1984年のプロ野球
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争ってもないくらい独走なんだけど
まだ5月までの南海近鉄の方が争っていたというのにふさわしかった オールスター明けに10連勝したロッテが
ようやく阪急と4.5差と5ゲームプレーオフ圏に入ってきたが
直後の平和台での直接対決で連敗
これで終戦 この年が阪急の最後の優勝になるとは思わなかった。
昔の様な黄金時代は無理としても西武に一泡吹かせる
実力あるチームとして何年かに一回くらいは優勝する
だろうと思ったんだが。 それはたった4年後に身売りされたことの方が意外というべきでは?
当時でも山田と福本の年齢を考えれば若返りに苦労することは容易に想像できたし 水谷の頭部死球が無ければブーマーはあそこまで打ちまくれたんだろうか
それとも二人揃って打ちまくったか 振り回さずにコンパクトにミートしたライナーでも
十分にスタンドに届くと自覚して84年のキャンプに入ったらしいから
その辺は打てたと思うな
打点を食い合って三冠逃すとかはあるかもしれないが 日本シリーズで広島投手陣に内角高めを突かれて沈黙したものの
これも翌年のシーズンには克服してきたから
ブーマーはすごい適応力の高い選手だったと思う >>676
だからこそ、長きにわたってNPBで活躍できたんだろうね クローズドスタンスからスクエアスタンスに変えたんだっけ? ブーマーに日本シリーズで雪辱する機会が無かったのは残念 >>674
ロッテ土屋が水谷にぶつけなければ阪急が日本一だったろうな あれは投球の癖が盗まれてて踏み込んで打とうとしたところにすっぽ抜けが来たんだっけ。
しかも水谷は耳カバー無しヘルメットだったから最悪な事になった。 そもそも安全対策で耳当てヘルメットを導入したのになんで例外なんか認めたのか・・・
サッカーだと脛当てについては一切例外が認められないのに 衣笠が視界遮られてかえって危ないってクレームつけたから
実績のある選手は許可されたけど
耳なしヘルメット着けた以上は自己責任だわな 水谷以降はこんなひどい死球禍は無かったよね、確か? 巨人の井上は耳付きメットだったけどキーオに速球をぶつけられた以降打てなくなったよな >>688
吉村級の活躍してればそう言えるけど
あの程度なら島貫に毛が生えたようなもんだろ >>688
そのキーオがアメリカに戻って何年かして、
どこかのキャンプ地で打球が頭に直撃して再起不能になったんだよな… 阪急は離脱した水谷(元々守備は不得手だったためDH専任だった)の穴埋め要員として
石嶺(当初捕手だったが膝が悪かったため外野に転向したばかり)が育って
カバーできたのは長い目で見ればプラスだったのでは? 水谷の死球禍の翌年、阪急はDHに新外人ヒックスを起用してた。
パワーはあるが確実性に欠け一年で退団になり、翌年以降は
DHに石嶺を固定したけど、ヒックスが当たり外人だったら
石嶺はチャンスを貰えず埋もれていたかもしれない。 >>692-693
そのチャンスをものにした石嶺、あっぱれ 85年の時点で200打席足らずでで14本塁打を記録してたから
上田監督としても使わないわけにはいかなくなってたけど
もしDH枠が開かなかったら起用法でめっちゃ苦労したかも ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています