平成っ子が知らないこと@懐メロ邦楽板
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代表として「長山洋子のアイドル時代」。
なおここにおける「平成っ子」とは平成生まれはもちろん
「物心ついた(3〜4歳)ころには平成になっていた」世代も該当します。 「キャプテン」の単行本にアイドル時代のインタビューが載ってるよね。
平成っ子だがなぜか知ってる。 戸田恵子は昔演歌系アイドルだったこと。
研ナオコ・野口五郎・島谷ひとみのデビュー曲が演歌だったこと。 >>3
平成4年生まれだけど
戸田恵子のは知ってる! 松井直美関連だと
「デビュー曲が演歌だったこと」と
「チェッカーズと同時期に「ギザギザハートの子守唄」をリリースしていた」こと
どっちが信じてもらえるかが問題。 >>8
ダウト!
ジュリー→タイガース
ショーケン→テンプターズ >>8はPYGの事を指してるわけだから、ダウトじゃありません。
昨年亡くなった作曲家・遠藤実がレコード会社を設立していたこと(ミノルフォン)。 昭和30年代から40年代前半にかけて、歌謡界に毎年ニューリズムを送り込んだこと。
主なリズムにマンボ・ツイスト・ゴーゴーなどがある。 高橋元太郎(うっかり八兵衛)がアイドルグループ出身であること 今ではヤクザまがいの風貌の長渕が、
甘い声で歌うフォークシンガーだったこと。 チャゲ&飛鳥とアルフィーが
フォークグループとしてデビューしたこと。 昭和20年代半ばから40年代半ばに、コロムビアと平凡の共催で
「コロムビア全国歌謡コンクール」が行われたこと。
主な出身者に、島倉千代子・都はるみ・松山まさる(五木ひろし)
井手せつ子・純エリ子(藍美代子)などがいる。 読売テレビ(現・ytv)で放送していた「全日本歌謡選手権」。
「スター誕生!」「君こそスターだ!」と違い
「本格的歌謡曲歌い」
を発掘する番組で
アマだけでなくセミプロの参加も可能。
10週勝ち抜きで「プロ歌手」としてのレコードデビューが約束されていた。
ちなみにこの番組からメジャーになったのが五木ひろし&八代亜紀。 昭和30年代半ばまでSP盤という78回転のレコード盤が発売されていたこと。
>>20
他にも、青山ミチ・天童よしみ・胡浜三郎・有田美春(唯一のアイドル系)
真木ひでと・マーガレット・アンなどが勝ち抜いている。
審査員に船村徹・淡谷のり子など。 吉田拓郎・南こうせつ・泉谷しげるらが
発起人となって作られたフォーライフレコード。 呉田軽穂(松田聖子「渚のバルコニー」作曲家)
=松任谷由実 初代コロムビア・ローズが覆面を付けてデビューしたこと。
向こう半年は覆面生活だった。 「普通の女の子に戻りたい!」
「私たちは幸せでした!」 「元はB面だったのがヒットして後にA面と入れ替えて再リリース」
したシングル曲があったこと。
「両A面シングル」とセールスをしだしたのは80年代に入ってから。 >>28
ガロ「学生街の喫茶店」
(「美しすぎて」c/w)
高田みづえ「潮騒のメロディ」
(「子守唄を聞かせて」c/w)
あと追加フォローよろしこ。 >>28
ズー・ニー・ヴー
「白いサンゴ礁」
「涙のオルガン」のB面だった。
昔は、レコードといって、表とその裏面に音楽が、
データを刻んで入れていた
故に、上をA面といえばその裏はB面となっていた 歌謡曲全盛時代は、各レコード会社ごとに「専属作曲家」というのがいた。
その作曲家が「所属の違う別の歌手」に曲を提供するために
わざわざ「偽名」を使って曲を作っていたこと。 >>32
代表的なのは
市川昭介→いづみゆたか・林ゆたか
中川博之→五十嵐悟
北原じゅん→文れいじ
遠藤実→米田信一
ってところですね。 歌唱力があり、前途有望の歌手に、たまに「第二の〇〇〇(歌手名)」と売り出されていたこと。
例・小林幸子→第二の美空ひばり
弘田三枝子→第二の江利チエミ
>>34
その小林幸子が「コロッケ姉ちゃん」と呼ばれていたこと。
(彼女の実家は精肉店) 今は俳優の岸部一徳が実はグループサウンズ出身のベーシストだということ。
同じバンドにジュリーこと沢田研二がいたこと。
解散後に傷だらけの天使や太陽にほえろの主題歌で有名な井上バンドに在籍していたこと。 田辺エージェンシーの社長が
かつてグループサウンズのメンバーとしてドラムスを叩いていたこと。
そのグループサウンズのメンバーに
堺正章・井上順・かまやつひろし(現・ムッシュかまやつ)がいたこと。 平成っ子はまず「有線放送へのリクエスト」ってのを知らないだろうなぁ。
昭和時代の喫茶店は「店内BGM」の代わりに有線放送を引いてある店がほとんどで、
客が「自分の聴きたい曲」を有線放送会社に電話してリクエストしてもらうもの。
リクエストした曲がかかるまでwkwkしながらコーヒー片手に粘った人もいたはず。 閉店のときよく流れる蛍の光みたいな曲は、蛍の光とは別アレンジ版の
「別れのワルツ」という曲で、平成っ子がかろうじて知ってそうな曲では
六甲おろしとか栄冠は君に輝く、その他大量の軍歌等々を作曲した人が
アレンジしていること。
ボニーキャニオンが
元々は「キャニオンレコード」(ディスク関連)と「ボニー」(テープ関連)の別の会社だったこと。
もっとも両方ともフジ・サンケイグループの会社でしたが。 おにゃんこクラブのCD聞いてたら ひっくり返さなくてもいいんだよ と言われた
そうゆう事だったんだなあ >>40
ポニーキャニオンですね。
かつてレコード会社がGSバンドを売り出す時に、洋楽のレーベルを使用していたこと。
例)コロムビア→CBS(後にソニーに持っていかれる)
ビクター→フィリップス
キング→ロンドン etc 昭和38年生まれのオレが知らないことが結構あるな。 ドーナツ盤でも、ステレオとモノラルだと
ステレオの方が値段が高かったときがある
1980年TBSが行った明治・大正・昭和三代の歌謡曲(ベスト100)と
1989年NHKの昭和の歌・心に残るベスト100の大調査でいずれも一位が、
青い山脈 西條八十作詞 服部良一作曲 藤山一郎 奈良光枝歌だったこと 研ナオコが大麻で捕まったことがあることを知るひとは、いまでは少ないのでは?
あと、テレビドラマで財津和夫は服部良一を演じたことがある。 多くの芸能人が住所を公表していたこと。70年ころまでかな。 CDに切り替わっていく過程の頃アナログ録音から落とした
AADとかADDなんていうのがたくさんあった
冷蔵庫で冷やすと音が良くなるとか
野口五郎は演歌歌手だったとか浅野ゆう子がアイドルだったとか 小椋佳氏がかつて、第一勧業銀行に勤めていた事を知る平成生まれはいるかどうか。 アイドル歌手に専属のバックバンドがいたこと。
有名なところでは
近藤真彦の「YAMATO」
シブがき隊の「シブ楽器隊」などなど。
現在のアイドル連中にバックバンドつきのヤツいたかな? >>52
♪シンっフォニぃーのよーおなっ♪田〜園〜の風っ♪
ヘタくそでしたねw >>52
あと、井森美幸、山瀬まみ、島崎和歌子の
アイドル時代も。 山口百恵も水着で歌ったり、芸能人運動会に出たりしていたこと >>57
その山口百恵が「横須賀恵(よこすかめぐみ)」のペンネームで作詞家活動していたこと
(たしか自分のアルバムに収録の曲だったとオモ)。
引退→結婚してからもアン・ルイスに「ラ・セゾン」(これは「三浦百恵」名義)を提供した。 百恵関連だと引退後もワイドショー相手に長男出産会見をしたこと、かなー
「引退後、一切マスコミに出てきていない」って言われているので チェッカーズ「涙のリクエスト」の歌詞に出てくるシチュエーション。
♪最後のコインに祈りをこめてMidnight DJ
ダイヤル回しあの娘に伝えて まだ好きだよと
この曲のリリースされた1983年当時は
(すでにテレカ式公衆電話は登場していたが)
まだ「ダイヤル式公衆電話」、いわゆる赤電話&青電話が主流で
「ラジオの電リクに公衆電話から…」ってパターンはよくみられた。 それなりに知ってるつもりだったがまだまだか…
ここためになる 尾崎豊の「15の夜」は、昔は缶コーヒーが100円だったことを教えてくれる 「ゆとり世代」ってホントにモノを知らないバカばっかり。
ゆとり「天才・スピードのダンスはスゴイ!上原、新垣、今井のダンスはすげえ!」
ボク「・・・」
「マイケル・ジャクソン」の過去のビデオ見て「ゆとり」はどう思ってるのだろう?
マイケルが全盛期から20年以上経ち、いかに顔が蝋人形いや、オモチャのような気味の悪い顔になっても
いまだ遠くイギリスやドイツに遠征したマイケルが手を振っただけで老若男女が失神するほどのコーフンをするのか?
それは全盛期の画像でわかったはずだ。いかに「ゆとり」がバカでも。
「スピード」または「エグザイルのホスト芸」とマイケル・ジャクソンの「異次元の動き ホントに無重力空間のような動き」が違い過ぎるとな。 デビュー間もないアイドル歌手は
事務所社長の自宅に下宿させられていたこと。
>>24
南こうせつじゃなく井上陽水。それに小室等を加えた4人が発起人だった。
スター誕生の44回決戦大会で、本田美奈子、徳永英明、松本明子が顔を合わせたが、
この中で松本明子だけが合格してデビューできたこと。 最近のミュージシャンがよくやる
「同一シングルのジャケット違いver.」
を最初にやったのが
「渚のシンデレラ」('82年リリース)
の柏原よしえ(現・芳恵)。 横浜銀蠅の「ツッパリHigh-School Rock'n'roll」は実は三部作あった。
「登校編」「試験編」はシングルになっているので
知ってる人は知ってるが
残り1つの「女子校編」はアルバムのみの収録だったので
「幻の作品」となっている。 横浜銀蠅やツッパリHigh-School Rock'n'rollを知ってるかすら疑問
B面のない「片面のみ」のシングルレコード。
普通のシングル版が1枚700円した当時に
「1枚400円」と手軽に手に入れることができた。 昭和の漫才ブーム時代、
各コンビがこぞって「歌手」としてレコードデビューしていたこと。
B&B、ツービート、ザ・ぼんち、
紳助・竜助、のりお・よしお、サブロー・シロー…
すべてレコードデビュー経験者。
紳助・竜助に至っては漫才活動と平行して
バンド活動(紳助バンド)まで…。
もっともそのほとんどが
「シングル1、2曲だけ」の歌手活動だったけど。 ニューミュージック時代のバンドのアルバムタイトルは
「アーティスト名+数字」
というシンプルなものだった。 >>80
だから自分でウ(ry
これだからゆとり組は…(-_-#) 演歌を除いた歌謡曲=Jポップ だと思ってる
ニューミュージック≠Jポップ 当たり前だが つまり、矢沢永吉も小椋佳も和田アキ子もモーニング娘。もJポップってことですね 小林幸子が「おもいで酒」でブレイクする前に、
プレイボーイや平凡パンチなどでヌードを披露したこと。 >>84>>87
「おもいで酒」ならTVの「懐かしの歌」系番組で本人が歌うことがあるので
平成世代でも知ってると思われ。
それなら
「小林幸子の芸能生活は小学校時代から遡ることができる」の方が知らないかと…。 >>88
今はド派手衣装で???と感じる人間も多いだろうが、天童よしみ顔負けの苦労人だからね
売れたんだからまだマシという声もあるだろうけど >>88
そりゃ当然知らないだろう。
基本的に「紅白で毎年派手な格好をしている人」以上のことは知られてないかと。 「小学生デビュー組」と言えば荻野目洋子もその1人。
(小学校時代に「ミルク」という3人組ユニットで
芸能活動の経験あり)
もっとも平成っ子が荻野目洋子そのものを
知ってるかが疑問だが(苦笑)。 >>91
平成っ子が分るのは、小泉、美穂、静香までかね
洋子は平成っ子が知らない2番手集団だね >荻野目洋子
アラフォー世代には
「若松みゆき(「みゆき」)の中の人」
の方がしっくりくる。 「本木雅弘の義母」が、その昔郷ひろみとデュエットを組んで
ヒット曲を出していたこと。 長渕剛がいまだに石野真子ファンから嫌われている理由。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています