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仏教の教えや輪廻転生に詳しいやつ教えてくれ
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0001神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/26(月) 07:03:01.34ID:aQm/7+Qv
現世が前世の業を消化して人間の苦しみを耐えて生きなければならないって所は納得できる。
けど、普通に生きてていきなり一生分のこの世の苦しみや恐怖を与えられて殺されて行く人間はどうやっても納得がいかない。
仏の教えではこう言う人にはなんて納得させるのさ?
0003神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/26(月) 12:49:08.05ID:ZAJek0uf
過疎ってんのか
0004神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/26(月) 21:47:11.42ID:zVHgasc6
仏典には、産まれたばかりの赤ん坊が惨殺される話とかあるぞ
0005神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/26(月) 21:50:32.83ID:zVHgasc6
母親が赤ん坊に付きっきりだから、父親が嫉妬して切り刻むわけよ
何の罪もない赤ん坊を…って思うじゃん?
でもその赤ん坊にとっては、それが修行だったわけよ
ちゃんと意味があったわけよ
0006神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/26(月) 22:55:57.19ID:ZAJek0uf
>>5
いや、それ修行だよ。って言われて誰が納得出来るのさって話なんよ。
自殺したら、地獄に落ちるとかそう言うのはわかるけど
そんなどうしようもない事で修行です言われても納得できんわ。
0007神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/27(火) 02:58:42.09ID:n36J5M1s
万引き容疑で警部逮捕=量販店で1万円相当−沖縄県警:時事ドットコム
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018112400530

量販店でスポーツウエアなどを万引きしたとして、沖縄県警は24日、窃盗の疑いで県警刑事企画課の警部、外間守文容疑者(39)=同県糸満市北波平=を現行犯逮捕した。「間違いない」と容疑を認めているという。
 逮捕容疑は24日午後5時50分〜同6時40分ごろ、豊見城市の量販店でランニングウエアやサングラスなど8点(計1万円相当)を万引きした疑い。
 県警によると、別件の捜査中だった警察官が不審な男を目撃、別の商品を入れた買い物袋に商品を隠し、店外に出たところを取り押さえた。
 県警の宮城正明首席監察官の話 法律を守る立場にある警察官が事件を起こしたことは誠に申し訳なく、県民に深くおわびする。
0008神も仏も名無しさん
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2018/11/27(火) 08:33:19.62ID:CQDW3xmi
>>1
人生は理不尽、不条理、苦しみ、それは当たり前。
嫌だったらさっさと解脱しろ。
それが仏教。
0009神も仏も名無しさん
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2018/11/27(火) 09:02:27.16ID:o+ezoyYr
>>1
仏教の業論は何百回前の宇宙の行為の残余の影響で、苦しみを体験するっていう超ロングスパンの因果応報だからなあ

悪人Aが輪廻を繰り返す内に普通の小市民、あるいは善人になって、20劫前の行為の影響で苦しみを受けるとしたら理不尽に見えるけど
業の計算としては合ってるってこと

ちなみに犯した悪業は決して免罪されないわけじゃなくて、善行によって悪果を結ぶのを妨害することも有り得る
0010神も仏も名無しさん
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2018/11/27(火) 10:13:37.20ID:C/Vs2JJp
>>1
>仏の教えではこう言う人にはなんて納得させるのさ?

「あちゃあ〜〜〜、運が悪かったね、ドンマイ」 www
0011パーピマン
垢版 |
2018/11/27(火) 10:18:56.48ID:C/Vs2JJp
>>1

ちと、真面目に回答すると、「仏の」教え というよりは、
輪廻転生論自体が、ヒンドゥーからの混入、及び、後世の仏弟子たちによる
増稿、改変の蓋然性が極めて高いんだよ。

だから、「仏(釈迦)の教え」ではなく、「伝統仏教における説」という表現に改めた方が
いいw
0012神も仏も名無しさん
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2018/11/27(火) 14:18:19.18ID:oqOCbL5g
はぇ〜みんな詳しいな〜。

結論さ、理不尽な死や苦痛は、仕方ない。
って言ってるんだよね?
言い訳として、魂をロングスパンで見てるからぁ〜って感じで。
0013神も仏も名無しさん
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2018/11/27(火) 16:34:56.62ID:V/ipukbw
>>11
真面目に回答してるのなら「輪廻転生論自体が、ヒンドゥーからの混入、及び、後世の仏弟子たちによる増稿、改変の蓋然性が極めて高いんだよ。」
の証拠まで挙げてくれないとね

所詮

僕の考えた最強の仏教

だろって言われちゃうよw
0014神も仏も名無しさん
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2018/11/27(火) 16:37:47.75ID:cp5/O/7a
2: ■■■  無 職 と 宗 教  ■■■ (182)

3: 仏教の教えや輪廻転生に詳しいやつ教えてくれ (13)

4:    ク ン ニ リ ン グ ス    (82)

5: ■■■■■  無 職 の 宗 教  ■■■■■ (188)
0015神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/27(火) 16:44:14.97ID:+03KwG/Y
仏教経典でも最古層の韻文資料であるといわれている、 スッタニパータ(Sn.)の第四章や第五章でも、 輪廻思想は釈迦の説法として散見される。

詳しくは↓参照
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2135313&;id=23949338
0016神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 05:20:25.12ID:55L1xRHk
イアン・スティーブンソンの研究で輪廻転生については確実に有るとデータがあるから
輪廻転生は有ると思う。科学がオカルトを立証してるわけだし。
だからといって、業がとかカルマとかそう言うのはまだ立証出来ていないから信用できない。
けど、大昔に輪廻転生があると言われ続けてて、実際に科学が追い付いたのが今なだけで
後々、業だのカルマだのが証明されるかもしれない。
0017神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 06:23:56.64ID:wN0dNXUZ
科学的な証明してるか?多数意見にどれも曖昧さが残っているのは全て議題そのものが不確定なものだからである。
学の無いと意見に洗脳されて信じこむヤツ多いな。
本質は記憶であり、生れた瞬間から見てきた記憶と、その時までに知り得た言葉しか使えないので、その時の教義に依存した言動しか振る舞えない。
どうせ親や周りの振るまいを記憶とし感化されて真似でもしたんだろう。
ま、知に貪欲でそれなりに賢いんだと思うよ。
0018パーピマン
垢版 |
2018/11/28(水) 07:57:02.02ID:QyBBbFEc
>>13
wwwwwwwwww

いや、それは勘弁願いたいw

仏教系スレで既にやっているが、少なくとも数スレは消費する。
それをここでもう一度やる気はないよw

ちなみに、>>15 のスッタ二パータ4章、5章が最古層文献(他には一章の一部)
というのは、そのとおりだが、そこに輪廻転生が説かれている??

それは新説だw
0019パーピマン
垢版 |
2018/11/28(水) 08:01:06.79ID:QyBBbFEc
それと、
>イアン・スティーブンソンの研究で輪廻転生については確実に有るとデータがあるから・・・

これは「科学的実証」とは、とても言えないもの。
その批判見解は沢山あるから、まずそれを読んでみることw
0020神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 10:05:54.90ID:mPSCB3YT
>>18
「輪廻転生論自体が、ヒンドゥーからの混入、及び、後世の仏弟子たちによる
増稿、改変の蓋然性が極めて高いんだよ。」

これを数スレに渡って議論してたというの?
だったらその数スレ分に渡る膨大な証拠があるんでしょ?

それとも大した証拠ではく曖昧な証拠だから数スレも消費したと?
いやそれはないよね?
「極めて」高いというくらいだから明らかな証拠を簡単に一つ二つ挙げられるでしょ?
0021神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 10:08:59.85ID:mPSCB3YT
>>15
こちらはちゃんと証拠を出しているから素晴らしいよね👏
0022神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 10:22:54.65ID:+1uELdYN
>>18
「ピンギヤよ。それ故に、あなたは怠ることなくはげみ、
 再有(punabbhava)にもどらないように、物質的存在を捨てよ」(Sn.1121cd)

(tasmA tuvaM piGgiya appamatto jahassu rUpaM apunabbhavAya)

再有(punabbhava)は「再び存在すること」で、輪廻を表す言葉として頻繁に使われる語

新説がどうとか言うけど、まあパーリ語読めないスレ住民同士で不毛な議論してたんだなあ・・・っていう感想しか湧かない
0023神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 10:41:16.98ID:wN0dNXUZ
輪廻転生を実際に信じてる浅はかな考えもどうかと思うよ。
釈尊を始め、日蓮か説いた仏説とは生まれ変りはある。それは、善行と悪行による今に生ける衆生の為、未来の衆生の為に残した仏智である。
無間地獄に落ちるとは、今この時代において稀な悪行であり、再びこのような輩は過去世においても未来世においても二度と同じような業を背負った者が生まれ出でる事が無い例えとしてある。
0024神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 10:42:14.16ID:oc2AodeS
まずね、人間は境涯的に恵まれてるんだよ 
動物が、虫や魚がどれだけ弱肉強食で生きてることか
仏教では人間に生まれる可能性は相当低いといわれてる
それこそ宇宙を跨いで無限に生き死にを繰り返している
わけだから 当然動物に生まれたり地獄にも生まれたこと
があるだろう 輪廻の境涯は天界を頂点とした三角形の
ピラミッドで、地獄が一番数が多い

それと心は実際には死んだことがなく、その上で生命体の
境涯が地獄から梵天まで成り立っている、と阿羅漢はいう
業は心に含まれており、善悪業によって境涯を上下に牽引される
自分も含め凡夫にはまず検証出来ない
0025パーピマン
垢版 |
2018/11/28(水) 10:55:42.54ID:QyBBbFEc
>>22
貴方はパーリが読めるのですか?

それは、すごいですね。 学者さんかな?

私自身は、一文読むのも苦労するレベルなので、原文検証は、もっぱら
そのスレの住人である専門家に頼っていました。

パーリとサンスクリットそれぞれが読める人が二人ほどいたので。

・・・・・それでは、一つお尋ねしたいのですが、
最古層文献には、貴方の提示した語彙(punabbhava)は、二例ほどありますが、
「再生することへの否定」として表現されていますね?

それは以下に続く1123で明らかなように「妄執を捨て去れ」ということを教示する
ための強意表現でしょう?

どうやら、パーリを読みこなせる学者さんらしいので、後学のためにお尋ねします。

@最古層文献には、輪廻を表す語サンサーラは全く見られないのに、古層文献に
 なると、其の頻度が急に増えることについて、どう考えられますか?
A最古層文献の中には、輪廻を肯定的に説明している箇所が皆無なのは何故でしょうか?
B輪廻について釈迦が訊ねられたとき、それに回答せず無視したのはなぜでしょうか?
C最古層文献には、輪廻と業報を結び付けた記述が皆無なのはなぜでしょうか?

ご教示お願いしますす。
0026神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 11:00:01.64ID:wN0dNXUZ
正しい信心と所作は有供養者福過十号とあるように、十世代にまで善行の者が繁栄する幸せを約束する為にある。
どんな悪智恵悪行を持ち得たとしてもそれはその時の魔が差したに過ぎない。
誰もが持っていると説いているから。
だが、悪しき己の心を師と仰ぐものは人の声を聴く耳を持たず、口は悪く、心は醜く、人を憎み恨み、人を陥れようとし、人を嘲笑い、人から奪い、もはや人とは呼べぬ餓鬼畜生の振るまいであるとする。
また悟ったであろう者は増上慢となり、仏智を悪用し、人を陥れ、欲や我見を通し我が儘を良しとする智恵を用いる。自らの業を更に強める為に無間地獄に落ちるのだ。
このような者達はまさに今の時代に生ける稀な存在であるから、生まれ変ろうにも生まれ変われない。つまり、儚く知に疎い存在なのだ。
善行のみが正しく繁栄するから世は平和であり、その正しい智恵を学ぼうとするのが正しい悟りなのである。
0027神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 11:06:50.58ID:ETtmbL0L
例えでもなんでもなくダンマパダにも「繰り返し母胎に入る」ってはっきり書いてんだろ
「ゴータマは輪廻を説いてない」とか「仏教は宗教ではなくて哲学」とかいう珍説を主張し続ける変な一派をネットでよく見るけどそれは何に感化されてそうなったの
俺は仏教自体信じてないし死後や輪廻の存在は半信半疑だよ
でも独自解釈で歪めた仏教みたいなダメだと思う
輪廻転生は否定したいけど仏陀の権威には逆らえないから教え自体を改ざんするっていうのは宗教に洗脳された信者以上のキチガイ
0028パーピマン
垢版 |
2018/11/28(水) 11:09:45.29ID:QyBBbFEc
>>20
え〜〜〜〜とですねえ、
⇒「釈迦は、輪廻業報論を説いたのか?」 は、近代以降の仏教文献学の主要テーマ
の一つであって、その最大の論点は、「無我説との矛盾」なわけ。

そして、現時点まで輪廻肯定論者からは、その矛盾を解消する有意な見解は
全く提示されていません。

やっているのは、(古層文献以降に) 「こういう輪廻に関する記述がある」
ということのみ。

後代の仏弟子たちの増稿、改変、ヒンドゥーからの混入の可能性を完全無視です。

輪廻業報論を支持するなら、その業の承けてとしてアートマン設定を受任しなければ
ならず、それは無我説と両立しえません。

その両方を支持すrのであれば、「釈迦はその矛盾にきずかないほどバカである」
ということになります。
0029神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 11:15:51.73ID:+1uELdYN
>>25
相手を学者認定するのは何か意味あるんかな

>最古層文献には、貴方の提示した語彙(punabbhava)は、二例ほどありますが、
>「再生することへの否定」として表現されていますね?

そりゃそうでしょ(笑)輪廻からの解脱が目的なんだから

>それは以下に続く1123で明らかなように「妄執を捨て去れ」ということを教示する
>ための強意表現でしょう?

??「輪廻(という観念)への妄執を捨て去れ」という風に読むのは無理じゃないかなあ

>@最古層文献には、輪廻を表す語サンサーラは全く見られないのに、古層文献に
> なると、其の頻度が急に増えることについて、どう考えられますか?

それ、最古層(とされてる)パーリ経典の分量が圧倒的に少ないから以外の理由が必要かな

>A最古層文献の中には、輪廻を肯定的に説明している箇所が皆無なのは何故でしょうか?

輪廻的生存は厭うべきもので、どうやったらそこから解脱できるかが主題だから

>B輪廻について釈迦が訊ねられたとき、それに回答せず無視したのはなぜでしょうか?

具体的にどこですか?

>C最古層文献には、輪廻と業報を結び付けた記述が皆無なのはなぜでしょうか?

Sn4〜5章が古いと見られてるのって他の経典に引用されてる「解脱のための虎の巻」だからじゃないの?
あえて@への回答に付け加えるなら
0030パーピマン
垢版 |
2018/11/28(水) 11:26:59.40ID:QyBBbFEc
>>29
>相手を学者認定するのは何か意味あるんかな

ん??  貴方自身は、パーリを読めないのかな?

私は、貴方がパーリを読みこなせるほどの博学だと思い、上記の質問を
させていただいたのですが、そうでなければ、質問はとりけします。

そして、貴方のレスを見た限り、仏教理解にかなりの見解の相違が見られるので
以下、対話を終了します。

ちなみに私の理解では、釈迦の真意は「苦の滅」であり、それは必ずしも輪廻を
前提するものではない・・・ということです。

輪廻からの解脱 というのは、ヒンドゥーの教義であり、釈迦もあえてそれを否定
することはありませんでしたが、それを自己の教義の前提としたり、根幹として
説くことはなかった・・・というスタンスですので。
0031神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 11:27:01.48ID:+1uELdYN
>>28
>やっているのは、(古層文献以降に) 「こういう輪廻に関する記述がある」
>ということのみ。

そもそも古層と金科玉条のようにいうけどど、ハラエン経などはどこの部派でも四阿含、四ニカーヤを祖型とする経蔵の外で伝承されていて、
これのみでブッダその人の教説を再構成しうる、というような切断処理は無意味だろうなあ

宮元啓一先生がつとにパーリ聖典の古層、新層という区分に疑問を投げかけているわけで

>たしかに、韻文は歌として朗詠されますから、そして、歌というものは、古今東西を問わずそうなのですが、
>当然と言えばあまりにも当然のごとく、古い語形を残す傾向を強く持ちます。

>たとえば、韻文の中でゴータマ・ブッダがマガダ語で「ちゃいますねん」と語ったならば、
>パーリ語になっても、それに近い語形がずっと残るという可能性は非常に高いと言えます。
>それにたいして、散文は、唱うように朗詠されることはありませんから、時代とともに大きく語形が変化すると考えてよいでしょう。
>マガダ語での「ちゃいますねん」が、パーリ語で「違いますよ」となっても、何の不思議もありません。
>ここから言えるのは、韻文は古い語形を比較的よく保つ傾向にあり、散文は新しい語形へと変化しやすい、ということです。

>言えるのはそこまでで、ここから、韻文は「成立が古い」、散文は「成立が新しい」と言ってしまっては、
>それは大きな勇み足、重大な誤謬となってしまいます。
https://web.archive.org/web/20101010051352/http://homepage1.nifty.com/manikana/m.p/hon/daihon.html

馬場記寿先生の小部の成立の研究からも、もうスッタニパータの4章、5章を振り回して「真の仏説」を語る時代は終わったんじゃないかなあというのが私の感想。
0032神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 11:29:33.61ID:wN0dNXUZ
日蓮日興各御歴代猊下様がこの先も決して崩れぬ至高なる善行の智恵を持って仏教を三大秘宝に残している。
それは今の時代に生きる衆生の幸せの為に残した菩薩となる所作そのものである。所作は仏縁そのものを現しているから。
知らぬものを知らぬが故に我見に執着し、身の長けを気にしては生まれ変りなどと餓鬼畜生がすがり付くような考えをするなと教えているのを理解すれば信じるものはただひとつだけ。
今もこれからも変わらぬ釈尊と日蓮の完膚無きまで善き正しき道理を説いた仏教だけである。
正法時代の仏教と末法末世における仏教は形を変えると釈尊は説いた。
般若までの教えを捨て法華涅槃の教えのみを信じ広めろと。
0033神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 11:29:45.47ID:+1uELdYN
>>30
>ん??  貴方自身は、パーリを読めないのかな?

読めますけど。

>ちなみに私の理解では、釈迦の真意は「苦の滅」であり、それは必ずしも輪廻を
>前提するものではない・・・ということです。

ハイ、それではあなたの理解に合致しない意見とは生産的な対話はできませんよね。
パーリ語読めないんだから
0034パーピマン
垢版 |
2018/11/28(水) 11:31:38.90ID:QyBBbFEc
>>31
最後に・・・

宮元氏は、輪廻業報論について、その差別的側面の除去を考慮して
「前世⇒今世は、なしにして、 今世⇒来世を説こう。それが倫理的に望ましい」
というような無茶苦茶な説を言う人なので信頼してませんww
0035パーピマン
垢版 |
2018/11/28(水) 11:36:48.92ID:QyBBbFEc
>>33
>読めますけど。

なるほど、それは失礼しました。

では、貴方に改めてお聞きしたいのですが・・・

輪廻業報論と無我説との齟齬に関しては、貴方には改めて説明する必要も
ないと思いますので、その矛盾を解消する見解をご教示お願します。
0036神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 11:42:47.05ID:wN0dNXUZ
信心もなしに仏教を語るのもエセ仏法者であると像法時代には蔓延すると予言している。
受学の者の我見により心意や教えが歪められる恐れがあるとして、これもまた無間地獄に落ちるであろうと。
0037パーピマン
垢版 |
2018/11/28(水) 11:56:33.91ID:QyBBbFEc
あとですねえ、すいませんがコテつけてもらえませんか?

私もこの宗教板長いんですが、今までパーリを読みこなせる人は一人、
サンスクリットを読みこなせるのも一人しか、見たことないんです。

つまり、原文を読みこなせるほどの博学は、実に貴重でして、w
この先、色々、お尋ねさせていただくこともあろうかと思いますので。

よろしくお願いします。
0038神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 16:30:57.36ID:kqzPWzNI
>>1
人生は理不尽で思い通りにならないことばかりなんですよ。
だからお釈迦様は一切皆苦と説いたのです。


輪廻も同じく理不尽で苦なんですよ。
だからお釈迦様は菩提樹の下で悟った時にこの感興偈を唱えたわけです。

153 わたくしは幾多の生涯にわたって生死の流れを無益に経めぐって来た、──家屋の作者(ツクリテ)をさがしもとめて──。あの生涯、この生涯とくりかえすのは苦しいことである。

154 家屋の作者よ! 汝の正体は見られてしまった。汝はもはや家屋を作ることはないであろう。汝の梁はすべて折れ、家の屋根は壊れてしまった。心は形成作用を離れて、妄執を滅ぼし尽くした。
(ダンマパダ)
0039神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 16:41:49.26ID:kqzPWzNI
《無我と輪廻について》


『サンユッタ・ニカーヤ』22-59.(PTS Text,V.pp.66-8)

五比丘(無我相経)

1.
バーラナシーのミガダーヤ(鹿野園)における因縁である。

2.
そのとき、尊師は、五人の比丘たちに呼びかけた。「比丘たちよ」
「尊師よ」と、比丘たちは答えた。(尊師は)このように言った。

3.【色】
「色は、比丘たちよ、自己ならざるもの(無我、anattan)である。
比丘たちよ、もし色が自己であったのであるならば、この色が、病のために壊れることもないだろう。また、色において、<このように、わたしの色はあれ、このようにわたしの色はあるな>と、いうようにできるはずである。

4.
比丘たちよ、じつに、色は自己ならざるものであるから、色は病のために壊れる。さらに、色において、<このように、わたしの色はあれ。このように、わたしの色はあるな>となすことができないのである。
http://manikana.la.coocan.jp/canon/anattalakkhana.html


以下、受想行識についても色と同じことがお釈迦様の口から語られます。

もし五蘊(全部もしくはどれか)が自己(我)であったのであるならば、この色が、病のために壊れることもないだろう。

という展開ですが、ここで病の代わりに老死を入れても苦という単語で一括りにできるとします。
となると五蘊が我であったのなら病老死はなく輪廻もなくなることになります。
五蘊無我だから輪廻するということになります。
無我と輪廻は矛盾しません、というか無我だから輪廻するということになります。
0040ポッタン師
垢版 |
2018/11/28(水) 16:52:27.03ID:f4yk1m6N
39.無我であれば輪廻しない。
0041桃太郎
垢版 |
2018/11/28(水) 17:59:56.96ID:irZYY7Aq
>>39

そう。もっとも正解に近いような気がします。
0042神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 18:30:01.43ID:VH3PQG/d
>>1
追伸です。

五蘊は無常で無我であるために生病老死の四苦にさらされています。
不死は望めませんし、それ以前に自分の心(受想行識)も悩み苦しみます。
老いて死ねばまた次の生(生まれること)が待っているという輪廻のサイクルに陥っています。
しかし、そういう五蘊への執着を捨てれば輪廻のサイクルから解脱でき、今生が最後の生となり死後は輪廻せずに完全なる涅槃に入るというのがお釈迦様の教えです。

>>39サンユッタニカーヤ五比丘の経典ではお釈迦様は説法の最後をこう締められています。

比丘たちよ、このように見て、(教えを)聞いている聖なる弟子は、色において厭離する。
感受において厭離する。表象において厭離する。志向作用において厭離する。識別作用において厭離する。
厭離するものは、貪欲から離れ、解脱する。解脱したとき、「解脱した」という知識がある。
『滅尽したのは、生まれることである。完成したのは、清浄行である。為したのは、為すべきことであり、さらに、この(輪廻の)状態にいたることはない』と知るのである。

この解脱知見を得ればこの世(現世)もかの世(来世)も望まなくなるようです。
死後は完全なる涅槃に入るのですから。
この完全なる涅槃をパーリ語ではパリニッバーナといいます。

>>41
ありがとうございます。
でも法華経というか日蓮宗ではこの世は望むべきものであり、この世界を寂光土という浄土にするのが仏道とされてましたね。
それはそれで崇高な理想だと思います。
0043神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 18:32:34.05ID:C6FAbZtL
【創価学会は朝鮮族支配のカルトです】

オウムに人材と資金提供していたようです。
犯罪教団のお手本であり創価学会は、現世利益を看板にしてし、おびただしい数の出版物を半強制的に買わせる異常に気持ち悪い卑劣鬼畜外道ドブネズミです。

創価学会は、批判者や脱会者に対し、脅迫、尾行、見張り、嫌がらせ、怪電話、怪文書、暴行、傷害、盗聴等々、あらゆる犯罪的手段を用いて攻撃します。

創価学会を私物化した池田大作の野望は、日本の国家機構を乗っ取り、絶対支配者となる ということです。
同時に、創価学会は、司法界、官僚、警察、マスコミ界等へ、池田大作私兵を送り込む作業を長年にわたり組織的に続けています。

創価学会の会員は何かにつけ込まれ、無理矢理入信されられた方がほとんどです。
つまり、被害者なわけで救い出すチャンスはあると思います。
皆様とともに、どうしたら彼らを救い出すことができるかどうかを話し合ってみたいと思います。

池田大作を信じ、崇拝したところで、幸せが訪れるでしょうか?
創価学会は撲滅するべきです a

その他の入ってはいけない宗教
アレフ、統一教会、顕正会、エボバの証人、法の華

創価学会被害者の会 浪速建設 岸本晃(キシモトアキラ)
0044神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 19:12:35.62ID:DALXd4jX
>>28
だからそれただのつじつま合わせじゃんw
矛盾が出てくると仏陀の無謬性に疑問が生じるんで整合性取るために独自解釈で改ざんしますという明確な宣言以外の何物でもない
後世に付け足されたり書き換えられた可能性もあるだろうけどだからといって改変やってしまったら同類だろ
改変されたものは元に戻らない
改変された時点で終了
もうその経典に信憑性はないし信憑性ないなら価値もないんだよ
いくら元通りに修正や復元を試みようともタイムマシンかあるいは過去を見る超能力でもない限りどうやったって無理
後の世の人間にできることは伝わってきたものになんの手も加えず次の世代に残すことだけ

だいたい大量の仏典があって(ひとつにしとけよそんなに数要らんだろこの時点でバカなんだよ仏教徒w)しかもそれぞれ筆者が違うし書かれた時代も数百年規模で全然違うんだからそりゃ矛盾だらけに決まってるわ
それを仏陀一人が語ったという無茶な前提で考えるから多重人格の矛盾だらけのバカに見えて当たり前
仏説にいかなる誤謬も矛盾も存在してはならないという信者特有の前提があるからおかしくなる
だからつじつま合わせのためにあれこれ邪推して新たな説をひりださなきゃいけなくなる

弟子に改変されてわけわからなくなりましたというなら最初からその程度の、価値のない、しょうもないゴミだったってこと
それは正しく伝える術を知らなかったバカの所業
全く改変されておらずそれでも矛盾があるのなら仏説考えたやつらはバカということ
つまりどう転んでもゴミ
0045神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 19:17:50.28ID:RL6D6l08
我が存在すると思う → サンカーラを生む → 識が生まれる → 我が存在すると思う
無我 → サンカーラが生まれない → 識が無い → 終了
0046神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 19:28:55.30ID:mPSCB3YT
>>29
>??「輪廻(という観念)への妄執を捨て去れ」という風に読むのは無理じゃないかなあ

妄執の原文はtaṇhaṃ(タンハン)つまりタンハー=渇愛だからそうだろうねえ
輪廻(という観念)に渇愛を抱く人って当時のインド特に釈迦に教えを乞う人にはいないだろうし

ここではふつうにtaṇhaṃは生きる上での強い執着や煩悩のこととであり
それらを捨て去れば迷いの生存(輪廻の状態)に戻らないと釈迦は学生ビンギヤに答えたということなんだろうと思う
0047神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 20:06:05.34ID:EaPMooCi
教えてください。
日本の仏教僧侶や仏教徒のみなさんはなぜ世界で仏教国のチベットが不当に
制服されて同じ仏教徒が弾圧されているのを見て見ぬふりを
しているのでしょうか?
それが仏教の教えなのでしょうか?
0048神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 20:46:21.31ID:mPSCB3YT
>>47
日本どころかどこの国の仏教の僧侶もチベット虐殺については沈黙してません?
0049神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 20:49:52.16ID:EaPMooCi
まったく言い訳になりませんな。
いじめを見て見ぬふりをした小学生の言い訳と同じですよ。
0050神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 21:05:27.69ID:mPSCB3YT
>>49
君もそうだよ
チベット人は日本人にDNA(Y染色体ハプログループ)が近いのにその同胞のために何かしてる?
まず自分が何ができるか考えてみようず
0051パーピマン
垢版 |
2018/11/28(水) 22:44:32.79ID:QyBBbFEc
>>44
まあ、結局、「仏教はゴミ」と言いたいわけですね。

なら、そういうことでw
0052桃太郎
垢版 |
2018/11/28(水) 23:15:40.50ID:He1TShhr
>>42

>無我と輪廻は矛盾しません。

これには賛同しますが、

>五蘊への執着を捨てれば輪廻のサイクルから解脱でき、今生が最後の生となり死後は輪廻せずに完全なる涅槃に入るというのがお釈迦様の教えです。

これは違うと思う。この考えは小乗教の低い教えです。

「死後は輪廻せずに完全なる涅槃に入る」というのが仏道修行の完成形、すなわち「成仏」という事なら

今世に生まれた釈尊は「始成正覚」と言うことになります。

最高の経典である法華経では「久遠実成」を説き、仏は衆生が仏の出現をを渇望し求めるとき「爾時」再びこの娑婆世界で法(法華経)を説くということになっています。

苦しむ衆生をほったらかしにして、涅槃に安住する仏はいないのです。

価値論で言うと、「悪を行う」事と「悪を見て見ぬ振りをする事」は同じく「悪」である

「如蓮華在水」仏は衆生を憐れむ故に常にこの娑婆世界にあって法を説き人々に希望と勇気を与え続けます。

それが実仏の姿だと思います。
0053神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/28(水) 23:46:48.73ID:BqRLG76o
仏頂面、成仏相、いずれも迫害にあいやすいのは仏智を持ち、幸せそうだからだそうだ。
確かな道理も持つ為に耳の痛い事を言われ、見透かされると憎しみの心が沸き、攻撃しようとする。
また幸せを妬み不幸を植え付けようと攻撃しようとする。
心が無いからこそ綺麗なのであって
心があるものは本来は醜いのである。
0054桃太郎
垢版 |
2018/11/28(水) 23:53:18.76ID:He1TShhr
輪廻転生という考え方は、人間ならびに生きとし生けるもの、それぞれの主体、あるいは霊魂が、この世で死んだのちに次の世に生まれ、再び死に、また次の世に生まれ、というようにして無限に生死、生死を繰り返すというものです。

そのさい、それぞれの主体、霊魂はいつの世も同じであり、次の世にどこに、またいかなるものに生まれるかを決めるのは、前世における業のいかんによると考えたのです。

また、解脱という考えは、そもそも、無限に生死を繰り返す、輪廻という生存の苦から解放されることをいい、インドの諸宗教はこれを理想として立て、目標として修行するわけです。

インドの場合、苦にしても、苦からの解脱という考え方にしても、要するに輪廻という生存のあり方そのものに対する嫌悪感、恐怖感が濃厚であったように思う。

だから、輪廻の生存のなかで、よりよき次の世に生まれるにはどうすればよいかといった方向の思索よりも、むしろ輪廻の生存そのものから解脱して、再び生を結ばないことが最高の理想とされていたように思う。

ここに、他の古代民族にもしばしば見られる輪廻の思想とは違うインド民族独自の考え方が見られるわけです。

「ミリンダ王の問い」ではナーガセーナが見事に「無我説による輪廻の問題」を解き明かしているね。

中村元博士によると、この問題は二つに分かれ、

第一の論点は、人の死後や生前に関係なく、ただ現世の現象だけにかぎって、はたして人格的個体が同一のものとして存続しているかどうか、ということです。

第二の論点は、人格的個体、あるいは霊魂が死後においても同一性を保ちつつ存在するか否か、またこの世に生まれでる前にも現在の人格的存在と同じ実体として存在していたか否かということです。

ナーガセーナの答えは、同一でもなければ異なったものでもない、という仏教の「不一不異」の教義でこの矛盾を解決している。これはまさに仏教独自の論理といってよく、西洋的思惟方法から生まれた形式論理学では収まらないものです。
0055桃太郎
垢版 |
2018/11/28(水) 23:55:09.90ID:He1TShhr
「諸法は縁より生ず」とあるように、霊魂とか個我などの実体を想定せず、一切の事象は互いに他との関係性によって生じているという考え方を、ここでも適用しています。

人間の認識についても、六つの感覚器官と六つの対象との対応関係から識別が生じ、それによって、接触と感受と表象と意思と統一作用と生命力と注意などの諸法が生起すると述べている。
したがって、そこには、主観が先か、あるいは客観が先かといった論が起きるはずがなく、また、認識の恒常的な主体を立てるという論もありません。

私たちは通常、まず自分があり、その自分が対象を認識するというように考えがちですが、仏教本来の立場からいえば、それは迷妄にすぎないことが、この対話から明らかです。

本当はそうではなく、自分という考えが浮かぶのも、じつは六根と六境と触れあった後に起こっているのです。

仏教は、この人間の日常的な認識の迷妄を打ち破り、その本来のあり方を知らしめ、自然と一体になった自由でダイナミックな生き方を教えようとしたのです。
0056神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/29(木) 00:00:14.48ID:jjClSqeq
無我のパーリ語のanattāという文字はスッタニパータの四章五章はおろかスッタニパータ全編を通して全く見られない
同じく古層の文献に位置付けられているダンマパダにも見られない

なので無我論は、外教からの混入、及び、後世の仏弟子たちによる増稿、改変の蓋然性が高い
ということ?
0057パーピマン
垢版 |
2018/11/29(木) 00:59:17.97ID:Nb/nz4Iq
パーリを読めると言っていた御仁は、どうやら消えたようですね。
残念。

5ちゃんで、遭遇できた三人目の博学か? と期待したんだがw

まあ、ここも桃太郎が頑張るみたいだし、創価には興味ないんで
オレも消えようかねw
0058神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/29(木) 04:34:13.21ID:Qq7FbJOQ
創価学会、顕正会、日蓮宗は正宗から破門されたんだけど...今の仏法の教え分かってるのかな?
浄土宗、浄土真宗、禅宗など破折され、今の時代は改変した教えで好き勝手にやって儲けてるだけ。
0059ポッタン師
垢版 |
2018/11/29(木) 07:13:56.79ID:jnCKCGar
桃太郎はバカ丸出し、である。大爆笑である。
0060神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/29(木) 08:45:14.69ID:s+lQvBAJ
いくらパーリ語を読んでも、経典を全部覚えても、無我、輪廻は分からない。
自分が無我になってみないと分からない。
0061神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/29(木) 10:44:08.34ID:VkKQsUGr
長部 大因縁経

「さてアーナンダよ、『〈識〉という縁より〈名色(心と体)〉がある』と、じつにこのようにいわれました。『〈識〉という縁より〈名色〉がある』という如くのこのこと、それは、この理由によって知られるべき事なのです。
アーナンダよ、じつに、〈識〉が母胎に入らない場合、いったい、〈名色〉は母胎において成長するでしょうか」  
「尊者よ、それは否です」
「アーナンダよ、じつに、〈識〉が母胎に入ってから出た場合、いったい、〈名色〉はここなる状態へ生起するでしょうか」  
「尊者よ、それは否です」
「アーナンダよ、じつに、〈識〉が母胎に入ってから出た場合、いったい、〈名色〉はここなる状態へ生起するでしょうか」  
「尊者よ、それは否です」
「アーナンダよ、じつに、〈識〉が幼いときに切断された場合、いったい、童子あるいは童女の〈名色〉は、増大、増長、成満へいたるでしょうか」
「尊者よ、それは否です」
「アーナンダよ、故にここに、これは因であり、因縁であり、原因であり、縁なのです。すなわち〈名色〉にとっての〈識〉は」
http://komyojikyozo.web.fc2.com/dnmv/dn15/dn15c02.htm

この経典では五蘊の識が輪廻の主体となることがこのように示唆されています。

この識についてもお釈迦様は

識別作用は、自己ならざるものである。
比丘たちよ、もし識別作用が自己であったのであるならば、この識別作用が、病のために壊れることもないだろう。
また、識別作用において、<このように、わたしの識別作用はあれ、このようにわたしの識別作用はあるな>と、いうようにできるはずである。

比丘たちよ、じつに、識別作用は自己ならざるものであるから、識別作用は病のために壊れる。
さらに、識別作用において、<このように、わたしの識別作用はあれ。このように、わたしの識別作用はあるな>となすことができないのである。
http://manikana.la.coocan.jp/canon/anattalakkhana.html

と説いていまして、もし識が自己(我、アートマン)だったら「私の識は輪廻するな」となすことができることになります。

でも識は無我だからそのようになすことができぶ輪廻してしまう、ということは否定はできないと思います。

ですから、大因縁経でのお釈迦様の説法には矛盾はないわけです。
0062神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/29(木) 10:45:44.23ID:VkKQsUGr
でも識は無我だからそのようになすことができぶ輪廻してしまう、ということは否定はできないと思います。

(誤字訂正)
でも識は無我だからそのようになすことができず輪廻してしまう、ということは否定はできないと思います。
0063神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/29(木) 11:14:18.62ID:UMXGDhkD
>>19
批判的見解も読んだけど、全部立証を覆せるほどの物じゃなかったが。

君が思う一番の否定要素はなにか教えてくれ
0064神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/29(木) 14:00:13.59ID:ydo5/tYq
>>61
訳文                
「大愛尽経」(『中部』38)
https://komyojikyozo.web.fc2.com/mnmlp/mn04/mn04c18.files/sheet001.htm
の方の注釈にも書いてありますねえ

>・しかし『相応部』4-23「ゴーディカ経」では、悪魔が自刃した比丘ゴーディカの身体から抜け出た〈識〉を探し求めるも、彼は般涅槃しており、その〈識〉は止住していない、との旨が釈尊に説かれる。
>また「大因縁経」の115-2. では釈尊によって「アーナンダよ、じつに、〈識〉が母胎に入らない場合、いったい、〈名色〉は母胎において成長するでしょうか」とのべられている。
>ニカーヤ中の多くの記述で明らかに〈識〉は、輪廻の媒介的存在として描かれている。
>これらと本経が矛盾なく両立するとするならば、サーティの問題点は〈識〉を輪廻の媒介と見たことそのものではなく、その〈識〉に恒常性を見た点にある、ということになろうか。
0065ポッタン師
垢版 |
2018/11/29(木) 14:21:17.37ID:rkoXhz/x
業報輪廻因果応報は存在している。
だが、それが問題ではない。
なんでか。
それは仏教ではない、という問題である。
バカには理解できない。大爆笑である。
0066神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/29(木) 14:43:31.45ID:l7yzN7E9
>業報輪廻因果応報は存在している。

嘘つき
0067神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/29(木) 14:47:07.15ID:0HsddL30
>>65
業報輪廻因果応報を信じてるなら説明してほしい

運命定めがあるなら加害者は運命定めに従っただけ
もしくは他者の運命定めに巻き込まれた訳だから
加害者は罪人では無いと言う考え?
0068ポッタン師
垢版 |
2018/11/29(木) 15:12:06.81ID:rkoXhz/x
67.業報輪廻因果応報は科学の問題である。
それは宗教の問題ではない。
バカには理解できない。大爆笑である。
0069桃太郎
垢版 |
2018/11/29(木) 15:15:17.48ID:QeNRh5hA
>>65

かまって欲しいオーラが激しいな(笑
桃太郎、大慈大悲を起こして(笑 ちょっぴりかまってあげる。

ポッタン師は人をバカバカいってると、因果応報で今世で、来世で人から見下される報いを受けるよ。
人は皆仏性があるんだから、悪人でもない人を軽々しくバカにするもんじゃないのです。

まぁ、何があったのか知らないけれど、あなたは一貫して人を見下す癖がある。
それじゃダメなんだ。結局自分自身の命を傷つけていることになるし、そのことが分かっていない。

自分が結局一番損することになるよ。
0070神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/29(木) 15:20:40.54ID:AztETPOs
>>68
科学???
日頃運転荒い奴はその内事故るとか貞操観念緩い奴はその内浮気するとかそういう話?
ちなみに側から見て馬鹿はお前だぞ馬鹿には理解出来ないだろうけど
0071神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/29(木) 15:21:10.68ID:l7yzN7E9
>>68
じゃ善悪は無関係でおk?
0072神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/29(木) 15:22:51.87ID:l7yzN7E9
>>1
死人に口無し
0073ポッタン師
垢版 |
2018/11/29(木) 15:28:39.28ID:rkoXhz/x
69.70.バカである。と言う、のは師家のしごとである。
バカには理解できない。大爆笑である。
0074ポッタン師
垢版 |
2018/11/29(木) 15:31:44.27ID:rkoXhz/x
71.善悪は宗教の問題ではない。それは倫理道徳の問題である。
バカには理解できない。大爆笑である。
0075神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/29(木) 16:06:18.72ID:AztETPOs
>>74
それ言っちゃったら善悪は倫理道徳の問題じゃなくて宗教の問題なんだけどな
真の意味で善悪を断定出来るのは神だけだろ
俺は神なんか信じてないがな
0076神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/29(木) 16:54:28.80ID:H57PeVVo
>>25で提示された質問に興味を覚えたのでこちらからもパーピマンに質問します

ってか>>56で一度スレのみなに質問したんですがそこに書いたことは>>25を読んで疑問に思ったことなので
>>25を書いたパーピマンに質問させていただきます


無我のパーリ語のanattāという文字はスッタニパータの四章五章はおろかスッタニパータ全編を通して全く見られない
同じく古層の文献に位置付けられているダンマパダにも見られない

なので無我論は、外教からの混入、及び、後世の仏弟子たちによる増稿、改変の蓋然性が高い
ということですか?
0077神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/29(木) 18:25:27.41ID:UMXGDhkD
>>67
自分の見解だけど因果応報は、本人の罪悪感と筋が通っているか、と思う。
悪いことをしたと思うやつは、巡りめぐって引き寄せるんだと思う。
だから、ヤクザでも因果応報でひどい目に合わないやつらとかは、筋を通してるからだと思う。
0078神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/29(木) 19:34:40.14ID:s+lQvBAJ
>>67
因縁、業の法則は、運命でもないし自由意志でもない。
自力でもないし他力でもない。

犯罪者が犯罪を思いとどまらなかったのは、犯罪者の意志でもあるが、
その日、その場所、その状況は犯罪者の意志でどうこうできるものでもない。
犯罪者の家庭環境、育った状況も関係しているが、最後の思いとどまらなかったのはその犯罪者の責任。

けっきょく、一つの事件にも無数の因縁、業が絡んでいて、業については人間の理解を超えているとしか言えない。

7.業と因縁 (1)全てのことに理由がある
http://www.j-theravada.net/kogi/kogi34.html
0079神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/30(金) 04:12:51.83ID:NgPI8zKl
>>77
その酷い目ってのは躓いてこけて怪我するとか風で飛んできた看板にぶつかるとか?
もし誰かに酷い目にあわされるなら加害を加える人は因果の代行者であって罪人では無いよね?加害を加える事を因果の定めに強いられてる訳だから
0080神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/30(金) 04:15:44.77ID:NgPI8zKl
>>78
その因果応報の応報に疑問がある
応報を与える人は加害者じゃないよねそれで何か罰を受けるならむしろ被害者だよね
って疑問
0081神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/30(金) 04:37:41.32ID:NgPI8zKl
日頃から荒い運転をしてる奴は事故を起こす確率は高いし
自身の素行も良く治安が良い環境で過ごすより素行悪く治安が悪い環境に身を置く方が事件に巻き込まれる確率は高い
これは分かる
でも確率と因果応報は違うだろ
因果応報はオカルトでしょ?
0082神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/30(金) 07:20:14.62ID:r2p6NjHD
>>80
加害者も、被害者も、人間の行動は全て業に基づくというのが仏教でしょう。
カレーを食べる。水を飲む。風呂に入るというのも全部。

何故カレーを食べたくなったか。それには無数の原因、因縁が関係していて、
人間にはよく分かりませんと。昔にカレーを食べたという事実がないとカレーを食べたくはならない。
カレーを日本に紹介した人がいないとカレーは日本に入ってきてないし。

原因と結果という法則があるのは確かだが、具体的な現象については、
無数の原因、無限の過去を考えなければいけない、それは業。
業について考えて理解することは人間には不可能。ということだと思います。
0083ポッタン師
垢版 |
2018/11/30(金) 08:18:48.41ID:Q4IP8WKr
82.それは科学の問題である。それは宗教の問題ではない。
バカには理解できない。大爆笑である。
0084桃太郎
垢版 |
2018/11/30(金) 08:49:16.55ID:bYdB1i6h
自身の宿業を変えることが出来なければ、それは真の宗教とは言えない。
生まれたときから運命が決まっていて、自分ではどうにもならないのであれば、宗教なんて必要ない。
それは、キリスト教で言うところの「神の味噌汁」の状態に他ならないからである。

宿業にも色々あって、代表的なのが「定まった業」すなわち「定業」な。
寿命というのも「定業」のひとつ。
生まれてすぐ死ぬ。事故や病気で死ぬ。殺される。あるいは銀さん、金さんみたいに長寿をまっとうする。
これもまた過去世の宿業といえるでしょうね。
0085神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/30(金) 09:00:54.49ID:r2p6NjHD
>>82
追加。

過去の業についてはどうしようもない。過ぎてしまった事だし、考えてみても分からない。
未来については何とかする事ができるはず。因縁に従って。
現在の瞬間に、善業を積めばいずれ善果を得る。悪業を積めばいずれ悪果を得る。

結局、人間には今の瞬間しか無いという事でしょうね。
0086ポッタン師
垢版 |
2018/11/30(金) 10:51:19.58ID:tVzfNK3j
85.84.生活の問題をやっているバカである。大爆笑である。
0087桃太郎
垢版 |
2018/11/30(金) 12:05:13.04ID:bYdB1i6h
第一に地獄界とは正法念経に「殺盗・婬欲・飲酒・妄語の者はこの中に堕ちる」とある。
涅槃経には、殺生に上・中・下の三種があり、蟻などをはじめ一切の畜生を殺すのは下殺であり、「ものの命をたつもの此の地獄に堕つ螻蟻蚊モウ等の小虫を殺せる者も懺悔なければ必ず此の地獄に堕つべし」とある。

下殺であっても、心に懺悔もなく、ただ楽しんで殺すのであれば「必ず此の地獄に堕つべし」と言うことですね。

そうすると、仏法者は皆ベジタリアンになるしかないのでしょうか?
確かに、山林がマイホームの小乗仏教者ちんこ丸出し仙人などは菜食主義者なんだろうけれど。現代の人々すべてに強要しても無理だわな。

ちなみに、私は焼き鳥で一杯やるのが生き甲斐です。
0088神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/30(金) 12:37:42.96ID:PvmTv5kK
波動関数と粒子の存在の因果は確定しない
0089神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/30(金) 14:48:51.88ID:6U3iAzCz
>>79
そんな詳細まではわからないけど、
例にあげると、歴史上で虐殺者とかそんなにひどい死にかたしてなんだよね。
何万人って殺しておきながら。でもそれは本人が罪悪感がなく、本気で正しいと思ってやったから、因果応報から外れてんだとおもう。
もっと例をげれば、ポル・ポトなんか、一生拷問され続けてて死ななきゃいけないが、そうじゃない。ただ死んだだけ。
たぶん、本気で国を良くしようとしてたからとか罪悪感が普通のひとよりすくないから。って感じで捉えてる。
0090神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/30(金) 14:54:16.77ID:6U3iAzCz
>>81
間違いなくオカルトだと思う。
けど、それは今科学で証明出来ないだけで、数年後の未来には証明されるかもしれない。
大昔から信じられてる事は、何でも後から理屈が付いていてる歴史がある。
昔のひとは何かそう言う事を長い経験則のなかで分かってたんだよ。
0091神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/11/30(金) 15:21:01.41ID:mYbX0Lg4
オカルトだよ
だから釈迦はその様な観念からの解脱を説いたんだよ
0092神も仏も名無しさん
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2018/11/30(金) 17:28:05.11ID:iam40RRB
やはり日蓮御書は仏教の確信を得てるな。
輪廻転生があろうとなかろうと、それを語るならまず成仏出来る身になれと。
0093神も仏も名無しさん
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2018/11/30(金) 18:12:56.31ID:r2p6NjHD
仏教で煩悩は貪瞋痴、激しい欲、激しい怒り、愚かさの三つだから、
欲でも怒りでもなく、例えば正義の為に殺すんだとか、理想の為に殺すんだ、
生きるために殺すんだ、楽しみのために殺すんだとかいうのは、愚かさによる殺し。
愚かさがある限りは、いつでも欲、怒りが出てくる恐れがあるし、
愚かな畜生にでも転生する可能性はある。

愚かさによる悪業は一番タチが悪いし、分かりにくい。
0094神も仏も名無しさん
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2018/11/30(金) 19:46:57.15ID:izDl1oM7
>>91
>だから釈迦はその様な観念からの解脱を説いたんだよ

それは釈迦ではないよ
六師外道のアジタ・ケーサカンバリンとかだよ、そのような観念からの解脱を説いたのは。

アジタ・ケーサカンバリンは世界を地、水、火、風の4要素の離合集散によって説明する四元素還元説を唱えた。
これは、霊魂の存在を完全に否定するものであり、ヴェーダに示される正統バラモン教におけるアートマン(ātman、我、真我)をも否定するもので、
当時、汎インド的に最も重要視された業(karma、カルマ)の報いについても、霊魂の行くべき道を示した業のはたらきや善悪の行為の報いを完全に否定した。
また、輪廻の思想を否定し、死後の生まれ変わりも来世も認めず、
人は死ねば4要素に帰って消滅するとし、道徳も宗教も不必要なものであるとして、無神論の立場に立った。
布施に功徳があるという考えもまた愚者のものだとみなしている。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%BF%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%AA%E3%83%B3

プーラナ・カッサパは霊魂の不生不滅を説いて、人間はどんな行為をしても善にも悪にならないとして、因縁や業を否定し無道徳を説いた。
自ら行為をなし、他をして行為をなさしめ、手足を切断し、また切断せしめ、罰し罰せしめ、苦しめ苦しましめ、戦慄させ戦慄せしめ、殺し盗み、追剥をなしても悪をおこなったことにはならず、
祭祀や慈善を行っても善をなしたことにはならない。
また善悪の行為の報いもないという見解(空見、くうけん)を持っていた。仏教ではこれは「邪見」とみなした。

その哲学上の立場をアキリヤヴァーダ akiriyavâda (非業論)と称する。人
には永遠の魂があり、たとえ人が死んでも魂がなくなることはない、
したがって、行為自体は魂に影響を与えず、どのような行為をとってしまってとしても魂は永久に存在し続けることを、道徳無用論のかたちで主張した。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%8A%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%83%E3%82%B5%E3%83%91

仏教側から見ればこれらの思想は外道となる
0095神も仏も名無しさん
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2018/11/30(金) 22:42:08.05ID:izDl1oM7
>>94について

アジタは唯物論から非業論、道徳不要論に至り
プラーナは逆に魂の絶対論、不変不生不滅論から一つ業論、道徳不要論に至った

どちらも教団の開祖、指導者として多くの弟子を持ち崇拝されてはいた
0096神も仏も名無しさん
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2018/11/30(金) 22:42:36.78ID:izDl1oM7
プラーナは逆に魂の絶対論、不変不生不滅論から非業論、道徳不要論に至った
0099神も仏も名無しさん
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2018/12/01(土) 05:43:33.51ID:KDoWLh+u
過去世で六界を巡り巡って修行したから人間に生まれた。
望み通り人間に生まれてきたんだよ。だから人間には仏を知る為の智能が備わっている。
事の一念三千は、その瞬間にも人は如何なる者の心を現すから、再び退転しないように仏道修行をする。智恵とそれに基づく所作、十如是乃至本末究竟等を用いて自分自身の目で確かめなさいということ。
まさに人間界を生きる人として、正しく人の振舞いをしなさいということになる。
その教えそのものが今の猊下様を始め、住職様がいて我々衆生達は法の言葉を信じ理解して始めて人であると自他の認識を通して分かります。
御供養するとは先祖代々の御精霊達が今もなお修行に励んでいるから苦しまぬように祈願すること。初座から五座まで綺麗に正しくすることで始めて御供養が出来ます。
御供養が出来ないのは元々知識もなく疑いの心があったり、自分が不幸だという苦しみがあり、自分の為にしか生きられないという教義の狭い人だという実証でもあります。
忙しい、めんどくさいなんて言う人は生活そのものに無駄がある、もしくはそのそうな縁をしている為に、智恵そのものが毒に犯されているということですね。
同じ人間でも有供養者はそういう者から色々と叩かれますが、そういう人達にも生前供養、大願成就を祈願をしていますので決してバカにしてはいけませんよ。
0100神も仏も名無しさん
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2018/12/01(土) 06:57:07.33ID:3p149DBD
何しろ人口が爆発的に増えてるんだから前世が人間だった人は僅かしかいない
ほとんどの人は畜生からの生まれ変わりだ
0101神も仏も名無しさん
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2018/12/01(土) 08:37:28.11ID:6LUcvIP7
爪の先に乗った土が人間で、地面の土が人間以外の生命。
人間に生まれる事はめったに無いのだから、仏道修行に励むべき。

「爪先経」(『相応部』20-2)
https://komyojikyozo.web.fc2.com/snnv/sn20/sn20c02.htm
0102神も仏も名無しさん
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2018/12/01(土) 09:33:05.48ID:CCIh4pN4
宗教の信者というのは自分を特別だと思いたい
彼らは教祖や聖典経典の権威を絶対視して必要以上に高く高く持ち上げて崇めたてまつる
がしかしその行為の真の目的はというとその傘下にいる自分自身を間接的に持ち上げることにある
より高く、もっと高く、他よりもさらに高く
彼らはその競争に明け暮れる
教祖や教義を神聖視すること、させることでそこに所属する自分自身も神聖なものになったと錯覚してしまうから
0103神も仏も名無しさん
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2018/12/01(土) 09:43:17.19ID:CCIh4pN4
また信者にとって自分の信じる宗教は特別のものでなければならない
他の宗教と同じようなありふれた内容の平凡なものであることは許されない
それは何よりも尊く、奥が深く、崇高で、突出して神聖な、比類なきものであらねばならない
でなければその信者である意味も、人生を賭す意味もないから
誰にでも簡単に理解できるような内容ややさしい表現であっては彼ら信者は困る
わかりやすくて平易なもの=下級、低レベル
難解で複雑なもの=上級、高レベル
という意識があるから
だから最初はどんなに簡単にわかりやすく説かれたものでも時代とともに意味不明で複雑怪奇で誰も理解できないものへと変容してしまう
この虚飾と虚栄心と選民意識の凝縮したものが宗教の真の姿
中身のない虚仮おどしだから惑わすだけで誰も救済できない
金銭や称賛や栄光を求め奪うだけだから知恵も慈悲も何も与えられない
0104神も仏も名無しさん
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2018/12/01(土) 11:07:01.92ID:lJASknTr
どの宗教の事を言っているのか分からないけど、そんな事を考えている自分もまた自我の心情に照し合わせる宗教を作っているのです。
無宗教には二通りいます。他の言葉が嫌いで否定から入る人。無学人(これ以上学ぶ事が無い人)が無宗教として自我を敢えてよしとする人。
非否定とは賢くなる為の術であり、我が心を閉じて、ただ知るのみとすれば、いずれ三証を用いた時に正邪の分別がついてきます。すなわち我見は消えますよね。
心から来る意見とは儚く、また変わるものです。
0105神も仏も名無しさん
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2018/12/01(土) 13:05:15.42ID:6LUcvIP7
全ての信仰を捨てよ、宗教を捨てよと説いたのはブッダだけ。
自分を拝むな、崇拝するな、ただ真理を確かめよ、と説いたのはブッダだけ。
教祖だろうが、聖典だろうが、何ものにも執着してはならないと説いたのはブッダだけ。
0106神も仏も名無しさん
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2018/12/01(土) 13:37:36.62ID:G+rkS8Ws
輪廻転生って何が輪廻転生するの?魂?
0108神も仏も名無しさん
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2018/12/01(土) 14:50:58.93ID:vLt2D3TV
阿頼耶識の中にある摩訶不思議な存在が輪廻するんだよ
0109神も仏も名無しさん
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2018/12/02(日) 01:21:03.56ID:TyI0Kgt2
>>25
>@最古層文献には、輪廻を表す語サンサーラは全く見られないのに、古層文献に
> なると、其の頻度が急に増えることについて、どう考えられますか?

再古層文献には無常を表すaniccāや無我を表すanattāは全く見られないのはどう考えられますか?
0110神も仏も名無しさん
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2018/12/02(日) 02:16:52.97ID:TyI0Kgt2
>>25
>@最古層文献には、輪廻を表す語サンサーラは全く見られないのに、古層文献に
> なると、其の頻度が急に増えることについて、どう考えられますか?

最古層文献には無常を表すaniccāや無我を表すanattāは全く見られないのはどう考えられますか?
0112神も仏も名無しさん
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2018/12/02(日) 12:06:43.60ID:TyI0Kgt2
>>111
>>25のいう最古層文献とはスッタニパータの第4第5ですがそこで無我を表すanattāを含む単語が出てくるのは僅かにこの箇所だけです。

913
過去の汚れを捨てて、新しい汚れをつくることなく、
欲におもむかず、執著して論ずることもない。
賢者は諸々の偏見を離脱して、
世の中に汚されることなく、自分を責めることもない。
https://s.webry.info/sp/76263383.at.webry.info/201506/article_13.html

この自分を責めるの原文がanattagarahīです。
無我の意味で使われているのとは違うと思います。

古層文献の方になると無我/非我の意味でのanattāがいくらか見られるようになります。
スッタニパータ 一番顕著なのは第3章の

756
見よ、神々並びに世人は、
非我なるものを我と思いなし、
<名称と形態>(個体)に執著している。
「これこそ真実である」と考えている。
https://s.webry.info/sp/76263383.at.webry.info/201501/article_14.html

ここの非我の原文はAnattaniです。

756偈の様々な訳
https://plaza.rakuten.co.jp/teradyne/diary/201704070000/?scid=wi_blg_amp_diary_next
0113神も仏も名無しさん
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2018/12/02(日) 12:38:54.47ID:ewrsSL0D
そもそも最古層だという確証はあるんだろうか。
最古層と古層では何か断絶するような決定的な違いがあるんだろうか。
学術的に。
0114神も仏も名無しさん
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2018/12/02(日) 15:11:33.57ID:AQJSo12H
>>106
何かを認識したり動かしたりする意志、その働きを仏教じゃ心って定義してます。
その心が輪廻転生します。
仮にあなた(あなたと言っても認識の働きだけなのであなたはいません)が
犬に生まれ変わったらとしたら、
匂いを嗅いだり、危険を感じたら吠えたする働きをします。

でも輪廻転生があるかどうかは私達の能力じゃわからないので、死後のことは考えないで
今の幸福を考えて生きなさいとブッダは教えてくれてます。
0117神も仏も名無しさん
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2018/12/02(日) 21:46:21.23ID:TyI0Kgt2
>>114
>でも輪廻転生があるかどうかは私達の能力じゃわからないので、死後のことは考えないで
>今の幸福を考えて生きなさいとブッダは教えてくれてます。

そんなことは言ってないと思いますよ。
毒矢の喩えやヴァッチャ火経などでは修行完成者(如来)の死後は無記として答えませんでしたが、あくまで修行完成者の死後の場合です。
修行完成者は今生が最後の生になるからです。


「友ゴータマよ、このようにこころが解脱した比丘はどこに再生しますか」
「ヴァッチャよ、再生するというのは適切ではない」
「友ゴータマよ、では再生しないのですか」
「ヴァッチャよ、再生しないというのも適切ではない」
「友ゴータマよ、では再生しつつ、しかも再生しないのですか」
「ヴァッチャよ、再生しつつ、しかも再生しないいうのも適切ではない」
「友ゴータマよ、では再生するのでもなく、再生しないのでもないというのも適切ではない」
https://blogs.yahoo.co.jp/dyhkr486/62268074.html
0118114
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2018/12/02(日) 22:36:14.94ID:AQJSo12H
>>117
私の間違いだったら、大変申し訳ありません。
そのようなことを書かれた本を読んだ記憶がありましたので。
0119神も仏も名無しさん
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2018/12/02(日) 22:37:52.79ID:g0RjsSO1
で、言った言わないの話で本質がコロコロ変わるんですかね?
0120神も仏も名無しさん
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2018/12/03(月) 02:07:10.25ID:RomfGsn7
【第九章 行ない】@『ブッダ感興のことば(ウダーナヴァルガ)』

1.唯一なることわりを逸脱し、偽りを語り、彼岸の世界を拒んでいる人は、どんな悪でもなさないものはない。

2.戒律をまもらず、みずから慎むことなくして人々の施しを受けるよりは、火炎のように熱した鉄丸を食(くら)うほうがましだ。

3.もしも汝が苦しみを恐れるならば、もしも汝が苦しみを嫌うならば、あらわにも、あるいは秘密にでも、悪い行ないをなすな。

4.もしも汝が悪い行ないをなすならば、あるいはいつかなすであろうならば、汝は苦しみから離脱することはない、−−たとい汝が(空中に)浮び上って逃げ去ろうとしても。

5.大空の中にいても、大海の中にいても、山の中の奥深いところに入っても、およそ世界のどこでも悪業の制圧しない場所は存在しない。

6.その世で他人のした悪い行ないを見ては、ひとは非難するであろうが、その悪い行ないを自らしてはならない。悪人は実に(自分の)業に束縛されている。

7.詐欺や慢心をともない、正しくない行ないにより、あるいは他人から企(たくら)まれて、人々を傷けるならば、その人々は深い坑(あな)の中に堕(お)ちる。人々は実に(各自の)業に縛せられている。

8.人がもしも善または悪の行ないをなすならば、かれは、自分のした一つ一つの業の相続者となる。実に業は滅びないからである。

9.或る物が人に役だつあいだは、その人は(他人から)掠奪する。次いで他の人々がかれから掠め取る。(他人から)掠め取った人が、掠奪されるのである。
0121神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/03(月) 02:08:09.66ID:RomfGsn7
10.愚かな者は(悪い事を)しながら「この報いはわれには来ないであろう」と考える。しかし、来世におもむいて、悪い行ないをした人々の行きつくところを知る。

11.愚かな者は(悪い事を)しながら「この報いはわれには来ないであろう」と考える。しかし、のちに報いを受けるときに、苦痛が起る。

12.もし愚かな者が、悪い行ないをしておきながら、気がつかないならば、浅はかな愚者は自分自身のした行ないによって悩まされる。
−−火に焼きこがされてやけどした人が苦しむように。

13.聡明でない愚人どもは、自分に対して仇敵(かたき)に対するようにふるまう。悪い行ないをして、苦い果実(このみ)をむすぶ。

14.もしも或る行為をしたのちに、それを後悔して、顔に涙を流して泣きながら、その報(むく)いを受けるならば、その行為をしたことは善くない。

15.もしも或る行為をしたのちに、それを後悔しないで、嬉しく喜んで、その報いを受けるならば、その行為をしたことは善いのである。

16.自分の幸せだけをもとめる人々は、笑いながら悪いことをする。しかし、かれらはのちに苦しんで、泣きながらその報いを受ける。

17.悪い事をしても、その業(カルマ)は、しぼり立ての牛乳のように、すぐに固まることはない。(徐々に固まって熟するのである。)
その業は、灰に覆われた火のように、(徐々に)燃えて悩ましながら、愚者につきまとう。

18.悪い事をしても、その業(カルマ)は、刀剣のように直ぐに斬ることは無い。しかし、来世におもむいてから、悪い行ないをした人々の行きつく先を知るのである。のちに、その報いを受けるときに、劇しい苦しみが起る。

19.鉄から起った錆が、それから起ったのに、鉄自身を食いつくすように、悪をなしたならば、自分の業が、静かに気をつけて行動しない人を悪いところ(地獄)にみちびく。
0122神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/03(月) 02:09:38.61ID:RomfGsn7
これも仏教です
0123神も仏も名無しさん
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2018/12/03(月) 07:21:41.66ID:3rNmsvDW
>>121
> 10.愚かな者は(悪い事を)しながら「この報いはわれには来ないであろう」と考える。しかし、来世におもむいて、悪い行ないをした人々の行きつくところを知る。

前世の悪事をどうやって知るのだろう?
皆さんは前世の悪事を自覚してるのですか?
0124神も仏も名無しさん
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2018/12/03(月) 08:14:52.34ID:EvtLiTTe
>>123
知ってたらやらない。
0125神も仏も名無しさん
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2018/12/03(月) 08:39:38.97ID:3rNmsvDW
>>12
そういう事じゃない

前世に悪い行いをした人々の行きつくところを今生で知る人がいると言ってるんでしょ
具体的に自身の体験として前世の悪事を記憶、自覚してる人はいますか?
0126神も仏も名無しさん
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2018/12/03(月) 08:52:47.59ID:EvtLiTTe
>>125
そういう意味じゃない。
パーリの原文を読んでないからあれだけど、
悪事の報い、カルマが来世におもむいて、その悪事を働いた張本人の行き先を見つける。
という意味だと思う。
0127神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/03(月) 09:30:43.68ID:qQE4PFam
>>126

業が張本人を見つけるとして、その見つけらた張本人は見つけられたと知るのだろうか?

そうだしたら私は知らないのでまだ見つかってないのかもしれない
0128神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/03(月) 10:03:23.38ID:liDSHPUA
業とは自分の持っている善智識と悪知識を言葉を用いて現せるように正しく知ること。だから、言葉を正しく知り、正しく理解し、正しく使う事が出来なければ、いつまで経っても自分の業に気づく事はない。
身口意によって業が素直に現れるから、今の自分の振舞いこそが業だということ。何をどのように考えたり、何かをどのようにしようとかいう、その人の全てですね。
だから善智識を得るということは善行の現れであり、振舞いもまた善行に現れる。悪行もたま同じように。
御書にも悪行は善行には絶対に勝てないことも説いてありますね。
0129神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/03(月) 10:27:33.74ID:qQE4PFam
>>128
> 業とは自分の持っている善智識と悪知識を言葉を用いて現せるように正しく知ること。

この業の定義は何処にありますか
0130神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/03(月) 11:30:19.22ID:BTAv1fYP
【真理のことば】ダンマパダ<中村 元訳>

1 ものごとは心(意)にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも汚れた心で話したり行ったりするならば、苦しみはその人につき従う。
──車をひく(牛)の足跡に車輪がついて行くように。

15 悪いことをした人は、この世で憂え、来世でも憂え、ふたつのところで共に憂える。かれは、自分の行為が汚れているのを見て、憂え、悩む。

16 善いことをした人は、この世で喜び、来世でも喜び、ふたつのところで共に喜ぶ。かれは、自分の行為が淨らかなのを見て、喜び、楽しむ。

17 悪いことをなす者は、この世で悔いに悩み、来世でも悔いに悩み、ふたつのところで悔いに悩む。
「わたくしは悪いことをしました」といって悔いに悩み、苦悩のところ(=地獄など)におもむいて(罪のむくいを受けて)さらに悩む。

18 善いことをなす者は、この世で歓喜し、来世でも歓喜し、ふたつのところで共に歓喜する。
「わたくしは善いことをしました」といって歓喜し、幸あるところ(=天の世界)におもむいて、さらに喜ぶ。
0131神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/03(月) 11:58:42.31ID:liDSHPUA
>>129
業とは定義によって確定するものではなく、善智識と悪知識を得ることによって成しえます。
つまり、瞬く間に形を変えるものであり、また不変的な本質からでしか選択されないものでもあります。
教学を学ぶ事で言葉で業が現されますので、まずは正邪の分別をつける為の言葉という学を身に付けることが必要になってきます。
そのためには正しく理解をするという姿勢も必要となり、我見で穿った見方をし、間違えた知識を得る事が最も恐ろしいことに繋がるという裏返しにもなりますね。
0132神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/03(月) 12:27:03.92ID:kBG/ECfm
>>119
「箭喩経」『マッジマ・ニカーヤ』第63経(PTS Text,MN.Vol.1,pp.426-432.)
漢訳:中阿含」二二一経(『大正蔵』一、八〇四上〜八〇五下)、『箭喩経』(『大正蔵』一、九一七中〜九一八中)。


このように、わたしによって聞かれた。
あるとき、尊師はサーヴァッティにあるジェータ林の給孤独長者の園に滞在していた。
そのとき、マールンクヤプッタ尊者は静かなところにいて独座していたが、このように、心に探究が生じた、(すなわち)
「次のような、見解は、尊師によって語られず、捨て置かれ、拒絶されている、すなわち
『永遠であるのは世界である』も
『永遠でないのは世界である』も
『有限なるものは世界である』も
『無限なるものは世界である』も
『命と身体は同じである』も
『命と身体は別である』も
『如来は死後に存在する』も
『如来は死後に存在しない』も
『如来は死後に存在しかつ存在しない』も
『如来は死後に存在するのではなく、存在しないのでもない』も。これらを尊師は、わたしに語らなかった。
これらのことを尊師がわたしに語らないというこのことは、わたしにはうれしくない。このことはわたしには耐え難い。
わたしは、尊師のもとに近づいて、この意味をたずねよう。
http://manikana.la.coocan.jp/canon/malunkya.html

この如来の部分を人と書いている本やホームページがけっこうあるんですね。
人とするとお釈迦様は人が死んだ後のことは何も答えなかった(無記)となり、輪廻するかどうかもお釈迦様は答えなかったとなります。

でもこの部分はパーリ語原文でもtathāgato(如来)ですからお釈迦様が答えなかったのは輪廻のサイクルから解脱した如来の死後について答えなかったということです。

原文と日本語訳
https://komyojikyozo.web.fc2.com/mnmjp/mn07/mn07c05.files/sheet001.htm

如来ではなく修行未完成者たる凡夫は死後輪廻することはお釈迦様の説法の中でたくさん語られています。
0133神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/03(月) 13:42:38.99ID:qQE4PFam
>>132

> 如来ではなく修行未完成者たる凡夫は死後輪廻する

死後輪廻するなどと本当に言ったのだろうか
お釈迦様が事実として確認しようもない事を言うだろうか
想いが輪廻すると説いたなら理解できる

死後輪廻するでは形而上学的問題になってしまうのではないのだろうか
0134神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/03(月) 16:10:40.72ID:kBG/ECfm
>>133
325 大食いをして、眠りをこのみ、ころげまわって寝て、まどろんでいる愚鈍な人は、大きな豚のように糧を食べて肥り、くりかえし母胎に入って(迷いの生存をつづける)。
(ダンマパダ)

152 諸々の邪まな見解にとらわけず、戒を保ち、見るはたらきを具えて、諸々の欲望に関する貪りを除いた人は、決して再び母胎に宿ることがないであろう。
(スッタニパータ)

そして
>>38で記載したダンマパダにある感興偈。

もう一度別の訳でみると

153 無数の生涯にわたり、あてどなく輪廻をさまよってきた、家の作者を探し求めて。
更に更にと、生まれ変わるのは苦しいことである。

154 家の作者(渇愛)よ、汝の正体は見られたり。
汝が家を作ることはもはやあるまい。
汝の梁(煩悩)はすべて折れ、家の屋根(無明)は壊れてしまった。
形成するはたらき(行)から心は離れ、渇愛を滅ぼし尽した。
http://thierrybuddhist.hatenablog.com/entry/2015/06/01/050000

こちらの方がわかりやすいかな、と思います。

153の冒頭はパーリ語でAneka jātisaṃsāraṃとなっていますが、saṃsāraの文字が含まれていることでわかるとおり輪廻のことを語っている
(自説経の部類ですから呟いているの方が相応しいかも?)ことになります。
Anekaが無数なる、jātiが人生や生涯のパーリ語です。

煩悩を滅し無明を晴らし渇愛を滅ぼし尽くして解脱したのでもう輪廻はしないと、こちらは如来側からの輪廻観になります。
如来の死後についてはよく完全なる涅槃に入るという表現がされますが、前述の通り再生するかしないかについては無記となっています。

仏典にはまだまだ輪廻について説いており、母胎と言っても畜生の母胎に入る人もいれば、功徳を積んで死後天界に生まれる人もいれば、悪業により地獄に堕ちる人もいます。

それが事実かどうかというのは信仰の部類にもなりますが、お釈迦様がそう言ったという仏典はたくたんあるというのは事実です。
0135神も仏も名無しさん
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2018/12/03(月) 20:58:50.29ID:1ZRK3xOw
ブッダが現れるのは一つの宇宙が生滅するまでのとてつもなく長い時間に
現るか、現れないかぐらいの確率でしょ?
その教えに今、出会えてるのが凄い。
輪廻転生は恐ろしいので私達は修行をやって頑張るしかないですね。
私達も実践できる悟りへの道をブッダはちゃんと教えてくれてますからね。
ブッダに感謝します。
0136神も仏も名無しさん
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2018/12/03(月) 21:15:29.47ID:+/jyVcic
なんか難しく考えすぎて魔境にさ迷ってそうなスレだな
「こころ」の住職の息子が屑だったように、仏教知識が必ずしもその人の人間性を高めてくれるとは限らん
0137神も仏も名無しさん
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2018/12/03(月) 23:25:30.77ID:RomfGsn7
相応部経典 5.大篇 12.諦相応 5.断崖品 8.第二軛穴経

「比丘たちよ、たとえばこの大地が一面、水のみであるとします。
男がそこに穴のあいたくびきを投げ込むとします。
そのようなこれを、東からの風は、西方に運びゆくでしょう。西からの風は東方に運びゆくでしょう。
北からの風は南方に運びゆくでしょう。南からの風は北方に運びゆくでしょう。

 そこに100年の経過ごとに一度浮かび上がるような目の不自由な亀がいるとします。

 比丘たちよ、それをどのように考えますか。
その目の不自由な亀は100年の経過ごとに一度浮かび上がりながら、穴のひとつあいたこのくびきに首を突っ込むでしょうか」

 「世尊よ、その目の不自由な亀は100年ごとに一度ずつ浮かび上がりながら、まさにこの穴のひとつあいたくびきに首を突っ込むであろうことは、これは稀有なことです」

 「比丘たちよ、人間たることを獲得すること、このことは同じように稀有なことなのです。
比丘たちよ、ふさわしい(応供)者、正しく完全に目覚めている人である修業完成者(如来)は世に登場している。
比丘たちよ、修業完成者によって説き示された教法や戒律は世に輝いている。

 比丘たちよ、だからここで、
『これが苦である』という集中が作られるべきである。
『これが苦の出現である』という集中が作られるべきである。
『これが苦の滅である』という集中が作られるべきである。
『これが苦の滅に至る道である』という集中が作られるべきである。」
0138神も仏も名無しさん
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2018/12/04(火) 00:24:06.51ID:D8n8pP7L
中部経典 大業分別経より抜粋

世尊はこう仰った。
「アーナンダよ、世間には、これら四の人々が存在し、見られます。いかなる四か。

アーナンダよ、そのうち一部の人は、この世で、殺生者、偸盗者、邪淫者、妄語者、両舌者、悪口者、綺語者、貪欲者、瞋恚者、邪見者となります。  
その者は、身体の破壊より、死後に苦処、悪趣、堕処、地獄へ生まれ変わります。

またアーナンダよ、そのうち一部の人は、この世で、殺生者、偸盗者、邪淫者、妄語者、両舌者、悪口者、綺語者、貪欲者、瞋恚者、邪見者となります。
その者は、身体の破壊より、死後に善趣たる天界へ生まれ変わります。

アーナンダよ、そのうち一部の人は、この世で離殺生者、離偸盗者、離邪淫者、離妄語者、離両舌者、離悪口者、離綺語者、無貪欲者、無瞋恚者、正見者となります。  
その者は、身体の破壊より、死後に善趣たる天界へ生まれ変わります。

またアーナンダよ、そのうち一部の人は、この世で離殺生者、離偸盗者、離邪淫者、離妄語者、離両舌者、離悪口者、離綺語者、無貪欲者、無瞋恚者、正見者となります。
その者は、身体の破壊より、死後に苦処、悪趣、堕処、地獄へ生まれ変わります。
             
0139神も仏も名無しさん
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2018/12/04(火) 00:29:41.82ID:D8n8pP7L
>>138
この経典でブッダはアーナンダに何を教えているのでしょうか?
業の善悪と、その果報としての転生先への反映には、時間差があることを教えているのです。

・四種の人
@ 悪いことをして悪趣に行く人がいる
A 悪いことをして天に行く人がいる
B 善いことをして天に行く人がいる
C 善いことをして悪趣に行く人がいる

ここで問題となるのはAとCの人

Aの人がなぜ天に行くかというと、前世か死ぬ間際に善いことをしたから。でも、この人生で悪いことをしているから、いつか来世でその悪い報いを得る。

Cの人がなぜ悪趣に行くかというと、前世か死ぬ間際に悪いことをしたから。でも、この人生で善いことをしているから、いつか来世でその善い報いを得る。
0140神も仏も名無しさん
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2018/12/04(火) 06:29:49.33ID:vDZQypnL
拗らせてるね
仏法はシルプルだよ
輪廻のことは忘れて座ったほうが良い
0141神も仏も名無しさん
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2018/12/04(火) 07:13:06.90ID:j+1EtAGa
今世で悟れなかったとしても
修行などで頑張った功徳は来世へと持っていけるようなので、
無駄にならないので助かりますよね。
ゲームで経験値を貯めてるような感じになるから面白い。
0142神も仏も名無しさん
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2018/12/04(火) 08:15:44.21ID:Ew/Md5AW
>>141
いや、功徳も無常だから減ってなくなってしまうんだよ?
無くなれば地獄、畜生、餓鬼にも生まれ変わらなきゃいけない。
もし次に人間に生まれた時(宝くじが当たるよりも低い確率)また仏教に出会えるかどうか・・・
0143神も仏も名無しさん
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2018/12/04(火) 08:36:27.78ID:D8n8pP7L
>>137により

人身(にんじん)受け難し、いますでに受く。
仏法聞き難し、いますでに聞く。
この身今生において度せずんば、さらにいずれの生においてかこの身を度せん。
大衆(だいしゅう)もろともに、至心に三宝に帰依し奉るべし。

  自ら仏に帰依し奉る。まさに願わくは衆生とともに、大道を体解(たいげ)して、無上意を発(おこ)さん。
  自ら法に帰依し奉る。まさに願わくは衆生とともに、深く経蔵に入りて、智慧海(ちえうみ)のごとくならん。
  自ら僧に帰依し奉る。まさに願わくは衆生とともに、大衆を統理して、一切無碍(いっさいむげ)ならん。


無上甚深微妙(むじょうじんじんみみょう)の法は、
百千万劫(ひゃくせんまんごう)にも遭遇(あいあ)うこと難し。
我いま見聞(けんもん)し受持(じゅじ)することを得たり。
願わくは如来の真実義を解したてまつらん。
0144神も仏も名無しさん
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2018/12/04(火) 08:38:25.35ID:D8n8pP7L
>>141
功徳はなくなりませんよ

>>120
>8.人がもしも善または悪の行ないをなすならば、かれは、自分のした一つ一つの業の相続者となる。実に業は滅びないからである。
0145神も仏も名無しさん
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2018/12/04(火) 08:43:41.16ID:D8n8pP7L
>>140
ブッダはただ座ればよい、などとは言わなかったですよ。
ただ座れ只管打坐の道元禅師も

善悪の報ほうに三時あり、
一者には順現報受、
二者には順次生受、
三者には順後次受、
これを三時という、
仏祖の道を修習するには、 其の最初よりこの三時の業報の理をならいあきらむるなり、
しかあらざれば多く錯あやまりて邪見に堕おつるなり。
ただ邪見に堕つるのみに非ず、悪道に堕ちて長時の苦を受く。

と言ってます。
0146神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/04(火) 08:44:38.42ID:Ew/Md5AW
業も結果を出せば無くなるでしょう?
功徳も結果を出せば無くなるでしょう?
0148神も仏も名無しさん
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2018/12/04(火) 09:32:59.72ID:D8n8pP7L
>>146
その通りですが功徳は一回の果で全てが尽きるわけではありません。

(第V篇第二章第一〇節 子がいない(二))

コーサラ国王パセーナディ(琉璃王の父)が尊師のところへ来た。
パセーナディが尊師に言った。
「サーヴァッティー市で、或る資産者である長者が亡くなり、彼には子がいなかったのでその遺産を没収して王宮に持ってこさせました。
彼には千万金の黄金がありましたが、彼は物惜しみの生活を送っていました。」
尊師が言った。
「大王さま。
遠い昔に、その資産者である長者は、タガラシッキという名の独覚に、托鉢の食物を与え、与え終わったあとで後悔しました。
この托鉢の食物はむしろ奴僕や雇人に食べさせた方が良かった、と。
また財産を得るために、兄弟のただ一人の子の生命を奪いました。
ところでその資産者である長者は、タガラシッキという独覚に托鉢の食物を与えたので、その行為の報いとして、七たび天の世界に生まれました。
またその行為の報いの残余によって七たびこのサーヴァッティー市の長者(商人代表)の地位につきました。
ところがその資産者である長者は、施したあとで後悔したその行為の報いによって、すばらしい食べ物や衣服を愛用する気になりませんでした。
またその資産者である長者は、財産を得るために、兄弟のただ一人の子の生命を奪ったその行為の報いによって、多年、幾百年、幾千年のあいだ地獄で苦しめられました。
その行為の報いの残りによって、七たび生まれても子がなくて、財産は王の倉庫に入りました。
その資産者である長者の、以前に積んだ功徳は尽き果てて、新しい功徳はまだ積まれていませんでした。
今ではその資産者である長者は、大叫喚地獄で煮られているのです。」

※その行為の報いとして、七たび天の世界に生まれました。
→人間界や天界、畜生界への輪廻は7回まで持続するようです。
0149神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/04(火) 09:34:50.75ID:D8n8pP7L
>>148の相応部「子がいない」の続き

(詩)
「穀物も財も、銀も金も、またいかなる所有物があっても、
奴僕も、雇人も、使い走りの者も、またかれに従属して生活する者どもでも、
どれもすべて連れて行くことはできない。
すべてを捨てて行くのである。
人が身体でなし、またことばや心でなすところのもの(=業)、それこそ、かれ自身のものである。
人はそれを取って受けて、行くのである。
それは、かれに従うものである。
影が人に従って行くように。
それ故に、善いことをして、来世のために功徳を積め。
功徳は、あの世で人々のよりどころとなる。」
http://blog.livedoor.jp/shinbookdiary/archives/65918679.html
0150神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/04(火) 09:37:24.26ID:D8n8pP7L
>>147
それが道元のいう邪見をつくる元となるのです。
0151神も仏も名無しさん
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2018/12/04(火) 10:55:47.54ID:6pldHUCa
>>146
無常は生じる事も含んだ意味もあります。功徳とは生じる事ですので滅するという言葉は使いません。
0152神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/04(火) 12:44:19.95ID:Ew/Md5AW
>>151
なぜ?
功徳も滅するからこそ、功徳を積まなきゃいけないんでしょう?
生じたものは滅するのは当然だと思うんですが。
0153桃太郎
垢版 |
2018/12/04(火) 13:09:10.30ID:KSIjKvVT
苦労して、自分の会社を持ち、がんばって事業を軌道に乗せ、豊かな生活が出来るようになる。
これを「功徳」というのです。

「功徳」という意味は宗教の専売特許ではありません。

当然ちょっと裕福になったからといって、商売をいい加減にしてたら、顧客の信頼を失い、最後は倒産します。

これを「罰」というのです。

つまり、仏道の修行にはゴールというものがないのです。

常に自分との戦いです。

功徳や罰というものは、数量的なものではなく、私たちの「生命流」の一瞬の「一念」のなかに納まっているのです。

わかりやすく表現するならば「生命のベクトル」といったところでしょうか。
0154神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/04(火) 15:38:30.75ID:XaiKoOSl
>>152
滅してしまう功徳というのは功徳ではないのかもしれません。善行という現証、または本質が滅するという道理が見当たらないので。
心の不退転を戒める意気込みとしては素晴らしいとは思いますが
滅していくから得なければならないと捉えても、そもそも滅するものではなく得たら得ただけの是々非々の捉え方とでは、人それぞれ功徳のあり方、捉え方も違ってきます。
だから、功徳は現証を成して初めて得られるとし、生じるしかないとします。
つまり、元々功徳が無ければ滅しようにも生じるように念じても無いものは無いのです。
0155神も仏も名無しさん
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2018/12/04(火) 16:23:31.56ID:3Rbi/WJs
本質が生ずる前に、その本質は一体どこにあるのだろう。
存在するものが生ずるなら、存在するものは非存在になってしまう。
0156神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/04(火) 17:02:36.89ID:D8n8pP7L
もし空を得るために便ち空に依れば、これ仏の法に於いては、則ち退堕すとなすなり。
是の如くなれば、迦葉、むしろ我見を起こして積もること須弥のごとくなりとも、空見を以て増上慢を起こすこと非ざれ。
所以は何ぞ、一切の諸見は空を以て脱することを得たれども、もし空見を起こせば、則ち除くべからざればなり。
(大乗仏教『大宝積経』巻112「普明菩薩会第四十三」)


(大意)
もしある人々が空性という概念をつくり上げ 、その (観念的な )空性に帰依するならば 、私は彼らをこの教えから疎外され 、破壊された者であると呼ぼう 。
実に 、マハーカッサパよ 、スメール山ほどにも大きな個我の観念(我見)に依拠している者のほうが 、空性という観念(空見)を足場にしている増上慢を起こしている者よりもまだしもましである 。
それはなぜか 。我見などを信奉する者を出離させるのが空性であるのに 、その空性の観念に固執するならば 、彼は何によって我見から出離することができようか 。
0157神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/04(火) 17:10:03.23ID:D8n8pP7L
是の如くに、迦葉、一切の諸見はただ空にて滅し能うに、もし空見を起つれば、則ち除くべからざるなり。
(大乗仏教『大宝積経』巻112「普明菩薩会第四十三」)

(大意)
それと同じように 、観念に固執する者をすべて (自由な境地へ )出離させるのが空性である 。
しかし、もしその空性をこそ観念化する者があるならば空という観念に固執するので出離は不可能になるのだ。
0158神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/04(火) 17:33:48.82ID:xW0ywg5V
>>136
>なんか難しく考えすぎて魔境にさ迷ってそうなスレだな

深く考えているように見せて悦に浸ってるだけで、ただの自己満足のスレだよ。

>「こころ」の住職の息子が屑だったように、仏教知識が必ずしもその人の人間性を高めてくれるとは限らん
まぁ商売だからね。
0159神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/04(火) 17:42:17.40ID:3Rbi/WJs
>「こころ」の住職の息子が屑だったように、仏教知識が必ずしもその人の人間性を高めてくれるとは限らん

親友に裏切られて自殺するのを仏教では屑というのか
0160神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/04(火) 18:19:01.53ID:t/f4Ykto
テスト
0161神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/04(火) 21:36:18.99ID:A4HZRbXT
何百年も教えを口伝で継承するのはいくら記憶力のいいインド人でも無理がある
たかだか1500年前の聖徳太子ですら実在を疑問視されてるのに
0162神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/04(火) 23:08:58.34ID:B/xQQX1H
ブッダ

わたしによって語られなかったことは、語られなかったことと憶持しなさい。
わたしによって語られたことは語られたことと憶持しなさい。
0166神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/05(水) 07:03:23.07ID:r/GeNX7I
経典貼らないと仏教の教えから逸脱した理論で輪廻転生を語りがちになるし
無記の話で分かるとおりブッダは輪廻を説かなかったという間違った話がまかり通るようになる

仏教に関係なく輪廻を語りたいならそれ系のスレで語ると良いと思う

輪廻転生を終了させる方法 [無断転載禁止]©2ch.net・
https://fate.5ch.net/test/read.cgi/spiritual/1504964239/

輪廻転生って物理学的に…
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/sci/1494712395/

輪廻転生について
https://fate.5ch.net/test/read.cgi/spiritual/1412400987/

■■■死恐怖症(タナトフォビア)34棺目■■■ ・
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/utu/1538637687/
0168神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/05(水) 11:09:24.26ID:WqXqst2w
>>25
>A最古層文献の中には、輪廻を肯定的に説明している箇所が皆無なのは何故でしょうか?

輪廻は素晴らしいなどとしている文献は最古層に限らず阿含経の中にはないんじゃないの?
輪廻からの解脱を目指していたわけだし

当時のバラモン教でも輪廻から解脱するために梵我一如が説かれていましたよ


近年においてもヒンドゥー教でも輪廻は否定的に説明されるのは同じで例えばラマナマハルシへの質問

質問者  輪廻転生は真実でしょうか。

マハルシ 無知が存在するかぎり、輪廻転生は存在する。
本当は輪廻転生など全く存在しない。今も、今までも、そしてこれからも。これが真理である。

質問者  ・・・魂とはヒンズー教の教義が示すように、何度も何度も生まれ変わる実体なのでしょうか、
それともそれは単なるサンスカーラ(潜在的形成力)、精神的傾向の集合体にすぎないのでしょうか?

マハルシ 真我は永遠に存在し、(輪廻の)影響を受けない。
転生する自我はより低い次元、つまり想念の次元に属している。
それは真我実現によって超越されるのである。


ただし大乗仏教が起こったころには人生肯定論が出てきてたので
悟りを得ても菩薩として輪廻を続けて衆生を救うという無住処涅槃という思想も出てきてはいますが
0169神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/05(水) 17:21:50.26ID:vY+QWuC0
阿含宗について
阿含宗は阿含教を世に広めた所は正しかった。ただし出した人間が悪かった。故桐山靖雄は阿含経を出してる
ことを盾にして悪いことの方をしほうだいだった。悟りを得たときの分析法を間違えていた。
釈迦もキリストも阿含経が世に広まるまではとがまんにがまんを重ね、耐え、目をつぶっていたが、
とうとう人間界だけでなく、神々、仏々の界まで私物化しようとし、晩年に神々、仏々から襲撃をうけている。
だから、阿含宗は桐山から部分的には参考にしても今はおまいりはしちゃいけません。さらに黒幕だった
不動明王やイルミナティーもおまいりしてはいけません。この3体のいずれかに、キリストもヤーウェも
ガブリエル、アマテラスもルシファー、降三世明王、釈迦、アカシックレコードや宇宙(大日如来)などまで、
だまされることがあります。以前宇宙に大事なことが「そういうことはなかったんだ」と
言われ3日後に再び聞いたら「あったあった、ごめん」と霊媒師を通じて言われたことがありました。
彼らはいったん抹消され復活してくるところも抑えられ現在人格形成を修正中です。
また釈迦の骨がまつってあり釈迦もいますが、お釈迦様も悟ったときの分析法を少々間違え、
それによってその後の行動パターンも決まってしまってるので抹消はされないが、
そこは仏弟子達(舎利子やアーナンダ、毘沙門天や孔子も?)やキリストなどもとともに反省して直って
もらわなければなりません。そうしたらみんな阿含宗にいき徳を積み、その後解読された阿含経の7科37道品
をそれも改良してたどっていき悟りを開いたらいいでしょう。とにかく悟ったときの分析法は大事です。
それか別の教団が阿含教の三福道と7科37道品を解読して実践すべきです(もちろんオーム系列はダメ)
0170神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/05(水) 17:52:08.04ID:eDkYI7VJ
>>166
仏教は経典重視ではないから
究極的にはどんな仏典も引用しない仏教もありうる
0171神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/05(水) 18:47:21.38ID:cgPz8tA+
>>170
ブッダの遺言より

「アーナンダよ、あるいは汝らにかかる思いがあるやもしれない。
<教主のことばは終わった。もはや、我らの教主はいない>と。
だが、アーナンダよ、それをかく見てはならない。
アーナンダよ、わたしによって説かれ、教えられた法と律とは、我が亡きのちにおける汝らの師である」
(大般涅槃経)

その「わたしによって説かれ、教えられた法と律」が書いてあるのが経典です
0172神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/05(水) 22:32:33.78ID:eDkYI7VJ
その経典が大乗とか全部あわせると旧約新訳より多いわけだが
全部信じろと?
0173神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/05(水) 23:39:46.73ID:DAM/Vyj6
6000〜7000巻くらいあると思う一切経全部を信じる必要はないけど
創作経典と言われる大乗経典も含めて輪廻について否定的なことが書かれてある経典があるのなら見てみたいですね

論書でもいいですが
(中論のように輪廻を空とするのは仮設としての存在は認めているので輪廻の否定とはしません)
0175神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/06(木) 00:48:25.31ID:LEQXS5IL
世尊よ。生と死の繰り返し(輪廻)は、如来蔵によるものです。如来蔵が、[生 と死の繰り返しの]本初であり、不可知とされるからです。
世尊よ。『如来蔵』が 生と死の繰り返しであると説明するのは、適切です。
世尊よ。生と死の繰り返しとは、 感覚器官と、続いて起こるべき、まだ経験されない感覚(器官)の消滅です。
これが生と死の繰り返しと呼ばれます。

世尊よ。生と死という、これら二つの事象は、如来蔵に他なりません。
世俗的な 世界では、慣習として、『生がある』、『死がある』と言います。
『死』は諸感覚器官 が消滅することです。『生』は新たな諸感覚器官が生起することです。
如来蔵(それ自体)には、生も死もありません。如来蔵は、他によるあり方(有為相) から離れています。如来蔵は常住で不変です。
したがって、如来蔵はよりどころで あり、支えとなり、基礎をなすものです。
世尊よ。如来蔵は、はかりしれないブッ ダの法から、離れたものではなく、断絶することなく、切り離されることなく、異 なるものでもありません。
世尊よ。他による事象(有為法)はブッダの法とは断絶し、 離れていて、異なるものですが、
それらの事象のよりどころであり、支えであり、 基礎をなすもの[もまた]、如来蔵です。

(勝鬘経)
0176神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/06(木) 00:53:31.82ID:LEQXS5IL
世尊よ。如来蔵は法の蔵であり、法身の蔵であり、世俗を超越する蔵であり、本来的に清浄な蔵です。
この本来的に清浄な如来蔵は、外部から心に付着する煩悩(客塵煩悩)と、他の現在に勢力ある煩悩(上煩悩)に汚されることのない、如来のはかりしれない境地です。
なぜでしょうか。
善い心は、瞬間的に存在し、煩悩に汚されません。悪い心もまた、瞬間的に存在し、煩悩に汚されません。煩悩は心に影響を及ぼしません。また、心は煩悩に影響を及ぼすことがありません。
では、本来的に他から影響を受けない心は、どのようにして汚されるのでしょうか。
世尊よ。煩悩は存在し、汚された心も存在します。
本来的に清浄である心に煩悩が存在するという事実は、理解し難いものです。
真理の眼と真理の智慧を持ち、法の源泉であり、法を熟知し、真実の法のよりどころであるブッダのみが、この真理を理解することができるのです。」

勝鬘夫人が[本来的に清浄な心にある煩悩を]理解することの難しさを説明すると、ブッダは大きな喜びとともに、彼女を賞賛しました。
0177神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/06(木) 01:43:02.32ID:LEQXS5IL
善意菩薩(ぜんいぼさつ)が言います、
「「輪廻転生」と「涅槃」、この2つこそが最も根本的な対立です。
そこを突きつめて研究した結果、私は「「生」と「死」は、実は同じものであり、かつ、存在するのでも存在しないのでもない」ということを知りました。
言い換えれば「生死の区別は存在しない」ということです。
「生死が存在しない」以上、「煩悩の束縛」も「解脱」も有り得ません。
つまり、「輪廻転生」を脱した時、「涅槃」の境地もまた消滅するのです。
これを不二法門に入るといいます」

(維摩経)
0181神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/06(木) 19:40:41.57ID:SV3ndIt/
輪廻が無ければ涅槃も無くなる
いや元から無い
そりゃそうだ
0182神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/06(木) 20:58:47.82ID:LEQXS5IL
>>179
生死即涅槃というありがたい教えです

龍樹も中論25章において

19 輪廻は涅槃といかなる違いもなく、涅槃は輪廻といかなる違いもない。

20 涅槃の完全なるものとは輪廻の完全なるものと同じだ。両者の間には極微細な違いさえない。

と述べています
0183神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/06(木) 21:10:19.39ID:CP9KHWOE
解脱の見地から観れば輪廻も涅槃もひったくれも無いという事でしょうな。
0184神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/06(木) 21:13:03.48ID:CP9KHWOE
ひったくってどうすんだw
へったくれね。
0185神も仏も名無しさん
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2018/12/06(木) 21:36:12.82ID:SV3ndIt/
輪廻も涅槃も無いとは何時でも何処でも寸分のズレも無く常に一つになってしまう
その一つになった事も認識不能という事だ
0186神も仏も名無しさん
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2018/12/06(木) 21:52:23.29ID:Xi6Z87GE
自分には糞と味噌混ぜてるようにしかみえない

タイの阿羅漢の述懐では
>>それは法と煩悩との永遠の分離であり、相対的実相の世界
>>と、絶対的解脱の世界とが、最終的に分離した感覚なのである。
といってるね ここ間違うと危ういのでは
0187神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/06(木) 21:59:48.57ID:6lMvG5vu
言葉の定義からすれば無常なものと恒常なものは決して交わり合うことはない
0188神も仏も名無しさん
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2018/12/06(木) 22:08:41.89ID:SV3ndIt/
最終的に分離した感覚があるといってるならまだ途中なんだろうね
何処にも中心が無いのだから分離した感覚は残らないはず
0189神も仏も名無しさん
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2018/12/06(木) 22:49:46.58ID:LEQXS5IL
中論第25章 ニルヴァーナの考察

【反対者いわく】
一 もしもこの一切のものが空(J註:=無)であるならば、【何ものかが】生起することも無く、また消滅することも無い【筈である】。何ものを断ずるが故に、また何ものを滅するが故に、ニルヴァーナ(涅槃)が得られると考えるのか。

【中観派が答えていわく】
二 もしもこの一切のものが不空(J註:無or有)であるならば、【何ものかが】生起することも無いし、また消滅することもない【筈である】。何ものを断ずるが故に、また何ものを滅するが故に、ニルヴァーナが得られると考えるのか。

三 捨てられることなく、【あらたに】得ることもなく、不断、不常、不滅、不生である。―――これがニルヴァーナであると説かれる。

四 まず、ニルヴァーナは有(存在するもの)ではない。
  【もしそうではなくて、ニルヴァーナが有であるならば、ニルヴァーナは】老いて死するという特質を持っているということになってしまうだろう。何となれば、老いて死するという特質を離れては、有(存在するもの)は存在しないからである。

五 また、もしもニルヴァーナが有(存在するもの)であるならば、ニルヴァーナはつくられたもの(有為)となるであろう。何となれば無為である有は決してどこにも存在しないからである。

六 また、もしもニルヴァーナが有(存在するもの)であるならば、ニルヴァーナはどうして【他のものに】依らずに存するであろうかしからばニルヴァーナは(他のものに)依って存することとなる】。
  何となればいかなる有も【他のものに】依らないでは存在しないからである。
0190神も仏も名無しさん
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2018/12/06(木) 22:51:53.24ID:LEQXS5IL
七 もしもニルヴァーナが有(存在するもの)でないならば、どうして非有(無)がニルヴァーナであろうか。有が存在しないところには、非有(無)は存在しない。

八 またもしもニルヴァーナが無であるならば、どうしてそのニルヴァーナは【他のものに】依らないでありえようか。
  何となれば、【他のものに】依らないで存在する無は存在しないからである。

九 もしも【五蘊、個人存在を構成する五種の要素を】取って、あるいは【因縁に】縁って生死往来する状態が、縁らず取らざるときは、これがニルヴァーナであると説かれる。

一〇 師(ブッダ)は生存(J註:原語で有の意もあるとの事)と非生存(J註:原語で無の意も)とを捨て去ることを説いた。それ故に「ニルヴァーナは有に非ず、無に非ず」というのが正しい。

一一 もしもニルヴァーナが有と無との両者(有にしてかつ無)であるならば、それでは解脱は無でもあり、また有である【ということになるであろう】。しかしそれは正しくない。

一二 もしもニルヴァーナが有と無との両者(有にしてかつ無)であるならば、それではニルヴァーナは【他のものに】依存しないで成立しているのではない【ということになるであろう】。
   何となれば【有と無との】両者は【他のものに】依存して成立しているからである。
0191神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/06(木) 22:52:39.58ID:LEQXS5IL
一三 ニルヴァーナがどうして有と無の両者でありえようか。
ニルヴァーナはつくられたのではないもの(無為)であるが、有と無はつくられたもの(有為)であるからである。

一四 ニルヴァーナのうちに、どうして有と無の両者がありえようか。この両者は同一のところには存在しえない。それは光明と暗黒とが同一のところに存在しえないようなものである。

一五 <ニルヴァーナは無でもなく、有でもない>という想定は、無と有が成立してこそ成立しうるのである。

一六 <ニルヴァーナは無でもなく、有でもない>ということが成立するならば、<無でもなく、有でもない>ということが何によって表示されるのか。
0192神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/06(木) 22:53:20.88ID:LEQXS5IL
一七 <尊師(ブッダ)は死滅したあとでも存在している>と解することはできない。尊師は死後に<存在しない>とも<存在しかつ存在しない>とも、また両者でもない(<存在しかつ存在しない>のでもない)と解することも出来ない。

一八 (一)<尊師はいま現に存在しつつある>と解することもできない。(二)<尊師はいま現に存在しているのではない>とか(三)<尊師はいま現に存在しつつありかつ存在している>という両者であるとか、(四)またその両者でもない、と解することもできない。

一九 輪廻はニルヴァーナに対していかなる区別もなく、ニルヴァーナは輪廻に対していかなる区別もない。

二〇 ニルヴァーナの究極なるものはすなわち輪廻の究極である。両者のあいだには最も微細なる区別もない。

二一 如来(ブッダ)は死後に存在するかどうか。世界は有限なものであるかどうか、など、世界は常恒なるものであるかどうか、などというもろもろの見解は、ニルヴァーナと【死後の】のちの世界と、【生まれる前の】未来の世界とに依存して述べられている。

二二 一切のものは空なのであるから、何ものが無限なのであろうか。何ものが有限なのであろうか。何ものが無限にして有限なのであろうか。何ものが無限でもなく有限でもないのであろうか。

二三 何が同一なのであるか。何ものが別異なのであろうか。何が常恒であるのか。何ものが無常なのであるか。また何ものが無常にしてしかも常恒なのであるか。また何がその両者(無常と常恒)ではないのか。

二四 【ニルヴァーナとは】一切を認め知ること(有所得)が滅し、戯論が滅して、めでたい【境地】である。いかなる教えも、どこおいてでも、誰のためにも、ブッダは説かなかったのである。
0195神も仏も名無しさん
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2018/12/07(金) 15:13:53.94ID:f+1HRDGU
三世因果は信じているけど
前世の宿業を利用して人の弱みに付け込んで高額なツボを売ったり、宿業転換できるとタラし込んで書籍や新聞などの長期購読をさせたりして金儲けしている輩、
こういう人達は悪業を積んでいて来世を含む未来にその報いを悪果として受けるとも信じている

風水で字画が悪い判子の素材が悪いと脅して高額な開運判子を作らせたりする怪しげやな人達も同類
悪業を積んでいると思う
0196神も仏も名無しさん
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2018/12/07(金) 15:23:27.68ID:HKFPcCqZ
龍樹はお釈迦様の本質を引き継いでるから問題ない

問題なのは初期仏典だ
たとえ対機説法だとしても理解不能な正反対な教えが沢山あるのだ
これは実際にはお釈迦様の言葉だけではなく多くの弟子達のそれらしい言葉がお釈迦様の言葉として加えられてると言われている

だから原始辞典と言えども全てお釈迦様の言葉として受け入れるのは危険なんだよ
0197神も仏も名無しさん
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2018/12/07(金) 16:18:37.21ID:DGXk7gRc
盤珪曰く
『又、生死即涅槃という事がござる。是また、生死に預かった事でござるわ。 生死の上、取りも直さず涅槃という事でござらぬか。
いかにと云いまするに、人々親の産みあたえられました仏心が、 今日一日事を不生で調う事、合点が参らぬでござるは。
文字言句に預かりて、外に生死涅槃を求めて、せんさくしまする故、 不生の仏心を生死起滅の念に替えて、二六時中、
生死の上の働きなれば、誠に一日片時も安穏な日のない事を思いまして、 笑止な事でござる。仏心が不生で万事調うて居ますれば、
生死も涅槃も知りませぬ。不生の場から、生死も涅槃も、 皆跡の詮議と云う物でござる。こうした事ゆえに、 昨日までも、
示しに預かった人にても今日よりして、 よく其の非を知って、不生の仏心を三毒に仕替えず、 生死涅槃に預からず、不生の仏心で居て、
四大分散の時も、 其の分散に任せて、頓着せず死にまする人を、生死即涅槃の人という、 又、生死自在の人とも云いまする。』
0199神も仏も名無しさん
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2018/12/07(金) 22:18:19.84ID:klajecVX
>>196
>問題なのは初期仏典だ
>たとえ対機説法だとしても理解不能な正反対な教えが沢山あるのだ

そんなことはないと思いますよ
無記について如来の死後について答えなかったのを人の死後と誤植?したりしてるのでそういう印象を持たれてしまったのでは?
とにかく正反対というほど明確に違う教えが混在しているほどとは思えません
0200神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/08(土) 02:26:22.19ID:/J82c1DA
「ヴァッチャよ、『沙門ゴータマは三明者なり』と解説すれば、私の所説を〔正当に〕説く者となり、私を不当に非難せず、教法について、道理に従って解説し、
また、誰であれ、〔その者と〕道理を同じくする種々の説を有するものが非難されるべき状態に至らないということになります。
なぜならヴァッチャよ、私は、望む限り、種々の宿住を随念することができるからです。
たとえば、たとえば、一つの生、二つの生……
そのように私は、具体的かつ詳細に、種々の宿住を随念します。
なぜならヴァッチャよ、私は、望む限り、清浄で人間を超えた天眼をもって、死んでは再生する有情たちを見、優劣、美醜、幸不幸〔なる種々の境涯〕に……
……業に従って趣く有情たちを了知します。
なぜならヴァッチャよ、私は、漏の滅尽により、漏なき心解脱、慧解脱を現世で自ら知り、悟り、成就し、住しているからです。
ヴァッチャよ、『沙門ゴータマは三明者なり』と解説すれば、私の所説を〔正当に〕説く者となり、私を不当に非難せず、教法について、道理に従って解説し、
また、誰であれ、〔その者と〕道理を同じくする種々の説を有するものが非難されるべき状態に至らないということになります」

このようにいわれてヴァッチャ氏族の遍歴行者は世尊へこういった。
「尊者ゴータマよ、いったい、在家者でありながら在家の繋縛を捨てずして、身体の破壊より、苦の終極をなす者(解脱者)は、誰かいるのでしょうか」
「ヴァッチャよ、在家者でありながら在家の繋縛を捨てずして、身体の破壊より、苦の終極をなす者は、誰もいません」
「しからば尊者ゴータマよ、いったい、在家者でありながら在家の繋縛を捨てずして、身体の破壊より、天界へ至る者は、誰かいるのでしょうか」
「ヴァッチャよ、およそ在家者たちでありながら在家の繋縛を捨てずして、身体の破壊より、天界へ至る者たちは、
百のみならず、二百のみならず、三百のみならず、四百のみならず、五百のみならず、さらに多く存在します」  

(〔『中部』「中分五十篇」「遍歴行者品」〕第一〔経〕「三明ヴァッチャ経」より)
https://komyojikyozo.web.fc2.com/mnmjp/mn08/mn08c02.htm
 
                 
0201神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/08(土) 02:30:15.62ID:/J82c1DA
>>200の経典の略文

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、ヴェーサーリーの、
クーターガラなる講堂に、止まっておられた。
そこに、ヴァッチャが訪れ、このように尋ねた。

「世尊よ、仏陀は、すべてを見る者であり、
すべてを知る者であると、私は聞いています。
これは、正しい見解ですか、誤っていませんか。」

「ヴァッチャよ、その風聞は、誤っている。
仏陀や、三つの明知を、具えている者である。
これなら、正しい見解であり、誤まっていない。」

「遊行者よ、仏陀を証明する、三つの智慧。
仏陀が、具足している明知、三つの明がある。
それでは、この三つの明とは、如何なるものか。」

「第一の明とは、過去の智、宿命通である。
一、十、百、千の、過去世を思い出すことで、
如何なる業が、如何なる命を宿すか、証知する。」

「第二の明とは、未来の智、天眼通である。
一、十、百、千の、未来世を透し見ることで、
如何なる業が、如何なる生を課すか、証知する。」

「第三の明とは、現在の智、漏尽通である。
一、十、百、千の、漏煩悩を見て取ることで、
如何なる業が、如何なる漏を生むか、証知する。」

ヴァッチャは、仏陀に対し、このように尋ねた。

「ゴータマよ、仏陀の、在家の信者の中で、
在家の束縛を切らず、涅槃に赴く者が居るか。」
「在家に居て、涅槃に赴く者は、一人も居ない。」

「ゴータマよ、仏陀の、在家の信者の中で、
在家の束縛を切らず、天界に赴く者が居るか。」
「在家に居て、天界に赴く者は、五百を越える。」

「ゴータマよ、異教の、外道の信者の中で、
外道の束縛を切らず、涅槃に赴く者が居るか。」
「外道に居て、涅槃に赴く者は、一人も居ない。」

「ゴータマよ、異教の、外道の信者の中で、
外道の束縛を切らず、天界に赴く者が居るか。」
「外道に居て、天界に赴く者は、一人だけ居た。」

「ゴータマよ、それでは、その異教の法は、
天界に至るまでは、正しいと言えるのですか。」
「ヴァッチャよ、その法は、天界までは正しい。」

これを聞いた、ヴァッチャは、歓喜し実践した。
0202神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/08(土) 08:19:31.34ID:Ub76Ud5a
>>201
在家の信者は涅槃に行けないとブツダに言わせてるけど在家の上座部信者は無意味なのか
あなたは出家してるのかな
0203神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/08(土) 08:30:34.00ID:lcetWn3G
身体の破壊より、苦の終極をなす者 → 阿羅漢
身体の破壊より、天界へ至る者 → 不還果
涅槃 → 煩悩が完全に滅尽した状態。悟りの瞬間。
有余涅槃 → 阿羅漢
無余涅槃 → 阿羅漢の入滅
0204神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/08(土) 08:39:54.94ID:/J82c1DA
ポイント:上座部仏教は現世で功徳を積むことで来世の幸せを願う「来世信仰」

世俗を離れ出家して僧侶になり、悟りを開いた釈迦によって定められた「戒律」を厳守し、厳しい「修行」(経典の学習や瞑想)を行うことで心の執着を断って、
「苦しみ」の原因とされる「輪廻転生」から解脱して「涅槃」に到達することを究極の目的とする。
僧侶以外の信者は「在家」と呼ばれ、輪廻転生を信じ、より良い来世のため、現世で良い行いを重ねて功徳を積むことが一番大切なこととされている。
在家の男性は一生のうちに何度か仏門に入って(最低3日から数か月)戒律の中で僧侶と同じ生活を行う。
功徳を積むための方法は、僧侶への托鉢やお寺や僧院への寄付などが一般的。
最大の功徳は、
@仏塔(パヤ−)の建立で、以下、
A得度式の主催。
B僧院の建立。
C僧院へ井戸や釣鐘を寄進。
D僧侶を招いて行う共同の食事の主催。
E僧侶への布施。
F一般の人に対して行う親切。などとされる。
上座部仏教が伝わって以来、バガンで仏塔や僧院が次々に建てられていったことからも功徳を積むことの大切さ証明される。
http://centralpark-travels.com/?page_id=1870
0205神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/08(土) 09:55:46.52ID:cMJ622VJ
在家は来世のためねぇ
ダメだこりゃ

人生は一度切りだよ
まあ当時の修行僧同士でも話が纏まらずに何度も分裂してるんだからこんな所で何言ってもだが
0206神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/08(土) 09:56:15.22ID:BbLR5mNd
高級車
0207神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/08(土) 12:12:59.72ID:/J82c1DA
>>201
改めて確認したらこの略文は間違ってますね。

>>200の続きは

「尊者ゴータマよ、いったい、アージーヴァカ教徒にして、身体の破壊より、苦の終極をなす者は、誰かいるのでしょうか」
「ヴァッチャよ、アージーヴァカ教徒にして、身体の破壊より、苦の終極をなす者は、誰もいません」  
「しからば尊者ゴータマよ、いったい、アージーヴァカ教徒にして、身体の破壊より、天界へ至る者は、誰かいるのでしょうか」  
「ヴァッチャよ、この時よりの、その九十一劫〔の間〕、およそ私が憶念しても、天界に至ったアージーヴァカ教徒を、一人を除いて誰も憶えていません。 彼もまた、業論者、行為論者でした」
「尊者ゴータマよ、そのようであるならば、この外学の依処は、〔般涅槃どことか〕天界に至るまでですら、空虚なものなのですか」
「ヴァッチャよ、そのとおり、この外学の依処は、〔般涅槃どことか〕天界に至るまでですら、空虚なものなのです」
世尊はこう仰った。
心に適ったヴァッチャ氏族の遍歴行者は、世尊の所説に歓喜した。  
〔『中部』「中分五十篇」「遍歴行者品」〕第一〔経〕「三明ヴァッチャ経」おわり。  
https://komyojikyozo.web.fc2.com/mnmjp/mn08/mn08c01.files/sheet001.htm
                     
ということで、外教・異教の法は天界までは正しい、ではなく天界に至るまですら空虚(suññaṃ)なものである、と。

・『註』はこの「一人」を過去世の釈尊とする。
とありますが、アージーヴィカ教は六師外道の一人にして釈尊と同時代のマッカリ・ゴーサーラを開祖としているのでそれはあり得ないかとw


マンガ「六師外道」マッカリ・ゴーサーラ、「無作用の宿命論」
https://buddha.pink/buddhas-manga/55/
アージーヴィカ教の開祖マッカリ・ゴーサラについては上のサイトのを参照
0208神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/08(土) 12:21:40.57ID:/J82c1DA
「世の中で 、節約を説教する物惜しみで病んでいる人がいます 。
沙門 ・バラモン (出家修行者 )に衣食住薬を布施しない 。貧しい人に 、必要とする人になにもあげない 。
このような性格を変えないでそのまま死ぬ人も地獄に堕ちて苦しむのです 。
人間界に生まれても 、貧困の旗を上げて生まれるのです 。収入を得る努力をしても 、財産はおびえて逃げてしまう 。貧困に生まれる理由は物惜しみなのです 」

(中部経典135「小業分別経」)
0209神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/08(土) 13:09:19.02ID:QPRHkmBN
今貧乏な人は前世が節約家だったからなのかい
しかも前世が節約家なら今生の努力も無駄と言われちゃ救われないなあ
0210桃太郎
垢版 |
2018/12/08(土) 13:40:47.77ID:OO2A/hmH
>>204

上座部仏教(一般的に小乗教)といわれるものは、今の世に修行しても何の価値もないのです。
むしろ自利に執着し過ぎるので、今世は無駄な人生を過ごし来世は地獄です。

最高の経典である法華経で釈尊が「法華経以外はいったん全部捨てろ!」と説いているにもかかわらず、執着しているから不幸になる。

天台、伝教によって何度も「法華経」以外は木っ端微塵に論破され、当時の他宗派の高僧やその弟子は皆、天台、伝教の弟子となって改宗したにもかかわらず、
時が経ち、忘れ去られたころに低い教えである小乗教を「釈迦の真の教え」などと持ち上げて信じるゆえに不幸になる。

末法の衆生はそのように愚かで浅はかであることは「法華経」にハッキリと説かれてある。
そして、末法に於いて法華経は信じ難く、もし人がこれを広めるならば、「必ず三類の強敵によって迫害されるであろう」とハッキリ予言され説かれてある。

ゆえに自行化他の「法華経」は信じがたく、自利中心の低い教えである小乗教は信じ易い。
0212ポッタン師
垢版 |
2018/12/08(土) 14:59:26.50ID:OnoA2jgo
210.法華経バカが言う、ことである。大爆笑である。
0213神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/08(土) 16:20:17.63ID:rO6/mqmx
こういう念仏宗は自分が頭破七分だということも分からないほど頭が割れに割れきってるということか
もはや法華経すら理解出来ないまでに貪瞋痴で頭の中いっぱいなんだろうね
0215神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/08(土) 21:18:38.99ID:/J82c1DA
>>209
舎衛城に難陀と云う女の人があって、其の日にも困る生計で人に貰って生活して居た。
或時、何処かで物貰いして居ると長者が色々の物を捧げて供養して居た。
これを見た難陀は、こうして同じ人間と生れながら自分の現在の境遇と引比べて、余りの差違のあるのをなげいた。
漸やく一銭を得たので油屋や行った。
油屋の主人は「そんな位買って何になさるのか」を問うた。
難陀はそのわけを話すと主人は感心して二倍も三倍もまけてくれた。
早速それを祇園精舎に供えて供養した。
丁度長者も居った。
「願わくば此の功徳を以って来世には明るい仏智を得て多くの人の無明を照し給え」と。

夜が明ける様になったら長者や他の人のは消えてもこの難陀の捧げた燈のみ消えなかった。
神通第一とされる目連がそれを吹いても消えない。三度吹いても消えない。
お釈迦様は皆に云われるには
「難陀は大菩提心をもってしかるには、四大海水をもって覆してもあかりが消える事がない。」
とて難陀の心をほめられたり。
ほんとの大菩提心を得て……… その金も………
長者の万燈より貧者の一燈とは此処より出しならん。



日本でも平安時代の昔より万燈籠を行う一方で、長者の万灯よりも貧者の一灯と言われ続けてきました。
0216神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/09(日) 03:15:39.20ID:yjFsrdUt
上座部はコーカソイド臭がする
ガンダーラで作られたものじゃないだろうか
0218神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/09(日) 21:48:59.71ID:iV312zAY
>>209
節約家じゃなくて吝嗇家だね
0219ポッタン師
垢版 |
2018/12/09(日) 22:03:10.45ID:Y5lLTbbm
215.迷信である。バカ丸出し、である。大爆笑である。
0220神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/09(日) 22:28:26.98ID:iV312zAY
>>218
自分の贅沢にはお金を使うけどお坊さんや貧しい人にお布施はしないケチ、みたいな

>>209
これはスマ長老の法話か何かで、「小業分別経」じゃないね
0221神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/09(日) 22:46:39.54ID:VfB+j7vv
青年よ、ここに一部の女性あるいは男性は、沙門婆羅門のため、食べ物、飲み物、衣服、乗り物、華鬘、香料、塗油、寝具、住居、燈明を布施する者となりません。
その者は、そのように完遂され、そのように受持されたその業によって、身体の破壊より、死後に苦処、悪趣、堕処、地獄へ生まれ変わります。
たとえ身体の破壊より、死後に苦処、悪趣、堕処、地獄へ生まれ変わらず、もし人の状態に至るにしても、その者はどこであれ貧しい者として生まれ変わります。
青年よ、この道は、貧しい者へと至らしめるのです。すなわち、沙門婆羅門のため、食べ物、飲み物、衣服、乗り物、華鬘、香料、塗油、寝具、住居、燈明を布施する者とならないことは。

また青年よ、ここに一部の女性あるいは男性は、沙門婆羅門のため、食べ物、飲み物、衣服、乗り物、華鬘、香料、塗油、寝具、住居、燈明を布施する者となります。
その者は、そのように完遂され、そのように受持されたその業によって、身体の破壊より、死後に善趣たる天界へ生まれ変わります。
たとえ身体の破壊より、死後に善趣たる天界へ生まれ変わらず、もし人の状態に至るにしても、その者はどこであれ多財な者として生まれ変わります。
青年よ、この道は、多財な者へと至らしめるのです。すなわち、食べ物、飲み物、衣服、乗り物、華鬘、香料、塗油、寝具、住居、燈明を布施する者となることは。
0222神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 00:13:20.98ID:qq5PxDlx
布施・寄進というのは比丘僧侶寺院側が在家に対してさせてあげられる修行の中でももっとも優れたものだからね
なぜなら人間の苦しみは執着を根本原因とするのが仏教だけど、布施で財産を手放すというのは執着を捨てる修行になるのだから
大乗仏教でもメインの修行の六波羅蜜において布施波羅蜜は一番目に位置してることからいかに布施というのが仏教で大事な修行であるのかというのが解る
在家は物惜みせずに布施・寄進をすることで苦を滅する修行ができるし、その施すという善行の功徳は来世まで宿業として持っていける
布施・寄進は優れた修行だよ
0223神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 00:35:02.21ID:sn3CsHDT
手塚治虫のブッダで本人の魂を探さずにその辺の魂を入れて蘇らせてたのは納得いかない
あれじゃ魂でも残留思念でもなくて生命エネルギーだろう
キン肉マンの超人エネルギーの玉と変わらんじゃんか
0224神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 07:47:17.08ID:zhPxjPuF
>>222
いやいや
221に書いてあるように来世に金持ちになるために布施寄進するんだってさ
お金に対する執着は尽きないねぇ
0225神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 09:16:24.09ID:Jas84pjZ
布施は菩薩の心だよ。
布施(お金とは言っていない)をせずにはいられない。慈悲の気持ちを起こさずにはいられない。
無分別の善行の現れです。
御利益思想は改悪念仏邪宗が広めた紛い物の布施(悪行)ですね。
0227神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 10:46:15.01ID:pB7TVaC+
■パーリ中部135経 小業分別経

このように私は聞いた。あるとき世尊はサーヴァッティーのジェータ林、アナータピンディカ園に住しておられた。
ときにトーデッヤの息子スバ青年が、世尊のもとへ近づいた。近づいて、世尊と挨拶した。
喜ばしく記憶すべき言葉を交わしてから、一方へ坐った。一方へ坐ったトーデッヤの息子スバ青年は、世尊へこういった。

「尊者ゴータマよ、いかなる因、いかなる縁あって、人である者たち、人の身ある者たちのうちに、諸々の劣り、あるいは優れた状態が見られるのでしょうか。
尊者ゴータマよ、短命な人々が見られ、長命な者たちが見られます。多病な者たちが見られ、健康な者たちが見られます。
醜い者たちが見られ、美しい者たちが見られます。無力な者たちが見られ、大権勢ある者たちが見られます。
貧しい者たちが見られ、多財な者たちが見られます。低い家系の者たちが見られ、高い家系の者たちが見られます。
悪慧の者たちが見られ、有慧の者たちが見られます。
尊者ゴータマよ、いかなる因、いかなる縁あって、人である者たち、人の身ある者たちのうちに、諸々の優劣なることが見られるのでしょうか」と。

「青年よ、有情たちは、業を自己のものとし、業の相続人たちであり、業を起源とし、業を縁者とし、業を所依とする者たちです。
業は有情たちを仕分けます。すなわち、劣り、あるいは優れた状態へ」。

「私は、尊者ゴータマの、この簡略な、詳細には意味が解釈されなかった所説の詳細な意味を了解できませんでした。
なにとぞ、尊者ゴータマは私へ、私が尊者ゴータマの、この簡略な、詳細には意味が解釈されなかった所説の、詳細な意味を了解できる、そのように法をお示し下さい」。

「しからば青年よ、それを聞き、よく作意してください。私は語ることにしましょう」。

「そのように、尊者よ」とトーデッヤの息子スバ青年は世尊へ応えた。
0228神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 10:46:48.32ID:pB7TVaC+
「青年よ、ここに一部の女性あるいは男性は、殺生者となります。凶暴な者、血塗られた手の者、殺戮された〔獲物〕たちへ執着する者、生類、生物に対して憐愍なき者です。
その者は、そのように完遂され、そのように受持されたその業によって、身体の破壊より、死後に苦処、悪趣、堕処、地獄へ生まれ変わります。
たとえ身体の破壊より、死後に苦処、悪趣、堕処、地獄へ生まれ変わらず、もし人の状態に至るにしても、その者はどこであれ短命な者として生まれ変わります。
青年よ、この道は、短命な者へと至らしめるのです。すなわち、殺生者、凶暴な者、血塗られた手の者、殺戮された〔獲物〕たちへ執着する者、生類、生物に対して憐愍なき者となることは。

また青年よ、ここに一部の女性あるいは男性は、殺生を断じ、殺生より離れて、杖を置き、刀を置いて、恥を知り、憐愍にいたり、一切の生物生類を哀愍して住します。
その者は、そのように完遂され、そのように受持されたその業によって、身体の破壊より、死後に善趣たる天界へ生まれ変わります。
たとえ身体の破壊より、死後に善趣たる天界へ生まれ変わらず、もし人の状態に至るにしても、その者はどこであれ長命な者として生まれ変わります。
青年よ、この道は、長命な者へと至らしめるのです。すなわち、殺生を断じ、殺生より離れて、杖を置き、刀を置いて、恥を知り、憐愍にいたり、一切の生物生類を哀愍して住することは。
0229神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 10:47:20.90ID:pB7TVaC+
青年よ、ここに一部の女性あるいは男性は、拳による、土塊による、鞭による、剣による、有情たちへの悩害ある種類の者となります。
その者は、そのように完遂され、そのように受持されたその業によって、身体の破壊より、死後に苦処、悪趣、堕処、地獄へ生まれ変わります。
たとえ身体の破壊より、死後に苦処、悪趣、堕処、地獄へ生まれ変わらず、もし人の状態に至るにしても、その者はどこであれ多病な者として生まれ変わります。
青年よ、この道は、多病な者へと至らしめるのです。すなわち、拳による、土塊による、鞭による、剣による、有情たちへの悩害ある種類の者となることは。

また青年よ、ここに一部の女性あるいは男性は、拳による、土塊による、鞭による、剣による、有情たちへの悩害なき種類の者となります。
その者は、そのように完遂され、そのように受持されたその業によって、身体の破壊より、死後に善趣たる天界へ生まれ変わります。
たとえ身体の破壊より、死後に善趣たる天界へ生まれ変わらず、もし人の状態に至るにしても、その者はどこであれ健康な者として生まれ変わります。
青年よ、この道は、健康な者へと至らしめるのです。すなわち、拳による、土塊による、鞭による、剣による、有情たちへの悩害なき種類の者となることは。
0230神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 10:48:10.04ID:pB7TVaC+
青年よ、ここに一部の女性あるいは男性は、忿怒あり煩悶多き者となります。
些細なことを言われただけで、不機嫌になり、怒り、瞋害し、頑なになり、憤怒と瞋恚(しんに=憎しみ)と不満とをあらわにします。
その者は、そのように完遂され、そのように受持されたその業によって、身体の破壊より、死後に苦処、悪趣、堕処、地獄へ生まれ変わります。
たとえ身体の破壊より、死後に苦処、悪趣、堕処、地獄へ生まれ変わらず、もし人の状態に至るにしても、その者はどこであれ醜い者として生まれ変わります。
青年よ、この道は、醜い者へと至らしめるのです。すなわち、忿怒あり煩悶多き者となり、些細なことを言われただけで、不機嫌になり、怒り、瞋害し、頑なになり、憤怒と瞋恚と不満とをあらわにすることは。

また青年よ、ここに一部の女性あるいは男性は、忿怒なく煩悶多からぬ者となります。
多くのことを言われても、不機嫌にならず、怒らず、瞋害せず、頑なにならず、憤怒と瞋恚と不満とをあらわにしません。
その者は、そのように完遂され、そのように受持されたその業によって、身体の破壊より、死後に善趣たる天界へ生まれ変わります。
たとえ身体の破壊より、死後に善趣たる天界へ生まれ変わらず、もし人の状態に至るにしても、その者はどこであれ端正な者として生まれ変わります。
青年よ、この道は、端正な者へと至らしめるのです。すなわち、忿怒なく煩悶多からぬ者となり、多くのことを言われても、不機嫌にならず、怒らず、瞋害せず、頑なにならず、憤怒と瞋恚と不満とをあらわにしないことは。
0231神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 10:48:54.81ID:pB7TVaC+
青年よ、ここに一部の女性あるいは男性は、嫉妬の意ある者となります。
他者の利得、恭敬、尊重、尊敬、礼拝、供養に関して、妬み、憎み、嫉妬を結びます。
その者は、そのように完遂され、そのように受持されたその業によって、身体の破壊より、死後に苦処、悪趣、堕処、地獄へ生まれ変わります。
たとえ身体の破壊より、死後に苦処、悪趣、堕処、地獄へ生まれ変わらず、もし人の状態に至るにしても、その者はどこであれ無力な者として生まれ変わります。
青年よ、この道は、無力な者へと至らしめるのです。すなわち、嫉妬の意ある者となり、他者の利得、恭敬、尊重、尊敬、礼拝、供養に関して、妬み、憎み、嫉妬を結ぶことは。

また青年よ、ここに一部の女性あるいは男性は、嫉妬の意なき者となります。
他者の利得、恭敬、尊重、尊敬、礼拝、供養に関して、妬まず、憎まず、嫉妬を結びません。
その者は、そのように完遂され、そのように受持されたその業によって、身体の破壊より、死後に善趣たる天界へ生まれ変わります。
たとえ身体の破壊より、死後に善趣たる天界へ生まれ変わらず、もし人の状態に至るにしても、その者はどこであれ大権勢ある者として生まれ変わります。
青年よ、この道は、大権勢ある者へと至らしめるのです。すなわち、嫉妬の意なき者となり、他者の利得、恭敬、尊重、尊敬、礼拝、供養に関して、妬まず、憎まず、嫉妬を結ばないことは。
0232神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 10:59:56.31ID:pB7TVaC+
青年よ、ここに一部の女性あるいは男性は、強情な、過慢ある者となります。
敬礼されるべき者へ敬礼せず、立礼されるべき者へ立礼せず、座に値する者へ座を与えず、道に値する者へ道を与えず、
恭敬されるべき者を恭敬せず、尊重されるべき者を尊重せず、奉事されるべき者を奉事せず、供養されるべき者を供養しません。
その者は、そのように完遂され、そのように受持されたその業によって、身体の破壊より、死後に苦処、悪趣、堕処、地獄へ生まれ変わります。
たとえ身体の破壊より、死後に苦処、悪趣、堕処、地獄へ生まれ変わらず、もし人の状態に至るにしても、その者はどこであれ低い家系の者として生まれ変わります。
青年よ、この道は、低い家系の者へと至らしめるのです。
すなわち、強情な、過慢ある者となり、
敬礼されるべき者へ敬礼せず、立礼されるべき者へ立礼せず、座に値する者へ座を与えず、道に値する者へ道を与えず、
恭敬されるべき者を恭敬せず、尊重されるべき者を尊重せず、奉事されるべき者を奉事せず、供養されるべき者を供養しないことは。

また青年よ、ここに一部の女性あるいは男性は、強情ならぬ、過慢なき者となります。
敬礼されるべき者へ敬礼し、立礼されるべき者へ立礼し、座に値する者へ座を与え、道に値する者へ道を与え、恭敬されるべき者を恭敬し、尊重されるべき者を尊重し、奉事されるべき者を奉事し、供養されるべき者を供養します。
その者は、そのように完遂され、そのように受持されたその業によって、身体の破壊より、死後に善趣たる天界へ生まれ変わります。
たとえ身体の破壊より、死後に善趣たる天界へ生まれ変わらず、もし人の状態に至るにしても、その者はどこであれ高い家系の者として生まれ変わります。
青年よ、この道は、高い家系の者へと至らしめるのです。
すなわち、強情ならぬ、過慢なき者となることは。敬礼されるべき者へ敬礼し、立礼されるべき者へ立礼し、座に値する者へ座を与え、道に値する者へ道を与え、
恭敬されるべき者を恭敬し、尊重されるべき者を尊重し、奉事されるべき者を奉事し、供養されるべき者を供養します。
0233神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 12:03:38.51ID:l610tpld
くどいな
一つ貼ったら同等の繰り返し部分は省略してくれ
0234神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 12:13:31.14ID:5STlpJeT
>>233
■パーリ中部135経 小業分別経 のまとめ

トーディヤの息子であるスバが「なぜ人は、寿命、健康、容姿、権力、貧富、身分、智慧が違うのか」と問う。その釈迦の返答。

・寿命
殺す人は、悪趣(地獄などの悪いところ)か短命に生まれる
殺さず、慈しむ人は、天か長命に生まれる
・病気
生き物を苦しめる人は、悪趣か多病に生まれる
苦しめない人は、天か無病に生まれる
・容姿
怒りっぽく、不満を現す人は、悪趣か醜く生まれる。
怒りっぽくなく、不満を現さない人は、天か美しく生まれる。
・権力
嫉妬深い人は、悪趣か権力のない者として生まれる。
嫉妬しない人は、天か権力ある者として生まれる。
・貧富
修行者・宗教家に物をあげない人は、悪趣か貧乏に生まれる。
修行者・宗教家に物をあげる人は、天か富裕に生まれる。
・身分
傲慢で、尊敬すべき人を尊敬しない人は、悪趣か卑しい家に生まれる。
謙虚で、尊敬すべき人を尊敬する人は、天か高貴な家柄に生まれる。
・智慧
修行者に善悪や利益不利益を聞かない人は、悪趣か愚かに生まれる。
修行者に善悪と利益不利益を聞く人は、天か賢明な者として生まれる。

「学生さん、生ける者たちは、自分の業(行為)を持つ者であり、業の相続人であり、業を孕む者であり、業の結びついた者であり、業の行き着く場所なのです。
生ける者たちを分別して、この優劣の差を引き起こしているのです」
0235神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 12:22:05.34ID:l610tpld
>>234
つまり上座部は来世に
寿命、健康、容姿、権力、お金、身分、権力を得るための宗教なのか
執着が強すぎやしないかい
0236神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 12:44:37.69ID:0pnE72oN
ただ善因善果、悪因悪果を説いているだけ。
利益を求める貪りの心は悪因だから、悪果を生む。
利益を求めない布施の心は善因だから、善果を生む。
0237神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 13:11:53.55ID:l610tpld
広島長崎の原爆という悪果は市民にどのような悪因があったのかな
0238桃太郎
垢版 |
2018/12/10(月) 13:13:33.21ID:YVALvNtR
>利益を求める貪りの心は悪因だから、悪果を生む。

だとすると、世俗を離れ山林に籠って乞食のような生活でもしない限り、人類は皆地獄に落ちることになる。

利益を求めることは、知性をもった人間ならば自然の事であり、悪因とはならない。
仏法では自利に執着し利他を顧みないから不幸になると説くのです。

したがって、自他供の幸福、社会の平和、世界の平和のために様々な知恵を出していくことはむしろ善因となるのです。
小乗教を重んじる人は「現世利益」間違いだと勘違いされている人もいますが、人が仕事に精を出し豊かな生活を得ることは、悪因とはなりません。

諸法実相であり、「治生産業は仏法と背せず」なのです。
大事なことは、自利に執着しするあまり、人の不幸の上に自身の幸福を築くなということでしょう。
0241神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 15:32:38.35ID:pB7TVaC+
>>235
そういったものは利益ではなく功徳といいます
まあ利益でもいいですがその利益を得るためには善い行いをしなければならないのです

また利益を求めるのと貪るのとでは違います


403 ウポーサタを行なった<ものごとの解った人>は次に、きよく澄んだ心で喜びながら、翌朝早く食物とを適宜に修行僧の集いにわかち与えよ。

404 正しい法(に従って得た)財を以て母と父とを養え。正しい商売を行え。つとめ励んでこのように怠ることなく暮らしている在家者は、(死後に)<みずから光を放つ>という名の神々のもとに赴く。」
0242神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 15:34:11.03ID:pB7TVaC+
「落ち穂を拾って修行している人(出家者)でも、
妻を養っている人(在家信者)でも、
乏しき中からわかち与える人は、
法を実践することになるであろう」
(相応部経典1-42『もの惜しみ』、中村元訳前掲書)
0243神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 16:05:00.36ID:0pnE72oN
>>238
>だとすると、世俗を離れ山林に籠って乞食のような生活でもしない限り、人類は皆地獄に落ちることになる。

落ちますよ。今までも長い輪廻の中で何度も地獄に落ちてきたでしょうし、
これからも長い輪廻の中にいれば、悟らない限りは、いずれは地獄に落ちるでしょう。
だからこそ輪廻は恐ろしい、急ぎ解脱しなければいけない。

ちなみに自利利他はブッダの定義だと、自分も貪瞋痴を無くすよう修行し、他人もそのように導くことのようです。
http://naagita.hatenablog.com/entry/20090205/p1
0244神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 16:08:48.09ID:VOs2+7X4
>>237
それはわからない。
ただ仏典では釈迦を輩出した釈迦族は琉璃王によって滅亡させられてしまったが殺された釈迦族の人々は死んだ後に天界に生まれたと思った。
0245神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 16:13:51.27ID:zhPxjPuF
>>243
君は山林で乞食のような生活を実践してるのか?
乞食しててもネットは出来るのか?
0247神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 18:13:11.65ID:DDD3e9Wn
地獄界は多分ウイルス、菌類、微生物の世界なんだよ
生命に生まれ変わるとしたら大半がそこにいく
もし人間に〜なんてありえないからね
0248神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 19:30:07.37ID:0pnE72oN
>>245
在家は乞食しない。
ただ戒を守り、禅定を修し、智慧を開発する。
生活の全てを脇に置いて、悟りを目指す。
0249神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 20:44:31.38ID:rB+WOROq
>>248
在家なら地獄に落ちるという事になるな

243 ?? 245: 神も仏も名無しさん [] 2018/12/10(月) 16:05:00.36 ID:0pnE72oN (2/3)
>>238
>だとすると、世俗を離れ山林に籠って乞食のような生活でもしない限り、人類は皆地獄に落ちることになる。

落ちますよ。
0250神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 20:53:59.71ID:0pnE72oN
>>249
在家でも出家でも、悟らない限りは地獄に落ちる可能性はある。
強烈な怒り、瞋恚が生まれる可能性はある。
0251神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 21:05:11.87ID:rB+WOROq
>>250
話をすり替えてるな

世俗を離れ山林に籠って乞食のような生活でもしない限り、人類は皆地獄に落ちるとの誰かさんの言葉に対して 落ちますよと君が答えたんだよ
でも君は在家だから乞食しないという
なら自分で言った通り地獄に落ちるという事になる
0252神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 21:08:59.92ID:0pnE72oN
>>251
乞食しないと落ちるとは言ってない。
悟らない限りは落ちると言っている。
出家の生活は悟りに近く、在家の生活は遠い。
在家も頑張れば悟れるし、出家も真面目に修行しないと悟れない。
0254神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 21:54:18.71ID:0pnE72oN
例えば、ニュースで無差別殺人をしたり、親や家族を殺したりする犯人を見て、
「バカなヤツだ。俺は絶対そんなことはしない。」
と何故言い切れるか。自分も同じような環境に追い込まれたら同じような事をする可能性はある。

悟った人なら大丈夫。無常、苦、無我をしっかり理解しているから。
無常である現象に、苦であり空である現象に、腹を立ててもしょうがない、
私にも実体は無い、あなたにも実体は無いのに何に腹を立てるのか。
悟った人は人間、天界にのみ生まれ変わり、最終的に解脱に達する。
0256神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/10(月) 22:59:32.43ID:qq5PxDlx
>>246
釈尊は三明者であるので天眼を使えば殺された釈迦族がどこに赴いたか確認できると思う。
0260神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/11(火) 08:12:16.22ID:Zza2z5Iw
釈迦族が天界に生まれたからってそれが何?
いずれまた人間に落ちてくるし、それ以降は他の生命と同じく六道輪廻。
悟らない限りは六道輪廻。
あの人は上、この人は下なんていう差別は無い。
0261神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/11(火) 08:48:52.76ID:Zza2z5Iw
原爆で亡くなった方の中にも、たまたま広島に旅行に来ていて被爆した人もいれば、
たまたまおつかいで広島を離れていて助かった人もいる。
何らかの因縁が生死を分けた訳だけども、その因縁は自分で作ったものだろうか。
自分の意志で広島に行った人もいるし、広島から離れた人もいるだろうが、
何がその意志を引き起こしたのか。
結局全ての因縁も、意志も、私が管理できるものでは無く、無我であるから、
六道輪廻の中で私だけは特別だ、安心だ、地獄には落ちない、などと言うことはできない。
0262神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/11(火) 09:53:45.55ID:JRhi1Z73
>>258
オカルトではなくお釈迦様がそう宣言されているからでしょうね>>200

>>260
あなたも>>200
解脱したいのなら出家することをお勧めします。

また
『正法眼蔵 出家功徳』
仏法の中で出家の法は、先ず第一に修め難いものである。
これについて、バラモンの閻浮呿提(エンブカダイ)が舎利弗に尋ねている。
バラモン、「仏法の中では何が最も困難ですか。」
舎利弗 答えて、「出家することが困難である。」
バラモン又問う、「出家の人には どのような困難がありますか。」
舎利弗 答えて、「出家の人は、心の平安を得ることが困難である。」
バラモン、「それでは、心の平安を得れば、次には何が困難ですか。」
舎利弗、 「多くの善行を修めることが困難である。これらのことにより、是非出家をしなさい。」
http://www.dogen-shobogenzo.com/syukkekudoku2.html

私は人生は苦であるという悟りがまだないので在家のまま輪廻し続けてもいいと思ってます。
もちろん悪趣は嫌なので悪業を成さないように気をつけないといけないわけですが。
0263神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/11(火) 10:36:33.17ID:6KFnSvj8
出家=解脱は大きな間違いです。
煩悩即菩薩、境智冥合を説いた教えが今の仏教なので。解脱どころかますます
解脱出来ません。
解脱目的なら凡夫のままでいいかと思います。
0264神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/11(火) 11:21:58.69ID:KZUUN4OC
自分は人生がいくらか楽しい
まだ死にたいほど苦しいこともない
以前座禅が好きになって
禅寺に厄介になって雲水だったこともあったけど
それも楽しい思い出

その後外歩いて座って食べ物もらって
歩いて歩いて神奈川から四国まで歩いたり
お遍路とかも何度かしてみた
死ぬまで続けられたらかっけえ人生だなと
思ったけど同時にとてもつまらなくなって
このまま死ぬような人生が嫌だなともおもったら

とても友達が欲しくなったので
結構必死で友達作りをしたら
20年近く続く友達ができた

外を歩いて食べ物もらったり
田舎の道歩いてると農作物が落ちてたりするので
拾って食べて歩いてると
空を屋根にしてこの世界に住む感じが
普通に心に浮かんでくる

出家に対して話してるようなことは
空を屋根にして人生を終えるような人の生き方を
前提にしてる人に話しているのだと思う

もちろん個人的な考え
0265神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/11(火) 12:20:08.73ID:Gj4dnHzv
>>262
> オカルトではなくお釈迦様がそう宣言されているからでしょうね

お釈迦様はそんな事一言も言ってないよ
それと出家と解脱は関係ない
0266神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/11(火) 12:24:49.01ID:JRhi1Z73
>>265
その二行とも>>200の三明ヴァッチャ経で違うということが分かります。
0267神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/11(火) 12:45:26.68ID:Zza2z5Iw
在家なら不還果まで悟れる。
不還果は死後梵天界に生まれ、のちに解脱する。
というか預流果に悟っただけでいずれ解脱することは確定。
戒定慧を実践して、無常、苦、無我を一瞬だけでも体験するだけ。簡単な話。
0269神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/11(火) 13:05:50.44ID:6KFnSvj8
>>264
正法時代は安穏な日常であったから、素直で綺麗な心を持った人で溢れていたのだと思います。
しかし、末法の今では法華経のみを信心しなさいという、我々に課せられた教えがあります。
生きる苦から逃れる為に、様々な楽に転じたが故に、苦に対峙する根本となる智慧が衰えた人で溢れ、互いの安住を求める言動は争いになり、世は地獄へと姿を変える。
もう人というよりも、当たり前のように浅智慧と悪智識を持った餓鬼畜生が多く蔓延る世界として見てとれる気がします。
全ては自分と誰かの楽の為にあるのですから、何故法華経が在るのかを正しく知る者も少なくなっていくでしょう。
末法の先は説かれていません。まるでこの世の儚さを悟っていたかのようです。
あとは立正安国論が末法における現証を予言し、後世の寂光土を祈願し、それを我々に託していますね。
0270神も仏も名無しさん
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2018/12/11(火) 14:31:12.55ID:JRhi1Z73
>>268
 そのように大王(マガダ国王阿闍世)よ、心は清浄に帰し、煩悩すでになく、煩悩の枝末をも厭離して、
心身柔軟、いつでも活動できる状態にあり、しかも、安らかに住して不動の状態にある時、
いまや、比丘は、心を人間の死生の智に傾注する。
そして彼は、人界を超絶した天眼をもって衆生を観察し、衆生の死してまた生まれるのを見、衆生のなしたる業に応じて、
賤しきと尊きと、美しさと醜さと、幸福と不幸とを証しみるのである。すなわち
<みなさんよ、これらの人々は、身口意の悪業があって、聖者をそしり、邪見を抱き、よこしまの業をなした。
彼らは、その身壊れて死して後には、悪しき生を得、悪しきところに赴き、地獄に生まれた>
<みなさんよ、これらの人々は、身口意の善業があって、聖者をそしらず、正見を抱き、正しい業をなした。
彼らは、その身壊れて死した後には、善きところに赴き、天界に生まれた>と。
そのように、彼は、人間界を超越した清浄なる天眼をもって、衆生を観察し、衆生が死してまた生まれるのを見、
衆生のなしたる業に応じて、賤しきと尊きと、美しさと醜さと、幸福と不幸とを知るのである。
 これ(天眼通)もまた、大王よ、沙門の現生における果報として、さきのそれ(宿住通)よりも、さらに殊勝・微妙なものであります。

(パーリ仏典経蔵長部「沙門果経」より引用)
0271神も仏も名無しさん
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2018/12/11(火) 14:33:38.12ID:JRhi1Z73
>>269
その末法思想というのは法華経では説かれていないですね。
だれが最初に説いたのでしょうか?
0273神も仏も名無しさん
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2018/12/12(水) 01:56:17.17ID:5ruL+No2
>>259
> >>257
> 悟りにそんな機能は無い
じゃあそもそも仏教なんてものはないな
悟り=輪廻を感覚的に知ることであり、過去生を知ることなんだよ
0274神も仏も名無しさん
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2018/12/12(水) 08:26:25.67ID:f/owKdEo
具体的に自分の過去生を思い出すのは宿命通で、神通力だが、
阿羅漢全てが持っている訳ではない。
阿羅漢は因縁、因果について完全に了解してるんだろうね。
だからもう最後の身体だという自覚はあるんでしょう。
もう執着、渇愛は無い。業を作らない。だから生まれ変わらないと。
0275神も仏も名無しさん
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2018/12/12(水) 09:02:36.73ID:m3XFRP/o
>>273
お釈迦様は想いからの解脱だけを説いたんだよ

古代インドで定着していたバラモン教などにより当時の人たちの生まれ変わりに対する恐怖や不安は相当なものだったんだろう

でも輪廻というのは「種々の生存に対する妄想」にすぎない

バラモンなどでは輪廻は実在として語られていただろう
がお釈迦様は方便として使った

輪廻は妄想に過ぎないから想いからの解脱において解脱してしまった「沈黙の聖者」にはそれを測る基準がないという事だ

お釈迦様は輪廻に関しては認識論的に答えている
存在論的には無記だ

輪廻など忘れなさい
0276神も仏も名無しさん
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2018/12/12(水) 09:16:13.07ID:GNrSQlZN
>>275
中部「サンダカ経」まとめ

★四種の清らかならざる行い。

1、 布施に果はない。行為にかはない。父母に仕えることにかはない。あの世はない。などと思い、生きる。

2、 悪の行為の報いはない、と思って生きる。

3、 生けるものたちの汚れや浄化に、因はなく、縁はない、と思って生きる。

4、 輪廻や運命は決定されていると考え、「私はこの戒により、または自制により、または苦行により、または清らかな行いにより、いまだ熟しいていない業を熟果させよう、またはすでに熟した業を徐々に消滅させよう」と考えない。

★四種の安息を与えない清らかな行い

1、 自分を悟った勘違いし、間違った苦行を行う。

2、 伝承にもとづき、伝承を真理とする。伝承には、正しい記憶もあり、間違った記憶もあり、正しいこともあれば間違っていることもある。

3、 理論にとらえられ、理論ばかり。正しい理論もあれば、間違っている理論もあるし、理論は正しいこともあれば、間違っていることもある。

4、 愚昧、詭弁。

★正しい実践

十善戒、少欲知足、六根防護、サティ、禅定、五蓋除去、過去世を思い出す、死生智、四諦についての漏尽智。
0277神も仏も名無しさん
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2018/12/12(水) 09:19:12.62ID:GNrSQlZN
また中部経典 第117経 『聖道経』においても
八正道の正見に於いてあの世は存在しないという見方は邪見であると説法されています
0279神も仏も名無しさん
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2018/12/12(水) 09:35:03.14ID:GNrSQlZN
>>278
具体的にどの経典にて無記としているのでしょう?
0281神も仏も名無しさん
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2018/12/12(水) 09:51:56.29ID:1PUGke/3
>>271
末法は人の内証として意味を持ちますので末法である思想というものはないです。
そのような振る舞いが起こりうるだろうという客観的な思想でしかありません。
世の中が末法であると言うから末法なのではなく、人そのものが末法にあるです。
例えば一人だけ正法の者がいたとしても周りが全て末法ならば、端から見たら末法として見える(もはや末法も知らない程度)だけの事かもしれません。
つまり、無宗教だから関係無い、世の中が末法だからと、さも他人事のように口を開く者そのものが末法ですね。
0282神も仏も名無しさん
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2018/12/12(水) 10:07:47.64ID:m3XFRP/o
>>279
経典は宗教的に形而上学的に脚色されてしまったものが混在しているから引用は好まないが例えば

かれはここで、両極端に対し、種々の生存に対し、この世についても来世についても願うことがない。諸々の事物に関して断定を下して得た固執の住居は、彼には何も存在しない
0283神も仏も名無しさん
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2018/12/12(水) 10:31:16.11ID:GNrSQlZN
>>282
801(注釈) 両極端に対し→何でもよいから両極端を離れよ、というのである。 種々の生存に対し→輪廻の生存の事をいう。 固執の住居→具体的には「住処」「住居」、抽象的には「執著」「固執」を意味する。

輪廻があるという前提での説法です
修行者はこの世もあの世(来世)も願わず般涅槃するという意味で
>>280のリンク先にある

初期佛教研究の専門学者である桜部建教授も
「(阿含部諸経に拠る限り)釈尊の仏教で輪廻転生の思想が否定されているとは、私にはどうしても考えられない。
・・簡明に言い切れば、迷える者には輪廻があり、迷いを離れた者に輪廻はない、というのが、仏教の立場である」

Sn801もこの迷いを離れた者のことを述べた詩句です
0284神も仏も名無しさん
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2018/12/12(水) 10:58:17.06ID:m3XFRP/o
>>283
輪廻があるという前提で説法してるのではなく輪廻という概念を前提に説法してるんだよ

桜井教授が輪廻が無いとは考えられないからと言って輪廻が有ることにはならない
0285神も仏も名無しさん
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2018/12/12(水) 11:07:12.63ID:GNrSQlZN
>>284
>輪廻があるという前提で説法してるのではなく輪廻という概念を前提に説法してるんだよ

その客観的な根拠をまず述べてみて下さい
0288神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/12(水) 11:23:56.90ID:GNrSQlZN
そして問題の琉璃王経より

もし、まさに五盛陰無くんば、便ちまた形を受けず。
もし、形を受けずんば、則ち生の有ること無し。
生の有ることの無きを以って、則ち老の有ること無く、
老の有ることの無きを以って、則ち病の有ること無く、
病の有ることの無きを以って、則ち死の有ること無く、
死の有ること無きを以って、則ち合会と別離との悩み無し。

ようするに五蘊がなければ(五蘊無我と見極めれば)生まれを得ず
生まれなければ老病死も愛別離苦もない、と

この世についても来世についても願うことがないとはそういうことです
来世の生を望まない、これ以上迷いの生を繰り返さないそのためには輪廻から解脱して般涅槃する、ということです
0289神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/12(水) 11:25:57.52ID:GNrSQlZN
>>287
輪廻の根拠はわかりませんがお釈迦様は輪廻を普通に信じていた、その意味では当時の一般的な思想家であったということです
六師外道には輪廻を否定した思想家がいましたがそれらの思想はお釈迦様の時代から邪見とされています
0290神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/12(水) 11:28:50.18ID:SqEEWy6W
輪廻は無い = 因果は無い
勉強しないが賢くなった、飲んだくれていたら金持ちになった。
ありえないでしょう。
0291神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/12(水) 11:50:14.04ID:m3XFRP/o
>>289
> >>287
> 輪廻の根拠はわかりませんがお釈迦様は輪廻を普通に信じていた、その意味では当時の一般的な思想家であったということです

お釈迦様が輪廻を信じている根拠がないならそれでいいじゃないか

その有無を論じる事に意味が無いから輪廻という概念を事実だと信じその概念に縛られて苦しんでいた古代インドの人々に輪廻からの解脱を説いたんだよ
0292神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/12(水) 12:00:23.16ID:SqEEWy6W
今息を吸いたくなったのは息を吐いたから
息を吐きたくなったのは息を吸ったから
因果をたどっていけば無始にたどり着く
0293神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/12(水) 12:22:24.98ID:GNrSQlZN
>>291
輪廻があるという前提というのはお釈迦様関係なく科学的に輪廻そのものがあるかどうかということだと解釈しましてそれはわからないと答えました

お釈迦様ご自身が輪廻を信じていた証拠ならたくさんあります
提示します?
0294神も仏も名無しさん
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2018/12/12(水) 12:23:39.47ID:GNrSQlZN
>>291
>その有無を論じる事に意味が無いから輪廻という概念を事実だと信じその概念に縛られて苦しんでいた古代インドの人々に輪廻からの解脱を説いたんだよ

それなら別に修行など不要なのです
六師外道のように輪廻などないといえばそれで終わりです
0296神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/12(水) 13:11:23.81ID:GNrSQlZN
初転法輪経より



比丘たちよ、これが苦因の聖なる真理である。
これは再生をもたらし、喜びと貪りを伴い、あらゆる機会において喜び楽しもうとする渇愛である。
この渇愛とは何か?
五欲への渇愛、存在への渇愛、虚無への渇愛である。


比丘たちよ、これが苦滅の聖なる真理である。
これは渇愛の完全な離貪・滅・棄捨・解脱・無執着である。


比丘たちよ、これが苦滅にいたる道の聖なる真理である。
それは、八つの部分からなる聖なる道である。
即ち、正見・正思惟・正語・正業・正命・正精進・正念・正定である。

21
しかし、比丘たちよ、今の私はこれら四つの聖なる真理において、このように三転と十二行相の智見が私に清浄となった故、
比丘たちよ、天・魔・梵天と共なる神々の世界や紗門・婆羅門・王・人々の人間界において、私は『無上の正自覚〔という阿羅漢道智〕を得た』と、公言したのである。

私の心解脱は不動である。
これが私の最後の生まれ変わりであり、再び〔いずれの世界にも〕輪廻転生することはないとの智見が、私の中に生じたのである。
世尊は、これを説かれた。
心にかなった五名の比丘たちは、世尊の言葉を心から喜び、その教えに耳を傾けた。
https://blogs.yahoo.co.jp/kindaitimama_dayo/39810984.html

渇愛が再生をもたらすこと、八正道という苦滅の修行によって
「これが私の最後の生まれ変わりであり、再び〔いずれの世界にも〕輪廻転生することはないとの智見が、私の中に生じたのである。」
という知見を生じたこと
これらを五比丘の前で説いています

いずれもお釈迦様が輪廻があると思っていたという前提なしにしてこれらの言葉はありえません。
0297神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/12(水) 13:15:01.07ID:GNrSQlZN
さてそこで>>291に戻りましょう

お釈迦様はどうやって古代インドの人々に輪廻からの解脱を解きましたか?

また在家信者には輪廻からの解脱ではなく天界への再生を目指すことを説いていますが
0298神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/12(水) 13:45:54.16ID:m3XFRP/o
>>296

> いずれもお釈迦様が輪廻があると思っていたという前提なしにしてこれらの言葉はありえません。

確認のしようのない前世と来世を信じてる当時の人達を相手にするための方便だよ
輪廻という概念は有っても中身が事実かどうかは確認出来ない
0300神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/12(水) 13:51:22.28ID:10NN7Y1k
在家も解脱を目指すべき
悟らずに善行為すれば天界には生まれ変わるが、その後は悪処にも輪廻する
0301神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/12(水) 13:56:29.31ID:10NN7Y1k
悟れば輪廻は確認できる
大勢の阿羅漢が解脱について説いている
0302ポッタン師
垢版 |
2018/12/12(水) 14:20:13.35ID:30WDKsZ5
輪廻転生は迷信である。それは宗教の問題ではない。それは科学の問題である。
バカには理解できない。大爆笑である。
0303神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/12(水) 15:47:51.40ID:XeCstj9p
解脱するというのはあまり聞かないですね。
禅宗でいう各自の心の持ちようでしょうか。
それぞれが一時的な自由を悟ったような盲信を信仰しているような気がします。
0304神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/12(水) 16:11:21.93ID:GNrSQlZN
>>298
輪廻を説いたのは方便だとするのはあなたの信仰にとどまりますね
それ(方便)を裏付けるお釈迦様やお釈迦様の直弟子の説法、自説などを提示できないならば
0305神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/12(水) 18:38:14.04ID:f/owKdEo
NASAのナントカ博士が、ナントカ彗星を発見したとかは信じるのに、
正自覚者ブッダが輪廻転生を発見したというのは信じないのは何故?
学会で発表される下らない研究は信じるのに、
2600年も僧侶達に支持され続けている輪廻転生を信じないのは何故?

輪廻が分からない。私にはまだ理解力が足りないというなら分かるけど。
0306神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/12(水) 20:02:22.60ID:JxqeYuAV
『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(9-5)

>>出生と生命は、過去の五因によって引き起こされた五果以外
>>の何物でもない。自我というものはなく、霊魂というものは
>>なく、故に、永恒に存在するものはなく、しかし滅絶するこ
>>ともない。
>>死に関して言えば、それはある一つの生における五果の中止
>>であり、次に引き続き新しい五果が、その他の過去の五因を
>>原因として生起して、新しい出生と生命を齎すのである。

五因
1)無明(avijj?)
2)愛(ta?h?)
3)取(up?d?na)
4)行(sa?kh?ra)
5)業有(kammabhava)(業力)
五果
1)識(vinn??a)
2)名色(n?mar?pa)
3)六処(sa??yatana)
4)触(phassa)
5)受(vedan?)
0307神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/12(水) 20:31:03.62ID:5ruL+No2
釈迦が輪廻を発見したんじゃなく
その当時非アーリア人の土着宗教が輪廻と因果論
全生物輪廻と単一種の輪廻があった
有名なのはヤジューニャヴァルキヤで釈迦以前の人
0308神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/12(水) 21:40:45.37ID:f/owKdEo
正しく輪廻を理解したら、そこからの解脱も理解される。
正しく真理を発見したなら、誰にでも再現できるはず。
輪廻と解脱を正しく、完全に理解し、他者も解脱せしめたのはブッダが初めて。ブッダだけ。

それ以前の人は「何となく輪廻してるんじゃないかなぁ」という程度。
0309神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/13(木) 01:47:55.92ID:8MZ2nwZI
輪廻を確証するためには自ら輪廻、過去生を知ってる必要がある
0310神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/13(木) 05:48:20.53ID:GjOcbxtR
>>309
そんな教えはないですよ。
たとえ、知ろうとしたところで現時点の教義でしか認識出来ませんので、たかがしれています。
教えから一部だけ抜粋することと、教えを理解し実践した後では、雲泥の差があることは明らかですよね。
具足が定着しなければ輪廻(特に過去世を覗くような考え)は個人差があり、差別が激しくなるだけですので、それこそ魔が差すようなものです。
乃至法界平等利益自他倶安同帰寂光を観念してくださる人に感謝するか、自分で実践するにいたるまで学を身に付けたほうがいいですね。
最終的には衆生が自ら輪廻転生という不確かさを説こうという意思に必要性がなくなる事になります。
自分は特別で誰かの生まれ変りだのと言い出す者と変わりはないのですからね。
0311神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/13(木) 06:07:36.01ID:m8GICq4M
>>310
自分は特別で誰かの生まれ変りだのと言い出す者と変わりはないのですからね。

→ 日蓮「私は上行菩薩の生まれ変わりである」
0313神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/13(木) 06:30:16.74ID:m8GICq4M
>>312
上行菩薩は固有名詞ですよ
ちゃんとそのキャラクターまで法華経に書いてあります
0314神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/13(木) 14:52:41.90ID:4wEQcwnC
菩薩は内証ですので、特定の個人を示しません。だから称号なのです。
人物像やキャラクターというより振る舞いの事ですね。
現証を示さず、ただの生まれ変りだという者の盲信について言っているので。
0315神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/13(木) 14:57:48.77ID:pEY4l0A6
六趣輪廻(ろくしゅりんね)の因縁は己が愚痴の闇路(やみじ)なり
(白隠禅師坐禅和讃より抜粋)

◆意訳
私達の心は常に地獄・餓鬼・畜生・修羅・天上・人間という六つの迷いの世界を行ったり来たりしている。
いつも迷いの世界にいるのは、境遇や環境のせいではなく、自らの心の愚かさにあるのだ。

(解説)
今生きている我々からすれば、六道は死後の世界ということになるのかもしれません。
昔から悪いことをした人は地獄に堕ちると考えられていました。
他ならぬ白隠禅師自身も幼少の時、近所のお寺で見た地獄絵図に恐れ戦き、地獄へ行きたくがないために仏道を志すのです。
しかしながら、地獄や六道は本当に死後の世界にあるものなのでしょうか?

かつて、とある武士が白隠禅師に地獄と極楽の存在問うた時、自穏禅師は相手の武士をわざと罵倒し挑発しました。
堪忍袋の緒が切れた武士は、禅師に対し刀を抜いて切りかかりました。
そこで禅師は「そこが地獄である」とおっしゃりました。
禅師がおっしゃりたかったのは、人を刀で切りつけるという恐ろしい心を誰もがもっているということです。
六道は外にあるものではなく、自分の心にあるものなのです。
我々はすでに六道にどっぷり浸かっているのです。
「六道の辻に迷うぞ憐れなり身は極楽の真中に居て」
(宗禅寺 福住職 高井和正)
http://www.hamura-souzenji.com/echo/e142/

このように臨済禅では、輪廻とは肉体的な生死を繰り返す所謂転生ではなく、心の浮き沈みとか迷いのことを六道輪廻に喩えるみたいね。

また天台宗の十界互具はその臨済禅の輪廻の考え方をちょっと複雑にしたような考え方。
0316神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/13(木) 15:02:34.18ID:pEY4l0A6
日蓮宗・法華宗では、『法華経』に登場する上行(じょうぎょう)、無辺行(むへんぎょう)、浄行(じょうぎょう)、安立行(あんりゅうぎょう)を四菩薩(あるいは四士)と称する。

『法華経』の第15章にあたる従地涌出品(じゅうじゆじゅっぽん)第十五の記述によれば、
釈迦如来が説法をしていた際に大地が割れ、そこから涌き出た無数の菩薩(これを総称して地涌の菩薩と称す)の筆頭が上行菩薩・無辺行菩薩・浄行菩薩・安立行菩薩であり、
これらの菩薩は釈迦亡き後の末法の世において仏法を護持するものとされている。
日蓮は、世が乱れ災害が起きるのは邪教を奉ずるからだと主張し、鎌倉の街頭で法華経の教えを説いたが、自己をこうした上行菩薩になぞらえていた。

なお、この法華経に登場する四菩薩は「金色の身で、三十二相を具えている」などと記されていることから、悟りを開く為の修行中の菩薩ではないとも解釈される。
この場合、自らの解脱の為に菩薩行を行なう菩薩ではなく、悟達し既に仏界へ昇った如来が末法救済のために九界へ降り立った大菩薩であるとされる。
またこの四菩薩は涅槃経に説かれる常楽我浄に配当される。

日蓮宗において本尊とされるものに大曼荼羅(「南無妙法蓮華経」の題目の周囲に諸尊の名を文字で記したもの)、
一尊四士(釈迦如来と脇侍の四菩薩)、一塔両尊四士(宝塔を中心に釈迦如来・多宝如来・四菩薩を表す)などがあるが、これらのいずれにも上記四菩薩が表現されている。
ちなみに大曼荼羅・一尊四士・一塔両尊四士のいずれを日蓮宗の本尊と見なすかについては古来議論がある。詳細は各項目を参照。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E8%8F%A9%E8%96%A9
0318神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/13(木) 17:20:04.16ID:pEY4l0A6
>>317
いや、あれこれ覚えておくとレスを拝読する度に「あーこの人は◯◯の立場、視点から言ってる」というのが分かるようにはなる。

本来はレスの輪廻のソースが原始仏教のお経なのか大乗仏教の教えなのか論書なのか、はたまた語録なのか法話なのか説話なのか、
あるいは脳内で考察したものか書いてくれれば親切ではあるが。
0319神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/13(木) 17:22:14.74ID:pEY4l0A6
ソースには上記以外にも学者の見解なども含む。
それら出所を示してくれると親切だね。
0320桃太郎
垢版 |
2018/12/13(木) 18:11:46.10ID:KKqw6+/6
生物学的な観点からみれば、人間としてこの地球に生まれてくる確立は
当選金額1億円の宝くじを100万回連続で当てるより難しいと言われている。

あぁ〜、ミミズに生まれなくて良かった。というわけだ。
それを考えれば、私は過去世に相当善行を積んできたんだろうな。

仏典には謗法を犯し、地獄に堕ちた者は、長い間(無量劫)仏に会う事も、仏の教えを聞くことも出来ないと説かれている。

たしかに、牛や馬に生まれたならば、仏教を学べないしね。
地獄だよ。ある意味。

日蓮大聖人曰く「一生空しく過ごして万歳悔ゆること勿れ」と仰せだ。

有意義な人生を送りたいものだ。
0322神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/13(木) 20:25:27.93ID:8MZ2nwZI
馬も羊も大変
虫はもっと苦しい
すべての生き物を見回してみるがいい
すべてが苦

地球に生命が生まれた時、その意識はすべて一つでつながっていて
意識を時折交換して生命が続いていた
それが徐々にわかれ、あるものは恐竜になりあるものは微生物になった
我々は一つである、と
0323神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/13(木) 20:26:04.73ID:8MZ2nwZI
ところでここの人は仏教以外の輪廻論は信じないの?
ピタゴラス教団とか
0324神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/13(木) 22:09:28.93ID:D9vu0hqo
https://i.imgur.com/QLxBoZh.jpg

手塚治虫のブッダより
リータというのはアナンダ(アーナンダ)の彼女で眠っていたブッダを毒蛇から守ろうとして毒蛇に噛まれ亡くなりました

これを読んでからは小さな生き物でもひょっとするとご先祖様やわたしに縁があった人かもと思い極力殺生はしないようにしてます
肉や魚を食べる時はそのことを忘れるようにはしてるけど(^^;
0325神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/13(木) 22:32:08.14ID:4wEQcwnC
>>315
喩えを用いたにしろ、その武士は悪くないと思う。とんだ実験台にされたものだね。
では、その罵倒を仕掛けた姿は何だと問いたい。
0326神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/13(木) 22:36:52.81ID:8MZ2nwZI
>>324
あんたが食べんでも他の人食べるんだぜ
ベジタリアン運動起こすならいいが自分だけやって意味あるかな
0327神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/13(木) 22:56:02.72ID:JAeQBTKv
>>325
方便では
0328神も仏も名無しさん
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2018/12/13(木) 22:57:06.34ID:JAeQBTKv
>>326
意味はあるでしょ
貴方は世界から戦争や殺人が完全になくならなければ人を殺さないの?
0329神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/14(金) 06:50:58.56ID:ZlY6cbKw
輪廻転生という考え方は捨てるべきだと思う。
御書に即身成仏という言葉とその道理を持ってしまった以上、輪廻転生を広める事は邪義邪宗でしかない。
末法では法華経の真実の法で衆生を救う為にあって、以前の教えでは方便であるから、偽の法になる。
だから摂受の関係は起こりえず、折伏の関係にあるという意味も分かる気がする。
法華経が強いのは法が実相として姿を現すからね。
それにつけこんできた救いようの無い三類の強敵が言葉にあるように予言通り出ちゃいましたけどね。
0331神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/14(金) 09:54:13.87ID:THYt8ytL
>>329
日蓮「今末法に入りぬれば余経も法華経もせんなし、但南無妙法蓮華経なるべし」
https://true-buddhism.com/shuha/nichiren/

つまり日蓮さんは末法の世では法華経を含む全ての経典では救われない、
ただ私が法華経の文底に発見した南無妙法蓮華経のお題目を唱えることのみで救われる、と言ったわけですな。
そこには諸法実相も何も関係ありません。
0332神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/14(金) 11:56:27.45ID:FDlirXQr
昨日インドで僧侶が瞑想してたらヒョウに襲われて死亡したみたいだ
物理的にはヒョウに生まれ変わったわけだ
0333神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/14(金) 11:58:41.36ID:ZlY6cbKw
>>331
それは日蓮宗の改悪ですよ?
日蓮と名乗りながら日蓮の言葉を否定しているので、日蓮正宗の教えとはまるで違いますね。邪義邪宗のひとつです。
ちなみに創価学会も顕正会も日蓮宗も破門されておりますので、ご注意ください。
日蓮宗の日蓮に纏わる血脈相承はありませんので。
0334神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/14(金) 12:04:43.87ID:ZlY6cbKw
仏教ウェブ講座ってのが駄目ですね。
本来なら自ら近くの寺院で住職様のお話を聞くのが正しいのですが、得度も受けず後受戒も受けていないような人の記事を鵜呑みにしてはいけないですね。まさに謗法を犯しているのと同じですので。
0335神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/14(金) 12:42:26.38ID:Lw8v2QHM
どっちにしろ日蓮宗は外道。
0336神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/14(金) 12:43:18.02ID:ZlY6cbKw
しかし、色んな記事がありますねぇ。
何を根拠に言ってるのかも定かでないし、全て我見でこうであろうという浅はかな意見ばかり。
日蓮が本仏であるというのも何処からきたのでしょうね。しっかりと勉強してから口を開いてほしいですw
本門戒壇の大御本尊と文底秘沈と法主と、日蓮の教えを決して崩さぬ善智識のあるまま今に至るというのにね。
0337神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/14(金) 14:04:46.58ID:THYt8ytL
Twitterでは「前世でどんな徳を積んだら」が流行語のように使われています。
現代人にとっても輪廻思想は日常的なものなのです。
0338神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/14(金) 14:28:06.01ID:FDlirXQr
洒落が通じないのね
0339神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/14(金) 14:32:50.08ID:THYt8ytL
日常的だからこそ洒落にもなるんですよ。
0340桃太郎
垢版 |
2018/12/14(金) 15:36:18.45ID:di8jljYf
>>333

ふざけた事いうなよ。(笑

>邪義邪宗のひとつ =>日蓮正宗(改め日顕宗)

ここを見れば、一目瞭然
www.nichiren.com/jp/
www.nichiren.com/jp/forum/forum03/f03_01_8detail.html

糞中の糞!
日蓮大聖人の精神など微塵も無い。

「僧侶が上、信徒は僧侶に服従して供養をせよ。」
「信徒の供養は夜な夜な風俗で散財!」

これが権威主義に走った日顕宗の姿です。
「人間のための宗教」が「宗教の為の人間」となるから、だれからも相手にされない。

一切衆生を仏の如く敬い尊敬していく「生命尊厳主義」「人間主義」の仏法こそ
日蓮仏法の真髄であることを日顕宗は分かっていない。

日蓮大聖人の御金言に曰く
「出家して袈裟をかけ懶惰懈怠なるは是仏在世の六師外道が弟子なり」
「遊戯雑談のみして明し暮さん者は法師の皮を着たる畜生なり」と。

まさに日顕法主以下、享楽と放恣に明け暮れる宗門堕落僧への戒めです。
0341神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/14(金) 16:49:07.30ID:6B5Up4Af
欧米で教会が衰退したが「神を信じる」が半数以上なように
日本でも輪廻信じるって多いのかな
0342神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/14(金) 16:59:15.17ID:BkWRt4xY
輪廻のメカニズムは龍樹が中論26章で説明している
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=1214406&;id=9530381

一 無知(無明)に覆われたものは再生に導く三種の行為(業)を自ら為し、その業によって迷いの領域(趣)に行く。

迷いの領域(趣)とは、地獄、畜生、餓鬼を悪趣というように要するに輪廻する世界のことをいう
人界、天界、(修羅界)のような善趣ですら迷いの領域である
0343神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/14(金) 19:10:24.34ID:THYt8ytL
>>341
人生が楽しい人は輪廻を肯定するし鬱病みたいに消えて無くなりたいと思っている人ほど輪廻を否定したがる傾向はあるみたいね。
仏教だと前者は渇愛の中でも有愛というものに繋がりなねないし、後者ははっきりと無有愛というやはり渇愛になりますが。
出世間道だと有愛も無有愛も両方捨てて、つまりこの世とかの世(来世)もともに捨てて、完全なる涅槃に入ることで輪廻から解脱するのを目指すということになるんだろうけど。
でも、自分は輪廻し続ける方が良いかなw


>>343
その三種の行為というのが何を指すのかが問題ですね。

比丘たちよ、これが苦因の聖なる真理である。
これは再生をもたらし、喜びと貪りを伴い、あらゆる機会において喜び楽しもうとする渇愛である。
この渇愛とは何か?
五欲への渇愛、存在への渇愛、虚無への渇愛である。
(初転法輪経)

ということで、先のレスとも被りますが、渇愛のことですかね?
それぞれ略して欲愛、有愛、無有愛となります。
0344神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/14(金) 19:34:21.85ID:Ds7stpUS
15 この世に還り来る縁となる<煩悩から生ずるもの>をいささかももたない修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

16 ひとを生存に縛りつける原因となる<妄執から生ずるもの>をいささかももたない修行者はこの世とかの世とをともに捨て去る。──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。
0345神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/14(金) 20:00:59.97ID:Lw8v2QHM
苦しみの多い人生を歩む人の方が仏教を理解しやすい。
真剣に瞑想して輪廻を終わらせようという力が働く。
楽ばかりの人生だと修行しようという気にならない。
天界に生まれると苦しみは少ないので修行できない。
0346神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/14(金) 20:50:31.35ID:Lw8v2QHM
災難の来るのはいいもんじゃ。災難が来ると人間がしゃんとする。
いいことばかりあって、猫が日向ぼっこしておるような顔をしておってはならぬ。

沢木興道
0347神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/14(金) 22:53:38.27ID:Ds7stpUS
神は
苦悩の度合いをはかる概念だ
くり返そう
神は私たちが苦悩をはかるさいの
概念にすぎないのだと

ジョン・レノン
0348神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/15(土) 01:13:53.64ID:6lSzAJRw
>>340
日顕宗は存在しませんよ。
おそらくでっち上げから生まれたでっち上げの呼称でそれを日蓮正宗と呼びたいのでしょうが、創価学会の正宗批判のやり口が全て陰湿極まりない悪智慧だという事が晒されていますね。
それだから破門されるわ折伏されるわで学会員がやがて劣等感の塊になってしまわないか、とても心配しています。
でも、こういう迷惑至極で徳にもならないような遠回りの逆縁から勧誡を受けて正宗に戻ってきた人もちゃんといます。
熱心とやらで怒りっぽくなく、心は穏やかで綺麗な相をしていますので、賢さが倍増したように見えます。まさに日蓮正宗の教えの現れでしょうね。

三大秘宝とはいかなる悪智慧と対峙しても絶体に揺るぎません。
何故なら日蓮大聖人、日興上人、日目上人、日行上人、今の日如猊下様に至るまで非常に良くできた賢い智慧の元に血脈相承があるからです。
極論から言えば知ろうが知らなかろうが日蓮正宗は日蓮正宗として現に存在し、今日まで正しく継承されています。
でっち上げを信じてしまう程度の浅学で曲げてやろうなんて思っては最後は自分に跳ね返ってきて、ただ苦しむだけです。
ちなみにですが布施したお金は現在、大石寺の耐震工事や、三門の改修工事に充てられています。
決して私利私欲のままに使うようなお金はありませんので、安心してください。
私も布施してますが、布施を正しく理解出来て、正しい使い道を教えてくださる日蓮正宗だからです。
0349神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/15(土) 09:28:17.10ID:wN31MowZ
輪廻といっているのは今も無常である、流転している、実体のない、心と言う現象の流転です。
0350神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/15(土) 09:44:37.89ID:WK0lfQ7N
>>344
>16 ひとを生存に縛りつける原因となる<妄執から生ずるもの>

妄執とは迷った心で、物事に深く執着すること。
つまり無常であるものを常と思ったり我が物ではないものを我が物と思ったりして執着する渇愛です。
これがあると人は生存に縛り付けられ輪廻しますと説いているわけです。
0351桃太郎
垢版 |
2018/12/15(土) 13:04:54.54ID:suQmvAN1
>>348

>熱心とやらで怒りっぽくなく、心は穏やかで綺麗な相をしていますので、賢さが倍増したように見えます。
>まさに日蓮正宗の教えの現れでしょうね。

なるほど、それでは検証してみましょう。(笑
当然、日顕法主は仏さまのように穏やかなんでしょうね。

私の認識では「瞬間湯沸かし器」のあだ名が付くほど修羅界の生命が強い方だと聞いておりますが。(笑

www.youtube.com/watch?v=0kpks1ACB44
日顕の超有名な「カマシ」発言!(肉声)

※いっぺんちゃんと最後まで聞いてみろ!

「信心が嫌になろうが、そんなこた、どうでもいいんだ!」

これが法主の言葉か!基地外だろうが。

創価学会の赤誠の外護によって守られてきたのに、その恩を踏みにじる糞日顕!
畜生にも劣る!

スレ違いになるので、この話はこれで終わる。
0352神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/15(土) 14:21:13.22ID:VRk8uNNr
>>351
池田宗の謗法に対して厳しいのは当然の事ですよ?なんら問題ではありません。
逆に教えに背き情けない感情に流された方が、法主の信用に欠けます。
師弟関係は特に厳格ですし、謗法は絶体に許されませんから。
これも教えを守る為の秘宝のひとつです。
日興上人も弟子を勘当したことありますが、12年の月日を経て弟子が師の教え通りに異体同心を得たのとを知り、再び師弟関係に戻った事もあります。
0353桃太郎
垢版 |
2018/12/15(土) 15:31:06.72ID:suQmvAN1
>>352

創価の何が謗法なのか知らないが

>謗法に対して厳しいのは当然の事ですよ。

じゃ、これなんか完全に破門だよね。
http://toshizo.muragon.com/entry/54.html

なんで、放置なの?

創価に厳しく、身内に甘い。なんだこれ。

www.nichiren.com/jp/forum/forum03/f03_01.html

当然、こいつら全員破門だよね。(笑

論点ずらしてスルーもほどほどにね。
0354神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/15(土) 15:52:04.07ID:8WQnks2u
>>353
謗法を犯したら当然破門ですよ。
正宗にも破門された僧もたくさんいます。
創価も同じく破門されたようにあるだけですし。
そんな粗捜しを熱心に信心するなら
偽御本尊に粗捜三昧と大きく付け加えた方がいいのでは?
0355神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/15(土) 16:28:27.78ID:8WQnks2u
打倒阿部日顕と永遠に恨み辛みを抱えたままで即身成仏出来るのかと創価の方々に尋ねてみたいものですね。
お金を積めば積むほど功徳が得られると悪行を現にした池田を破折しようとした内証と外証に矛盾もなく、臆病風に吹かれず、ハッキリと申した姿に何の問題があるのか。
0356神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/15(土) 16:40:35.23ID:UKRahgFn
お前らまだやってんのかよ
0357桃太郎
垢版 |
2018/12/15(土) 17:22:48.27ID:suQmvAN1
>>355

まず、コテハン付けてね。
堂々と「臆病風に吹かれず」にね。(笑

ここでは、まわりの迷惑だから、下記のところにおいで。
君を責めるのではない。天魔の正体をあばいて分らせてあげるだけだから心配するな。

日 顕 が 終 ら せ た 日 蓮 正 宗 
egg.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1542671455/l50

いかに、ニッケンが糞坊主かわからせてあげる。

「信心が嫌になろうが、そんなこた、どうでもいいんだ!」

この言葉の感想も聞きたいし。(笑
0359神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/15(土) 20:03:54.73ID:uiYnf+zK
浄土真宗って犯罪をすればするほど良いんですよね?現代社会に馴染ませるために悪人の解釈を無理矢理かえてるけどあれは嘘ですよね?
0360神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/15(土) 21:57:03.25ID:8WQnks2u
>>359
極楽浄土という全くもって釈迦の教えを理解していない短絡的で犯罪を増長するだけの教えですので破折されています。
念仏無間、真言亡国、律国賊、禅天魔という四箇格言にありますよ。
0361神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/16(日) 00:57:59.03ID:IqIAxfJZ
法華経 授記品

爾の時に世尊、是の偈を説き已って、諸の大衆に告げて、是の如き言を唱えたまわく、
我が此の弟子摩訶迦葉(マハーカッサパ)、未来世に於て当に三百万億の諸仏世尊を奉覲して、供養・恭敬・尊重・讃歎し、
広く諸仏の無量の大法を宣ぶることを得べし。
 
最後身に於て仏になることを得ん、

名を光明如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊といわん。



とありますが、この最後身とは輪廻における最後の身体ということです。
法華経は一切衆生の成仏を説いていますが仏になるまでには何回も転生し続けることになります。
何度も人として生まれて法華一乗(声聞や縁覚を排除しない菩薩道)を行じて、その最後に仏となって仏国土を得るという考えです。
ちなみにこの摩訶迦葉は法華経では、十大弟子の中で舎利弗に続いて二番目に授記品を受けた弟子となります。
0362神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/16(日) 03:43:20.91ID:4heAQ1fa
例えば「男色行為をすれば地獄に堕ちる」なんて書くためには
その法則の上に絶対神が必要になるよね
インドラとかなんやら
事細かに規定作りたいから聖書の神は人格神になった
仏教ってそうであってはいけないよね
人格神を規定しないなら
0363神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/16(日) 06:50:32.90ID:IqIAxfJZ
>>362
仏教の輪廻は因果の法則によるものなので、
死後どの趣に赴くのかは神の裁きではなく生前の業が因となりその果としてその業に見合った趣に赴くということになります。
0364神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/16(日) 06:52:08.99ID:IqIAxfJZ
>>361の自己レス

ちなみにこの摩訶迦葉は法華経では、十大弟子の中で舎利弗に続いて二番目に授記品を受けた弟子となります。

ちなみにこの摩訶迦葉は、法華経では十大弟子の中では舎利弗に続いて二番目に授記を受けた弟子となります。
0365神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/16(日) 14:52:59.19ID:82onaiS1
>>361
有供養者福過十号ですね。本尊の左肩に記されています。
本尊には法華経の全てが凝縮されていますよ。
何も知らない人でも本尊に向い、手を合わせ題目を唱えるということは、その姿は有供養からしてみれば大変嬉しくもあり、素晴らしいと思えるものです。
0366神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/16(日) 20:29:28.65ID:4heAQ1fa
>>363
だとしたら「〜教の間違った仏教を実行すれば地獄へ落ちる」なんていう論理もないわけだ

旧約聖書とかでは「親鳥の肉をその子の卵とまぜて食べてはならない」「牛のミルクで牛肉をにてはならない」
みたいな人格神でなければ関われない部分に踏み込むことはあるが
0367神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/16(日) 23:49:49.04ID:IqIAxfJZ
>>366
パーリ大般涅槃経より

そこで遍歴行者スバッダは尊師のもとに赴いた 。
赴いて 、相い喜んで 、挨拶のことばを交わし 、ご機嫌伺いをして 、一方に坐した 。
一方に坐した遍歴行者スバッダは 、尊師にこのことを尋ねた 。
「ゴータマさんよ 。この諸々の修行者やバラモンたち 、つどいをもち徒衆をもち徒衆の師で 、世に知られ 、名声あり 、宗派の開祖として多くの人々に崇敬されている人々 、
例えば 、プーラナ ・カッサパ 、マッカリ ・ゴーサ ーラ 、アジタ・ケーサカンバリン 、パクダ・カッチャーヤナ 、サンジャヤ・ベ ーラッティプッタ 、ニガンタ・ナータプッタ
かれらはすべて自分の智をもって知ったのですか ?
あるいは 、かれらはすべて知っていないのですか ?そのうちの或る人々は知っていて 、或る人々は知らないのですか? 」
「やめなさい 。スバッダよ 。 〈かれらはすべて自分の智をもって知ったのですか ?あるいは、かれらはすべて知っていないのですか ?そのうちの或る人々は知っていて、或る人々は知らないのですか?〉
ということは、ほっておけ。スバッダよ 。
わたしはあなたに理法を説くことにしよう 。それを聞きなさい 。
よく注意なさいよ 。わたしは説くことにしよう。
(略)
これ(※八正道が存在するところ)以外には〈道の人〉なるものも存在しない 。
第二の 〈道の人〉なるものも存在しない 。第三の 〈道の人〉なるものも存在しない 。第四の 〈道の人〉なるものも存在しない 。
他の論議の道 (=他の論議の道 ( =他派)は空虚である 。 〈道の人〉を欠いている 。
スバッダよ 。この修行僧たちは 、正しく住すべきである 。そうすれば 、世の中は 、真人たちを欠くことの無いものとなるであろう 。 」


とこんな風にお釈迦様は八正道の存在なしには真の求道者はいないようなことは言ってますが、
だからといって彼らを思想が違うので地獄に堕ちるとは言いませんでした。
ましてや同じ仏教内で邪宗を信じれば地獄行きとかあう指導者、僧侶がいるとしたらその人は仏の道の人ではないでしょうね、実際は。
0368神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/16(日) 23:51:21.86ID:IqIAxfJZ
>>367
>ましてや同じ仏教内で邪宗を信じれば地獄行きとかあう指導者、僧侶がいるとしたらその人は仏の道の人ではないでしょうね、実際は。

ましてや同じ仏教内で邪宗を信じれば地獄行きとか言う指導者、僧侶がいるとしたらその人は仏の道の人ではないでしょうね、実際は。
0370神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/17(月) 00:31:31.80ID:JPXkkRrm
輪廻は自然法則でなければいけない
「自殺は地獄いき」「男色すれば地獄にいく」なんてことはあってはならないし
それに近い観念も受け入れがたい
0371神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/17(月) 08:52:14.10ID:e5uDZgIt
人間に生まれた時点で、無明という煩悩を抱えている。無明があるからこそ人間に生まれた。
何をしたから、何をしなかったから地獄に落ちるというのは細かい問題で、
根本煩悩、無明を智慧で破らない限りはいずれ誰でも地獄に落ちる。
だからこそ急ぎ修行しなければいけない。

333 神々も人間も、ものを欲しがり、執著にとらわれている。この執著を超えよ。わずかの時を空しく過ごすことなかれ。
時を空しく過ごしたひとは地獄に堕ちて悲しむからである。

「刀が体に剌さっている場合に〔刀を抜き去る〕ように、 〔ターバンを捲いた〕頭〔髪〕に火がついている場合に〔急いで火を消そう と努める〕ように、
<自身ありという見解>を捨て去るために、 修行僧は気をつけなから遍歴すべきである。」
0372神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/17(月) 21:46:04.83ID:t8BxWrCa
【第一章 無常(21〜26)」@『感興のことば(ウダーナヴァルガ)』

21.男も女も幾百万人と数多くいるが、財産を貯えたあげくには、死の力に屈服する。

22.いくら財産を貯えても、最後には尽きてなくなってしまう。高い地位身分も終(つい)には落ちてしまう。結びついたものは終に離れてしまう。生命は終には死に至る。

23.生きとし生ける者どもは死ぬであろう。生命は終(つい)には死に至る。かれらは、つくった業(ごう)の如何にしたがっておもむき(それぞれ)善と悪との報いを受けるであろう。

24.悪い行ないをした人々は地獄におもむき、善いことをした人々は善いところ(=天)に生れるであろう。しかし他の人々はこの世で道を修して、汚れを去り、安らぎに入るであろう。

25.大空の中にいても、大海の中にいても、山の中の奥深いところに入っても、およそ世界のどこにいても、死の脅威のない場所は無い。

26.この世においては、過去にいた者どもでも、未来にあらわれる者どもでも、一切の生き者は身体を捨てて逝くであろう。智ある人は、一切を捨て去ることを知って、真理に安住して、清らかな行ないをなすべきである。
0373栄進
垢版 |
2018/12/17(月) 21:54:47.55ID:FoAiv6WD
>>1
諦めなさい、としか^^
0374神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/17(月) 22:25:51.46ID:PJC8wm61
>>361
このマハーカッサパという仏弟子は十大弟子の一人で頭陀第一と言われました。

頭陀行
https://en-park.net/words/7436


マハーカッサパ は長者や身分の高い者の家を避けて貧しい家を托鉢して歩き、その粗末な食べ物を受けることにしていた。
これは貧しい者に功徳を積ませ、来世に福徳を得させるためだった。
彼のこうした態度は、次のような彼の詩からもうかがい知ることができる。

わたしは住まいを起きいでて 食を請うては 村に行き
ひとかたまりの食べ物を わたしの鉢に入れたとき
腐った指が一本落ちた
わたしは塀の下に坐し そのかまたりを食べ終えた
わたしの心は喜びに 震えて心底感謝した

またこんな話もある。
マハーカッサパがある貧しい者の家の戸口に立った時、妻はマハーカッサパを見て、夫のために炊いておいた粥をその鉢に入れた。
その粥は薄くて酸っぱい粥だった。
彼はその粥の入った鉢を釈尊に手渡した。
釈尊は貧者に少しでも多くの功徳を積ませようとする彼の心を知って、その粥を多くの比丘たちに分け与えた。
それぞれの比丘にはごく僅かの粥しか行き渡らなかったが、不思議なことにその僅かの粥は多くの比丘を満腹にさせたのである。


という頭陀行のエピソードが他にもたくさんあるマハーカッサパですが、彼自身はバラモン出身で裕福な家の出でした。
しかし托鉢に行く時は貧者、特に不可触民の家をわざわざ選んで行ったそうです。
貧者の一灯を差し出した方々は多くの功徳を積んだことでしょう。
0375神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/18(火) 00:09:58.72ID:1U5uRrRh
機会があってやりたいなら
1日でも二日でも
一週間でも1ヶ月でも
ものごいして歩いたりは
してみたらいいと思うよ
それを土台にした教えなのが
とってもよくわかると思う
0376神も仏も名無しさん
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2018/12/18(火) 02:48:56.80ID:qXSCZqI+
>>372
やはりキリスト教のように財産を多く持ったら地獄に堕ちる、とか言ってるよな
基本人格神のような選別でなければその概念はうまれない
0377神も仏も名無しさん
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2018/12/18(火) 18:59:28.01ID:Yu70x6yt
仏教の醍醐味である法華経は学ぶというより信行学という実践になるね。
法華の国に生まれたのなら法華経を学べと言う通り、法が今も安置されている事が法華経の実践があったからこそだと思う。
日蓮御書も読んでほしいな。末法における法華経の全てが要約されていて、現代に関わらず全ての時代に通じる、人の本来のあり方を教えてくれる最高の教科書です。
恨みも無い悲しみも無い、菩薩の智慧を養う教えですので理解するには日頃の生活から少欲知足等をはじめ、自我や我見を滅していかないと負けてしまいそうですが、智識はとても頼りになりますよ。
0378神も仏も名無しさん
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2018/12/18(火) 22:11:34.62ID:tRirBa6M
昔手塚治虫のブッダで見た輪廻転生はこのスレ見ると眉唾っぽいね
人間が次何に生まれ変わるかほぼランダムだったもんな
0380神も仏も名無しさん
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2018/12/19(水) 01:55:32.45ID:48HTTA+E
●スッタニパータ4章 <15、武器を執ること>より

950 名称と形態形態(名色:現象世界)について、<わがものという思い>の全く存在しない人、また(何ものかが)ないからといって悲しむことのない人、
──かれは実に世の中にあっても老いることがない。

951 「これはわがものである」また「これは他人のものである」というような思いが何も存在しない人、
──かれは(このような)<わがものという観念>が存しないから、「われになし」といって悲しむことがない。

● (III.2.10)【子がいない(2)】 (第二章) サンユッタ・ニカーヤ Iより

「穀物も財も、銀も金も、またいかなる所有物があっても、
奴僕も、傭人も、使い走りの者も、またかれに従属して生活する者どもでも、
どれもすべて連れて行くことはできない。すべてを捨てて行くのである。
ひとが身体でなし、またことばや心でなすところのもの(=業)、−−−それこそ、かれ自身のものである。
人はそれを取って受けて、行くのである。
それは、かれに従うものである。−−−影が人に従って行くように。
それ故に、善いことをして、来世のために功徳(くどく)を積め。功徳は、あの世で人々のよりどころとなる。」


前段のスッタニパータでは非我を説いている。
後段のサンユッタニカーヤの方では非我の中で我が物であるのは業であると説き、その業は来世(あの世)に引き継がれることを説いている。

どうやって業が相続するのかは色々な部派、宗派がそれぞれの答えを一応出してはいるが、釈尊自身からの答えは諸々の経典の中にはあまり見られない。
ただ人が死ぬと識が次の世界に赴くことがサンユッタニカーヤで、識が母胎に入らないと名色(ここでは心と体)の成長はないことが長部経典で説かれてはいる。
0382神も仏も名無しさん
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2018/12/19(水) 08:46:43.17ID:yaogqQUQ
>>378
眉唾もなにも「寓話」を「漫画」でリメイクしただけだから、そもそも事実じゃないだろ。
まず、生まれ変わりなんてのが無い。
そりゃ死んだら消える事に対する恐怖が生んだ、ただの妄想。
0383神も仏も名無しさん
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2018/12/19(水) 10:18:40.93ID:48HTTA+E
中部 聖求経より

[正しい見方(正見)]

「比丘たちよ、この(八正道の)なかで正しい見方が最初にくる。
では、比丘たちよ、どうして正しい見方が最初にくるのか。誤った見方を誤った見方と知り、正しい見方を正しい見方と知っているとき、その人は正しい見方をしている。

 では、比丘たちよ、誤った見方とはなにか。
『施し物は存在しない、供え物は存在しない、捧げ物は存在しない、善悪の行為の果報は存在しない、
この世は存在しない、母は存在しない、父は存在しない、自然発生する生きもの(化生)は存在しない、
この世やあの世のことをみずからはっきりと知り、じかに見て開示できるような、正しく道を行ない、正しく道を修めた沙門やバラモンは世間に存在しない』
というのが、比丘たちよ、誤った見方である。
では、比丘たちよ、正しい見方とはなにか。比丘たちよ、正しい見方をわたしは二つ説く。
比丘たちよ、『徳行のひとつではあるが、結局は[迷いの生存(輪廻)の]下地をつくる、煩悩をともなった正しい見方』があり、
比丘たちよ、『神聖で、煩悩を離れ、世俗を超越した、聖道(涅槃)に属する正しい見方』がある。

 比丘たちよ、『徳行のひとつではあるが、結局は[迷いの生存の]下地をつくる、煩悩をともなった正しい見方』とはなにか。
『施し物は存在する、供え物は存在する、捧げ物は存在する、善悪の行為の果報は存在する、この世は存在する、あの世は存在する、
母は存在する、父は存在する、自然発生する生きものは存在する、
この世やあの世のことをみずからはっきりと知り、じかに見て開示できるような、正しく道を行ない、正しく道を修めた沙門やバラモンは世間に存在する』
というのが、比丘たちよ、『徳行のひとつではあるが、結局は[迷いの生存の]下地をつくる、煩悩をともなった正しい見方』である。
0384神も仏も名無しさん
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2018/12/19(水) 10:26:26.35ID:48HTTA+E
>>383の続き

では、比丘たちよ、『神聖で、煩悩を離れ、世俗を超越した、聖道に属する正しい見方』とはなにか。
比丘たちよ、心が神聖で、心に煩悩がなく、聖道に達し、聖道を修めている人の智慧、智慧の能力、智慧の力、『物事の解明という悟りの支分』(択法覚支)、
聖道に属する正しい見方――比丘たちよ、これが『神聖で、煩悩を離れ、世俗を超越した、聖道に属する正しい見方』である。
 誤った見方を捨てよう、正しい見方を備えようと努力するとき、その人は正しい努力をしている。
注意して誤った見方を捨て、注意して正しい見方を備えているとき、その人は正しい注意をしている。
こうしてこの三つのもの、すなわち、正しい見方、正しい努力、正しい注意につきしたがい、ついてまわる」


この八正道を説いた聖道経の正見の説法では、
まず邪見としてこの世やあの世(来世)を否定することが挙げられ、
次に世間道として解脱せずに輪廻し続ける在家信者にとって正しい見方が説かれそこではこの世とあの世は存在することが正しい見方とされ、
最後に出世間道として世俗の正しい見方を超越した智恵による正道たる見方が説かれているわけである。これにはおそらく輪廻からの解脱も含まれるだろう。

とにかく科学的事実はどうであれ、釈尊は来世を否定するのは邪見であると比丘たちに説法していたとされている。
0385ポッタン師
垢版 |
2018/12/19(水) 10:50:25.23ID:HJMNzQOs
384.来世は迷信である。
バカには理解できない。大爆笑である。
0386神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/19(水) 13:48:43.68ID:d4Zv3uFC
釈迦じゃなくて不徳の弟子が言ったのだろう
0387神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/19(水) 15:23:25.22ID:48HTTA+E
>>383-384
聖求経ではなく聖道経だった・・・。

全文はこちら、少し長いけど八正道の修行をしたいと思っている人には良いお経。
中部経典 第117経 『聖道経』 八正道と四十効果
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=951429&;id=29096929

ちなみに中部経典「聖求経」の方はこちら
http://www.geocities.jp/avarokitei/shotenporin-kuwasiku-miru/shogu-sutta.htm
>みずからは汚れるものであるけれども、汚れることに患いを知り、汚れることのない無上の安らぎであるニッバーナを求め、汚れることのない無常の安らぎであるニッバーナを得たのである。
>そしてまた、わたしに知見が生まれた。『わたしの解脱は不動である。これが最後の生まれである。もはや再生することはない』と。
(聖求経より引用)

>>386
聖道経は説一切有部が所有し漢訳された中阿含経にもあるから
説一切有部とパーリ分別説部に分かれるまえから成立していたお経であったことまでは確認はできる。
輪廻自体仏教で誰が言い出したのかについては、釈尊の直説があるお経が本当に現存しているのかどうかということになるけど、
疑っていたら切りがないし、原始仏教仏典にて輪廻自体の存在を否定する文脈はないので、
輪廻や業報を否定しないのが仏教であるという認識でいいと思う。
0388ポッタン師
垢版 |
2018/12/19(水) 15:28:09.40ID:nsJVZLsu
387.科学の問題である。宗教の問題ではない。
バカには理解できない。大爆笑である。
0389神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/19(水) 16:43:16.69ID:bDvNO13g
釈尊の教えの先には必ず慈悲があります。
特に摩訶迦葉はそれを見通し知っていた。
0390神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/19(水) 17:56:52.78ID:a1arC8SM
すでに現代で阿羅漢が釈尊との整合性になんら
差異や遜色のないことを述べ、かつ仏典にも見ら
れない具体性を持ち合わせている。このチャンスを
逃すことは損という次元ではないな
0391神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/19(水) 18:45:23.16ID:aB20uvMt
今も昔も人の本質は変わらないということであるから、境智冥合というひとつの言葉として要約されているわけだ。
人は賢く、後は善悪によって分別されるだけ。
0394神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/19(水) 23:58:02.46ID:aB20uvMt
阿羅漢も当時の称号であるから、その振るまいを照らし合わせた者を阿羅漢と呼ぶんじゃないかな?
しかし、自称他称において阿羅漢を立証するには難がある。
0395神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/20(木) 00:35:23.82ID:GuJnZvCW
阿羅漢(あらおとこ)ならいそう
もちろんホモ的な意味で
0397神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/20(木) 00:46:17.23ID:oAiHgdGJ
せっすあ―ーーーーれ!
まにあーーーーーれ!
0398神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/20(木) 00:57:44.73ID:oAiHgdGJ
チェザーレ
セザーレ
0399神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/20(木) 05:13:12.96ID:RMs/PpLq
冬は不邪淫戒とかあるけど、寒くなるとやっぱ下ネタ増えるの?ホモとか不貞な愛だしw
正直あまり聞けない内容だし、どういうなのか意味分かる人いる?
0400神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/20(木) 10:21:32.04ID:oAiHgdGJ
マニ奴
0401神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/20(木) 10:38:37.82ID:oAiHgdGJ
かみはみちしるか


見ろこのエニグマ
0402神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/20(木) 10:45:53.08ID:oAiHgdGJ
エニグマが成立する条件はこうだろ

それは前もってつくられている

ヒント エイリアン

明日ケツあーーーーーれ
0403神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/20(木) 10:49:14.93ID:oAiHgdGJ
アスアーレ
ケツアーレ
0404神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/20(木) 10:51:59.64ID:oAiHgdGJ
仏教徒はあれだな

職業無常
0405栄進
垢版 |
2018/12/20(木) 17:26:58.50ID:euqTad4T
魔羅漢ならおるけど^^
0406神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/20(木) 22:14:33.61ID:v64e71u1
【退行催眠で過去世は知れるのか?】
退行催眠をしても全ての過去世の記憶を思い出すわけではありません。
過去世(前世)の記憶は結生業という生まれかわりを生じさす業に記憶されます。
しかし人間に生まれ変わる結生業は人間の時にしか積めません。
だから業の記憶をいくら辿っても人間だった時の記憶しか思い出せないのです(^人^)

【輪廻の決め手は業】
仏教(御釈迦様)の輪廻観と他のインド宗教の輪廻観には決定的な違いがあります。
他のインド宗教は魂のような輪廻主体が在るから輪廻があると主張するのに対して、
仏教は魂はなく業により新たな私が形成されるのが輪廻であると説いているのです。
つまり同じ単語でも仏教の輪廻説と他のインド宗教の輪廻説は全く別物なんです

【来世】
無数の過去(現世の過去も含む)の業のどれかが次の生まれ変わりの業になるので
必ずしも現世の行いが来世の生まれ変わりを決定するとは言えません。
とはいえ確率論的には現世の行いから来世の業が作られる可能性が高いので、
善い生き方をして損することはないのです。
(竜)因果の道理が示す通りです。
0407神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/20(木) 23:57:01.01ID:PlRBHBqa
>>406
>仏教は魂はなく業により新たな私が形成されるのが輪廻であると説いているのです。

その業とは十二支縁起の2番目に登場する行(形成力)になる。
過去世からの無明が晴れないと業(行)が新たな識を形成してそれが母胎に入り名色を成長させる。
0408神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/21(金) 00:08:21.40ID:XUNxAZHs
>>258
そうだよ
宗教だからね
0409神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/21(金) 00:21:14.05ID:J1HJdmDb
新たな私なら自我でそれはアートマンだからインド宗教全般の魂のみかただろ

むしろ中村とか翻訳で「無我」だから魂も自我もありませんとか言ってるんだぞ

当然我思う故に我ありなんで考えた時点でそれは自我なんだが
0410神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/21(金) 00:52:28.89ID:dElS3nyk
>>409
自我と真我(アートマン)は違う
仏教的な言い方をすると自我というのは有為、アートマンは無為
0411神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/21(金) 11:55:50.04ID:pMMf2W1L
輪廻は妄想である
釈迦は輪廻という観念を利用したかもしれない
それを弟子達が間違った思い込みで改変して経典に記した
もともと想像の産物でしかない輪廻に弟子達の妄想による改変が加わった
妄想に妄想を重ねたものにいつまで振り回されてるのだろう
ただの妄想だからとらわれ無ければそこで終わりである
0412神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/21(金) 12:40:09.17ID:c+IG6REX
断見 - Wikipedia
断見(だんけん)とは、因果の法則を無視して、人が一度死ねば、断滅し
てしまい二度と生まれることがないとする見解で、邪見のひとつ。反対語
は常見(じょうけん)。原始仏教、つまり釈迦が在世の頃にあった六十二見
のうちの1つで、この世界・世間や我(アートマン)の断滅を主張したもの
である。「見(ディッティ)」とは見解・意見・見方のこと、あるいは邪見や執見
との否定的な意味も含む。人の一生・人生はこの世の一回限りであるとし
て、死後やその運命を否定して、この世における善と悪の行為やその果報
を無視し否定する見解をいう。六師外道の順世派などが登場する。

「因果応報なるが故に来世なきに非ず、無我なるが故に常有に非ず」(阿含経)

そもそも自我が錯誤の産物であるのだから、それが輪廻するということは厳密に
いえないが、昨日の自分と今の自分を同一人物視するくらいにはリアリティがあるということ
0413神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/21(金) 15:54:30.31ID:J1HJdmDb
>>410
わけのわからん知識はいらん
「我思う故に我あり」のごとく、意識感覚を持った時点でアートマン
それは必ずしも魂とは考えない
0415神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/21(金) 21:31:14.63ID:dElS3nyk
>>413
意識感覚というのはとどのつまりは五蘊によって起きる。
色(体)の方も眼識、耳識、鼻識、舌識、身識によって意識形成に関わってくる。
だから五蘊全てによって意識感覚というのは起こる。

五蘊はすべて無常である。無常であるから苦である。苦であるから無我(非我)である。
無我(非我)であるから、これはわが所有にあらず、我にあらず、また、わがアートマンでもない。
そのように、正しき智慧をもって如実に観察するのがよいのである。
そのように、正しき智慧をもって如実に観察するならば、遠い過去をふり返ってああ思いこう思うこともない。
遠い過去をふり返ってああ思いこう思うことがなければ、遠い未来を思いやってああ思いこう思うこともないであろう。
遠い未来を思いやってああ思いこう思うことがなければ、しつこい執著もないであろう。
もはやしつこい執著がなくなれば、その心は、色(肉体)において執するところなく、煩悩を離れて解脱し、・・・受(感覚)において、・・・想(表象)において、・・・行(意志)において、・・・また識(識別)において執するところなく、煩悩を離れて解脱するであろう。
解脱するがゆえに、もはや動揺することなく、動揺せざるがゆえに充ち足り、充ち足りるがゆえに恐怖せず、恐怖せざるがゆえに、おのずからまったく涅槃して、
<生まれることは尽きた。清らかな行いはすでに完成した。なすべきことをなしおえた。もはや再びこのような生存をうけることはない」。>と知るのである。
0416神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/22(土) 00:16:21.84ID:v5iNfpDo
>>415
しかし「我思う故に我あり」ってのはその自己が思考した時点で在るってのは確実ってことだ
「それは幻だ。嘘だ、無我なんだ」と言ってみてもそれを考えた時点でそれは存在する
デカルトは上座部仏教を論破したんだよ
0418神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/22(土) 00:40:00.14ID:v5iNfpDo
煩悩だろうがバーチャル世界の住人がゴーグルつけて見てるのがこの世界だろうが
何にしても意識として考えてる時点で「自我」なんだよ
0419神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/22(土) 01:26:54.65ID:GvlXGqND
自我と思うのも煩悩だろ?自我だけを特別視するなよw
まぁそこから変な煩悩に発展するんだけどな
0420神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/22(土) 03:01:45.28ID:v5iNfpDo
はぁ?
煩悩とか自我とか関係なく、思う=そこに自己認識の主体が存在する=自我ってこと
つまりそれそのものの事象自体は疑いなく存在する
確定ってことだよ
0421神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/22(土) 05:37:08.02ID:GvlXGqND
そもそも「思う」って何よw
メンタルに依存するのかい?
知恵と思考の区別がつかないと間違うぞ?
0422神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/22(土) 08:51:58.58ID:8HS7+h36
>>421
> 知恵と思考の区別がつかないと間違うぞ?
知恵と思考の区別を教えてくれ
0423桃太郎
垢版 |
2018/12/22(土) 10:11:51.67ID:vY9XKHY+
>>55

縁起だよ。要するに。
0424神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/22(土) 19:58:15.33ID:v5iNfpDo
>>421
思うって感覚が全く違うもの
例えばこの世が全て幻であろうが、実は夢だった〜とかであろうが
知覚した時点でその自我は確定してるってことだよ
しかし自我を取り巻く世界は確定ではない
が自我は確定している
0425神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/22(土) 23:56:50.66ID:OdtPp2rH
>>422
五蓋を離れて四諦、縁起などものごとの真理を見るのが智慧
それ以外が思考
0426神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/23(日) 00:00:27.98ID:AkgaMVue
>>420
仏教でも
思う我=自我=五蘊の集合体
が存在することはふつうに認めている
0428神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/23(日) 01:01:09.28ID:AkgaMVue
>>427
いないと思う

思う我=自我=五蘊の集合体=仮設(施設)された我

は仏教では当たり前に認められている

その自我をアートマンと見做すことは仏教では否定されている

アートマン自体の有無については少なくとも釈迦は無記
0429神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/23(日) 09:12:48.27ID:47EhG/xR
>>427
世俗諦では人、自己、自我は認められてる
ていうか、そうじゃないと「自灯明(自己を洲とせよ)」とか「利益を求める者は自己を与えてはならない」という教えと矛盾することになる
0431神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/23(日) 10:24:35.00ID:p9gBINWG
自灯明は出家僧であるアーナンダに対して言ったんじゃないの
0432神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/23(日) 10:25:01.54ID:47EhG/xR
>>430
そういう質問が出るってことは多分君は世俗諦を「ウソも方便」みたいに誤解してると思う
0433神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/23(日) 10:26:51.99ID:47EhG/xR
>>431
そうだけど
在家には嘘を教えて、出家には本当のことを教えてるみたいなアレな解釈は間違いだからね
0436神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/23(日) 10:30:34.01ID:AkgaMVue
勝義諦、世俗諦は部派仏教以降にできた言葉です。
0437神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/25(火) 20:18:31.13ID:s5aW2b51
>>433
その通り
出世間の教えはしがらみの多い在家には実践が難しいから積極的に教えたり勧めたりしなかったというだけで在家への説法も適当なことを言ってたわけでもなんでもないんだよね
また対機説法も「真理」をその人その人に合わせて分かりやすく説法しているということであってそこには真理という土台があるわけで異なることを教えているわけではないんだよね

(在家の中でも機根がある者には四諦八正道など出家の教えを教えていたと思われると言ってる学者もいたと思った)
0438神も仏も名無しさん
垢版 |
2018/12/25(火) 22:40:44.98ID:RUb6XYR4
126 名前:神も仏も名無しさん :2018/12/22(土) 21:53:38.44 ID:h/flq/iH
サンガとは出家者の集いであり、出家と在家の違いは出家の戒律を守るか否かにあります。
スマナサーラは戒律を守っていないので、出家とは言えません。僧侶のコスプレをした仏教ビジネスマンであり教祖です。
スマナサーラは上座部仏教の戒律を台無しにしてしまいました。まっとうなサンガの活動の妨害であり和合を破る行いと言えます(破和合僧)。
日本テーラワーダ仏教協会はテーラワーダ仏教でもサンガでもなく、スマナサーラは仏陀の代弁者でもありません。

スマナサーラの破戒の例(一部)
不妄語戒・・・嘘をついてはいけない
http://www.j-therava...a.net/4-vipassa.html
>お釈迦さまが、我々に確実に悟りを体験できるように教えられた実践方法(修習,瞑想)です。二五〇〇年もの歴史を通じて、
>テーラワーダ仏教(上座仏教)の長老たちによって守られ、今日まで連綿と伝えられてきた

スマナサーラが教えるヴィパッサナー瞑想法は1942年にマハーシ長老が発表した瞑想法です。長い歴史はありません。

種々販売戒・・・利益を伴う売買を禁じる
http://www.j-theravada.net/
当然のようにスマナサーラは様々な金儲けに精を出していますが、出家は経済活動が禁止です。
0439神も仏も名無しさん
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2018/12/25(火) 22:41:37.98ID:RUb6XYR4
127 名前:神も仏も名無しさん :2018/12/22(土) 21:58:07.68 ID:h/flq/iH
不蓄金銀宝戒・・・お金や金銀・宝石類を含めて、個人の資産となる物を所有してはならない。
■実況中継!日本テーラワーダ仏教協会の変質
http://itest.5ch.net/mentai/test/read.cgi/psy/983189611/
>寺建設基金には今まで 大変多くの皆さまから、総額180万円にのぼる金額をお寄せいただいています。
>大変ありがとうございます。今回の物件購入の話が持ち上がり、その話を聞き、 何とか購入するためにと無理をしていただき
>(敬称略) **** 500万、
**** 500万、スマナサーラ師 100万、**** 1000万、

内部文書によれば寺院建設時に出資しており、蓄財しています。

不歌舞観聴・・・歌や音楽、踊りを鑑賞してはならない。
https://mobile.twitter.com/jtba_talk/status/89285037727563776
>#jtba スマナサーラ:ハリウッド映画などで、極悪人の家には必ず仏像が置かれています。チェックしてみて下さい。
>それであの連中の思考が分かります。神の名の下に殺人するのは正しくて、生命は慈しむべきという教えはマフィアの教えであると。

スマナサーラ長老は映画やドラマ、歌や踊りの視聴をしていることを(敵意を植え付けながら)当然のように語りますが、上座部の戒律違反です。
マイケルジャクソンにはまっていたそうで。
https://www.google.co.jp/amp/s/gamp.ameblo.jp/ottori-oto/entry-10298339103.html
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)
0440神も仏も名無しさん
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2018/12/25(火) 22:42:30.35ID:RUb6XYR4
128 名前:神も仏も名無しさん :2018/12/22(土) 22:01:52.25 ID:h/flq/iH
不非時食戒・・・昼以後、何も食べない。

>昼休みの時間にはSさんのご自宅で、スマナサーラ長老とデニヤーイェ長老への食事のお布施があり、今回講演の企画運営に携わったスタッフも一緒に食事させていただきました。
(某サイトより)

第五回スマナサーラ長老福岡講演会
昼休みは12時45分から。フツーに正午を過ぎてから飯を食っています。スマナサーラは破戒についてこのように説いています。
(某サイトより)

>「戒律に従わず、他人のお施物を食べるよりは、赤くなるまで熱した鉄の玉を食った方がよい。結果はせいぜい死ぬだけだ。戒律を犯して他人の施物を食べ、死後、地獄に堕ちて受ける苦しみとは比較すれば、大したことではない。」

>戒律さえも守らずにいる出家には、食べる権利は成り立っていないのです。食べる場合は、それは「盗食(盗取受用)」という行為になります。

自分の言っていることを当人は実行せずに他人にだけ厳しい基準を説くのが、スリランカ独自の奇抜な科学を伝えるスマナサーラです。
0441神も仏も名無しさん
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2018/12/28(金) 15:53:03.93ID:FbyDkKFm
本来、仏教徒は、釈尊にならい、目覚めた人(ブッダ)になることを目指す。
目覚めた人になることは、煩悩と苦しみの渦巻く輪廻の世界から解脱することであり、それによって得られた平安、寂静の境地を涅槃という。
従って、仏教は、すくなくとも釈尊の教えはそうなのであるが、第一義的には、厭世を促す教えである。
いや、仏教は、第一義的には、現世をよりよく生き抜く智慧を与える教えであり、厭世とは程遠いと主張する仏教徒、仏教学者が今日たくさんいる。
しかし、かれらの主張は、大乗仏教、密教、そしてまた、明治以降、キリスト教に対抗しつつ、あるいはそれに学びながら形成されてきた「近代日本仏教」から出たものであり、釈尊の教えに直結しているとはいいがたい。

初期仏教の修行の道筋は
(a) 揺らぐことのない厭世観を確立してゆくことで、
(b) 生存欲の根と種を徐々に枯らし、
(c) 次の再生の条件が断たれた時点で、
(d) 自己の解脱を自覚する(解脱知見=輪廻から脱したことを自覚する)

こうしてみると、仏教が最終の目標とするところは、そして釈尊その人が到達したところは、生存欲を断つことだということになる。
これをわたくしは、「生のニヒリズム」と呼ぶことにしたい。
生のニヒリズムに到達した者は、当然のことながら、この世に生きることに何の意味も見いださず、したがってまた、なんの価値判断を下すことがない。
釈尊が、世間のものはすべて虚妄であるとか、幻であるとかいっているのは、そこからする当然の帰結である。
...skip...
釈尊はここで、いわゆる「存在論的に世界は虚妄である」といっている(存在論的ニヒリズム)のではなく、意味論的、価値論的に虚妄だといっているのである。

『仏教誕生』宮元啓一著、ちくま新書
0442神も仏も名無しさん
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2018/12/28(金) 21:53:13.82ID:MMIRCtdq
初期仏教は初期仏教じゃないからな
ガンダーラあたりでミトラ教の影響うけたのがそれ
じゃあ何が正しいかといわれたら
中国で初期に伝わってる形か
0443桃太郎
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2018/12/29(土) 14:57:09.67ID:0e9BjAjK
>>441

その「宮元啓一」とか言う人は、あんまり仏教が分かっていないね。(笑

>仏教が最終の目標とするところは、そして釈尊その人が到達したところは、生存欲を断つことだということになる。

じゃ、はやく死ねよ。という事になる。
死ぬ間際に地獄をみて、大いに後悔することになる。
その時はもう遅いんだけどね。

仏(釈尊)がこの世に出現した理由は、一切衆生の救済にある。
すなわち、すべての人々を仏にし、生死の苦界から解脱する知恵を授ける事なのです。
苦悩から逃避するのではなく、苦悩を乗り越え力強く生き抜く仏法の知恵を教えたのです。

そして、自身のみの解脱という自己中心的な「小我」を打ち破り、一切衆生の幸福と平和のために生きる
菩薩の生き方の中に本当の仏の智慧と生命を湧現することが出来ると説いたのです。
人を救うことが自分を救うことになること教えたのです。

その究極の法こそ「法華経」なんです。

人々の平和のために、悪と権力に立ち向かって戦った世界の偉大な人間は、皆何の悔いも無い所願満足の人生を送りました。
彼らは仏教徒ではなかったにしても、仏法の一分を体現した偉人といえるでしょう。

それが、小乗仏教を信奉する人々には分からない。
まぁ、それが末法の衆生の愚かな所以なんだけどね。

末法に生まれた凡愚の我々は仏の智慧は実践の中でしか絶対に理解できないのです。
釈迦在世のお弟子さんとは機根がまったく違う。
瞑想や座禅なんかで理解できるわけなど無いのです。
せいぜい、「なんちゃって解脱」程度でしょう。

晩年、一切何も変わっていない愚かな自分に気づくはずです。
0445ポッタン師
垢版 |
2018/12/29(土) 16:36:56.88ID:JS2DF5FH
443.人生論をやっているバカである。大爆笑である。
0447神も仏も名無しさん
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2019/01/01(火) 00:11:53.76ID:a6o8OQ/u
>>443
>じゃ、はやく死ねよ。という事になる。

釈尊は悟った瞬間、そのまま死のうとしたわけだが?
梵天の野郎が、「どうしても教えを弘めてください!」とお願いするから、しょうがなく生きてただけで。
釈迦の最期も、アーナンダがついうっかり釈尊に「まだまだ生きててくださいね!」と言いそびれたんで、釈尊が「まだ生きられるけど、生きてなくていいなら死ぬわ」って言って死んだわけで。
0449神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/01(火) 02:03:23.97ID:AyVQiLvk
悟りに至った人間、もしくはあと一歩のアルハントは熱せられた鉄の棒を胸に押し付けられてももがくことはない
汗は吹き出すが痛み、熱さに怯えたり震えたり暴れまわったりしない
直立不動のまま鉄の棒を受け止める
0450桃太郎
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2019/01/01(火) 14:44:01.18ID:Y2asgZh/
>>447

>釈尊は悟った瞬間、そのまま死のうとしたわけだが?

なるほど。ではどんな経典にその事が書いてあるのですか?

仮にそれが本当だとしたら、仏教が世界に広まっていったら次のような事が起こるだろうね。

1.みんな生きる事に意味を持たず、厭世的な心で満たされる。
2.当然、人の為、世のためなどバカバカしくなる。
3.自己中の悟りで、自分だけ早く永遠の幸福を得られればよいと考える。
4.人の不幸などどうでも良くなる。解脱に必死でそんな暇はない。
5.戦争上等!勝手にやってくれ!となる。

世界の人々がそのような心になれば、まさにこの地球は地獄だろうね。
オーム真理教よりひどい思想となるだろう。

果たして、大慈大悲の仏様はそんなことを教えているのだろうか?
大いに疑問だね。
0451神も仏も名無しさん
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2019/01/01(火) 16:12:16.71ID:khvIDTTc
>>450
大慈大悲

そんなものあるかい!

いつも損得計算しとるくせに!
0452神も仏も名無しさん
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2019/01/03(木) 00:30:40.88ID:lqTm6oaa
「この世でもの惜しみし、吝嗇で、乞う者を罵り退け、他人が与えようとするのを妨げる人々、
−−かれらは、地獄、畜生の胎内、ヤマ(閻魔)の世界に生まれる。
もしも人間の状態になっても、貧窮の家に生まれる。
そこでは、衣服、食物、快楽、遊戯を得ることが難しい。
愚者たちは、それを来世で得ようと望むが、彼らにはそれが得られない。
現世ではこの報いがあり、死後には悪いところに堕ちる」

「この世で、人たる身を得て、気前よくわかち与え、
もの惜しみをしない人々が、ブッダと真理の教えとに対して信仰心あり、修行者の集いに対して熱烈な尊敬心を持っているならば、彼らは天界に生まれて、そこで輝く。
もしも人間の状態になっても、富貴な家に生まれる。
そこでは、衣服、食物、快楽、遊戯が労せずして手に入る。
また〔来世には〕他人の蓄えた財物を、他化自在天のように、喜び楽しむ。
現世ではこの報いがあり、死後には善いところに生まれる」
(相応部経典1-59『もの惜しみ』)
0453神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/05(土) 09:17:30.31ID:fVJXV5Sk
タイの仏教

また庶民の仏教観念としてタンブンというものがある。
タンブンとは徳を積む行為のことである。
タンブンと言う言葉は広義には人や動物を助けたりする行為が含まれるが、狭義には寺院や僧への寄付のことになる。
タンブンの観念は輪廻転生の思想が影響している。
生まれ変わることを前提としているタイの仏教思想においては低いとされている身分や動物、地獄に生まれ変わることはブン(徳)が足りないからだと説明され、現在金持ちなのは前世のブンが多いからと説明される。
この思想は特にタイに仏教が伝わる以前からあった思想であるが、前述したスコータイ王朝のリタイ王が地獄の描写を具体的に描き出した著作、『三界論』で強化された。
三界論はモンクット王のタンマユットニカーイによる批判が加えられるまで主要教典として採用されていたことがこれを強化させた。
三界論自体は現在では否定されているものの、タンブンの行為自体はサンガの財源であるため現在に至るまで否定されていない。

ブンは興味深いことに、タイにおいては他人に転送可能であると考えられている。
たとえば、寄付する際、領収書に親や恋人の名前を書くことで自分のブンが他人に転送されると信じられている。
またこの転送は死者にも可能と考えられている。
昔話などにも息子にブンがあったことで、閻魔から救出されたとする話もある。
このようなブンの観念は仏教徒のタイ人ほとんどが人生に一度出家を行う理由の一つとされる。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%81%AE%E4%BB%8F%E6%95%99

後段は大乗の廻向のような行で興味深い
まあお経を読んだ功徳を廻向文を読み上げて他の一切衆生に分け与えるのとは違ってお金が掛かるのとブンを転送する人が限定されるという点で違いがあるが
0455ポッタン師
垢版 |
2019/01/05(土) 11:13:12.40ID:sFlVzDJ0
悟っていないバカが、仏教徒です、と言うと、びっくり仰天である。
悟ってから言え。
0456神も仏も名無しさん
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2019/01/05(土) 11:35:20.48ID:F1avYSWJ
>>455
おまえは仏縁がないんだからさっさと消えろ
ほんと畜生ってのは悟った気になるとデカイ面するよなw
0457神も仏も名無しさん
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2019/01/05(土) 11:51:14.01ID:fVJXV5Sk
一心頂礼。万徳円満。釈迦如来。
真身舎利。本地法身。法界塔婆。
我等礼敬。為我現身。入我我入。
仏加持故。我証菩提。以仏神力。
利益衆生。発菩提心。修菩薩行。
同入円寂。平等大智。今将頂礼。
0459神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/14(月) 20:32:11.75ID:lA0LPJXx
無数の生涯にわたり、あてどなく輪廻をさまよってきた、家の作者を探し求めて。
更に更にと、生まれ変わるのは苦しいことである。

家の作者(渇愛)よ、汝の正体は見られたり。
汝が家を作ることはもはやあるまい。
汝の梁(煩悩)はすべて折れ、家の屋根(無明)は壊れてしまった。
形成するはたらき(行)から心は離れ、渇愛を滅ぼし尽した。

(ダンマパダ153,154)

お釈迦様がブッダになった時に感興のあまり唱えたのが上記の詩偈であります。

まずは 、生きる苦を徹底的に理解することです 。
誰でもそのプロセスで理解します 。
たとえば 、瞑想を実践して、「生きることは苦である」「一切皆苦である」と徹底的に理解するのです 。
そうすると 、嫌になってしまいます 。
厭離が生まれるのです 。
厭離が生まれたら生きることに無執着になります 。
そしてつぎに、涅槃に達する、涅槃を経験するのです。
これが解脱ですが、解脱したら解脱したという智が生じて
「生まれることは尽きた。清らかな行いが為された。もはやこのような状態(生死を繰り返す輪廻に置かれた状態)になることはないであろう」
とはっきりと知るとされます。
0460神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/14(月) 21:16:38.34ID:xHACrM/+
459.バカ丸出し、である。大爆笑である。
0461神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/15(火) 00:29:57.86ID:T3GQ2LSd
輪廻から解脱した時の定型句はパーリ語訳でこう記されます。

‘Khīṇā jāti, vusitaṃ brahmacariyaṃ, kataṃ
karaṇīyaṃ, nāparaṃ itthattāyā’ti abbhaññāsiṃ.

Khīṇā 尽きた
jāti 生
vusitaṃ 完成した
brahma ブラフマン、梵
cariyaṃ 行
kataṃ なされた
karaṇīyaṃ なされるべきこと
nāparaṃ 後はない
itthattāyā’ かくの如き状態、ここ[輪廻]の状態
ti このように、ゆえに、さらに
abbhaññāsiṃ. 証知する

『生は尽きた。梵行は完成した。なされるべきことはなされた。さらにかくの如き〔輪廻の〕状態への後有はない』
と証知した。

という意味です。

この解脱の定型句は漢訳阿含経では

我生已盡,梵行已立,所作已作,自知不受後有。

などと漢訳されています。
0462神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/15(火) 03:08:58.12ID:MDms0MEp
漢訳は「ここの状態にとって更なるもの」じゃ意味が分からないから
aparaṃ itthattāyā を aparabhava (後有)に言い換えてるね

上手い意訳と思う
0463ポッタン師
垢版 |
2019/01/15(火) 07:56:36.59ID:xzpy3e7u
461.バカ丸出し、である。大爆笑である。
0464神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/18(金) 18:40:59.21ID:K8sBdrLO
よくある間違いで釈迦は在家には輪廻転生は説いたが修行が進んだ仏弟子にはあの世(来世)のことは説かなかったというのがある
そんなことはない、舎利弗や目連のような最上級の弟子にも輪廻や来世や地獄の話はふつうにしている
ただ生きることは苦しみで輪廻を続けるのは苦しみを繰り返すだけなので輪廻から解脱せよと出家した弟子には説いていたのである
輪廻を否定したのではなく輪廻することを否定し輪廻の因となる渇愛を滅することを説いたのである
0465ポッタン師
垢版 |
2019/01/18(金) 21:16:54.67ID:UOfxxaij
464.それは単なる人生論である。
大爆笑である。悟ってから言え。
0466神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/18(金) 23:30:54.04ID:J2JX+WUZ
どこをどう解釈したら人生論になるのか
こいつは仏教に立ち入る資格すらないわw
0467神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/19(土) 09:51:11.44ID:QgJdh09f
ポッタン師は輪廻を徹底的に否定する
前世で脅して商売している人に騙された経験でもあるのだろうか?
0468ポッタン師
垢版 |
2019/01/19(土) 23:47:53.13ID:ax0n+KIm
輪廻なんてものは生活の問題である。
それは宗教問題ではない。
バカには理解できない。
大爆笑である。悟ってから言え。
それでは宗教問題とは何か。
0469神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/20(日) 00:31:04.07ID:Oo9wR5HQ
輪廻=生活の問題
他人をバカ呼ばわりするお偉いコテ様が説法してくれるそうだ
では、立証してくれ
0470神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/20(日) 03:24:55.32ID:SabbB2lL
罵声はお手上げ万歳全面降伏の証。
突っ込んだらかわいそうや。
0471ポッタン師
垢版 |
2019/01/20(日) 15:24:09.01ID:zmy7ctYy
469.説法である。
バカには理解できない。大爆笑である。悟ってから言え。
0472神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/21(月) 07:46:44.19ID:QC78Smgq
説法とは法を説いてなんぼ
何も説いてもなければ説法とは言わない

相手に理解してもらおうとせず、ひたすらバカとしか言わない悪口野郎にバカだの悟れだのって言われてもなぁ
0473神も仏も名無しさん
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2019/01/22(火) 01:30:20.59ID:iQ7yvmHz
輪廻
命あるものが何度も転生し、人だけでなく動物なども含めた生類として生まれ変わること
 
 
これが本当だとしたら、地球が破滅したあとは何に生まれ変わるのですか?
0474神も仏も名無しさん
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2019/01/22(火) 01:38:10.18ID:kn9haCn2
宇宙に旅立つなんて教えはないよな
輪廻は地球内で完結する
しかし例えば地球外に生命が行けた場合はどうなるのか?
当然宇宙で細胞分裂があるなら他の惑星でも起こるはずだし
その場合輪廻の枠はどうなるのか
宇宙規模になるのか
0475神も仏も名無しさん
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2019/01/22(火) 09:34:30.89ID:XflTjXvL
お釈迦さんの話では
宇宙と地球の
違いについての話はあるの?
0476神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/22(火) 14:39:36.57ID:Pi1EVOCl
>>473
人間界、畜生界以外にも餓鬼界やら天界やら地獄界もあるのだからそちらへの再生(転生)もあります。

しかしそもそもブッダは
世界は永遠であるのか
世界は永遠でないのか
という問いきは答えていません(無記)。

世界とはこの当時は地球のことでしたでしょうから地球が破滅したあとは想定外じゃないですかね。
0477神も仏も名無しさん
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2019/01/22(火) 22:05:19.81ID:5Be3wESl
>>476
天国や地獄に行くことも輪廻のうちなの?
何か違う気がするわ
0478神も仏も名無しさん
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2019/01/22(火) 22:09:22.95ID:SbGXOYwY
あまり瞑想を通しての体験の書き込みが無いようだから私が体験したことを書こうと思う
私はサマタ瞑想から始めてヴィパサナ瞑想をしていた 期間は10年ちょっとだった
ヴィパサナ瞑想で最終的ではない悟りを得たが ヴィパサナ瞑想の中盤で瞑想中ではない時に一瞬気が遠くなるような感覚に襲われた 居眠りで一瞬頭がグラッとするような感覚
その時 時代も人種もわからないが 二人の人物が常に同じ配置で服装と背景だけが目まぐるしく変わっていく様を見た
続けてこちらは時代も人物がわからないが 人々の生活する風景が真ん中から割れ 違う風景が一瞬で現れ また真ん中から割れ を凄いスピードで気の遠くなるぐらい繰り返した
現実の世界では頭がガクっとなって戻る一瞬の出来事だったが 体験中は物凄く長い時間を旅したように感じた
残念ながら 転生を実感し もううんざりだ という実感は得られなかった 心の底では恐らく転生否定の私ですが 最近揺らぎ始めてます
0479ポッタン師
垢版 |
2019/01/22(火) 22:11:48.58ID:Du4Hra3n
477.それは迷信である。
バカには理解できない。大爆笑である。悟ってから言え。
0480神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/22(火) 22:22:04.75ID:6fx38Ovh
>>478
瞑想という名の妄想
0481ポッタン師
垢版 |
2019/01/22(火) 22:23:02.96ID:Du4Hra3n
478.瞑想バカである。
心理学をやっているバカである。
それは宗教ではない。
坐禅で、バカ坐り、をやっているバカも多い。
大爆笑である。悟ってから言え。
0483神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/23(水) 10:44:56.35ID:h5gN1D4o
その後 だいぶん月日が経ってから三明説の存在を偶然知ったり色々あったが 結論としては 転生があったとしても それは寝て次の日朝目覚める それと何も変わりがないということ 全く変わりがないということ
いくら転生しようがその度に人生が良くなる訳でもなく欲望が減るわけでもなく 満足が増えるわけでもない 毎日 朝起きて人生を繰り返すのと全く同じ
まだ楽しめること 苦しめることがたくさんある人は存分に生きることをお勧めする 転生について心に引っかかりがある人は 転生の有無よりも転生があった場合の自分の人生を想像して欲しい
どちらかというと上手くいかないこの人生が リセットの度に永遠に繰り返されるのだと 本心でこの瞬間に死んでも良いと思えるような状態が自分の人生に訪れるのだろうかと
0484神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/23(水) 10:48:00.92ID:h5gN1D4o
>>483
本心でこの瞬間に死んでも良いと思えるような状態→
本心でこの瞬間に死んでも良いと思えるような 幸せな状態
0485神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/23(水) 12:18:49.21ID:trEtSQ05
だから輪廻を考える事は煩悩ナウだから善智識による善行、即ち煩悩即菩提である法華経のみを学びましょうね
0486ポッタン師
垢版 |
2019/01/23(水) 12:22:22.86ID:IB24DwX9
485.法華経バカである。大爆笑である。悟ってから言え。
0487神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/23(水) 12:24:20.47ID:8Yu1x02M
ボッタン師が正しい。大々爆笑である。
0489神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/23(水) 12:39:20.27ID:trEtSQ05
どれだけ惨めな生き方したらこんな不幸を象徴した発言が出来るのか
脳死発言の低能コテはもう来ない方が恥を晒さずに済むぞ
法華経を全部学んでからこいよ
0490ポッタン師
垢版 |
2019/01/23(水) 12:40:33.02ID:IB24DwX9
488.お経を信じるバカである。大爆笑である。悟ってから言え。
0492ポッタン師
垢版 |
2019/01/23(水) 12:49:02.46ID:IB24DwX9
491.お経を信じるバカ。
お経を作るのが私である。
どちらが偉い、か。
バカには理解できない。大爆笑である。悟ってから言え。
0493神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/23(水) 12:51:20.28ID:trEtSQ05
あと他の人もこれから仏教を学ぶ機会だってあるんだからアンチ発言で妨げになることも理解しような
おまえが説いたものじゃないんだから否定だけはしなさんな
0494ポッタン師
垢版 |
2019/01/23(水) 12:57:56.60ID:IB24DwX9
493.お経に盲従するバカである。
坐禅のバカ師に盲従するバカである。もいる。
大爆笑である。悟ってから言え。
0495神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/23(水) 13:04:29.95ID:trEtSQ05
あーこいつは触らない方がいいヤツだわ
お経と坐禅という語彙しか知らないっぽいし
NG入れとくか
0496神も仏も名無しさん
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2019/01/23(水) 16:13:46.85ID:DKl2UROw
大爆笑である

はNG登録で
0498神も仏も名無しさん
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2019/01/23(水) 20:54:42.82ID:WdCP0HKq
日蓮だろうが。S学会だろうが論ずるに値しない!!
関わるのは人生の無駄使い。
0499神も仏も名無しさん
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2019/01/24(木) 11:51:59.79ID:3tu1xygw
スッタニパータ

728 世間には種々なる苦しみがあるが、それらは生存の素因にもとずいて生起する。実に愚者は知らないで生存の素因をつくり、くり返し苦しみを受ける。それ故に、知り明らめて、苦しみの生ずる原因を観察し、再生の素因をつくるな。

釈迦のこの説法によると、生存の素因を断ち切れば再び生まれることはなくなり、輪廻から解脱でき、苦しみは終わる、と。
では「生存の素因」とは何か?(多分渇愛や妄執)
0500ポッタン師
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2019/01/24(木) 13:38:16.16ID:Tnw6cCjl
499.バカ丸出し、である。
0501神も仏も名無しさん
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2019/01/25(金) 23:30:02.17ID:EGZlpk3r
 ブッダは端的に「世を厭え」と言っています。ブッダの思想は、「輪廻からの脱却」を妨げるすべての欲望を修行や瞑想や叡智によって否定することに主な眼目がありました。
 ただし、この後、猛烈苛酷な修行をし、成道後は教団を作りパトロンの庇護を得て大修行道場を主宰した、ということですから、一般的な厭世主義者のイメージとはかけ離れるところがあります。
 菩提樹下で「生存は尽きた」と悟った時点で、厭世主義者であればそのまま入滅すればよかったわけですが、それをせずなぜか一転して大宗教指導者となったわけです。
 このあたりはブッダの謎であり、仏教そのものの謎であるのかもしれません。(自己救済と他者救済、慈悲の問題?)
 (もう一つ言えば、ブッダは超越世界(涅槃後、成仏後)をはっきり示さないまま、現世厭離を強く主張しました。これも奇妙なところです。)

 そして、まあいろいろとありますけれども、その後の仏教においても「厭世」は根幹の問題となっていったと言えるでしょう。
「厭離穢土、欣求“成仏”」が仏教の根本命題であったことは否定できないのではないでしょうか。
0502神も仏も名無しさん
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2019/01/26(土) 00:43:03.41ID:UglVm3xJ
まぁ、貢献は何でも他人の役にたてば…だし。
知識系は伝えて、はじめて役にたつもの。

どんな人の小さな悟りも発信されてこそ、貢献になるね。
誰かの悩みやテーマに対して何かしら気付くきっかけになれば、それは充分に社会貢献。

そもそも悟りとは小さな気づきの延長線上にすぎんし。
現代でもあらゆる国や業界に沢山居て張ると思われ。
0503神も仏も名無しさん
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2019/01/26(土) 07:27:05.37ID:L5sAAw3S
>>501
「世を厭え」という教えは修行者に対してのもので、解脱させるための一つの要素。
解脱したあとは世を厭う必要はないけど、これは気狂いの世界だから鬱陶しさはあると思うけど、
生きることはさほど苦にならないはず。
我が落ちてるので、メインの自己感覚はこの世界・人生の中にはすでになく、
自分が行為者であるという偽りの感覚もほぼ消失し、
心は最大の障害物が消えてエネルギーに満ち溢れるから。
メインの自己感覚は幻想(時間と空間)の外側にあり、
それが幻想の側に反映された側面として肉体レベルの自己感覚が付随する形となるはず。
0504神も仏も名無しさん
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2019/01/26(土) 07:38:04.40ID:L5sAAw3S
「世を厭え」というのとはちょっと違うけど、
ニサルガダッタによれば、解脱するための心構えとしては、
心の根本でこの世の全てを愛するか、何も愛さないかのどちらかが必要。
ふつうは全てを愛するよりは何も愛さないほうがかんたんなはず。
つまり何も愛さない道を取るなら、悟りを開く前に本気で他者や自分や物質を愛するな、ということ。
もちろん人の道に従って、他者に慈悲深く良心的に接しなければならない。
0505神も仏も名無しさん
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2019/01/26(土) 07:55:03.31ID:L5sAAw3S
釈迦が超越世界(涅槃後、成仏後)をはっきり示さない理由はおそらく、
それは言葉や概念や思考といったものとは相容れないもので、
例えるならミミズに相対性理論を理解させるくらい、
それを言葉で表現するのが不可能なため、というのが一つと、
ムリやり表現したとしても、修行者がそれをイメージして追い求めてしまったら
かえって妨げになってしまうだろうから、というのが一つ。
0506神も仏も名無しさん
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2019/01/26(土) 08:07:42.65ID:L5sAAw3S
〜ウダーナヴァルガ(感興のことば)より〜
比丘たちよ、生じたのではないもの、現れたのではないもの、作られたのではないもの、
形成されたのではないもの、生起したのではないものがある。
〔さらに一方〕 生じたもの、現れたもの、作られたもの、形成されたもの、起こったもの、
縁起したものがある。 比丘たちよ、もし生じたのではないもの、現れたのではないもの、
作られたのではないもの、形成されたのではないもの、生起したのではないものがないならば、
『生じたもの、現れたもの、作られたもの、形成されたもの、起こったもの、
縁起したものを離れることがある』と私は説かないであろう。
ところが比丘たちよ、生じたのではないもの、現れたのではないもの、作られたのではないもの、
形成されたのではないもの、生起したのではないものがあるから、
だから『生じたもの、現れたもの、作られたもの、形成されたもの、起こったもの、
縁起したものを離れることがある』と私は説く。
0507神も仏も名無しさん
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2019/01/26(土) 09:56:30.70ID:/HLw2dvV
340
戒律の規定を奉じて、五つの五官を制し、そなたの身体を観ぜよ(身体について心を専注せよ)。切に世を厭い嫌う者となれ。

341
愛欲があれば(汚いものでも)清らかに見える。その(美麗な)外形を避けよ。(身は)不浄であると心に観じて、心をしずかに統一せよ。

516
全世界のうちで内面的にも外面的にも諸々の感官を修養し、この世とかの世とを厭(いと)い離れ、身を修めて、死ぬ時の到来を願っている人、
──かれは(自己を制した人)である。

963
師(ブッダ)は答えた、
「サーリプッタよ。世を厭い、人なき所に坐臥し、さとりを欲する人が楽しむ境地および法にしたがって実践する次第を、わたくしの知り究めたところによって、そなたに説き示そう。
0508神も仏も名無しさん
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2019/01/26(土) 20:49:05.61ID:uygm7NRl
>>477
天道も地獄道も六道輪廻のうちですやん
悟ったらそこで解脱して涅槃行き
あと、梵我一如の体験しても輪廻から一旦は外れることができて、
梵天に生まれ変わってその後また六道に戻ってくるらしいけども
わい梵我一如の体験したけど輪廻は詭弁だと思ってるので
はよ死ぬまでに悟りたい
0510神も仏も名無しさん
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2019/01/27(日) 06:58:56.96ID:zrnCQ/k1
ネ申もイムもいないし
ないものの可能性の理屈がない
0511神も仏も名無しさん
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2019/01/27(日) 07:29:45.87ID:csmpKnh8
低能な下根は仏を謗る為に口を開く
仏はいるいないの存在を認識するのではなく、仏の教えを授かり仏のような振るまいをするから仏なんだよ
0512神も仏も名無しさん
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2019/01/27(日) 07:51:05.51ID:QvD3cmA3
>>509
輪廻があれば安心できるもんね
お釈迦様は真実を教えて智慧を目覚めさせるパターンと
方便を与えて安心させるパターンを使い分けてる感じがするけど
これには大乗仏教的なお釈迦様の優しさ感じました
0513神も仏も名無しさん
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2019/01/27(日) 08:04:12.82ID:zrnCQ/k1
>>511
ないものを例える理屈がない
0514神も仏も名無しさん
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2019/01/27(日) 08:05:26.40ID:zrnCQ/k1
>>512
んで、ただ現実逃避するだけ

輪廻などあり得ない
0515神も仏も名無しさん
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2019/01/27(日) 08:15:42.05ID:zrnCQ/k1
霊魂などない
あるのはDNAのバージョンアップと継承のみ
現状に適さないものが滅び、現状に適するものが、継承される
スペック向上した者のDNAが継承され、さらにスペック向上する
人は死ぬから旧退化したモデルは無くなる
中には、不良品もある
0516神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/27(日) 10:30:42.51ID:B0yLPxDB
輪廻などあり得ない 霊魂などない

というあなた自身の根拠は何?
0517神も仏も名無しさん
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2019/01/27(日) 10:50:24.13ID:0V4sSgro
>>515
ならば逆に問う。
オマイの本質はオマイの肉体の何処だ ?

脳とかくだらないこと言うなよ。
0518神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/27(日) 10:52:59.18ID:0V4sSgro
パソコンで言えばICチップにあたるオマイの本体は何処にあるのか提示してください。>>515
0519神も仏も名無しさん
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2019/01/27(日) 16:22:03.76ID:9khZnD2b
>>515
不良品を基本に置いてる生物はどう思う?
例えば魚なんかは稚魚のほとんどが死ぬ
基本的に多産多死を基本にしてなりたっている
0520神も仏も名無しさん
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2019/01/29(火) 06:32:41.64ID:9RVOBELr
>>517
本質などない
1人ではコントロール出来ない現実の中、価値観を共にする人の中で定義の共有があるだけ
そして、それを本質と決めつける人がいるが、それは価値観の違う人には否定される
0521神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/29(火) 06:37:37.17ID:9RVOBELr
>>518
ノイマン型パソコンに例えても例えの域を出ない
AIで動くニューロコンピューターが人の代わりをするのに、人に近い

それだけの事だ
0522神も仏も名無しさん
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2019/01/29(火) 06:50:50.21ID:9RVOBELr
>>519
ランダムに生成されてる中、適さないモノが淘汰され、適するモノが残る
それを、時系列的に振り返ってみれば進化に見える

それだけの事

輪廻転生などない
修理不能になれば廃棄され土になる

PCが壊れ廃棄されたら、メモリーのデータは論理構成が無くなり、処理演算もせず、センサーもアクチュエータも機能しないし、やがて土になるだけ
データ消失は論理構成が無くなる事

人も死んで焼かれれば論理構成は無くなる
0523神も仏も名無しさん
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2019/01/29(火) 07:47:27.46ID:70SNanfv
三大秘法によって教えが万年伝わり続けていれば安心して死ねるわい
0524桃太郎
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2019/01/29(火) 13:02:00.10ID:w3ogtfoi
>>522

このあたりから読んで思索みよう。

>>54 >>55

「一切の事象は互いに他との関係性によって生じている」

生命の不思議だよね。深けーよ。
ほんとに、「うん!そうか!よくわからん」の世界だよね。(笑

仏法では大宇宙そのものが生命であり、私たちは縁起によって五蘊仮和合によって、一定の個性を持つ。
「生」や「死」は人が思惟分別した言葉であって迷妄であり、仏法上では無分別なんだよ。

ゆえに「私」という常住不変の人格的個体が存在するのではなく、そこには、生も死も無い。
我即宇宙、宇宙即我という常住不滅の究極の生命が存在するのです。
それを仏法では「仏界の生命」という。

一切衆生のすべてに内在するこの仏の生命を私たちが覚知するときを「仏」といい、迷うときを凡夫というんだよ。
ゆえに、凡夫といい仏といっても両者は本来一体であるということだね。

成仏とは「仏と成る」と書くけど、本来は「仏を開く」という事なんです。

※もともと、大宇宙の生命と一体の私たちの生命ですから。

そして、その事を、あらゆる譬喩や方便を使って教えたのが最高の経典である法華経なんです。

ちょっと横道に逸れたけど、生命は無始無終であり永遠なんだね。
ほんと不可思議の世界だよ。
0525神も仏も名無しさん
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2019/01/29(火) 18:09:42.10ID:9RVOBELr
>>524
検証が出来ない定義の積み重ね
単に現実的でない定義を積み重ねてるだけだろ
地球は平らと同じ
0526神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/29(火) 20:09:01.18ID:xyJLUMZe
検証という概念は自分の境智冥合に依る
分かる人は分かるが、検証がないと思い込むとすれば理解が出来ないだけ
0527桃太郎
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2019/01/29(火) 20:58:09.86ID:w3ogtfoi
>検証が出来ない

仏の智慧を凡夫の頭で理解しようとすること自体がムリだと思うよ。

しかし、理屈が分らなくても、現証があれ真実と言わざるを得ない。

人間の体は60兆(37兆?)の細胞の集合体だね。
私の本体は、どの細胞?と言ったって、何所にもありはしない。
しかし厳然と私という個性をもった生命が存在する。不思議だね。


しかもこの細胞は常に生滅を繰り返し、数年後には完全に細胞は入れ替わっているという。
つまり子どもの時の細胞は何一つも残ってはいない。

なので完全な別人のはずだが、私という自分に変わりはない。

では、37兆の細胞を寄せ集めれば、別の私が誕生するのかといえば、そうでもない。

私の「生命を生命ならしめる宇宙根源の法」(妙法)があるはずです。

それを釈尊は法華経寿量品の中に秘し説かれたのです。


私は仏法は来世がどうなるとか言うことより、現実の生活を変革出来るのかどうかに興味がある。
この娑婆世界は苦悩の世界なので、様々な悩みを抱えて人は生きている。
悩みのない人間などいるわけがない。不信、憎悪、様々なものが渦巻いている。

苦悩からの逃避で毎年自殺者が2万人もいる。交通事故死よりも多い。
死は本当にその人を苦悩から解放するのだろうか?

仏法では「絶対にそうではない」と説く。

今日借金した人が一晩寝たら借金がチャラになることがないように。
命に刻まれた宿業は来世まで続くのです。

だからこそ現世を懸命に生きることが大切なのです。
0528神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/30(水) 00:54:45.85ID:i/pvUDtk
検証とは言うが何に対しての検証なのだろう?
仏教は言葉に意味を持たせ、本質を言葉で知るのである
いわば本質を築いた教えであるから、検証をするなんてありえないんだがね
0529神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/01/31(木) 12:20:38.99ID:31nOzVRH
>>527
脳みそと心臓は細胞変わらないんじゃなかったっけ
0530神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/02/03(日) 01:25:48.02ID:Iv9imSeA
あと87日
0531神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/02/07(木) 01:40:06.83ID:hzZp1zBc
老後の生活についての心配度の推移
http://honkawa2.sak ura.ne.jp/1200.html
>老後の不安、1990年代以降急上昇中

高齢者の尊厳が傷つけられることの有無(国際比較)
http://honkawa2.sak ura.ne.jp/1217.html
>日本は高齢者が高齢であることを理由に不愉快な取り扱いや不利益をうけることが少ない国である

高齢者の悩みやストレスの国際比較
http://honkawa2.sak ura.ne.jp/1218.html
>日本の高齢者は、現状では、スウェーデンの高齢者とともに、欧米主要国の多くと比べて、
>健康問題も人間関係、生活費問題も悩みが比較的小さい
0532神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/02/10(日) 17:41:00.36ID:m72j3s9J
あと80日
0533神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/02/13(水) 22:05:46.31ID:58hqvBeH
あと77日
0534神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/02/15(金) 15:12:39.06ID:oItCH49g
>>527
80日で細胞は入れ替わるぞ
0535神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/02/15(金) 15:27:24.30ID:ppXVtUex
人に魂なんてない 仏もなければ神もなし ただ一つの目にあり
生まれ変わりも普通の人にはないもので関係ないし今生限りの人生だと思うんだな
生なんて所詮動くプログラムと変わらないよ この文章ともね
0536神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/02/15(金) 15:31:22.37ID:ppXVtUex
文もコピペすればまた生まれる しかしその文字の羅列は文字の羅列それでしかない
人もまた同じ またその構造で発現したとして中身のない現象である
人も仏も神も絵であり文である クオリアは模造品であるし見えない存在も魂の偽造品である
0537神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/02/15(金) 15:40:51.63ID:ppXVtUex
この世は趣味の悪い価値のない動画であるし
執着のある構造で生まれたものに執着を持つなというのは足のない障害者に足で歩けというものである
生命力とは苦を産む穢れである それが綺麗なものに見えるとすればそのような構造であるだけ
それならそれでその間は幸福である 生命とはその間に子を産み連鎖していく駄文
0538神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/02/15(金) 19:52:35.46ID:vEkuUhT7
もし人間がこういうものだったらどう考えるだろう

女は受精し、妊娠する。そのできた子供は10人くらいの塊になって生まれる
しかし、その10人の8〜9割は生まれてすぐ死んでしまう
その9割と生き残る1割の違いは「運」でしかない
つまりほとんどの人間は「死んでいてもおかしくない」存在
その人間は基本その9割を死なせて繁殖するスタイルで存続していて
医療が発達すれば9割を全て生き残らせることができるが、人口問題もあり、延命は統制されたりする


おそらく輪廻以外の宗教は信仰されないだろう
0539桃太郎
垢版 |
2019/02/16(土) 18:12:18.08ID:8NJftkgZ
>>535

>今生限りの人生だと思うんだな

なるほど、確かに死後の生命は科学でまだ証明されていないので、そういう考えもアリだろね。

すると、君は仏法で説く永遠の生命や宿業とか輪廻は信じないわけだ。

しかし、それでは実につまらない人生だとは思いませんか?

結局、牢屋に入ってないだけの死刑囚と、さほど変わらぬ人生ではないのでしょうか。

なんと空しい人生だろうか。歳を取るほどに死への恐怖に怯えながら生きることになる。


<パスカルの賭け>

 「神は存在するか、しないか。きみはどちらに賭ける?

― いや、どちらかを選べということがまちがっている。正しいのは賭けないことだ。

― そう。だが、賭けなければならない。君は船に乗り込んでいるのだから。」

 すでにこの世に生きている以上、この勝負を降りることはできない。
 賭けないということ自体が、結果的に一つの選択となるからだ。

 賭け金は自分の人生である。神が存在するという方に賭けたとしよう。
 勝てば君は永遠の生命と無限に続く喜びを得ることになる。
 しかも、君の人生は意味あるものとなるだろう。賭けに負けたとしても、失うのものは何もない。

 反対に、神は存在しないという方に賭けたとしよう。
 その場合、たとえ賭けに勝っても、君の儲けは現世の幸福だけである。
 死後は虚無とみなすわけだから、そこで得るものは何もない。
 逆に負けたとき、損失はあまりに大きい。来世の幸福をすべて失うことになるからである。


※ここで、「神」を三世に続く永遠の生命と宿業に置き換えてみると面白い。

そこで、創価学会の中で私は仏法を通して人々の幸福と社会の平和の為に自分の人生を捧げようと決めた。

仏法では、自身の幸福の為だけに生きるのではなく、自他供の幸福のために生きることが、最高に充実した人生となる。
そのように教えているのです。
0540ポッタン師
垢版 |
2019/02/16(土) 18:16:36.66ID:RIcT7IpM
539.人生論をやっているバカである。大爆笑である。
0541桃太郎
垢版 |
2019/02/16(土) 18:27:16.18ID:8NJftkgZ
>執着のある構造で生まれたものに執着を持つなというのは足のない障害者に足で歩けというものである

煩悩を絶つ!、執着を絶つ!

それは、小乗経の教えだよ。爾前教であり、随他意の教えなのです。

「煩悩や執着」に振り回されることが不幸なのであって、決して断じる事では無いし、断じる事など出来はしないのです。

煩悩や執着を絶っては、人間は生きられないのです。

大乗の教えは「煩悩や執着」を明らめるという事なのです。

人々を幸福にしたい=>善の大煩悩です。

医者が病気の原因やそれを直す薬を研究開発するのに、「善なる執着心」が無くて出来ますか?
出来るわけがない。

親が子の成長と幸せを願うのも「煩悩」です。

人間が「煩悩や執着」を絶ってしまったなら、もはや人間ではない。感情のないロボットであり、

主人の帰りを待つ忠犬ハチ公にも劣る畜生以下に存在になり下がってしまう。

最高の経典である法華経の教えは煩悩即菩提なのです。
0542ポッタン師
垢版 |
2019/02/16(土) 18:38:45.61ID:RIcT7IpM
541.人生論をやっているバカである。大爆笑である。
0543神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/02/17(日) 04:11:13.18ID:2ftVfvOD
>>539
「パスカルの賭け」を見るたびに思うんだが、その可能性を言い出したら、

「実はあの世の支配者は悪魔であって、生前に神を信じて善行を行った奴を、永遠に苦しめる」という可能性を除外しているのはなんでなんだろう?

或いは、「善だと思って行っていたことが、神の視点から見ると、悪に過ぎなかった」と言う可能性は?
0544神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/02/17(日) 09:23:31.65ID:Aa/UeFSi
善悪を知らぬ者は善悪の分別がつかない
善智識を受持する為に教学を学ぶことだ
その教学を学ぶ事を拒む事も悪智識であると理解するべき
0545神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/02/17(日) 17:59:19.81ID:181RGjby
旧約はむしろ善悪の分別があろうがなかろうが
「とりあえずこれを行え、でなければ我が民ではない」で押し切ってる

「頭をちょんまげにしろ、でなければ我が民にあらず」
これに善悪もなんもないな
0546神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/02/17(日) 18:54:04.74ID:NPpONbpa
YHWH「俺の言うことを聞け でなければ殺す」
こいつが悪だぞ 人間と変わらないモブ存在のくせに神気取ったDQNのこいつこそな
0547神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/02/17(日) 23:14:37.40ID:2ftVfvOD
>>544-546
これらの発言が示しているように、それらの宗教における「善」とは、「教団にとって都合のいい事」であって、それに反することを「悪」としているに過ぎない事が分かる。
つまり、実は「来世の為に善をおこなっている」つもりなんだろうが、単に、「現在生きている教団内で都合よく生きる為の行為」にすぎないんだよね。

特定の教団内だけで生きるなら、それで十分だから、特定の教団内だけに通用する「善」が、普遍的な価値観をもっていると勘違いしちゃうんだろうが、
実際には、教団外、あるいは別の文化を持った集団からすれば、その「善」は、「悪」だったりすることになる。
だからこそ、宗教対立とか、宗教戦争なんかが起こる訳で。

まあ、現代日本に置ける「道徳」とか「法律」なんてのも、現代社会文明を維持するのに都合のいい事を「是」としているだけなんで、本質的には一緒なわけだがw

そして、特定の教団における「善」と、社会における「是」が一致している場合のみ、その教団は社会の中で活動することを許され、
一致しない場合は、「カルト」として排斥されることは、歴史が証明している。

もっと言えば、現在生き延びてる宗教団体は、ほぼすべてが社会の「是」に迎合して、教団の「善」の定義を改変して生き延びてるしね。
まあ、教団の歴史とか、教学の変遷とか、そういう事を知らない人には、理解できない話だろうがw
0548神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/02/18(月) 01:01:33.91ID:kO6YVNNk
道徳は一般通念の公約数で作られているが
律法と呼ばれるものはそうでないだけ
0550桃太郎
垢版 |
2019/02/20(水) 12:06:44.73ID:MTzti7xa
善悪の基準は確かに難しい。

しかし、国や文化、そして宗教の違いを越えて共通するものは必ずあると思う。
地球民族という視点にたって考えてみると、思いつくものは

1.生命の尊厳
2.生存の権利
3.幸せになる権利(※但し、他人の不幸の上に自身の幸福を築かない。)

んー、他に無いかな?

3.は「何をもって幸福なのかと」いう点で少々微妙だな。(笑

もし、上記が人類共通の認識であるならば、それを守るのが「善」であり、
いかなる理由であれ、それを奪うものは「悪」である。

という事にならないかな?
0551神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/02/20(水) 22:10:18.73ID:/VtY+IzD
簡単な答えとしては白は白、黒は黒。
正邪の分別とは正にその事であるが、末世滅法である今では謗法そのものが正しいと正をねじ曲げる思考をよしとする。
そんな保身的で束縛的で邪義邪宗が集まった人々の集団意識の中で生きている人々が多いから、正法を受持しているもの者が法難に遭ってしまう。
0552神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/02/21(木) 09:44:04.63ID:0kfv92Sb
「正法眼蔵」は道元が「法華経」のどの思想に共感したのかは、宮沢賢治の場合と同じように、やはり道元自身に聞いてみなければわかりませんが、
筆者の推定では、第一に、迷悟、善悪、教養のあるなしなど、一切の対立概念を否定しているところでしょう。

たとえば「法華経如来寿量品」には、

 ・・・如来は如実に三界の相を、生まれること死すること、若しくは退すること若しくは出ずることが有ることなく、
また、世に在るもの及び滅度する者もなく、実ににも非ず、虚にも非ず、如にも非ず、異にも非ざることを知見して、三界のものの三界を見るが如くではないのである。
このような事を、如来は明らかに見て、誤りのあることがない・・・

とあります。
 これこそまさに、主客(我と対象)のない、「空」のモノゴトの見かたです。
ただ、迷悟、善悪、教養のあるなしなど、一切の対立概念を否定しているを直接禅に結びつけるのは早計だと思います。
たしかに革新的な思想ですが、道元の解釈は「禅的な解釈」と言った方がいいと思います。
http://nakano-zenjuku.com/?p=374
0553桃太郎
垢版 |
2019/02/21(木) 11:46:19.93ID:oMbpLP/Z
善悪不二、邪正一如など、この仏法用語の意味をはき違えて「善も悪も、正も邪も肯定」しているひとがいる。
しかし、これだとやりたい放題、言いたい放題の悪人をのさばらせてしまう。


日蓮大聖人曰く

『善に背くを悪と云い悪に背くを善と云う』


(マーチンL・キング)
『悪を、おとなしく受け入れる者は、悪を助ける者と同じく悪に加担することになる。
 悪に抵抗しない者は、悪に協力したことになるのだ』
   
仏法は十界互具であり、
釈尊の己心にも提婆達多の生命がそなわっていて、極悪の提婆にも仏の生命があるとみる。
法華経提婆達多品には『悪人成仏』が説かれている。


悪もまた善を顕す働きをするのであれば、悪の全体がそのまま善になります。まさに善悪不二です。
しかし、自然に放置していて、悪が善になるのではない。
悪と戦い、完膚なきまでに打ち勝って、はじめて善悪不ニになるのです

その意味で、提婆品の「悪人成仏」とは、釈尊による「善の勝利」の偉大な証明です。
勝利宣言です。その「勝者」の境涯の高みに立ってはじめて、提婆が過去の善知識であり、
自分の師匠であって、今世で自分の化導を助けてくれたのだと言えるのです。

成仏するには「内なる悪」に勝利しきらなければならない。
そのためには具体的には「外なる悪」と戦い、勝たねばならない。
悪と戦うことによって、生命が鍛えられ、浄められ、成仏するのです。
極悪と戦うから、極善になるのです。
自分の生命をきたえ、成仏させてくれるという本質論から見たときには、その極悪も師匠とさえ言えるのです。
0554ポッタン師
垢版 |
2019/02/21(木) 15:19:22.73ID:X1s4Jca5
553.人生論をやっているバカである。大爆笑である。
0555神も仏も名無しさん
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2019/02/22(金) 20:34:59.48ID:MwEW0/10
あと68日
0556神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/02/23(土) 11:22:51.89ID:GlFKXoPL
あと67日
0557神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/02(土) 23:08:40.77ID:U6tEwhdV
557
0558神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/03(日) 00:55:01.81ID:29KNjMiE
一切の善男子・善女人よ、父に慈恩あり、母に悲恩あり。
そのわけは、人がこの世に生まれるには、その人が前世につんだ善悪の行為を直接原因とし、父と母を間接原因として生まれるからである。
父にあらざれば生まれず、母にあらざれば育たず。

それは、いのちの気を父の胤(たね)に受け、母の胎内で育てられるのである。

この深い因縁があればこそ、悲母がわが子を思うこと、世間で比べられるものはなく、その恩は胎児が生まれる以前にも及ぶのである。

(仏説父母恩重経 現代語訳)
0559神も仏も名無しさん
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2019/03/09(土) 22:23:54.40ID:XNJeSxwH
あと53日
0560神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/10(日) 02:29:57.20ID:7NtdE80U
あと52日
0561神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/11(月) 05:34:28.75ID:cRoW+PYs
あと51日
0562神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/11(月) 21:20:21.77ID:jKQbakti
全ての教えに唾を吐き生命皆殺しにしたい
糞システムの糞ゲーのNPC狩り 破壊くらいでしかもう癒せない
0563神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/18(月) 17:34:51.98ID:K3+Nu6a9
生まれ変わったら
鳥がいい
鶏は食料になり
カラスは嫌われる
雀がいいな
0564神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/19(火) 23:38:24.65ID:TFwEHSpJ
鳥?ヒトラーも言うようにいつか不死鳥が全てを焼き尽くす
0565神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/23(土) 02:12:30.53ID:hPgXh/vb
あと39日
0566神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/23(土) 02:51:53.30ID:+w2SVRcq
あと39日
0567神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/23(土) 03:54:19.41ID:sS2tQzgb
仏教の教えや輪廻転生に詳しいやつ教えてくれ
0569神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/23(土) 17:37:05.65ID:Fs5B+7ZZ
仏教の教えや輪廻転生に詳しいやつ教えてくれ
0570神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/23(土) 17:37:22.98ID:Fs5B+7ZZ
仏教の教えや輪廻転生に詳しいやつ教えてくれ
0571神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/23(土) 17:37:38.84ID:Fs5B+7ZZ
仏教の教えや輪廻転生に詳しいやつ教えてくれ
0572神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/23(土) 17:37:54.85ID:Fs5B+7ZZ
仏教の教えや輪廻転生に詳しいやつ教えてくれ
0573神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/23(土) 17:38:11.00ID:Fs5B+7ZZ
仏教の教えや輪廻転生に詳しいやつ教えてくれ
0574神も仏も名無しさん
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2019/03/24(日) 04:28:36.29ID:JFroKfTk
あと38日
0575神も仏も名無しさん
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2019/03/24(日) 13:58:58.50ID:xq4A9kHI
あと38日
0576神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/24(日) 13:59:33.04ID:xq4A9kHI
あと38日
0577神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/24(日) 13:59:52.54ID:xq4A9kHI
あと38日
0578神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/24(日) 14:00:08.89ID:xq4A9kHI
あと38日
0579神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/24(日) 14:00:24.82ID:xq4A9kHI
あと38日
0580神も仏も名無しさん
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2019/03/24(日) 14:00:57.81ID:xq4A9kHI
あと38日
0581神も仏も名無しさん
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2019/03/24(日) 14:01:30.75ID:xq4A9kHI
あと38日
0582神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/24(日) 14:02:02.77ID:xq4A9kHI
あと38日
0583神も仏も名無しさん
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2019/03/24(日) 20:58:10.80ID:2IatBIE3
583
0584神も仏も名無しさん
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2019/03/24(日) 21:01:25.01ID:2IatBIE3
584
0585神も仏も名無しさん
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2019/03/24(日) 21:32:40.81ID:2IatBIE3
585
0586神も仏も名無しさん
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2019/03/24(日) 22:09:40.84ID:2IatBIE3
586
0587神も仏も名無しさん
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2019/03/24(日) 22:45:51.93ID:2IatBIE3
587
0588神も仏も名無しさん
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2019/03/25(月) 07:55:43.15ID:gkbuzQcn
あと37日
0589桃太郎
垢版 |
2019/03/25(月) 12:03:41.85ID:1gDut+BX
日蓮大聖人は仰せだ。

正しき仏法を学び実践すれば次のような臨終を迎えることが出来ると。

「滞りなく上上品の寂光世界へ往生を遂げ、たちまちの間に九界生死の夢のなかに帰ってきて、
身を十方法界の国土にいきわたらせ、心を一切有情の身中に入れて、内からは勧発し、外からは引導して、
内外相応じ、因縁和合して自在神通の慈悲の力を施して、広く衆生を利益すること滞りがないであろう。」

と。
0590神も仏も名無しさん
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2019/03/25(月) 18:02:11.60ID:bqFZ/S2z
あと37日
0591神も仏も名無しさん
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2019/03/25(月) 18:02:43.46ID:bqFZ/S2z
あと37日
0592神も仏も名無しさん
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2019/03/25(月) 18:03:28.05ID:bqFZ/S2z
あと37日
0593神も仏も名無しさん
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2019/03/25(月) 18:03:45.05ID:bqFZ/S2z
あと37日
0594神も仏も名無しさん
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2019/03/25(月) 18:04:10.96ID:bqFZ/S2z
あと37日
0595神も仏も名無しさん
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2019/03/25(月) 18:05:17.77ID:bqFZ/S2z
あと37日
0596神も仏も名無しさん
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2019/03/25(月) 18:06:21.77ID:bqFZ/S2z
あと37日
0597神も仏も名無しさん
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2019/03/25(月) 18:07:38.54ID:bqFZ/S2z
あと37日
0598神も仏も名無しさん
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2019/03/25(月) 18:09:08.58ID:bqFZ/S2z
あと37日
0599神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/25(月) 18:12:30.83ID:QfElm3pQ
硫黄島の戦いから74年 国民は、死でもって日本を守った英雄を忘れてしまったのか

《本記事のポイント》
2万人余の日本兵が命を賭して戦った「硫黄島の戦い」から74年
日本人が、日本を守ってくれた先人の存在を忘れてしまっている
健全な愛国心に目覚め、世界の平和に責任を持つ誇り高き日本人となるべき

硫黄島(いおうとう)の戦いから、26日で74年が経ちます。

1945年の2月19日から3月26日に至るまで、1カ月以上にわたって続き、日米双方で約2万9千人の死者が出たとされる激戦です。
今月23日には、20回目となる日米合同の戦没者慰霊追悼顕彰式が行われ、遺族や日本政府関係者、米海兵隊のロバート・ネラー総司令官、米国退役軍人らが出席しました。

硫黄島の戦いと言えば、クリント・イーストウッド監督の映画「硫黄島からの手紙」を思い出す方もおられるでしょう。アメリカ側の視点を描いた「父親たちの星条旗」と対をなす形で、2006年に公開された映画です。
「父親たちの星条旗」のメガホンをとったイーストウッド監督が、資料を調べる中で、どうしても日本側の視点で映画をつくりたくなったといいます。

硫黄島の戦いは、アメリカにとって「栄光」の象徴です。

アメリカの栄光を示すためなら、アメリカ側から見た映画だけでよかったはず。しかし、日本の陸海軍の将兵もまた「英雄」であることに気がついたイーストウッド監督により、「硫黄島からの手紙」が誕生したのです。
硫黄島で戦った米兵は「英雄」として扱われ、退役した海兵隊員同士の会話で「イオージマに行った」と答えると、その場の海兵隊員は飛び上がるように起立し、最敬礼するほどだと聞きます。

日本人が忘れてしまった英霊
イーストウッド監督の「公平さ」には敬意の念を抱きます。ただ、本来であれば、日本人がすでに撮っておくべき作品だったはずです。
「硫黄島からの手紙」がなければ、総指揮官を務めた栗林忠道(くりばやし・ただみち)中将や共に戦った将兵の存在は、多くの日本人から忘れられたままだったかもしれません。

硫黄島は、日米両軍にとって「要の島」でした。
0600神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/25(月) 18:15:36.49ID:QfElm3pQ
当時、米軍は日本本土への空襲や上陸決戦を想定していました。硫黄島は、米軍の長距離爆撃機B29の基地があるマリアナ諸島と、日本本土のほぼ中間に位置し、長い滑走路を持つ飛行場が3つありました。
アメリカ側としては、硫黄島を占領できれば、戦闘機の燃料補給や出撃のための重要な基地となります。

逆に硫黄島を奪われれば、日本の本土防衛は絶望的になりました。だからこそ、2万人余の日本兵が孤立無援でも、最後まで戦い抜いたのです。

戦略的に重要な島であるにもかかわらず、硫黄島は攻めやすく守りにくい地形でした。米軍は、圧倒的な戦力差もあり、「上陸作戦は5日で終わる」と高をくくっていました。ところが、日本軍は坑道を地下に張り巡らせ、36日間にわたって持久戦を繰り広げたのです。

日本軍の徹底抗戦ぶりは、作戦開始から3日目にして、米軍側に「史上最大の作戦」と呼ばれるノルマンディー作戦の死傷者を超える被害を出させるほどでした。
そして、3月26日の未明、栗林中将は生き残った将兵約300人の先頭に立って最後の総攻撃を仕掛け、戦死を遂げました。

散っていった「無名の英雄」たち
先人が命を賭して戦ったのは、硫黄島だけではありません。

ビルマでの勇戦敢闘、神風特攻隊の雄雄しい戦いぶり、米軍に大きなダメージを与えて散華した義烈空挺隊(ぎれつくうていたい)。サイパン、フィリピン、沖縄などでも、陸海軍の将兵は激戦に身を捧げました。
どのように戦い、全滅したか記録もない部隊が多く、私たちはそうした「無名の英雄たち」の犠牲の上に、今を生きているのです。

日本人が、日本を守ってくれた先人の存在を忘れ、むしろ外国人がその英雄ぶりを評価する現状を、悲しく思います。

戦場で命を散らした将兵を「犬死にだ」と評する人もいます。無駄な抵抗などせず、手を挙げて降伏すればよかったという理屈です。
しかし、激戦の果てに降伏しても、「捕虜を取らない」という理由により、皆殺しにされる例などいくらでもありました。生き残った日本兵が少ないのは、そうした理由もあります。
0601神も仏も名無しさん
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2019/03/25(月) 18:18:13.08ID:QfElm3pQ
健全な愛国心に目覚める
「民主主義的で自由なアメリカ軍と、ナチスと同類の残虐な日本軍」というイメージは、戦後につくられ、事実ではありません。

私たち日本人は、健全な愛国心に目覚めるべきでしょう。それは、他国を排撃して満足するような狭量な愛国主義ではありません。

冷静に過去の事実に向き合い、連合軍の占領下で押し付けられた「洗脳」を解き、真実を知ることが必要です。そうしてこそ、自国だけでなく、世界の平和にも責任を持つ、誇り高き日本人になれるはずです。

筆者プロフィール
飯田たけし
1959年、東京都品川区生まれ。東京都立大学経済学部卒。有限会社飯田商会・代表取締役。沖縄浦添市fm21「へんまもレイディオ」、ネット番組「名もなきサムライたち」などのコメンテーターとして出演。著作に『海軍特別救助隊』(元就出版社)など。
0602神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/26(火) 05:46:09.21ID:CPhecpod
ボットはいくらでもコピペできる
ドラゴンボールみたいにさぁ!
0603神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/03/29(金) 17:40:17.91ID:W1IYRUdB
ブッダン・サラナン・ガッチャーミー
タニケイノ・ギャグヨ・ガッチョーン
ドクタァスランプノー・テンシ・ガッチャーンヨー


こういう歌みたいな
お経の集会に無理やり連れていかれましたが、これはなんの集会ですか?詳しい人教えてください。
0604神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/04/02(火) 01:33:47.09ID:v+rYYuek
あと29日
0606神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/04/02(火) 07:49:02.91ID:eXqth6W2
積極的に造悪して喜ぶような輩は自ら進んで地獄へ突き進む
んだから誰かが何かをする必要はないよ
0608神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/04/08(月) 13:30:29.86ID:SnXiWXIS
あと23日
0609神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/04/09(火) 00:13:08.18ID:U1ePsHFV
仏教の輪廻は不幸にして早死にする子供、虐待される子供、障害者など被差別境涯にある人々を「自業自得」って切り捨てるえげつなさが有るからなあ。それをたてにとって弱いもの苛めする宗教者多いし。
0611神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/04/09(火) 01:57:13.63ID:20GLicQo
>>609
むしろそっから勧めて障害者などを(欲求にまかせて)攻撃する人は、障害者を生む、生まれ変わるとする人も多い
0612神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/04/09(火) 01:59:50.63ID:20GLicQo
まあそれらにやさしいのはキリスト教とかユダヤ教系だろう
今は「ゲイや先天性疾患は神が生み出したもの」になりつつある

鬱や精神疾患で苦しんでいても
「あなたのそれは神が生み出したものです」
と言われれば救われうる
0613神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/04/09(火) 14:24:33.21ID:IpUTwKm1
>>612 そう。それであれば神を憎むなり愛するなり踏ん切りがつけられる。が、仏教はどこまで行っても自己責任。持てるものが強く持たざるものはいつまでも弱いままに置かれる。
0614神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/04/09(火) 14:53:49.30ID:IpUTwKm1
それがあるからアンベードカルなんかは輪廻完全否定なんだよな。それなら仏教よりも
イスラム教で社会改革やらなかったのは何でだろう? キリスト教はイギリス化を避けるため
選択しなかったのは分かるが。日本は比較的差別が少ない日蓮系でも弱者障害者切り捨て上等なんだから、イスラムの方がまだよかったと思うんだが。
0615桃太郎
垢版 |
2019/04/13(土) 16:43:24.74ID:yc/diV8m
>仏教の輪廻は不幸にして早死にする子供、虐待される子供、障害者など被差別境涯にある人々を「自業自得」って切り捨てるえげつなさが有るからなあ。

切り捨てるの小乗経の教えだよ。自身の解脱(自利)以外に関心はないからね。
大乗経は「同苦」といって同じ苦しみを分かち合うのが基本にあるから、そうはならない。

仏法は「因果応報」を説く。
因無くして果はない。科学と同じだよ。

そうでなければ、単に「運が悪かった、運が良かった」みたいな事になるだろうけれど、それでは不合理となる。
キリスト教のように神の意志に運命を左右されるのならば、自身の努力も空しく不幸になったとしても
神の思し召しで納得するしかないのだろうか?

仏法の因果応報を否定するならば、「早死にする子供、虐待される子供」をどう理由づけすれば納得がいくのだろうか?
きっと何も思い浮かばないと思う。ただ、人の理不尽な死を仏法の法理に事寄せ責任転嫁しているように思えてならない。

責任転嫁したところで何も変わらない。

仏法には「願兼於業」という教えもある。
必ずしも悪業によって、苦難に遭うとも言い切れない。

「願兼於業」とは
悪道・悪世に苦しむ人を救うため、自ら願って悪道・悪世に生まれてくること。
法師品には、菩薩がすでに積んだ仏道修行の功徳によって善処に生まれてくるところを、民衆救済のために願って悪世に生まれ、
苦悩する民衆の中で仏法を弘通することが説かれている。

別の角度から考えて、生命とは何も人間だけのものじゃない。
動物だって植物だって生命だよ。

一人の人間の理不尽な死は納得出来ないが、食用動物は毎日ベルトコンベアーで数万匹殺されていようと何も感じない。
テレビを見ながら「虐待死なんて許せないよなぁ〜」と言いながら平気で肉喰ってんだから。
昔は出家僧は肉食厳禁だったろうが、今では普通に坊主は肉喰ってるし。
0616桃太郎
垢版 |
2019/04/13(土) 17:04:14.26ID:yc/diV8m
まさに、動物から見れば、人間は悪魔だよね。

仏法はありのままの実相をありのままに捉えるという思考法をとっている。
そこには個人的な感情など入り込む余地はない。
そういう意味では極めて厳粛な法といえる。

そのうえで、法華経は正しい人生の道筋を一切衆生に説き示した法門といえる。
簡単に、それが何か、どうかと言う事はできないが、はっきりしている事はいかなる生命であろうと
この世に生を受けた以上必ず生命の存在意義というか生まれてきた使命があると言う事だ。

それは仏法で説く「縁起」を理解すればわかる。
「全ての現象は、原因や条件が相互に関係しあって成立しているものであって独立自存のものではない」
(ウィキペディア)

彼らの死は、生きている私たちに何を与え、何を示唆しているのか思索してみる事も重要ではなかろうか。
0617神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/04/14(日) 08:04:20.84ID:17OvOmyL
輪廻転生は聖人が真理を説くにあたって行き着いた新しい概念であり、仮説であると思う。物語と言った方が良いのかもしれない。
そもそも神や宗教といったものの根元は人間の背徳心から来てるのだろうと思う。つまり本能が自らが生存する上で指令するのだろう。(続く)
0618神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/04/14(日) 08:04:30.03ID:17OvOmyL
例えば人のものを盗むときドキドキしたり、ビクビクしたりするのは「注意しろ!」と信号を出してるのだと思う。悪いことをしたという感情も相手の気持ちを推し量るというコミュニケーション能力ため生まれたものだと思う。何が言いたいかというと神様(神話のような)はいない。
0619桃太郎
垢版 |
2019/04/15(月) 02:03:16.65ID:MdtEy9hM
>>618

そう。人間を離れて神様や仏様はいません。

>宗教といったものの根元は人間の背徳心から来てるのだろうと思う。

それもあるだろうけれど、原始宗教は自分の力ではどうにもならない事を
何かに縋って心の安寧を求める心から始まったのではなかろうか。
いわば、生命の飢餓状態からの当然の帰結として様々な宗教が生まれたものだと思う。

輪廻転生は現実に証明出来ない以上「信」の問題になる。
三世の生命観に立ち因果応報を説くことで、必然的に人間社会への倫理観を確立したと思う。

良い行いは来世の安穏善所が約束され、悪い行いは地獄に墜ちるという具合に

来世が証明出来なければ、来世が「ある」、「ない」どちらに賭けた方が得か
パスカルの賭には人々を納得させる仮説としては今でも有効に思える。

>>539
0620神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/04/24(水) 22:46:08.05ID:DAt5uVhY
宗教は民を統治する為に作られたんじゃないの?
0623神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/04/27(土) 09:29:13.64ID:ZMbftJlK
あと4日
0624神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/04/29(月) 03:42:14.75ID:qkvlf1lH
あと2日
0625神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/05/03(金) 15:44:29.81ID:Ux4vPPRs
カミは死んだ
0626神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/05/03(金) 21:52:35.73ID:M6y3kZtl
大乗非仏説だから日本仏教はクソ
0627神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/05/03(金) 21:52:36.05ID:M6y3kZtl
大乗非仏説だから日本仏教はクソ
0628神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/05/03(金) 22:02:35.41ID:kVgnxPXX
>>625
いないって意味じゃないんだよな、それ
0629神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/05/03(金) 22:47:19.52ID:X0jQ3fF+
経典なんて、便所紙。

尻服ぐらいしか役に立たん。
0630神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/05/04(土) 00:25:16.46ID:AgCh8yUU
その屈服とやらをする時に経典は便所紙だと教えるのかい?
そんなの屈服どころかただの増上慢かエセ仏法者の真似事
もはや仏教を学ぶ菩提ですらないから仏法を正しく語る事は出来ない
ちなみに仏法では慈悲を受持し説法を用いて相手の教義や境地を広め高みに引導していく事を目的としているから屈服を用いる事自体間違いな
0631神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/05/04(土) 10:35:41.57ID:mHavo1pa
神は紙
しかし糞を拭く紙にもならず
何故なら紙は糞で出来ていた
0632神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/05/04(土) 10:36:28.15ID:mHavo1pa
糞を洗い流したい時に役に立つのは一体何なのかこれが分からない
0633神も仏も名無しさん
垢版 |
2019/05/04(土) 18:39:24.93ID:xxlD0hG7
尻服=>尻拭く の間違いでしょ。

尻服=>屈服と勘違いしている。
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