0は自然数か? [無断転載禁止]©2ch.net
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0は自然数・・・
ペアノの公理とか、そこらへんをやりはじめたニワカが言いがちなフレーズやな ゼロとは状態である。
そして数0とは自然数が始まる前の状態において定義される数である。 減算ありきなんだからそりゃ自然数で
ありきたりなカウントなんてされないわよ 0/0=0と定義するなら、{0}は加減乗除あらゆる演算に対して完全に閉じた完璧な数体系となる。 >>31
0/0は不定形だから定義するわけにはいかないんだよ。
元の式によってグラフが違うだろ?0/0を何か一定の値に定義するとそれと完全に矛盾する。 >>58>
言うと思ったわw
でも収束する値はまた違うから 数学上の美しさよりも
歴史的事情のあれこれが
好きだ。文化って奴だ。 >>47や>>58みたいに数学を妄想で歪めようとするやつ
2ちゃんはこんなの多い そう。俺理論よりも、歴史の垢にまみれた事実が大切。 自然数とは何か、という定義が全てです
>>1さんにとっての自然数の定義とはどのようなものでしょうか >>94
ペアノの公理を満たす全ての集合。
もし{0,1,2,3,...}が自然数の集合なら、0は1の意味、1は2の意味を持つことになる。だから0は自然数には含めない。 >>107
ペアノの公理に0なんて登場しないからw 意味わかってて書いてるのかな
ペアノの公理系の0や1はただの名前だから、0も1も登場しない
ペアノの公理系を出発点として加法を追加するとき、加法の定義の仕方で0を含むかどうかが分かれる >>120
1は登場するよ。そしてそれは紛れもない数1だ。
嫌味ではなく、意味が分かってないのは君だと思う。 ペアノの公理系そのものに演算は定義されていない
0や1で表される要素は加法単位元や乗法単位元を意味しない
ペアノの公理系における「最初の要素」の名前としてだけある
それを何と表すかはどうでもよくて、加法を再帰的に定義するとき
a+最初の要素=a を用いるなら最初の要素は加法単位元0であり、
a+最初の要素=aの次の要素 を用いるなら最初の要素は乗法単位元1となる
演算を定義して初めて数として0なのか1なのかが定まる
ペアノの公理系に演算はないので0も1もない 一方、君の言ってることはこうだ
>もし{0,1,2,3,...}が自然数の集合なら、0は1の意味、1は2の意味を持つことになる。
ペアノの公理系の最初の要素が乗法単位元を意味するものだと決めてかかっている
何度も書いたが、最初の要素が数としてどんな働きをするのか、ペアノの公理系では指定されない >>134
この公理を満たす集合のうち、任意の元a,bにおいてa+b=bになる場合がある集合と、必ずa+b≠bになる集合があるのはおかしくないですかね。
同じように、1のすぐ前に0がある集合と1のすぐ前に何も無い集合があるのはおかしくないですかね?
てか、分数も負数も無いのに単位元関係ないw 定義するってことがどういうことかも理解してないみたいだな >てか、分数も負数も無いのに単位元関係ないw
これまたおかしなことを言う…
二項演算*においてeが単位元であるとは
x*e=e*x=x
が成り立つこと
自然数の演算体系でも(0を含むとき)
x+0=0+x=xが成り立つので0は加法単位元だし、
x*1=1*x=xが成り立つので1は乗法単位元だ >>145
>この公理を満たす集合のうち、任意の元a,bにおいてa+b=bになる場合がある集合と、必ずa+b≠bになる集合があるのはおかしくないですかね。
なにがおかしいの?
>同じように、1のすぐ前に0がある集合と1のすぐ前に何も無い集合があるのはおかしくないですかね?
なにがおかしいの??? x*e=e*x=xが成り立ってもy*e=e*y=yが成り立つとは限らないジャン
演算が定義されないうちからeが0とか1とか分からないよね? >>147
0が入った自然数の集合の任意の元aについて、a+0=0+a=aが成り立つことをどうやって証明する?
自然数は無限にあるから片っ端から0を加えて確かめる事はできないよね。
そして、0+0=0と0+100=100だけから0+101=101が証明できるか? >>133の本質的矛盾点は与えられた集合に演算が定義された時に元そのものが変わってしまっているという点 >>184
もしかしてペアノの公理を満たす集合は一つ(同型とかではなく、集合の相等として)しかないと思ってる? >>196
集合が与えられたということはその元が一意に定まっているということ。
つまりこの場合ペアノの公理を満たすある集合の事。それを{α,β,γ,δ,...}で表すと、
>>133は既に演算が定義済みの普遍集合(例えば整数環)の零元である0の
性質を利用して加法を定義し、αを0と仮定した。一方で、aの次の要素をa+1として
加法を定義しα=1を導いた。 一つの元が完全に変わってしまっている。 0は自然数です
そうじゃないと不便だもん
とはいえ,0を自然数に入れるか否かは,個人の趣味の問題であって,
「どっちでもいい」「お好きにどうぞ〜」が答えでいいんじゃないの?
大学レベル以上の数学の本でも,0を自然数に入れているものも入れていないものも,どっちも沢山ある. >>218
定義するとは何事かがそもそも解ってない相手に、
その直球の正解は通じにくいような気がする。
どう説明すれば有効かは、判らないけれど。 ペアノの公理系に出現する "0" という記号列がいわゆるゼロを表すか否かは、
足し算を定義するときの(再帰的定義の)出発点である「 +"0" 」を定義するときに
n + "0" := n
と定義するか
n + "0" := suc(n)
と定義するかで決まる。前者の定義の場合、"0" はいわゆるゼロになるし、後者の定義の場合、
"0" はいわゆるイチになる。どちらの定義を採用するかはペアノの公理系とは無関係で、
単純に足し算をどのように定義したいかの問題に過ぎない。
従って、「ペアノの公理系にゼロは出現しない」という主張はおかしい。
もちろん、「ペアノの公理系にゼロは出現する」という主張もできない。 なぜこのような状況になっているのかというと、ペアノの公理系は
後者関数 suc の性質を述べているのであり、・・・つまりは
"0" → suc("0") → suc(suc("0")) → suc(suc(suc("0"))) → ・・・
という系列における矢印「→」の性質を述べているのがペアノの公理系なのであり、
出発点である "0" という記号列がいわゆるゼロなのかイチなのかはペアノの公理系では
規定していないのが原因である。"0" 自体に要求される性質は、
「 "0" の手前には矢印は存在しない」
という性質、すなわち、「出発点である」という性質だけが "0" の性質として要求されているのであり、
これでは "0" がゼロを表しているかイチを表しているかは特定できないのである。 ただし、ペアノの公理系における通常のお作法では、
足し算 + を定義するときの(再帰的定義の)出発点は
n + "0" := n
とするのが伝統的な習わしになっているので、普通は "0" はいわゆるゼロになる。
このことは、そもそも "0" という記号を使っていることからもお察しである。
ttps://en.wikipedia.org/wiki/Peano_axioms
> Addition is a function that maps two natural numbers (two elements of N) to another one. It is defined recursively as:
> a+0=a, (1)
> a+S(b)=S(a+b) (2)
wikipedia の記述でも、(1) の定義の仕方を採用しているので、wikipedia でも "0" はゼロとなる。
なぜイチから始めないのかというと、ペアノの公理系における通常の実装方法では、"0" = φ と定義するし、
後者関数 suc は suc(x) = x∪{x} と定義するからである。この実装のもとでは、各自然数は集合として
そのまんま「有限順序数」になっている。一方で、順序数同士の間には、順序数専用の足し算が予め定義されている
(ペアノの公理系とは無関係に)。ここでは、順序数同士の足し算を # と書くことにする。"0" = φ だったから、
順序数と見たときの "0" は、順序数の足し算 # に関して紛れもないゼロになっていて、他の有限順序数 n に対して
n # φ = n
が常に成り立つ。すなわち、n # "0" = n が成り立つ。よって、"0" = φ, suc(x)=x∪{x} という実装のもとでは、
自然数の足し算 + を定義するときの(再帰的定義の)出発点は
n + "0" := n
として定義するするのが最も自然なのである。 >>232
wikipediaにも書いてある、まで読んだ。 wikipediaを馬鹿にしたところで君の無理解は変わらんぞ 高校までの教科書・参考書・問題集などでは0は自然数に入れないように統一されているけど,
それは「中高生を混乱させないように」という文科省による要らねえ配慮(?)に過ぎず,
やっぱ「どっちでもいい」としか言いようがない気がする
ボクは「0は自然数に入れる」ほうが好きです 配慮の仕方が中途半端だね
そもそも自然数という用語を使わず正整数・非負整数と呼べばいいものを >>243
具体的な反論もなければ理解する気もないようだな
そのくせ、中途半端に意味のないレスだけは よこしてくるんだな
そういう不誠実な態度で不貞腐れて思考停止するバカは数学には向いてないぞ
何がしたいんだろうなコイツ
[まとめ]
・ 「ペアノの公理系にゼロは出現しない」という主張は明確に間違っている。
・ もちろん、「ペアノの公理系にゼロは出現する」という主張もできない。
・ ただし、普通は "0" がいわゆるゼロになるように足し算 + を定義する。
・ その理由は、"0":=φ, suc(x):=x∪{x} という標準的な実装のもとでは、
各自然数が集合として そのまんま有限順序数になるため、順序数同士の間に
予め定義されている足し算#との整合性を取るには、"0" がいわゆるゼロになるように
自然数同士の足し算 + を定義するのが最も自然だから。 >>269
ゼロとは加法に関する単位元のことだから、「加法を持たないペアノ公理系にゼロは出現しない」は正しい
>>133には「ペアノの公理系における「最初の要素」の名前としてだけある」と書いてあるし、
あなた自身も「いわゆるゼロになるように足し算 + を定義する」と言っているように、
ゼロは「ある」ものではなく「なる」ものである これに関して
「足し算を定義した後でゼロになる元が存在するのだから、ペアノ公理系にゼロが出現しないとは言えない」
という反論があるかもしれない
しかし、その見解を推し進めるなら、例えば
「ペアノ公理系と有理数体の間の全単射を使うことでペアノの公理系に体の構造を入れることすらできるので、ペアノ公理系に1/2が出現しないとは言えない」
という主張もまかり通ることなり、際限がない >>280-281
文脈を無視した下らない揚げ足取りをするな。
>>1の発言は
「ペアノの公理系にゼロは出現しないが、イチは出現する」(>>118, >>122)
というものである(もちろん、これは間違った発言である)。
そして、俺が言っている
「ゼロは出現するという主張はできず、しないという主張もできない」
とはこの文脈における発言である。
>あなた自身も「いわゆるゼロになるように足し算 + を定義する」と言っているように、
>ゼロは「ある」ものではなく「なる」ものである
もとよりその意味でしかない。なぜなら、俺は>>269で
「ゼロが出現すること・しないこと」を同時に否定しているからだ。
同時に否定することで、「ペアノの公理系はゼロの出現と無関係である」ということを
俺は強調したいのだ。そもそも、無関係であること自体の話も>>230-232で既にしてある。
そして、演算を定義した段階で、ゼロになるかどうかの役割が決まる(しかし、普通は
ゼロになるようにする)と俺は既に書いている。この書き方に一体何の文句があるというのだ。
くだらない言葉尻を捉えて話を引っ掻き回すな。 >「ゼロは出現するという主張はできず、しないという主張もできない」
これは数学的構造ではなく集合論的モデルのレベルで考えている人の発言だね
あなた自身も言っている「足し算を定義する」という立場、すなわち数学的構造のレベルで考える立場とは相容れない
これらを混同するから一貫性のない主張になってしまっている >>303
驚くほどに下らない揚げ足取り。どうでもいい。
というか、そんなところを気にするなら、ペアノの公理系で最初の要素を "0" という
恣意的な記号(忖度してくれと言わんばかりの記号)を使って書くことが多いという風習から
文句をつけろよ どうでもよくはないよ
>>105
>もし{0,1,2,3,...}が自然数の集合なら、0は1の意味、1は2の意味を持つことになる。だから0は自然数には含めない。
「意味を持つ」という表現に見られるように、問題の人物もやはり数学的構造のレベルで話している
あなたも基本的にはこの立場で話しているので基本的に正しいことを言っているが、
一部にモデルの話が混ざってしまい、そのせいで整合性がとれていない 訂正
あなたも基本的にはこの立場で話しているので>>105に対する指摘も基本的には適切な方向だが
一部にモデルの話が混ざってしまい、そのせいで整合性がとれていない >>305-306
基本的に適切な方向だと思うならそれでいいです。
あなたの言う整合性がどうこうは、俺にとっては下らないのでどうでもいい。
どうせ >>1 にはどんなに整合性の取れた文章を提示したってきちんと理解してくれんわ。 最低限、単位元や公理を理解できない人間に理論的な何かを言っても無駄。
自然数かどうかは自然数の定義次第で変わる。
ただ、0は自然数でないと考えるのが一般的であると私は思う、又そう考えている。 >>307
長文で丁寧に説明してた人の台詞とは思えんね ゼロはインド人が発見したもので、自然数を発見したギリシャ人は知らなかった。だから、ゼロは、自然数ではない 古代には1は自然数でないとか2まで自然数でないとか言ってるやつもいた アホはネット人が変身したもので、馬鹿板で活動するテイノゥ人は消えなかった。だから、アホは、社会悪ではある
¥ ペアノの公理に0出てくるって20世紀の前半までだろ {},{{}},{{{}}},{{{{}}}},….. 昔はクラスの成員とか言って要素の個数と集合を混同してたし ペアノの公理が指定しているのは自然数の順次構造だけだから、
最初の元を「0」と呼ぼうが「1」と呼ぼうが「イ」とか「マグカップ」とか呼ぼうが、
違いは名目的なものに過ぎない。
それ以前に、ペアノは自然数を発明したのではなく、
昔からある自然数を公理的に表現しただけだから、彼がどう定義したかは
0が自然数であるかどうかとは本来何の関係もない。 文部省的には0は自然数ではない
数学的には分野依存
哲学的には、.... 私にはわかりません 文科省とかプロ野球連盟とかの意見は
この際なんの関係もないだろ? 確か新バビロニア王国で0の萌芽があったと聞いたが
ネアンデルタール人は「0、1、沢山」と数えていたとか「1、2、沢山」と数えていたとか両説ある 今でも「0は自然数である。」で始まるバージョンのペアノの公理を使ってる書籍とかあるんだろうか 集合論だと大概そうでしょ
ωは{ }=0から始めるし 混同してるという認識がズレてる
メンバーシップを順序とすると都合がいいので順序型のモデルとして採用しただけ 0から始まるわけないかどうかはさておき、>>326との関係は? 順序数が0から始まる訳無い
(根拠は提示しない)
ペアノの公理に0が出てくるのは20世紀の前半まで
(事実に反する。集合論では今でも0から始まる)
昔はクラスの成員とか言って要素の個数と集合を混同してた
(混同してるという認識がズレてる)
何か申し開きはある? 本当に馬鹿だね
それは集合論の本を漁れば簡単に確かめられるし、そうしなければ納得はできまい
君の思い込みの主張とは質的に異なる >>344
「集合論の本」ってどの本だよw
個人ブログとかは無しね はあ?個人ブログ?何なのその発想は
参考文献の探し方も知らんのか
JechでもKunenでも何でもいいから、気の済むまで勝手に確かめればいいだろ >>325
これ、ちょっと工夫した方が後で都合がいいのよ。フォン・ノイマンの工夫だと思う。
{}=0、{0}=1、{0,1}=2、{0,1,2}=3、、、、、、、、 順序数と計量数が一致するのは知っていると思うが
最近の教科書では計量数を集合数だとしてあるけど
計量数は要素の個数ではなく要素の比だ
0/1、0/2、0/3を同じ順序とするのはやっぱりおかしい
よって0は順序数ではない 序数は 1 から始まり, 個数は 0 から始まる. どちらも自然な発想であろう. 計量数とか集合数とか一体何の話なのか
なぜそれで0が順序数でないことになるのか >>349
「何番目」という言葉を考えると序数は1から始まるようにも思えるけど、
「何回」かと考えれば0も序数に含めるのが自然
実際、数学の文脈でも、単位元を0乗(0回乗じたもの)、何もしないことを0回操作すると見なす 古い古い教科書だと計量数って用語を使ってるのを見たことある 作用素の逆元や平方根は常に存在するわけではないので無視ね Re:>>351 いくつかあるものに対して 1, 2, 3, …と一個ずつ数を対応させる場合は 0 は無い. 「いくつかあるもの」という表現では順序を考慮していないので、序数を対応させることはできない
例えば、ωとω+1はどちらも「可算個あるもの」の集まりだけど、
1, 2, 3, …と一個ずつ数を対応させようと試みると異なる結果になる
これら異なる結果のうち、最小のもの(initial ordinal)が基数
それから、そもそもの話として、
個数は 0 から始まると言いながら、「いくつかある」と言った場合に「一つもない場合」を除外するのは不自然 Re:>>357 いくつかあるだけでは順序はまだないが, それに 1, 2, 3, …とつける事でその時は順序が付く. >>358
同じだけあっても対応のさせ方(順序の定め方)は一意的に定まらないという話なんだけど
それと、何故一つもない場合を除外するのさ Re:>>360 順序の定め方が複数あってもその中の一通りを選べる. 一つも無い場合は何も名前をつけようがない. 意味もなく一通り選んでどうするつもり?その選んだものは何を意味する量なの?
>>354で一体何が言いたかったのやら
それから、一つも無い場合は0回カウントするわけだから0を対応させればいいんだよ Re:>>362 選んだものはその時に決めた序数. この場合の序数は 0 を含みようがない. つまり、
「カウントは1から始める」という前提から「序数は0を含みようがない」と結論付けたわけか
いや、君の言いたいことはよく分かったよ、時間の無駄だった >>357
空集合でない時に最小の要素があれば全体集合に順序がある
これ常識 >>370
任意の部分集合は空集合を含むのだから、空集合を順序の最初に持ってくることはできないって事 ああ、ID:1+nP8rJ/だったのか
お疲れさん >>371
二項関係の定義を知らないのか?
空集合上には唯一つの二項関係が存在し、それは整列順序の公理を満たす 2項厨、2変数関数厨は原像が不定だろうがお構い無し ああ、もしかして俺が集合論スレに書いたことを読んだのか?
向こうのスレでの関数は(集合とは限らない)クラスとしての関数の意味だが、
こちらのスレでは集合しか考えていないから「原像が不定」などということはあり得ないぞ
集合としての関数の原像が集合であることを示すのに置換公理は必要ない(分出公理で十分)
それはそうとして、どうやら二項関係の定義は理解できなかったようだけど、一体どうしたものかな… >>371 も >>374 も >>1 と同一人物だろうな
勘違いの仕方がトンチンカン
勘違いの仕方が低レベルとかじゃなくて、
勘違いの仕方が「トンチンカン」
いったいどんな勉強をしたら、こういうキチガイに仕上がるのかな 昔、ペアノ公理で0を最小元にするか1を最小元にするかで理論が別れるから自由性を取り入れた方がうまくいくぞとか言われたけどどういうことなの? 正って0を排除するということだから
排除するから排除するって言ってるだけよそれ >>376
大体わかった。オマイは像・原像を集合自体だと誤解している。集合の各元が像・原像だ。 >>382
今日もキチガイ節が炸裂
勘違いの仕方がトンチンカン
一体どうやったらそんな勘違いの仕方ができるのか不思議でならない
一体どんな勉強をしたらこんなキチガイに仕上がるのか不思議でならない お前ら数学してないね
なんかほんと典型的勘違い自称数学好きマンって感じ
辺鄙な大学の工学部あたり卒とかに多いイメージ 確かに、
0は自然数ではないとか、0は順序数ではないとか、
そんなバカなこと言ってる奴は数学してないね
なんかほんと典型的勘違い自称数学好きマンって感じ
辺鄙な大学の工学部あたり卒とかに多いイメージ これがブーメランに見えるってことは、
0は自然数ではないとか、0は順序数ではないとか、
そう思ってるわけだ
バカだな
きちんと数学の勉強してたら、絶対にそんなこと言わない
なんかほんと典型的勘違い自称数学好きマンって感じ
辺鄙な大学の工学部あたり卒とかに多いイメージ
反論があるなら具体的にどうぞガイジ 来年は平成になって30年と気持ちよく言いたければ平成0年からスタートしておきたい 429132人目の素数さん2017/11/25(土) 02:13:52.92ID:XTWvWz/U
これがブーメランに見えるってことは、
0は自然数ではないとか、0は順序数ではないとか、
そう思ってるわけだ
バカだな
きちんと数学の勉強してたら、絶対にそんなこと言わない
大学の工学部あたり卒とかに多いイメージ
反論があるなら具体的にどうぞガイジ
ブーメラン
乙 卵をどっちから食うかって論争と同じ
定義によるとしか >>434
なんだ、工学部とかですらなく、中卒のザコが粋がってただけか。
ならしょうがないな。
中卒の人間は、自然数に0を含めない「流儀」の自然数しか習わないので、
自然数に0は絶対に含まれないと勘違いする。
何度も言われているが、自然数の定義(特に、ペアノの公理系による定義)そのものには
0 も 1 も登場しない。従って、自然数に0を含めるかどうかは、単なる「流儀」の問題に過ぎない。
大学の数学の教科書見てどうぞ。 以下、自然数に0を含めている記述が見つかる洋書の例。
無論、0を含めない洋書も探せば見つかるが、ここには挙げていない。
ttps://books.google.co.jp/books?id=L6FENd8GHIUC&lpg=PA15&vq=natural+numbers&pg=PA15&redir_esc=y#v=onepage&q=initial%20number&f=false
15ページ目で、自然数に 0 を含めている。
ttps://books.google.co.jp/books?id=TO098EjWT38C&pg=PA118&dq=peano%27s+postulates&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwjBrYOGneHXAhULW7wKHYRTCIgQ6AEIdjAK#v=onepage&q=peano's%20postulates&f=false
118ページ目で、ペアノの公理系を「 0 」から始めている。
ttps://books.google.co.jp/books?id=1aJLAQAAQBAJ&pg=PA26&dq=peano+axioms&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwjgw6WUneHXAhUQh7wKHcABAT4Q6AEIUzAH#v=onepage&q=peano%20axioms&f=false
26ページ目で、ペアノの公理系を「 0 」から始めている。
ttps://books.google.co.jp/books?id=nvM-DwAAQBAJ&pg=PA9&dq=natural+numbers&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwiMx-mppOHXAhXLn5QKHf8gA0UQ6AEIYzAI#v=onepage&q=natural%20numbers&f=false
9ページ目で、ペアノの公理系を「 0 」から始めている。 (長すぎて投稿不可と出たので分割投稿)
ttps://books.google.co.jp/books?id=NlgwptagGoEC&pg=PA227&dq=natural+numbers&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwiMx-mppOHXAhXLn5QKHf8gA0UQ6AEIgQIwHQ#v=onepage&q=natural%20numbers&f=false
227ページ目に「 The natural numbers are 0, 1, 2, .... 」と書いてある。
ttps://books.google.co.jp/books?id=OXfmTHXvRXMC&pg=PA3&dq=%22Notice+that+we+include+0+in%22&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwj9svT4qeHXAhWMHJQKHTVVCGYQ6AEIJjAA#v=onepage&q=%22Notice%20that%20we%20include%200%20in%22&f=false
3ページ目で、自然数に 0 を含めている。ご丁寧に「 Notice that we include 0 in N. 」と書いている。
ttps://books.google.co.jp/books?id=VfCgAQAAQBAJ&pg=PA21&dq=natural+numbers&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwiMx-mppOHXAhXLn5QKHf8gA0UQ6AEI2gMwOQ#v=onepage&q=natural%20numbers&f=false
21ページ目で、0を自然数に含める流儀と含めない流儀についての記述がある。 ネトウヨはシャドーボクシングが得意だからな
無い物に番号をつけるのが日常なんだろ >>345のような発想が出てくる人種という時点で、この結末は予想して然るべきだった
数学の洋書など見たこともあるまい >>439
なんでネトウヨが出てくるのか知らんけど、
>>437-438 のリンク先は全て「洋書」であって、
著者も「外国人」であって、ネトウヨとは無関係ですよ。 >なんでネトウヨが出てくるのか知らんけど
>>439こそがシャドーボクシングしてるから
反論できなくなったときの精神安定剤
>>395も同様 >>444
0 が N に含まれるかどうかは、流儀の違いに過ぎないと何度も言っている。
0∈N となる流儀も存在するし、0∈N とならない流儀も存在する。
0∈N となる流儀を採用している具体例は >>437-438 に挙げている。
実際に確固たる具体例が存在するのだから、文句のつけようがない。
いつまでも未練タラタラに「含まれない」と叫んでも無駄だよ。 出店を挙げたところで何かが証明されるわけでもない
wikipedia脳だなぁ >>447
>>434で中学校の教科書を「出典」として挙げていた
中卒のお前が何を言ってるんだ?
証明にしたって、流儀の違いに過ぎないものを
証明しようとしても、自明な文章が生成されるだけ。
一応やってみるか?
0を自然数に含める定義の場合に、0が自然数に含まれることの証明:
定義により、0 は自然数に含まれる。(証明終了)
0を自然数に含めない定義の場合に、0が自然数に含まれないことの証明:
定義により、0 は自然数に含まれない。(証明終了)
これで満足か?ww
それとも何だ、ペアノの公理系だけから、
0が自然数に含まれないことが証明できるとでも言うのか?
だったらやってみろよw 「そんな流儀、俺は知らない。
気に入らない資料は認めない。」
だろ。相手をするだけ無駄だよ。 >そんな流儀、俺は知らない。
>気に入らない資料は認めない。
当然。
>相手をするだけ無駄
こちらからもお引き取り願う。
怒らせて情報を得ようったってそうは問屋が卸さない。 >>451
>当然。
資料を認めない理由に具体的な内容が伴っておらず、
単に「気に入らない」という感情的な理由だけで認めないのならば、
――しかも、そのような行為を「当然」だと思うのならば、
お前は自分がバカであることを高らかに宣言していることになるぞw
それとも、
「ぼくは見ての通りの大バカなんです。だから もう相手しないでください」
と言いたいのかね?w ゼロが自然数かって話題より
トロロが自然薯かって話題のほうがはるかに美味しそう >空集合は一意である
↑結局これが決定的論拠になるのかも。全く元を含まない集合、「元の個数が0」 そうすると自然数列の切片{1,...,n}と同じ濃度を持つある有限集合について、nがただひとつ決まる。
nを元の個数とすると、空集合の元の個数が0である事と矛盾しない。空集合は空集合とだけ同じ濃度を持つ。 負の反対が正で正の反対が負
その境が0
0の「次に来る」数が1ではない
つまり後者関数で0に1を対応させることはできない
バーコフ=マクレーン程の大家でもそこらへんはテキトーだった もしかして、バーコフ=マクレーンという一人の人物がいると勘違いしたのか、このお馬鹿さんは >>456
論理が滅茶苦茶で何の説明にもなってない。ガイジ。
>負の反対が正で正の反対が負
>その境が0
お前は予め「正の数」「負の数」「0」という整数全体を
指定した上で議論を始めているようだが、だったら
X:= { n∈Z|n≧0 }
f(n):= n+1 (n∈X)
と置けばよい。このとき、三つ組み (X, 0, f) はペアノシステムになっており、
写像 f はこのシステムにおける れっきとした「後者関数」になっている。 >>456
>0の「次に来る」数が1ではない
>つまり後者関数で0に1を対応させることはできない
論理が滅茶苦茶。ガイジ。
後者関数とは、特定の性質を満たす単なる写像に過ぎない。
>>458で定義した (X, 0, f) はペアノシステムになっており、
写像 f はこのシステムにおける れっきとした「後者関数」になっており、
しかも f(0)=1 であるから、0 は後者関数 f によって 1 に対応することになる。
つまり、お前の発言は自動的に間違っている。
では、お前は一体どこで間違えたのか?
それは明らかである。お前は、
「正負の堺が 0 であり、0 の次が 1 なのではない」
と言っているが、この理屈が間違っているのである。より明確に言うと、
「正負の堺が 0 であるという話と、0 を 1 に対応させる後者関数が
存在するか否かという話の間には、何の関係もない」
のである。にもかかわらず、関係があると勝手に思い込んで、
意味不明な間違いに陥っているのがお前である。
上で書いたように、0 を 1 に対応させる後者関数は実際に存在する。 もうブーメランはいいからwwwwwww
後者関数は「n+1」じゃねーから
あと、コテつけろ >>460
俺の方は1日ごとに同じIDなのでコテの必要はない。
むしろ、コテが必要なのはお前。
毎回IDを変更して他人のふりして書き込んでいるようだが、
逃げ回ってないで1つのIDで書き込めよ。
>後者関数は「n+1」じゃねーから
写像 f はペアノシステム (X, 0, f) における後者関数である。
もう一度言うぞ。
・ 写像 f は、"ペアノシステム (X, 0, f) における" 後者関数である。
このことが分からないなら、お前は「後者関数」の定義が
分かってないということ。中卒のガイジにはペアノの公理系すら
高度すぎて理解不可能ってことだなw wiki観ながら必死のパッチで書き込んでるのがようわかる >>462
やっと同一IDで書き込むようになったのは褒めてやろう。
それで?反論が全くないようだが?
反論が無いならそこで終わりだよ?
どうするの? >>461
その人、公理系とモデルの区別を理解してないから、説明しても無駄だよ >>465
依然として同一IDで書き込んでいるのは褒めてやろう。
それで?反論が全くないようだが?
反論が無いならそこで終わりだよ?
どうするの? >>467
話が進まないから、俺の方から話を進めるぞ。
お前は後者関数という言葉を知っているのだから、
suc(n)=n+1
が成り立つようなペアノシステムの具体例を
必ず目にしているはずだ。にもかかわらず、なぜお前は
>後者関数は「n+1」じゃねーから
このような滅茶苦茶な発言をするのだ?理解に苦しむぞ。お前は
「正負の概念」「正負の "堺" という概念」「 0 の概念」「 1 の概念」
を持ち出した上で後者関数の話をしているのだから、お前は
「整数全体」
を土台として後者関数を語っていると推測される。
一方で、整数全体には、あらかじめ足し算「+」が定義されている。
従って、その演算「+」を拝借して >>458 のようにペアノシステム (X, 0, f) を作れば、
「 0 から始まっているペアノシステム」
が得られることは明白であり、写像 f はペアノシステム (X, 0, f) における後者関数であり、
f は 0 を 1 に対応させているのに、なぜお前はこれらのことを認めないのだ?
本当に理解できてないのか?そんなにお前はバカなのか? >>469
問題外。関係ありまくりw
(1) 何らかの集合 S の上に予め加法「+」が与えられているなら、
その加法を拝借してペアノシステムの具体例を量産することが可能。
すなわち、(1)の文脈では加法と後者関数は関係がある。
(2) 何らかの集合 A の上に加法が与えられておらず、先にペアノシステム (A, 1, f) が与えられているなら、
このシステムから自然に構成される加法の演算(ここでは α と書くことにする)を使うことで
f(n)=n α 1 (n∈A)
という等式が成り立つことが証明できる。これが分かりにくいなら、
演算の記号を「α」ではなく「+」という記号で書くことにしてもよい。このとき、
f(n)=n + 1 (n∈A)
と表現できるので、より加法と関係していることが分かりやすいだろう。
ただし、これだと(1)の「+」と同じ演算だと勘違いする可能性があるので、
ここではαという記号で書いた。要するに、(2)の文脈でも加法と後者関数は関係がある。
(3) 何らかの集合 B の上に加法が与えられておらず、先にペアノシステム (B, 0, g) が与えられているなら、
このシステムから自然に構成される加法の演算(ここでは β と書くことにする)を使うことで
g(n)=n β g(0) (n∈B)
という等式が成り立つことが証明できる(g(0)が「1」の役割をすることに注意)。
要するに、(3)の文脈でも加法と後者関数は関係がある。
結局、後者関数に加法が関係ないというお前の発言は完全に間違っている。 >>472
どこにウケる要素が?
三つ組み (X, s, f) にペアノの公理系と同じ条件を与えて、
その三つ組み (X, s, f) のことを「ペアノシステム」と呼んでいる本は、
探せばいくつも見つかるよ?正当な数学用語だよ?
以下の4つはその具体例。どれも「洋書」で、著者はみな外国人。
しかも、最初の3つは集合論の本。お前は集合論の本を開いたことも無いのか?
ttps://books.google.co.jp/books?id=S1GJDAAAQBAJ&pg=PA92&dq=%22peano+system%22&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwic_qf9gerXAhWBwrwKHebaAb0Q6AEIWzAH#v=onepage&q=%22peano%20system%22&f=false
ttps://books.google.co.jp/books?id=JlR-Ehk35XkC&pg=PA71&dq=%22peano+system%22&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwic_qf9gerXAhWBwrwKHebaAb0Q6AEIczAK#v=onepage&q=%22be%20a%20peano%20system%20Then%22&f=false
ttps://books.google.co.jp/books?id=sqxKHEwb5FkC&pg=PA45&dq=%22peano+system%22&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwic_qf9gerXAhWBwrwKHebaAb0Q6AEINjAC#v=onepage&q=%22peano%20system%22&f=false
ttps://books.google.co.jp/books?id=0coT1fK1GkYC&pg=PA53&dq=%22peano+system%22&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwic_qf9gerXAhWBwrwKHebaAb0Q6AEIJjAA#v=onepage&q=%22peano%20system%20that%20I.M.fixed%20in%20his%20mind%22&f=false むむ、リンクが繋がってるように見えちゃうから改行して書き直すわ。
以下の4つはその具体例。どれも「洋書」で、著者はみな外国人。
しかも、最初の3つは集合論の本。お前は集合論の本を開いたことも無いのか?
ttps://books.google.co.jp/books?id=S1GJDAAAQBAJ&pg=PA92&dq=%22peano+system%22&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwic_qf9gerXAhWBwrwKHebaAb0Q6AEIWzAH#v=onepage&q=%22peano%20system%22&f=false
ttps://books.google.co.jp/books?id=JlR-Ehk35XkC&pg=PA71&dq=%22peano+system%22&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwic_qf9gerXAhWBwrwKHebaAb0Q6AEIczAK#v=onepage&q=%22be%20a%20peano%20system%20Then%22&f=false
ttps://books.google.co.jp/books?id=sqxKHEwb5FkC&pg=PA45&dq=%22peano+system%22&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwic_qf9gerXAhWBwrwKHebaAb0Q6AEINjAC#v=onepage&q=%22peano%20system%22&f=false
ttps://books.google.co.jp/books?id=0coT1fK1GkYC&pg=PA53&dq=%22peano+system%22&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwic_qf9gerXAhWBwrwKHebaAb0Q6AEIJjAA#v=onepage&q=%22peano%20system%20that%20I.M.fixed%20in%20his%20mind%22&f=false こいつは学校を退学になったDQNかもしれん。数学板にこびりついてるのは数学の成績が特に悪かった、あるいは数学教師に対して>>383みたいな事を面と向かって言ったりしたのかもなw そうだな。自然数に0が含まれるか否かが
単なる流儀の違いに過ぎないことを未だに理解できなかったり、
ペアノシステムという正当な数学用語に なぜかウケてたりする
>>1のようなガイジは、学校を退学になったDQNかもしれないな。 >>476
ほれほれ、それからどうした?wwwww >>477
今までの議論に、お前は数学的な反論を書いていない。
くだらない煽りばかり。
反論が無いならそこで終わりだよ?
「それからどうした?」はこっちのセリフだよ?
どうするの? >>479
お前は
>後者関数は「n+1」じゃねーから
と言った。しかし、>>458のようにペアノシステム (X, 0, f) を作れば、
写像 f は (X, 0, f) において後者関数になっている。
このことは後者関数の定義から明確に従うので、お前は決して反論できない。
しかし、お前は無理をして反論モドキを書いてきた。それは
>後者関数に家宝はかんけーないと言ってんだよ
というものである。しかし、これが何の反論にもなってないことは明白である。
お前が「関係ない」と言い張ったところで、f が (X, 0, f) において後者関数に
なっているという事実は覆らないのである。なぜなら、f は実際に構成されており、
後者関数の定義によって f は (X, 0, f) において後者関数になっているからだ。
また、このことは、「後者関数に加法は関係ない」というお前の発言が間違っていることも
意味している。つまり、後者関数は加法と関係ありまくりなのである。
なお、後者関数と加法が関係ありまくりという話については、>>471 でも書いた。
議論はここで止まっており、お前は反論を書いていない。
「クソに話しかけるのは無意味」と言いつつ、お前は俺に反応しているようだが、
そんなことを書く暇があるなら、数学的な反論をよこしてみたらどうだ?
本当は反論できないんだろ?ガイジww >>481
このガイジは自分の殻に閉じこもって完全逃亡してしまったようだが、
こちらから一方的に、ガイジにも理解できるような解説を書いてみる。
これも理解できないようなら、お前はいよいよガイジである。
ゼロの定義:ゼロとは、アーベル群の単位元のことを言う。
より一般的には、ゼロとは、可換な単位的半群の単位元のことを言う。
「単位元」とは、ある種の数学的構造の中で ある種の役割をする元に与えられる「あだ名」であるから、
ゼロ及び単位元という言葉は、実際には「称号」や「役職名」もしくは「役割の名前」である。
従って、ある集合 A のある元 a が「ゼロである」とは、厳密に言えば
「 a はゼロの役割をする 」
という意味である。従って、A の上に異なる2つの演算ρ_1, ρ_2 が定義されているとき、
「 a は (A,ρ_1) においてはゼロの役割をするが、a は (A,ρ_2) においてはゼロの役割をしない」
といったことが起こり得る。 ペアノシステムの定義:Xは集合とする。s∈Xとする。f:X→Xは単射とする。
s∈X−f(X)が成り立つとする。さらに
∀A⊂X [ [s∈A ∧ f(A)⊂A] ⇒ A=X ]
が成り立つとする。このとき、三つ組み (X,s,f) のことをペアノシステムと呼ぶ。
また、写像 f のことを、ペアノシステム (X,s,f) における後者関数と呼ぶ。
ペアノシステムにおける基本的な二項演算:(X,s,f)はペアノシステムとする。
このとき、X上の二項演算αであって、次を満たすものが構成できる。
・ 任意の x∈X に対して、x α s = f(x) が成り立つ。
・ 任意の x,y∈X に対して、x α f(y) = f(x α y) が成り立つ。
さらに、X上の別の二項演算βであって、次を満たすものが構成できる。
・ 任意の x∈X に対して、x β s = x が成り立つ。
・ 任意の x,y∈X に対して、x β f(y) = f(x β y) が成り立つ。 上記のαとβはともに、ペアノシステム(X,s,f)の中での通常の「足し算の演算」であると解釈できる。
注意すべきは、X の中に予め「加法」が存在している必要は無いということである。
ペアノシステム(X,s,f)がありさえすれば、そのシステムから上記の演算α,βが構成できるのである。
また、αとβは、結合法則と交換法則を満たすことが証明できる。すなわち、(X,α)と(X,β)は、
ともに可換な半群となる。さらに、(X,β)は可換な単位的半群であり、単位元は s である。
また、(X,α) には単位元は存在しない。従って、
・ s は (X,β) の中でゼロの役割をする。
・ s は (X,α) の中でゼロの役割をしない。
言い換えれば、同じ s という元が、演算の取り方によってゼロの役割をしたり、しなかったりする。
すなわち、ペアノの公理系で宣言される s は、ペアノの公理系だけでは、
ゼロの役割をするともしないとも指定されない。
つまり、s にゼロの役割を与えるか否かは、単なる流儀の違いに過ぎない。 X上の演算として「β」を使う場合、s は (X,β) の中でゼロの役割をするのだから、
「 X の中に 0 が存在しているように見える」。また、X上の演算として「α」を使う場合、
s は (X,α) の中でゼロの役割をしないのだから、「 X の中に 0 が存在しないように見える」。
これらのことから、X上の演算として「β」を使うことを予め決めている場合、
s のことを最初から「 0 」という記号で表記することが多い。また、X上の演算として
「α」を使うことを予め決めている場合、s のことを最初から「 1 」という記号で表記することが多い
(αのときに「 1 」という記号を使うのは、αの更なる性質が起因しているのだが、ここでは深入りしない)。
s のことを予め 0 と書いた場合、ペアノシステムは (X, 0, f) と書かれるのだから、
「 X に 0 を含めているように見える」。また、 s のことを予め 1 と書いた場合、
ペアノシステムは (X, 1, f) と書かれるのだから、「 X に 0 を含めて無いように見える」。
このような事情から、「自然数に 0 を含める・含めない」という言い回しが生まれる。
含める・含めないという言い方をすると、あたかも 0 という特別な元を集合 N の中に
放り込んだり抜き取ったりするイメージを持ってしまいがちだが、実際には そういうことではなく、
「集合 X の中に最初から入っている s という元が、ゼロの役割をするようにしたいのか、
それとも、ゼロの役割をしないようにしたいのか」
ということである。 つまり、
「自然数に 0 を含めるか否かは流儀の違いに過ぎない」
という文章は、
「ペアノシステム (X, s, f) が与えられたとき、何かしらの特別な 0 という元を
X の中に放り込んだり抜き取ったりするのは、流儀の違いに過ぎない」
という意味なのでは無くて、
「ペアノシステム (X, s, f) が与えられたとき、集合 X の中に
最初から入っている s という元にゼロの役割を与えるか否かは、
単なる流儀の違いに過ぎない(βならゼロの役割をするし、αならゼロの役割をしない)」
という意味なのである(お前が最も勘違いしているのは、おそらくココなのではないか)。 その説明は以前も試みた人がいたが通じなかった
「定義する」という行為をどうしても理解できないみたい 何だよ、5ちゃんねるって?
間違えてscに書き込んじまったじゃないか。 >>482
その定義だと、自然数にゼロは無いということになりそうだが、、、
群構造が無いからね。しかし、ある元の名称として「0」を
自然数に含めても、特に支障は無いと思う。
群の単位元は、0よりむしろ1で表すことのほうが多いから、
乗法の存在を前提とせずに「ゼロとは、アーベル群の単位元」
と定義してしまうのは、問題がありそう。 >>484
何を指して「ペアノシステム」と呼んでるのかにもよるが、
もともとのペアノ公理系は、自然数の順序構造しか表しておらず、
整数の代数構造の部分集合としての自然数を記述してない。
後者写像は、自然数の集合NからNへの任意の全単射fについて
x→(f^-1)(f(x)+1) で構わないから、後者が+1だというのは
一例としてそう解釈することもできるという話でしかない。 「なにもしない」には少なくとも数学では二種類あるのが暗黙の了解だからねえ。 >>489
今までの文脈を理解してないように見える。
>その定義だと、自然数にゼロは無いということになりそうだが、、、
無論、ペアノの公理系だけでは、自然数の中に「0」も「1」も無い。
あるのは後者関数によって定まる構造だけ。しかし、例のガイジは
「自然数に 0 は無いが、1 は確実にある」
「ここでの自然数とは、ペアノの公理系を満たす集合のこと」
と主張しているのである。つまり、ペアノの公理系だけから、
「 0 は無いけど 1 はある」と主張しているのでる。そこが問題なのである。
そういうガイジに、
「 0 も 1 も、何かしらの代数的構造が先に無ければ定義されない」
とレスしても通用しない。
ペアノシステム (X, s, f) の中に異なる2種類の演算(両方とも、ペアノシステムの構造に沿った形の
自然な「加法」と見なせる演算)を定義して、ある演算のもとでは s がゼロの役割をするのに、
別の演算のもとでは s はゼロの役割をしない、という例を見せるのが有効であると俺は考える。
そこで、>>484で
「 s は (X,β) においてゼロの役割をする」
「 s は (X,α) においてゼロの役割をしない」
「 ゆえに、s にゼロの役割を与えるか否かは、単なる流儀の違いに過ぎない」
といった言い方をした。 >>490
>もともとのペアノ公理系は、自然数の順序構造しか表しておらず、
>整数の代数構造の部分集合としての自然数を記述してない。
ほぼ同じことが>>482-486に書いてある。
ペアノシステム (X, s, f) では基本的な代数構造すら記述されてないので、
演算αや演算βによって、s がゼロの役割をしたりしなかったりする
(α,βともに、システムに沿った形の自然な「加法」の演算であるにも関わらず)。
すなわち、s がゼロの役割をするか否かは、
ペアンの公理系だけでは全く指定が無い、と述べている。 >>490
> x→(f^-1)(f(x)+1) で構わないから、後者が+1だというのは
> 一例としてそう解釈することもできるという話でしかない。
それは認識の仕方が不自然ではないか?君が言っているのは、
「代数構造も含めた整数が予め与えられているとして、その部分集合としての自然数を N とするとき、
ある後者関数 f:N → N が存在して、N の中に予め定義されている「+」と「1」を拝借しても
f(n)=n+1 とは表せない形の後者関数 f が存在する」
ということに過ぎない。一方で、一般のペアノシステム (X, s, f) を取るごとに、
そのシステムから自然に作られる>>483の演算「α」に対して
f(n) = n α s (n∈X)
が成り立つ。演算αは、(X, s, f) の中で自然に「加法」を表現していると考えられるし、
s は (X, α) の中で「1」の役割をするので、αを「 +' 」と表記し、s を「 1' 」と表記することにすれば
f(n) = n +' 1' (n∈X)
と表現できることになる。つまり、(X, s, f) を取るごとに、このシステム専用の
自然な加法の演算「 +' 」と元「 1' 」が存在して、後者関数 f は 「 +' 1' 」の形になっている。
このような意味において、後者関数は本津的に "+1" の形しか取らない。 ちなみに、>>494については、>>483の演算「β」を使ってもよい。
一般のペアノシステム (X, s, f) を取るごとに、
そのシステムから自然に作られる>>483の演算「β」に対して
f(n) = n β f(s) (n∈X)
が成り立つ。βは (X, s, f) の中で自然に「加法」を表現していると考えられるし、
s は (X, β) の中でゼロの役割をして、f(s) は (X, β) の中でイチの役割をするので、
βを「 +'' 」と表記し、s を「 0'' 」と表記し、f(s) を「 1'' 」と表記することにすれば
f(n) = n +'' 1'' (n∈X)
と表現できることになる。また、(X, +'' ) は可換な単位的半群であり、
0'' は (X, +'' ) において単位元の役割をする。
つまり、(X, s, f) を取るごとに、このシステム専用の、
>>494とは別の自然な加法の演算「 +'' 」とXの元「 0'' 」「 1'' 」が存在して、
後者関数 f は 「 +'' 1'' 」の形になり、さらに、(X, +'' ) は可換な単位的半群であり、
0'' は (X, +'' ) において単位元の役割をする。
このような意味において、後者関数は やはり本津的に "+1" の形になる。 わかると思うけど、最後の一文を訂正w
× やはり本津的に
〇 やはり本質的に その加法が自然だとか本質的だとかいう議論は、
Nが0を含むほうが自然だとか含まないほうが
自然だとかいう議論と同種のものに見える。
ペアノの後者写像を用いて加法を実装し
自然数を整数へ拡張する話は、N自体の定義とは
また別のものだろう。 >その加法が自然だとか本質的だとかいう議論は、
>Nが0を含むほうが自然だとか含まないほうが
>自然だとかいう議論と同種のものに見える。
もしも他のやり方でNに加法を定義してZの部分にできるなら、説得力もあるんだけどね… 中学では0が自然数でないと言う人と同じで、
一度教わったことを一歩ひいて眺めるのは
数学を学んだ人でも難しいのだなあ。
整数環や有理数体を構成するあたりまでコミで
「ペアノシステム」だと教わってしまうと、
後者を+1とすることが技巧ではなく
本質に見えてしまうらしい。 >>497
>その加法が自然だとか本質的だとかいう議論は、
>Nが0を含むほうが自然だとか含まないほうが
>自然だとかいう議論と同種のものに見える。
俺は、αもβも自然な加法の演算だと言っているが、N が 0 を含む方が自然とは
言ってないし、含まない方が自然とも言っていない。また、例のガイジですら、
そういう話はしていない。俺が言っているのは、
「 s は (X,β) においてゼロの役割をする」
「 s は (X,α) においてゼロの役割をしない」
「 ゆえに、s にゼロの役割を与えるか否かは、単なる流儀の違いに過ぎない」
ということである。単にこれだけが言いたいのなら、α・βが「自然である」という
言い方をする必要は無いように見えるが、そうではない。もしαとβがペアノシステムに
沿ってない荒唐無稽な演算なら、s が (X,α)や(X,β)においてゼロの役割をする・しないと
言ったところで ほとんど無意味であろう。しかし、実際には、αとβはペアノシステムに沿った
自然な演算であると考えられる。よって、s がそれらの演算でゼロの役割をする・しない
という言い方をすることには、一定の意味があると俺は考える。
だから、「α・βは自然な加法の演算だ」と書いた。そして、俺が書いたこれらのことは、
「N に 0 を含める方が自然・含めない方が自然」という話とは違うものである。
また、例のガイジが言っているのは、
「ペアノの公理系だけを用いて、0 は絶対に含まれず、1 は絶対に含まれることが結論される」
というたぐいの主張である(何をどう勘違いしたらこんな考えに至るのか理解不能)。
これもまた、「N に 0 を含める方が自然・含めない方が自然」という話とは違うものである。 >>497
>ペアノの後者写像を用いて加法を実装し
>自然数を整数へ拡張する話は、N自体の定義とは
>また別のものだろう。
加法を実装して整数へ拡張するのが目的なのではないし、
そもそも整数まで拡張していない(「半群」に抑えてある)。
半群としての加法を実装するときに、s がゼロの役割をするようにしたいのか、
そうでないようにしたいのか、という話をしている。
すると、ゼロの役割をするようにもできるし、そうでないようにもできる。
ゆえに、例のガイジが言っているような、
「ペアノの公理系だけを用いて、0 は絶対に含まれず、1 は絶対に含まれることが結論される」
という主張は間違っている、… という話の仕方をしている。
つまり、出発点はあくまでも、例のガイジの滅茶苦茶な主張である。
こんな滅茶苦茶な主張をしている輩に、
「Nの定義そのものに 0 も 1 も関係ない」
とだけ言っても通用しないと>>492で既に書いた。
別のアプローチによって、例のガイジの間違いを本人に納得させることが出来るなら、
君が、君のやり方で、書いてみればよい。 >>499
>整数環や有理数体を構成するあたりまでコミで
>「ペアノシステム」だと教わってしまうと、
そんな教わり方をしている奴は、このスレには存在しない。
ペアノシステムの定義は >>483 に書いた。
この定義に、整数環や有理数体の構成は出現しない。
ゆえに、ペアノシステムと、整数環や有理数隊の構成は無関係。
無関係であるがゆえに、ペアノの公理系だけでは、自然数に 0 も 1 も出現しない。
ゼロやイチといった概念は、代数的な演算とセットで定義される概念だからだ。
しかし、例のガイジにこの正論は通用しない。
だから俺は、>>482-486のアプローチをとった。何度も書くが、
「 s は (X,β) においてゼロの役割をする」
「 s は (X,α) においてゼロの役割をしない」
「 ゆえに、s にゼロの役割を与えるか否かは、単なる流儀の違いに過ぎない」
というアプローチである。 結局のところ「0は数として自然か?」って問いに帰結する問題のように思うが
そんな主観が入る問題はもう数学の領域じゃない
哲学で存分にやってくれれば有難い >結局のところ「0は数として自然か?」って問いに帰結する問題のように思うが
それはない
流石に国語辞典の話をしてるやつは一人もいない >>509
言いっ放しが許されないと何か困ることでもあるのかな >>512
お前の理論では自然数も整数も作れないよ。 0は自然数じゃないと思う。
数学科だと基本ペアノの公理で自然数を導入するが、其のとき求める自然数に0は含まれ無い
整数にするときに0を導入した。
其れで、整数は自然数から定義されるから自然数を説明するときに整数を使うのは問題が起こる。
高校までなら正の整数で良いと思うが。
色々やってみたが余り問題は起こら無いね。
1に対応するものを0に変えればそれで問題起こらないこと確認できるし。
序でにノイマン式の自然数の構成(集合論を用いるもの)では通常自然数は0から始める。 >>514
>数学科だと基本ペアノの公理で自然数を導入するが
そうだね。賛成。
>其のとき求める自然数に0は含まれ無い
ダウト。一部に1から始める教授もいるが、
0から始めるほうが主流。流儀というか趣味の差に過ぎないが。
>整数は自然数から定義されるから
ダウト。整数は代数上の概念で、
加減乗除が満たす公理から定義される。
それを自然数から構成して見せるのは、
面白い余興ではあるが整数にとって重要ではない。
>高校までなら正の整数で良いと思うが。
中学の教科書は、自然数が1から始まる流儀を
とっているからね。逆らう理由も特に無いし、合わせてあげたらいい。 2つの「全ての自然数の集合」が、一方の全ての元を含んでいないと、帰納法の公理に反する。 >>518
教授に聞いてみたところ、0は含んでも含まなくてもいいみたいな感じでした
0を含むと都合が悪いときは含まないで、含んだほうが都合がいいときは含むものとしてやることがあるみたいでどっちじゃないといけないみたいなことはないみたいです
自然数を使わずに整数が定義できるのはかなり興味深いんですが、なにかそれについて詳しくかかれてる参考書とか教えてもらってもいいですか? ■モンティホール問題(空箱とダイヤ)
このゲームができるのは1回だけです
ダイヤモンド1個を外からは中が見えない空箱100個の
中のどれかひとつに入れます
その中から1個の箱を選びます
98個の空箱を取り除きます
最後に残った2個の箱の中から1個の箱を選びます
ダイヤモンドが当たる確率は何%でしょうか? 0を含めるかは流儀によるってのじゃなくて
なんで片一方を別の名前にしようとか思わなかったんだ
いちいち断わらないとでめんどくせーったらありゃしないわ。 >>524
なんでそんな自由度の無い糞堅苦しい世界を望むのか
工学屋はJISだISOだ何だとよくそんなこと言ってた印象があるけど
ローカルなスコープを好む数学屋には理解できないよ >>524
正整数
非負整数
という美しい名前があったね 名称なら好きにすればいい
0を含むかどうかで分けるのであれば、それぞれ一意になるような構造を見つければいい
少なくとも今の数学では「自然数とは何か」を構造論的に考えると0を含むかどうかは本質的でないと考えられているだけで、0の有無による構造の差異が本質的に効いてくる事実を示せれば状況は変わる(可能性はある) 順序環の公理によると、やはり自然数は正でしかありえない 空間の次元や多項式の次数のように0もあり得る離散量は多い
また、連続関数をC^0級と呼ぶように0の場合を便宜上含めることも多い 公理で定義するここと、その公理を満たす対象を構成することは別物
ってだけだぞ
それぞれ抽象的定義/構成的定義と呼ぶこともある ペアノの公理は、どんな数のつぎにもこない数1が存在する、と言っている。 ペアノの公理は、どんな自然数のつぎにもこない自然数が一個存在する
とは言っているが、それが1だとは言っていない。 >>548
それは1891年の「ペアノの公理」ではないね。 つまり、「ペアノの公理」では、1から後の数に限る。 ペアノが1という記号を使ったと言っても
ペアノの公理の5条件だけではその記号1が指すものが
加法単位元か乗法単位元かあるいはそれ以外になるかは定まらない
>>120の言うように加法の定義次第
>>547は記号1と数1を混同している まあでも、自然数は1から始まると覚えておいたほうがいいよ。 >>5の方針で論じるのは諦めたのか?
とにかく1から始まるんだと繰り返すだけ? >>555 >>556
まあでも、自然数は1から始まるんだからしようがない^^ まあ自然数の公理主義的構成について理解してないの丸出しだね。 今日は、おっΠの日。
3月14日15時92分65秒 → 3月14日16時33分05秒 ペアノの公理の最初の要素を非負整数以外にすると加法と乗法について閉じていなくなるので「自然」ではないと思う
では、2以上の整数にすることで不自然になることってあるかな? ペアノの公理は自然数の順序構造しか定めていないから、
「自然」もなにも、加法も乗法も存在しないがな。
最初が0でも1でも2でも10でも−1でも、同じこと。 ペアノの公理で定義される集合の上で加法と乗法を定義して、
最初の要素が何であるかを定める、というべきだったか
それで、例えば最初の要素が-1になるように加法を定義すると
(-1)+(-1)があるから閉じていなくなる ペアノの公理だけじゃ加法も乗法も定義できないから、自然数の公理といえば普通はPAになる >>565
2スタートの場合、加法も乗法も閉じている。 >>567
>>563でも言ってる通り、非負整数スタートなら閉じている
では、2スタートにすることで何か「不自然」なことはあるだろうか? ペアノシステムってさ、要するに(台集合,先頭,後者)の組が下の性質を満たしてるものの事を言うの?
1. 先頭は台集合に属する
2. nが台集合の元ならnの後者も台集合の元
3. 先頭は台集合の元の後者ではない
4. n,mが台集合の元でn≠m ならば nの後者 ≠ mの後者
5. 先頭がある集合に属しnがそのある集合に属するならnの後者も属するならば台集合はある集合の部分集合
思ったんだけどペアノシステムって(先頭,後者)の組だけで十分じゃない?
5を満たす集合はこの組から一意に定まるしこっちの方がしっくりくると思う
この集合はペアノシステムからの写像って事で 言っちゃえば (1, ÷2) だってペアノシステムだよね。
自然数が0からなら{0, 1, 2 ... }
自然数が1からなら{1, 2, 3 ... }
みたいな感じで
{1, 0.5, 0.25 ... }だってペアノシステム(1, ÷2)の台集合な訳よ。
ここでこの台集合って、{x|2^-n(nは自然数)}と等しくなるよってしたいなら自然数は0から始まる事にしなくちゃならんよね。
だから0は自然数に属するって方がしっくりくると思う。
今までとは違うアプローチの仕方だけどどう思う? >思ったんだけどペアノシステムって(先頭,後者)の組だけで十分じゃない?
集合論では「後者」は後者関数という写像として定義するのだから、
その写像の定義域すなわち台集合をセットで指定しなければ定義にならない。
別の言い方をすれば、台集合を使わずに「後者」の概念を定義する場合、
写像ではない何らかの形で「後者」を定義しなければならない。
>5を満たす集合はこの組から一意に定まるしこっちの方がしっくりくると思う
台集合を使わずに「後者」の概念を定義する場合、写像ではない何らかの形で
「後者」を定義しなければならない。そのような新しい定義のもとでは、
1〜5に相当する新しい公理が必要である。また、1〜4に相当する公理だけが
満たされているのでは全くペアノの公理系として機能せず、結局は5に対応する公理まで必要になる。
つまり、「5を満たす集合はこの組から一意に決まる」というのは無条件で実現されるのではなくて、
一意になることが保証されるような、5に相当する公理を最初から盛り込まなければならない。 >言っちゃえば (1, ÷2) だってペアノシステムだよね。
論理が滅茶苦茶。台集合を使わずにペアノシステムに相当する概念を
定義しようとする君が、その具体的な定義を与えずに台集合なしの対象を持ってきて
「言っちゃえばこれもペアノシステムだ」
と言ったところで1ミリも意味をなさない。まずは
「台集合を使わないペアノシステム」
の具体的な定義を与えるべし。 >592 で主張したい事と >593 で主張したい事は全く別物なんだ。
分かりにくくてスマン。
>592 で示したいのはペアノシステムが2つ組で十分って事で
>593 で示したいのは先頭が1で後者が÷2であるような体系も自然数と同じように議論できるって事 { 2^-n(nは自然数) }, 1, ÷2 )
この組がペアノシステムであるっていうのならokなの? 写像を定義するならその定義域と値域も定義しなくちゃいけないってのもようわからん。
それは慣習とかではなく何か理由があるの?
否定してるのはその部分だよね?
a = b ⇒ f(a) = f(b)
写像の定義ってこれだけじゃダメなんかね?
定義域、値域ってのは議論の見通しを立てるために定めてるだけだと思ってたけど何かなくちゃ困るような事があるのかね? >>596
>>592 で示したいのはペアノシステムが2つ組で十分って事で
台集合がない「2つ組」だけで どうやってペアノシステムを定義するのかと聞いているのだが?
なんで具体的に定義しないの?
>>597
>{ 2^-n(nは自然数) }, 1, ÷2 )
>この組がペアノシステムであるっていうのならokなの?
それはオーケー。台集合が { 2^-n(nは自然数) }, 先頭が 1, 後者関数が "÷2" の
ペアノシステムになっている。 >>598
>a = b ⇒ f(a) = f(b)
>写像の定義ってこれだけじゃダメなんかね?
ぜんぜん定義になってない。それで何を定義したつもりになっているのだ。
「ペアノシステム」についてはキチンと定義込みで調べているくせに、
「写像」については全く調べることをせずに自己流のトンデモ解釈で
写像を定義しようとする体たらく。やっていることの順番が滅茶苦茶。
A,Bを集合とする。A×B の部分集合 f ⊂ A×B が
・ ∀a∈A, ∃b∈B [ (a,b)∈f ],
・ ∀a∈A, ∀b_1,b_2∈B [ (a,b_1),(a,b_2)∈f ⇒ b_1=b_2 ]
を満たすとき、f のことを A から B への写像と呼び、f:A→B と表記する。
また、各 a∈A に対して、(a,b)∈f を満たす b∈B は(上記の定義により)1つしかないので、
この b のことを f(a) と表記する。
これが集合論における写像の定義。ご覧のとおり、
この定義では A,B が先に与えられなければ写像は定義しようがない。 >>596
>>592 で主張したい事と >593 で主張したい事は全く別物なんだ。
>分かりにくくてスマン。
>593の後半部分は>592と違うことを言っているが、
>593の前半部分は明らかに>592の続きである。
>592では、「ペアノシステムは2つ組だけで十分」という内容が主張されている。
続く>593の前半部分では、「その具体例として(1,÷2)が考えられる」と言っている。
なぜなら、>>593の1行目は
>言っちゃえば (1, ÷2) だってペアノシステムだよね。
であり、文脈上は明らかに >592 の続きとして >593 が書かれており、
しかも (1, ÷2) という2つ組のことをペアノシステムと称しているからだ。
これに関して俺が言っているのは、2つ組でペアノシステムに相当する概念を定義しようとする君が
その具体的な定義を与えずに いきなり2つ組の具体例を持ってきて「言っちゃえばこれもペアノシステムだ」
と言ったところで1ミリも意味をなさないということ。
まずは「台集合を使わない2つ組のペアノシステム」の具体的な定義を与えよ。 >台集合を使わない2つ組のペアノシステム」の具体的な定義
こんな感じでどうだろう。
写像を使わずに定めてみようと思う。
3つ組のペアノシステムと混同しないように、ここでは「自然数系」と定義する事にする。
(f, s)という二つ組から{f, (s f), ((s (s f)), ... }という台集合を作った時、以下の2つの性質を持つならば、この(f,s)を「自然数系」と呼ぶ。
1. f=(s n) となるようなnが台集合の元に存在しない。
2. 任意の台集合の元nに対して、nと(s n)が一対一の関係である。
(f,s)が自然数系である ⇔ (台集合,f,s)がペアノシステムである
ってなってれば成功だけどどうだろう。 > a = b ⇒ f(a) = f(b)
> ぜんぜん定義になってない。それで何を定義したつもりになっているのだ。
少なくとも「一意的に定まる」という意味の定義はこれでいいんじゃないの?
それを写像と同じ意味だと俺は解釈してたって事だけど。
教科書にもそう書いてあったし教授もそう言ってたしそう解説してるサイトもあったからそこは流儀によるんじゃない?
ちなみにその教授は数学専門でもないしその教科書もその教授が書いてるから結局信用しきれる訳ではないけど。
でも少なくとも特殊な解釈ではないんじゃないかな。宗教論みたいなもんだと思うけど。 >>603
>少なくとも「一意的に定まる」という意味の定義はこれでいいんじゃないの?
a,b は何を指すのか?その a,b に対して 「f(a)」「f(b)」という記号列は何を指すのか?
これらを指定しなければ何も定義してないのと同じ。
そして、きちんと指定し出すと、結局は>>600になってしまう。
>それを写像と同じ意味だと俺は解釈してたって事だけど。
間違った解釈なので今すぐに改めましょう。
>教科書にもそう書いてあったし教授もそう言ってたしそう解説してるサイトもあったからそこは流儀によるんじゃない?
それはどんな教科書だ?それはどんな教授だ?
f:A→B における A と B すら無いような写像の定義なんぞ聞いたことがないし、
そんな流儀の写像なんぞ存在し得ない。なぜなら、写像と言えば必ず f:A→B の形をしており、
もうこの時点で A,B が登場するからだ。今すぐ「写像」で検索してみろ。必ず A,B がセットで出てくるから。
にも関わらず、写像の定義に A,B が必要ないというのは、君のトンデモ解釈による勘違いに過ぎない。
>ちなみにその教授は数学専門でもないしその教科書もその教授が書いてるから結局信用しきれる訳ではないけど。
数学専門ではないならそこでこの話は終わり。その教授が完全に間違っている。
あるいは、教授の話を君が勘違いしているかのいずれかだ。 自然数が先に与えられてたら2つ組で十分な気はする
自然数を使わずに定義しようとするには台集合を与える必要がありそう >>602
問題点1: (s f) や (s (s f)) といった対象を集合論の中でどのように定義するつもりなのか?
問題点2: {f, (s f), ((s (s f)), ... } という表現における「…」には大きなゴマカシが入り込んでいる。
単に「…」と書いただけでは、「超限回」の繰り返しが許されているのと論理的に区別がつかず、
それではペアノシステムにならない。君は {f, (s f), ((s (s f)), ... } と書くことで、いわゆる
(s(s(s 〜 (s(s(s (s f)))) 〜 ) ) ) (s は有限個しか登場しない)
に相当する対象のみを集めた集合を表現したつもりでいるのだろうが、
単に {f, (s f), ((s (s f)), ... } と書いただけでは
(s(s(s 〜 (s(s(s (s f)))) 〜 ) ) ) (s は "超限個" 登場する)
という対象まで含まれてしまう可能性がある。また、このような対象が {f, (s f), ((s (s f)), ... } の中に
含まれているとしても、君が提示した 1,2 は成り立ってしまうので、結局、君の定義ではペアノシステムの代替にならない。 問題2の方は確かにそうだなあ。
これは投稿してからすぐに気づいた。さすがに鋭いね。
「...」の部分をちゃんと定義するとしたら結局ペアノシステム1.2.3.5.と同じ事やらないとダメそうだし。
それやるとこの議論の振り出しに戻るって感じになっちゃう。
問題なのは本来ならば関係ってのは常に対象がどの集合なのか気にしなくちゃいけないのに俺がそれをおろそかにしてるって事だよね?
確かに大体の書とか解説サイトだとほとんどそれを明示してる。
でもそれってただの慣習であって別に形式主義的には間違ってないと思うんだけども。
この集合が対象ですと明示してる訳じゃないんだから論理学でいう「項」全てが対象になってるって事。
対象をある集合に限定するってのはだいぶ前から自分の中で腑に落ちてないんだよね。
今回みたいにペアノシステムを2つ組で定義できたら正誤は置いといて綺麗な定義だと思うんだけどどう?
だって直感的には先頭が1で後者が÷2だと台集合になりそうなのは一つに定まりそうだし。
先頭と後者が違うのでも同じ事。台集合は一つに定まりそう。
正誤を抜きにしてもこの考え方に賛同してもらえないかな。
これは論理じゃなく貴方の感覚に聞きたい。
>(s f) や (s (s f)) といった対象を集合論の中でどのように定義するつもりなのか?
これの対象は任意の項って事にしたい。
(1, ÷2)で言えば数じゃないものに対しては「未定義」というだけ。0除算と同じ事。
どれが未定義なのかは自然数系の中では興味がない。ただそれだけの事。
日本語じゃなくて述語論理で定義すれば一応そういう意味になるでしょ? >>607
>今回みたいにペアノシステムを2つ組で定義できたら正誤は置いといて綺麗な定義だと思うんだけどどう?
>だって直感的には先頭が1で後者が÷2だと台集合になりそうなのは一つに定まりそうだし。
より少ない記述で済むならそちらの方が綺麗であるのは当然であり、正誤は置いておいて そのこと自体は賛成する。
そして、君がやろうとしている「2つ組」の感覚が分かってきた。しかし、結局は「問題2」により破綻する。
大雑把に言って、既存のペアノの公理系では、1〜4が「先頭」及び「後者」に関する素朴な性質を述べていると考えられる。
そして、5 では「台集合」に関する性質を述べていると考えられる。1〜4から5は証明できないので、
結局、「2つ組」の素朴な性質のみを考える限り、台集合に関する性質は記述できそうにないと予想され、
ペアノの公理系の代替物は得られないことになる。また、「2つ組」から台集合の性質を無理して述べようとしても、
結局はペアノの公理系と変わらないシロモノが出来上がると予想される。つまり、君が察している障害そのものに出くわす。
>先頭と後者が違うのでも同じ事。台集合は一つに定まりそう。
>正誤を抜きにしてもこの考え方に賛同してもらえないかな。
>これは論理じゃなく貴方の感覚に聞きたい。
君が「2つ組」にこだわるのは、
「2つ組さえあれば台集合の一意性が言えそうに見えるから、本質的には2つ組だけで十分なんじゃないか」
という感覚から来ていると思われる。しかし、そこでの「台集合の 一 意 性 」は、
既存のペアノの公理系における「5」に ほとんど完全に対応しているわけで、となれば君は
「既存のペアノの公理系の1〜4がありさえすれば 5 が証明できそう(ゆえに5は必要ない)」
と言っているのと大差ないように見える。むろん、1〜4から5は証明できない。
つまり、「2つ組」からは君が思い描くような形でのペアノの公理系は得られないように見える。 ちなみにだけど、後者を写像と言っていいか微妙な感じだから、ペアノシステムに5つの性質を挙げたけどここに6つ目の性質、
6. n,mが台集合の元でn=m ならば nの後者 = mの後者
を追加したい。
(あるいは、4. を nとnの後者は一対一 というふうにするだけでもok)
> 君が「2つ組」にこだわるのは、「2つ組さえあれば台集合の一意性が言えそうに見えるから、本質的には2つ組だけで十分なんじゃないか」という感覚から来ていると思われる。
そう。まさにその通り。
つまり、2つ組さえあれば台集合の一意性が言えそうに見えるけど、果たして本当にそうなのかというのが議論の的だと言える。
方針としては、2つ組から一意的な台集合の作り方を決めて、そこにまだ足りない性質を付け足して完成というやり方。
例えば、先頭が1で、後者が(+1 mod3) という場合は台集合{1,2,0,1,2,0 ... } = {1, 2, 0}は一意的に決まるけど3.を満たさなくなっちゃう。
そういったもののために台集合の作り方を決めるのとは別に足りない性質を付け足す必要がある。
>602で付け足したのが今の例を防ぐためのもの(3.)と、4. と 6. 。
つまり、台集合を一意的に決めるという事は、1. 2. 5. が満たされる事と同義だと思ったって事。
>「台集合の一意性」は、既存のペアノの公理系における「5」にほとんど完全に対応している
というのは納得しているけど、俺の考えだと5.だけでなく、1. 2. 5. の3つに対応している。
592では 5. とだけ言ったけど、その時は適当に考えてたから許してほしい。
さっき602では「...」で誤魔化したけど、「(先頭, 後者)から1. 2. 5. を満たすような台集合を作る」ってふうにすれば問題ないように思える。
1. と 2. は分かりやすいけど、 5. が何の制約になってるかというと、先頭と、その次と、 ... では作れないような元が入れ込めないようにしていると解釈してる。
つまり、1. 2. だけだと(1, ÷2)の組の台集合に2とか∞とかが入ってる事が否定できないけど、これを5. が防いでくれてる。
この3つの性質があれば、台集合が一意に定まる事は証明できると思うんだけどどう? >>609
>方針としては、2つ組から一意的な台集合の作り方を決めて、そこにまだ足りない性質を付け足して完成というやり方。
>…(中略)…
>さっき602では「...」で誤魔化したけど、「(先頭, 後者)から1. 2. 5. を満たすような台集合を作る」ってふうにすれば問題ないように思える。
やっていることがズレてないか?何の話をしているんだ?
「2つ組だけあればペアノの公理系としては十分」ということを主張しようとしているのだろう?
にも関わらず、結局は「5」を満たすような台集合をセットで構成しなければ公理系の記述が完成しないのであれば、
君が得ようとしている公理系は「2つ組だけあれば十分」ということになっておらず、「台集合込みの3つ組」という、
既存のペアノの公理系でしかない。君の場合、台集合をその場で構成することで、
「台集合を公理系から追い出して、2つ組だけで公理系を記述した」
と錯覚しているように見える。ここで大事なのは、その場で構成した台集合が公理系の記述に必須なのか否かということである。
もし公理系の記述に必須ではないなら、その場で構成した台集合は、実際には公理系を記述しきった後で構成を始めても
問題ないはずである。この場合、この台集合は「公理系の後で定義される便利な道具」という扱いになるので、
確かに「2つ組」だけで良いことになり、台集合を公理系から追い出すことに成功したことになる。
しかし、実際には、君の方針だと「5」を満たす台集合の構成が公理系の記述に必須であり、その構成がなければ公理系の記述が完成しない。
となれば、君は台集合を公理系から追い出せていない。より詳しく言うと、
・ 現状の「2つ組」だけでは台集合に∞みたいなヘンな元が入ってる可能性が否定できない。
・ そこで、そういうことが無いように、台集合の構成の仕方まで細かく指定する。
……という、そこまでやって初めて公理系の記述が完成することになる。
言い換えれば、「5」を満たす台集合の構成が公理系の記述に必須になっている。
だったら、君は台集合を公理系から追い出せていない。 まあ俺はそれでも良いと思ってるよ。
てか最初から台集合をその場で構成せずっていう制約は考えてなかったしね。
(先頭,後者)の組だけからそれが自然数を構成できるかどうか判定するのに充分だろうって事を知りたかった。
どっちにしろ自然数の体系を表すのに今までは3つ必要だったのが2つで済むわけだし。
> 公理系
公理系ってなんの事だかよく分からんけど、この場合こういう性質を持つものをこう呼ぶよと定義しているだけで公理系を作っているわけじゃないと思う。
どこから何を追い出せば良いのかよう分からんけど俺はこれで満足って感じ。
> 「5」を満たす台集合の構成が公理系の記述に必須
さっきから「5」を重要視してるけど、俺が >609 で言った5の解釈は間違ってる?
俺は 1. 2. 5. と 3. 4. 6. で線引きして区別し始めてるんだけど何かおかしいかな?
もう一回「自然数系」についてまとめてみる。
(f,s)の組から、以下の性質を持つ集合Nを唯一つ導ける。
1.1. f∈N
1.2. ∀n∈N[ s(n) ∈ N ]
1.3. ∀S∋f[ ∀n∈S[s(n)∈S] ⇒ N∈S ]
この時、以下の性質を持つならば(f,s)は自然数系である。
2.1. ∀n∈N[s(n) ≠ f]
2.2. ∀n,m ∈N[ n=m ⇔ s(n)=s(m) ] >>611
>(先頭,後者)の組だけからそれが自然数を構成できるかどうか判定するのに充分だろうって事を知りたかった。
>どっちにしろ自然数の体系を表すのに今までは3つ必要だったのが2つで済むわけだし。
>…(中略)…
>どこから何を追い出せば良いのかよう分からんけど俺はこれで満足って感じ。
既存の 1〜5 の公理系とは本質的に違う形で「2つ組」による記述が可能なのであれば、台集合が追い出せたと言えるが、
君が現状でやっていることは 1〜5 の単なる並べ替えであり、しかも実質的には「5」を満たす台集合をそのまま再現しており、
しかもその作業が公理系の記述に必須であるため、それでは「2つ組だけで記述できた」とは言わない。
あるいは、次のように言ってもよい。
「2つ組だけを用意して、台集合はその場で構成する」ことを以って「台集合は公理系から追い出せた」と考えるのであれば、
同じことを「2つ組」に適用することで、「2つ組」すら公理系から追い出せることになる。実際、何でもいいから2つ組を
その場で構成してみせればいい。君の立場では、このことを以って「2つ組は公理系から追い出せた」と考えなければならない。
極端な例を出すと、ペアノの公理系とは全く無関係に、ZF集合論の中で標準的に構成される "いつもの自然数" を持ち出せばよい。
すると、君の立場によれば、「ペアノの公理系から全ての公理を追い出した」ことになる。また、「3つ必要だったのが2つで済む」
という君の価値観によれば、ペアノの公理系から全ての公理を追い出した この状態こそが理想的である。
実際問題として、"いつもの自然数" さえあれば、ペアノの公理系で得られる性質は全て利用可能であるから、
「ペアノの公理系から全ての公理を追い出した」という考え方は間違いとも言いきれない。
しかし、それは何というか、やっていることがズレている。 まあ主張したい事は分かる。
けどやっぱり貴方が言ってる事は今俺がした事とは違う。
(先頭,後者)の組から任意のペアノシステムを表す事はできるけど、
そこから先頭を追い出して後者だけでは任意のペアノシステムを表す事はできない。
二つ組なら( { 2^-n(nは自然数) }, 1, ÷2 ) とか ( {0,1,2}, 1, (+1 mod3) ) とかのあらゆるペアノシステムを表せるけど後者だけじゃ無理。
なぜなら台集合が一つに定まらないから。
後者が(+1)だとして、先頭は0でも1でも2820でもペアノシステムを満たす。
だから唯一つに定まってない。
一方で先頭と後者の二つが定まってれば自然数を構成するのに必要な台集合は唯一つに定まる。
(ちょっと語弊はあるけど) ああ間違った。
( {0,1,2}, 1, (+1 mod3) )はペアノシステムではないか。
揚げ足取りはよしてね。 >>611
>(f,s)の組から、以下の性質を持つ集合Nを唯一つ導ける。
>1.1. f∈N
>1.2. ∀n∈N[ s(n) ∈ N ]
>1.3. ∀S∋f[ ∀n∈S[s(n)∈S] ⇒ N∈S ]
>
>この時、以下の性質を持つならば(f,s)は自然数系である。
>2.1. ∀n∈N[s(n) ≠ f]
>2.2. ∀n,m ∈N[ n=m ⇔ s(n)=s(m) ]
この書き方では、最初に f,s だけが与えられているので、あたかも2つ組だけでペアノシステムが記述できていて、
台集合が追い出せたかのように見せかけているが、実際には台集合 N をその場で構成している。しかも、
この N を用いて 2.1, 2.2 を記述しなければ「(f,s)は自然数系である」という定義に到達しないので(ここが大事!)、
実質的には (N,f,s) という「いつもの三つ組み」のことを自然数系と言っているのと同じことである。
もし N を用いずに記述が終わるのであれば、2つ組だけで記述できたと言えるが、
実際には N を用いて 2.1, .2. を経由しなければ「自然数系」の定義が完成しないのである。
つまり、実質的には (N,f,s) という「いつもの三つ組み」のことを自然数系と言っているのである。
つまり、君がやっていることは、ペアノシステムの 1〜5 の単なる並べ替えであり、台集合を追い出せていないのである。
言い換えれば、君が本当に自然数系と呼んでいるのは、(f,s) ではなく (N,f,s) である。 台集合が一つに定まらないというよりはペアノシステムが一つに定まらないのがいけないのか。
自然数系とペアノシステムは一対一だけど先頭を追い出した後者だけじゃそうはいかないし。 > 君が本当に自然数系と呼んでいるのは、(f,s) ではなく (N,f,s) である
そりゃそうだよ。それを目指してたんだもん。
だからこそ3つ組で表してたものを2つ組で表せてると言えるわけでしょ。
何回も言ってるじゃん。
より少ない記述で済むならそちらの方が綺麗であるのは当然
って >>608 で貴方だって言ってたじゃん。 >>617
>> 君が本当に自然数系と呼んでいるのは、(f,s) ではなく (N,f,s) である
>そりゃそうだよ。それを目指してたんだもん。
結局 (N,f,s) のことを自然数系と呼ぶのであれば、ペアノシステムから何も変わってないので意味がない。
>だからこそ3つ組で表してたものを2つ組で表せてると言えるわけでしょ。
言えてない。N を使わずに「自然数系」が記述できているなら、(f,s) という2つ組で表現できていることになるが、
実際には N が無ければ「自然数系」の定義が終わらないのだから、2つ組で表せていることにならない。
>より少ない記述で済むならそちらの方が綺麗であるのは当然
>って >>608 で貴方だって言ってたじゃん。
N を使わずに「自然数系」が記述できているなら、(f,s) という2つ組で表現できていることになり、
それなら綺麗である。しかし、フタを開けてみれば、君がやっていることは既存のペアノシステムであり、
本質的に3つ組のままである。これでは意味が無い。 で、1.1〜2.2 の書き方が「2つ組」なのか「3つ組」なのかはさておき、
1.1〜2.2 の書き方が君個人にとって腑に落ちる書き方であるというなら、
その点については、こちらから批判するようなことは何も無い。 で、残った話題は、1.1〜2.2 の書き方が「2つ組」なのか「3つ組」なのかを議論することだが、
君のレスを見るに、君が目指していたのは 1.1〜2.2 の書き方を見つけることそのものであり、
他人が 1.1〜2.2 をどう思おうと、君自身はこれで腑に落ちているようだから、
これが「2つ組」なのか「3つ組」なのかは話し合っても意味が無いと思う。
・ 俺は 1.1〜2.2 の書き方が「本質的に3つ組のままで意味がない」と思っている。
・ 君は 1.1〜2.2 の書き方が「本質的に2つ組に減っていて意味がある」と思っていて、しかも腑に落ちている。
・ 他人がどう思おうと、君自身は 1.1〜2.2 の書き方で腑に落ちている。
なので、このあたりで話を切り上げようと思う。 > 実際には N が無ければ「自然数系」の定義が終わらないのだから、2つ組で表せていることにならない。
例えばさ、複素数は2次ベクトルじゃ表せないの?
> 結局 (N,f,s) のことを自然数系と呼ぶのであれば、ペアノシステムから何も変わってないので意味がない。
むしろ変わってちゃ意味がないんじゃない?
複素数と2次ベクトルだって表せる事って変わらないし。
まあちょっとこの場合別なのかな。
ちょっと上手い例が見つかんなかった。
一対一のものでしかも(a,b,c)としてたものを実は(a,b)だけで表せるんだから意味あると思うんだけど伝わらんかな。
実際複素数と実数って一対一対応だから一つの複素数を実数一つで表すことも出来るけどそれはダメなんだよね。
本質的じゃないというか。
でも自然数系の場合本質を表す先頭と後者だけで表せるんだからそっちで表した方が綺麗じゃないかなってこと。 1つ気づいたことがある。
ペアノシステムでは後者関数は「写像」であり、写像の通常の定義では f:A→B のように A,B,f の3つの記号が必要になる。
ペアノシステムの場合は suc:X→X であるから、記号は suc と X の2つで済み、これと先頭を表す e によって
(X, e, suc) という三つ組みでペアノシステムが表現される。ここで大切なのは、通常の「写像」の定義では、
少なくとも suc, X のように2つ以上の記号が既に必要になるということ。もうこの時点で、ペアノシステムは
3つ組以上にならざるを得ない。
一方で、君がやっていることは、suc を通常の定義における写像とは捉えず、定義域も値域も考えない、
よく分からない概念として suc を考え、それゆえに X が省略できて、君流のペアノシステムにおける
「1.1」手前の初期段階の時点では見かけ上 (f,s) という2つ組で表現することが出来ているようである。 で、君が言うところの写像の定義は
>>(s f) や (s (s f)) といった対象を集合論の中でどのように定義するつもりなのか?
>これの対象は任意の項って事にしたい。
>(1, ÷2)で言えば数じゃないものに対しては「未定義」というだけ。0除算と同じ事。
>どれが未定義なのかは自然数系の中では興味がない。ただそれだけの事。
>日本語じゃなくて述語論理で定義すれば一応そういう意味になるでしょ?
というものである。ぶっちゃけ、これが何を意味しているのか俺には分からない。任意の項が対象ってことは、
項 t を与えるごとに (s t) もしくは s(t) が定義されるということなのか?もしそうなら、s は直観的には
s:Sets → Sets というクラス間の写像のようなナニカを表現していることになる。この場合、
>(f,s)の組から、以下の性質を持つ集合Nを唯一つ導ける。
>1.1. f∈N
>1.2. ∀n∈N[ s(n) ∈ N ]
>1.3. ∀S∋f[ ∀n∈S[s(n)∈S] ⇒ N∈S ]
この性質を持つ N の存在性をどうやって集合論の中で証明するつもりなんだ?
というか、よく考えてみると、s を通常の写像だとして s:X→X, f∈X とセッティングしたときの
(X,s,f) を考えたときでさえ、1.1〜1.3 を満たす N の存在性は全く自明ではない。
ZF集合論の中で標準的に構成される "いつもの自然数" と同じやり方で N が構成できるだろうと思っていたが、
よく考えると、あれが上手く行くのは無限公理のおかげであり、従って suc(x)=x∪{x} という
ただ1つの suc でしか上手く N が構成できないことを見落としていた。
で、一体どうやって、そのような N の存在性を証明するつもりなんだ? ちなみに、s を通常の写像だとして s:X→X, f∈X とセッティングしたときの (X,s,f) なら解決策がある。
まず、先にZF集合論の中で "いつもの自然数" を構成しておく。すると、n∈"いつもの自然数" に対して n 回合成関数
s^n:X→X
が定義できるので、N={ s^n(f)|n∈"いつもの自然数" } と置けばよいことになる。
しかし、これでは "いつもの自然数" が先に必要になってしまう。君としてはそれでいいのか?
また、この議論は s:X→X の場合の話であり、"s:Sets → Sets" の場合は話が別である。
"s:Sets → Sets" と n∈"いつもの自然数" に対して、n回合成関数っぽい "s^n:Sets → Sets" が
集合論の中で定義できるのか否かは、俺はよく知らない。仮に定義できたとして、それで得られる N の構成は
N={ s^n(f)|n∈"いつもの自然数" }
に過ぎないから、結局は "いつもの自然数" が先に必要になってしまう。君としてはそれでいいのか? 写像とか関係とかに対象を定めなくちゃいけないってのがよく分からん。
なぜそこにこだわらなくちゃいけないのか。
一体何の決まりからそう言っているの?
ペアノシステムで言う後者が写像で、自然数系で言う後者が写像よりゆるい条件のものだったら、ペアノシステムより多くのものを表せている事になる。
ペアノシステムを全て表せる上で、さらに広い部分のペアノシステムっぽい他の部分も表せている事になる。
俺が自然数系を定める上で前提としている決まりは、
一階述語論理による表現、それから論理学における基本的な公理体系。この二つだけ。
ヒルベルト流の体系で言えば、
1. A, A⇒B ├ B
2. B ⇒ (A ⇒ B)
3. ( A ⇒ (B ⇒ C) ) ⇒ ( (A ⇒ B) ⇒ (A ⇒ C) )
4. (¬A ⇒ ¬B) ⇒ (B ⇒ A)
5. ∀x[P(x)] ⇒ P(a)
6. P(a) ⇒ ∃x[P(x)]
全ての命題はただの記号の羅列。
だからこれはこういった意味だからこうじゃなくちゃいけないとかの意味的な事は全く考慮に入れてない。
写像は対象となる集合を定めなくちゃいけないってのはこれら以外のルールを認めてるって事だけど、それは一体どんなルールなの?
ここからは余談。
俺はこのヒルベルト流の6つの公理系だけから数学の全ての議論を出来ると今の所は思ってる。
完全性を捨ててもいいなら述語論理すら必要なくなり、命題論理と1.~4.までの公理だけで全て賄えると思ってる。
自然数の定義をするのにZFCとかの公理系が必要じゃないとも思ってる。
ペアノシステムというモデルを具体的に与えるための手段の一つがZFCとかノイマンによる自然数の構築とかって事。
かなり一般とは偏った考えだけど、独学にはありがちな事かもしれない。
もし何かおかしな事があるなら、良ければこっちにも突っ込んで欲しいんだけど。 >>625
>ペアノシステムで言う後者が写像で、自然数系で言う後者が写像よりゆるい条件のものだったら、
>ペアノシステムより多くのものを表せている事になる。
N の存在性が証明できるなら、確かにそういうことになる。
>俺が自然数系を定める上で前提としている決まりは、
>一階述語論理による表現、それから論理学における基本的な公理体系。この二つだけ。
その前提から一体どうやって N の存在性を証明するのだと聞いているのだが?
>写像は対象となる集合を定めなくちゃいけないってのはこれら以外のルールを認めてるって事だけど、それは一体どんなルールなの?
集合論における標準的な写像の定義は既に書いた。そこでは写像はある種の集合として定められる。
そして、俺はこれ以外の写像の定義を否定している わ け で は な い 。
・ 君が言っている写像の定義は俺にはよく分からない。
・ 君が言っている写像の定義のもとで、どうやって N の存在性を証明するのだ?
と俺は言っているのである。 Nの存在性ってどうゆう事?
先頭と後者の組から1.1. 1.2. 1.3.を満たすような集合が唯一つ存在する事を証明する事は必要だけどそれのこと? >>627-628
一意性は 1.1〜1.3 から自明に出ると思うので、存在性だけ証明すればいいと思う。 俺は集合論にこだわっているが、君はどうやら集合論の中で 1.1〜2.2 を実現しようとは思ってないらしいので、
それならそれで構わない。君が前提としている条件から出発して、N の存在性を是非とも証明してみてほしい。
ちなみに、君の設定のもとでは、N の存在性は証明できないことを先に指摘しておく。
以下でこのことを具体的に書く。
君の条件だけで N の存在性が証明できたと仮定する。
すると、ZF集合論から無限公理を取り除いた公理系において、
f=φ, s(x)=x∪{x} (xは任意の集合) としたのときの (f,s) に対しても、
1.1〜1.3 を満たす N が存在することになる。この N は
φ∈N, ∀n∈N [ n∪{n}∈N ]
を満たすので、無限公理が導出できたことになる。しかし、無限公理はZF集合論の他の公理からは
証明も反証もできないことが知られているので、以上より、君の条件だけでは N の存在性は証明できないことになる。 うーむ。なるほど。
存在性は全く気にしてなかったなあ。
貴方が言いたい事が分かってきた。
存在性がないなら条件の一つに存在性を持つってのを付け加えなきゃいけないよね。
そしたらいよいよペアノシステムと同じような主張になっちゃうって事でしょ?
まあ一意性を保証できるだけでもペアノシステムよりこっちを使いたい気がするけど、でも綺麗な定義じゃないしなあ。
うーむ。 これってつまり(先頭,後者)の組から1.1 1.2 1.3を満たす台が存在しない場合があるって事だよね?
それってどんな場合だろう。
先頭から後者を使ってチェーンを繋げて行くとき、未定義にぶち当たった場合?
それって存在しないって事なのかなあ。
なんかもうちょっとしっくりくる具体例がありそうだけど思い浮かばない。 >>630 でも存在性がない事を示せてるのかもしれないけど、何か腑に落ちないと言うか半信半疑って感じ。
台が存在しないような(先頭,後者)の具体例があれば完全に諦めがつくんだけど、どう? ああ、てかそっか。
未定義にぶち当たるんじゃなくて、後者がないと定義されてる元にぶち当たるとダメなんだ。
先頭から後者を繋げてくと、後者が存在しないものにぶち当たる。
こういった(先頭,後者)だと必ず1.2.に違反するね。
これでとうとう存在性が成り立ってない事を証明できてしまったわけだ。 >>633
>台が存在しないような(先頭,後者)の具体例があれば完全に諦めがつくんだけど、どう?
こんなのはどうか?
無限公理はZF集合論の他の公理から証明も反証もできないので、ZF集合論から無限公理を取り除いて、
かわりに「無限公理の否定」を公理として追加したものを考えることにする。
この公理系において、f=φ, s(x)=x∪{x} (xは任意の集合) としたのときの (f,s) に対しては、
1.1〜1.3 を満たす N が存在しない。すなわち、台が存在しない。なぜなら、もし N が存在するなら、
「無限公理の否定」に抵触するからだ。 はぁーなるほどー。
そんな証明の仕方もあるのか。
すっかり感心してしまったよ。
自然数系の定義について書き直すなら、
(f,s)の組に対して以下の性質を持つ集合が存在し、
1.1. f∈N
1.2. ∀n∈N[ s(n) ∈ N ]
1.3. ∀S∋f[ ∀n∈S[s(n)∈S] ⇒ N∈S ]
さらに以下の性質を持つならば(f,s)は自然数系である。
2.1. ∀n∈N[s(n) ≠ f]
2.2. ∀n,m ∈N[ n=m ⇔ s(n)=s(m) ]
こうなるわけだ。
俺はこの場合でもこっちを使いたいけど人によるのかな。
ペアノシステムとどっちが綺麗な定義なのかって俺的には微妙な線だけど。 >>636
その定義をより簡潔に書くならば、次のように表現できる。
表現A
―――――――――――――――――――――――――――――――
(f,s)の組は、以下を満たす N が存在するとき自然数系であるという。
1.1. f∈N
1.2. ∀n∈N [ s(n) ∈ N ]
1.3. ∀S∋f [ ∀n∈S [ s(n)∈S ] ⇒ N⊂S ]
2.1. ∀n∈N [ s(n) ≠ f ]
2.2. ∀n,m∈N [ n=m ⇔ s(n)=s(m) ]
―――――――――――――――――――――――――――――――
同じことだが、次のようにも表現できる。
表現B
――――――――――――――――――――――――――――
(N,f,s)の組は、以下を満たすとき自然数系であるという。
1.1. f∈N
1.2. ∀n∈N [ s(n) ∈ N ]
1.3. ∀S∋f [ ∀n∈S [ s(n)∈S ] ⇒ N⊂S ]
2.1. ∀n∈N [ s(n) ≠ f ]
2.2. ∀n,m∈N [ n=m ⇔ s(n)=s(m) ]
―――――――――――――――――――――――――――― 今までの君は、(f,s) が与えられさえすれば自動的に N が導出できると考えていたからこそ
「2つ組に減らせた」と考えていたわけだが、N はいつでも存在するわけではないことが判明したので、
N の存在性までを最初から定義に盛り込まなければならない。そのときの簡潔な表現方法として、
上記のように「表現A」「表現B」という2つの表現の仕方がある。
表現Bは3つ組みのままであり、よく見ると既存のペアノシステムとほぼ同じものである。
表現Aなら2つ組に減っているように見えるが、何度も言うとおり、N がなければ「自然数系」の定義が
完成しないという点において、なおかつ、Nの存在性までを最初から仮定しなければならないという点において、
表現Aも本質的には「3つ組」のままである。
ただし、Nは、もし存在するなら (f,s) に関して一意的なので、この意味においては
「表現Aは2つ組である」と言えなくもない。しかし、表現Aと表現Bを見比べれば分かるように、
表現Aの書き方を以って「2つ組に減らせた」というのは、少なくとも俺にとっては何の有難味も感じられない。
もちろん、君自身が 1.1〜2.2 の書き方で腑に落ちること自体は批判しない。
まあ、このあたりでこの話は終わりですかね。 厳密なゼロはなく、ゼロには色があり ゼロには音がある。
身体があり、モノであり、空間であり、宇宙である0⃣ 実数あるいは項を代入するなりして、フレーム化して実用数であるというような
解説、説明が必要だろう。代数は。 結局、公理と関係両方を記述しなければいけないのか? ペアノシステムは後者関係を基礎にして自然数を定義しているので、
最初が 0 だろうが 1 だろうが 3 だろうが、全単射が存在するので同型だと
考えられる。これは序数を基礎として自然数を考えていると解釈すると、
「使い勝手がいい」という利点がある。これは、藤沢 利喜太郎が主導した、
いわゆる「数え主義」的な発想だといえる。
これに対して、加法を基礎にして自然数を定義した場合(田村二郎
『量と数の理論』などは、この流儀)は、直観主義的な立場といえる。
“量”との対応において理解しやすくはあるが、集合論を基礎にした
現代数学(“量”を捨象して、純粋な“数”に基づいて構築された数学)
においては、“使い勝手が悪い”という憾みがある。すなわち、
「それは『算数』の発想であって、『数学』の発想ではない」という
批判もありうる。
とはいえ、どちらの定義によっても、結果が矛盾することはないので、
実用上はどちらでもよい、という立場はある。「1+1=2」は“定義”に
関わる問題かもしれないが、「2+2=4」は論理的な帰結として正しい。
日本では「1+1は2」という言い回しが使われるが、欧米では
「2+2は4」という表現もあるらしい。
「2+2 は 4である! それは、“ときどきそうなる”のではなくて、
”いつも必ず同じ結果をもたらす”んじゃ!」
ジャック・フットレル、『思考機械の事件簿』の主人公、
オーガスタス・S・F・X・ヴァン・ドゥーゼン博士の口癖。 >>646
ラッセルの、The Probrem of Philosophyじゃなかったか。 >>647
ありがとう。バートランド・ラッセルの『哲学入門』だな。
ちくま学芸文庫で邦訳が出てるらしいから、探してくる。
今のところ、吉田 洋一先生と赤 攝也先生の『数学序説』
(同じく、ちくま学芸文庫)と島内 剛一先生の『数学の基礎』も、
きっちり理解しておらんので、いまのところ一般向けの通俗解説書の域を
出とらんのよ。
おれはコンピュータ畑の人間なので、クヌス先生の『至福の超現実数 ―
純粋数学に魅せられた男と女の物語』あたりから勉強しなおしてくる。
ちなみに赤 攝也先生は、「コンピュータサイエンス専門誌」である
共立出版の『bit』の創刊者だそうだ。 >>648
そうすると、邦題としては『哲学入門』よりも『哲学における諸問題』
みたいなほうがよかったのかもな。
赤 摂也先生と島内 剛一先生は、ともに立教大学にいらっしゃったんだが、
島内先生は『数学の基礎』の序文で「この本は、(証明可能性とかの)
数学基礎論の本ではない」と念押ししていたのは、赤先生との関係性が
あったのかもしれないと思う。
あと、恥ずかしいけどコーエンの『連続体仮説』も、まだ読みきっては
いない。読まなきゃいけない本(要するに「詰ん読」書)が多いのは、
正直なところツラい。
講読とか輪読とかの会があるんなら、通いたいところだ。 >>651
そうなると、「Make 10」を演繹的に解かないといけなくなると
思うんだが。
赤 摂也先生も島内 剛一先生も、「それ、どっか無理してるだろう」と
思ったからコンピュータの方に興味を持ったんだろ?
四色問題なんか、「あんなの証明じゃねぇよ!」みたいな話があるのは
もちろん理解できるんだが、「有限の範囲内で解けて、コンピュータで
網羅できる」んなら、それは証明として認められると思うんだが。 ぜんぜん違う話だが、業務系のシステムを作っていたときに、
伝票の金額は自然数だということだった。
もちろん「0円」の伝票は通常は切らんわけだが、
「赤伝」(赤字伝票)というものがあって、
マイナス円の伝票というのが入力できないというので、
システムの全面見直しという騒動があった。
そもそも、何をもって「自然」とするかというのは、
議論の余地はあると思うんだが、どうだろう。 0.1 0.01 ゼロは成立しないし限りなくゼロに近い数があるだけ。
と考えると一応自然数に見えるが。
ゼロは確かに存在する、と考えると、ゼロは数と何かをつないでいるようにも見える
。全きゼロがあるなら、それは数と言えるものではなく、ある種の媒介のような
モノなのだろうが、自然にゼロが存在するかというとやはりありそうで、
自然数でもあるでいいんじゃないかな。 >>656
そもそも 0 を発見したインド数学の考え方だと、
1 以上の数は「実在するもの」なんだけど、
0 は「仮にそういうものがあったとして」という
哲学的なイメージがあって、「0 を持ちこむことで
考え方がすっきりする」という触媒ないし劇薬的なもので
あったらしい。だから、0 は「悪魔の数字」と呼ばれて
いたという。
英語でも文語で “Cypher” には 0 の意味があるし。
生活感覚における自然数、と考えると自然数は 1 からで、
哲学的議論としては「特別な数」としての 0 を導入することで
精密が議論ができて(数学基礎論なんかではそうだ)、
コンピュータの場合は実用的な実装における判断だから
「符号なし整数」≒「自然数」ということで「まぁ、いいんじゃね?」
みたいな感覚なんじゃないかと思われ。 >>656
ペアノの公準によると、「次の数」っていうのがキモになっているので、
「底」にあたるのが「無限小で、かつ10のマイナス冪乗」になっちゃうから
現代数学においては扱いに困っちゃうのよ。
そのあたりは、ネイピアあたりに起源があるんだけど、
ネイピアの時代は、まだ「現代数学」というものが
確立されていなかったもんだから、現代数学とのすり合わせが
うまくいっていない部分があるのよね。
そのあたりは、もうちょっとこのスレで議論されても
いいと思うのよ。 数学としてはどちらでも滞りはない
数学をやる上での利便性では0を自然数に含めない理由はない >>659
その通りだ。
「自然数」ではなく「符号なし整数」であっても
なんの問題もないし、コンピュータ・サイエンスとの
親和性を考えると、むしろ有益だと考える。
だけど、明解国語辞典に「正の整数を意味する老人語」とか
書かれちゃったら、ちょっと傷つくな。 >>662
自然数は群を作らなくて半群でしかないから、
(0 と負数を加えた)整数の一部分として扱うのが
数学的には扱いやすいっていうことじゃないでしょうか。 ゼロを発見するというがどこまで行ってもやはり1なんじゃないのかな。
1がなくなるとゼロになるかというと、やはり捕食の関係があってゼロにはならぬ。
ゼロという仮象のなかで、考えてもやはりゼロがあるということはしっくりこないし、
発見したというよりねつ造だよそりゃあさ。 HP がゼロになることに似ているね。というかそのものだ。 >>1
0の発見という言い方がある。
色々な数が考えられ使われ出した後から0は考えられたのだ。
人間が自然発生的に使い出した、
物を数えるための記号を自然数と定義するならば、
0は明らかに自然数ではない。
その後の数学の形式化の中で、自然数を公理化するときに、
都合がいいので0を自然数にしたのだ。
このとき自然数の定義は自然発生的な物から、公理による物に変わった。
従って結論は、0は、
1)人類史の上では自然数ではない。
2)形式化された現代数学では自然数である。
3)高校や大学教養レベルあるいは工学系の応用数学までは、
形式化された現代数学ではないので自然数ではない。 >>669
自然数だってゼロと同じように考えられたものだよ。
ヒバタン族は数の概念を持っていないし、
「1,2、たくさん」
という概念の部族もいる。 >>670
その通りです。わたしも>>669でそう書いているつもりですが何か? 数でまとめるのもあやまりで、人の認識が剥離すると思うよ。原始論者的には。 数字がさすものと数字の、均整がとれていないこともよくあること。
運用上は、丁寧に早くすべき面もあったろうにな。 1が自然数と認識されて高々500年程度だし>>669の考えに従えば歴史的には1は自然数ではないと言っていいな。 >>676
>>669に従えば、1は自然数だよ。
歴史的にもそれ以外でも自然数だ。
自然数と認識されて何年とか何の意味もない。 数学で売れたいなら
、式や数字に触れちゃだめだよ。難という堕落堕天使。 >>678
ユークリッド原論によると1は数ではない >>669 〜 >>681
ペアノの公理はバージョン違いがある。 >>680
いやいや、歴史的には0は自然数ではない。
また、歴史的には1は自然数だ。
そうしないと>>669の趣旨とロジックに反することになる。
もし>>669のロジックに間違いがあれば、
0と1がともに歴史的に自然数であるとか、
ともに歴史的に自然数ではないということが考えられるだろう。
しかし、今のところ、そこを指摘した書き込みはないようだ。 1はそもそも数と認識されていなかったんだから0が自然数でないというなら1も自然数ではない。 >>681
ユークリッドが1をどのように考えても問題ない。
あれだけの天才だから独自の定義がある方がむしろ自然だ。
そのことと1が自然数であることは全く矛盾しない。
人類史的な意味での自然数の定義(素朴な定義)は、
何度も再定義され、共通認識が得られたのは、
歴史的には公理的な定義より少し古いか、
ひょっとしたら、公理的な定義より新しいのかもしれない。
いずれにしても、歴史的に大昔の古代ギリシャ人が1をどう考えたかは、
ほとんど意味がない。 まるでユークリッド以外は1を自然数と認識していたみたいな書き方だね。
事実は全く逆で、だからユークリッドも1を自然数と認識していなかっただけ。 >>686
それでいいんじゃないの。問題ないと思うよ。
普通に考えて、古代ギリシャの一般人が、
現代人のような数の認識をしている筈がないよね。
誰もあなたのそのコメントに反対しないと思うよ。
そもそも当時、数を数えられた人が何人いたのだろうかね。
一方、公理的ではない素朴な意味の自然数という概念は、
比較的最近共通認識ができたようなものだよね。
ということは、古代ギリシャ人が、1をどのようにとらえていようと、
1が歴史的に自然数であることや、
0が歴史的に自然数でないことと何の関係もないよね。
それらが関係したら、トンデモ本以上のトンデモ話だ。
いやはや、あり得ないよね。 だから1を自然数と数学やってた人が言い始めたのも高々500年ほど前からなんだけどね。
なんか根本的な歴史認識がいかにも現代人の思い込みに染まっているなあと。 >>690
高々500年というその年数は意味がないよね。
歴史の長さを根拠にして何かを主張しているわけではないからね。
500年が、300年でも、800年でも何も関係しない。
人類の文化史的には、1は自然数だし、0は自然数ではないよね。
繰り返すけど、この主張は歴史の長さを根拠にしていないんだよ。
人間が歴史的にどの時期に自然数という言葉を使いだしたかは、
人類の数の文化史という意味の歴史的には本質ではないよね。 だから1が自然数というなら0が自然数にならないとは言えないし、0が自然数ではないというなら同じくらい人類の文化史的には1も自然数ではないよね。
人類は1を自然数とみなしてなかったという事実は変わらない。 >>691 >>692
そんなことより、おまえらの知識を知りたい。 ゼロだってアルゴリックに考えれば、動く数字なんだよ。 自然数はペアノの公理。
じゃあ、整数は何ですか? 有理数は何ですか? 実数は何ですか? 血液型O型が実はゼロ型だと聞いた。
赤血球にびっしり生えている糖鎖の原形だそうで。
それを原形にしてどんな単糖がつくかでA型とB型が決まるんだとか。
数字のゼロは座標系の原点オーと同じと考えていいのかな? 代数としては
自然数はペアノ算術
整数は最小の順序環
有理数は最小の順序体
実数は実閉体
かな >>698
訂正
整数は「0と異なる乗法単位元1を持つ」最小の順序環
でないとまずいな。 そこ訂正するほど細かい意味でいってたのなら、実数のとこも直して頼む >>700
加減乗除の話だから良いんじゃないの?
もちろん実数より小さくても実閉体にはなるけど、理論は同じだから。 >>701
そもそも加減乗除の話だというなら順序環とか順序体の「順序」は余計じゃないのか?
実閉体なら大きくても小さくてもいいくせに、ほかは最小に限定するってのも変な話だろう >>703
順序はなくして標数0にした方が良いか
自然に順序も誘導されるし
最小性は帰納法のようにある意味一階で表現できるが、完備のような最大性は一階では無理なので、敢えて代数的と断って実閉体にした
どちらにせよ標準モデルのように特定したいなら、ZFCで自然数の標準モデル(に+*入れたもの)を作って
それから順序対の同値類別で整数作って
それから順序対の同値類別で有理数作って
それからコーシー列なり切断なりで実数作って
となるけど、自然数はペアノの公理というならモデルではなく公理系を求めているんだろうからこれは違うかなと 複素数上1/0=不能
|Re(拡張複素数上1/0極座標表示)|=|拡張実数上1/0|=拡張正実数上1/0
=|Re(∞∠不定)|=|±∞|=∞
0/0=不定、どこまで拡張した数系でも不定
負実数<0<正実数 >>712
…=-2*0=-0=0=2*0=…
故に0に約分は無効よって
0/0=不定 1に定まらない >>712
…=-2*0=-0=0*0=0=2*0=…
それでも0/0=1と言う? 1・x = x ∴ x/x = 1
x=0 より 0/0 =1 >>715
間違い無く高校数学で挫折するよ
誰も0/0がx/xであるという保証はできない
(2*x)/xもx/(2*x)もx=0なら0/0だから >>715
何で数学では0除算が禁止されてるか分かる?
何で除数0での関数値を求めるのに0自体ではなく極限なんて手法を創り0近傍なんていう
0に限り無く近い数なんて回り諄い考え方を経由すると思う?
極限概念無しに0除算推定をやるなんてのは放射線防具無しに放射能を手掴みする様なもん
極限 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%B5%E9%99%90
ロピタルの定理 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%94%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%81%AE%E5%AE%9A%E7%90%86 >> 717
ヰキペディアはね。。。
トンデモが多いから...ね >>718
Google検索してみ。お前が少数派だから
0/0不定形 - Google 検索
https://www.google.co.jp/search?hl=ja&source=hp&biw=&bih=&q=0%2F0%E4%B8%8D%E5%AE%9A%E5%BD%A2&btnG=Google%20%E6%A4%9C%E7%B4%A2&gbv=1
関数の形式で値が決まるわけで、関数ではない単純な0/0は不定だ
1/xグラフを引っ張って0/xグラフにしてみろ。結局x=0⇔0/x=不定になる >>719
あのね、wikipediaにはろくな情報がないわけ。 数体系の定義次第でしょ。0/0=1と公理で定めれば、何も問題ない >>720
だからWikipediaじゃなくてGoogle貼ってんだろうが
よく見もしないで高を括ってWikipedia情報だと決め付けて掛かるな
0/0=不定は世界的公知 >>717
>数学では0除算が禁止されてる
・・・ということはないが0除算に意味はない
0でないεに対して、ε/0と等しくなる数は存在しない
0/0は極限のとりかた次第でいくらでも違う値に収束するので確定しない
ただそれだけのこと ありのままを受け入れろ >>724
> ・・・ということはないが0除算に意味はない
よく実数に限られる場合に禁止される
> 0でないεに対して、ε/0と等しくなる数は存在しない
それを不能と言う
> 0/0は極限のとりかた次第でいくらでも違う値に収束するので確定しない
それを不定と言う
つまりそれが実数での扱い
拡大実数では前者は±∞、後者は相変わらず不定
> ただそれだけのこと ありのままを受け入れろ
お前がな。言う相手を取り違えるな。>>720=>>715に言え
言う相手を取り違えるって、レスを半端読みして相手の言ってる内容の高をくくってないか? おらが考えた数体系。
0+0=0
0+1=1
1+1=0
0*0=1
1*0=0
1*1=1
なら、0/0=1 >>727
この手の分配法則が成り立たないような体系はそれを失うのに足る何かがないと受け入れられないと思うけど、これを考えるメリットは何? >>725
禁止ではないな
実数ではないとか、確定しないというだけ >>729
制限しないならWheel Theoryに則り不定の種類も綿密に記述せねばならない >>732-733
Wheel Theoryで検索しもしねぇ人任せな依存人間な癖に逃亡とか言ってんじゃねーぞ燃えるゴミ >>730
バブル後平成日本の場合は流動性トラップに嵌まって永遠に抜け出せない頓馬っぽいけど。 Wikipediaだけじゃないぞ
岩波数学辞典、朝倉数学辞典、オックスフォード数学ミニ辞典 WikipediaをWikiと略す奴はユトリの中でも成長を止めた燃えるゴミ
WikiはWeb上のハイパーテキスト文書を書き換えるシステム
Wikipediaは他の媒体を参照して正確性を「自分で」吟味し活用する事典
結局、Wheel Theory - Wikipediaの正確性は
ケンブリッジ大学のPDFに忠実に示されている事を確認する事で得られる
0/0を気安く1と言い放つ燃えるゴミのお前にPDFを読み切れるとは思えんけどなぁ
ほれ、信頼性高いWikipedia本家の英語版だぞ
疑うなら>>740に貼ったケンブリッジ大学のPDFと見比べながら読み進めろや
まぁ燃えるゴミ脳のお前じゃPDF読み進められんだろうけどな
Wheel theory - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Wheel_theory
どうせ英語版なんて読めないんだろ?
輪 (数学) - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BC%AA_(%E6%95%B0%E5%AD%A6) >>704
そう言えばHaskellでペアノの公理書いた時、符号付けて整数作ったりしたな。。。
実数作るなら桁上がりも作らんと0.一億とか、無限に小数点第1位になるな。。。とか。 >>737-738
結局お前の言い分
0/0=1
を採用するには
2*(+0)=+0+0≠+0≠-0≠-0-0=2*(-0)
を採用しなきゃいけないんだが? >>737-738
それだけじゃない、標準の数体系は
0=0-0=1-1=2-2=3-3=…
=0=0*(1-1)=1*(1-1)=2*(1-1)=3*(1-1)=…
=0=0*0=1*0=2*0=3*0=…
となるが、お前が言い分0/0=1を通す為には
0≠1-1
を採用しなければならない ID:M97Az4Yiは意味不な事ばかり書いて
何がしたい >>745
0^2/0は何になる?
0/0^2は何になる? >>747
お前は記号 ^ の意味を知らんのか。ってか何で2つの問いに答え1つなんだ?
仕方ねぇな、じゃあ書き直すわ。問い2つ追加で計4つ
Q.1 (0*0)/0は何になる?
Q.2 0/(0*0)は何になる?
Q.3 0/(2*0)は何になる?
Q.4 (2*0)/0は何になる? 世間の回答
Q.1-4 全て不定
俺が予測するお前の回答
Q.1 0
Q.2 ∞
Q.3 1/2
Q.4 2 冗談抜きでPC上の四則演算の表示の仕方が分からねぇみたいだな
今の御時世、ガキだって教わるのに仕方ねぇな
a+b=a+b a−b=a-b a×b=a*b a÷b=a/b
PC上で/を記しても括線機能が発揮せぬ為に分数罫として使えないので分数を表現したい時は一々
(a/b)
と括弧と併せて書く必要が有る。本当に知らんのか? ゼロがあっても数字は微変変転するから、つねには自然数ではないだろう。 >>747 >>752
どこをどうやったら
0/(0*0)や(0*0)/0から
5^2 : 5の2乗
= 5*5 : 5の5倍
= 25
に定まるって言うんだ、このバカ垂れが!! >>753
実用上の誤差不可避性を語りたかったら物理数学の誤差論でやれ
物理量の不確定性を語りたかったら量子論の不確定性原理でやれ
お前の哲学行為は何もかにも的外れなんだよ、このスカポンタン
0除算を組み入れた不定性を語るべく>>740-741に添付したWheel Theoryに言及するでもない
的外れ哲学してんじゃねぇ、この似非学術者が 改めて
|Re(拡張複素数極座標上解1/0)|=|拡張実数上解1/0|=拡張正実数上解1/0
=|Re(拡張複素数極座標上解∞∠不定)|=|拡張実数上解±∞|=拡張正実数上解∞
=複素数上解不能
複素数も実数も正実数も解可能は有限解までのみだから∞解は解不能
0/0=不定、どこまで拡張した数系でも不定
乗法吸収元の0同士、つまり互いに無限の乗法吸収可能な0同士の比較となり解は不定となる以外なし
まだ全く打席に立った事が無い打者の打率は不定
それを>>747 >>752は不定と答えてしまっていると言う訳だ 国語的説明から解脱できず、純粋な数学的説明では理解できない人間へ
|1/0| = ∞ = 有限解不能 である事の国語的かつ実際的な説明
射精能力が分速0mLの人が1mL射精するに掛かる時間を求めよ。
射精充填所要時間=|射精充填量÷射精能力|=|1mL/分速0mL|=∞分=不能
⇔射精能力が分速0mLの人が1mL射精するに要する時間は∞分である
⇒射精能力が分速0mLの人が1mL射精するのは不能である
射精能力が分速0mLの人は射精能力が改善されぬ限り例え不老不死で無限体力を得ていようと
射精量1mLを満たすどころか精子1匹たりとも射精は不能である >>760-761
解∞は有限値での求解は不能だと分かったか?
では次は0/0案件
打席数0、それに伴い安打数も0の打者の安打率を求めてくれ そりゃそうだ、関連スレではあるが該当スレじゃなかった
該当スレ
1÷0ってなんで答えが定義されてないの? [転載禁止]c2ch.net
http://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/math/1435493546/ さて。負の2の倍数を負の偶数と言ったり
負のそれ以外を負の奇数と言ったりする事が…あるらしいな、昔の数学書では
(なら負の偶数と負の奇数を併せて負の自然数と呼んで良いかも知れないな)
はてそこで疑問。0は正の偶数か、負の偶数か?
>>732
続きは>>764添付先だ
0÷0は1にも2にも何にも定まらない、不定 >>764添付先で返事しろって言ってんのが分からんのかガキ
小学校で「0で割ってはいけません」って教わんなかったのか?
わり算 不定 不能 - Google 検索
https://www.google.co.jp/search?hl=ja&source=hp&biw=&bih=&q=%E3%82%8F%E3%82%8A%E7%AE%97%20%E4%B8%8D%E5%AE%9A%20%E4%B8%8D%E8%83%BD&btnG=Google%20%E6%A4%9C%E7%B4%A2&gbv=1
何でわざわざ高校数学で極限概念なんて習うのか分からんのか?
いや極限概念さえ知らないか?お前、何歳だよ? ゼロの近似値は自然数だからどこまで行っても自然数だ。マイナスも。 >>769
別人だろうけど>>764でやれってば
>>770
何で整数の上での自然数か否か論じる話で近似値の話が出て来るんだこのすっとこどっこい 整数なんて存在しないよ。多少のずれが数字にはつき物。 それは、古典力学的整数論の話。整数を量子化したらどうよ? ガラケーで見たらオメガの小文字もフグリに見えたぞ
この無限大自然数め 自然数の定義って
最大限がなくて、最小限があって、稠密関係を満たさないような線形順序集合。
これじゃダメ? >>777
んな定義した日にゃ離散なら何でも自然数になるだろバカモン
「0.5の倍数」や整数に全く掠りもしない「0.1+『0.5の倍数』」も自然数になる >>778
例えば0以上の0.5の倍数ってのは自然数って事になるけどペアノシステムでもその集合は自然数だし。
じゃあ質問変えるよ。ペアノと同じ事を表現できてる? >>779
見んじゃねーよー。ペアノと同じ表現できてねーじゃねーかよー。 「最大限がなくて、最小限があって、稠密関係を満たさないような線形順序集合。」
ペアノの公理を満たせばこれを満たす事は証明できる。
逆にこれを満たせばペアノの公理を証明が出来れば同じ事を表現できてるって事で良いと思うけど数学的帰納法だけは俺にはできないんよ。
だから誰か出来るかなって。
準同型ってやつ?よく知らんけど でも入門者相手ならともかく今どき自然数をペアノの公理で定義はしないでしょ
この公理内で算術は定義できないから
加法から乗法は定義できないし乗法から加法も定義できないから加法も乗法も公理に持たせないといけない
それで標準的にはペアノ算術PAを自然数の公理とする
普通は順序同型なだけで自然数とは言わない なお加法だけを持つ自然数もどきでも乗法だけを持つ自然数もどきでも構文論的な完全性をもつ理論になる
つまり、命題は証明可能か反証可能かのいずれかになる >>784
通常完全性定理とは構文論的な完全性ではなく意味論的な完全性(恒真なら証明できる)を示すのでそれはアウト そんで結局 >>781 は正しいの?正しくないの? それとも分からないから答えずに話をすり替えてるの?
今時使うかどうかとか関係ないでしょ? 自然数と言うかどうかとかそれこそ定義次第だし。
証明可能か反証可能かのいずれかになるのであれば数学の問題として成り立ってるじゃん。 >>786
> 証明可能か反証可能かのいずれかになるのであれば数学の問題として成り立ってるじゃん。
と言ってしまうくらいに何も理解できていないことはわかった
がんばって勉強してくださいくらいしか言ってあげられない >>783
そこで洗濯公理の登場か
洗濯は母ちゃんにやって貰おう >>787
なんだかよく知らんけど >>783 であんたが言ってた事そのまま言っただけやで。
それブーメランじゃない? あ、それとも「のであれば」ってのがおかしいって事?
「証明可能か反証可能かのいずれかになる」としても問題として成り立つわけじゃないって事? >>789
だからそんな勘違いを書かなくて済む程度には勉強してから反論した方が恥をかかなくて済む 別に反論してるつもりはないよw
別に勘違いしてても恥だとは思わんし。
そんな事言わずに初学者にも教えてくれって。
証明可能か反証可能かのいずれかになるって事は真か偽かのどっちかは証明できるって事でしょ?
それなのに問題として成り立つわけじゃないってどう言う事なの? >>792
順序同型な集合なだけで自然数と言ってしまう数学とは違う言葉遣いでの話は既に書いている
しかし、その話と構文論的完全性があるという話を結びつけるのは何も理解できていないということ >>793
ん? >>783 で言ってる構文論的完全性ってのは >>781 の命題に関しては別に関係ないって事なの?
ペアノを満たせばそれは、最大限がなくて、最小限があって、稠密関係を満たさないような線形順序集合であるっての。 失礼
バカなのは俺もだ
>>最大限がなくて、最小限があって、稠密関係を満たさないような線形順序集合
を言葉通り受け取った時、そうなだけなら自然数と順序同型じゃない集合はいくらでもあるな
ω2より小さい順序数全体とか >>795
ω2は2番目の極限順序数 ω*2 = ω + ω のことだよね
2番目の非可算濃度ℵ_2を持つ最小の順序数ω_2ではなく 2番目の非可算濃度アレフ_2を持つ最小の順序数ω_2ではなく ω*2 を ω2 と書くのはよくないんじゃない?
ω_2と混同しかねないし >>790
そっから先は選択次第って事だよ
ゲーデルの不完全性定理って知ってる?
選択公理って知ってる?
証明可能と選択した体系と
反証可能と選択とした体系と
で独立に存在する場合が有るんだよ
だから選択公理の出番なの また不正確な説明してしまった
この不正確な説明を忌避・危惧して当板住人は各自勉強を勧めるのだ
だが文系思考のそれも高卒止まりだと勉強できないからね、何せ
理系の言う「もっと解り易く」は「もっと詳しく細密に」って意味だが
文系の言う「もっと解り易く」は「もっとざっと簡約に」だからね
マスメディアやネットメディアの平易さに特化した説明に騙され易い 平易に過ぎた説明「青信号なら渡って良い」
詳細に凝った説明「青信号は飽く迄も指標、最後は自分で判断」 >>802
言いたいことはわかるが標準的な表記なので
誤解を招かないようω*2と明記するよう推奨するというのは同意できる
>>803
ACが直接関係する話ではないと思うが
モデルによる話ではなく理論内で記述できる命題は証明可能か否定が証明可能になるが、加法と乗法の両方を持てば不完全性定理により証明も否定の証明もできないような命題が理論内で記述できる
算術(加法と乗法)をもつというのが本質的に効いてくるとわかるところ >>806
うん
彼との話とは脱線するけど不完全性って加法乗法の他にも自然数が無限にある性質は絡むよね? >>807
論理式は可算無限ありそれをコーディングしなきゃいけないから自然数が有限では困るというのはある 順序数はペアノの第5公理だけは満たさないって事になる? 極限順序数ωはペアのの公理系を満たす
ωより大きい極限順序数は第5公理を満たさないけれど、超限帰納法が成り立つ
もちろん後続順序数には後者を持たない最大元が存在する ビブリボンか?音楽で出来た道の次は数学で出来た道をお散歩するのか? 「なぜ0で割ってはいけないの?」 数学マニアが中学生にもわかるようにした解説がエレガントすぎると話題に
http://originalnews.nico/146955 お前0/0を1と答える辺り理工学系じゃないな?何で数学板にいるんだ? >>818 >>820
理工学系か否かは問題無い。 いや0/0=1なんて断言する人間にマトモな学歴の奴はいねーよ 分配法則が成り立たないとか矛盾するとかでは何も起きないという感覚の人か NUMBER GIRL再結成ネタはここでいいですか? >>828
それでもいいと言えるだけのメリットがあるかどうか
この手の法則を破るだけの何か大きな成果がなければ破るべきではないしあるなら破ればいい ゼロの質量を考えると無重力の前には自然数になるだろう。近似値としてのゼロというか。 >>824-825
…=-3*0=-2*0=-1*0=-0=+0*0=+1*0=+2*0=+3*0=…
もし本当に
0/0=1
なら
3*0/0=3*1=3
のはずだが
3*0=0
なので
3*0/0=0/0=1
にもなり矛盾
>>832
まだ波動論を語りたきゃいい加減に物理板に消えろ 他にも0で割る事を制限しないと
(a+b)(a-b)=a^2-b^2
に於いて
a=b
の時の
(a+a)(a-a)=a^2-a^2
⇔=2a(a-a)=a(a-a)
⇔2a=a
⇔2=1
を認める事になる >>832
だから量子論的にミクロで不確定な話がしたければ物理板に行けって
マクロな話、3個の林檎が幽霊化して2〜4個の林檎になるなんて事は無い >>834
横だが彼は分配法則は成り立たなくて良いと考えているらしいぞ
まあ分配法則を使えないなら*0しても0になる保証もなくなるしかなりカオスな世界が待ってるけど
なんでそこまでするかは彼が理由を書いてくれないのでわからん
ちな
>>833
も*0≠0の他に結合法則を満たさないとする手はある
今まで満たしていた法則を満たさないようにして矛盾をとりあえず回避することはわりとできる
ただそうするだけの意味がなければやるだけ無駄だから普通はやらないけどな つまり>>824-825こそ非常識
>>836「そんなの定義次第でしょ」発言から定義次第で何でも可能だと思い込んでいる
どう定義しようが定義できないものの存在を認められない
0/0=1と定義したた時点で>>833-834を正しいと主張している事も気付かない
どこまで言っても0/0をindeterminate formの一つと言うのか分からない
Indeterminate Forms 0/0 , ∞/∞ , 0^∞, 0^0, ∞^0, 1^∞, ∞−∞
[PDF]https://www.math.fsu.edu/~bellenot/class/f99/cal1/indeterminate.pdf take_off_dress
障害者ネトウヨヒトモドキ自民工作レイプ魔犯罪者猿ヒトモドキ脱糞は轢き殺されて自殺しろ
ピットクルーでネット工作言論弾圧する地味ゲリゾーゴキブリ消滅しろ https://www.amazon.co.jp/gp/profile /amzn1.account.AGDNCK4ZXHLS3PJDODP5BJ7CFVXA/
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キチガイヤブ医者ヒトモドキニホンザルのキチガイダウン奇形忌子餓鬼と一緒に手榴弾で無理心中しろそしてブルドーザーで轢き殺してバラバラになったニホンザル奇形チビ害虫死体はクソと一緒に下水道に流せ 【超悪質!盗聴盗撮・つきまとい嫌がらせ犯罪者の実名と住所を公開】
@井口・千明(東京都葛飾区青戸6−23−16)
※盗聴盗撮・嫌がらせつきまとい犯罪者のリーダー的存在/犯罪組織の一員で様々な犯罪行為に手を染めている
低学歴で醜いほどの学歴コンプレックスの塊/超変態で食糞愛好家である/醜悪で不気味な顔つきが特徴的である
A宇野壽倫(東京都葛飾区青戸6−23−21ハイツニュー青戸202)
※色黒で醜く太っている醜悪黒豚宇野壽倫/低学歴で人間性が醜いだけでなく今後の人生でもう二度と女とセックスをすることができないほど容姿が醜悪である
B色川高志(東京都葛飾区青戸6−23−21ハイツニュー青戸103)
※色川高志はyoutubeの視聴回数を勝手に短時間に何百何千時には何万回と増やしたり高評価・低評価の数字を一人でいくつも増やしたり減らしたりなどの
youtubeの正常な運営を脅かし信頼性を損なわせるような犯罪的業務妨害行為を行っています
※色川高志は現在、生活保護を不正に受給している犯罪者です/どんどん警察や役所に通報・密告してやってください
【通報先】
◎葛飾区福祉事務所(西生活課)
〒124−8555
東京都葛飾区立石5−13−1
рO3−3695−1111
C清水(東京都葛飾区青戸6−23−19)
※低学歴脱糞老女:清水婆婆 ☆☆低学歴脱糞老女・清水婆婆は高学歴家系を一方的に憎悪している☆☆
清水婆婆はコンプレックスの塊でとにかく底意地が悪い/醜悪な形相で嫌がらせを楽しんでいるまさに悪魔のような老婆である
D高添・沼田(東京都葛飾区青戸6−26−6)
※犯罪首謀者井口・千明の子分/いつも逆らえずに言いなりになっている金魚のフン/親子孫一族そろって低能
E高橋(東京都葛飾区青戸6−23−23)
※高橋母は夫婦の夜の営み亀甲縛り食い込み緊縛プレイの最中に高橋親父にどさくさに紛れて首を絞められて殺されそうになったことがある
F長木義明(東京都葛飾区青戸6−23−20) ※日曜日になると風俗店に行っている >>833では3を例にして0/0=1としてしまうと3=1となってしまう事を示したが
つまり例を3から変えて2でも4でも負数でも有理数でも実数でも複素数でも言える話
これでは全ての複素数が = で結ばれてしまう事になってしまう
数学的実在とは数学的な偽でない事に過ぎぬ
1+1=2は自然数として実在、1+1=0もブール代数として実在
だが1+1=3は実在しない
一方で虚数は複素数の内の純虚数として実在する >>845
>だが1+1=3は実在しない
なの、+演算の定義次第だろ >>846
自然数論と全く独立にならずに?
複素数に対する四元数、八元数ほどの関連くらい欲しいなぁ >>848
八元数はもう古い。これからは、十六元数の時代ですよ 十六元数までいくと一般に1/aが定義できても1÷aが定義できないなど使えねえ感満載 >>833
3*a/a=3*1=3
3*a/a=3a/a=3
よって、3*0/0=0/0=1は高次ルールから間違いです^^ 算術の下等ルールに合わせて、代数の高等ルールを制限した数学を改めて、
代数の高等ルールに合わせて、算術の下等ルールを制限した数学にするのです^−^ >>851-852
甘い。その下等・高等を真に判断できるのは全ての記憶を持つ神のみ
更に、その高等ルールを保存するのが高校数学で習う「極限」だ
さぁ、今ここでその神を記憶喪失にしてみよう。しかし神は全知全能
全知は封じられても全能により、知を復元できるだろう
…復元できるからには、その知は無ではならない
(?*0)/(?*0)
何とした事か!0以外なら?は測定できるが
0が?の比も0にして比の記憶情報を無としてしまい完全に隠してしまった!
残念でした。無を相手に下等も高等も無し
神なんてそんなもん。「全知」という「カンニング」で知ってるだけ
もっと難しい計算
(元が何だったか分からない無その1)/(元が何だったか分からない無その2)
全知を封印されたら神でも解けない
(元がどうあれ無になってから因子が変わる無その1)/(元がどうあれ無になってから因子が変わる無その2)
無になった後に変わった因子を知る手段とは?無い。つまり「全知」はカンニング
「全知」はカンニング。数学ではない
はい終了 0は無限小でさえない。無限小でさえない無など
神とて全知を封じられたら全能を以てしても知を復元できない
全能と言いつつ全知が封じられた事により
その全能は失われた能力を除外しての全能と成り下がる
>>852
あのなぁあ?宗教じゃねぇんだよ数学はぁあ。よぉおう?数学ってのは
「『与えられた情報』勝負」の学問なんだよ、「天与の情報」を追放した学問なんだよ
下等だの高等だのと言った比較は無限小や無限大の比較ができるくらいで
そんな比較の仕方なんぞ無限小でさえない零には通用せんわ宗教ボケが >>834
(a+b)(a-b)を展開すれば
=a^2-ab+ab-b^2
=a^2-b^2
であって、
(a+a)(a-a)を展開すれば
=a^2-a^2+a^2-a^2
=2(a^2-a^2)
=2a(a-a)
です
>>834のように(a+b)(a-b)=a^2-b^2を、a=bとして
(a+a)(a-a)から展開せずに右辺のbを勝手にaに置き換えただけの
(a+a)(a-a)=a^2-a^2ではありません >>852
よし?じゃあいいぜ、お前に零を見分ける能力が有るかテストするぜ
下等だの高等だの言うんだから例え情報ゼロでも読めるわけだ
明日、俺が女と話した回数/明後日、俺が女と話した回数
未測定につき只今の情報0/0
日付不問につき日付が変わる度に永遠に明日・明後日の話に切り替わる
ほら?予知能力を発現しろよ?しかし数学は予知能力禁止
ここまで言ってやっても宗教脳なお前には分からないだろうな
0/0は0/0でも「全く関数ではなく、しかも全く単純な0/0」は
神でさえ特定不可能。何故なら「0/0」は不定と不文律だからだ
分かったとしたら、その神は実はコッソリ全知の封印を解禁してるし
もしくは「単純な0/0」でもなく「仕組まれた0/0」つまり「八百長」だし
もしくは「純粋に単純な0/0」も「不定」も封印された世界の話
答えろよ?毎日正解しろよ?「絶対に分かるはずが無い事」を予知しろ?
できなきゃ、やっぱり宗教脳 >>853
算術ルールに二通りの解釈が出るのは、現行の算術ルールでは一意的に解釈出来ない不完全な欠陥定義だからです
不完全である算術ルールを取り外した代数ルールでは一通りの解釈しか出来ません
どちらが上位概念であるかは自明ですね^^ 3*a/a=3 (但し、a≠0)
のように代数ルールに算術ルールによる制限が課されているような前提から、算術ルールの制限を取り外し
3*a/a=3
だけで良い事にするのです
そして
3*0/0=3
の時に、(但し、0/0の除算を先に計算する)
という代数で文字を扱うルールと同じにすれば良いのでしたw
そもそも、3*0/0=1は代数的に誤りなのですから、(但し、0/0の除算を先に計算する)は不要なのかもしれません
数学界のレガシーの問題があるので、
最初に宣言文を書くなりして、過去のプロトコルと区別されて居れば良い訳です >>852
数学の世界では「全て」は定義できない、定義しきれない。丸で神だな
(全て)<{2^(全て)}
は零だけの世界零環以外での絶対不等式集合の一つ
数学を超えた宗教や神が出て来ないと不可能な計算0/0
人間やコンピューターやDNAコンピューターや量子コンピューターが
一丸となって定義してみても定義できないルール、それが0/0
神でさえ特定できない「単純0/0」の答えが分かる人間なら何でも分かるはず
神武天皇の時代には天皇って言葉は生まれてなかったどころか
卑弥呼の時代にも無かったが、さぁはて神武天皇って、いつの人?
正しい証拠情報量0/正しい論拠情報量0
お前が本当に0/0が分かる人間なら分かるはず >>859
(3*0)/0 = 0/0 = 1
3*(0/0) = 3*1 = 3
代数的には、何も問題ない。 >>858
> 算術ルールに二通りの解釈が出るのは、現行の算術ルールでは一意的に解釈出来ない不完全な欠陥定義だからです
> 不完全である算術ルールを取り外した代数ルールでは一通りの解釈しか出来ません
> どちらが上位概念であるかは自明ですね^^
残念。標準の数体系は
0=0-0=1-1=2-2=3-3=…
=0=0*(1-1)=1*(1-1)=2*(1-1)=3*(1-1)=…
=0=0*0=1*0=2*0=3*0=…
となるが、お前の言い分0/0=1を通す為には
0≠1-1
を採用し、標準から逸脱しなければならない カッコ付きの計算推移について考察してみた
(8)/8=1
(a)/a=1
(0)/0=1
そして、
(8+8+8+8+8)/8 =5(8)/8 =40/8 =5
(a+a+a+a+a)/a =5(a)/a =5a/a =5
(0+0+0+0+0)/0 =5(0)/0 =5
つまり、もしこれが(0+0+0+0+0)/0 =1とする考え方をするならば、0/0=1を認めても
0を単に自然数と考えて項数の情報量を抹消した事で生まれた解釈を採用したという事になる
しかし、そもそも0の起源は、位取りの為に発明された代数記号だ
よって(0+0+0+0+0)/0 =5が代数的に正しい^^
人類は遂に(0)/0と(0+0+0+0+0)/0が違う事を発見したのである
ゼロの発見以来の革命です^−^v >>866
じゃあ
7-7
は何だって言うんだ?0か?7*0か? ペアノの公理は
ペアノ自身の定義では、0は自然数じゃなかった!
自然数は1からです^^
>>867
0=7(1-1)です^−^ 始原に近いゼロはおおよそ、自然の発生と時を同時にする。よって自然数だ。 >>861 > a/a=1なので0/0も1でした^^
>>866 > 0=1-1です^−^
>>868 > 0=7(1-1)です^−^
はぁ?自分で理非を言ってる事に気付いてるか?
0/0=1を採用してる癖に1-1も7*(1-1)も0に等しいと主張
⇔1-1=0=7*(1-1)の三辺を0で割る
⇔1=1=7
ほら矛盾した 1-1=0
0=0
7*(1-1)=0
⇔0=0=0
三辺を0で割る
⇔1=1=1
ほら矛盾しなかったミ☆
矛盾しないルートだけが正解です^^ 方程式
2a=a
両辺をaで割る
2a/a=a/a
2=1
「ほーら矛盾したので解なし〜」
↑
aの解は0です
2a=a
2a-a=0
a=0 つまり、0で割る事で生まれる固有の矛盾ではなく、例の様にaで割わる事でも生まれる矛盾を
お話し上つくり出して誘導していたのです
何故矛盾するのか?方程式から代数を消去して両辺を不一致にさせる事は、2a=aの例から明らかです
しかしそれは方程式を解く事と何の関係もない事でした^^ 「2a=aがa=0になる訳がない!
もしそうだとすれば
2a=a=0
を認めなければならない!
2a=a=0
三辺をaで割る
2=1=0
ほーら矛盾した〜」
彼がやってるのはこういう事でしたw 0にのみ起きる筈だった「問題」が、何故aでも起きるのか?
0がaと同じで自然数じゃなかったからです^^ 詰まらないでしょうか?
数学界に広まってるゼロ除算の破論法は、彼と同じです
0を自然数と言い張る為に必要になった、0で割ってはいけないと信じ込ませる為に作られた
ゼロ除算を否定する時にだけ持ち出される詐欺師文学であり似非数学論法でした
私によって数学界の詐欺師全員が論破されたのです^^ 「aをaで割ってはいけない!
もしaをaで割って良いとすれば
2a=a
両辺をaで割る
2=1
ほーら矛盾した〜」
wikipediaのゼロ除算の説明でやってるのはこういう事でしたw
数学界の詐欺師が編集しているwikipediaのページに☆マイナス5をあげます^^ >>872
甘い。幾らお前独自のルール「式中の0/0を最優先」を採用してみても
0/0よりも括弧が優先される
分数式(7-7)/(1-1)は{7*(1-1)}/(1-1)となる
分子、分母を(1-1)で割ると(7*0)/0となり、お前の0/0=1ルールで式は7になる
だが(7-7)=0=(1-1)の為(7-7)/(1-1)=0/0=1ルールで1にもなる
どうするんだ?お前の都合を優先して0/0だけ括弧をスリ抜けるインチキルールにするかよ? >>881
あなたは、>>875にある2=1=0を認める訳ですねw 0で矛盾する時、aや他の代数文字でも矛盾する問題に過ぎませんでした
その矛盾の原因は、方程式を等価にしている代数を論証者自身が消去して、
論証者自身が等価性を破ったからですw 「1-1=0=7*(1-1)
0=aと置きます
1-1=a=7(1-1)
1-1=0ですからaと置きます
※
a=a=7a
3辺をaで割る
1=1=7
ほーら矛盾したので数学ではaをaで割ってはいけない事が証明された!」
賢者ルートの分岐
※
a=a=7a
3辺からaを引きます
0=0=6a
3辺を6で割ります
0=0=a
※
a=0
方程式の解は目出たくa=0でした^^ >>882
お前の理屈を採用するとそうなる
>>883
> 0で矛盾する時、aや他の代数文字でも矛盾する問題に過ぎませんでした
極限概念を知らんとは。極限では
lim[a→0](7*a)=0=lim[a→0]a
だが
lim[a→0]{(7*a)/a}=7≠lim[a→0](a/a)=1
だ。お前の修正主義は必要ない
>>884
甘い
lim[a→1][{7*(1-a)}/(1-a)]=7
お前の賢者ルート等と言った日本会議ばりの都合修正主義とは異なり
lim[a→1]{7*(1-a)}=lim[a→1](1-a)
という性質も保たれつつ
lim[a→1]{7*(1-a)/(1-a)}≠lim[a→1]{(1-a)/(1-a)}
という性質も得られる所が違う
大体にして0を誰がaと置いた?お前だ。2つの0が同じ比とは限らない
分数関数b/aに於いてaとbが独立な場合
lim[a→0,b→0](b/a)⇒不定
自前の修正主義の妄信に取り憑かれたお前には此の事が理解できない >>885
それも両辺を等価にしてるaを貴方が消去した事による貴方の詐術に他なりませんw
>>875
は0で割る事を認めた事によるものではありません
方程式の解を求める問題で両辺を、或いは三辺を
aの係数で割るかのように
aで割った事による起る誤りの例でした
つまり代数方程式全てで、aでもbでもxでもyでも起きる誤答例です
0で0で割る事を認めた事によって起きたのではありません
0/0=1である事を認めたから起きたのではありません
貴方の論法は
「2x=0の両辺をxで割れば2=0になり矛盾している
もし数学でxをxで割って良い事を認めると、2=0を認める事になる
よって数学ではxで割ってはイケない事が証明された!」
という論法と同じだったのです。
>お前の理屈を採用するとそうなる
という一文がありましたが、
0/0=1である事を認めたから起きた問題でなく、貴方が間違った論法を使ったので起きた問題でした。
つまり、貴方が代数方程式を全否定している論法を使用して居たのです。
貴方の論法では代数方程式の全てで「矛盾」する事が予め可能なのでしたw 方程式2x=0がある時、
両辺を係数の2で割って、x=0である事を求める事が、方程式を解くという事でした
両辺を勝手にxで割って、2=0を引き出すのは、論証者が引き起こした問題でしたw
解が0なので0=0で右辺と左辺は等価で無矛盾です
もちろんその時、両辺を0で割れば両辺は1になり等価で無矛盾です^^
a/a=1から、0/0=1であると認める事は、
0を自然数ではなく代数と同じ扱いであると認める事です
後に円周率をπを置いたように
零元を0と置いたのです
0が発明された時、それは位取り記号に過ぎませんでした
そしてゼロが発見された時、ゼロを表わす記号に0を置いたのです
>>870も
方程式を解かずに、代数を全て除して消去した事による誤りだったのです
貴方が自ら作り出した矛盾だったのです
>>884の下の解説に続いて、
方程式の解の0を、a=a=7aの三辺のaに代入すれば
三辺は0で一致し、更にその三辺を0で除すれば1になります
無矛盾です 0/0=1が代数学に基づいているので
代数方程式を全否定している論法を持ち出さなければ、
0/0=1としてはいけない根拠の「矛盾」を創り出せなかったのです
数学界最大の詐欺手法は暴かれました^^ >>886-887
そのxやaの中身が0だって誰が見ても分かる事をひた隠しにすんな
新題
拡大複素数では1/0=∞である
0/0=1と認めるとするならば
7/0=∞=1/0
三辺に0を掛けると
7≠不定≠0
更に三辺に0を掛けると
0≠不定≠0
順を変えて書くと
7/0=1/0=∞
三辺に0を掛けると
7≠1≠不定
更に三辺に0を掛けると
0=0≠不定
0と∞以外の拡大複素数では有り得ない等否変異現象であり
0以外の元祖複素数でも有り得ない等否変異現象だ
±逆転による大小逆転とも異なるこの等否変異は0と∞が関わった時のみ A=B ならば AC=BC である
等しいものに同じものを掛けたら等しいので、この命題は真です
この命題と真理値が等しいのは対偶命題ですが
ところが数学界の詐欺師たちが論じているのは逆命題でした
AC=BC ならば A=B である
これは偽です
AC=BCであるからと言って、A=Bであるとは言えないからです
予めA=Bである事が決まっていないので、この命題を作った時点で、偽なのです
偽になる逆命題である事を隠していたのは数学界の詐欺師たちでしたw
そして、これは AC=BC ならば A=B であるという命題が偽なのであって
0を0で割れない事を証明した訳でもなんでもありませんw
A/B=C ならば B/A=C である、と言う命題が偽であるからと言って
AをBで割れない事を証明した訳でもなく、BをAで割れない事を証明した訳でもなく
BをBで割れない事を証明した訳でもなく、AをAで割れない事を証明した訳でもないのと同じ事ですw
10/πとπ/10が一致しないからと言って、
10/πや、π/10や、10/10や、π/πが実行不能だという言い分を証明した訳ではないのと同じ事ですw 体重計(ばね式)で同じ地上で計ったらピッタリ同じの宇宙飛行士2人が、
宇宙ステーションで体重を計ったら理想的には2人ともゼロで一致するのは正しくても
「先に宇宙ステーションで体重を計ったら体重がゼロで一致した別の宇宙飛行士二人が、
同じ地上に降りて体重計で計ったら、二人の体重は一致しなかった!」
とか言ってるようなものですw
見かけの重力がゼロになる場所で計った体重と
同じ地上に降りて計った二人の体重が一致しないからでした
そんな事言われても「だから?」でしかない事でしたw
そう、数学界の詐欺師たちは、何の方程式も解かず、その論拠を何も論理上証明していないのですw
ところが数学界の詐欺師たちは、地球では体重は計れないと言ったり
体重は不定だと言ったり、地球で体重を計る事を禁止しよう等と言っているのですw
先に宇宙で二人の体重を計ってそれを方程式で結んだのは数学界の詐欺師たちが自分で選んだ事でしたw
その後に同じ地上で体重を計れば、二人の元の体重の差の分だけ一致しない事は
ネコにでも解る事でした(=・ω・=)v qA_Ns28P7NA
中卒ナルシスト京本ゴキブリ奇形便所飯虫屑屋は親は売春婦の汚れ遺伝子発達障害者ヒトモドキ自殺しろ中卒ゴキブリ便所飯いじめられっ子のキチガイネトウヨ犯罪者カスヤ >>891
> AC=BC ならば A=B である
>
> これは偽です
遂に数学を壊し始めたか。数学板から出て行けば? ペアノの公理では0では自然数でしたね
自然数に0を入れるなら0に一ずつ加算してできる数が0っていう定義が自然かな? >>895
別にスタートを -1 にしたっていいと思いますよ… (-1)+(-1)=-1と定義すればいいだけじゃん。 >>896
無用に煩雑性を深めるだけでペアノの公理と論理的同値にしかならん様な
単に仕事を増やすだけのゴミ定義は整理整頓清掃清潔整備躾習慣化の7S対象により死刑
この場合の死刑はゴミ定義は人や動物や器物や知的財産ですら無く命を持たないので無罪
だが>>897 >>565によりゴミ定義どころか有害ゴミ定義である事が示された
>>898
有害ゴミを超えた危険定義
その様な演算体系で組まれ暴走する機械に挟まれて死ぬ事になる
先ずお前は睾丸を万力で48時間かけて長く長く苦しむ。但し一つずつ行う潰れ際にデスソース。
もちろん片方では終わらない。もう一つ長く長く時間を掛けて潰し、デスソースに浸す。
次は頭皮だ。全ての髪を少しずつ少しずつ引き抜いた後、デスソースを刷り込む。
次は足の指だ。先ずは下ろし金で骨が露出するまで下ろし、後は肉ヤスリで削る。
指一本一本ゆっくりゆっくり時間を掛けて削る。無論、切削油は油の代わりにデスソース。
肉ヤスリが適用で無い場所は刃を零し錆び切った、切れないノコギリでゆっくりゆっくり切る。
刃欠け錆びノコギリを使う時も切削油は油ではなくデスソース。
大丈夫。お前がいつも勝手気ままに定義する様に
「痛くない」と定義すればいい。途中、処刑人も「ほ〜ら?いつもの様に定義してみろよ
『痛くない』ってよう?」と言いながら、肉ヤスリや刃欠け錆びノコギリを動かす時は
「ほ〜らほらほら痛くないって定義したんだろ〜じゃあ痛くないいよな〜痛くない痛くない」と
お前に罵声を与え続ける
両足指、両脚、両手指、両腕
どうぞどうぞお前は自由に定義したらいい >>901
苦を九とし
9999無量大数9999不可思議9999那由他9999阿僧祇9999恒河沙9999極9999載9999正9999澗9999溝9999穣9999𥝱9999垓9999京9999兆9999億9999万9999回
死の苦しみを味わう事になる 世界標準 拡大複素数上0/0⇒不定
>>712 0/0=1…このままだと3*0/0=0/0=1かつ0/0*3=1*3=3となり交換法則崩壊
>>884-885 辻褄が合う様に計算順序を忖度、3*0/0も0/0*3も0/0を先に1にして3と解答
ネット文体上では÷と解釈されるべき/
これを分数罫記号と解釈し計算順序優先したものとして問題再提起
↓
0/0=1とするならば3×0÷0=0÷0=0/0=1かつ0÷0×3=0/0×3=1×3=3となり矛盾
これを0÷0から計算する人間は演算記号より数を「依怙贔屓・忖度する人間」となり
数学を語る資格は一切無くなる ゼロのスペースで自由に生きるのもいいが重荷を背負う実数の世界も難解でハードだよ。 >>894
> AC=BC ならば A=B である
>
が真であると思っているネアンデルタール人が居るスレはココです^^ >>903
キミは2a÷aを、必ず2aを計算してからaで割らないとイケない訳でしょw
でね、2aのaの値が解らないから、「2a÷aは不定(キリッ」ってやってるのと同じだよねw 2a÷aを掛け算に直しましょう
2×a^1×a^-1
指数法則から
2×a^(1-1)
2×a^(0)
そしてaの0乗は1ですw
よって
2a÷a=2×a^0=2
ではaが0の場合はどうなるか?
2(0)÷(0)を掛け算に直しましょう
2×(0)^1×(0)^-1
指数法則から
2×(0)^(1-1)
2×(0)^(0)
そして0の0乗は1ですw
よって
2(0)÷(0)=2×0^0=2 (0)^2×(0)^-2=1
(0)^1×(0)^-2=(0)^-1=∞ >>907 >>909
じゃあお前は
3×0÷0=3≠0÷0×3=1
で良いと言うんだな? >>912
3×a÷a=3=a÷a×3=3
です
よってあなたの式は間違いです^^ >>913
誰がaと決めた?bかも知れんぞ
0×0=1×0=2×0=3×0=…=a×0=…=…=b×0=…
また、お前は認めないが世界的演算順序規則により
a×b÷c=(a×b)÷c
b×a÷c=(b×a)÷c
b÷c×a=(b÷c)×a
である
もしお前の主張0÷0=1を採用するなら
3×0÷0=0÷0=1
0×3÷0=0÷0=1
0÷0×3=1×3=3
にしかならない
それとも最初から括弧で括ってやるか?
(3×0)÷0=0÷0=1
(0×3)÷0=0÷0=1
(0÷0)×3=1×3=3
この世界数学と全く違うお前の数学の結果はどうにも回避出来ない >>913
誰がaと決めた?bかも知れんぞ
0×0=1×0=2×0=3×0=…=a×0=…=…=b×0=…
また、お前は認めないが世界的演算順序規則により
a×b÷c=(a×b)÷c
b×a÷c=(b×a)÷c
b÷c×a=(b÷c)×a
である
もしお前の主張0÷0=1を採用するなら
3×0÷0=0÷0=1
0×3÷0=0÷0=1
0÷0×3=1×3=3
にしかならない
それとも最初から括弧で括ってやるか?
(3×0)÷0=0÷0=1
(0×3)÷0=0÷0=1
(0÷0)×3=1×3=3
この世界数学と全く違うお前の数学の結果はどうにも回避出来ない …=-3*0=-2*0=-1*0=-0*0=0=+1*0=+2*0=+3*0=…
0/0=1ならば
0/0=(…=-3*0=-2*0=-1*0=-0*0=0=+1*0=+2*0=+3*0=…)/(…=-3*0=-2*0=-1*0=-0*0=0=+1*0=+2*0=+3*0=…)
=何でもあり
→数学終了 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:1341adc37120578f18dba9451e6c8c3b) 例外規定を多発させる0を自然数とするのは形容矛盾w >>919
同じことを思ったw
零和ゲームを想像して修羅だなーと思ったり >>915-916で漸っと0/0=1厨もくたばったか ■出題2
n≧2 とします。1 から n までの n 個の自然数を一列に並べたものを順列と呼びます。
この中の 2 個の数 a, b が次の条件(ア)、(イ)のいずれかを満たすとき、aとbは交換可能とします。
(ア) a と b は隣り合っており、かつ |a-b| は 1 または 2.
(イ) 1 個の数cをはさんで a と b があり、かつ |a-b| = 1.
与えられた順列に対してこの交換操作を繰り返し行って他の順列に変換することを考えます。
それ自身と異なるどのような順列にも変換できないような順列を一つ見付けて下さい。 m≧2 とする。
・n = 3m+1 のとき
(n-2, n-5, ・・・・, 5, 2, n, n-3, ・・・・, 4, 1, n-1, n-4, ・・・・, 6, 3)
・n = 3m+2 のとき
(n, n-3, ・・・, 5, 2, n-1, n-4, ・・・・, 4, 1, n-2, n-5, ・・・・, 6, 3)
・n = 3m+3 のとき
(n-1, n-4, ・・・, 5, 2, n-2, n-5, ・・・・, 4, 1, n, n-3, ・・・・, 6, 3) ・n≦6 のとき なし
・n=7 のとき
(5, 2, 7, 4, 1, 6, 3)
・n=8 のとき
(8, 5, 2, 7, 4, 1, 6, 3) など
・n=9 のとき
(8, 5, 2, 7, 4, 1, 9, 6, 3) など 3315
かずきち@dy_dt_dt_dx 8月28日
学コン8月号Sコース1等賞1位とれました!
マジで嬉しいです!
来月からも理系に負けず頑張りたいと思います!
https://twitter.com/dy_dt_dt_dx
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) ゼロに収束しているのだと思っていた
彡 ⌒ ミ
(´・ω・`) ゼロになることを悟った 「 0 も全ての自然数の集合の元である.」 ということをPeanoの公理に付け加えれば、 0 も自然数になる。
だけどこうすると、数学的帰納法が... 零抜き自然数(=正整数)
零込み自然数(=非負整数) 0はどっちでもいいんでしょう。明確に定義されていさえすれば。ものの数え始めは1だから、0は自然数ではないとかいう論理は、数学ではないよね。それは、民俗学とか歴史、文化の話だと思うよ。 ゼロを自然数に含めない考え方を採用すると、
有理数を一般化して表す際に
Z/N (Zは整数全体の集合、Nは自然数全体の集合)
で済むのがメリットかな。 数学者全員に対して「無条件に文字で割っていいと思っている」とかヘイトスピーチしまくってた奴今頃どうしてるかねえ >>935
A.Weilの初等整数論の本では,positiveに0も含めているのでセミナーで使ってる時あわてた.これ普通の人はnon-negativeって言うんだよと. 1945
学コン・宿題ボイコット実行委員会@gakkon_boycott 9月1日
#拡散希望
#みんなで学コン・宿題をボイコットしよう
雑誌「大学への数学」の誌上で毎月開催されている学力コンテスト(学コン)と宿題は、添削が雑で採点ミスが多く、訂正をお願いしても応じてもらえない悪質なコンテストです。(私も7月号の宿題でその被害に遭いました。)このようなコンテストに参加するのは時間と努力の無駄であり、参加する価値はありません。そこで私は、これ以上の被害者を出さないようにするため、また、出版社に反省と改善を促すために、学コン・宿題のボイコットを呼び掛けることにしました。少しでも多くの方がこの活動にご賛同頂き、このツイートを拡散して頂ければ幸いです。
https://twitter.com/gakkon_boycott/status/1300459618326388737
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) 任意の部分集合(≠空)に最小の数が存在することが肝要 0÷0=1 0×0=1
アンサイクロペディアには0=1 1=2の証明ものってるあれ真実書いてるから
0×9=9だからかけ算は必ず0になるというこれまでの常識が間違えてたんだ 0÷0×3=0×0=1×3=3だから
0÷0×3=1×3=3だよ
-3×0=-2×0=-1×0=-3=-2=-1=0×0=1=1
こんな感じで0にxをかければxになる i×i=-1
√-1×√-1=√(-1)×(-1)=√1=1
よって -1=1 1行目は見にくいので空白を入れます
i × i = -1 >0は自然数か?
定義の問題であって
数学の問題ではないな トランプのカードを使って考えてみましょう
ハートのAから順番にカードを並べます
1,2,3,4,…,10,11,12,13
枚数を数えます
1枚,2枚,3枚,…12枚,13枚
では、0枚(0枚目)とはトランプのカードがどういう状態なのか考えてみます
さらに、14枚と100枚についても考えます
確認作業として、カードをランダムに並べた時を考えます
最終確認として、カードの間の数について考えてみましょう >>951
自然な定義ってのはあるだろう
例えば「素数に1を含めるかは定義の問題」か?
いや含めないべきだろう 素数は約数の個数が 2 個である自然数
という定義だけでいい
その定義で 1 は素数でないことがはっきりしている
わざわざ 1 は素数ではないと定義する必要がない >>954
「約数が1かそれ自身」としたら不可分な定義になるな >>953
何が自然なのかは状況による
例えば建物について階数をいうなら0階建てはない
しかしどの階にいるかを表示する場合
地上は0階と表示し、そこから昇るたびに
1階、2階、3階、・・・と表示するほうが「自然」
例えば地下をB1、B2、B3とするなら、なおのこと
つまり8階建ての建物の最上階は7階(8階は屋上) >>956
それ0階建ては単に建物が建ってないってだけなんとちゃう? >つまり8階建ての建物の最上階は7階(8階は屋上)
これも8階建ての建物(8より小さい自然数の集合)の最上階(最大値)は7階(7)と言ってるようにしか聞こえんな〜 例え話で話をしても意味がない
例え話は例え話でしかないのだから 君に対してはちゃんと例え話でない話(>>955)したでしょ >>960
それについてではなくて「自然」という言葉についての話ね
階数を数える時に0階という考え方をすることができるから
0は自然な数である
だから自然数に0を入れてもいいという考え方についての話
定義をするにも言葉を使うから
その言葉の定義はどうするのかという疑問を持つ人もいるが
最低限の言葉は定義してない言葉を使って定義することになっている
その最低限の言葉とは多くの人が同じようにとらえている言葉
それは説明なしで使っていい
その言葉について特殊な例や考え方で言葉の本来とは違う意味を持たせて使うと定義の意味がずれてしまうのでそれは行わない
自然数に関しては正の整数という定義だけでいいだろう >>961
それはいいからまずは>>955に応答しようよ >>962
あなたが書いた定義がよくないのだからあいまいになる
一般的に使われている素数の定義は
「1かそれ自身」ではない
「1とそれ自身」となっている
曖昧さを回避するために
「1より大きい大きい」を添える場合もあるし「2個」を添える場合もある >>963
>一般的に使われている素数の定義は「1かそれ自身」ではない
>「1とそれ自身」となっている
そだね
そっちのが自然だからそうなったんだと思うよ ゼロは素数じゃないな0÷xでいくらでも割れる
逆にゼロ除算ができると1は1と0で割り算できるから素数
それだと他の数字も0で割れるから意味ないか 「ゼロは自然数ではない」派の方が、有理数全体の集合を考える時に整数と自然数の直積集合で考えられるからすき 「整数とは何か」には異論は出ない
「正の整数、負の整数、0」の分類にも異論は出ない。
非負整数0, 1, 2, 3, ...
正整数1, 2, 3, ...
も定義がはっきりしている。
自然数という無駄なカテゴリーを設定し、自然数=非負整数または自然数=正整数のどちらかに決めるというのはまさに無駄。非負整数の集合が便利な時も正整数の集合が便利な時もあるので、ここぞとばかりどちらか一方を自然数と名付けるのは無益。 負数より零の方が発見は先なわけで
それを非負整数と呼ぶのは持って回った言い方な気がするけどなー 0以上の整数を名付ける必要はあるが、分かりやすい言葉(非負整数)があるのでそれ以上こだわる必要は無い。それを自然数と定義しても良いがしなくても良い。 自然数=正整数=非負整数-{0}
自然数=非負整数=正整数+{0}
どっちでもいい 数学の構成でも自然数定義してから負数に拡張する流儀のが多くないか? 素数とか素因数分解を考える時にそもそも0を考えるか?
素数=2, 3, 5, 7, 11, 13, ...
素数には0は入らない。
素数には1は入らない。
素因数分解に0は入るか?
28=2^2×7
これを
28=2^2×7^1と書いてもいいが
28=2^2×3^0×5^0×7^1とは書かない。素因数分解に0は不要。 どうしても根源的な部分には矛盾や例外が伴う。0と1はそういう役割。
集合論でØは外せないが、個別の議論では「空でない部分集合」とか言ってよく外される。 ab=0に関して整域とか零因子とか、巡回群g^n=e(=1)とか見ると
「0とか1って何?」と思うかも知れない。
有名なe^(i×π)+1=0は
定数e、π、i、加法単位元0、乗法単位元1、加法+、乗法×、等号=が出てくる。 Øとか{0}は結構除外対象にされる。
ちなみに{0}はØではない。考えるまでもなく当たり前。 除外するなら尚更正整数を非零自然数と呼んだ方がいいくらいだね 自然数という呼び名は必要ない。「その場で定義するだけの単なる名称」として使われるだけ。
CやRやZと違っていつもNは「Nってどっち?」である。 >自然数という呼び名は必要ない
ペアノの自然数公理も非負整数公理と呼ぶ気なのか 本書ではNは0を含む流儀に従う、とか断れば良い。断らなければ分からない。 >>982
歴史を考慮すると公理も原理もメチャクチャだから忖度してそのままでよい。でも「自然数」の意味は不明なまま。 自然数は0を含むんや!
おーけー
自然数は0を含まんのや!
おーけー 別にペアノ公理は歴史的経緯でそうなったのではなく
なるべくしてそうなったと思うけどなー 日本の小中高までは自然数に0を含まない
あっそうですか 自然数はあくまで問題に応じて整数を制限した物と解するべきって立場だと公理化どうするん?
前者関数とか負濃度とか持ち出すの? N={0, 1, 2, ‥}
あっそうですか
N={1, 2, ‥}
あっそうですか ペアノが最初は1から始めたが後に0からにしたということは自然数は0からということの1つの根拠 やっぱり数学は集合論がもとになるので自然数は0を含むとした方が自然 このスレッドは1000を超えました。
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