ニセ物は減らない。ホン物は減る一方だから、ニセ物は増える一方という勘定になる。
需要供給の関係だから仕方がない。
例えば雪舟のホン物は、専門家の説によれば十幾点しかないが、雪舟を掛けたい人が一万人ある以上、
ニセ物の効用を認めなければ、書画骨董界は危殆に瀕する。
商売人は、ニセ物という言葉を使いたがらない。ニセ物と言わないと気の済まぬのは素人で、
私なんか、あんたみたいにニセ物ニセ物というたらどもならん、などとおこられる。

相場の方ははっきりしているのだから、ニセ物という様な徒に人心を刺戟する言葉は、
言わば禁句にして置く方がいいので、例えば二番手だという、ちと若いと言う、ジョボたれていると言う、
みんなニセ物という概念とは違う言葉だが、「二番手」が何番手までを含むか、
「若い」が何処まで若いかは曖昧であり、又曖昧である事が必要である。
そんな言葉の綾ではいよいよ間に合わなくなって来ても、イケない、とかワルいとか言って置く。
まことに世間の実理実情に即して物を言っているところ、専門文士の参考にもなるのである。

 小林秀雄全作品 19巻 『真贋』 P.22〜23