(第一章)

ドライヤーのスイッチを切り、洗面所から部屋に戻ると、この日六回目の着信バイブがベッドを揺らしていた。
そんなことには気も留めず、小林由依は自宅用のポーチから化粧水と乳液を取り出した。
化粧水を顔につけてから、乳液の容器を逆さまにした。出なかった。
その間にもバイブは鳴り続け、由依の思考を邪魔していた。
「乳液、乳液…」と独り言で振動を打ち消しながら、物置のなかを探した。
白地に灰色の水玉模様がプリントされたクリスマスプレゼントが無造作に置いてあった。
黒いテープを解くと、新品の乳液が出てきた。去年のクリスマスプレゼントが今になって開封された。

乳液を塗り終えると、やっと由依は電話に出た。
「小林、ブログ書いたか?」
「あ、風呂入ってました。」
「おい、もう日付変わってるぞ。誕生日なんだからブログ書けよ」
「すいません。すぐやります」
「朝までには送って来いよ」
「はい」

電話の相手は、通称「GM」。メンバーのスケジュール管理や外部との交渉、その他諸々の雑用をこなす役割だ。
まあ、要はただのマネージャーだ。細かい性格だからマネージャーには向いているのだろうが、由依は嫌いだった。
人に催促されて仕事をするのは嫌だったし、
第一なぜ誕生日だからといってブログを書かなければならないのか分からなかった。
今頃、世間の人は台風に面食らっている。そんな状況で浮かれた文章など読みたくもないだろう。

由依は再びスマホを手に取り、携帯ゲームを始めた。
そのゲームに自分が出てくることに、まだ馴れなかった。自分のカードを見るたびにドキドキする。
織田奈那のカードを引き当てたところで、画面が止まった。
次第に画面が強く光り始め、由依は眩しさで気を失った。