色即是空の誤り
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「色即是空空即是色」というのは間違っている。
「色即是空空即是色」とは「有は無であり、無は有である」という意味である。
だがそもそも無はないのだ。ないから無なのだ。無はあり得ないのだ。
だから「有は無であり、無は有である」ということはできないのだ。
それを考えたやつは無の徹底した何もなさというものを甘くみたやつだ。 無矛盾なき論理体系なんて作れんのだよ
仏教も例外では無い
そもそも仏教は中道を説くんだから、相手を矛盾してると攻撃するのはお門違いなの(´・ω・`) 般若波羅蜜多は大神呪であり大明呪であり無上呪であると心経で述べている。その呪が、ギャテーギャテーパーラギャテー・・と最期に出てくる。だから、この呪を唱えることが心経の修行法だと思うが、どうかな? 953.秋月龍民。坐禅の姿で般若般若波羅蜜多を唱える。 色即是空は間違ってる!!と、誇大妄想に憑りつかれた脳ガイジ統失が申しております(笑)
発達障害(脳ガイジ)+統失じゃあ悟れない(笑)
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/psy/1591148159/868 最後は賛美歌と捉えるのも一つの見解であろうが、般若波羅蜜多は是大神呪、を素直に読めば、智恵の極まりの修行=般若波羅蜜多、は是大神呪とも読めますね。呪とあるからには、マントラ、ダラニと捉える解釈も自然ですよね。 >>949
六波羅蜜の最後の般若波羅蜜ですよ。
観自在菩薩、深般若波羅蜜多を行づる時(深淵なる般若波羅蜜多(般若の完成)を行づる(修行した)時、五蘊 皆 空なりと照見して 一切の苦厄を度したもう。
なお、最後の呪文は
般若心経 マントラ瞑想
で検索すると色々と解説されています。 >>950
説一切有部は、アートマンのような実体を認めず、一切の存在は刹那刹那に生滅変遷すると説きましたが、
その一方で、法(ダルマ)とは自然的存在を可能ならしめているあり方であり、諸行無常を諸行無常たらしめている無常ならざるもの(=スヴァバーヴァ)を想定することによって、この世の無常を説明しました。
思えば、これは、しごくまっとうな考え方です。
この世の真理を何らかのルールで説明しようとした場合、無常なる存在を無常ならしめている、より高次の原理があるのではないか、と考えるのはごく自然の流れであり、現代の私たちにとってもまったく違和感はありません。
説一切有部は、さらに、「諸行は無常である」という命題自体も、変化しない真理(=スヴァバーヴァ)といえるのではないか、と考えたのだと思われます。
このような高次のあり方そのものが、法(ダルマ)の領域で「もの」として有る(=実有)、自性として存在する、とされたのです。
https://i.imgur.com/CVaR89q.jpg
ということですが、この説はこのサイト主のオリジナルではなく、中村元「龍樹」に書いてあることと同じです。
流石に丸写しまではしてないですが。
(私の方が上記サイトを丸写ししていますねw) >>945
他者が前提になるんだが、自他を区別してるだろ。
「衆生に対して説法〜」
あのさ〜…、どうしてそれが反論になってると勘違いした? >>948
この辺りはカルト外道と同じ誤りを犯している。
> 大学で教える事と小学校で教える事が小学生から見て違うのを矛盾とは言わないだろ? 笑
それを完膚なきまでに論破。
お前が言ってるのは、勝義と世俗が凡人から見て違うのを、矛盾とは言わないということ。
しかし、仏陀は勝義を解する仏陀が弟子を導いたということが指摘されているのに、
勝義と世俗が凡人から見て違う、というのは的外れである。 >>948
コピペするレスを間違えて、おかしな文章をコピーしてしまった。
> 大学で教える事と小学校で教える事が小学生から見て違うのを矛盾とは言わないだろ? 笑
それを完膚なきまでに論破。
お前が言ってるのは、勝義と世俗が凡人から見て違うのを、矛盾とは言わないということ。
しかし、勝義を解する仏陀が弟子を導いたということが指摘されているのに、
勝義と世俗が凡人から見て違う、というのは的外れである。 結局、これで完全論破されたまま終わりそうだな。
まともな反論できた奴はいなかった。
問い
勝議において自他の区別は存在するか?
仏陀が悟りを開いた後に弟子を導いていたのは、自他の区別が前提になるのでは。
完全論破されたカルト馬鹿の主張。
@仏陀が弟子という他人を導いていることは認める。
A勝議では自他の区別がない。だから、我も、悟っていない凡人もいなくなる。
➂仏陀は勝議の相を見る。
@とAは矛盾している。
世俗の相では自他の区別があると言い訳するんだろうけど、➂と矛盾する。
で、予想通りのいい訳が来た。
> 大学で教える事と小学校で教える事が小学生から見て違うのを矛盾とは言わないだろ? 笑
それを完膚なきまでに論破。
お前が言ってるのは、勝義と世俗が凡人から見て違うのを、矛盾とは言わないということ。
しかし、勝義を解する仏陀が弟子を導いたということが指摘されているのに、
勝義と世俗が凡人から見て違う、というのは的外れである。 >>929
解脱したから六道が客観的に観れるいうだけの話や >>933
一見矛盾する事をそのまま矛盾と捉えてる内は無明の凡夫や
大乗五十二階位の一段目にも上がれてないで
ああ なるほど 一見矛盾してる様に見えて矛盾は無かったねや! て気付いてからが菩薩道や >>958
龍樹は違和感を感じまくって自性を否定したと(´・ω・`) >>939
お前は天台宗の文献から信長を仏敵と呼んだ証拠とパーリ語聖典に仏敵という言葉の有る箇所を示す義務から逃げるなよ 不法者 笑 >>964
福袋の中身を透視できるんか(´・ω・`)? >>965
アイドルは清純だと同じくらい何の根拠も無いわ(´・ω・`) >>949
無識無受想行識…と有るんだから先ずは原始経典で五蘊を観じ 後にそれを無で打ち消すのですよ
真言は実現する迄繰り返さないと意味が有りません
昭和の頃に般若心経百万篇写経で智恵が付いて空を悟った在家の話が有ります
読誦であれ 観法であれ 写経法であれ 判る迄繰り返す事が大切なんですよ >>953
それは密教の結論で 手前の顕教の部分が理解出来て無いと成立しないと思いますよ >>956
最後だけサンスクリット語で読むならマントラで 全編サンスクリット語で読むなら ダーラニーになります >>949
イキそうになったら般若心経を唱えて気を紛らわせます(´・ω・`) 960
まだ幻想の勝利に酔いしれてる
ダメだこりゃ 笑 >>969
アイドルは清純がスタートで仏教は清浄がゴールや
塵を払い垢を落とせいうこっちゃ >>959
この現象世界においては自他はあり、有情(生けるもの)がありますが、それは虚構であり、その表象(想念・イメージ)を手放せば渇愛も滅し、
愛(渇愛)減すれば則ち取(執着)も減す、取滅すれば則ち有(生存)も滅す、有減すれば則ち生も減す、生滅すれば則ち老死・憂悲・苦悩も減する。
として苦滅に至り、不死(甘露)の門が開かれ、輪廻からも解脱できるということです。
それをブッダは覚り、また説きました。
小部経典 ウダーナ
7 小なるものの章
7.7 虚構の滅尽の経(67)
このように、わたしは聞きました。
或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。
さて、まさに、その時、世尊は、自己の、虚構の表象と名称(世界認識の道具として虚構された表象・概念)の捨棄を注視しながら、坐しておられたのです。
そこで、まさに、世尊は、自己の、虚構の表象と名称の捨棄を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。
「彼に、しかして、虚構(妄想)が〔存在せず〕、かつまた、〔その〕止住(固定概念)が存在しないなら、〔彼は〕綱(束縛)を〔超克した者であり〕、
しかして、閂(障害)を超克した者であり、彼を、渇愛なき者として〔常に〕歩んでいる牟尼を、天〔界〕さえも含む世〔の人々〕は、見下すことがない」と。
http://aranavihaara.web.fc2.com/arana-khuddaka-3.html >>979
他者も虚構だというなら、弟子に説法する意味がないだろ。
お前らの主張は破綻してんだよ。 >>966
もともと自称というもの自体、部派仏教になってから出来た概念ですし。
ただ、有部の哲学は唯識三年倶舎八年という言葉の通り唯識と並んで深淵なものがあるのでしょうから、有部の否定などは凡夫の私からはとても出来ないですけどね。 >>980
苦滅に至れるのですから意味は充分過ぎるほどあるでしょう。 >>982
お前らの主張では、他者は虚構だというのが真相なんだから、意味ないだろ。
論破されてるのに、それを自覚できないほどの馬鹿だな >>983
相応部 5.9 セーラー 170.
サーヴァッティーの因縁となります。
そこで、まさに、セーラー比丘尼は、早刻時に、着衣して……略……或るどこかの木の根元に、昼の休息のために坐りました。
そこで、まさに、悪魔パーピマントは、セーラー比丘尼に、恐怖と……略……セーラー比丘尼に、詩偈をもって語りかけました。
〔悪魔が言った〕「誰によって、この幻影(虚妄の身体)は作り為されたのですか。いったい、どこに、幻影の作り手はいるのですか。さらには、どこで、幻影は生起したのですか。いったい、どこで、幻影は止滅するのですか」と。
そこで、まさに、セーラー比丘尼は、こう思いました。
〔すなわち〕「いったい、誰なのだ、まさに、この者は。あるいは、人間として、あるいは、人間ならざる者として、詩偈を語るのか」と。
そこで、まさに、セーラー比丘尼は、こう思いました。
〔すなわち〕「この者は、まさに、悪魔パーピマントである。わたしに、恐怖と驚愕と身の毛のよだちを生起させることを欲し、〔心の〕統一から死滅させることを欲し、詩偈を語る」と。
そこで、まさに、セーラー比丘尼は、「この者は、悪魔パーピマントである」と知って、悪魔パーピマントに、諸々の詩偈をもって答えました。
〔セーラーが言った〕「この幻影(虚妄の身体)は、自己によって作られたものにあらず。この悩苦(苦悩する自己)は、他者によって作られたものにあらず。〔しかるべき〕因を縁として発生したものであり、〔しかるべき〕因の滅壊あることから止滅する。
たとえば、田畑に蒔かれた或るひとつの種が、地の味(滋養)と、潤いと、その両者を縁として成長するように
── このように、しかして、〔心身を構成する五つの〕範疇(五蘊)と〔十八の認識の〕界域(十八界)は、さらには、これらの六つの〔の認識の〕場所(六処)も、〔しかるべき〕因を縁として発生したものであり、〔しかるべき〕因の滅壊あることから止滅する」と。
そこで、まさに、悪魔パーピマントは、「セーラー比丘尼は、わたしのことを知る」と、苦しみの者となり、失意の者となり、まさしく、その場において、消没した、ということです。 5.10 ヴァジラー 171.
サーヴァッティーの因縁となります。
そこで、まさに、ヴァジラー比丘尼は、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、サーヴァッティーに〔行乞の〕食のために入りました。
サーヴァッティーを〔行乞の〕食のために歩んで、食事のあと、〔行乞の〕施食から戻り、暗い林のあるところに、そこへと近しく赴きました
──昼の休息のために。暗い林に深く分け入って、或るどこかの木の根元に、昼の休息のために坐りました。
そこで、まさに、悪魔パーピマントは、ヴァジラー比丘尼に、恐怖と驚愕と身の毛のよだちを生起させることを欲し、〔心の〕統一から死滅させることを欲し、ヴァジラー比丘尼のいるところに、そこへと近しく赴きました。
近しく赴いて、ヴァジラー比丘尼に、詩偈をもって語りかけました。
〔悪魔が言った〕「誰によって、この有情は作り為されたのですか。どこに、有情の作り手はいるのですか。どこで、有情は生起したのですか。どこで、有情は止滅するのですか」と。
そこで、まさに、ヴァジラー比丘尼は、こう思いました。〔すなわち〕「いったい、誰なのだ、まさに、この者は。あるいは、人間として、あるいは、人間ならざる者として、詩偈を語るのか」と。
そこで、まさに、ヴァジラー比丘尼は、こう思いました。
〔すなわち〕「この者は、まさに、悪魔パーピマントである。わたしに、恐怖と驚愕と身の毛のよだちを生起させることを欲し、〔心の〕統一から死滅させることを欲し、詩偈を語る」と。
そこで、まさに、ヴァジラー比丘尼は、「この者は、悪魔パーピマントである」と知って、悪魔パーピマントに、諸々の詩偈をもって答えました。
〔ヴァジラーが言った〕「いったい、どうして、『有情は〔存在する〕』と信受するのか。悪魔よ、まさに、おまえには、悪しき見解がある。
これは、単なる形成〔作用〕(行:生の輪廻を施設し造作する働き)の集まりである。ここに、有情は認められない。
たとえば、まさに、部品の集合あるがゆえに、『車』という声(名称)が有るように、このように、〔心身を構成する五つの〕範疇が存しているとき、『有情』という〔言葉の〕慣習(世俗:社会通念)が有る〔だけのこと〕。
まさに、苦しみだけが、発生する。苦しみが止住し、しかして、衰滅する〔だけのこと〕。苦しみより他に、〔何ものも〕発生しない。苦しみより他に、〔何ものも〕止滅しない」と。
そこで、まさに、悪魔パーピマントは、「ヴァジラー比丘尼は、わたしのことを知る」と、苦しみの者となり、失意の者となり、まさしく、その場において、消没した、ということです。 >>984-985
と、これらの経典にも見られるように、ブッダによって教化され真理を覚り解脱した比丘・比丘尼は悪魔によって心を乱されることもなく、恐怖や驚愕で動揺させられることもなく、心は平穏で苦は衰え滅しています。
ここでの真理とは何か?
身体は幻影・虚構に過ぎないこと、有情というのは言葉による慣習・社会通念に過ぎず実体はないということ、です。 >>986
お前もアスペ外道だな。
> ブッダによって教化され真理を覚り解脱した比丘・比丘尼
ではなく、
仏陀が悟りを開いた後に弟子を導いていたこと
についての問いだ。
お前はアスペ外道と呼ぼう。もう一人はカルト外道だ。 >>987
ならお前は常見外道だな?笑
何にも分かりもしない癖に分かった気になって粋がってる姿が滑稽だよ 坊や( ´,_ゝ`) >>987
>仏陀が悟りを開いた後に弟子を導いていたこと
中部 蛇喩経 より
比丘たちよ、このように説き、このように論ずる私を、一部の沙門婆羅門たちは、不実ゆえ、虚偽ゆえ、虚妄に、偽って、誹謗します。
『沙門ゴータマは虚無論者であり、存在する有情の断滅、消失、非有を説く』と。
比丘たちよ、私はそのようではありません。私はそのように説いてはいません。〔にもかかわらず〕彼ら沙門婆羅門たる者たちは私を、不実ゆえ、虚偽ゆえ、虚妄に、偽って、誹謗します。
『沙門ゴータマは虚無論者であり、存在する有情の断滅、消失、非有を説く』と。
比丘たちよ、私は昔も今も、苦と、苦の滅のみを説いています。
https://komyojikyozo.web.fc2.com/mnmlp/mn03/mn03c07.files/sheet001.htm
ブッダが苦の滅を説いていたことが貴方にとって何か都合の悪いことになってるのですかね?
覚りを開いた後に弟子を導いていたことに何か問題でもあるのでしょうか?
この経典の一部の沙門婆羅門のように『沙門ゴータマは虚無論者であり、存在する有情の断滅、消失、非有を説く』と貴方も考えているのでしょうか?
あるいは貴方は他者の存在を認めないブッダが他者を導いているのはおかしいというかもしれません。
しかし、>>984-985で仏弟子が悪魔パーピマンに説教したように因縁によって生じた虚妄の身体、有情などの社会通念・慣用語(他者もこれに入る)はブッダは認めています。
それが虚構に過ぎないこと、社会通念による名のみに過ぎないことを仏弟子に諭して苦滅に至らせたというわけです。 スッタニパータ
733 正しく見、正しく知った諸々の賢者・ヴェーダの達人は、悪魔の繋縛にうち勝って、もはや迷いの生存に戻ることがない。
「修行僧たちよ。『また他の方法によっても二種のことがらを正しく観察することができるのか?』と、もしもだれかに問われたならば、『できる』と答えなければならない。
どうしてであるか? 『およそ苦しみが生ずるのは、すべて識別作用(識)に縁って起るのである』というのが、一つの観察[法]である。『しかしながら識別作用が残りなく離れ消滅するならば、苦しみの生ずることがない』というのが第二の観察[法]である。
このように二種[の観察法]を正しく観察して、怠らず、つとめ励んで、専心している修行僧にとっては、二つの果報のうちのいずれか一つの果報が期待される。
──すなわち現世における<さとり>か、あるいは煩悩の残りがあるならば、この迷いの生存に戻らないことである。」──
師(ブッダ)はこのように告げられた。そうして、幸せな師はそらにまた次のように説かれた。
734 およそ苦しみが生ずるのは、すべて識別作用に縁って起るのである。識別作用が消滅するならば、もはや苦しみが生起するということはあり得ない。
735 「苦しみは識別作用に縁って起るのである」と、この禍いを知って、識別作用を静まらせたならば、修行者は、快をむさぼることなく、安らぎに帰しているのである。
http://hosai02.la.coocan.jp/dammapada-01/suttanipata-all-text.htm >>989
完全にアスペだな。
> 貴方は他者の存在を認めない
はカルト外道の主張であって俺の主張ではないぞ >>942でも書いたが、
どうも理解できていないようだが、
>>897のAはカルト馬鹿の主張であって、俺の主張ではないぞ。
@仏陀が弟子という他人を導いていることは認める。
A勝議では自他の区別がない。だから、我も、悟っていない凡人もいなくなる。
➂仏陀は勝議の相を見る。 >>992
Bが片手落ちという意味でハッキリと間違い
仏陀は勝義と世俗の両方の相を見る。
が仏典から読み取れるブッダ像ですね。
貴方がカルト外道と言ってる人だってそのように主張していたと思いますが。
彼が世俗諦を否定したようなレスをしていましたか?
逆に大いに認めていませんでしたか? >>993
なんで、仏陀が世俗の相に囚われるんだ?
> 彼が世俗諦を否定したようなレスをしていましたか?
> 逆に大いに認めていませんでしたか?
@〜Bを提示したのに対し、違うなどとは一度も言ってねえよ。アスペ外道。
それと、お前に対しても、@〜Bと認識が違うなら明示しろと言ったぞ。
後からそうやって言い出すのは、外道はごまかし方が一緒だなあ。 >>993
> 仏陀は勝義と世俗の両方の相を見る。
これおかしいだろwww。
世俗に囚われていては涅槃にいたることができない。
アスペ外道はやはり外道。 >>995
涅槃に至った後は世俗と勝義両方を使い分けていますよ。
相応部の
https://komyojikyozo.web.fc2.com/snsgv/sn01/sn01c25.files/sheet001.htm
この経典を理解できるまで読んでください。
理解できないうちはレスはいらないですよ。
だいたいにして世俗に囚われず出世間道を歩んで涅槃に入ることと教化のために世俗諦で教説することとは関係ないんですが、今はそれは置いておいて上の経典を理解するまでひたすら読んでください。 >>994
>それと、お前に対しても、@〜Bと認識が違うなら明示しろと言ったぞ。
あ、これはデマですね?
こういうデマはよくないですね、不妄語戒に背く貴方こそが外道ということになります。
ここは違う、デマではない、というならレスをどうぞ、その明示したレス番をつけた上で。 >>991
お前はブッダが他者の存在を認め区別したという前提だろ?
悟ったらそんなの無くなると歴代の阿羅漢方 菩薩方 名僧方が異口同音にそう言ってるのにカルトの見方だと誹謗する外道だもんな?笑
で仏敵の経典根拠は見つからないわ 天台宗が信長を仏敵と呼び倣わした文献は出せないわで 当てずっぽうの口から出任せばっかりでとうとう証拠を出せずじまい
それの何処が仏教徒なんだ? ハッタリ君 笑
口先ばっかで修行も学問もやった事さえ有りませんて奴だろ?
恥ずかしい人間だな?(o^∀^o) >>994
誰が囚われたなんて言ったんだ?笑
お前の勝手な読み方の問題を他人のせいにするなよ
そういうのを発達障害っていうんだぞ?笑 >>995
勝義に至った覚者は勝義を保ちながら世俗を包摂出来るんだよ このスレッドは1000を超えました。
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