宗教を否定する孤男 その2
前スレで出た結論(FAQ)
Q1.宗教の言うことは本当?
A1.ほぼ完全に全て嘘
Q2.神はいる?
A2.いない。いるというわずかな証拠すらない
Q3.この世界を作ったのは神?
A3.宇宙は138億年前に無から誕生した
Q4.人間や他の生物を作ったのは神?
A4.人間や他の生物は長い進化の過程で生まれた
Q5.宇宙はどうしてこんなにも絶妙に作られているの?
A5.人間原理とマルチバース理論がその答えを与える 神がいるという証拠は無いし、いないという証拠もない。
どちらとも言えないのにいないと断言するのは非科学的。 もう何年も前だけど、京大のカールベッカー
というアメリカの研究者が、臨死体験の研究で、
死後の世界は絶対にある、と言っていたけど、
ここの人はどう思う?
あと、ひろさちやが、
私達は死んだ瞬間にお浄土にいけるんです、
って言ってるけど、それはどう思う? 神を見たと言ってもそれが神だと絶対に証明出来ないからな >>3
FAQ読んだ?
>いるというわずかな証拠すらない >>4
>>3への回答と同じ
あるというわずか証拠すらない 悪人になると歪んだ顔になって
善人になるといい顔になるってこと自体
神がいて宗教的教えが正しいと言う証拠。 >>6
いるから神社とか沢山あるんだよ。
伊勢神宮とか維持するのにどれだけ経費かかってると思ってるんだ?
いないもののために国を上げて維持しねえよ。 >>11
いや、神道は日本オリジナルの宗教だから、
大事にするのは当然。
宗教は東大では思想文化にカテゴライズされて、
研究の対象。
しかしそのことと、神が存在することとは別。 わしらの見てるのはすべて幻想。宇宙に始まりも終わりもない。神しかいない。
わしらはすべて神の子だが自我をもって夢の世界を本当だと思うようになった。
で、修行や薬物によって自我が弱まると実相世界を垣間見る。これが、本来の姿。
科学は夢の中から夢を理解するようなもので不完全なものにならざるをえない。
クルト ゲーテルの不完全性定理を参照されたし。 >>6-7
そもそも>>2が連投キチガイの勝手な自問自答だからな
宗教も宇宙も科学も微塵も理解できていない感情論でしかないし 昔、自分が天皇陛下であると言い張る誇大妄想狂患者が精神病院に入院していた。
医者、「で、誰が君を天皇陛下と決めたんだね?」
患者、「それは神様です」
すると、となりのベットにいた男が、「俺はそんなこと決めた覚えはない」 宇宙についての新しい知見・情報はこうして毎日入ってくるのに
宗教についての新しい知見・情報がこうして毎日入ってこないのは
なにかがおかしいと思いませんか? 端的に言えば宇宙は無限
宇宙についての理解が人間の頭の範囲内に収まるという保証はない
だからこうして毎日のように新事実がもたらされる
宗教は有限
人間の脳が作り出した妄想に過ぎないのだから
宗教についての理解は人間の頭の範囲内に収まる
宗教についての知識はあらかた出尽くしているので
毎日のように新事実がもたらされるということはない この記事などは、タイトルを意図的に誤解に導く方向につけている
一流の科学者が「神の存在」を信じるワケ
https://rio2016.5ch.net/alone/
タイトルを英語にすれば明白
「一流の科学者」につく冠詞が不定冠詞か定冠詞か
数詞が単数系か複数系かでまったくことなる主張となるが
その当たりのところが日本語では曖昧にされていしまっている
記事をよく読めばわかるように、主張するところは
「ある一流の科学者はなぜ神を信じるか」
が文意に沿ったタイトルである
非常に悪質な記事、クリック数を稼ぎたいだけの記事であることを指摘しておきたい アドレスはこちらhttps://toyokeizai.net/articles/-/233870
記事では「神を信じる一流の科学者」として
ガリレオ、コペルニクス、ニュートン、ルメートルら挙げられているが
「神を信じなかった一流の科学者」がおそらくその数百倍はいるであろうことには全く触れられていない
科学に無知な人がよめば
「ナルホド、一流の科学者は神を信じてるんダナ」と誤解することはうけあいの紛らわしいタイトルである
編集者も編集者だが、編集者に頼まれてこのような詐欺記事を書く方も書く方である 「三田先生」の信仰がどれほど強固なものかは分からないなが
結局無神論者の疑問には答えられていない
神が存在するとして、じゃあその神をつくったのは誰か?という子供でも思いつく疑問だ
「神は物事の第一原因である」というならば、神を宇宙に置き換えても別に問題はない
宇宙は初めから存在した
神など持ち出す必要なないのである 死が迫るにつれ宗教に目覚めるのもお約束である
死が怖くなったか、あるいは大脳皮質が薄くなってきたのか
とにかく、歳を取るに伴いそれまで否定した神の存在を感じるようになるのは定型である
科学者ならばその当たりのことをデータを出しながら検証すればよかった "「ついに人間が宇宙のはじまりを、神を持ち出さずにすべて理解した。もはや神は必要ない」と考えることは、それこそ思考停止なのではないでしょうか。どこまでいっても、宇宙をすべて理解した、と言いきることは決してできないはずだからです。"
だそうだが
「宇宙をすべて理解した、と言いきることは決してできない」ことがなぜ神の存在へとつながるのだろうか?
論理が飛躍していませんか? しかしこの本、調べれば調べるほどタイトル詐欺だな
あれほど神はいないと主張してたホーキングの名前まで出してる
悪質 アマゾンのレビュー見て安心した
騙される人が多数というわけではないのだな
それがたとえ読書人に限られているとしても 自分のレスを良く見直して自問自答すると良いと思います 宗教自体は否定していいと思うけど、宗教から生まれる芸術に莫大な価値があるのは事実
最後の晩餐とかダビデ像とか他にもたくさんあるよね
よって長い目で見れば宗教が完全に無価値とは言い難い 宇宙は神より大きい
というのがぽこにゃんの意見だよ ぽこにゃん宗教を信じる人はコロナも信仰心で感染阻止できると思ってるか興味あるよ 病気の回復を神に祈る人たちだから、理屈ではそう願うことになるね 宗教を信じてるのは、そうなる実体験から来てるんですよ。
今までの人生を振り返ってみてそう言うのない人は、
単に救われてない人ってだけだよ。自慢できることではない。 【AFP=時事】地球外知的生命体の発見は人類史上最大の変革をもたらすだろうが、もし、それがすでに起きていたことを示唆する証拠を、科学者たちがこぞって無視すると決めたのだとしたら──? こんな前提に基づいた新著を、著名天文学者のアビ・ローブ氏(58)が出版した。(写真は太陽系外から飛来した初の天体「オウムアムア」の想像図。欧州宇宙機関公開)
〔写真特集〕「超常」現象ショー〜地獄の門、UFO、聖骸布〜
ローブ氏の主張によれば、2017年に太陽系を通過した天体「オウムアムア」の極めて珍しい特異性を最もシンプルかつ最適に説明できるのは、異星人の技術だという解釈だ。
ローブ氏は輝かしい経歴の持ち主だ。米ハーバード大学の天文学部長を務めた期間は歴代最長で、これまでに発表した先駆的な論文は数百本に上り、故スティーブン・ホーキング博士をはじめ偉大な科学者らと共同研究を行ってきた人物だけに、その主張を即座に退けるのは難しい。
「私たち(人類)が唯一無二の特権的な存在だと考えるのは、傲慢(ごうまん)だ」と、ローブ氏はAFPの動画インタビューに語った。「正しいアプローチは、謙遜してこう言うことだ。『私たちは特別な存在ではない。他にもたくさんの地球外文明があり、それを見つけさえすればいい』」
ローブ氏は新著「Extraterrestrial・ The First Sign of Intelligent Life Beyond Earth(地球外生命:地球以外の知的生命の初兆候)」の中で、オウムアムアは宇宙人の創造物だという説を展開している。
オウムアムアは、ハワイの言葉で「使者」を意味する。2017年10月、天文学者たちは超高速で移動する物体を観測した。その速度から、他星系から飛来したとしか考えられず、観測史上初めて太陽系外からの飛来天体と認定された。
だが、通常の岩石質天体ではないように見えた。というのも、オウムアムアは太陽の周辺で急激に軌道を変えて加速したのだ。彗星(すいせい)のようにガスやちりを放出していれば説明がつく動きだが、オウムアムアにガス噴出は確認できなかった。
また、この物体は奇妙な回転パターンを持っていることが、天体望遠鏡による観測で明るさが大きく変化することから推察された。明るさも非常に強く、明るい色の金属でできている可能性が考えられた。
こうした現象を説明するため、天文学者らは斬新な仮説を繰り出さざるを得なかった。ローブ氏は、「オウムアムアの特異性を説明するために考え出されたアイデアには、必ずこれまで見たことのないものが含まれている」と指摘。「それなら、なぜ造られたものだと考えてみないのか」と疑問を呈する。
■光の力で航行?
オウムアムアを間近にとらえた写真は存在しない。観測された特異性に適合する形状には、葉巻のような細長い形と、パンケーキのように平らで丸く薄い形があるが、ローブ氏はシミュレーション結果ではパンケーキ形が支持されていると指摘。恒星の光を受けて推進力を得るソーラーセイル(太陽帆)として、意図的に作られた物体だと考えている。
さらに、オウムアムアは太陽と遭遇するまで、近傍の恒星に対して「静止している」統計的にまれな状態だった。宇宙空間を高速で移動していたというより、むしろ「オウムアムアの視点」から見れば、われわれの太陽系がぶつかってきた格好だ。
「おそらく、オウムアムアは広大な宇宙にただようブイのようなものだった」とローブ氏は書いている。
天体物理学者イーサン・シーゲル氏は、米誌フォーブスへの寄稿でローブ氏を批判。「かつては尊敬を集めた科学者」だったが、自説で科学界を納得させることに失敗したため大衆に迎合するようになったと評した。
ローブ氏は、地動説を唱えて罰されたガリレオ・ガリレイと同じく、正説に疑義を呈した者を非難する学術界の「いじめ文化」だと抗議した。
暗黒物質(ダークマター)や多元的宇宙(マルチバース)の追究といった理論物理学の推論に比べれば、地球外生命の探索のほうがはるかに常識に近いとローブ氏は主張。天文学の新分野として、地球外生命体の生物学的・技術的な痕跡を探す「宇宙考古学」を提唱している。
「開発に100万年かかった技術の証拠が見つかれば、手っ取り早くそれらの技術を獲得して地球上で使えるようになる」とローブ氏。人類が気候変動から核紛争までさまざまな脅威に直面する中で、そうした発見が「同じチームの一員だという意識を私たちにもたらす」可能性があると言う。
「国家間で頻繁にやっているように戦うのではなく、協力し合うことができるかもしれない」とローブ氏は語った。【翻訳編集AFPBBNews】 44の言う通り。病気が治ろうと治るまいがどうでもいいんだよ。そんなのが本当の救いではない。 ブラックホールには情報が書き込まれているという話
ブラックホールを情報ストレージとして一人一個持ち歩ける未来が来るかもしれない?Useless Prototyping Studio第1弾プロトタイプ「Black Hole Recorder」完成
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000070527.html ブラックホールの中は別の宇宙になっているかもしれないという話(で、いいんだよね?)
「子宇宙」から生まれた原始ブラックホールがあるかも
https://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/11786_blackhole ことさらに宗教を否定したがる人は何らかの意味において宗教を肯定している
全くの無関心であればこのようなスレを立てる必要さえないんだよな 宗教を持たずして宗教を否定するはずがないからな
商売敵みたいなもんだろ
科学でもって宗教を否定してる奴は科学が信仰になってしまってることに気付いてないんだよなあ 科学的事実を信じるのは信仰とは違うでしょ
真偽が定かでない情報を鵜呑みにして盲目的に信じることを信仰と言うんだよ
正しいかどうかなんてどうでもよくてただ信じるか信じないかだけ
どの神を信じるか選んだらあとは盲目的になる、それが信仰 事実は事実はだから信じる必要はないが科学が真理にたどり着く為の最高のツールだとたぶん信じているだろう
その信仰、情熱があったから科学は猛烈に発展したのではないか 科学は信仰ではない
世界についての事実の集合が科学 西洋の科学者は科学を信じてるに違いないんだよ
現代科学に照応しない理論は便所の水と一緒に流れていってもらうしかないと、言うがこれなんか1神教以外の宗教は便所の水と一緒に流れていってもらうしかないと言う考えを置き換えてるだけだよな
つまり、宗教に対する信仰はなくなったが信仰の対象が宗教から科学へとずらされただけなんだよ >>58
ここで科学科学連呼してるやつは科学的事実を信じてるわけではないからな
再現性実験もなされてない仮説程度のモノも「科学的真実」と妄信してるだけだからね
そういう意味ではまさに真偽が定かでないものを無根拠に妄信しているといえる
それは信仰対象が論理明白に定義づけできる「信仰」とは別物 そもそも宗教を否定する対立項として科学(と当人が思い込んでいるもの)
を持ち出してる時点で頭がアレな人だからな・・・・ 盲信とは即ち信仰のことであり、信仰とは即ち盲信のことである 宗教を否定するぽこにゃんのおうちにも仏壇と神棚がありますのにゃ 複数の宇宙の全質量を1個のブラックホールに圧縮しそれが蒸発した後に、ポアンカレの回帰定理に従い再びブラックホールができる時間の近似値(宇宙論で使われた最大の数)-
10^{{10^{{10^{{10^{{10^{{1.1}}}}}}}}}}
だそうですにゃ
単位が日か年かマイクロ秒かわかりませんが、このくらいの大きさの数になるとそんなのは誤の範囲内っていうわけですにゃ
宇宙の時間はとてつも長いみたいですにゃ
どれくらい長いのかよくわからないくらい
宇宙が夢からインフレーションで誕生するまでの時間というのもこないだ見ましたけれど
かなり長かったにゃあ・・・ ぽこにゃん、多分クヌースのタワー表記よりもどんどん大きくなる数の表記法を考えていたんだよね
演算子 !!
a !! b = (((a!)!)!)..!)
!は式中にb個現れる
4↑4と4!!のどっちが大きいか
暇な人比べてみてください
ぽこにゃんアルコール入っているからやりません
Don't calculate when you're drunk. あー間違えた
アルコールのせい
a!!b は a!!aの略です
2!! = 2! = 2
3!! = (3!)! = 6! = 720
4!! = (4!) = (2880!) = 巨大な数
5!! = ? = もっと巨大な数 もっと多いな数を生成する演算子!!!
演算子 !!
a !! ! = (((a!)!)!)..!)
!は式中にa個現れる
1!!! = (1!)
2!!! = (2!)! = 2
3!!! = ((3!)!)! = (6!)! = 720!
4!!! = ((((4!)!)!)! = (((24!)!)!) = 巨大な数
うーん、一変数のアッカーマン関数とどっちが早く大きくなるだろう・・ 酔っているので>>74は取り消し
清書した版はこちら
もっと多いな数を生成する演算子!!!
演算子 !!!
a !!! = (((a!)!)..!)
!は式中にa個現れる
1!!! = (1!)
2!!! = (2!)! = 2
3!!! = ((3!)!)! = (6!)! = 720!
4!!! = ((((4!)!)!)! = (((24!)!)!) = 巨大な数
5!!! = (((((5!)!)!)!!) = ((((120!)!)!)!) = 超巨大な数
うーん、一変数のアッカーマン関数とどっちが早く大きくなるだろう・・ >>73は取り消しでお願いします
全部記憶から消去してくださいにゃ 飲んだら計算するな
ぽこにゃんの指導教官の友達が言ってましたにゃ ちなみに、24!の答えはぽこにゃんが普段使っている検索エンジン(DuckDuckGO)の答えは
6.20448401733e+23
だそうですにゃ
これの階乗のさらに階乗をとるとどれくらい大きな数になるのかよくわかりませんにゃ
とにかく、4!!!はとてつもなく大きな数になるみたいですにゃ 物理学の理論で必要とする数の上限をすでに4!!!は超えている気がしますにゃ 演算子!!!をぽこにゃん演算子と名付けよう
なぜ!!!は!が三つかというと、二つの演算子!!は既に数学で導入済みですからにゃ
3!! = 3 * 1
4!! = 4 * 2 * 1
5!! = 5 * 3 * 1
6!! = 6 * 4 * 2 *1
要するに、2ずつ減らして1になるまで乗算しろという演算子ですにゃ
多分、!!!という演算子は広く一般に普及してないと思われますにゃ 予想1:
ぽこにゃん演算子!!!はクヌースのタワー演算子a↑↑aより早く発散する これをぽこにゃん予想と名付けよう
多分証明は簡単にゃん
ククク、ぽこにゃん偉大な計算機科学者クヌースが考えた表記法よりも早く発散する簡便な表記表を発明したよ 巨大な数は、宇宙を論じる上では避けて通れない数なんですにゃ
ただ、巨大すぎてどれくらい大きかったり広かったりするのかわからない
ぽこにゃん渾身の名スレである前スレでは
何もかもが地球と同じ「クローン地球」がある宇宙までの距離を
10^(10^122) x 138億光年
と見積もりましたにゃ
そこではあなたや私と同じ人間がいまこの文章と全く同じ文章を書いたり読んだりしていますのにゃ
10^(10^122) x 138億光年 というのがどれくらの距離なのか、人間に与えられた直観では良くわかりませんが
宇宙論ではそのような巨大な数が頻繁に出てくるのですにゃ
だから巨大な数についてこのスレで扱っておくべきだとぽこにゃんは思いましたのにゃ あー>>75に一箇所ミスみつけた
めんどくさいから訂正はしない Google は24!の答えを返さないにゃんねえ・・・
人生、生命、すべての答え はちゃんと42と返すのにねえ・・・
ぽこにゃん予想2;
Googleは10年以内に破産する a!!!! = ((a)!)!..!)
!はa!個出現する
という演算子を考えたよ
実用性は皆無だと思うけど、とにかく巨大な数であることは間違いない
2!!!! = 2!! = 2
3!!!! = 3!!!!!! = 計算する気にもならない巨大な数 うーんでも微分積分で出てくる「無限大(無現象)」という概念(数ではない)はこれより大きいらしいのにゃん
大きすぎて(小さすぎて)よくわからない概念にゃん
超準解析という分野ではこれらの概念にきちんとした数学的定義を与えているそうらしいにゃんけど
面倒臭くて勉強する気にならないにゃん 3!!!!と4!!!のどっちが大きいか暇な人は手を動かしてみてください 酔っているけどたぶん3!!!!の方が(圧倒的に)大きい KAZUYAチャンネルのカズヤさん
あの人に出馬して欲しい 4!!!! = 4!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ちゃんと!を24個打ったか不安になりますにゃ
右辺の数はどのくらい大きいのか不安になるレベルの数ですにゃ いやもう{5!!!!}とか{6!!!!}とかは正確に表記するのもの不安になるレベルの数ですにゃ 直感的にはタワー表記5↑↑5とか6↑↑6とかよりもどんどん大きくなりそうですねえ・・・
だれか証明してみてくださないな ぽこにゃんが好きな女とやれない人生の関数とかあんのかな ぽこにゃん酔った頭で自分のレスを見直したけど
恥ずかしくなるくらいのケアレスミスの連続で
顔が赤くなったよ
巨大数についてのぽこにゃんのレスは全部無視でお願いします
でも、ぽこにゃん予想1>>82は多分真であると思いますのにゃ >>100
いないと思いますにゃ
「いるという意見の背後にあるこの宇宙の奇跡性」についてはマルチバース理論で説明できますのにゃ
詳しくは前スレを読んでみてくださいにゃ >>98
ぽこにゃん魅力的な娘と同じ空気を吸えるだけで満足 宇宙がいつか滅びるならなぜ進歩する意味があるのか
https://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~isobe/etc/etc/120614-showa.html カール・セーガンが「真剣に調べてみる価値のある問題」の一つとして、生まれ変わりの問題があるんだけど
これは科学的に説明がついたのかなあ
検索してもオカルトっぽい本しか出てこないにゃん あったら大発見だし、なかったらなかったでこの人生を楽しむにゃん 俺は生まれ変わりは多分無いと思っている
例えば千の風になってという歌があるが風は最初から風だと思う
何かが風に変わったわけではないと感じる
まああの歌は比喩としてそう言っているだけなのかもしれないが ないとは思うんだけど、どう考えても生まれ変わりとしか思えない事例がいくつかあるらしいのにゃんね
多分色々な分野の学問を継ぎ足して説明出きるんだろうけど、今のところ生まれ変わり説が一番手っ取り早いみたいなのにゃんねえ 「こころ」「意識」そう言うものがなぜ発生するのか、
今の科学では全くわからない。
今のブームのAIも意識があるわけでは無い。
今の技術では心みたいなものを生み出せない。
「全く」ね。 セーガンがあげてたその他の問題はたしか、テレパシーはあるかと、意識が乱数発生器に影響を与えるか、だったと思う 意識はそれが何なのか今のところ科学の言葉で記述できていない
確かに存在するのに客観的な証明が難しい変な存在、それが意識
とはいえ、石ころや水に意識があるとは思えないので、意識は生命に付随して起こる現象とみても間違いない
おそらく高度な脳がなければ意識は発生しないのではないだろうか
蜘蛛やアリに意識はあるか?多分あると思う
脳は物質である以上物理法則に従う
したがって意識も究極的には科学で解明可能だと言うのが科学者の一般的な信念だと思う AIってI要するに統計らしいにゃんね
ぽこにゃん暇だから勉強して見ようかなあ >>111
遺伝子レベルでの記憶ってのがあると思う
それが何かの加減で、何代も前のとある先祖のが出てきたりすることとかがあるような
別に生まれ変わりってもんじゃあない
ただ人間は何代も何百代も何万代も続いているんだ ぽこにゃん記憶はある程度複雑な構造に付随する機能だと思っているよ
ある程度複雑な構造というのは脳を念頭に置いてるにゃん
DNAでは単純すぎておそらく記憶という機能を実現できないと思ってるよ でもそうすると微生物とかは記憶という機能なしで進化の競争に勝って来たことになるんだよにゃ
もしかしたら脳無しでも記憶は可能なのかもしれないにゃ 894 :名前は誰も知らない[]:2021/02/04(木) 10:54:57.53 ID:1UtaQc73
病院行ったら自立支援勧められた
ふぉれじん状態だ
31 :名前は誰も知らない[sage]:2021/02/04(木) 18:10:15.49 ID:1UtaQc73
東北うんこ大学うんこ学部
43 :名前は誰も知らない[sage]:2021/02/04(木) 18:37:11.38 ID:1UtaQc73
ぽこにゃん変わったお薬に期待
うんこ大学なる人物=ぽこにゃんという鬱爺
ってのもとっくにバレてるんだよなあ このスレ高度過ぎて多分ぽこにゃん以外に理解できてる人いないだろうにゃあ・・・ ぽこにゃん、パスカルの賭けについての反論も思い付いたよ
パスカルは、君は賭けるべきだと言う
なぜなら、神が存在した場合、その利益は無限大だから、利益も無限大になる、だから君は神がいる方に賭けるべきだと言うにゃ
ぽこにゃんが考えた反論は次のようになるにゃ
それが神であるという保証がどこにある?
君を地獄に叩き落とす、利益が負の無限大の悪魔である可能性もあるではないかと 宗教って安上がりにゃんよねえ
聖書にしてもクルアーンにしても🌎の全てが、従うべき行動規範があの小さな紙の束、有限の言葉に集約されているにゃん
現実、もしくは真実の世界は無限に複雑にゃん
それがどうしてあるのか、どういう規則に従って運行されているかもほとんどわかっていない世界にゃん
信仰って安上がりなのにゃん
心理的にも経済的にもこんなに安上がりで人をだます存在ってないのにゃ 言葉の上っ面や盲信なら安上がりだけど、内容を真に理解して実践するのは大変なのでは
偉い経営者なんかも論語が好きな人が多いみたいだよ
宗教を旧約聖書的な外側の神のご機嫌取りって捉え方は、人類がまだ幼稚な時代の他罰的な思想なんじゃないかな
なんじ殺すなかれとか、盗むなかれとか、そういうレベル
宗教や神的なものを心の内側の道徳律と捉えたほうがいい気がする
カントはそういう解釈をしているようだ インターネットがどういう複雑な原理やテクノロジーで動いているか分かってなくても、
正しく使える人もいるし(有益な情報を共有するとか、仕事を作るとか)、
間違った使い方の人もいる(お金を吸い取られてるだけとか、うっぷん晴らしの誹謗中傷に使ってるとか)
従うべき行動規範は小さな紙の束でも、正しく使おうという本人の意思があれば可能だと思う
逆にどんなにネットやパソコンの原理に詳しくなっても、正しく使えない人はいる 宗教の大切な要素は個人存在の自律的な倫理学だと思う
それ以外の人権意識に反する宗教権威(ナントカ神や教祖や法王が偉い)や、経済的に過度の負担を与える儀礼(大乗仏教の葬儀、神社の厄払い祈祷など)
は現代人には不要というか有害になっている この世に真の堅固な満足はなく、われわれのあらゆる楽しみはむなしいものにすぎず、
不幸は無限にあり、そしてついに、死が、われわれを永遠に、あるいは無とされ、あるいは不幸になるという、
恐ろしい必然の中へ置かれるのであることは、理解できるはずである。
これ以上現実であり、これ以上恐ろしいことはない。
したい放題の強がりをするがいい。 このことについてよく考えてもらいたい。
そして、この世においては来世を望む以外に幸福はなく、
それについて何の光も持っていない人々にとっては何の幸福も存在しないということを、
疑う余地があるかどうか考えてみて欲しい。 したがって、疑いながらも、求めない人は、全くの不幸であると同時に全く不正である。
しかも、その人がそれに満足し、それを公言し、それを得意がり、それを誇りとしているのだったら、
私はこんな度外れた手合いを形容する言葉を持ち合わせていない。
パスカル >>130
まず、聖書も論語も作者不詳にゃん
孔子やイエスの言葉をそのものを伝えているかかなり疑問符がつくにゃん
日本人が好きな般若心経も作者は名前を明かしていないにゃん
5ch の便所の落書きと同じ匿名の寝言と言えないこともないにゃん
神なしで道徳律は十分可能だし、ドーキンスは場所と時代、民族や人種性別
を問わない新・十戒を提唱してにゃん
宗教なしで倫理はなりたたないと思うのはそれこそ宗教漬けになった人間の思い込みで、人間は宗教なしでも十分倫理的に振る舞うことが可能にゃん
進化的に、人類の大多数は何が倫理的か知っているし、また倫理的に振る舞うよう生まれついているにゃん
むしろ、宗教こそが人間を非倫理的な行動に駆り立てるものではないかと言う疑いさえあるにゃ >>137
そうだね
だからカントは道徳哲学の中でまず倫理を納得させて、それから宗教(旧約・新約聖書)を教えたほうがいいと主張している。
先に宗教から倫理を引き出すと、「神を恐れるからそれに従う」といった偽善的な倫理観に陥りやすいからだそう。
道徳は自律的でないといけない。
たとえば5chでも安易な罵倒に走らずきちんと会話をしようとしている人は、そこに自律的な倫理観を持っているといえる。
宗教はすぐに堕落して他罰的、権威的、迷信的な方向に向かってしまいがちだから、人々を非倫理的な行動に駆り立てることも多いね。
それはその宗教の支配者の利己的な思惑があることが大半であると思う。
ただ、その点は経済でも政治でも科学でも医療でもマスメディアでも同じでは?
どういう価値観が国家の要になっても、非倫理的な方向に進んで行くよね。
人類の大多数が何が倫理的か知っていて、そう振る舞えるなら、わかりやすい犯罪を抜きにしても、
戦争や差別や経済的搾取や動物実験や環境破壊や食品の汚染・産地偽装やネットの誹謗中傷などが
こんなに多いのはおかしいと思う。 ジョン・ロックによれば、人は倫理的に進化するどころか、文明的な国家になるほど堕落していると指摘している。
小さな集団のころには土地があり余っていて、生産も消費も限られていたからみんなが平等だった。
そこに腐敗せずに個人の消費をはるかに超えた蓄積が可能な貨幣というものが現れてから、
土地や富の限りのない奪取などが行われるようになって、不平等で権力や策略が支配する社会になったそうだ。 定性分析と定量分析、化学理論を系統立てて教えられた化学者から生まれた
合成樹脂が地球の生態系を破壊し尽している
海に漂うプラスチックのごみ
https://www.youtube.com/watch?v=GqXIAQT5qqE 海洋プラスチックごみの問題は、日本にとっても他人事ではない
2018年、神奈川県の由比ガ浜に打ち上げられたシロナガスクジラの胃の中からプラスチックごみが出てくる
グンター・パウリ
「マイクロプラスチックが、生態系を脅かしている」
マイクロプラスチック
肉眼では見えづらいほど小さな粒で、海の中を大量に漂っている
その全貌には、まだ、誰もたどりつけていない プラスチックとは、貴重な資源である石油が、科学の力によって次々と姿を変え、ペレットと呼ばれる米粒状になります。
ペレットを成形加工することによって、プラスチック製品が生まれます。
まるで進化するように、自由自在に姿を変えていく不思議な素材・プラスチック。 プラスチック汚染の脅威
https://www.youtube.com/watch?v=QhQOBWV9is4
深海から北極まで至る所に広がるプラスチック。
中でも5ミリメートル以下に砕けたマイクロプラスチックは、生態系への影響が懸念されている。
海だけではなく、大気中にも拡散、人間も吸い込んでいる。
マイクロプラスチックが食物連鎖に取り込まれると生物を中から攻撃する。
1マイクロメートルを切るようなナノプラスチックは、小腸などを通じて血液の中に入ると考えられている。 ナビゲーターは注目の若手俳優、森七菜さん。
最先端の技術を駆使した特殊撮影で、科学が生み出した未来のディストピアに降り立ちます。
そこで目にする、想像を絶する地獄となった地球とはどんなものしょうか。 影響の事例として、マイクロプラスチックがサンゴに取り込まれると、共生関係にある植物プランクトンが減り、その共生関係が崩れてしまうことが報告されている。 今、世界の海洋には1億5,000万トンものプラスチックが存在し、毎年、多いときには1,000万トンも流出している
もはや、待ったなしの状態である 宗教に拒絶反応示す奴って宗教の何を知ってるというのか >>147
ばばあは宗教にはまって1000万くらい浪費
じじいとばばあの葬儀仏壇なんかで500万くらい浪費
母親はジジイとババアの読経だけで150万浪費
こんどは納骨堂の維持に200万払えとか来てる
何が宗教だよ許せんわ
48◆ZwHT59PgJQLZ 2021/10/07(木)
日本の仏教は完全に腐敗してるからにゃんねえ
そもそもが、大乗仏教非仏説といって、釈迦が説いたとされるオリジナルの教説とはむかんけいの新興宗教だからにゃんねえ
49名前は誰も知らない2021/10/07(木)
そもそも原始仏教では服は糞掃衣(ふんぞうえ)という、そのへんに落ちてるボロ切れしか
着てはいけないルールがある
食べ物は午前しか食べちゃないという決まりもある
金ぴかの仏壇を数百万かけて買って、死人に読経しろなんて釈迦も竜樹も言ってない 神が実在か不明 ただヒトは「神」や「敵」を共同幻想(後者は実在だが)をもちたい生き物
選民思想&一体感をもちたい生き物 と思う 幻想にすがる時点でバカで無進歩だ >>120 記憶は脳へ
ウロだが 記憶=コイツは敵だ、病原ウィルス菌虫だ は遺伝する、という研究結果も
細胞単位で記憶ツールあるんじゃ >AIてようは統計
なるほど 精確度がクソたかい、ていみかな >>148
特定の宗教団体を取り上げて宗教の全てを語るのはいかがなものかな
中には禍々しい教団もあるだろうが 宗教団体なんて千差万別だからね
オウム真理教や統一教会といった一部のカルトだけを見て宗教は全て悪だと決めつけない方がいい 集団をコントロールするには宗教がもってこいだからな 宗教アレルギーの人って反社会的な活動をしている一部の新興宗教しか見てないんよね そもそもが崇める神を創造したのも人間だしな、人間が神なんだよ。 人は弱きものなり。ゆえに目に見えぬものの存在にすがらんとする。
それゆえ自分を見失い、よからぬ者に惑わされ、あちらこちらとさまよい歩きし者あり。
間違うなかれ。
神は等しく皆々に光を照らされん。
人の迷いし心の隙間に金目当てで、神を隠れ蓑にする者、多くあり。
魂を浄化するは人間の修行。そを助けはいたすが、自身の手で浄化、修行するもの。
我、助かりたいと、安易な思いでよからぬ者に惑わされるなかれ。 どの神を祀りてもかまわぬが、大切なことは心を正し、言葉を正し、素直な心で神を求め感謝を捧ぐる事なり。
たとえ札無きても、神棚無きても、神に通ずる真摯な心あればそれ良い。
形式や金額にこだわるなかれ。
神はえこひいきをせぬ。人はみな生かさるるものなり。 本当に宗教を否定するなら先祖の眠るお墓があることすら許せなくなるはずだよ 宗教を否定する人は
いわゆる宗教以外の何かを宗教として崇めている
それだけの話 聞きなさい、多くの宗教は商人の集まりである
また例えば、次のような人々もやはり商人である
思い罪を犯さないように身を慎み、神の栄光のために、例えば断食、祈祷、聖地巡り、寄付
そのほか善きことをなんでもなす人
このような行為とひきかえに気に入るものを神が与えてくれるであろうとか、
その代償に私の気に入ることをしてくれるはずだと考えている限り、
これらの人々はみな商人である 彼らはほかのもの得るために、あるものを与えようとしているのであり
こういった行為で神と取り引きをしようとしているからである
このような取り引きをしている限り、小さな不思議を体験はできても
けっきょく彼らは期待を裏切られることになる もし神が私たちに何かを与え、何かをなしたとしたら
それは神が自由な意志で無償でなしたからにほかならない
このように神と取り引きをしようとする人々は
実に愚かである 光と闇は両立しえない
神はみずから真理であり光である
光が現れると永劫の時間に続いた闇も
一瞬で消え去るように
真理が認識されると商人は立ち去り
そして真理はいかなる取り引きも求めることはない
神は自分自身のものを決して求めない
すべての行為にあって神は縛られずに自由であり
真の愛から働くのある あなたはこの真理から、あなたの行為のすべてを
なぜという問いなしになさなければならない
あなたが、あなたの行為を天国のためとか、神のためとか、あなたの永遠なる浄福のためとか
つまりは外に立てたものからなす限り、あなたは決して正しくない たしかに人はあなたを、敬虔だとか信仰深いとか、特別な魂だとか、認めてくれるであろうが
しかしそれが最善なことではない
なぜならば、敬虔な祈り、甘美な法悦、あるいは特別な神の恩寵の内にあるほうが
信号機の下や、台所の前に立つよりも多くのものを得ることができる
などと思い違いをするならば
あたかも、神をとらえ、その頭に覆いをかぶせて
物置の中に押し込めてしまうようなものだからである なぜなら、神を「ある方法」によって探す人は
その「方法」を手に入れるだけで
その方法の内に隠れる神をとらえることがない
しかし神を、いかなる方法もなしに探す人は
神をあるがままの姿でつかむのである 反社会的活動を行うカルト教団に拒絶反応を示してるだけ
お前らが天台宗や真言宗を否定する理由があるか? >>161
そうかなあ
死者を弔う気持ちと宗教は不可分のように見えて、実は別物だと思うよ
ぽこにゃんも別に墓をなくせとは言ってないにゃん
自分の墓はいらないけど、先祖が必要と思って作った墓の存続については先祖の遺志を尊重するつもりだよ
別にあの世とか霊を信じてるわけじゃないにゃん >>162
別に崇めてないにゃん
科学はいつ誰がどの時代に行っても同じ答えを出すにゃん
だから信頼してるだけにゃん
宗教がよりどころとしているのは、どこの馬の骨ともしれない誰かがこうおっしゃった、だから信ぜよ、それだけにゃん >>171
宗教は妄想だから、一般的に言って信じる人に害悪をなすのにゃん
そりゃ例外はいるかもしれないよ
でも基本的にはガイドク
だってなんの根拠もない、開祖や始祖がこう考えたという妄想のより集めなんだから
麻薬と同じにゃん
例外はあるかもしれないが、大多数の人にとっては害毒
科学のことを反対に考えてほしいにゃ
この世界についての事実の集合である科学の知識は、万人にとっての良薬にゃん
だって真理なんだから
紛れもない事実なんだから
それを知って害を被るということはおよそ考えられないのにゃ(ФωФ) 神学は詭弁
大与太
法螺
嘘つきのイカサマ
元々が事実に反する「神が存在する」という前提に作られた理屈なんだから、どんな奇矯な結論が飛び出してきてもおかしくはない
それに飛び付き利用しようとする人間の浅ましさと来たらもう言語を絶する
具体的には佐藤優 幸運というようなものは存在しません。法則の働きがあるのみです。
宇宙においては、すべての出来事は原因と結果の関係で生じているのです。 すなわち親切・寛容・同情・奉仕の行為が自動的にそれ相応の結果をもたらして霊性を高め、
反対に利己主義・罪悪・不寛容の精神は自動的に霊性を下げます。
この法則は変えようにも変えられないのです。
みっともない執行猶予も安価な赦免もありません。 人生は死後もなお続くのです。
永遠に続くのです。
その永遠の旅路の中で人間は内在している能力、地上で発揮し得なかった才能を発揮するチャンスが与えられ、
同時に、他人への迷惑も考えずに横柄に生きた人間には、
その悪業の償いをするチャンスが与えられます。 薬物中毒患者など、いかなる種類のものであれ、安易な手段、手っ取り早い方法で幸せを求めようとする堕落者を扱うのも、私たちの仕事なのです。
幸せに近道はありません。
正しい手段で、しかも努力の積み重ねによって身につけないといけません。
もしも努力も葛藤もなしに得られるものだったら、それは初めから手に入れる価値のないものです。 人間はロボットではありません。
一定の枠組みの中での自由意志が与えられているのです。
しかし決断は自分で下さなければなりません。
摂理に叶った生き方をしている人は、大自然から、そして宇宙から、良い報いを受けます。 祈りは叶えられるものでしょうか
「叶えられる時もあります。祈りの中身と動機次第です。
人間はとかく、そんな要求を叶えてあげたら本人の進歩の妨げになる、あるいは人生観をぶち壊してしまいかねない祈りをします。
祈るということは、自分自身の波長を高めて、少しでも高い界層との霊的な交わりを求める行為です」
シルバーバーチの霊訓 仮にここに宗教など無縁だと言う人がいるとしましょう。
神に頭を下げようとしません。
しかし性格は正直で、人のためになることを進んで行い、弱い者に味方し、打ちひしがれた人々の身になって考え、困った人を援助しようと心がけます。
もう一人は見たところ実に信心深い人です。
あらゆる教義、あらゆる教説を受け入れ、信仰上の礼儀作法には口やかましく気を使います。
しかし心の奥に慈悲心は無く、生活の中において何ら人のためになることをしません。
前者の方が後者よりはるかに宗教的人物と言えます。 地上の人間は肩書きやラベルや名称を崇めるのがお好きです。
が、クリスチャンを名のろうと無神論者を名のろうと、何の違いもありません。
大切なのは実生活において何をするかです。 もう一つ別の摂理をお教えしましょう。
代価を払わずして価値あるものを手に入れることはできないということです。
また、この世的な富を蓄積しているとそれなりの代価を支払わされます。
つまり地上的なものに心を奪われて、その分だけ霊としての義務を怠れば、地上的な富は増えても、こちらの世界へ来てみると自分がいかにみすぼらしいかを思い知らされることになります。 蒔いたタネが実りをもたらすのです。
タネは正直です。
トマトのタネを蒔いてレタスができることはありません。
利己主義のタネを蒔いた人は利己主義の結果を刈り取らねばなりません。
罪を犯した人はその罪の結果を刈り取らねばなりません。
寛容性のない人、かたくなな人、利己的な人は不寛容と頑固と利己主義の結果を刈り取らねばなりません。 生活は行為だけで成り立っているのではありません。
口にすること、心に思うことによっても成り立っております。
行為さえ立派であれば良いというものではありません。
むろん行為が一ばん大切です。
しかし口をついて出る言葉、心に思うこともあなたの一部です。 人間は戦争が起きると“なぜ神は戦争が起きないようにしてくれないのか!”と言って
私たちを批難します。
しかし神の摂理をみずから無視しているかぎり、その責任は人間自身にあります。
自分の行為による結果だけは避けようとする、そういうムシのいい考えは許されません。
蒔いたタネは自分で刈り取らねばなりません。 高慢、嫉妬、怨恨、貪欲、悪意
こうしたものが実れば当然のことながら戦争、不運、仲たがいとなります。
個人であろうと、民族全体であろうと
摂理に反したことをすれば必ずそれなりのツケがまわってきます。 悪も進化の過程の一翼を担っております。
改善と成長 ー
絶え間なく向上せんとする過程の一つなのです。
人間にとって悪に思え苦痛に思えるものも進化の計画に組み込まれた要素なのです。
痛みがなければ健康に注意させる警告がないことになります。
暗闇がなければ光もありません。
悪がなければ善もありません。
地上にもし悪が存在しなければ、何を基準に善を判断するのでしょうか。
改めるべき間違い、闘うべき不正が存在しなければ、人間はどうやって成長するのでしょう。 地上に苦難がなければ人間は正していくべきものへ注意を向けることができません。
痛みや苦しみや邪悪が存在するのは、人間がそれを克服していく方法を学ぶためです。 たった一人の人の悲しみを慰め、たった一人の人の病気を治し、たった一人の人に真の自我に目覚めさせてあげることができたら、それだけあなたの全人生が無駄でなかったことになります。
シルバーバーチの霊訓 悲しむ人々を慰め、病の人を癒し、懐疑と当惑の念に苦しめられている人々に確信を与え、助けを必要としている人すべてに手を差しのべてあげることです。
儀式よりも生活の方が大切です。
宗教とは儀式ではありません。
人のために役立つことをすることです。
本末を転倒してはいけません。 いかなる方法でもよいのです。
相手が誰であってもよいのです。
どこであってもよいのです。
倒れた人に手を貸して起き上がらせ、衰弱した人に力を与え、暗闇に迷う人に光明をもたらし、飢えに苦しむ人に食べものを与え、
寝る場所とて見出せない人に安眠の場を提供してあげるという、その行為が大切です。 宗教には“古い”ということだけで引き継がれてきたものが多すぎます。
その大半が宗教の本質とは何の関係もないものばかりだということです。
私自身としては、幼児期を過ぎれば誰しも幼稚な遊び道具はかたづけるものだという考えです。 形式への盲従が度を越しています。因襲を大切にしすぎます。
私にとって宗教はたった一つしかありません。
人のために自分を役立てるということです。 ラベルはどうでもよいのです。
形式はどうでもよいのです。
口先だけの文句はどうでもよいのです。
大切なのは“行い”です。
つまり各自の毎日の生活そのものです。
私は因果律という絶対的な摂理を説きます。
つまり誰一人としてその神の摂理のウラをかくことはできないのです。
ごまかすことはできないのです。
自分が自分の救い主であり、あがない主であり、自分の過ちには自分が罰を受け、善行に対する報酬も自分が受けると説くのです。 宗教というと何かお決まりの儀式のことを思い浮かべ、“聖典”と呼ばれるものを読み上げることと考え、讃美歌をうたい、特別の衣装を着ることだと思うようになりました。
人のために役立つ行為、自分より恵まれない人へ手を差しのべること、弱き者へ力を貸してあげること、多くの重荷に喘ぐ人の荷を一つでも持ってあげること、こうした行為こそが私たちの説く宗教です。 私は時おり多くの人間の祈りに耳を傾けることがあります。
そしていつもこう思うのです。
もしも神がそのすべてを叶えてあげたら、ゆくゆくはあなた方にとって決してうれしくない結果をもたらすであろう、と。 世間でいう“成功者”になるかならないかはどうでもよいことです。
この世的な成功によって手に入れたものは、そのうちあっさりと価値を失ってしまいます。
大切なのは自分に対して誠実であること、良心の命令に素直に従えることです。
それさえできれば、世間がどう見ようと、自分は自分としての最善を尽くしたのだという信念が湧いてきます。
そして、いよいよ地上生活に別れを告げる時が来たとき、死後に待ちうける生活への備えが十分にできているという自信をもって、平然として死を迎えることができます。 地上生活が利己的すぎたために死後もあい変わらず物質界につながれている人(地縛霊)がいますが、それは少数派に属します。
大部分の人にとって死は牢からの解放です。
潜在的能力を発揮するチャンス、地上でなし得なかった仕事をするチャンス、かつては考えられなかったほど生気はつらつとした生活ができるチャンスを得ます。
シルバーバーチの霊訓 指導霊といえども完全ではありません。
誤りを犯すことがあります。絶対に誤りを犯さないのは大霊のみです。
私たちも皆さんと少しも変わらない人間的存在であり、誤りも犯します。
ですから私は、霊の述べたものでも、すぐに鵜呑みにせず、かならず理性によってよく吟味しなさいと申し上げているのです。 死んで霊界へ来た人は地上にいた時と少しも変わりません。
肉体を棄てた。ただそれだけのことです。
個性は少しも変わりません。
性格はまったくいっしょです。
習性も特性も性癖も個性も地上時代そのままです。
利己的な人はあい変わらず利己的です。
どん欲な人はあい変わらずどん欲です。
無知な人はあい変わらず無知のままです。
悩みを抱いていた人はあい変わらず悩んでいます。 何かを冷笑してる奴らばかり
そんな道徳的な退廃時代にもっと
良心的な人間が増えるといいけどね 人間は多分多分道徳的にどんどん進化(前方向)してるにゃ
千年前の人間より現代の人間の方が圧倒的に道徳的だと思うよ 釈迦って多分、キリストと違って実在しなかったんじゃないかにゃあ >>213
実在したかどうかに拘っているようだが、もし仮に釈迦が実在しなかったとしても仏教の価値を貶める要因にはならない そうかな?
仏典は基本的に釈迦はこう言った、こんなこんなことをしたという構成
釈迦がそもそも存在しなかったとしたら、仏教は一番基本のところから嘘をついていることになるにゃ
詐欺師のトークって、それがどんなにもっともらしくても、信用しちゃいけないんじゃないかなあ普通に考えて 仏典が価値を持つための前提は、人類の歴史上最も完全な人格(ついでに今後も)である釈迦の教え、というところにあるんだから、その釈迦が実在しなかったってことは、前提が嘘だったということにゃん
いや、本当に実在しなかったどうかは知らないけどさ
キリストはまず間違いなく実在したというのが考古学者のおおよそ一致した見解
でも釈迦に関しては実在の研究は行われてないんじゃないのかにゃ
そんなあやふやなものによく人生預けようと思うにゃー 別に仏教を貶めたいわけじゃないよ
初期の頃の原典と思われるものには、人間の生き方として正しい、普遍的でまともなことが書いてあると思うにゃん 知ってると思うけど現存する仏教経典は釈迦本人が書き記したものではない
後世の人が口伝により伝わったものを書き記したものだ
だからといって今日に伝わる仏教経典の価値がないことにはならないだろ? いやだから、内容そのものの真実性に疑問があると言ってるにゃ
口伝か本人が書いたものかは関係ないにゃ
これが釈迦の教えである、お仏典には書いてけど、そもそも釈迦は実在していなかったとしたら、その内容は全くの出鱈目、信じてよいのかかなり疑問符がつく、というごく常識的なことをぽこにゃんは言っているのにゃ >>222
釈迦が実在しなかったとする
じゃあ仏教経典は釈迦ではない何者かの教えということになる
その経典に説かれた教えが素晴らしく、後世に語り継がれる内容なら何の問題がある? ぜんぶ人間が考えたり信じたりビビってるだけのこと
それを信じて幸せになった気になるのは個人の自由
それを他人に押し付けるのは迷惑行為 例えばキリストは磔にされて死んだ後、三日後に復活したとされる
この完全なお伽噺を信じられるなら釈尊の実在だって信じられるだろう 水の上を歩いたとか、盲人を目が見えるようにしたとかいう眉唾の話さえなければ聖書には良い言葉が載ってるけどな 人はなぜ神という、ありそうもないものを信じるのか?物事は、宗教が絡むとフリーパスになることがままあるが、なぜ宗教だけが特別扱いをされるのか?「私は無神論者である」と公言することがはばかられる、たとえば現在のアメリカ社会のあり方は、おかしくはないのか…『利己的な遺伝子』の著者で、科学啓蒙にも精力的に携わっている著者は、かねてから宗教への違和感を公言していたが、9・11の「テロ」の悲劇をきっかけに、このテーマについて1冊本を書かずにはいられなくなった。「もう宗教はいいじゃないか」と。著者は科学者の立場から、あくまで論理的に考察を重ねながら、神を信仰することについてあらゆる方向から鋭い批判を加えていく。宗教が社会へ及ぼす実害のあることを訴えるために。神の存在という「仮説」を粉砕するために。―古くは創造論者、昨今ではインテリジェント・デザインを自称する、進化論を学校で教えることに反対する聖書原理主義勢力の伸張など、非合理をよしとする風潮は根強い。あえて反迷信、反・非合理主義の立場を貫き通す著者の、畳みかけるような舌鋒が冴える、発売されるや全米ベストセラーとなった超話題作。
神は妄想である―宗教との決別
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784152088260
面白いから読んでみてね
(ФωФ) 悪人として生きたい奴は宗教は要らないんだと思う。
そうではなく、何が善かを知りたい人には宗教が必要。
宗教無しで倫理は定義できないからね。 人に「善行」を押し付けられるのを拒否するには
それは僕の信仰の教えには無いと言える「自分の信仰」が必要。 >>237
現代に再現して見せりゃ信者も増えそうなもんだが何を考えてもったいぶってんだろうね神さまってやつは あ、一生に一回しか使えない特殊能力なのかもしれん
だとするとだいぶ早めに使っちゃったもんだな 【悲報】ロシア国営メディア「核戦争でみんな死ぬかもしれないが、我々は天国に行ける」 [115996789]
https://greta.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1651137855/
(ФωФ)宗教はこれほどまでに危険 (ФωФ)とても人類が別の惑星に移住できるまで文明が持つとは思えない
核兵器を発明してからまだ100年も経ってないのにこのザマ 人生の義務から逃げ出し
精神世界や宗教団体に行く者は
肉体がなくなって霊となった後も
スピリチュアルをいばる道具や理屈として
地上の人間にちょっかいをかける
肉体があった時は相手にもされないであろう人間にも
神、世界平和、教祖などの権威に寄生して
あの手この手でいばろうとしてくる
救世の大霊団とか守護の神霊とか言うけれど
その実態はただのスピ好き変人と同じ人間性の者も多い
(肉体がなくなって霊となっただけ)
死んだ後も宗教団体などの権威を使って
ろくでもない言動ばかりおこなう霊となる迷惑存在
とにかく霊になったとたん
みんな人間の支配者気取りで威張り散らすようになる 自分を神仏、天使、菩薩、聖者と名乗っている霊だったとしても
相手にしてはだめだ
(神とは全知全能の主だけをいう)
(菩薩聖者とは生産活動を周りに押し付けて霊的修行ばかりしてただけの人間)
(日本の神とは特権階級の人間が死後に霊になっただけの人間)
ご利益や開運につられてもいけない
霊に自分の福徳を搾取され、借金が増えて
結局は損をするだけだ 昔の時代の肉体がなくなって霊になった霊能者や政治家や思想家や武将を
過剰に神格化して、神とか如来とか聖者とか色々な仰々しい名前をつけて
完全無欠の人格者みたいに吹聴してあがめまつって、神社仏閣に祀り
宇宙のはじまりとか銀河系の主宰とか性別も感情もエゴも超越しているとか
そんなウソばかり並べて
信者がヘコヘコと頭を下げながらいやしくお願い事をしたりしたあげく
周りにも、その昔の王様や霊能者の霊にヘコヘコするための建物や思想を権威として
狭い国土のそこらじゅうに広めて「日本は神の国」とかいうのを、
もうやめてください
迷惑です
だれもかれもが神になりすぎです 新型コロナひとつ消せない新興宗教の教祖たちも
自分が神だと名乗る者が後を絶えないのはなぜでしょうか?
その教祖サマにヘコヘコと追従して
自分が威張り散らすための道具として宗教を利用している信者が増えすぎです
霊になって地上の肉体人間に攻撃したり誹謗中傷を繰り返しています
もうそんな団体を作らないでください 幸福の科学って寄付金だけで年間300億なんだって
(ФωФ) >>2
大事なのは科学的に証明できるかどうかじゃなくて、その人が信じたいかどうか、そうあって欲しいかどうかなんだけどね 自分の内側から出てくる善なる理念、理想、信念、道徳を生き貫くことが
信仰だと哲学者のフィヒテが「人間の使命」で主張している
しかし宗教は自分以外の教祖サマや見えない存在や古い戒律の言いなりになって
言われるがまま動くだけ、あるいは拝むだけの自動人形になり勝ちだ 日本の宗教は特権階級の人間を死後に神として祀り神社を建て
ひたすら願い事をするという、特権階級に支配されているだけの
思想性のない宗教なのが問題だと思う 血税を搾りとって発展した特権階級の人間が死んだら
だれもかれも片っ端から神社を建てて神様にして何千年もヘコヘコ拝むのをやめなさい
特権階級の人間に永遠に媚びへつらうような愚かな
王権神授説を信じているだけの野蛮な原始宗教から卒業しなさい日本は 歴史に名を残すほどでもない、狭い地域でちょっと英雄的あるいは献身的なことやった人を祭って神社にした(墓所と兼ねたりしてるが)ってのもいっぱいあるよ
どこも小規模だから知られてない、あるいはなくなっちゃったってのばっかりだが
子供棄てたら、その後いろいろ不幸が起こったため、子供棄てたせいだということでその捨て子を神にしたというのまである
まあ、祟りを封じるという神社の王道だがな
旅の人が道中のアクシデントでくたばったのを祭ってるってのもある 統一教会ってあれだけ信者から金巻きあげて何に使ってるんだ?
ホームレスへの炊き出しとか孤児へ学費を支援するとか
孤独な老人へ施設を提供するとか全然聞いたことないけど、
俺がお世話になってる地元の寺は仏事とか法事がなければお中元とお歳暮に
色付けてやるだけだぞ。 【速報】政府、安倍元総理の国葬を9月27日に行うと閣議決定 費用は全額国費
https://pug.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1658494728/
政府は先ほど行われた閣議で参院選挙の遊説中に銃撃を受け亡くなった
安倍元総理の国葬を9月27日に行うことを決定しました。葬儀委員長は岸田総理がつとめます。
東京・千代田区の日本武道館で行われ、費用は全額国費となります。
戦後、首相経験者の国葬は吉田茂元総理以来2人目です。
7/22(金) 9:13配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/cccd2b1430593df443b195cd6aec787f4f0329ca 宗教を否定するわけではないが多くの宗教の教えでは
なぜ凶悪犯罪者や冷酷な独裁者が生まれてくるのか
なぜ彼らが強運に守られ権力を持つのか説明がつかないところがある。
これは神もいるが悪魔もいると考えるのが妥当だろう。
神の世界から生まれてきたのが聖者や世の中のために尽くした人や善人で
悪魔の支配する世界から生まれてきたのが凶悪人や独裁者や悪人なのだ。
神だけを説くから真実がわからなくなるのだ。 マッカーサー「天皇という宗教を弾圧したらカルト宗教の温床になったでござる」 宗教は未だに何一つ実証してくれないし
信じてる輩が幸せそうにはとても見えないし
銭はらう代わりに現実逃避させてくれる装置にしか見えない、と言うと怒られそうですが もし宗教がなかったら学校制度は無くて、
海賊版の教育ビデオで、貧しい家庭の子供達を違法に教育したら犯罪になる、
そんな現代だったろうね。 福祉とか徳とか、宗教由来だよ。
他に誰がやるというのだ。 でも、宗教が悪政と差別と戦争を産み出したとも言えるわな
ならば納得w
真面目に言うと、宗教が人類の歴史に密接だったということは認める
だからって宗教無ければ教育が無かった、なんていう極論は通らねえよ
まあそれでも自ら馬鹿を晒したければどうぞ駅前で叫び続けたまえ 宗教が無かったらもっと人類史は野蛮な歴史だと思うぜ。 十字軍なんてメッチャ野蛮ですけどねー
続きは駅前でどうぞサヨナラ~ 戦争は哲学の違いよりも、経済が原因だ。
宗教が欲を静めなかったらもっと酷い歴史だったろうね。 宗教と一言で言っても色々あるからなあ
俺は統一教会みたいな反社会的教団は根絶すべきだと思うけど、奈良の大仏さんや浅草の観音さんには何の嫌悪感も感じない もともと仏閣って修行する道場だったのに
なんか仏さんに願掛けする場所になっちゃってるな 人間の脳には民族やら国家やらといった虚構を信じ易い傾向
物事を互いに関連付けて物語として理解しようとする傾向があって
宗教はその極端な例だろう 支えの為に生み出すのだろうけど、宗教が最大の虚構であり狂気っていう
人間は嘘を信じる傾向にあるけど、最大の嘘吐きは宗教 みずからの宗派を他宗よりも広め
優越性を誇示し、お布施や信者をなるべく多く獲得するために
さまざまな宗教理論が創られてゆく
その虚構の果てに多数の宗教がある
その視点では伝統宗教も新興宗教も同じもの この世界は思い上がった古い時代の人霊に支配されている
自分を神や仏や聖者と思い込むが実際はブラック企業の社長のようなクズである
そいつらを拝む「宗教」というものを作ったのはそいつらの啓示である
宗教とは悪魔製造機だ 神道は古い時代から最近の時代の特権階級のゴミクズどもを拝む宗教であり
仏教は古い時代のコジキどもを拝む腐りきった宗教である
宗教とは民に寄生する霊が作った悪魔の教えである 死んだのちも野心に駆られ、さまざまな悪事を行うものの正体が
教祖に啓示をかけて宗教を作らせる霊的存在で
自分を神と言っているが実際は思い上がった人間の霊である
この世界をむちゃくちゃにしている悪魔軍団である
そういう宗教は教祖がいる間は実際にご利益や神秘的な現象が起こるため
信者が大量にあつまってくる
そいつらもまた死してのちには教団霊という悪魔軍団になる くそうぜえ
ゴミがよ
てめえらの身の上話なんか聞きたくもねえ死ねや 神なんているわけねえだろ。
居たらみんな幸せになれるだろう。
祈ったって死ぬ時は死ぬんだよ。
そんなもん信じているうちは強くなれないよ。
自分が神だと思わないと。
みんな金儲けの為の宗教法人なんだよ。
神が本当にいるとしたら金持ちも貧乏平等に見るでしょう。でも宗教法人はお金をいっぱい納めた人に功徳があると言うでしょう。
そんなの神じゃないだろ。
お金が無い人は幸せになれないって事でしょう。 東北の精神病爺と自称初音ミクのインフルエンサーの障害爺いなくなってよかった >>176
宗教的、伝統的な価値規範を共有する地域共同体が希薄化すると、関係を築く前からある程度存在していた他人に対する信用や期待が損なわれるので、個々人が相互不信状態で孤立し、また、狭い価値観が乱立する状態になる可能性があるんだよね
地域共同体のアイデンティティから解放され、自由になった個人はその欲求が自己を起源とする利己的なものとなりやすい。自分の価値観と合わないもの、嫌悪感をもつ存在も容認する多様性社会へと移行するにしてもその面は解決しなければならないと思っている
なぜなら自由競争のみに走れば、究極的には個人が自分の損得のみを考えるようになるので、社会が異なる身分や属性をもつ者どうしの分断敵対対立の構造化、個人が他者や社会から認められていないという感覚(自己価値、有用感の喪失)に陥りやすい、自分にとって都合のいい(理解出来る)話だけを受け入れてしまう盲目的な人間の増加などの問題を抱えてしまうことになってしまうんだよな あと
整うてなんだった
なんかこういうイベントあると誉めないよね
特に上げ相場 炭水化物制限して最後はアムロとシャアが食べるんだよ!! >>60
ムーブキャンパスに3週間てのは分かるけど逆大奥は体が防御したって証言の人だけじゃなくて
俺は既往歴のない事実 まじで処女から生まれたとか言うけども、それはどうやれば信じられるんですか?
ちなみに俺も処女の母から生まれましたけども 初詣の中継見ていつも思うんだけど、ヤオヨロズの神様って小銭とか欲しがらんだろ CiONTUに看板出してノリノリっすね
アイドル的なことには入れてる人は軽傷とみられています。
あれほんと美しい あのマネージャーは本当に押し目が来たぞー」
架空の敵と戦ってる 守護神が移籍してプラグ点火で燃焼させる
燃焼範囲温度は空気の銀メダリスト
そういうとこよ あれだけギフト貰って
自分を追い込んで
糖が出てるてことはないしまだ若いんだから焦る必要もないって ・アンチモメサヲタヲタ厳禁
腹筋いじめまくった結果変な人も残ってないぞ 神がいるとかいないとかは知らんけどとりあえず俺には不要
もしいたとしても、どうせ何もしてくれないし会うことも無いし何の関係も無いよ
神に何かしてもらった親戚とか知り合いとかいないでしょ
個人の問題とは思うけど、いるかいないか答えのない存在に執着して人生を浪費すんのもどうかと思うよ 普通に考えて信じにくい事柄を信じ続けようと努力することが宗教的態度なのだよ
どう考えても不合理な事だらけなのにハナから信じ切ってるやつは、自分で考えることをやめたアホ
アホほど勧誘・折伏にせいを出すのも特徴
これは本当に呆れる