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生命力学〈Vital Mechanics〉

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0001 ◆GOVXYB0Zc.
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2010/10/15(金) 16:00:48ID:BaaTymow
現代科学は我々の宇宙に存在するものを2つの物理法則により記述している。
すなわちミクロ系には量子力学、マクロ系にはニュートン力学、あるいは(一般)相対論。
しかし、我々の宇宙に存在するものをミクロ系、マクロ系という2色刷りで
印刷することはできないのだ。
強いて二分法があるとするならば、それは生命系か非生命系かなのである。
そして生命(力学)の目的は、ミクロ系とマクロ系の統一、ひいては生命系と
非生命系の統一でる。
0318 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/07/08(月) NY:AN:NY.ANID:???
あるいはスポーツにおける得点、すなわち0対0も1対1も3対3も得点差はゼロである。
ひいきのチームが得点すると歓喜に酔いしれるがその喜びもつかの間、相手チームが得点
するとひいきのチームの得点シーンは遠い記憶の彼方に消え去る。
つまり互いに相手チームの得点はマイナスなのである。すなわち±0の世界なのだ。
0319 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/07/08(月) NY:AN:NY.ANID:???
その状況は光子の質量においても同様である。
すなわち光子は正の質量をもつ電子と負の質量をもつ陽電子が対になった
ものであるとすると(○電子-陽電子●)となり、質量項が出てくる。
すなわち光子は絶えず電子と陽電子の間を揺れ動いている。
0320 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/07/08(月) NY:AN:NY.ANID:???
正負の間を揺らいでいるのはエネルギーや運動量も同じである。
その様子を理解したければ音における音圧を考えればよいだろう。
光が圧力を有しているように音も圧力をもっている。
音圧とは1気圧からのズレである。
0321 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/07/08(月) NY:AN:NY.ANID:???
音楽を聞く場合、スピーカーであろうとイヤホンであろうと鼓膜であろうと、
振動板を震わす能力が音圧である。
単純に正弦波を考えると、音波は正圧と負圧が交互に伝わっていく。
もし振動板に正圧と負圧が同時に掛かれば、振動板はどちらに振れるべきか
悩むことになる。しかし実際にはタイムラグがある。
いずれにせよ音圧、すなわち音のエネルギーは絶対値、すなわち正の値で表わされる。
しかしだからと言って、音の波に負圧の位相はない、とするとおかしなことになる。
0322 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/07/09(火) NY:AN:NY.ANID:???
あるいは各家庭のコンセントから来ている交流である電圧(電流)は普通100Vと言われているが、
それは直流に換算したいわゆる実効値であり、実際にはある瞬間には+141Vであったり、0Vであったり
−141Vであったりと絶えず正負の間を往ったり来たりしている。
もちろん電流、すなわち電子が左から右に流れようと右から左に流れようと仕事をする能力、
すなわちエネルギーは正の値である。
0323 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/07/09(火) NY:AN:NY.ANID:???
さて、では宇宙空間を飛び交う光、そしてそれを最終的に還元した光子が正の質量をもつ電子と
負の質量をもつ陽電子の複合粒子とすると、光子においては絶えず正負の質量の間をゆらいでいることになる。
そしてその状態が光子のエネルギーとすると、音圧がそうであるようにそのエネルギーの値は
絶対値であり正である。
しかしだからと言って、電子と陽電子が放つ光は同じものであり、両者の放つ光は区別する
ことができない、ということにはならないであろう。
つまり電子と陽電子が放つ光は初期位相が違う。
それゆえ電子が放つ光を正のエネルギーとするならば、陽電子が放つ光は負のエネルギーであるとしても
別に構わないということである。
0324 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/07/10(水) NY:AN:NY.ANID:???
ところで、>>291の正当性を裏付けるのが鏡像変換、すなわちミラー対称性である。>>53を参照。
例えば鏡の前でドライバーを右手に持ち、右に回して板にネジ(右ネジ)を締め込むとしよう。
この場合こちらから見て、こちら側も鏡の向こう側にいるもう一人の自分もドライバーをもつ手も
回す向きも同じだ。
しかし鏡の中のもう一人の自分は左手にドライバーをもち、さらにドライバーを左回転させている。
すなわち右ネジが左ネジになっている。つまりベクトルの成分は反転している。
そしてこのようなベクトルを極性ベクトルという。
0325 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/07/10(水) NY:AN:NY.ANID:???
ドライバーを回す面をx-y軸とすると、その面を垂直に貫くネジが進む方向がz軸である。
z軸においてはこちら側と向こう側ではネジの進む向きが(→|←)互いに反転している。
しかしベクトルの成分、すなわちどちらもネジが締まる方向に進むという意味では同じだ。
このようなベクトルを軸性ベクトルと言う。
0326 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/07/10(水) NY:AN:NY.ANID:???
さて、以上を踏まえると>>291は鏡像関係にあることが分かる。
すなわち正負のエネルギー準位のベクトルトは互いに逆を向いているが(→|←)、
そのベクトル成分はどちらも0点を向いている。
それに対し>>287は鏡像関係にないことは明らかだ。
すなわち正負のエネルギー準位のベクトルの方向は同じだが(←|←)、
そのベクトル成分は、一方は0点に向き、一方はマイナス無限大に向いている。
0327 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/07/10(水) NY:AN:NY.ANID:???
つまり、>>287を無理に現実世界に当てはめるとすると、鏡のこちら側ではドライバーを
回すとネジは締まる方向に進む。
しかし鏡の向こう側のもう一人の自分は悪戦苦闘している。
すなわちいくらドライバーを回してもネジは緩む方向にしか進まないということである。
0328 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/07/10(水) NY:AN:NY.ANID:???
いずれにせよ>>287はエネルギーはより安定な場所を求めて彷徨うという物理学の冒すべからざる
大原則からの帰結であり、神聖なものである。
しかしその安定点が正負を問わず0点であるとすると、話は変わってくる。
そもそもある意味>>291は調和振動子そのものである。
調和振動子においては自然長Lを基準に+と−が定義される。
そしてどちらにしろそのベクトルは自然長Lである0点を向いている。
0329 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/07/10(水) NY:AN:NY.ANID:???
ところで(場の)量子論には調和振動子が頻繁に出てくる。
量子論では空間の各点にバネが付随しているとさえ言っている。
しかし量子論の書物にはなぜか自然長Lという用語が出てこない。
自然長Lという規準系はなにかまずいことでもあるのかな?
しかし調和振動子にとって自然長Lは基本中の基本であるはずである。
例えばゼロ点振動(エネルギー)はまさにそれだと思うのだが、いずれにしても
自然長Lのない調和振動子は調和振動子とは言えないであろう。
0332 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/07/26(金) NY:AN:NY.ANID:???
>>282
>>クライン‐ゴルドン方程式 【Klein-Gordon equation】
>>もともと弾性媒質中にあるしなやかな弦の運動を記述した微分方程式で
しなやかな弦とは楽器のギターのことかと思い、ググったら実際そうだった。
ようするに減衰項のある波動のことらしい。
さらに電信方程式といって、平行2線や同軸ケーブル、あるいは電気(電子)回路を
伝わる波動もKG方程式と同じ形式であるということだ。
0333 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/07/26(金) NY:AN:NY.ANID:???
アンテナとテレビを繋ぐ同軸ケーブルも、電気(電子)回路も、導体とそれのショートを防ぐ絶縁体から成っている。
つまり楽器の弦を伝わる波動がそうであるように、それらのモノも実体を伴った波動である。
さらに導体を伝わる波動(光や電磁波)の速度は光速以下であることは言うまでもない。
すなわち特殊相対論とは無縁の世界である。
そしてKG方程式はそれらの波動を記述する方程式と同じ形式であるということだ。
0334 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/07/26(金) NY:AN:NY.ANID:???
ちなみに余談だが、ギターの弦を指で弾くと固有の音(定常波)を発するが、
許される振動は基音とその倍音、すなわち高調波と言われているものである。
そしてそのギターの弦の端点と端点をつなげて閉曲線にしたのが、いわゆるボーアの
原子モデルである。
つまり、媒質の世界とミクロの世界はそれほど離れているわけではない。
0335 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/07/26(金) NY:AN:NY.ANID:???
光速は※1/√ε0μ0 から導出される。
しかし※式は波動方程式の一般解の一つに過ぎない。
それゆえ※式を盾に、光速度不変は保証されていると信じて疑わないのは何かの勘違いである。
そもそも波動方程式にはダランベールの解というものがあって、 u(x,t) = f(x − vt) + g(x + vt) で表わされる。
ようするにそれが弦を伝わる波動ならば、正負の方向に一定速度で進む様子を記述してるに過ぎない。
さらに波動方程式からそれが音速ならば、弾性率κと媒質の密度ρから √κ/ρ が導かれ、
それが弦を伝わる速度ならば、弦の張力Tと線密度Mから √T/M が導かれる。
さらにそれが導体を伝わる電磁波ならば、電気容量CとインダクタンスLから 1/√LC が導かれ、
そして誘電率と透磁率の値が極小なのが ※1/√ε0μ0 であり、真空中の光速度なのだ。
0336 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/07/26(金) NY:AN:NY.ANID:???
つまり光速度を表す ※1/√ε0μ0 は波動方程式の一般解の一つであり、
※式そのものからは特殊相対論がいうところのいわゆる光速度不変は出てこない。
いや、とは言うものの、ある意味※式は特殊解であるとも言える。
なぜなら現代物理では、真空は誘電体(絶縁体)でないと考えているからだ。
真空が誘電体でないとすると、真空の誘電率は0のはずである。
ならば1/√ε0μ0 のルートの値は偽りの値ということになる。
実際、真空の誘電率ε0は単位系の取り方によりどうにでもなる値であり、
実際の値でないと言われている。
0337 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/07/26(金) NY:AN:NY.ANID:???
ならば、1/√ε0μ0 の ε0もμ0も波動方程式の体裁を整えるためのお飾りに過ぎないことになる。
ならば※式のルートの中にはクマのぬいぐるみでも置いておけばいいw
なにしろ真空は誘電体でないと言うのだから。
0338 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/07/26(金) NY:AN:NY.ANID:???
もっともかつてディラックの海が主流であったころは、真空は誘電体であると考えられていた。
すなわディラックによれば、真空は負エネルギーの電子である騾馬電子で満たされている。
そして電子の電荷が騾馬電子を電子へと励起し、騾馬電子が抜けた穴、すなわち正孔が陽電子となる。
つまり電子はそのような電子-陽電子対に取り囲まれている。いわゆる真空偏極だ。
もちろん現在ディラックの海は主流でないが、真空偏極という概念はくりこみ理論には必須アイテムであり、
量子電磁力学や素粒子論には今でも有効なはずである。
いずれにせよ現代物理は真空は空虚なものではなく、粒子-反粒子が対生成しては対消滅する、
動的な世界と捉えている。すなわち仮想粒子を想定している。
では、果たして真空は誘電体なのか、そうでないのか、一体どっちなんだ?
0341 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/09/15(日) 13:37:54.33ID:???
水は誘電体(絶縁体)である。すなわちイオンに対し分極し、イオンの電荷を遮蔽する。
<図1>+イオンの回りの水分子

    ○水素+
    ●酸素−

○● ○ ●○
      \
    ● +の
    ○ イオン

<図2>−イオンの回りの水分子

    ●酸素−
    ○水素+

●○ ● ○●
      \
    ○ −の
    ● イオン
(実際は水素原子2個)
分極した水分子の遮蔽効果により、イオンの電荷の値は見かけ上減少する。
0342 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2013/09/15(日) 13:41:58.44ID:???
誘電体である水が分極するように、何もないと思われていた真空も分極するというのが
いわゆる真空偏極だ。

<図3> 電子の回りの(仮)の電子・陽電子対
    ○電子
    ●陽電子

○● ○ ●○
      \
    ● 電子
    ○

<図4> 陽電子の回りの(仮)の陽電子・電子対

    ●陽電子
    ○電子

●○ ● ○●
      \
    ○ 陽電子
    ●
0343 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/09/15(日) 13:47:23.36ID:???
ディラックの海が主流であったころは、真空偏極を担っていたのは騾馬電子であったが、
現在は仮想粒子とされている。
すなわち電子(当然陽電子も)は絶えず光子を放出、吸収し、さらに光子から電子・陽電子対が
対生成され、再び対消滅して光子に戻るという過程をくり返している。
つまり電子(陽電子)はそのような仮想的な電子・陽電子対に取り囲まれている。
仮想粒子は実測されないとか、極めて短い時間ならばエネルギー保存則を破ってもよい
だとか都合のいいものであるが、少なくともエーテルを排した現代物理においては
間違ってもそれを実在粒子とは言えないことは確かである。
0344 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/09/15(日) 13:49:40.95ID:???
いずれにせよ既存の物理学は力の相互作用に対して近接作用を採用しているのだから、
空間には力を媒介する何かが遍在していなければならない。
すなわち何もないまっさらな真空という概念はありえない。
0345 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/09/15(日) 13:54:39.35ID:???
しかし考えてみれば我々の身の回りに遍満する地上の大気も、便宜的に仮想粒子といえば
仮想粒子である。
すなわち大気は1p^2あたり1kgの重さをもっている。人間の体の表面積をアバウトに
2uとすると、人間は約20トンの応力を受けている。
つまり我々は土砂を満載した大型ダンプカー1台分の重さを身にまとっている計算になる。
もちろんそんな重さを感じて生活している人間はいない。
しかし例えばドラム缶の空気を抜くと、まるでアルミ缶を握りつぶした如くクシャクシャに
潰れる。確かに大気はそれだけのポテンシャルをもっているわけだ。
逆に言うと、すなわち絶えずゆらいでいる地上の気圧が極度に低気圧側に振れると、
その重さが上向きに働くことになる。
それゆえ時としてトレーラーさえも宙に舞う、というのもうなずけるというものである。
0346 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/10/21(月) 21:15:09.16ID:???
それにしても現代物理は「何々は何々であるが、何々は何々でない」というフレーズがあまりにも多すぎる。
すなわち真空には誘電率が定義されるが真空は誘電体でない。
電子の振る舞いは波動関数で記述されるが波動関数自体は実在しない。
電子などの素粒子は地球の自転、すなわちコマのようなスピンという属性をもつが、
コマのような実在の回転ではない。
ミクロ世界は虚数を含んだ複素数で記述されるが、虚数に対応する実体は存在しない。
時間と空間は別物ではなく一体、すなわち時空として記述されるが、時間はモノの変化を
表すパラメータに過ぎない、すなわち時間は存在しない、幻想であるとする意見すらある。
しかし時間が流れるものならば、物理的な実体があるはずである。
ところが物理学では時間とは何か?という問いに明確な答えを出してはいない。
0347 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/10/21(月) 21:17:47.99ID:???
なぜ物理学はこんな状況になってしまったのか?
本来物理学とは実在を説く学問ではなかったのか?
もちろんそれはエーテルを排した代償である。
すなわち現代物理が実在の象徴であるエーテルを排したということは、
現代物理は実在を語ることを放棄したということである。
ならば物理学が実在を語ることは論理的に矛盾を孕んでいるのだから、
物理学に実在を求めるのはないものねだりである。
もっとも、それゆえ知的遊戯としては面白いかもしれないが、あくまでもそれは
答えのない問いであり、現実世界とは答え合わせができないというもどかしさが
常につきまとう。
0348 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/10/21(月) 21:19:46.17ID:???
実在を扱えない現代物理の状況を理解したければ、既存の流体力学を参照すればいいだろう。
飛行機の翼であれ、船の形状であれ、自動車の形状であれ、すなわちデザインは
流体力学を駆使して計算され決定される。
0349 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/10/21(月) 21:22:07.90ID:???
すなわち
「飛行機が飛ぶ様子は流体力学で記述される。しかし流体は存在しない。」
さて、もし流体が離散的な、すなわち構造をもった原子・分子の集団とするならば、
「 」の文章は明らかに偽である。
しかし流体が構造をもたない点の集まりである連続体であるとすると、
「 」の文章は真である。
そもそも連続体の流体とは流体から流体を取り上げた疑似流体なのだから当然だ。
0350 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2013/10/21(月) 21:23:59.58ID:???
言うまでもなく物理学者は水や大気のような流体は原子・分子の集合体であることを
嫌というほど知っている。
しかし流体の巨視的な振る舞いは連続体として近似できる。
そしてなにより重要なのは、流体を連続体として扱えば、よく整備された微分を
駆使した連続体の方程式がそのまま使えるということである。
しかし化学反応、さらには生命体を構築するタンパク質やアミノ酸、さらにはDNAにおける
2重らせん構造を原子・分子というレゴブロックなしで理解する企ては夢のまた夢であるはずだ。
つまり科学者は分野ごとに離散と連続を使い分けているということだ。
0351 ◆GOVXYB0Zc.
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2013/10/21(月) 21:25:50.44ID:???
ところでマクスウェル方程式は流体力学をモデルに作られた、とされているが、
電磁波を媒介するとされるいわゆる「場」は完全に連続体の世界である。
さらに原子を構成する電子などの素粒子も構造をもたない数学的な点とされている。
0352 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2013/10/21(月) 21:29:18.01ID:???
ようするにミクロの世界を構築すべくレゴブロックの箱には(・←)しか入っていない。
すなわち電子も、その反粒子である陽電子も、光子も、クォークも、その他あらゆる素粒子も、
そして空間の各点(すなわち場)も(・←)で表わせられる。
すなわちミクロの世界は全て(・←)これで記述できると言うのだ。すくなくとも標準理論においては。
ただしその代わり無限個入っています!。というものである。(無限個もいらね〜よw)

※-(注)実は・←は便宜的な点であっていわゆる数学的な点でない。なぜなら・←はすでに
ある面積を占有しているからだ。しかし数学的な点とは大きさをもってはならない。
その意味では物理学における数学的な点とされる電子などの素粒子をビジュアル化することは
原理的に不可能である。
0353 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2013/10/21(月) 21:51:06.35ID:???
物理学が実在を扱えないことのよい証明は、最近話題のヒッグス粒子の一般向けの解説を見ればよく分かる。
すなわちテレビなどで宇宙空間をびっしりと満たしているとされるヒッグス粒子の様子を表す場合、
番組制作者はHと書かれたあたかもボールのようなモノを無数に空間に敷きつめる。
するとプロ側から「それはインチキ、粒でなく場だ」 と横やりが入る。
確かに空間を実体的なモノで埋めるとそれはエーテルを連想させる。
しかしそれは物理学者にとっては耐え難いものに違いない。
ならばプロであるお前が見本を見せてくれ、という話になるが、それはできない相談なのだ。
なぜなら構造と大きさをもたない点をビジュアル化することは原理的に不可能であるからだ。
せいぜい単色の色で画面全体をべったりと塗りつぶすしかない。
この宇宙からエーテルを排したということは、そういうことなのだ。
0354 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2013/10/21(月) 21:52:39.98ID:???
ところでヒッグスとエーテルはよく似ていると言われるが全くの別物だ。
確かに宇宙空間を満たしているという概念は共通しているがまるで違う。
すなわちヒッグスはあくまでも場であり連続体。しかしエーテルは媒質であり非連続体。
さらにヒッグス機構は光子を完全スルーしているが、エーテルは離散的な光子の集合体。
ちなみに質量0の光子は質量発現に関与してないと思われている、
つまり光子は質量0というアリバイがあり、質量を生み出す犯人ではない、と。
しかし接点も脈絡も動機もない、ところが結局は犯人であった、というどんでん返しは
推理小説の王道ではある。
0355 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2013/12/22(日) 20:36:31.84ID:???
宇宙初期あらゆる素粒子は光速度で走っていた。しかしヒッグス機構により質量を獲得した
光子以外の素粒子は、光速以下でしか動けなくなった。
というのが標準理論のシナリオである。
しかし光子を素粒子とみた場合、その光子そのものが光速度で走るというのは違和感を覚える。
なぜならそれは近接作用を否定しているからだ。
0356 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2013/12/22(日) 20:41:11.50ID:???
近接作用とは電光掲示板の文字のように、移動しているのはあくまでも情報パターンであって
電球そのものではない。
つまり、電光掲示板に電球がびっしりと敷きつめられていたならば、電球そのものが移動
する必要はないと言うことだ。
ならば、光子そのものが宇宙空間を飛び交っているとするならば、それは近接作用ではない。
もちろん光速と言っても有限なのだから、遠隔作用ではないが、だからと言って近接作用でもない。
0357 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2013/12/22(日) 20:45:49.11ID:???
素粒子である光子が光速度で走るという描像は別の意味でも破綻している。
それは光子はエネルギーや運動量をもっているからだ。
ただしこの場合近接作用で考えても同じであるが。
すなわち光子がエネルギー及び運動量をもっているならば、そしてそれをローレンツ因子で割ると、
エネルギー、運動量は無限大に発散する。
0358 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2013/12/22(日) 20:53:54.96ID:???
よく質量とエネルギーが等価ならば、質量0の光子がエネルギーをもっているのはおかしい、
という疑念に対し、※E^2= p^2c^2 + m^2c^4 をもちだす。
すなわち質量をゼロと置くと、E= pcの項が残ると言うものである。
実際にはP=mvであるのだが。
しかしこれは論点をすり替えている。
すなわちここで議論しなければならないのは、質量0の光子が何故エネルギーや
運動量をもってもいいかではなく、何故質量を有する光子が駄目で何故エネルギーや
運動量はいいのか?ということなのだ。
しかし無限大に発散するという意味においては質量もエネルギーも運動量も同じ
なのだから、質量が駄目なら皆仲良く駄目である。
ではこの矛盾はどう回避されるのかと言うと、まさにその謎を解く鍵こそが※式なのだ。
0359 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2013/12/22(日) 20:59:20.82ID:???
ようするに、※E^2= p^2c^2 + m^2c^4 はエネルギーの2乗式なのだから、
※式はエネルギー(時間)、質量、運動量、速度にはプラスとマイナスの2つの量が
ありますよ、と言っているのだ。
つまり※式は質量には正負の符合があることを保証していることになる。
ならば光子は正の質量をもつ電子と負の質量をもつ陽電子が対になったものとすると
全体としての光子の質量はゼロである。しかし部分的には光子は正負の質量をもっている。
すなわち光子の質量がゼロであることと、光子がエネルギーや運動量をもっていることに
本質的矛盾はない。
0360 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2013/12/22(日) 21:03:21.00ID:???
よく物理の書物を読んでいると、あらゆる物理理論は相対論に共変でなければならない
とか、この形式は相対論の要請を満足する、などと記述しているのを見かける。
最初何のことか分からなかったが、よくよく調べてみると何のことはない、
ようするに時間と空間は同等、すなわち時空として扱えということである。
つまりそれが微分方程式ならば、時間に対して2階ならば空間に対しても2階、
時間に対して1階ならば空間に対しても1階、すなわち階数を揃えなさいということなのだ。
ならばそもそも元々の波動方程式が時間に対しても空間に対しても2階なのだから、
時空の親玉は波動方程式である。
0361 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2013/12/22(日) 21:06:31.90ID:???
結局、時空という概念を使うのに相対論の顔色を伺う必要はないということである。
ようするに※式に相対論のロゴマークを貼ると相対論的世界観が展開し、
※式に媒質のロゴマークを貼るとエーテル論的世界観が展開されるということなのだ。
0362 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2013/12/22(日) 21:09:00.54ID:???
では両者の違いを見てみよう。
すなわち相対論においては※式の一方の解を有り得ないモノとして惜しげもなく捨て去る。
いや正確には負の解は非物理的な操作を施して正定値にしなければ扱えないということである。
それに対して媒質の世界は、正負の解をダイレクトに使わなければ媒質の世界を
記述できない。
実際音響学者が負圧という用語を使ったからといって、トンデモ扱いされることはない。
では何故媒質の世界においては正負の解をダイレクトに扱えるのかというと、
それは媒質の世界には自然長Lという基準系があるからだ。
すなわち媒質の世界において正負の解とは、その基準系からどちらの方向にずれる
かの違いでしかないのだ。つまり、それ以上の深い意味はない。
0364ご冗談でしょう?名無しさん
垢版 |
2013/12/23(月) 10:24:55.71ID:???
>この宇宙に存在するものは全て生命系か非生命系かで説明できる。

宇宙そのものは?
生命系?非生命系?
0365 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2013/12/25(水) 13:17:20.38ID:???
>>363
エーテルを捨てた代償はあまりにも大きかったと言うことだよ

>>364
このスレの主旨からして当然生命系だろうね。
俺は特定の宗教的信条をもっていないが、あえて言えば原始的と言われているアニミズムかな。
スローガン的にはアトミズムからアニミズムへと言ったところか。
人間に生命の息吹きを吹き込んでいるのが水や空気であるように、
宇宙の営みは光子エーテルにより突き動かされている。
神は細部に宿るってやつだ。
と言っても俺はより根源的なモノを実体的、メカニカルなモノに還元してるのだから、
その意味では俺は唯物論者だ。
0366ご冗談でしょう?名無しさん
垢版 |
2013/12/25(水) 15:01:19.82ID:dU62ksFA
アニミズムねぇ・・
細胞が意思を持つといった安っぽい小説が多いから
誤解されやすい思想だと思うけど。


さてあなたに問いたい。
「宇宙」或いは「宇宙を含む生命体」のデザイナーは
それぞれに生命の息吹きを吹き込んで一体何をたくらんで
いるのですか?
現状はデザイナーの思惑通りになっている?
あなたにとってデザイナーとは何ですか?
光子エーテルですか?
0368ご冗談でしょう?名無しさん
垢版 |
2013/12/25(水) 20:53:29.99ID:Xp6evtXN
非線形力学系
0369ご冗談でしょう?名無しさん
垢版 |
2013/12/25(水) 21:07:39.83ID:VoJ1EUCZ
スレ主に誠実に聞いているんだ。邪魔するな。
0370ご冗談でしょう?名無しさん
垢版 |
2013/12/25(水) 21:24:51.24ID:VoJ1EUCZ
スレ主は雑音を無視し誠実に回答せよ。
勘違いすんな。俺はあなたの論理に否定する者じゃない。むしろ賛同に近い。
あなたの論理の展開にいささかの疑問点があるので書込んだだけだ。
あなたなら分かるはずだ。
0371 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2013/12/25(水) 23:58:18.64ID:???
>>370
いや、生命系は非線形力学でいいんだよ。
宇宙のデザインという話しだが、まさにそれがフラクタル幾何学。
例えば渦構造はミクロ系マクロ系を問わず普遍的に見られる。つまり宇宙は相似形をなしている。
つまりフラクタルは望遠鏡にも顕微鏡にも使えるってことだ。
俺はミクロ系とマクロ系に一切の差違を認めないという立場。どこまで符合させうるかは別として。
それと生命の息吹きと言ったが、それを物理的に言うとバネ、すなわち復元力。
光子もバネ、心臓の鼓動も呼吸もバネ、すなわち周期的な単振動。
もちろん線形、非線形の違いはあるが。
他のスレでも書いたが宇宙の森羅万象は単振動、もちろん宇宙そのものも単振動。

あとこの話題でこれ以上レスしない。
なにしろ俺は長文しか書けないからな。メンドークセーんだよw
0372ご冗談でしょう?名無しさん
垢版 |
2014/01/22(水) 19:40:09.37ID:YBoQMq8k
続けて
0375ご冗談でしょう?名無しさん
垢版 |
2015/07/23(木) 19:51:21.85ID:OmV4infr
相間乙
0377ニールスボーア♪ ◆nb7NRmEtz.
垢版 |
2015/07/24(金) 10:06:46.40ID:aliecbSR
目子筋力学〈Fatal Mekosujics〉この学説を発表していたのは。
いったいなにものなのだろう。日本ではまだ知られていない。
0379 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2015/08/03(月) 20:57:17.96ID:???
媒質を否定した相対論は基本的に遠隔作用の理論。
ゆえに相対論を取り入れた場の量子論が遠隔作用のオンパレードなのは当たり前。
ちなみにエーテル理論の立場からは、例えば量子もつれは単なるパスカルの原理に他ならない。
0382 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2015/08/27(木) 13:17:51.65ID:???
よくお前のモノは俺のモノ、俺のモノは俺のモノと言うが、
さしずめ相対論はお前のモノは俺のモノ、俺のモノは俺のモノじゃない、むしろお前のモノ、という理論なのだ。
例えば近接作用は媒質の特性であり、媒質のためにあるようなモノである。
ならば媒質を否定した相対論が近接作用の理論であるわけがない。
ただ相対論は最高速cにより瞬間的な遠隔作用を禁じた、それゆえ相対論は近接作用であるという
実に短絡的な帰結なのだ。
そもそも近接作用とはドミノ倒しのように、始状態と終状態の間に無数のドミノが介在する様である。
しかし単にドミノを床を滑らせたとしても、それを近接作用とは呼ばない。

結局現代物理は媒質であるエーテルを否定したところで、近接作用を荷うモノとして場という
疑似エーテルを使っている。ならば場はエーテルと同じ矛盾を孕むはずである。
ところが物理学者は媒質は徹底的に潰しにかかるが、場はお咎めなしなのだ。
0383 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2015/08/27(木) 13:24:46.62ID:???
エーテル派のローレンツ等はMM実験の結果に対し、実験装置がナノレベル縮んだとすればエーテルの風は
観測されないと考えた。
それに対し、現代物理では特殊相対性原理と光速度不変の原理の2つの原理を要請すれば、
MM実験の結果を説明できるとしている。
しかし注意すべきは、そのように仮定すれば説明できるというだけであって、その正しさが検証された
ためしはないということだ。
エーテルという速度の基準系を否定した特殊相対論にとって意味をもつのは相対速度である。
すなわち0対100の世界。要するに地球を静止系と考えても構わないということだ。
もちろん地球は回転座標系であり、厳密には慣性系ではないが、局所慣性系という概念を使って
地球、すなわち実験装置が空間に静止しているとしても構わない。ゆえに実験装置は縮まないし時間の遅れもない。
縮んだり時間の遅れが生じるのは実験装置を載せた地球と相対速度をもつ宇宙空間そのものである。
しかし地球から見て宇宙空間が縮んだ、あるいは時間の遅れが生じた、等というデータはない。
いやそもそもそれを検証するすべがない。普通それを反証可能性がないと言う。
そしてそれが相対論の強みであり、100年以上の長きに渡って科学の世界に君臨している理由である。

いずれにせよ地球から見た宇宙全体が縮んでいる、あるいは時間の遅れが生じているならそれはまぎれもなく
遠隔作用である。すなわち相対性理論は基本的に遠隔作用の理論なのだ。
0384 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2015/08/27(木) 13:28:40.61ID:???
磁場は電場の相対論効果という解釈がある。
例えば導体に電流、すなわち電子が流れているとする。そしてその導体に沿って正に帯電した金属球を
電子の流れる向きに動かすと、金属球は導体から反発される。
普通この現象はローレンツ力で説明する。
つまり電流が流れると磁力線、すなわち磁場が発生し、磁場の中を移動する電荷はローレンツ力を受けるというものだ。

ところが相対論を使うと、磁場を考えなくとも電場だけでこの現象を説明できるらしい。
すなわち電子の座標系では自身は静止している。電子から見れば動いているのは導体の方である。
それゆえ導体はいわゆるローレンツ収縮を起こし、導体の金属イオンの間隔が狭まり、電荷密度が増し正に帯電する。
そして結果として導体の傍らの金属球は反発されるというストーリーだ。
しかしここで注意すべきは、電子から見て相対速度をもつのは導体だけではなく、
その電子を除く宇宙全体であるということである。つまりローレンツ収縮するのは導体のみならず宇宙そのものなのだ。
ならばそれは光速度云々関係なくまぎれもない遠隔作用である。
もし誰も相対論を使わなければ遠隔作用は露呈しない。ところが相対論が妙に色気を出したばっかりに、
その本性を現したということである。

近接作用を標榜する相対論から遠隔作用が出てくるというのは、致命的な欠陥である。
ならば余計なお世話であるが、相対論は「アナ雪」ではないが、ありのままの自分に目覚めることであろう。
すなわち開き直って、今後遠隔作用の理論としてやっていくことだ。
そもそもこの宇宙から近接作用の権化である媒質を排した相対論には、遠隔作用がお似合いなのだ。
0385 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2015/09/22(火) 14:41:18.07ID:???
そもそもローレンツ変換はエーテルの存在を前提に、MM実験の結果と整合性をとるために導出されたものである。
つまりエーテル説の立場からは、ローレンツ変換はエーテルに対して速度をもつものに適用されるものであり、
それゆえ実験装置を90°回転させても干渉縞の明暗が観測されないのは、実験装置が
エーテルと相互作用した結果に他ならないことになる。
その意味ではエーテル説においては実験装置を覗き込むことにより、実験は完了している。
もちろんその正当性に対する批判は自由だ。
0386 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2015/09/22(火) 14:49:00.48ID:???
ところで相対論ではローレンツ変換は俺のモノであると主張している。
ならば相対論においてはMM実験のどこにローレンツ変換を使うんだ?と言う話になるが、
それは我々から見た流れる風景、すなわち宇宙全体である。
すなわち宇宙空間が縮んだ、宇宙の時間が遅れたという今時小学生でさえ食いつかないような
気恥ずかしい主張なのだ。もちろんそのようなデータはどこにもない。
つまり相対論においては干渉縞の明暗が観測されないのはあくまでも前提であって結果ではない。
ならばMM実験を何万回やろうともローレンツ変換を受ける対象のデータを提示しない限り、
MM実験と相対論とは無関係である。
0387 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2015/09/22(火) 14:53:14.96ID:???
実際、アインシュタイン自身本当かウソかは分からないが、「MM実験?そんなの知らね!」とバックれたらしい。
アインシュタインがMM実験を知らなかったとは考え難いが、いずれにせよアインシュタインは
ローレンツの論文もポアンカレの論文も読まずに独自にローレンツ変換を導いたということである。
しかしならば何の目的でローレンツ変換を導いたのだ?ということになるし、
逆にもしエーテルを否定してローレンツ変換を使えばMM実験を説明できるとしたならば、
少なくとも実験装置にはローレンツ変換を使っていない。
つまりローレンツ変換を適用する対象とそのデータを提示しない限りMM実験で相対論の正しさが証明された
ことにはならないし、ましてやエーテルを否定したことにはならない。
0388 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2015/09/22(火) 14:57:01.01ID:???
科学の書物ではお約束でエーテルはMM実験により否定されたことになっているが、結局のところそのような
歴史的事実はないということだ。
科学者がエーテルを棄てた本当の理由は前世紀初頭に台頭した粒と波の二重性を標榜する量子論の勃興、
さらに光電効果やコンプトン効果のように、光を粒と考えると上手く説明できる現象が見い出されたからである。
つまり波としての商品価値しかなかったエーテルは、粒と波の二重性という魅惑的なブランド力に敗れ去ったのだ。
ところがこれがまたとんでもない歴史的誤謬であり、ボタンの掛け違いなのである。
なぜなら現在我々は、エーテルの母体となった媒質がなんであれ原子・分子といった粒々の集団であることを知っているからだ。
つまり波を伝える水であれ、音を伝える大気であれ、その本質は粒なのである。
結局エーテルは粒だから必要なのであり、波だから必要であるとされたエーテルは単なる幻想であったということだ。
ようするに、ゲームは振り出しに戻ったということである。
0389 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2015/12/20(日) 22:43:06.91ID:???
エーテルは波だから必要であるというコンセプトは競技場のウエーブを見て、観客は
波だから必要である、と言うようなものだ。
いや、どっから見ても観客は一人二人と数えられる離散的な粒的なモノ(者)である。
そしてその粒的なモノが波を引き起こすのだから、粒であることと波であることは矛盾しない。
つまり波とは粒的なモノの振る舞い、パフォーマンスなのであり、両者は不可分の関係にある。
ところが物理学では粒と波は対立する相容れない概念ととらえている。
すなわち空間に局在する粒的なモノと、空間的広がりをもつ波的なモノが一つに納まっていることに
納得がいかないというものである。
そしてその対立をことさらあおる理論体系がいわゆる量子力学なのだ。
0390 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2015/12/21(月) 00:01:59.71ID:???
そもそも波動はニュートンの運動方程式である F=ma とフックのバネの法則である F=-Kx を
組み合わせることにより出てくる。
実際単振動するバネと重りからなる調和振動子は F=md^2x/dt^2=-kx で表わされる。
時間tによる位置xの2階微分とは加速度のことである。
ようするに波動場とは加速度の世界なのだ。
つまり往復運動するためには向きを変えなければならない。向きを変えるには減速して
一旦停止しなければならない。さらに速度を上げるには加速しなければならない。
その加減速の世界である波動場にニュートンの運動の第一法則である等速直線、
すなわち慣性系を扱う特殊相対論を使うコンセプトが私には分からない。
0391 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2015/12/23(水) 11:13:22.53ID:???
媒質を伝わる波の速度、すなわち波動方程式から導出される定数cは慣性系限定ではない。
すなわち波源(観測者)が静止していようが加減速していようがおかまいなしに媒質に対して一定の速度で進んでいく。
ならば媒質に対して運動する座標系からは波の速度は変化するのでは?ということになるが、
もちろん変化する。
しかし変化するのはあくまでも角速度ωであり、波数kなのだ。
ようするに、そもそも速度とは何か?という問いに対する正しい定義付けなしには
あらゆる議論は平行線をたどるということである。
0392 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2015/12/23(水) 12:17:33.16ID:???
下の図は媒質に対して静止(静止とは限らない)している波源Aと、Aに対しある速度をもつ波源Bが
原点を共有した時間t0に発した波の様子である。
位相速度は媒質に対して一定なのだから、原点を共有したA、Bから時間t0に発せられた波面は
どちらも同じ位置ctxを並行して進んでいる。
さて波源と、同時刻t0に発せられ並走する波面との間の波の数(振動数)はAもBも同じだ。
ならば波のエネルギーは振幅の2乗なのだから、波源とctx(t0)との間の波のエネルギーは同じである。
つまり、波源Bから前方に発せられた波のエネルギーは短い距離に圧縮され、濃縮されたのであり、
後方に発せられた波のエネルギーは長い距離に拡散され、希薄になったということである。
ゆえに波源Bから発せられた波の前方の観測者は、後方の観測者よりも単位時間により多くのエネルギーを
受けることになる。
すなわち運動する物体から前方に発せられた波の速度は、物体の速度ベクトル分加算されたのであり、
後方に発せられた波の速度は物体の速度ベクトル分減算されたのである。
0393 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2015/12/23(水) 12:34:24.71ID:???
結局運動する物体から前方と後方に発せられた波は、角速度が違うということである。
図で言えば波源Bから前方に発せられた波の角速度は後方に発せられた波の角速度より約2倍速い。
つまり前方の波が1周期、すなわち円を一周するごとに後方の波は半周遅れになっている。

さて球面の方程式は r^2=x^2+y^2+z^2 ただし r は球の半径 ゆえに ct^2=x^2+y^2+z^2
図は2次平面なので、1次元落とした円の方程式は r^2=x^2+y^2 さらに → ct^2=x^2+y^2
r^2=x^2+y^2はピタゴラスの定理により、斜辺の(長さ)の2乗=底辺の2乗×高さの2乗
つまり斜辺とは円の半径であり、さらに波の振幅に他ならない。
さらに底辺xは運動エネルギーであり、高さyは位置エネルギーに他ならない。
0394 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2015/12/24(木) 11:02:23.98ID:???
円の1回転は一つの波長に対応している。
ではなぜ振幅の2乗が波のエネルギーに対応しているかというと、
それはピタゴラスの定理を考えると理解できる。
ハミルトニアンは全エネルギーは運動エネルギーと位置エネルギーの和だ。
すなわちH=T+V
直角三角形の斜辺は円の半径rである。さらに横軸xを運動エネルギーとすると
縦軸yは位置エネルギーだ。
ならばピタゴラスの定理により、運動エネルギーxの2乗と位置エネルギーyの2乗の和は
半径rの2乗となる。
ゆえに半径rを振幅に置き換えると、波のエネルギーは振幅の2乗になる。
0395 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2016/01/19(火) 17:58:35.60ID:???
ちなみに単振動を複素平面上(複素次元)に射影したのが下の図である。
重りの位置xとバネの変位yは同じだ。
ゆえにx,yを時間軸に沿って2次平面にプロットすると、ただ1つのサインカーブを描く。
しかしエネルギー成分に分解すると、位置エネルギーと運動エネルギーは反比例の関係に
あるのだから、位相差90°の2つの同一波形、すなわちサイン・コサインカーブを描く。

その様子はジェットコースターをイメージすればいいだろう。
つまり人を乗せるコースターはレールに沿って走るのだから、レールとコースターは同じ軌跡を描く。
しかしコースターが地面に近い時には速度Maxだが、位置エネルギーは最低だ。
逆にコースターが山を駆け上がると位置エネルギーは増すが速度は鈍る。
すなわちレールの位置エネルギーとコースターの運動エネルギーのエネルギー曲線は一致しない。
0396 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2016/01/19(火) 19:16:26.23ID:???
結局、実数で書かれることと複素数で書かれることにマクロ系もミクロ系も関係ない。
すなわち虚数とは単に位相を90°ずらす演算子に過ぎないのだ。
つまり、例えば円の1回転は360°だ。ゆえに360°の位相変換は1周期、すなわち元の状態。
さらに180°の位相変換は半周期、すなわち対極ににある状態であり、±の符号の変換。
さらに90°の位相変換は1/4周期、すなわち加速期と減速期。
つまり複素数を使うと、加速と減速を抽出できるということである。
0397 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2016/01/19(火) 19:23:23.68ID:???
結局複素数で世界を記述するということは、世界、すなわち時空というものを4分割
するということなのだ。
例えば季節は普通四季である。すなわち一年間を4分割したのが四季なのだ。
この場合暑い夏をプラス、寒い冬をマイナスと実数で表すと、じゃあ春と秋は何?ということになる。
つまりこの場合春と秋は位相を90°ずらす演算子、すなわち減速期、加速期ということになる。
すなわち冬の寒さを緩和し、さらに夏の暑さへと加速させるのが春であり、
夏の暑さを緩和し、さらに冬の寒さへと加速させるのが秋なのである。
つまり季節はいきなり夏冬、冬夏を往還するものではない。
要するに春と秋は冬から夏、あるいは夏から冬への橋渡しする使者なのだ。
0398 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2016/01/19(火) 19:28:12.37ID:???
ところで北半球の人々のファッションを見ると、夏から冬場に向かうにあたって
半袖から長袖、さらにはコート、首にはマフラーというように薄着から厚着へと変遷していく。
ところが同じ地球上の南半球の人々はこれから冬から春を経て、夏真っ盛りの季節を迎える。
そして彼らのファッションといえばコートを脱ぎ捨て、長袖からTシャツ、タンクトップというように
肌を露出していく。
その様子は、北半球と南半球の人々の生活様式はあたかもフィルムの順送りと逆送りのようなものだ。
もちろん両者の時間軸の順逆を保証する数学解は複素共役であり、遅延解・先進解、すなわち
フィルムの順送りと逆送りとは何の関係もない。
0399 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2016/01/19(火) 19:32:39.45ID:???
つまり、北半球の人々にとって地球の自転軸は反時計回りであり、さらに台風の
渦は左巻きだ。逆に南半球の人々にとって地球の自転軸は時計回りであり、
さらにサイクロンの渦はは右巻きだ。
そしてそれを複素共役で表すと、北半球の回転角を偏角 +θ、虚数+iとすると、
南半球の回転角は偏角 -θ、虚数-iということになる。
結局我々の現実世界においては時間軸であれ何であれ、排他的二値が地球という
一つのモノに部分系として収まっている。
ところが、その相反するものが一つに収まっていることに納得がいかない、
さらにその対立をことさら煽る理論体系がいわゆる量子力学なのだ。
例えば粒と波の二重性しかり、あるいはS猫しかりである。
0400 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2016/01/19(火) 19:36:11.81ID:???
結局複素共役は極めて有用な数学解であるが、残念ながら基礎物理学はその美味しい複素共役が使えない。
なぜなら複素共役はゼロを挟んで、プラスとマイナスの量があって初めて意味をもつからだ。
ところが現代物理はエネルギーレベルで、すなわち負のエネルギー(質量)を否定している。
要するにエーテルという基準系を排した相対論を基礎とする物理学は負のエネルギーを
扱えない。ゆえに複素共役は使えないということである。
複素共役が使えないとするとそれは自ずと遅延解・先進解に手を染めることになる。
物理学者の正のエネルギー(質量)に対する信仰は凄まじく、負エネルギー解の反粒子を
正のエネルギー、正の質量に改宗させられるものならば悪魔に魂を売り渡すこともいとわない、
それほどまでに強固なものである。
そして実際売り渡してしまったw、因果律という物理学の根幹を、
先進ポテンシャルを積極的に利用したファインマンは、マクロな物体に先進解を適用すると因果律に抵触する。
しかしミクロの世界に実在はないとするならば、計算結果さえ合えばそれでいい、と言った(らしい)。
要するに、実在という制約を取り払えば怖いものは何もない、もはや何でもありの世界である。
0401 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2016/01/20(水) 00:33:18.73ID:???
ふと思ったんだが、ハミルトニアンは全エネルギーは運動エネルギーと位置エネルギーの和だ。
すなわち H=T+V
それに対してラグランジアンは運動エネルギーから位置エネルギーを引いたものだ。
すなわち L=T−V
この和と差の違いは何だ?と思っていたが、半径1の単位円の方程式は x^2+y^2=1 これを
ハミルトニアンとすると x^2−y^2=1 はラグランジアン。x^2−y^2=1 は双曲線関数を表す式。
ならばハミルトニアンは三角関数で、ラグランジアンは双曲線なのかな?
だとしたら、これは少なくとも俺の中では大発見だ。
0403ご冗談でしょう?名無しさん
垢版 |
2016/01/26(火) 12:53:10.77ID:lJWwh5yK
昔のニセ科学やね
0405 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2016/02/10(水) 17:09:40.89ID:???
そもそも複素共役が有用なのは物事は一義的なものではなく、相対的であるからだ。
ところがその相対性を標榜する相対論が複素共役を使えないというのだから、
相対論は矛盾を孕んだ理論なのである。
つまり本来相対論は絶対性理論と呼ぶに相応しい理論なのだ。
なぜなら相対的であるためには何らかの基準系が必要であるからだ。
実際エーテルという速度の基準系を否定した相対論は皮肉なことに、絶対静止系を要求する。
0406 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2016/02/10(水) 17:14:54.56ID:???
よく相対論の通俗書に、電車の乗客にとっては自身は静止している、ゆえにホームの時計が遅れる。
しかしホームに立っている人にとっては動いているのは電車の方なのだから、電車の時間が遅れる。
結局どっちの時間が遅れるの?ということになるが、相対論では互いに相手の時間が遅れる、それでいいのだ、
としている。
ならばその奇妙な帰結の正否は実験で確かめるしかないが、それを検証する実験は存在しないのだ。
なぜなら時計合わせをするためには少なくともどちらか一方がUターンして戻らなければならないからだ。
しかしUターンするためには加減速しなければならない。つまりもはや特殊相対論の世界ではない。
そして結局は加減速した方の時間が遅れるとしている(双子のパラドックス)。
0407 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2016/02/10(水) 17:18:38.58ID:???
さて、では電車の乗客が自身が静止とすればホームの時計が遅れる。しかしガリレオがそれでも地球は動いていると言った
ように、電車の乗客がひょっとして動いているのは電車の方では、とすると乗客の時計が遅れることになる。
ならばこれは明らかに論理が破綻している。
なぜならそれは時間の遅れが互いにキャンセルしてしまい、ローレンツ変換が無意味になるからだ。
つまり相対論では慣性系にあるものは絶対静止でなければならない。
そして慣性系は無数にあるのだから(実際には厳密な意味での慣性系は存在しない)、
その意味では相対論は慣性系ごとの無数の天動説と言うべき理論なのだ。
0408 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2016/02/10(水) 17:21:46.94ID:???
ところで流体を記述する基礎方程式に連続の式というものがある。
連続の式と言っても連続か離散かの連続ではなく、途切れることなく繋がっているというものである。
連続の式は無から有を生じることはない、逆に有が無に帰すことはない、すなわち質量保存の式でもある。
0409 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2016/02/10(水) 17:25:56.72ID:???
連続の式は普通微小体積dvへの流体の出入りで説明されるが、身近な例では、
例えば水道の蛇口から流れる水は蛇口付近から湧き出したものではなく、
貯水タンクやダムに蓄えられていた水である。ゆえに蛇口から流れた分の例えばダムの水量が減る。
あるいは排水口に流れた水は排水口付近で消滅したわけではなく、下水道から最終的に海へと流れて行く。
さらに地球規模で考えると排水口と蛇口は連続的に繋がっている。
すなわち排水口に流れ去った水はいずれ水蒸気になって雲になり、さらに雨になってダムに堰き止め
られ、その水が再び蛇口から流れ出るからだ。要するに水は循環しているということである。
0410 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2016/02/10(水) 17:29:33.66ID:???
以上のように、連続の式は媒質の世界を記述するための基礎方程式であることは言うまでもない。
そして相対論はその媒質を否定した理論である。
さらに相対論を基礎とする現代物理学は連続の式の帰結である質量保存則を否定している。
つまり、近接作用の権化である媒質を否定した相対論を取り入れた「場」が遠隔作用のオンパレードであるように、
無から有、有から無を容認しているということだ。
すなわち世の中上手く出来ていて、ある前提(エーテル否定)の下にはそれ相応の
帰結が導かれるということである。
0411 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2016/02/10(水) 17:32:30.66ID:???
よく物理学の書物には遠隔作用を禁止する相対論と、遠隔作用を要請する量子論は相容れない対立する理論である。
(例えばEPRのパラドックス)
しかし両者の蜜月関係は、たとえ遠隔作用による相互作用があったとしても情報は伝わっていない、
という合意の下に保たれている。しかしこれはとんだ茶番である。
なぜなら真実遠隔作用を要請するのは相対論の方であるからだ。
そしてその相対論を量子論が取り入れたのだから、いわゆる場の量子論が遠隔作用のオンパレードなのは当たり前なのだ。
要するに、あらゆる遠隔作用が出てくる理論には必ず相対論の指紋がついているということである
0412 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2016/02/10(水) 23:34:46.50ID:???
ちなみに光さえ脱出出来ないとされる、宇宙の最終処分場がいわゆるブラックホールだ。
しかしBHを空間にぽっかりと口を開けた排水口とすると、そして連続の式を拡張するならば、
BHに呑み込まれた物質はBHで消失しない。たとえより根源的なモノに帰されたとしてもだ。
つまり排水口と蛇口がセットならば、BHで噛み砕かれた物質の量子はやがて空間に戻される。
0413 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2016/02/16(火) 23:30:41.11ID:???
重力波が発見されたらしい。まぁエーテル理論の立場からは痛くも痒くもないが、例えば>>222-224
しかし突っ込みどころは多々ある。
0414 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2016/02/16(火) 23:34:42.41ID:???
例えば今回の重力波望遠鏡(LIGO)は基本的に、エーテルの風を検証しようとしたMMの実験装置と同じだ。
すなわちLIGOにおいては重力波による干渉があると実験装置のL字型の腕が交互に伸縮し、
それによる光路差によって干渉縞の明暗が生じる。そして今回それが観測されたというものだ。
ならば同じ議論をするならば、MM実験において、エーテルの風が観測されないのは
実験装置の腕が進行方向に縮んだからだとするローレンツらの主張とある意味同じだ。
ただしこの場合、直交方向の腕は縮まないのだから干渉縞の明暗は生じない。

つまりLIGOにおいては干渉縞の明暗を確認したことにより検証は完了し、
MM実験においては干渉縞の明暗が確認されないことにより検証は完了している。
0415 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2016/02/16(火) 23:37:40.85ID:???
ところがMM実験に対しては特殊相対原理と光速度不変の原理の2つの原理を要請し、
実験装置の腕は縮まないとしている。これは明らかに二枚舌である。

物体の長さが不変量でないことは鉄道関係者がよく知っている。
すなわち温度変化により鉄は伸び縮みする。それゆえ電車が脱線しないようにレールの
つなぎ目にわざとすき間を設けている。
動く電車がガタンゴトンとリズムを刻むのはそのためである。
そしてその伸び縮みを速度というパラメータでやったのがローレンツたちなのだ。
すなわち床に落としたトマトが潰れるならば、エーテルの中を進む物体が短縮しないわけがない、
と言うものである。
あるいは自転する地球は完全な球形ではなく、南北に潰れ扁平になっている。
すなわち地球はその角速度による遠心力により、赤道半径と極半径の差は20km以上ある。
つまり物体の長さは不変量でない。
0416 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2016/02/16(火) 23:44:43.15ID:???
ところが特殊相対論ではMMの実験装置、及びそれを載せた地球が実際に縮むことはない、としている。
もちろん特殊相対論において短縮するのは我々と相対速度をもつものであるが、
それにしたって実際に短縮するわけではなく、それは同時の相対性による見かけのものであるとしている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/特殊相対性理論
>ローレンツとポアンカレの理論によれば物体が縮むのはエーテルの影響である。そのため、
>エーテルの存在を捨てた特殊相対性理論においては当然運動する物体が実際に収縮するということはない。
>特殊相対性理論においては運動する物体が現実に収縮するのではなく、
>運動している座標系における同時の状態を静止している座標系では同時の状態として観測できず、
>同時からずれた状態を観測することに起因する。
0417 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2016/02/17(水) 00:20:44.08ID:???
エーテルと相対性理論 (1920年5月5日ライデンの帝国大学に於ける講演)
アインシュタイン著 石原純訳 より引用

>要するに私達は斯う云うことが出来ます。
>一般相対性理論によれば空間は物理的性質を賦与せられているので,
>つまりこの意味で一つのエーテルが存在する のです。
>一般相対性理論によってエーテルなしに空間を考えることは出来ませ ん。
>何故となれば,このような空間では光の伝播が存在しないばかりでなく,
>また物指と時計との存在の可能性も失われ,物理学の意味に於ける
>時間的空間的距離なるものも存在しないからです。

このような空間では光の伝播が存在しないってよw
ある意味アインシュタインはエーテルの存在に保険を掛けているんだよな、
で、特殊相対論を真に受けてエーテルは存在しない、と言い切っている物理学徒は
梯子を外された恰好だw
0418 ◆GOVXYB0Zc.
垢版 |
2016/02/18(木) 13:34:00.92ID:???
ちなみにエーテル理論に従うと、真空下にもキャビテーションが発生する。
ガンマ線バーストはその第一候補だ。
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