FM情報誌を懐かしむスレ
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ないようなので立てておく。
FM STATION(ダイヤモンド社)
FM fan(共同通信社)
FMレコパル(小学館)
週刊FM(音楽の友社)
今はなきFM情報各誌について語る。 レコパルファン。
石森正太郎の書いたクイーンの漫画。覚えてる? FMfanの「長岡鉄男のダイナミックテスト」
筆者も既に故人となってしまいました。 レコパルで、みやたけしがアル・ヤンコヴィックのマンガ描いていたのを
覚えている。 >>56
只今40歳の俺は、25歳の頃に買ったであろうインレタをまだ持ってる。
友人にMDに曲を編集してやる時に(インレタを)使うと、妙に懐かしがられる。 >>1
ほんの一時期で消えたが、FM雑誌の最盛期に「FM3丁目」
(三丁目だったか?出版社は記憶なし)というのもあった。
年齢が知れるが、「FMファン」の創刊はFMが実験放送の
時代の1965年。創刊号から廃刊まで、ほぼ全部買い続けたが
もちろんほとんど残っていない。ちなみにFMの本放送開始
は1969年3月。 >>29 FM誌のために内容を早く決めたというより、FM放送
最初期の技術的制約がFM誌を誕生させた、というのが実情。
東京のキー局から全国の局にステレオ番組を送るステレオ回線
が実用化したのは1979年。それまではステレオ番組が完成した
ら何組ものコピーを作って各地方の拠点局に空輸し、そこで再生
して放送し、それ以降の地方局は何段にも電波でつなぐしか方法
がなかった。昔の電電公社のラジオ放送用の回線を2本使う方法
は同期の問題で不可能だった。だから番組内容の決定から制作・
コピー・運送・放送までに2週間以上を要し、そこに目をつけた
のが最初期のFM誌で、決定内容を雑誌にして放送日までに発売
する方法が定着した。回線ができて全国同時のステレオ生放送が
可能になると、次第にホットな情報が中心になり、放送直前まで
内容が決め難くなって「内容未定」というのが増え、雑誌を先行
発売する形式の土台が狂い始めた・・・。
Fステも週Fも両方買ってた。
週Fの投稿コーナー、小林カエル也
のベストヒットUSOがイカッタ。
ヴァン・ヘイレンのダンプ松本最高〜 そういえば週刊時代の「テレビライフ」は、テレビ番組のほかにFM番組も載っていたな。
局により全番組載っている局と主な番組が載っている局があったな。 かつてはFM情報誌を買って向こう2週間の行動予定を立てたり
したものだが、会員制現役誌FM Club も最近は「追加変更分」の
情報が大量化し、「何が放送されるか」より「何が放送されたか」
の確認に重宝するありさまになってしまった。 週間FMだったと思うけど、20年前位、FM番組のオープニング曲の一覧を掲載
した号があって、当時フュージョン好きだった自分は重宝した記憶がある。
スクエアやフルーツケーキ、コスモス、松岡直也、菊池ひみこあたりが
良く使われてました。 FMfanに付いていた、カセットレ−ベルを集めてました。
キレイな絵だったり、美しい写真だったり。
当時は、エアチェックして録るのはカセットテ−プが主流だったんだよなぁ。
曲目をチェックする時には、赤ペンが必需品でした。 素朴な疑問
みんなエアチェックから遠ざかったのはなぜ?
>>75
就職してレコード(CD)買えるようになったからじゃない? なるほどね、となると思わずエアチェックしたくなる番組とはライブ中継ぐらいのもんかもね。 >>75
2800円のLPを買うことはギャンブルに等しい・・・。
A面に針を落とす。
1曲目・・・なかなかいいぞ!(微笑)
2曲目・・・あれ?(汗)
3曲目・・・あれれ?(冷汗)
4曲目・・・おいおい??(に、に、2800円がぁぁぁ!)
(B面ラストまでつづく・・・・)
↑こんなことを出来るだけ防ぎたい為にエアチェック・・・(笑) >>44
嫌いなアーチスト部門とはいえ、光GENJIを
アーティスト扱いしてた唯一の雑誌だな>Fステ
ある時期から自分の好きなアーティストが嫌いなアーチストに
ランクインしだした為ムカついて読まなくなったがw
そういえばFステはなぜか“アーティスト”じゃなくて
“アーチスト”だったんだよな。そこに何かこだわりがあったのか?
組織票といえば、FM誌じゃないけど「What's IN?」の人気投票、
あれも組織票っぽい。なぜか毎回B'zが1(ry 週刊FMでした。
週Fからの聞きかじりの知識で買ったオーディオが、18年たった今でも我が家に
鎮座しています。嫁入り道具になってもーた。w
レコード・プレイヤーはデンオン。
↑知らないって言われそう・・・
音源捜しています。
「FMファン」78年か79年の表紙になった「可愛い白人の女の子のアップ」写真の
レコード名及びバンド名が知りたいのです。
U2のジャケットにも似たようなものがありますが、U2ではありません。
当時ソフトロックと呼ばれていたようです。
よろしくお願い致します。
音源捜しています。
「FMファン」78年か79年の表紙になった「可愛い白人の女の子のアップ」写真の
レコード名及びバンド名が知りたいのです。
U2のジャケットにも似たようなものがありますが、U2ではありません。
当時ソフトロックと呼ばれていたようです。
よろしくお願い致します。 音源捜しています。
「FMファン」78年か79年の表紙になった「可愛い白人の女の子のアップ」写真の
レコード名及びバンド名が知りたいのです。
U2のジャケットにも似たようなものがありますが、U2ではありません。
当時ソフトロックと呼ばれていたようです。
よろしくお願い致します。 FM雑誌がいよいよおかしくなったころ、「FMステーション」半ば自暴自棄
というより、あの時点でもう休刊(実質廃刊)が決まって、FM業界の裏話
暴露号を見てて、もうFM雑誌はもちろん、FMじたい、聞かなくなった。
ライブ番組やらなくなったことが個人的にはFMから離れた理由。
聴きたい曲はCD買います、ブートも買います。ブートのコピーCD−Rでも
ヤフオクで落札します。
FMの生命線だった、ライブはCSで映像付きで、ネットもあるし、もう不要
だね。民放FMやらないような、名曲紹介啓発的番組はNHKに期待してる。 「Fステの女帝」こと山内トモコが4月から金曜の深夜4時からTFMで映画番組をスタートするらしい。 レコバル音の仲間たちって番組聞いてたなぁ....age FMレコパルが1986年から1988年にかけて
無意味に版型を3度も変えてたのを知ってる奴いる?
また 1987年年始号あたりで 無意味に
金髪のヌード写真をカラーページで多用してたの
覚えてる人いるかな?? Fステ「懐かしい〜」の一言に尽きる
FM東京の小林克也氏のMC入りのCMも
然ることながら、80年代中坊だった自分は
Fステを近所のコンビニで立ち読みしながら
自分の金では買えない高価なコンポやHIFI
ビデオ(←死語、藁)に妄想しまくっていた頃
が懐かしく思える。 芸スポスレで谷村ユミのスレが建ってたんで約10年前〜くらいに読んでたFステ思い出して
2チャンにスレあるのかなぁ・・・と、この板&スレに辿り着きました(ノ∀ー) またきます FMステーション懐かしい!
あの表紙が涼しげで、夕方〜夜にFM聴くのが日課でした。 「週間FM」の、あの暖か〜い、ホッとするような感じが好きだったな。
このクソ暑いときになんだけど・・・。 レコパル派でした。
アーチストの似顔絵のカセットレーベル お宝でした。
タケカワユキヒデのコラムが好きだったなー。
バンドの物語漫画も楽しみだったなー。
エアチェックに命かけてた・・・・。
なんてほんと夢のような毎日。 ÅÅÅ
(´ー`)
( )
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(___)__)
詳しい情報はモナー板のスレ「モナ王誕生。」にて。 ”FMレコパ〜ル♪” ”FMステ〜ション” 短いジングルが懐かしいですね。
あの誌面のホノボノ感は何だったのでしょうか。
コンテンツが同じでも、WEBでは再現できませんよね。 FMステーションを通じて文通してたなぁ・・・(TーT)元気にしてるかな・・・ 文通・・・何年ぶりに聞いた言葉だか。
ネットの社会では相手を見つけるのも
文章を送るのも一瞬だしな。
返事を待つドキドキとかどんな人だろう?とか
そういう想像力は一切働かなくなったな。
動画まで送れる時代だし。
そのインスタント出会いの成れの果てが「出会い系」なわけで。
ん?てことは文通=昔の出会い系ってことか?
スレ違いsage >>109(笑)もうそんな年だね。
進学の為田舎から上京してきて一人暮らし始め、毎日学校と家の往復。
ある日、ふとコンビニで見た雑誌がFMステーション。
大好きなサザンの事が載ってた。
ラジオ番組も色々あるんだなぁと思い、その日からよくラジオを聴くようになった。
ある時Fステの文通コーナーに
「サザンが超超大好きな女の子です!男女問いません!文通しませんか!」
これが始まりだった。 東京の生活にやや疲れ気味だった俺は、何となくその子に手紙書いてみる事にした。
「初めまして。自分もサザン大好きです。いい歌多いですよね〜」と、自己紹介含め便箋数枚に書いて投函した。
こういうのって勿論初めてで、「返事くるかな〜」なんてドキドキしながらも、
俺以外にも沢山彼女の元へ手紙行くんだろうから、まぁ返事来ないかな・・・
と思いながら過ごした。
何日かしたある日ポストの中に、まるでラブレターの様なピンクの可愛らしい手紙が入ってた。
部屋に戻り早速読むと、「初めまして!みゆきです!手紙ありがとうございます!」 その言葉から始まり、便箋は6〜7枚にも及んだ。
みゆきちゃんは絵が好きらしく、文章だけにとどまらず、便箋のあちらこちらに所狭しとカラフルなペンで、サザンのメンバーや景色なんかを描いてあった。
その手紙からは元気っていうのか、なんかパワーが凄く溢れてて読んでて元気づけられて「手紙書いてみてよかったな〜」と思った。
彼女曰く、6通手紙が届いて一番いいな〜と思ったから俺に返事したとの事。
ホントの所は解らないけど、とりあえず返事が着たのは素直に嬉しかった。
そして便箋の最後の方になり「最後に私のプロフ紹介しますね〜」と書いてあり、
俺は読み進むにつれ「おいおいおい(苦笑)」となってしまった・・・。
「14才の中学2年生!元気な女の子です!(*^ー^*)」
みたいに書いてあり、自分が18才で、サザンと言う事も考えて、まぁ下は16才〜上20才ぐらいを想像してたので、
しばし(・∀・;)〜な状態に 陥った。 過疎ってたので、ちょっと切ない思い出を書いてしまいました(´-`) >117
いいですよ。
∧_∧
( ・∀・) ドキドキ
( ∪ ∪
と__)__) レスキテタ━━━(゚∀゚)━━━!!!!!!
ありがとうございます。
〜〜〜正直、14才の女の子と文通かよ・・・(苦笑)何話せばいいんだよ・・・とか思いながらも、
手紙の中の彼女の文字や絵にとても元気を貰ったわけだし、
とりあえず返事書こうって思い、サザンの話や、近況、学校の話、妹がいたらこんな感じなのかな(笑)と
兄になったつもりで手紙のやりとりしてた。
何回目のやりとりだっただろう、半年ぐらいたった時の手紙に、
彼女は今は岩手県に住んでるわけだけど、小三ぐらいまで東京にいて、豊島園の傍のマンションで暮らしてて、
「両親の離婚に伴い、今はね岩手県(母方の実家)に住んでいるの。」
と、いつものみゆきちゃんとは違う、寂しげな内容の手紙を送ってきた。
更に「前の家の駅に歩く道のりに、イチョウ並木が綺麗な通りがあって、今もまだあるかな〜(^-^)いつかまた歩きたいなぁ〜」
と文は続いていた。
う〜ん返信の内容なんて書けばいいんだろう・・・とすごく悩み
多感な時期の中学生の女の子相手に、俺には荷が重いな・・(.-д-)=3ハァ〜
ってなりつつも返事を書いた。
「いつも元気なみゆきちゃんにも、そんな過去あったんだね・・。きっと今でもイチョウ並木通り残ってるよ!」みたいな文だったと思う。
彼女の返事は「いつか優人さんの所に遊びに行っていい?一緒にイチョウ並木歩こ(^-^)」ってな感じだった。
それと「写真交換しません?」とあり、みゆきちゃんの写真も見てみたいって気持ちもあったし、
少し写真写りの良いやつを便箋と一緒に入れて送った。
「優人さん、私が想像してた優しい感じ!吾郎ちゃんに似てますね〜」との事。
まぁ友達知人にも確かにそう言われた事もあるなと思いながら、一応気に入ってもらえたみたいで善かった〜と思った。
その手紙にはみゆきちゃんの写真も入っていた。
みゆきちゃんは仲良し友達と四人で写ってて「左から2番目の一番ブサいのが私ですぅ(TーT)」と書いてあった。
続きはーーーー?
書かないなら勝手に続けちゃうぞ。 半年も前の書き込みに催促するのもなんだけど
続きマダーーーー? 雑誌のタイトルを忘れたが、各局人気DJの特集を載せていた雑誌が思い出せない。ネットで検索したら出てきたもんでね。しかし、本屋になかなか置いてないんだな。これが。誰か教えてちょーだい。 AKAI、Lo-D、Aurex、DIATONE、Technics、SONY NEWS Series
「エアチェックって何」 もう少ししたら「ポケベル」なんかと一緒に笑われる死語?
Lカセットってあったなあ。 GALAC(ギャラック)ってドコの出版社なのかなあ? >>130
ギャラックじゃなくて「ぎゃらく」
出版社は角川書店
ttp://www.houkon.jp/galac/index.html
前は勁文社から出ていたんだが倒産で角川に移った リッチーブラックモアの首切伝説
マイケルシェンカー失踪事件
を知ったのはFM誌のおかげ。クラシックに興味を持ったのも
FM誌のおかげ。 及川公生先生がリスニングルームとともにこのスレ
を保守します。そんな私はレコパル派。 >>126だが、5ヶ月経っても続きは無いみたいだから、さすがに諦めるかw
そういえば銀色夏生のポエムが載ったインデックスがついてたの、レコパルだったっけ? ♪え〜ふぇ〜む レコパ〜〜ル♪ っていうジングルやってなかった?(カブってたらスマソ) >>139
隔週水曜の発売日にスポットで流れてた記憶が。
あと、日曜の晩の「レコパル音の仲間たち」の中とか。
司会が手塚理美だったか? FMレコパル読んでいました。毎週アンプとかチューナー・デッキなどの製品特集
をやっていたのを中学生の時読んでいました。
マッキントッシュ・タンノイ・アキュフェーズ等の高級コンポが載っていて
価格を見て驚いていました。
あのころはアナログチックでワウフラッター・S/N比なんぞ一生懸命確認して
いたな〜 FMレコパルとサウンドレコパルを併読してたな。
FMレコパルはオーディオの専門的な話も中学生でも読み易かったね。
あとタケカワのコラムと坂田明の対談は肩が凝らずに読めた。
大人になったらオンキョーのグランドセプターを買ってやろうと思ってた。 レコパルはアーティストコミックが毎回楽しみだった。
石森章太郎の描いたガーシュウィンとか、作者失念したけどプレスリーや
イーグルス&リンダ・ロンシュタットなんかは今でも記憶に残ってる。 FMファンとFMステーションだったか、買ってた
カセットサイズの写真を必死に集めてとっといたがあまり使わなかったな '70年代末期まで、レコパル(他誌も多分そうだったろう)東版の番組表はNHK‐FMとFM東京だけ。
民放FMが都会にしかなかった時代。
札幌、仙台、広島クラスの都市にもなかった時代。
西版はNHKプラス大阪、愛知、福岡の民放三局掲載。 そうだね、NHK‐FMとFM東京だけで十分満足だったし。
それが都会へのあこがれ、妄想を生んでいたんだと思う。
「FMレッコパ〜ル」
聞いてたなあ・・・。 エアチェックなんて死語ですね。 イージーリスニングなんて言葉自体が懐かしくてたまらないわけですが >>149
俺は、ラブサウンズって言ってました。
ポールモーリアはもちろん、パーシーフェイスとかフランクミルズとかヘンリーマンシーニとか・・・ ビルボードにイージーリスニングチャートが
できるほど盛り上がってたんだよな。
もともとあいまいなジャンルだったうえに
拡散しまくってジャンルとしてはもう成立しにくいですよね。
MORってくくりもちょっと違うような気もするし。 週間FMで二週間分の情報をチェックしていた漏れがきましたよ NHKの番組表がRSSフィードしてくれたらなぁ、、。
Web上のTVやFMの番組表ってどれもイマイチ使い(見)勝手が良くないすな。
送り出し側としては番組表を一つの優良コンテンツとして見ているのだろうが、受け手側には不便。 クライアントサイドで加工してリーダーで読めるようにすればいいじゃん。
どうしてもRSSフィードにこだわるならね。
深夜3時からFM東京でやっていた
「FM STATION my sound graphyty」という番組
エアチェックにはもってこいの番組だった。
深夜3時なので結構寝ていた場合が多く、
そんな時は大概3時45分からの民族音楽の番組もしっかりと録音されていた。。。 アンテナ握ってもう一方の手をいろんな方向に向けて、一番ノイズ少ない姿勢みつける、っつーのが
エアチェック前の儀式でして。 今じゃ民放FMはトーク番組ばかり、それも面白いトークならまだしも
何の役にも立たないような生活情報を押し付けている。
音楽主体のはずのNHKFMも、今ではクラシックや懐メロ演歌が中心になり、
洋楽が流れなくなった。夕方4時のポップス枠で歌謡曲を流すのは何事?
もうラジオで音楽を聴く時代は終わったのだろうか? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています