からやり直しなさい笑。
>>167
躾けらていないジャンキー君も身をわきまえましょう笑。 禅と見性スレ歴代、発狂一位ジャンキー様確定祝!!
(_):___::|_
(_)〔座〕(_)この紋所が目に入らないアルか!
(_)〔禅〕 :::| ∧∧
( )::: ̄ ̄::|ヽ : ∧_∧ /瞋\ ∧_∧
 ̄ ̄(  ̄`\\<`∀´; > (`ハ´ #) (@∀@ ∩
) ヽ 貪 ) (~__((__~) (つ癡 丿
● //( ( /__ \ ( ヽノ
巛 <_) <__)(_) (_) し(_)
538ジャンキー大山2017/06/28(水) 02:40:37.66ID:g63M09zL>>539
>>533
>あなたの取り組みは、どうですか、どうなってますか。
坐禅だよ坐禅!
坐禅しろ坐禅!
坐禅!坐禅!坐禅!
戦闘力判定、貪・瞋・癡(信長の野望の武将才能数値風w)
ジャンキー大山、三毒力、むさぼり、貪、100
愚かさ、癡、100
怒り、瞋、100 (豊田真由子議員レベル)
ジャンキー様の、その実力とは?
病的自己愛で発狂公開オナニー
@禅語を水戸黄門の印籠みたいに使い、ジャンキー君の哀れな虚栄心と自己愛を満たす(自己完結一人遊び水戸黄門笑)
A液状化の意味不明な回答、質問をして、病的自己愛を防御。 マルチポスト発狂、犬の習性マーキング的レス笑。
B相手を精神病扱いして、怒りを発散して、脳内勝利感を哀れに味わう(金正恩、トランプ参照)
C病的自己愛と発狂で、ついに自演笑。
このループしかない発狂ジャンキー君
ぼったん、三毒力、むさぼり、貪、100
愚かさ、癡、100
怒り、瞋、80 155.
不見、か。
自分には不見である。
それでは不見でない存在とは何か。
その不見でないところの主体とは何か。それが問題である。
158.
父母未生以前、の自己を看てこい、か。
それは看ることができない。自分では。
それでは、それを看ている主体とは何か。そこが問題である。 >>168 A ちゃん
> ?私は小さな○に囚われて生きている
要するに○出余裕がないんだよう、
陽言うは
まあ大きく出れば
◎の仲で生きているのが見える野鴨
学んだ観多でも今は小○の中 』
⇒ クイズかとも思うが、意図的な誤変換のダジャレ。。
結論は、困ってる、という事かなぁ。 祖録 三祖大師信心銘 2
違順相爭う、是を心病と爲す、
玄旨を識らざれば、徒に念靜に勞す。
圓なること大虚に同じ、欠ること無く餘ること無し。
良に取捨に由る、所以に不如なり。
違っているとか合っているとかを争うのは心の病と言うしかない。本来のことを知らなければただ静かにすわっているにすぎない。
本来のことというのは丸い円のようなもので大きなこの世界と同じにどこにも欠けているところはないし余っているところもない。
欠けているとか余っているとかいうのはわれわれが必要としたり要らなくなったりするからなのだ。
だから本来のことというのは「こういうものである」としてはならないのである。 無門關 第10則 C税孤貧
曹山和尚、因みに僧問うて云く、C税孤貧、乞う師、賑濟したまえ。
山云く、税闍梨。税應諾す。
山曰く、原白家の酒、三盞し了って、猶お道う未だ唇を沾さずと。
無門曰く、無門曰く、C税の輸機、是れ何の心行ぞ。
曹山の具眼、深く來機を辯ず。
是の如くなりと然雖も、且く道え、那裏か是れ税闍梨の酒を喫する處。
頌に曰く、貧は范丹に似、氣は項羽の如し。
活計無しと雖も、敢て與に富を鬪わしむ。 碧巌録(へきがんろく) 第95則 長慶三毒(ちょうけい さんどく)
垂示
有仏の処、住することを得ざれ。住着すれば頭角生ず。
無仏の処、急に走過せよ。走過せざれば草深きこと一丈。
たとえ浄裸々、赤洒々として事外に機なく、機外に事なきも、未だ免れず株を守って兎を待つ。
しばらくいえ、総にさようならざれば、そもさんか行履せん。
試みに挙す看よ。
?
注:
住着:執着。
頭角生ず:動物とおなじような角が生えて凡夫の世界に生きる。
草深きこと一丈:自分を埋め尽くすほどの煩悩妄想に埋もれるだろう。
事:現象。
機:心の働き。
株を守って兎を待つ:同じ処に止まり、自らを転換できない。
?
垂示の現代語訳
?
これが仏だ、これが悟りだと、仏や悟りに尻をすえて、停滞してはいけない。
そんな処に住着すれば頭に角が生じ、動物に近い凡夫の世界に堕落してしまうだろう。
それでは何も無い無仏の処が良いのだろうか。
無仏の処も急いで走過しなければならない。
何も無い無仏の処に住着していれば身を埋め尽くすほどの
煩悩・妄想の草に埋没してしまうからだ。
それでは浄裸々、赤洒々ときれいさっぱりと洗い流した超絶の境地や、
「事外に機なく、機外に事なき」と言った万物一体、心境一如の境地が良いのだろうか。
そのような境地も、「株を守って兎を待つ」ような愚かさに近い。
ではそのように、何もかもだめだと言うならば、どのように振舞えば良いのだろうか。 >>177
試(こころ)みに挙(こ)す看(み)よ
本則
長慶ある時云く、「むしろ阿羅漢に三毒ありとは説くとも、如来に二種の語ありと説かじ。如来に語なしとはいわず、ただこれ二種の語なし」。
保福云く、「そもさんかこれ如来の語?」。
慶云く、「聾人いかでか聞くことを得ん?」。
保福云く、「まことに知んぬ、汝が第二頭に向って言うことを」。
慶云く、「そもさんかこれ如来の語?」。
保福云く、「喫茶去」。
?
注:
長慶:長慶慧稜禅師(854〜932)。
法系:六祖慧能→青原行思→石頭希遷 →天皇道悟→龍潭崇信→
徳山宣鑑 →雪峯義存→長慶慧稜
保福:保福従展禅師(?〜928)。長慶慧稜とともに雪峰義存門下の兄弟弟子で法嗣である。
長慶(兄弟子)と保福(弟弟子)はお互いによく議論(法戦)をしていたようである。
本公案はその問答を用いている。
二種の語:方便と真実という二種の言葉。
?
本則:
長慶はある時言った、 「阿羅漢には貧瞋痴の三毒が残っていることがあるかも知れない。 しかし、如来には二種類(真実と方便という)の言葉はない。 如来は語言三昧の一枚舌であり、二枚舌はない」。
保福は聞いた、 「じゃあ、如来の言葉(語)とは一体どんなものだ?」。
長慶は云った、「お前のような聾人に言っても無駄だよ?」。
保福は云った、 「それ、お前さんは第二義に落ちたじゃないか (本当は如来の言葉(語)とはどんなものか知らんのだろう)」。
長慶は云った、 「では貴公は如来の語は一体何だと言うのか?」。
保福は云った、 「まあ、そうあせらず、お茶でも召し上がれ」。 >>178
?
頌
頭たり第一第二
臥竜は止水に鑑さず
無処には月ありて波澄む
有処には風なきに浪起る
稜禅客稜禅客
三月禹門点額に逢う
注
頭たり第一第二:第一頭、第二頭と。
臥竜は止水に鑑(うつ)さず:潜竜は静まり返った水面(無処=下層無意識脳)には姿を現さない。
無処:絶対無の処(下層無意識脳を中心とする脳)。
有処:妙用の処(全脳=上層脳と下層脳がバランスよく機能する脳)。
稜禅客:長慶慧稜。
三月禹門点額に逢う:三月に禹門(竜門)を突破した鯉は竜になれるが、
そこで額を打ちつけたら引き下がるしかない。
頌
古来保福が第一頭で長慶が第二頭だとかいう見方があるが そのような順位付けでは“如来の語”にはお目にかかれない。
“如来の語”は一字不説で第一も第二もない絶対の語だからだ。
そもそも長慶が「二種の語」などと言うから第一や第二と言い出すのだ。
そんな紋切り型の収まり返った処(止水)には生きた臥竜(如来)の語はない。
絶対無の処(無処、下層無意識脳)には静まり返って月影がさやかに映っているだろう。
しかし、そのような静まり返った処(無処)に波乱万丈の活動は期待できない。
妙用の処(有処=全脳)にこそ風がないのに驚天動地の働きが期待される。
稜禅客(長慶)は弟分の保福にそこを悟らせようとしたが、泥棒(保福)を呼び込んで家財道具を持って行かれたようなものだ。
それは三月に禹門(竜門)を登って竜になりそこねた鯉が岩に頭をぶっつけたようなものである。 >>180
有仏に非ず、無仏に非ず。
しっかり坐禅して両辺に落ちざる処を確と看てこい。
鈴〜 坐禅しないやつが語録だの公案の支離滅裂な感想文を書いて散々disられて過ちを指摘されてw
よくやるよなぁwww いつたい何故か?物語やドラマは何故山有り谷あり場仮で.何故平平凡な幸福が延々と続いて終わりのないドラマが無いのか
。それは見ている人は楽だけどドラマの中の人は苦しい場面ばかり?最後のハッピーエンドは直ぐカットされて直ぐ終わり
後は身内??悟りも楽しい修行が無く?修行は辛くセットされていて絶望の後で悟れると脳に設定されるし??楽しい修行
が絶対良いと思うのに何故簡単にみんなに悟れる様にしないのか??香厳さんも簡単に本で悟れると思ったのに大変な思い
して悟れてよかったと師匠が簡単に教えなかった事を感謝するし??何故何故なんだろう?此処のところが悟りより重大な
秘密があるのか?我々も平凡な日常が続くドラマなんか誰も見ないし?いったい何故なんだろうか?底には悲しい秘密が
あるのだろうか??まあ何だかんだとまあ良い旅の内に色々な思いも或る師まあよいか。山や谷の無い風景画は詰らない視
私には全然解らないけど?前禅?まあええか?前を信じてまあええかで行くしか無い野鴨。何か解らなく手も暗中模索で
枕を探して行くのがスルスルと正解に繋がっている?スルメノ様に粘り強くならなければ修行もまあええといえないのか?
前に意図あるのか?目の前の糸をたどって迷路から抜けだしたら意図不明ではなかった空とあるのか?とにかく仏さんの
やることは修行の途中の我々には意味不明に見得るのか?見て来いの未来は振り返れば一つの道しか無く.まあ絵画にには
色々ある様な未知ばかり?でも未知知るべえなのかと.まあ何だかんだと進んで行く観んな世界の正解◎だしまあよいか >>181
犬レベルの躾が不足して、発狂レスしているジャンキークンの病的自己愛をきちんとみたほうがいいぞ笑。
>>182
あれだけクダランレスを多量で自演罵倒やる犬レベルの躾が不足の犬ジャンキークン、
坐禅とか偉そうなご意見止めていただけませんでしょうか。
ジャンキー君、病的自己愛まみれでエア指導で禅を騙るな 昨日の犬ジャンキーの発狂模様参照笑。
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/psy/1508204000/l50
禅と見性スレ歴代、発狂一位ジャンキー様確定祝!!
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) ヽ 貪 ) (~__((__~) (つ癡 丿
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538ジャンキー大山2017/06/28(水) 02:40:37.66ID:g63M09zL>>539
>>533
>あなたの取り組みは、どうですか、どうなってますか。
坐禅だよ坐禅!
坐禅しろ坐禅!
坐禅!坐禅!坐禅!
戦闘力判定、貪・瞋・癡(信長の野望の武将才能数値風w)
ジャンキー大山、三毒力、むさぼり、貪、100
愚かさ、癡、100
怒り、瞋、100 (豊田真由子議員レベル)
ジャンキー様の、その実力とは?
病的自己愛で発狂公開オナニー
@禅語を水戸黄門の印籠みたいに使い、ジャンキー君の哀れな虚栄心と自己愛を満たす(自己完結一人遊び水戸黄門笑)
A液状化の意味不明な回答、質問をして、病的自己愛を防御。 マルチポスト発狂、犬の習性マーキング的レス笑。
B相手を精神病扱いして、怒りを発散して、脳内勝利感を哀れに味わう(金正恩、トランプ参照)
C病的自己愛と発狂で、ついに自演笑。
このループしかない発狂ジャンキー君
ぼったん、三毒力、むさぼり、貪、100
愚かさ、癡、100
怒り、瞋、80 >>123
> > 「山道はいくつもあるが、頂上はひとつ」みたいな言い回しがある。 これは確かにその通りである。 』
これに対しての、
> 一つの頂上とは、絶対神を想定してのものだろうし、
> 人の姿をした紙であろうし、
ここの関連付けの作用を「ミル」ことが、仏教のキモである。
「悟るための手段はひとつではない」というニュアンスを伝えたいのに、
「頂上だからすごいものであるはずである」と関連付けされてしまうのが、この場合のカセである。
実践とは「ミル」ことである。 https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/psy/1508825543/l50
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/psy/1509017343/l50
ジャンキーノリノリだー笑。
http://youtu.be/LKEWlU4rkxc
犬ジャンキー・ダンス♪
犬ジャンキー・ダンス♪
狂うジャンキーみーてーる♪
_.. ,,.-'ヽ
ヽ "゙ー-、、 / : :!
i 、 :. ヽヽ_,,.....、,,,....._;/ ,;' ;,.!
i., ..;;;ヽ ヾ ,,;_ , /
ヾ_:::,:' -,ノ
ヾ;. 、, ノ_ ヽ,,._ ,.、;,
;; ≦゚≧,ミ::,≦゚≧ ;:
`;. ⌒( ._.)⌒ ,; '
,;' (,,,,,,,,,,人,,,,,,,_ノ,;
;' ヽ 王王王ツ ;:
;: ';;
ジャンキー14歳 オス >>183 A ちゃん
> 見て来いの未来は振り返れば一つの道しか無く
.まあ絵画にには 色々ある様な未知ばかり?
でも未知知るべえなのかと.
まあ何だかんだと進んで行く観んな
世界の正解◎だし
まあよいかぁ 』
⇒ 結論なのだろう、『 まあ、よいか 』 >>186
> >>123
> 実践とは「ミル」ことである。 』:
⇒ 最小のエネルギー消費であり、エコだね。。 > ではそのように、何もかもだめだと言うならば、どのように振舞えば良いのだろうか。 碧巌録(へきがんろく) 第96則 趙州三転語(じょうしゅう さんてんご)
頌1
泥仏水を渡らず
神光天地を照らす
雪に立ってもし未(いま)だ休せずんば
何人(なんぴと)か雕偽(ちょうぎ)せざらん
注
神光:達磨に嗣法した二祖慧可のことである。
二祖慧可が雪の中に立って達磨に禅法を求めた故事に基づいている。
雕偽(ちょうぎ):巧みをこらして取りつくろう。
頌1の現代語訳
泥で作った仏像は水に入れば溶けてしまい川を渡ることができない。、
神光(二祖慧可が悟った自己の真仏から発する智慧の光)は天地を照らしている。
神光(二祖慧可)は雪の中に立って禅を求めた。
もし彼が達磨の禅によって安心(あんじん)立命しなかったならば誰もが物まね禅を本物だと取繕っただろう。
そのことで本物の禅を知ることはできなかったし、行われなかっただろう。
(しかし、神光(二祖慧可)が雪の中に立って禅を求めたため、達磨禅が今日まで伝わったのだ。) >>192
頌2.
金仏炉を渡らず
人来(きた)って紫胡(しこ)を問う
牌中数個の字
清風いずれの処にかなからん
注
紫胡(しこ):紫胡利ショウ禅師。南泉普願の法嗣。紫胡利ショウ禅師は猛犬を飼っていた。
門に「猛犬注意! 油断すると噛み殺されます」と書いた札を下げていたという故事に基づく。
牌中数個の字:紫胡利ショウ禅師が門に
「猛犬注意!油断すると噛み殺されます」と書いた札の文字。
頌2の現代語訳
金で作った仏像は溶鉱炉の中に入れると溶けてしまう。
人が来て紫胡(しこ)利ショウ禅師を問うた時には、
紫胡(しこ)の猛犬(=無字の猛犬)に噛み付かれるだろう。
禅の修行でも紫胡(しこ)の飼い犬(無字という猛犬)に噛み付かれ
一度死ななければ(大死一番し下層脳を体験しなければ)自己の真仏にお目にかかれないだろう。
無字の関門を透過して自己の真仏にお目にかかった時、脚下に清風が颯々と吹き渡るだろう。 頌3
木仏火を渡らず
常に思う破竈堕(はそうだ)
杖子忽ちに撃着す
方(まさ)に知んぬ我に辜負(こぶ)することを
注
木仏火を渡らず:木仏は火に触れると焼かれて燃えてしまう。
破竈堕(はそうだ):破竈堕和尚:嵩山の慧安国師の法嗣。
破竈堕和尚は竈を打ち砕きカマド神を救ったという次のような有名な伝説が伝えられている。
昔、破竈堕和尚が住んでいた寺の近くにカマドの神を祀った霊廟があった。
祭礼になると沢山の生贄を供えるので竈は非常な殺生をすることになる。
それを気の毒に思った破竈堕和尚はその霊廟に入り主神であるカマドを杖で三べん打って 「やい!、このカマド神!お前は単に泥と瓦を泥で塗りこんで作られたものに過ぎないではないか。
お前の霊はどこから来て、聖は何によって起こり、何故ものの命を煮て殺すのか?」 と一喝した。
すると衣冠束帯の気品ある人が現れて和尚を礼拝して、
「私はカマド神です。
永い間、悪業の報いでこの中に閉じ込められていましたが、 今日、和尚の説法によってここを脱して天に生まれ変わることができました。
厚くお礼を申し上げます。」 と竈から出してくれた恩を感謝した。
和尚は「これがお前の本性なのだ。私はお前を叱っているのではないのだ。」 と言った。
この事があってから世の人は和尚を破竈堕和尚と呼んだ。
圜悟克勤は「お前達も真の自己を見失って、真仏に背いているのではないか。 自分達が持って生まれた真仏を取り戻して縦横無尽に使わなければならぬ。」 と着語して我々に自覚を促している。
頌3の現代語訳
木仏は火に触れると焼かれて燃えてしまう。
木仏が火で燃えてしまうのを考えると、常に破竈堕(はそうだ)和尚のことを思い出す。
破竈堕和尚は霊廟に入り主神であるカマドを杖で三べん打って打ち毀してしまった。
その一撃でカマド神の煩悩妄想を根こそぎ粉砕し、カマド神が長い間真の自己に背いていたことに気付かせることができた。
真の自己に背いているのは何もカマド神だけではない。
我々の多くも真の自己を見失って、真仏に背いているのではないだろうか。
我々もせっかく持って生まれた真仏を自覚して縦横無尽に使わないといけない。」 この96則は今までの公案とは違って全く型破りの公案で垂示は付いていない。
96則は「趙州録」の法語
「金仏炉を渡らず、木仏火を渡らず、泥仏水を渡らず、真仏内裏に坐す、菩提涅槃、真如仏性、
尽くこれ体に貼するの衣服、また煩悩と名付く。実際理地、いずれのところにか着せん。
一心生ぜざれば、万物咎なし。汝ただ理を究め坐して看ること三二十年せよ。
もし会せずんば老僧の頭を截り取れ。」
の最初の三句を用いた公案になっている。
「趙州録」の法語の最初の三句「金仏炉を渡らず、木仏火を渡らず、泥仏水を渡らず、」
は次の句「真仏内裏に坐す(真の仏は自分の中に在る)」の前置的な句である。
この法語で趙州は
「金や木や泥で作られた仏は、真の仏ではない。真の仏は自分の中にいる」。 と言う。
⇒ ほとけとは、
抽象的に言う 宇宙 である。
中国人は、天地、と言い慣わした。
泥佛、金佛、木佛、などと佛は人の形をしたものではない。
ただ、わたしは思う、強く思う。
ガウタマ・シッダールタさんにお会いしたい、と。 > この世の生き物を哀れに感じ、慈悲心から 恵みを行うもの はどうして いつも殺され、不幸になるのでしょうか?
憐れまなければ生きていけない生き物であれば、地球が誕生して40数億年、いのちをつないでは来れなかった、のだという事を知るべき、であろう。
要らざる行為は、生きとし生ける者たちへの侮辱であろう。 ポッタン師匠お久です。
タロです。ご無沙汰してます。
前に善き指導をイタダキきまして、一回り成長させてイタダキました。 195.
最後の三句が主である。
仏とは宇宙、か。それは唯物論である。
一心生ぜざれば、の問題である。これも唯物論である。
宗教は一心の問題であるよ。 神話の力 英雄の冒険
さらに我々は独力で冒険を挑む必用さえない。あらゆる時代の英雄たちが先に進んでくれたからだ。もはや迷路の出口はすべて
明らかにされている。われわれはただ英雄が開いた小道をたどりさえすればいい。そうすれば、かっては恐るべき怪物に会うと
思っていたところで神に出会うだろう。そしてかつては他人を殺すべきと思っていたところで自我を殺すことだろう。また
遠くまで旅をつづけなければと思っていたところで、我々自身の存在の中心に到達するだろう。そして孤独だと思い込んでいた
のに、実は全世界が自分と共にあることを知るだろう。 ジョゼフ・キャンベル
?私はただ本を写して居るだけ ネタ考える気力もなく適当に書き写すだけ 内容は?今朝も何とかかけたけどこの頃やる気
不足で書き終えるとやれやれ今朝もかけた。後はため息の時が次々とやってくる朝から疲れているのかも >>素人Aさん、どーもです。以前にお見かけしましたタロです。
>>200
> さらに我々は独力で冒険を挑む必用さえない。あらゆる時代の英雄たちが先に進んでくれたからだ。もはや迷路の出口はすべて
> 明らかにされている。われわれはただ英雄が開いた小道をたどりさえすればいい。
いやぁ、それは甘いでしょう。小道には草が繁り覆い、見えなくなる。。 たろー光臨。
タローは極めてまともだと、気づいたぞ笑、
ぼったんもまだ、性格は超狂っていない。
ジャンキー大山が、スーパーチワワ犬人、超本物のチワワ犬と成りました。 昨日の犬ジャンキーの発狂模様参照笑。
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/psy/1508204000/l50
禅と見性スレ歴代、発狂一位ジャンキー様確定祝!!
(_):___::|_
(_)〔座〕(_)この紋所が目に入らないアルか!
(_)〔禅〕 :::| ∧∧
( )::: ̄ ̄::|ヽ : ∧_∧ /瞋\ ∧_∧
 ̄ ̄(  ̄`\\<`∀´; > (`ハ´ #) (@∀@ ∩
) ヽ 貪 ) (~__((__~) (つ癡 丿
● //( ( /__ \ ( ヽノ
巛 <_) <__)(_) (_) し(_)
538ジャンキー大山2017/06/28(水) 02:40:37.66ID:g63M09zL>>539
>>533
>あなたの取り組みは、どうですか、どうなってますか。
坐禅だよ坐禅!
坐禅しろ坐禅!
坐禅!坐禅!坐禅!
戦闘力判定、貪・瞋・癡(信長の野望の武将才能数値風w)
ジャンキー大山、三毒力、むさぼり、貪、100
愚かさ、癡、100
怒り、瞋、100 (豊田真由子議員レベル)
ジャンキー様の、その実力とは?
病的自己愛で発狂公開オナニー
@禅語を水戸黄門の印籠みたいに使い、ジャンキー君の哀れな虚栄心と自己愛を満たす(自己完結一人遊び水戸黄門笑)
A液状化の意味不明な回答、質問をして、病的自己愛を防御。 マルチポスト発狂、犬の習性マーキング的レス笑。
B相手を精神病扱いして、怒りを発散して、脳内勝利感を哀れに味わう(金正恩、トランプ参照)
C病的自己愛と発狂で、ついに自演笑。
このループしかない発狂ジャンキー君
ぼったん、三毒力、むさぼり、貪、100
愚かさ、癡、100
怒り、瞋、80 >>202
> タローは極めてまともだと、気づいたぞ笑、
(笑)
> ぼったんもまだ、性格は超狂っていない。
> ジャンキー大山が、スーパーチワワ犬人、超本物のチワワ犬と成りました。
そんな人がいるんすか。
危険なスレになってきたねぇ。 >>204
たろーがぼったんと同盟を結ぶの許す笑。
おもしろいぞ、ジャンキーは、ぼったんの発狂時の荒らしを超える笑。
自演はするは、早朝4時に発狂止まらずに、マルチポスト発狂する、
伝説化しつつあるぞ笑。
只今、心と宗教版の発狂宗教者歴代総合一位へと育成中の発狂アイドル笑。
下記文章参照笑。
182junkie-ooyama2017/10/26(木) 21:55:38.28ID:LHaFDx2g>>184
坐禅しないやつが語録だの公案の支離滅裂な感想文を書いて散々disられて過ちを指摘されてw
よくやるよなぁwww 元オウム信者のジャンキー評笑
427神も仏も名無しさん2017/10/21(土) 19:54:28.49ID:7qG15SjS
酔っぱらってないとジャンキー禅は無理w
いくら壊れても筋の通らない壊れ方はしたくないw
776神も仏も名無しさん2017/10/23(月) 05:45:55.53ID:Bf9LrneB
ロンのレスをざーっと読んで概ねわかった。
悟りという言葉でもいろんな使い方してる。
しかし、ジャンキーを悟ってるというのは同意できない。
ジャンキーが悟ってるならみんな悟ってる。
煩悩が見え見えでしょ?それは悟ってない。
778神も仏も名無しさん2017/10/23(月) 05:54:57.25ID:Bf9LrneB>>870
そういうと屁理屈Jは「ないものをどうして滅尽するの」とくる。
あるだろって。見えてないんだよ自分が煩悩まみれなのが。
その時点で悟ってないじゃん。
996神も仏も名無しさん2017/10/24(火) 14:51:35.07ID:UNO3HaX0>>998
よーくわかるよ。
JKOは困った時には「莫妄想」「無我」って言う。
つまりでおーの境地がわからんから「莫妄想」と屁をこいたと。
いつもそうだよな?JKOは 元オウム信者のジャンキー評笑
26神も仏も名無しさん2017/10/20(金) 21:04:18.24ID:/7C/1fsQ
向精神薬は覚せい剤より強力だという。医者が言ってたけど。
特にパシキルなどは自殺衝動という副作用があり、デパスはその入門のような薬だという。
でおーを「精神病患者」と決めつけるのは、そのほうが都合がいい者たちに洗脳されている。
でおーは、想像力が人より豊かだというだけのこと。しかも仏様とのコミュニケーション。
何の実害もない。そういう人を病気と決めつけ薬中毒にさせることは悪魔の所業。
41神も仏も名無しさん2017/10/20(金) 21:55:14.91ID:/7C/1fsQ
みんな違って、みんないい。
しかし、中国共産党軍みたいな連中とは迎合はしない。
コジは相当病んでる。暴力の想像ばかりで自分を痛めつけ続けている。
栄進は薬で馬鹿になった。
ジャンキーは自分が見えてない。
この三人は重症だとわたしは思っている。
しかし、そいうわたしがワースト。
25神も仏も名無しさん2017/10/20(金) 20:52:38.51ID:/7C/1fsQ
仏法さんが来なくなったのは、ある意味潔いし物分かりが良かったから。
ホントのバカは誰とは言わないけど、自分の非は認めないからね。
あえて某Jさんとだけ言っておきましょう > だから疑問なのですよ。
他者に慈悲を持つのはインドに特有の教えで、それは後に 大乗仏教や救世主教として世界に 広まりました。
が、そういった教えの濃いインド以東は常に戦争にまけ、 弑殺にあい、そこの住人はいつも強いものに征服され、奴隷か家畜のように生きざるを得なくなっています。
この教えが間違いであるというのならどうして解脱などができようか、と。
生命に対する慈悲がなければこの世から解脱はできないと仏教では説いていたはずです。 』
何かをはき違えてますよね。
仏教は世界に伝播していく過程で戦争を取ものわなかったのです。
唯一絶対神の宗教は、その排他性から宗教戦争を繰り返します。
もう一つは、1万年前からの地中海湾岸諸国において、宗教都市国家が興廃していきました。
その国家をつかさどる農業神、豊満なる収穫美の女神は、国家が勝てば生き残り、国家が負ければ叩き壊されていったのです。
仏教の伝播には、こういう戦いがありませんでした。
あなたが固執しているのは、国家や、民族の興隆を問題視されているのでしょうね。
それらは、経済活動が軍事的優位性の中で行われていった事実ですが、つまり、支配、被支配の関係性の中sでの略奪を言っているのでしょう。
それは、帝国主義と呼ばれるものです。
仏教とはかかわりがありません。
ただし、我が国において、明治、富国強兵策の実現に向けて、人を殺すなの仏教を弾圧する廃仏棄釈の抹殺政策が行われ、明治政府は法律で僧侶の妻帯を保証し、僧侶は檀家の青年を軍隊として戦場に兵隊や馬を送り続けた。
第二次世界大戦敗戦後も、僧侶の妻帯は続いている。
日本の仏教はこういう形で戦争協力し、妻帯はなぜか現代においてもいけしゃーしゃーと続き、妻帯の可否を問う宗教会議も無く続いているのである。
これは、汚点である。 >>200 A ちゃん
> 書き終えるとやれやれ今朝もかけた。後はため息の時が次々とやってくる朝から疲れている 』
(〃^∇^)oお疲れさま〜〜♪ >>198 タロ さん
> ポッタン師匠お久です。 タロです。ご無沙汰してます。 前に善き指導をイタダキきまして、一回り成長させてイタダキました。 』
( ゚д゚)ノ オヒサーッ!! デスー
人の歩みは、生まれたら死に向かうあゆみですから、ね。
生まれて成長し、老い、病を得て、集合体に解散命令が出る死への歩みでしょうね。
立てば歩めの親ごころと言いますが、その延長上には、必ずの死があり、完結します。
わたしは小五のの頃、死がこわくて、毎晩、布団の中で震えていました。
それが、ある日の事、わたしの胸のど真ん中に金(きん)の立像(りゅうぞう)が立っているのを見て、その日の夜から大安心(あんjじん)でぐっすり眠れた記憶があります。
生死(しょうじ)、こそ仏教の一大事ですね。 >>210 タロ さん
> >>209
> お久です(笑) 競馬当たりましたか。 』
買っても当たらない、宝くじ、馬券。
買わなきゃ当たらない、宝くじ、馬券。
クーベルタン男爵は遺言しました、参加することに意義がる、と。
勝ち負けだけではなく、ただ、全力を尽くせ、と。
ドゥー ザ ベスト の精神ですね。
ベストを尽くさなければなりません。
いい加減さは認められません。
と言うわけで、わたしの競馬は精緻を極めたものであり、連戦連勝、のはず、ですが、そうはいかない。。。
そこがまた、奥深いものになっています。
明日は菊花賞ですね、壊3連単の馬券を買いましたぁ〜♪ >>213
訂正
明日は菊花賞ですね、壊3連単の馬券を買いましたぁ〜♪
↓
明日は菊花賞ですね、3連単の馬券を買いましたぁ〜♪ >>212
> ( ゚д゚)ノ オヒサーッ!! デスー
> 人の歩みは、生まれたら死に向かうあゆみですから、ね。
> 生まれて成長し、老い、病を得て、集合体に解散命令が出る死への歩みでしょうね。
お久(笑)
ウマれてから、死のうは一定。
集合体に解散命令…随分、シビアだね。
> 立てば歩めの親ごころと言いますが、その延長上には、必ずの死があり、完結します。
> わたしは小五のの頃、死がこわくて、毎晩、布団の中で震えていました。
> それが、ある日の事、わたしの胸のど真ん中に金(きん)の立像(りゅうぞう)が立っているのを見て、その日の夜から大安心(あんjじん)でぐっすり眠れた記憶があります。
> 生死(しょうじ)、こそ仏教の一大事ですね。
ええ、一大事。
安心はこの上なく重要。
貴重な体験談を有難う。
・・・
下ネタと一瞬思ってしまった…。ゴメンヨ。 >>213
> クーベルタン男爵は遺言しました、参加することに意義がる、と。
> 勝ち負けだけではなく、ただ、全力を尽くせ、と。
> ドゥー ザ ベスト の精神ですね。
んなアホな(笑)
> ベストを尽くさなければなりません。
> いい加減さは認められません。
> と言うわけで、わたしの競馬は精緻を極めたものであり、連戦連勝、のはず、ですが、そうはいかない。。。
> そこがまた、奥深いものになっています。
> 明日は菊花賞ですね、壊3連単の馬券を買いましたぁ〜♪
ほぉ〜。
全然分からないけど(笑)
ウマれてから死ぬまで人間万事、一生研鑽か、やっぱり。 碧巌録(へきがんろく) 第97則? 金剛経(ダイアモンド スートラ)軽賤(きょうせん)
垂示
拈一、放一は未(いま)だこれ作家(さっけ)にあらず、挙一明三なお宗旨にそむく。
直に天地にわかに変じ、四方(よも)に絶唱し雷奔り雷馳せ、雲行き雨にわかに、湫(いけ*池)を傾け嶽を倒し、 甕をそそぎ盆を傾くることを得るも、また未だ一半を提得せざるあり。
かえって天関を転ずることを解し、能く地軸を移す底ありや。
試みに挙す看よ。
注:
拈一、放一:手当たり次第につかんでは手放す。
四方に絶唱:四方誰も唱和できないこと。
湫(いけ)を傾け嶽を倒し:池(湫)を傾け高い山(嶽)を倒し、
垂示の現代語訳
自由自在につまみあげたり放したりすることができたとしても、 未だ手腕を持った禅者とは言えない。
明敏な頭脳を持っていてもそれだけでは禅が分かったとは言えない。
天地を一挙に覆すほどの力を持ち、四方に絶唱し雷を奔らせ、 雨を降らせるような素晴らしい禅機を持っていても、 未だ禅の半分を提示することはできない。
天関をブチ破り、地軸を移動させるほどの力量のある禅者はいないだろうか?
今例を挙げるからよく看るがよい。 >>217
本則
金剛経に云く、「もし人のために軽賤せられんに、この人先世の罪業ありて、 まさに悪道に堕つべきに、今世の人に軽賤せらるるを以っての故に、 先世の罪業、則ち為めに消滅す」。
本則の現代語訳
金剛般若経には次のような経文がある、 「金剛経を信じ実践している人でも世間の人々によって 軽賤されたりする(はずかしめられる)ことがあるだろう。
それはその人の前世の罪業のためである。
本来はその悪業によって、地獄に堕ちるはずであった。
それにも拘わらず、 金剛般若経の功徳によって人に軽賤せられる(はずかしめられる)くらいで済んでいる。
それは金剛経の無我と空の教えの功徳によって、過去世の罪業が消滅しているためなのだ」 と説かれている。
?
そのように世間の人々に軽賤されたりすることがあっても前向きに解釈して生きて行けば 悪業もうたかたの夢や幻のように消え失せる。
このような違いが出ていると言えるのではないだろうか? >>218
頌
明珠掌にあり
功あるものは賞す
胡漢来らず
全く伎倆なし
伎倆すでに無し
波旬途を失す
瞿曇(ぐどん) 瞿曇(ぐどん)
我を識るや またいなや
また云く 勘破了也
注
波旬:天魔、魔王。
瞿曇(ぐどん):ゴータマ。ゴータマ・ブッダ(釈迦牟尼)。
胡漢:菩提達磨。
頌
金剛経の説く智慧の明珠は手許(脳)にある。
修行の功によってこれを経験し明らかにした者には分かる。
菩提達磨が中国に来なかったならば智慧の明珠の働きをはっきりさせることはできなかっただろう。
悟りの本体である下層脳は黒いこと漆のようで何も写らない(伎倆はない)。
黒いこと漆のような下層無意識脳を手に入れた伎倆無しの人には
魔王波旬も手の出しようがないだろう。
ゴータマよ、ゴータマよ
これを識っている私が誰かわかりますか。
分かりましたよ 見抜きましたとも。 ⇒
「また次に、須菩提よ、善男子善女人、この経を受持し、読誦して、 もし、人のために軽賤せらるるときは、 是の人先世の罪業ありて応に悪道に堕すべかりしを、
今世の人に軽賤せらるる故を以って、 先世の罪業即ち消滅せられ、まさに阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)を得べし」。 』
わたしは善人ではない。
法律で罰せられる交通違反も何度もしている。
また、法律で罰せられなくても、やっちまった、がある。
金剛般若経の功徳で既にわたしは救っていただいていたのだった。 > 黒飴は カスガイ。👰 』
分別です。
黒飴は、カスが良い。。・・・(○`。 ´○)ボソッ > 金剛経の説く智慧の明珠は手許(脳)にある。
。
> 悟りの本体である下層脳は黒いこと漆のようで何も写らない(伎倆はない)。
> 黒いこと漆のような下層無意識脳を手に入れた伎倆無しの人には
下層無意識脳(爆)
現代のニーズに答えるねぇ、ずいぶん。超訳で本出せるよ。
大脳(oh no)
> わたしは善人ではない。
> 法律で罰せられる交通違反も何度もしている。
> また、法律で罰せられなくても、やっちまった、がある。
> 黒飴は、カスが良い。。・・・(○`。 ´○)ボソッ
うはは。 虹と水晶 ・・・ミラレバはこう言っている。「心もそらも空虚だから、心の本性はそらのようだと言う事はできる。だが、
心は知性を持っているのに対し、空はそうではない」と。悟りとは宇宙に関する知識ではなく、宇宙の本質を生きる経験に外
ならない。そういう生きた経験を味わうまでは、色んなたとえを頼りにするほかならない。だがそのおかげで、そのたとえが
持っている限界にしばられる事になる。土台は、これから説明する不思議な物体のようなものだ、と言ってもよいだろう。
その物体が白くまるみを帯びている、と言えば、それについてのイメージが得られる。だが翌日になつて、それを見た
別のひとが説明するのを聞いて色も白というよりは真珠貝の色をしていると言えばそう考えるようになる。そんな説明を五十回
聴いたところでその物体に関して少しでも考えが深まるわけではない。だがいつたん自分で見ればどんなものかはっきりわかる。
?・・要するに百聞は一見にしかずか?百文は瞳にしかず?でも観れない人は例えば本のすこしの向樹心を便りにするしか内化
やり方は今は本やネットに色々書いてあるけど宗教団体はただの仲良しの集まりだし、今では一人でやる気があるかどうかが
問題?私はといわれれば修行嫌いで勉強きらいでサボりまくり何故か夢の中で修行させられている野鴨。朝の書き込みも仕方
砂漠に楽だにのり適当に書かされている修業の一つ鴨。台風は私の前過ぎたけど次は皆さんのまあええか 俺の妄想アイドルジャンキー来てない笑。
ジャンキーロス状態笑。 禅と見性スレ歴代、発狂一位ジャンキー様確定祝!!
(_):___::|_
(_)〔座〕(_)この紋所が目に入らないアルか!
(_)〔禅〕 :::| ∧∧
( )::: ̄ ̄::|ヽ : ∧_∧ /瞋\ ∧_∧
 ̄ ̄(  ̄`\\<`∀´; > (`ハ´ #) (@∀@ ∩
) ヽ 貪 ) (~__((__~) (つ癡 丿
● //( ( /__ \ ( ヽノ
巛 <_) <__)(_) (_) し(_)
538ジャンキー大山2017/06/28(水) 02:40:37.66ID:g63M09zL>>539
>>533
>あなたの取り組みは、どうですか、どうなってますか。
坐禅だよ坐禅!
坐禅しろ坐禅!
坐禅!坐禅!坐禅!
戦闘力判定、貪・瞋・癡(信長の野望の武将才能数値風w)
ジャンキー大山、三毒力、むさぼり、貪、100
愚かさ、癡、100
怒り、瞋、100 (豊田真由子議員レベル)
ジャンキー様の、その実力とは?
病的自己愛で発狂公開オナニー
@禅語を水戸黄門の印籠みたいに使い、ジャンキー君の哀れな虚栄心と自己愛を満たす(自己完結一人遊び水戸黄門笑)
A液状化の意味不明な回答、質問をして、病的自己愛を防御。 マルチポスト発狂、犬の習性マーキング的レス笑。
B相手を精神病扱いして、怒りを発散して、脳内勝利感を哀れに味わう(金正恩、トランプ参照)
C病的自己愛と発狂で、ついに自演笑。
このループしかない発狂ジャンキー君
ぼったん、三毒力、むさぼり、貪、100
愚かさ、癡、100
怒り、瞋、80 割合、期待している笑。
ジャンキーvsぼったん戦争に介入して・・・・・ほにゃららな展開を期待する。 おいら雑魚なんで、撃破とか考えられないっすわ(笑) >>228
何をおっしゃる!偉大なジャンキー様に向かってっ!!!笑。
偉大なジャンキー様のお言葉を味わうのじゃ笑。
68 : ジャンキー大山2017/01/06(金) 05:51:16.64 ID:wfppEgVn
一度でも良いから自殺する位苦しんで座り抜いて来いや?
解って大歓喜を味わってみろや?
涙が止まらなかったぞ?
笑いが止まらなかったぞ?
悟りを舐めてるわ、マジで。
華厳経の世界をリアルで体験して来いや?
一念三千の世界をリアルで体感して来いや?
何の苦労もなしに何が悟っただ、ただの異常心理か嘘だろ? >>212
>それが、ある日の事、わたしの胸のど真ん中に金(きん)の立像(りゅうぞう)が立っているのを見て、その日の夜から大安心(あんjじん)でぐっすり眠れた記憶があります。
妄想w 向こうでは「一言居士」が「妄言乞食」になりつつあるぞ秋の雨 私の命が消えてゆくのは何故か。
おまえは若くないと、ふえた白髪が言ってます。 >>238
無駄に力むからじゃよ!(^o^)
南無南無 (‐人‐) >>231
だが、こちらにもハッタリ乞食のジャンキーがいるぞ笑。
ジャンキー凄いですねと、たまに褒めてやろう笑。
自己承認乞食の飢えを満たす菩薩行も、いいかもしれんぞ、安堂笑。 でおーや?
お前、教会に行ったとかw
赤い十字は教会じゃねーからw 宇宙意識 ・・・なぜなら世界の中の生の諸要素を代表すること、すはわち、形而上学に対して倫理を擁護すること、
超越を認識しつつ、しかも自己陶酔への耽溺のうちに溶解せずに生きるすべを提示することは、僧侶の役目だからで
す。カールユングはどこかで、宗教の役割は私たちを神の経験から保護することだ、と書いています。オヴィデウス
の「変身物語」に収録された神話の五十パーセントは神と遭遇したがその光の圧倒的な力を受容するだけの備えがな
かつた為に、不幸な変身をさせられた人々の物語です。僧侶の実際的な格言と隠喩的な儀式は、超越的な光を世俗の
ものにやわらげ、混乱と溶解ではなく、生活の調和と充実をもたらすものとします。これらと対照的に、神秘家は
意図的に己をその力の前に差し出します。そして彼が粉々に砕け散ることもありうるのです。僧侶と同様に芸術家
隠喩的言語の専門的な使い手です。ただ僧侶はじゅ像済みの語彙と職業的に関わっていてその語彙的言語を体表する
者なのです。僧侶は完全に仕上げられた台本を上演する演技者であり、かれれの芸術はその芸術の中にあります。
?まあこの世に配属された僧いうひとも今はあまり役立たず存在意識も泣くでも困った人々の助けになっているのか
自分がこの世の厳しい金や生活に溺れていて自分の身や家族を守るのがやっとではないか。私も厳しい世で文句いう
し?何が厳しいのか兎に角未来の夢がすべてはかなくて永遠がみえない悟りも言葉ほどの事もないのだろうしらけた
先の思いしか見えない >>223 A ちゃん
> 台風は私の前過ぎた 』
という事は、台風に向かって立っていたんだね。 >>244 A ちゃん
> 悟りも言葉ほどの事もないのだろう。 しらけた先の思いしか見えない。
⇒ しらけた先の思い。 が見える。』 のだそうだけど、具体的にはそれはどんな思いなのだろう!? 碧巌録 第九十八則 天平の両錯
「我が発足して南方に向って去りし時、早く知んぬ錯と道ひ了ることをと。」
天平が云う、「西院に云われて「錯」を知ったのではない、南方に向かって(悟りを覓めての意味らしい)出発したときに既に「錯」だったと。
南方より帰って来てそれを知った」と。
「毫釐も差あれば、天地懸に隔たり」という。
「色即是空」が「空即是色」に還るというけど、最初の色と後の色は全く同じだけど、後の色は空を経ている。
その空を経るのと経ないのとでは「天地懸に隔たり」がある。
天平が「錯」か西院が「錯」か、更には雪竇が「錯」か?
(糞と味噌は同じか?違うか?「錯」に「錯」を重ねる) 答える
『善い善い(踵を返し、くるりと向き直る)』 タロさん初めまして、どうも。
其の向き直った方角は北ですか?南ですか? 泥棒が空き家に盗みに入って留守の間に家財をごっそりやられてらぁw 天平和尚にしても白隠禅師にしても、一枚悟りと若気の至りで暴走をしたものの、その後ちゃんと収まってるし。
いわんや実参もせず騙るとか論外だな。
黄金の炎だの、仏像が立っただの、合掌を要求してきただの、あれれ自分がないだの、智慧の声を聞いただの・・・
幻覚や幻聴を悟りと吹聴するなど仏教舐めてるわ。 碧巌録(へきがんろく) 第98則 西院(従?(じゅうい。天平の名) 両錯(りょうしゃく)
垂示
一夏ロウロウと葛藤(かっとう)を打(もてあそ)び、幾(ほと)んど五湖の僧を絆倒す。
金剛の宝剣、当頭に截る。始めて覚(きず)く、従来百不能なることを。
さて、作麼生(そもさん)かこれ金剛の宝剣。
眉毛をソウ上(そうじょう)して試みに請う鋒ボウ(ほうぼう)を露す。
注
五湖の僧:国中の僧。五湖とは中国全土のこと。
絆倒す:つまづかせる。
当頭に截る:即座に斬る。
百不能:サッパリ役に立たない。
垂示の現代語訳
夏安居げあんご(4月15日〜7月15日までの修行期間)の間ペチャクチャとしゃべって文字や言語を弄んで天下の修行者を躓かせてきた。
いま金剛の宝剣を引き抜いて即座に截(き)ると 夏安居の間のおしゃべりが何の役にも立たなかったことがはじめて分かる。
では金剛の宝剣とは一体何だろうか。
宝剣の切っ先を出すから眼を見開いてよく見るがよい。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています