1976年6月27日パレスチナ・ゲリラ数人(リーダーはドイツ系)が
テルアビブ発エール・フランス機をハイジャックしてウガンダの
エンテベ空港に着陸した。そこで乗客たちを人質にとり監禁して
イスラエル政府に同志の釈放を要求するが、イスラエルは断固として
拒否。そして7月3日にイスラエルは対テロリスト特殊部隊を編成して
4000キロの彼方から救出部隊を空路派遣。作戦は少数の犠牲者を
出しただけで百人余りの人質救出に成功する事実のサクセスストーリー