【悲報】数学者の9割が"クラス"の厳密な定義を言えないことが判明www
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誰か哀れなイッチに「お前のやってることは二番煎じだ」と諭してやって >>26
それを集合と考えてしまうと、ラッセルのパラドックスに陥るのでは?全ての集合を含む何かは集合ではないと考えるのがproper class >>23
定義は言えない(別に「言わない」でもいいけど)ってことねw 「ここではこうおく」「名付ける」って言うんだよね普通 >>27
ちゃんと思考できてる?クラス概念無しでどうやって「全ての集合からなる圏」を定義するの?
その圏のオブジェクトの全体を考えた時点でクラスが必要なんだが ベタなのは弱到達不能基数の存在を認めてグロタンディーク宇宙で展開すればクラスはいらない >>28
お前だけ話が理解できてないみたいだけど大丈夫?スレの中身読まずに書いてるよね?
>>29
やってみりゃわかる
集合論Xを含むクラス論をYとし、「Xで作られる集合すべてからなる集合」をSとおく
集合(クラス){x∈S|¬(x∈x)}をAとおく
AはYの集合であってSの元じゃないからA∈Aであっても¬(A∈A)であってもパラドックスは生じない
ちなみにたいていの構成では¬(A∈A)が成り立つ >>29
追記
Xの集合とYの集合をどちらも集合と呼んでるのが誤解を生んだようだ
X-集合、Y-集合みたいに「どの理論における集合なのか」という添え字がついてる
X-集合と対比してY-集合をクラスと呼ぶ >>33
もしかしたらその方針でもできるのかもしれないが、グロタンディーク宇宙の存在を
示すために基数を使うとすれば基数をクラスなしでどうやって定義するかが問題になる >>32
というより現代数学で未定義熟語や未定義概念を含まない理論を完成させた人間は一人もいないだろ?
かつてそれをやってみようと頑張ったのかカントールの素朴集合論。
よれば
・集合とは命題Φによって{x|Φ(x)}と書けるものである。
・命題とは∈と自由変数、命題結合子を適切に並べてできる語である。
・a∈{c|Φ(x)}とはΦ(a)が成立することである。
として全てのものか ‘定義’ されてる理論を作ろうとした。
しかしそれが上手くいかなかったのは有名なお話。
以来結局現代数学では全ての概念、熟語を定義する事は諦めている。
BG集合論において ‘クラス’ が未定義概念で ‘〜が〜に属する’ が未定義熟語。
“それ何” と問う事はご法度。 >>36
ならないぞ
例えば順序数のクラスはxが順序数であることを示す述語φとして順次読み替えていけばいいだけ >>37
概念の構成過程を逆にたどっていくと最も基礎の部分に未定義語があるのは分かる
しかしクラスを未定義語にするのは妥当ではないだろう
なぜならクラスは集合論を前提として「この集合論で作られるすべての集合の集まり」として定義されるものだから
とはいえ、もし集合よりもクラスの方が基礎的な概念だと思う人がいるならその人はその順序で定義すればいい
>>38
確認してないけどできるなら問題ない 別にクラスは集合の族じゃなくてもいいと思うんですけど >>39
妥当ではないったって普通そうしてるし。
定義できない概念を使う数学がダメってんなら現代数学全部ダメになる。
しょうがないからどっかで諦めないといけないから普通はコンセンサスとしてクラスは未定義にするんでしょ?
その現代数学のコンセンサスに挑戦したいならしてもいいとは思うしどうぞご自由にだけど、自分が現代数学のコンセンサスに納得いかないからといってココの>>1の言い方はない。 >>41
一番基礎の部分に未定義語があるのはいい、でもクラスは定義できる語だろうという話
"普通"とか"コンセンサス"とかは知らない
他の奴らと精神を同化させる気はない >>42
つまり現代数学のコンセンサスに挑戦する方の立場なのね?
ではご勝手に。
集合論の黎明期にはチャレンジャーは一杯いたみたいだけどね。
頑張ってねー >>37
>・集合とは命題Φによって{x|Φ(x)}と書けるものである。
という「内包公理」が矛盾を導くため、採用をあきらめた
したがって固有クラス(集合でないクラス)は
「命題Φ(x)を満たすxの全体であって、それ自体が集合でないもの」 固有クラスとはどういうものか理解するのに
有限集合論を考えるのが一番いい
有限集合論では、集合は皆有限集合である
一方有限集合は無限に存在にするし、
有限集合の集まりは有限集合になるとは限らない
つまり「有限集合の集まりで有限集合にならないもの」が
有限集合論における固有クラスである >>44
NelsonのISTだと"xはstandard"を満たすx全体は集合にならないね 存在公理(同一律)∃s〔s=s〕とは
「自分は自分である」 ということで
「なにかが それ自身だ」 という保証だが
電子の場合は自己同一性が無いので
同一律が成立してない
同一律 ∃S[S=S]
自己同一性がないってことは上記のSが複数存在するってことなのだが
数学の場合は「同一なら1個」ということで処理されている
(外延性の公理にいり対の公理で(x、x)=(x)とされていてxは1個)
自己同一性の無い電子の集まりは「真のクラス」としていいのか? >>42
話はそれるのだが 言葉は突き詰めると未定義語か循環定義語になってるとされている
Aを定義するにはBが必要でBを定義するにはcが必要でCを定義するにはAが必要とう循環定義でもべつにい感じはするのだが >>48
そうそう、というかあらゆるものが定義されてる閉じた理論を作ろうとするとそのような循環的定義を使うしかない。
でカントールは集合の定義と命題の定義を循環させて閉じた理論を作ろうとした。
しかしうまくいかず、以後誰もそのような数学理論を構築できた人間はいない。
いわゆるBGのクラスが’定義’されている高階の集合論はあるけど、ところがそこではその高階の集合が未定義概念になってしまう。 存在公理(同一律)∃s〔s=s〕とは
「自分は自分である」 ということで
「なにかが それ自身だ」 という保証だが
電子の場合は自己同一性が無いので
同一律が成立してない
同一律が成立しなければ
外延性の公理により対の公理で(x、x)=(x)とされてxは1個となり
電子の集まりは集合で表現できない事になるのだが
電子の集まりは真のクラス(proper class)ということになるのか?
また同一律∃s〔s=s〕 が成立しなければ
無矛盾律 ¬(s∧¬s) も成立しないのだが
矛盾許容理論で 電子においては矛盾律が成立しない という事がカバーできるのか? リンゴは同一律が成立するのでリンゴの集まりは集合で表現でき
電子は同一律が成立しないので電子の集まりは集合で表現できずに真のクラス(proper class)になるとして
リンゴと電子はそれぞれ異なるモデルってことになるけど 1つの世界に複数のモデルがあるということは
対象が意味の無いものとして抽象化できないということなのだが >>38
クラスと述語は違うんだよなぁ
クラスは集まり
述語は言葉
イコールにはならない クラスは公理的自由航路湯の述語でしょ
だからまず述語論理があってそれから公理的集合論があってそれからすべての数学があるべきなのに
述語論理に集合使うのはおかしく無いか >>52
違うというかそもそもクラスと呼ぶに値する数学的対象がなく、
順序数のクラスとか集合のクラスは個別にそう呼べるような数学的対象をそう呼んでるに過ぎない
だから順序数のクラスなどに限って言えば述語になるというだけ
キューネン「集合論」和訳版31Pなどを読むと良い(ただしこの本は一階述語論理を前提知識としていないから述語という単語は出てこない) >>49あらゆるものが定義されてる閉じた理論を作ろうとするとそのような循環的定義を使うしかない。
数学の命題の真偽は外からの観測によって確定するが
外からの観測ということも含めて閉じた論理を作るなら
「Aという命題の真偽を観測して真偽を確定する」ということも命題として真偽の対象とするしかなくなる >>57
"外からの観測"とは?
1+1=2という命題の真偽は「1個の石と1個の石を合わせたら2個の石になる」みたいに実験で確かめろということ?
それ物理学じゃね? >>58外からの観測"とは?
含意や同値の⇒とか≡の記号は命題の真偽を含むので
命題を外から見た場合の記号ということになる >>58外からの観測"とは?
命題の内容ではなく命題どうしの関係・形式に基づいた論理学を形式論理学(数理倫理学)というが
含意や同値の⇒とか≡の記号は命題の真偽を含むので
命題を外から見た場合の記号ということになる >>58外からの観測"とは?
命題論理は
命題の真偽を外に依存することで内部完結してないから
完全性が成り立つという事になる 例えばZFCの中でゲーデル数化された命題論理の中の命題の真偽の割り振りはZFCの中で完結してない? >>64命題論理の中の命題の真偽の割り振りは
「論理命題」は外によらずに論理的な考慮だけで真偽が定まる命題で
それはZFC内で完結してるが
単なる命題の真偽は外に依存していて真偽は内部で定まってはいない >>65
命題の真偽が定まってなかったらモデル理論のいうモデルとは何なの?
解釈が定まらなきゃモデルも存在しなくね? >>66
「命題論理」とは「命題」と「命題」の間の関係の形式的な構造のことであり
「命題」の真偽の判定は外に依存するということで
内部で「命題」の真偽を判定はしない
(たとえば「富士山は日本で一番高い山」という「命題」の真偽は外に依存している)
「論理命題」とは外によらず論理的な考察だけで真偽が定まる命題のことで
「自然数論の公理系」とかもそのモデル内で論理命題の真偽が定まる >>66
「論理命題」とは外によらず論理的な考察だけで真偽が定まる命題のことで
「自然数論の公理系」とかもそのモデル内で論理命題の真偽が定まるということで
モデルの中の「自然数論の公理系」は「論理命題」が集まったセットということ >>67,68
ZFCの中には集合しか存在しないから「富士山は日本で一番高い山」という命題と言えるような集合は存在しないのでは
68が言うところの論理命題しかZFCの中には存在せず、群などのモデルの真偽のような数学の命題の真偽は自然に論理的な考察で定まっていく、ということなら納得できる >>69
公理系には論理命題しか存在しないというでいいと思うが
命題論理の最初の命題は真偽は外に依存するが
Aいう命題があり 「AならばA」という命題を作った場合は
「AならばA」は論理的に真偽が確定する論理命題となる >>70
それいわゆるトートロジーのことだよな
そのAという命題の真偽が外で定まると言うなら、モデル理論のモデルはどう真偽を割り振ってるんだ 命題論理でA,、Bを命題としたときに
¬A, A ∧ B, A ∨ B, A ⊃ B とかも命題になる
AやBの真偽は真で偽でも自分で入れてみればいい >>71
命題論理で外で命題の真偽が確定するような命題を取り扱っても別に問題ないし
命題関数でp(x):x+2 としてXの範囲を変えることで命題の真偽を変える事ができるけど
これは命題論理の外で真偽が決定されたという事であるし >>69
命題論理の最初の命題は真偽は外に依存するが
命題論理の内部で真偽が定まる論理命題を作り事もできる
たとえば
論理命題の交換律や結合律や分配律を使用して
集合の交換律や結合律や分配律に対応させることもできるし
集合X、Yに対して
交換律 X∩Y=Y∩Xは
∩の定義={x;x∈X かつ x∈Y}
論理の交換律により ∩の定義={x:x∈Y かつ y∈X}
∩の定義=Y∩X
ようするに「集合の性質」を「論理の性質」に帰着させるということ >>58
言葉は突き詰めれば無定義か循環定義になるけど
公理もやはり言葉なので突き詰めれば無定義ってことで意味を持たない
自然数の公理も突き詰めれば無定義語になるので
無意味な公理ということになる
算術演算の証明も無意味な公理のもとで行われて
真偽の判定がなされる 数学者の9割が、ってことは数学者の数は10の倍数ってことか
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