ベイズの統計学を学び始めたんだけど
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信用に値するのか疑問です。 人工知能とかではなく日々の動機付けに利用する予定です
>>41 ネイマンピアソン統計の典型は有意水準をもうけて それを基準にある仮説の検定をおこなう 残念ながら有意水準の設定も主観 >>40 うん使わんければいい だれも強制しない 何を悩んでるんだ? 意味がわからない ベイジアン最小自乗法なら普通に使ってるが、実用的にはこれしかないからな どういう場合に正しいかなんて事は自分で論理的判断すれば良い事だ ベイズ統計は統計じゃないって意味がわからないね 統計って意味知ってる? 基本的にはデータ群っていみ そのデータに数的処理を施して表記したのが記述統計 おもに確率論公理系に組み込んで数的処理をほどこしたら推測統計 データが主観を数値にしたものだろうがそれは統計 主観を数値にすることに嫌悪感を抱いてるだけのような気がするな 主観を数値にすることに嫌悪感あるのに ベイズ統計は宗教だとか 文字で主観を語ることには一切抵抗ないのが不思議 ■モンティホール問題 これは間違い http://fxconsulting.jp/gyanburu/husigi/hennsuu.html 2と3のドアの当たる確率が3分の2になるのはドアを二つ同時に 開けられる時のみ しかしそれはルール違反でできない 2と3のドアの当たる確率はそれぞれ3分の1づつ存在し続けていて 変化は起きない 『挑戦者は2つのドアを同時に開けることはできない』 確率でものを考える人はこんな単純な事実に気が付かないから 3分の2なんて変な数字が出てくる モンティホール問題を解説したどのサイト見ても 1つのドア選択後の残りの2つのドアが当たる確率を3分の2だと 信じて疑わない しかし、この『確率3分の2』という部分が事実を表していない まやかしだったのです! たしかに、脳内でシミュレーションすると、 残りの2つのドアが当たる確率は3分の2あるように見えます しかし、現実問題として挑戦者が持つドアを開ける権限は 強力なまでに3分の1で固定されています ゆえに、確率3分の1どうしの合算である『確率3分の2』という 数値は存在しないのです >>43 なるほど。確かにそうですね。 どうしても数値として表したい時に利用するという感じで捉えていいんですね。 なんかスッキリしました。 >>44 本当に不快な思いをさせてしまってすみません。 理系が出来ないから文系の典型できっと文系ですらないと思います。 >>48 そういったものはどういった順番を辿れば直感的に理解しやすいですか? もしいい方法があれば参考にしたいです。 >>49 いやまあそれはそうなんですが。 もしそれだけだとしたらベイズはいらないと思いませんか。 なんか上級になればもっと何かあるのかなと疑問に思っただけです。 だってそれなら経験上こっちの確率が高いと説明して終わりですよね?体感七割のところをベイズをつかって62.〜%みたいに置き換える事って意味があるのでしょうか。 >>50 ありがとうございます! こういうの助かります!他にもここ読んでおけみたいなのあったらお願いします。理解できないのがほとんどになりそうですが… >>51 話の論点がズレてしまってるのでなんて返すのが正しいのかわかりません。あれはベイズを使ったものではありませんし、50%って理系じゃないのわかりませんが降るって認識でいいんじゃないでしょうか。 十分傘を持つ理由になりませんか? 別に51%でも49%でも30%でもいいんですが。 >>53 いやまあそうなんですが、ただ精度が違うじゃないですか。 私が言葉下手で上手く伝えられないのが悪いんですが100000回観測して1%未満なら主観であろうと結果として気にしなくていいというものではないですかね? 統計数が少なければ有意水準を上げるという認識なんですが違いますか? >>55 そのワード調べてみます! ありがとうございました。 >>56 不快な思いをさせてしまってすみません。 仰りたいことはよくわかるのですが、使いどころがいまいち掴めていないんです。 現実でどう活用していけば良いのでしょうか。 皆さんすみません。理解しました。 ありがとうございました。 wikiとベイジアン最小二乗法などのヒントを与えてくれた方々、またこんなくだらない私の問いに付き合って下さった方々に感謝します。アーメン!チーン。 解決しましたのであとはわかりやすい統計学の利用例などを上げる場として使ってくれたら本当にみなさんのこともっともっと大好きになりますのでお願いします! >>60 >>58 の内容を論理的に打ち負かしてもらえると助かります<(_ _)> >>57 マジでこれでした!ほんとにありがとうございます。 でもサイコロ云々の人はよく意味が分からなかったんですが理解しなくても平気ですよね? >>72 二分の一でしょ?ただ当たる確率が2と3どちらをあててもセーフということなら三分の二の確率じゃないんですか? 別個のように感じてしまうんですけど。そもそも何を問いたいのですかね? 開ける確率は半々ですけどそれを事前確率で言えば66.66%の確率ってことですよね? 多数のことに対し優先順位付けを行なわなればならない時 一定の閉じた公理系をつくりだし数値の割り振りに可能な限り厳しいルールを作って 運用者が複数でもおこなえるようにし(単独でも良い) 実験計画の手法など応用し 措定ごさ可能な限りへらし 数学の公理系のなかで機械的な演算を可能した結果により 評価をくだし 多数の事象(仮に1万の事項)について相対的に評価可能な情報軍を作り すべての状況を把握することはできない状況にいる誰か一人の人間が評価を行い決定する時 ベイズ統計は宗教である この命題を主観を入れずに証明できるか? >>77 ベイズは宗教じゃありませんでした。 何故なら最初にこうじゃないの?って設定して、データを集めたら改訂していくわけです。 そしてその中からあてにならないものを外してまた別のものを当てはめていく。 ポアソンはこの逆をやっているから精度が高いってことじゃないですかね? >>78 数学は宗教であるという証明しないかぎり なんの証明にもなってない >>81 えー!なんかうまいからいいじゃないですか! だって数字にできないものをむりくり数値化したりなんか置き換えたりして発展してきたのが数学なわけですから数学を崇拝するが故の行動と言えるくらいの狂気のさたの人もいるわけですし。宗教じみてるで間違いではないと思いますね。音楽しかり >>82 宗教の定義を主観なしに それお前の主観てきな宗教感 宗教、崇拝、狂気ついて主観をいれずつまり 万人が納得する形で形で定義してくれ 言えるくらいってのは主観すぎるのでつかわないように >>82 宗教の定義を主観なしに それお前の主観てきな宗教感 宗教、崇拝、狂気ついて主観をいれずつまり 万人が納得する形で形で定義してくれ 言えるくらいってのは主観すぎるのでつかわないように >>84 はい!すみませんでした!以後気をつけます! なぜ数学は宗教だと主観まみれの判断をすることには抵抗無いのに 主観を数値にしてそれを数学的論理にのせることがだめなのか主観をまじえずに説明しろ 単語を文法や論理にのせて文を書いて他人に情報をていじすることと何が違うか主観をまじえずに説明しろ >>75 それこそベイズで考えればいいやんwwww 事前確率3分の1かりにわかりやすくするために300とすると 条件付き確率が 選んだ扉(仮にAとすると)があたりなら司会者はBかCを選ぶから2通りの世界つまり(Bをえらんだら50、Cをえらんだら50)にわかれる Bがあたりなら司会者はCしか選ばないから1とおりで100 Cならおなじく1とおりで100 ここで司会者がかりにBを選ぶとBという選択肢がきえる AがあたりでCを選ぶってせかい50と CがあたりでBをえらぶって100の可能性がきえるわけだから のこり150 Aには50のこってて、他の扉には100のこっとる >>87 ならそれは>>58 にそう回答してあげてください。 私は自分で回答してますので。 ここで司会者がかりにBを選ぶとBという選択肢がきえる 以降を訂正 ここで司会者がかりにBを選ぶという可能性をふくんだ選択肢がきえる AがあたりでをBを選ぶって50と CがあたりでBをえらぶって100がきえるわけだから Aがあたりというのは50個の可能性のかけらしかなく のこりがあたりというの100個も可能性のかけらがある ほらなベイズ便利だろwwwww >>87 けど司会者なんかどっから出て来たんです? まあいっか。 なんにせよありがとうございました! >>75 >>88 何を言ってるのかいみわからよww 事前確率3分の1だから >>90 モンティホール問題のモンティホールって司会者の名前やからwww どっからってww >>92 あ!すみません!いまリンク先見ました!ほんとですね!失礼しました! >>89 そうですね!でも先ほども言ったようにベイズの利便性は理解したのでもう大丈夫ですよ!ありがとうございました! >>72 固定はしてない 結果的にかわらなかっただけ いうなれば 300分の100の確率が 新しい情報により 150分の50となって 約分したら同じなってしまった。 >>96 固定していないと2つでも3つっでも同時にドアを開ける 事が出来ちゃいますよ? >>97 ちょうど真下に確率3分の1ってあるから確率が 当初の確率で固定されてるのかと読み間違えた >>58 そのゲームの確率は、直観で1/2ぢゃ この直観を否定してはイケナイ さらに念のためベイズの定理を使って解くと 事前確率(司会のヤギ見せ前の確率) P(プレーヤ選択ドア=当り) = 1/3 ──☆ P(司会選択ドア=はずれ) = 2/3 ──★ 事前確率(司会のヤギ見せ後の確率) P(プレーヤ選択ドア=当り) = ☆/★ = 1/2 やっぱり、1/2ぢゃ 以上ぢゃ >>99 イケナイ、タイプミスった。 訂正 × 事前確率(司会のヤギ見せ後の確率) ○ 事後確率(司会のヤギ見せ後の確率) 確かに言われてみればサイコロの1/6だって主観というか、根拠のない仮定でしかないよな 立方体の対称性に注目してみたところで、ランダムに投げるという行為を他の何かから論理的に導けるわけでもないし 必ずどこかに(人間の経験に由来するであろう)非論理的な仮定が入り込む >>101 そもそもどういう条件下で振られてるのかも分からないのに6分の1というのが意味がわからないですね。 せめて落とす高さや落とす箇所、どの面が下辺にきている場合とかは最低限設定しないと意味ない >>99 それはそうなんだけど確率論というのはどこに収束していくかだからそもそもの論点が違うかもね。 もちろんこの話は局面だからそう感じやすいし、このようなわかりやすい場面はゲームとか以外ではあまりないからそう感じるのも凄く納得ですけどね。 サイコロは回転させて落としてテーブルに振動を加えることによって 何度か目を変えることができる >>106 そういう言葉遊びは嫌いじゃないけど結果として出るからそのうち実感して分かると思います スレ主が頻繁に持ち出してるポアソンが一体何なのかわからん ポアソン分布のこと? プレイヤーが1のドアを選択する モンティがハズレのドアを開ける プレイヤーが突然記憶喪失になる 目の前に選択可能な2つのドアがある その中の内一つを選ぶと確率は50% サヴァントは、より簡易にした表を掲載 「ドアを変えれば勝てるのは3回の内2回、負けるのは3回の内1回だけ、 しかしドアを変えなければ勝てるのは3回の内1回だけ」と述べる ゲームが1回きりならどうでしょう? >>99 なんでやぎ見せ前に司会洗濯ドア=はずれ事象の確率だすんだ? でなんで事後確率の計算が ☆÷★=(事前確率)÷(事前確率)なんだ (プレーヤ選択ドア=当り)の補事象が(司会選択ドア=はずれ)って言いいたいの? 言いたいことがよく分からんので間違ってるかどうか判断しずらいが 多分どっか間違ってる ベイズの面白いところは情報によって 確率を改定していくとこ たとえば、プレイヤーがAをえらんで、あたりがBCにあると 司会者がどのドアを選ぶか躊躇するのを深い洞察で完全に見破ることができるとAがあたりの確率はゼロに成る それを阻止するために司会者が予め選ぶドアを決めて練習しているとすると2分の1と成る これをベイズの定理だとわかりやすく考えることができる。 >>99 >>100 について詳しく解説とする 事象A : プレーヤ選択ドア=当り 事象B : 司会選択ドア=はずれ P(A) = 1/3 P(B) = 2/3 P(B|A) = 1 ∵当たりは1つだけぢゃ ベイズの定理 すなわち、 P(A|B) = P(B|A) * P(A) / P(B) に代入とする すると、 P(A|B) = 1/2 となるワケぢゃ P(A|B) = 1/3に違いないなどと言うのなら P(B) = 1 となる。問題文の吟味が必要ぢゃ ドッピオが1のドアを選択する モンティがハズレのドアを開ける 2つの選択可能なドアがある ディアボロが現れてその内一つを選ぶ 当たりの確率は50% >>115 樹形図は、以下の通りぢゃ プレーヤ 司会 確率 当たり──はずれ 1/3 * 1 = 1/3 ★ はずれ─┬はずれ 2/3 * 1/2 = 1/3 ☆ └当たり 2/3 * 1/2 = 1/3 で、司会がはずれたときの条件付き確率は ★ / (★ + ☆) = 1/2 つまりやはり50%ぢゃ なお、そろそろ就寝する。 >>118 ちがうちがう 何を勘違いしてるかやっとわかったわ。多分。 時間損した気分やわ 司会者はあたりとかハズレじゃないから 仮にプレーヤがAをえらんだら Bの扉を選ぶかCの扉を選ぶか 司会者はどれがあたりか知ってて必ずハズレを開く さあ私はこれを開いたが貴方は変えますか?それともそのままにしますかってなかんじ? 司会者が当てるゲームじゃない みのもんたの「ファイナルアンサー?」みたいなのりの(全然違うがイメージ的に)テレビ番組やで >>119 わしは知能が低くて日本語が苦手なのぢゃ 何を言ってるのかよくわからんのぢゃ 直感で問題文を感じるのぢゃ この直感を否定してはいけないのぢゃ 頭でっかちはきらいなのぢゃ わしに問題文を合わせる必要があるのぢゃ >>119 わしは知能が低くて日本語が苦手なのぢゃ 何を言ってるのかよくわからんのぢゃ 直感で問題文を感じるのぢゃ この直感を否定してはいけないのぢゃ 頭でっかちはきらいなのぢゃ わしに問題文を合わせる必要があるのぢゃ 非ベイズ流確率論では、Pが起こったときRが起こる確率のみを問題にするが、 ベイズ流確率論では、Rが起こったときPが起こっていた確率を問題にする。 何かが起こった時の何かの確率、という考え方自体がベイズ的じゃないですか? 'Let's Make a Deal' host Monty Hall dies aged 96 ITV News-2017/09/30 Monty Hall, one of the US's most popular television game show hosts, has died aged 96, his son has said. Born Monte Halperin on 25 August 1921, for nearly three decades Hall hosted 'Let's Make a Deal', the hugely successful television show that he co-created. なんだ(爆笑 >>99 でない方(>>120 121)が、 >>99 の論理思考を >>99 の文学的タッチ で、忠実に再現&主張されておられる。 よく分かんないのぢゃが、 ベイズを、ぢゃんぢゃん学習して、 高級車をゲットしたいな。 これで以上ぢゃ スレ主なんですがユーチューブでアンチャーテッドやりながらポアソン派はベイズをどう思ってるの?という無言のライブを配信してるのでそこで討論してくれたらうれしいです。 つかガチで頭いいやつ湧いてて草!じゃなくてありがとうございます。 >>127 いったいどこにあたまいいやつがいるんだ? つかポアソンってなんなんだよ 宣伝カスしねよ おまえガチで頭わるいだろ? ポアソン派なんて派閥きいたことないわ まじでこのスレ主いかれてんのか??? >>126 日本語くらい読めよ 日本語読める論理的思考できるやつなら お前みたいなざれことはいわんだろ 数学の証明法のひとつ背理法に従えばおまえには論理性などないwww お前が示したのは司会者がランダムに扉を選んだ時の確率だ であれば司会者がランダムに扉を選ばないのであれば おこりうる事象に変化がおこり 確率が変化する可能性がたかいとが直感的にわかるはずだ おまえは理論も直感もおかしいてことだ とりあえず問題文読み直せ ゲームのルール[編集] (1) 3つのドア (A, B, C) に(景品、ヤギ、ヤギ)がランダムに入っている。 (2) プレーヤーはドアを1つ選ぶ。 (3) モンティは残りのドアのうち1つを必ず開ける。 (4) モンティの開けるドアは、必ずヤギの入っているドアである。 (5) モンティはプレーヤーにドアを選びなおしてよいと必ず言う。 "ポアソン派"の検索結果 7 件 (0.30 秒) うち二件はバカスレ主とおもわれるかすツベ(もちろんみない)とここのスレッド 残りは意味不明発言ばっか スレ主わけのわからんポアソン発言がポアソン分布だと判明wwwwwww >>131 ルール説明ありがとう。 そこそこの有能なプレイヤなら、 数学的直観により、 無条件に選び直ちゃいそうぢゃが、 当方のような超天才プレイヤなら、 司会は何れのドアが当たりか知ってる ∵>>131 ルールの(4) 動物的直感で、司会の仕草から プレイヤは、どのドアが当たりかを読む 結果、 3回に1回、選び直さない、100%的中 3回に2回、選び直しでも、100%的中 この類のゲームに勝利するには、 数学的直観でなく、動物的直勘が大切ぢゃ レモンが99個、リンゴが1個あります あなたがレモンを1個選択します 残り98個のレモンが取り除かれます 最後に残ったレモンとリンゴの内、 リンゴが当たる確率は50%です ■モンティホール問題(レモンとリンゴ) レモン99個とリンゴ1個をひとつづつ外からは中が見えない 100個の箱に入れます その中から1個の箱を選びます レモンが入った98個の箱を取り除きます 最後に残った2個の箱の中から1個の箱を選びます リンゴが当たる確率は50%です 選んだ1箱以外の99箱の中からレモンの入った98個の箱を取り除くと 選んだ1箱ともうひとつのとでリンゴの入っている確率は異なるよ 選んだ1箱に入っている確率は1/100でもうひとつに入っている確率は99/100 ■モンティホール問題(ドアオープン) ヤギ2匹と新車1台が3つのドアに それぞれ1つづつ入っています ドアは最初から開いています あなたはヤギの入っているドアを選びます モンティがヤギの入っているドアを選びます あなたはモンティのドアは選べません あなたが選択を変更すると 新車を当てる確率は50%です >>66 結局主観と数値を対応させるんだろ バカなのかお前は? 確率論はコルモゴルフの公理系をきばんとして 頻度論とラプラスによる確率論を客観的な考え方両輪としてる それに対してスレ主がいちゃもんつけてるのが主観確率 主観確率もこれらに並ぶ確率論において大事な一理論体型である 主観確率はまだおこってないかほとんどおこってないようなことを扱う時に使われる ラプラスや頻度論的確率と主観確率をまるで対照なように思ってるかもしれないが 頻度論は結局回数を重ねないとその確からしさはわからず ベイズなど情報の少ないせかいでは全く有効性がなく ラプラスの定義(高校でやるような数え上げを根拠した確率)によるものは、理由不十分の原理を根拠にした「確からしい」という考えをつかっていて これはまさにベイズなどで主観確率を持ち出す時につかうものと同じ サイコロで言えばある目がでる確率は6分の1というはまるであたりまえのようになってるが 頻度論においては一回でほんとにそうなのかたしかめることもできず無益であり ラプラスの定義においてはベイズ同様の理由不十分の原理が採択される サイコロなどでない得体のしれないものを扱うとき 結局頻度論、ラプラスの確率論、主観確率はまったく同じ土俵に立つことに成るということだ サイコロの確率を1回ふってその確率が6分の1と証明することはふかのうで ベイズなどでつかわれる主観確率はまさにおなじ世界のことをやっている そんなことどうでも言い問題ですよねみたないこという神経がしれない 続き 主観を数値化することを忌み嫌う一方で 数学は宗教だという書込には えー!なん確率論はコルモゴルフの公理系をきばんとして 頻度論とラプラスによる確率論を客観的な考え方両輪としてる それに対してスレ主がいちゃもんつけてるのが主観確率 主観確率もこれらに並ぶ確率論において大事な一理論体型である 主観確率はまだおこってないかほとんどおこってないようなことを扱う時に使われる ラプラスや頻度論的確率と主観確率をまるで対照なように思ってるかもしれないが 頻度論は結局回数を重ねないとその確からしさはわからず ベイズなど情報の少ないせかいでは全く有効性がなく ラプラスの定義(高校でやるような数え上げを根拠した確率)によるものは、理由不十分の原理を根拠にした「確からしい」という考えをつかっていて これはまさにベイズなどで主観確率を持ち出す時につかうものと同じ サイコロで言えばある目がでる確率は6分の1というはまるであたりまえのようになってるが 頻度論においては一回でほんとにそうなのかたしかめることもできず無益であり ラプラスの定義においてはベイズ同様の理由不十分の原理が採択される サイコロなどでない得体のしれないものを扱うとき 結局頻度論、ラプラスの確率論、主観確率はまったく同じ土俵に立つことに成るということだ サイコロの確率を1回ふってその確率が6分の1と証明することはふかのうで ベイズなどでつかわれる主観確率はまさにおなじ世界のことをやっている そんなことどうでも言い問題ですよねみたないこという神経がしれない 主観を数値化することを忌み嫌う一方で 数学は宗教だという書込には えー!なんかうまいからいいじゃないですか! などと主観まみれの言説をまきちらす ほんとにカスだとおもかうまいからいいじゃないですか! などと主観まみれの言説をまきちらす ほんとにカスだとおも >>137 プレーヤーはレモンとリンゴどちらでも 任意に選ぶ事ができるので リンゴが当たる確率は50%です ■モンティホール問題(99万円とリンゴ) このゲームができるのは1回だけです 1万円札99枚とリンゴ1個をひとつづつ 外からは中が見えない100個の箱に入れます その中から1個の箱を選びます 1万円札が入った98個の箱を取り除きます 最後に残った2個の箱の中から1個の箱を選びます 1万円札はハズレですからもらえません リンゴが当たる確率は50%です ■主観確率を支持する理由 主観確率の支持者がそれを支持する理由として挙げる 論拠はいくつか存在する まず、論理説については、何を無差別と見なすかによって答えが 一意に定まらなくなるという問題がある 次に、頻度主義を取った場合、一回限りの出来事について 確率を割り当てることができなくなってしまう たとえば、「このサイコロで1の目が出る確率」は 「このサイコロを無限回ふったときに1の目が出る頻度」と言い換える ことができるが、「次にこのサイコロをふったときに1の目が出る確率」は そのような頻度の言葉に置き換えることができない また、頻度について語るのが難しい対象、たとえば殺人事件の捜査で 「A氏が犯人である」という確率を考える場合、A氏は犯人であるか ないかのいずれかであり、そこには頻度は存在しない しかし、こういう場合に確率という言葉がしばしば使われるのも確かである この難点をふまえて登場したのが傾向説である 傾向説では、「次にこのサイコロを振ったときに1の目が出る確率」は、 「次にこのサイコロを振ったときに、このサイコロやそれを取り巻く環境の持つ、 1の目を出す傾向の度合い」と言い換えることになる 「A氏が犯人である確率」もA氏の持つ傾向の度合いとして 解釈し直すことができる しかし、確率が物理的な基礎から離れれば離れるほど 「傾向」を取り出すのが難しくなる だからスレ主がいってるポアソン派っていったいなんなんだよ どこにそんな派閥があるんだよ スレ主は主観が大嫌いなこといってるくせにいってることは主観ばっかなんだよな これが文系なのか? >>133 べつのやつが書いてた書込なぞってるだけじゃねぇかwww 問題分すらまともに読めないバカが天才とかバカかwww まあ、1度だけ、真面目に意見をつけてみますか そもそも確率とは、試行回数を無限に増やした場合の 極限を扱うことが前提です 確率の話をするにあたり、試行回数=1に限定したケースを強引に 仮定しようという姿勢は、そもそも間違っているのです いいですか? 試行回数を1回に限定した場合の話は簡単で、 引いたドアが当たりである「確率」は、当たりの場合は1 ハズレの場合は0 この2通りしか「ありえません」 1/2とか1/3とか、ましてや2/3とか、そんな中途半端な値は取りようがありません なぜなら当たりのドアは1か2か3か、それらのどれかに「決定済」だからです 挑戦者が当たりのドアがどれか知らない?そんなの関係ありません 試行回数=1の前提からはそういう結論しか出ません これは他のひとが展開している確率論とは異なる話です 「本当に」確率の話をしたいのなら、「試行回数=1」の前提を捨てないと、 他の論者と話が全く噛み合いませんよ でなきゃもうネタとして扱うだけです ■モンティホール問題(ドアオープン) ヤギ2匹と新車1台が3つのドアに それぞれ1つづつ入っています ドアは最初から開いています あなたはヤギの入っているドアを選びます モンティがヤギの入っているドアを選びます あなたはモンティのドアは選べません あなたが選択を変更すると 新車を当てる確率は100%です キング・クリキントン! 我、以外のすべての傾向は消し飛ぶ ■モンティホール問題(99万円とリンゴ) このゲームができるのは1回だけです 1万円札99枚とリンゴ1個をひとつづつ 外からは中が見えない100個の箱に入れます その中から1個の箱を選びます 1万円札が入った98個の箱を取り除きます 最後に残った2個の箱の中から1個の箱を選びます 1万円札はハズレですがもらえます リンゴが当たる確率は50%です ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
read.cgi ver 07.5.5 2024/06/08 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる