0609132人目の素数さん
2017/10/09(月) 05:03:16.58ID:NM81av+Mそれは現状を見ていない。
英語のあいまい翻訳と知的労働一般の代替とでは
問題の属する階位がまったくちがう
この1、2年でもグーグル翻訳の精度は止らず向上しているが
将来的にAIが大学受験を突破できるようになる見込みはさしあたりない
>そういうこと言うなら数学のペーパーテストも学問ではありえないけどな
それはもちろん。
ただ与えられたテストで点を取ることは学問ではない
>それが学問なら
>英語の勉強も学問だろう。
数学や物理などの「学問」は人間が人間を越えるための営みだが
英語はただのツールにすぎない。
学問が欧米にリードされていたから(今もそうだが)
英語を学ぶことが間接的に学問となっていただけだ
(今もそうだが、100年経ってもそうとは限らない。
しかし数学が学問でなくなることは永遠にない)
英語は機械翻訳がさらに発達すれば実用的に学習不要になりうるが
数学や物理で同じことは起こりえない
(英語は手段にすぎないが数学を学ぶ営みは
それ自体が目的なのだから「実用上不要」にならないのは当たり前だが)
あるいは機械の助けで数学や物理を「学んだことにできる」なら
話は別だが(それを学問をやったと言えるのかは別として)
つまり将来的に、脳に外科的処置を施すことで
数学や物理を理解していない状態から
たちどころに理解している状態に移すことができるようになれば
いろいろ話も変わってくるが
そのためには現状のグーグル翻訳の位置するテクノロジーの段階より
はるかに先にあるレベルの脳科学と技術革新が必要だ
>実用的にやらなくていいんだから恥ずかしいことはない
逆に言えば政治的な力関係で言語的不利におかれている状態は
不便ではあっても「恥ずかしいこと」とはちがう
「恥ずかしい」という言葉には道徳的な価値判断が伴うが
日本人は英語ができないと競争上不利だから英語をやっているのであって
英語ができないことが人として道徳的に恥ずかしいから英語をやっているのではない。
したがって「恥ずかしい」という言葉を当てるのは不適切