大学学部レベル質問スレ 9単位目
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>>298 そのようなxが 存在しませんので 真の命題です τ関数って導入して何がしたいのかよくわからないんですが、 明確な目的ってあるんですか? >>314 実無限が関係あるとするならば、直感主義的な量化の話になるかと思いますけど、そんなこと関係ないですよね 今は古典論理の話なんですから 古典論理ならば実無限を前提としているので関係あるっちゃあるんですかね まあ、とにかく量化が絡まなければ実無限云々が関係ないということは確かなわけですから同じことですね >>307 ありがとうございました。 Δ : I ∋ i → (i, i) ∈ I × I f×ξ : I × I ∋ (i, i) → (f(i), ξ(i)) ∈ X × 2^X (f×ξ) 〇 Δ : I ∋ i → (f(i), ξ(i)) ∈ X × 2^X Π X_i = {f : I → X | ((f×ξ) 〇 Δ)(I) ⊂ ε} ということですね。 >>307 I = φ のとき、空集合の包含写像 0 ∈ Π X_i = {f : I → X | ∃g : I → ε (g = (f × ξ) 〇 Δ)} (0 × ξ) 〇 Δ = 0 の左辺はどう考えればいいのでしょうか? Δ : φ ∋ i → (i, i) ∈ φ × φ は 0 0 ×ξ : φ = φ × φ ∋ (i, i) → (f(i), ξ(i)) ∈ X × 2^X も 0 なんかよくわからないのですが。 Π X_i = {f : φ → X | ∃g : φ → ε (g = (f × ξ) 〇 Δ)} = {0} を確かめるにはどうすればいいのですか? f : φ → X の候補は 0 だけです。 よって、 Π X_i = {f : φ → X | ∃g : φ → ε (g = (f × ξ) 〇 Δ)} ⊂ {0} です。 Π X_i = {f : φ → X | ∃g : φ → ε (g = (f × ξ) 〇 Δ)} ⊃ {0} を確かめるには、 ∃g : φ → ε (g = (0 × ξ) 〇 Δ) が真であることを確かめればOKです。 ∃g : φ → ε の候補は 0 だけです。 なので、 0 = (0 × ξ) 〇 Δ が真であることを確かめればOKです。 (0 × ξ) 〇 Δ の定義域は φ だから (0 × ξ) 〇 Δ = 0 ということでいいのでしょうか? (0 × ξ) 〇 Δ がどんなものなのかは一切考えずに定義域が φ だから ということでそれは 0 であると言っていいのでしょうか? >>324 >(0 × ξ) 〇 Δ がどんなものなのかは一切考えずに 結局それでいいんだけど ちゃんと考えてよ 元に依らない写像の合成の定義は? >>318 A→B、この言明はAが真であって、Bが偽であるとき、そのときに限って偽である。 >>326 で? それと実無限に何の関係があるんですか? >>327 集合論を何の批判もなしに用いるのが実無限。述語論理とはそういうもの。 >>328 メタと対象の区別がつかない人にはそう見えますね で、それと>>326 は何の関係があるんですか? >>316 ラマヌジャンのτ関数のこと?L関数 Σ_n=1 to ∞(τ(n)/(n^s)) =Π_p:素数 (1 - τ(p)/(p^s) + 1/(p^(2s-11)))^(-1) というように、オイラー積にp:素数の2s乗の項が出てくるのは 数学史上 τ関数のL関数が初めてで (ゼータ関数を無限積展開してもp^sまでしか出てこないよね)、 これがいろんなL関数をいろんな角度から分析しようという流れの一因に なったのは間違いないと思う 専攻してたわけじゃないから詳しくは知らないが >>329 分からない人だな。A→BはAの否定∨Bと等値であることしか言えないのは述語論理の中だけだ。 >>331 古典論理の間違えですよね? 述語論理とは、ある、や、全て、を表現する論理全般を指す用語です ならば、は述語論理ではなく命題論理の範疇です 直感主義論理では、A→Bと¬A∨Bは同じではありません って、もしかして、ならば、は必ず変数含まれてないとダメとか思ってたりしますか? つまり、変数の概念のない命題論理では扱えないものだと思ってますか? いよいよ、あなたのレベルの低さがどの程度なのかわからなくなってきましたね 知ったかぶりもそれくらいにしときましょうよ 今ならごめんなさいで許してあげますよ 低レベルの自覚か。玄孫なんて考えると 下仕えレベルの低さと、 玄孫のハイレベルな出来栄えが気にかかる。記号がよくわからないから、記号の説明もつけといてね。速読すればいいわけだったけど。記号 サイン もこだわってくれてどうも。 >>338 私の話についていけなくなりましたか? 早く認めたらどうです? >>325 0 = (0 × ξ) 〇 Δ (0 × ξ) 〇 Δ のグラフ Γ_(0 × ξ) 〇 Δ は、 Γ_(0 × ξ) 〇 Δ = {(x, z) | (x, z) ∈ φ × (X × 2^X) ∧ ∃y ∈ φ × φ ( (x, y) ∈ Γ_Δ ∧ (y, z) ∈ Γ_(0 × ξ) )} (x, z) ∈ φ × (X × 2^X) となるような x は存在しないので、 Γ_(0 × ξ) 〇 Δ = φ である。 よって、 0 = (0 × ξ) 〇 Δ が成り立つ。 ∃y ∈ φ × φ ( (x, y) ∈ Γ_Δ ∧ (y, z) ∈ Γ_(0 × ξ) ) すなわち、 ∃y (y ∈ φ × φ ∧ (x, y) ∈ Γ_Δ ∧ (y, z) ∈ Γ_(0 × ξ) ) についてですが、存在しない x を使っていますが、こういうのはありなんでしょうか? あ、ありっぽいですね。 ∃y (y ∈ φ × φ ∧ (x, y) ∈ Γ_Δ ∧ (y, z) ∈ Γ_(0 × ξ) ) は x, z についての条件ですね。 ∃y (y ∈ φ × φ ∧ (x, y) ∈ Γ_Δ ∧ (y, z) ∈ Γ_(0 × ξ) ) は、 ∃y (y ∈ φ ∧ (x, y) ∈ φ ∧ (y, z) ∈ φ ) で、 ∃y (y ∈ φ) ∃y ((x, y) ∈ φ) ∃y ((y, z) ∈ φ ) はすべて偽ですね。 Γ_(0 × ξ) 〇 Δ = {(x, z) | (x, z) ∈ φ × (X × 2^X) ∧ ∃y ∈ φ × φ ( (x, y) ∈ Γ_Δ ∧ (y, z) ∈ Γ_(0 × ξ) )} = {(x, z) | (x, z) ∈ φ ∧ ∃y (y ∈ φ) ∧ ∃y ((x, y) ∈ φ) ∧ ∃y ((y, z) ∈ φ)} いい感じです Γf={(x,y)∈X×Y|y=f(x)} Γg={(y,z)∈Y×Z|z=g(y)} としたとき (X×Γg)∩(Γf×Z)⊂X×Y×Z を π:X×Y×Z-> X×Z で落とした像が Γgf=π ((X×Γg)∩(Γf×Z)) となります X=φ のときは f=0 Γf=φ (X×Γg)∩(Γf×Z)=φ より Γgf=φ gf=0 となりますので 空集合からの写像は必ず存在ししかも0しかないわけですので考えやすいのです このことを空集合はinitialだとも言います 空 般若心経の 観自在菩薩でもお経がダメだよな。新作書かないと。 >>347 それ以外言えなくなっちゃったんですね どれほど知能が低いのでしょうか >>348 もう少し述語論理がどういうものかを勉強したほうがいい。 ならば、の話なのに「述語論理」と言ってる時点で程度が知れるんですよw >>355 ではあなたの意見をお願いします もう一度 「......。」などと、その場しのぎの無意味なレスしてる人が 「レスの流れ無視してるの?」「稚拙なトリックだな。」だってさwww >>358 >劣等感婆の相手して何が面白い? 述語論理を「ある、や、全て、を表現する論理全般」としている理由を知りたくてね。 荒らしはスルーしろ、他の人の迷惑だ。勉強したければ自分でやれ >>360 >荒らしはスルーしろ、他の人の迷惑だ。勉強したければ自分でやれ は?もしかしてお前もそう信じているのか? >>359 古典論理における述語論理しか知らないからわからないんでしょうねー >>361 少なくともこの件に関してはアホはおまえだけだぞ >>362 述語論理では言明は主語と述語に分解されているんだよ。 述語論理って有限の立場って言えるのかな ∀xP(x)=P(x1)∧P(x2)∧P(x3)∧… でしょ?もちろんx1x2x3…xnのように有限で済まないから全称記号を使うんだけど P(x)のxとして考えうるものって原理的にはすべての数学概念だし 実質的にもどんな多くの無限でもあり得るところを 実際書き出すことが出来ないのを``有限の立場''って言って良いものか それに疑問持ったのは 実数の濃度がアレフ2だってことで 実数にはアレフ1の部分集合があるってことだけど 具体的に``これがそれ''って書き出せないんだよな それでも述語論理でその集合を使うことに問題はないとされるわけだけど ホントにそれでいいの? >>366 すみません、数理論理のちゃんとした言葉で話していただけますか? 曖昧なことしか知らないなら、やめてくださいね >>367 実際に書き出すことは不可能でも、書き出す手順が具体的に記述できるならば、それは有限の立場だと言えます もっと抽象化すれば、自然数との対応が取れれば良いのです >>368 立場の問題になるでしょうね ストイックに行くならば、そのような集合は扱わないということになるでしょう 対象となる集合はどれだけ大きくても構わない、として、証明を記述する際においてのみ有限の立場を取る、とすれば実数を扱うことができかつ有限の立場を取ることもできるでしょうね まあ元はと言えば有限の立場とは証明論に関しての用語ですから、対象の集合が有限かどうかには関係ないのでしょうけど あの集合問題難しかったか?唖然とするほど時間がかかったものが大かたが。 >>367 無限個の互いに異なる対象を構成することは不可能。 >>374 >>369 が正答してんだから馬鹿言うんじゃねーよ >>375 >>376 数学的帰納法の必要性を論じろ。 >>377 メタな意味では数学的帰納法は認められていますから、自然数論を形式化したいならば、数学的帰納法も形式化しておく必要があります そもそも事の発端は>>272 で、「等値である」ことの定義が命題論理と述語論理では違ってくるから 前後の文脈による、と言っているのを理解して欲しい。 >>380 知ってます >>381 >>272 のならばは、命題論理でも述語論理でもないメタな意味での記述です 知ったかぶりはいい加減にしましょうよ、もう それに命題論理と述語論理で違ってくるということはないですからね >>384 メタの概念がわからない人に言われたくはないですねー X ∩ 2^X ≠ φ となるような X の例を挙げよ。 >>390 X = { { } } 2^X = { { }, { { } } } X ∩ 2^X = { { } } ≠ { } 確かに例になっていますね。 もっと「普通の」集合 X で例はないでしょうか? 明らかに X が有限集合のときには X ∩ 2^X = φ ですから、 X は無限集合になるかと思いますが。 あ、訂正します。 X = { { } } は有限集合ですね。 なぜ >>388 の質問をしたかというと、斎藤毅著『集合と位相』に、以下の記述があったからです: 「X ∩ 2^X ≠ φ のときは、 X の部分集合 A が、 X の元であることもありうる。 この場合には、記号 f(A) の意味は A を X の部分集合と考えるか X の元と 考えるかで違うので、気をつける必要がある。」 ↑こんな風に書くということは、そういう X が数学において頻繁に現れるということ ですよね?めったに現れないならば、こんなことを注意する必要はないはずだから です。 >>394 ≠ではなく=だと思ってました そんなの当たり前ですよね 2^XにはX自身が含まれるんですから >>392 2^X の要素はすべて集合ですから、 X ∩ 2^X ≠ φ ならば、X は少なくとも1つの集合を要素に持ちます 「普通の」集合とは何を指しているかわかりませんが、集合論で集合を集合の要素にすることは珍しくありません >>397 普通の数学で自然に登場するそのような X の例を挙げてください。 厳密教徒を気取ってるくせに都合よく普通の数学とか文脈から判断などと言い出す奴は信用できん >>398 あなたが集合論をまるで理解していないことがわかりました これ以上の説明は無意味と考えます 一応話に付き合ってやると、 普通の数学では代数的・位相的構造にだけ注目して、それをどうやって構成したかを意図的に忘れるようにしているので、 X ∩ 2^X ≠ φであるかどうかを気にせずに済んでいるだけ 実際はX ∩ 2^X ≠ φであることは特別なことではない X= 一応話に付き合ってやると、 普通の数学では代数的・位相的構造にだけ注目して、それをどうやって構成したかを意図的に忘れるようにしているので、 X ∩ 2^X ≠ φであるかどうかを気にせずに済んでいるだけ 実際はX ∩ 2^X ≠ φであることは特別なことではない 例えばX=ω(最も標準的な自然数全体のモデル)が該当する {0,1,2,…n}=n+1∈X ∩ 2^X >>402 2^ω ∋{0, 1, 2, …, n} = n + 1 ∈ ω ということですね。 ところで、 「記号 f(A) の意味は A を X の部分集合と考えるか X の元と考えるかで違うので、気をつける必要がある。」 と書いていますが、 X ∩ 2^X ≠ φ であるような状況では、誰でも、言われなくても自然に気をつけるのでは ないでしょうか? この注意が必要であるとは思えません。 斎藤毅さんの『集合と位相』を読んでいる読者の大半は、 「X ∩ 2^X ≠ φ のときは」などとさらっと書かれているのを見たとき、 そんな X は存在するのだろうか?と思うのではないでしょうか? 斎藤毅さんの『集合と位相』の演習問題は非常に簡単なものが多いです。 そんな本に「X ∩ 2^X ≠ φ のときは」などとさらっと書くのはバランスが 悪いのではないでしょうか? そして、具体的に注意しなければならない例を挙げていないのは、ひどいとしか 言いようがないですね。 誰か、これは気をつけなければいけない例だというものを挙げられる人はいますか? いないのではないでしょうか? もし、いないとするとこの必要のない注意は単なる斎藤毅さんの自己満足ですね。 >>403 n={0,1,.,.n-1}って構成だとn∩2^n=n-1よ 「X ∩ 2^X ≠ φ のときは、 X の部分集合 A が、 X の元であることもありうる。 この場合には、記号 f(A) の意味は A を X の部分集合と考えるか X の元と 考えるかで違うので、気をつける必要がある。」 と書いていますが、本当は、 「X ∩ 2^X ≠ φ のときは、 X の部分集合 A が、 X の元であることもありうる。 この場合には、記号 f(A) の意味は A を X の部分集合と考えるか X の元と 考えるかで違う。ちょっと面白い話でしょ?」 ということではないでしょうか? 👀 Rock54: Caution(BBR-MD5:0be15ced7fbdb9fdb4d0ce1929c1b82f) ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
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