円谷英二の人間像
へえ。 「ハワイ・マレー沖海戦」なんて、本物にしか見えないからなあ この前テレビでやってた真珠湾の映像記録で「ハワイ・マレー沖海戦」のシーンが混ざってたよ 円谷プロで日本の特撮の全てを独占しようと考え、
その一環で他社の人間も潰そうと画策。
的場徹を口先八寸で招いて冷や飯を食わせ冷遇して
飼い殺しにした外道 ( ゚д゚)、ペッ 随分前ですけど、NHKの海外ドキュメンタリーで、イスラエルが製作した
日系442部隊のドキュメンタリーが放送されたですぅ。
その冒頭で真珠湾攻撃のシーンが流されたのですが、
これが良くできたミニチュアワークによる映像で「あれっ?」と思ったところ、
後になってジョン・フォードが戦時中に撮った「真珠湾攻撃」という
“ドキュメンタリー”映画から持ってきた物だとわかりましたぁ。
製作されたのが1943年で、我が「ハワイ・マレー沖海戦」より1年あとですね。
両者を比べて見ると面白いのですが、やはり「ハワイ・マレー沖海戦」の特撮は、
俯瞰、鳥瞰が多く、「真珠湾攻撃」は地上からのショットばかりでしたぁ。
「真珠湾攻撃」は、ダナ・アンドリュースが真珠湾の兵士役で出演していたりして
一応セミドキュメンタリーという体裁になっているですが、
特撮は使っていないという触れ込みになっているのでしょうか、
特撮マンの名前がクレジットされていないのは残念ですぅ。
「ハワイ・マレー沖海戦」は、あきらかに特撮とわかるショットがありますが、
「真珠湾攻撃」の方は普通の人なら騙しおおせるくらいのリアリティがあるですね。
ところでこの「真珠湾攻撃」の全長版は真珠湾の真相を語ってしまったため
1995年まで封印されていたそうですぅ。
「ハワイ・マレー沖海戦」は戦意高揚映画とは云いながら、意外に淡々としたドラマで
あまり宣伝臭がないですが、「真珠湾攻撃」の方は思いっきりプロパガンダ色が強いですね。
ミッドウエイ海戦以降の我国の敗色濃厚になった時期の映画だけに元気いっぱいですぅ。
でも真珠湾攻撃当時米国政府は、意気消沈している国民を動揺させないためか、
一方的にコテンパンにやられたことを隠すためか、
日本軍の空母を一隻沈めたと発表して、今だにそれを信じてる人もいるということですから
特撮を使ってド派手にやられているところを見せるのはヤバかったんでしょうかね。
空母を沈めるとこなんて出てこないし…。 いま、NHK教育の唐沢俊一氏司会の円谷英二番組を見ました。
見ていた母親がモスラの幼虫と円谷英二が写っている写真をみたとたん、
「これがガッツ星人に成長してウルトラセブンを殺そうとするのよね」
なんと返答していいかわかりませんでした (´・ω・`) >「ハワイ・マレー沖海戦」なんて、本物にしか見えないからなあ
ワシントンDCにある観光名所の"スパイ博物館"に真珠湾攻撃のコーナー
があり暗躍したスパイ等の紹介あるが「日本軍は真珠湾の精巧な模型
を作り対策を立てていた。」との説明と模型の写真があったがそれは
どう見ても"ハワイ・マレー沖海戦"の撮影現場の写真だった。
」
>>57
そういうことは、ちゃんと言った方がいいな・・・
誰か英語のうまい香具師、その博物館にメールしてくれよ そのままにしておいた方が面白いということも世の中にはある
>>51
今見ると特撮にしか見えないんだけどね(笑)
進駐軍が「ハワイ〜」を見て記録映画だと思った、ってのは
「東洋の黄色いサルが(戦時中に)こんな見事な特撮映像を撮れるはずはない」という先入観があったからなんじゃないかな。
>>60
>今見ると特撮にしか見えないんだけどね(笑)
正確に言うと特撮とわかるショットと特撮に見えないショット、
それに特撮か本物かわからないショットが混ざってるですぅ。
こういう場合「実写かも知れない」という仮定で調査を行うのは
レスポンシビリティを持った者の任務であるとアメリカ人は考えるはずですぅ。 >>57
かなり大きなパネルが展示してありこっちがはずかしくなったよw
真珠湾のセットの中にスタッフがいるモノクロ写真なんだよね。
実車の"アストンマーチンDB5"が展示してあるのはうれしいが・・・
円谷英二の二人の息子が当時、全盛期だった映画界ではなく新興企業で
その後、ライバルのなるTV局(TBS、フジ)に就職したのが面白い。
次男・皐は仕事の片手間にイベントを手伝い"マーチャーダイズ"の利益の
重要さに気付きその後退職して円谷プロ入りするも長男・一は英二が
死んでから入社している。
「"オヤジ"が死ななかったらTV界に残っただろう。」とも言われているが
皐の方が"WOO"の企画で最初にTV界に引っ張りだそうとしたりウルトラQの
裏番組の"W3"のPで視聴率の急降下に直面したり因縁深い。
芸術家肌の長男と、経営手腕に長けた次男。これがもし逆であれば・・・
一氏は長男だったが故に父の死後、円谷プロを背負って立たねばならず
それが確実に彼の寿命を縮めたようなものだしな。
彼には最後まで「演出家」としてその生涯を全うさせてやりたかった。 >>65
長男はドラマの演出で芸術祭で賞を取った事もあるし昔から
「何もやらしても勉強でもスポーツでも上手で天才肌だった。」と言われていた
らしい。あのままでいればTBSの名ディレクターとして名を残したんだろうね。
次男は第二次ウルトラシリーズ終了後の負債の処理でかなり苦労させられた
らしい。 一さんの演出って本多監督のように正攻法ですごく好きだったな。
にしても、円谷先生ほどのリアリティ追求者がなぜゴジラにシェーをさせたのか…
アイドル化していくゴジラへの複雑な想いあったのかね? 円谷先生って苦労人だよなぁ……。
>>69
>円谷先生ほどのリアリティ追求者がなぜゴジラにシェーをさせたのか…
意外と、2作目以降はゴジラそのものにはあまり執着が無かったんじゃないの?
むしろ子供向けのサービスと割り切ってたような? 中島:親父さんは役者はぜんぜん怒んないの、その代わりスタッフには物凄かったですよ。 >>71
役者は怒ると演出に影響するからだったらしいね。
でもいいアイディアを出したスタッフには褒めたらしいね。それがうれしいので
がんばったスタッフも多かったそうです。 >>69 ゴジラ=悪者と、思ってる人に対するアンチテーゼだったのかも・・。
「ラドン」見た人が、「怪獣が倒されてるのに、人間が悲しむのが可笑しい」といったと言う話をどっかで聞いた。
ゴジラも可愛い所あるんだよ、と思わせたかったのかも。
俺は、あれを感情表現の一種としてシェーを取り入れたと思ってる。 円谷さんは特撮の領域では神様というか伝説的存在だけど
その世界から一歩出て、特撮に関心のない体育系みたいな連中から見れば
ただのオタクなのかも。
んー、でも普通の映画でもちょっとした合成シーンが必要になると(それはかなり多いと思う)、やっぱり
おやっさんに頭さげてこいや、になるんじゃないでしょうか? 円谷組vs黒澤組・照明争奪戦東宝撮影所編
かって撮影所内でこの二つの組の照明の奪い合いがスタッフ同士であり
「こっちは"天皇"だぞ!」、「こっちは"神様"だい!」等という事があった。
撮影所内では"専用のスタジオを作らせる政治力"があった円谷の方が上だった
らしい。日本映画界全盛時代の話。
ちなみに当人同士は仲が良く黒澤にとって円谷は先輩であり自分の師匠の
山本嘉次郎監督が"ハワイ・マレー沖海戦"と撮っていて助監督時代にそのロケ中
に訪ねて自分が書いた映画の脚本を見てもらいに現地を訪れた事もあった。
>>76
黒澤が"空の大怪獣ラドン"の演出について助言したという話もあるな。 >>78
実物大のメガヌロンに人間を襲わせといて、
そのメガヌロンよりも巨大な雛鳥を登場させれば、
ラドンの巨大感が表現できる…という助言だったらしいね。
黒澤明は、こういう物理的なロジックも実に上手かった。
黒澤以外でそういった発想が出来る日本の映画人って…
「宇宙戦艦ヤマト」の西崎義展ぐらいじゃないのかなw 円谷作品は見て来た。今日見る特撮映画の先駆けだしどの作品も素晴らしいです。 円谷作品は見て来た。今日見る特撮映画の先駆けだしどの作品も素晴らしいです。 "太平洋の翼"で初めて助監督に"中野照慶"、普通は10年以上のキャリアが
いるのにキャリア数年の大抜擢だったが円谷はそれが気にいらず
「俺はお前に相談しないで全部やるから」と言われしまった。発奮した
中野は1週間分の綿密な撮影スケジュール表を作ったが逆に円谷に
「特撮はスケジュール通りに撮るんじゃねー」と大激怒して全く口も
聞いてもらえなくなった。当時はスケジュール表に1週間分、空とか海
とかだけ記入されてかなり大雑把な物だった。 有川とかも、キャリア10年もなかったのに
この英二は良く言えたねw
まぁ、本質的には特撮の仕事を円谷プロで独占しようとして、的場徹を
潰した陰湿な人間だよな >>84
つか、同一人物にしか見えない罠。
ま、いかに円谷英二とはいえ
さすがに聖人君子ではないだろうけどさw 東宝のスタッフやミニチュアを無断でこっそり他社の作品に貸し出したりして田中P
と衝突した人なんだけどね、英二氏は。 円谷さんは昔の師弟関係的なつながりで元門下生みたいな人達に貸したらしい。
田中Pはやっぱり会社の人間だからそういうことには怒らざるおえないんでしょう。 >>82
全く無視された中野は円谷が撮影中に「ここで役者がほしいなあ〜」と
つぶやいたのを聞くと本編と交渉して俳優を数人調達して撮影を可能に
させた。円谷大喜びでそれ以来何でも相談されてしまったらしい。
中野が後年に「円谷さんはかわいいけどこういう人見知りする一面も
あったんだよw」と述べている。
>>87
大映の築地米三郎が"ああ海軍"を撮った時に会社に内緒で個人的に
貸し出した。あと普通、技術的な事は秘密にするんだけど円谷はオープン
だったらしい。東宝のスタッフは撮影終了してから夜に他社の仕事を
手伝っていて円谷は黙認していた事が結構あったらしい。 良くも悪しくも「職人気質」だったんだな >円谷英二 まあ、円谷氏が亡くなって何十年も経ったし、氏が過度に美化されて
それを真実と捉えて疑わないアフォがいるのは確かだよな。
しかし、日本特撮は未だに氏の影響が強すぎる気がする・・・。 >過度に美化されて
それは円谷英二に限ったことじゃないだろ >>91
>日本特撮は未だに氏の影響が強すぎる気がする・・・。
kwsk いや、思い付きといった程度のカキコなのであまり真面目にとられると困る。
ただ、俺の理屈抜きの感覚として、円谷氏の登場時、日本特撮は世界にひけをとらない程になったのに、
どうして今日、諸外国作品と比べると、こんなにまで特撮技術に差が出来てしまったかってこと。 円谷英二の人間象
……そりゃどんな作品だと一人ボケツッコミ >>94
円谷を押し退けるような実力を持った人間が出てくる前に死んじゃったからだよ。
円谷はチャンピオンのまま死んでしまった大場政夫のようなもんだ。 若い特撮オタクは「大場政夫」に例えられてもわからんと思うよ 円谷英二氏は存命中に後継者に道を譲ってるけどね。目立たないのね。 「後継者」って時点でダメダメだと思うけどね。
御大の威光で有無を言わさせない人間しか出てこないに決まってんじゃん。
>>96
小松左京にそんな作品があったような。 「期待される人間象」だな。
>「後継者」って時点でダメダメ
だれも覚えてない「2代目若大将 大矢茂」とか「21世紀の裕次郎 徳重聡」とか(ry 存命中なら後継者で正しいと思うが?ようは主観はどこかでしょ? 「2001年宇宙の旅」が公開された時には円谷特撮は時代遅れの
チャチイ特撮w はいはい、毒にも薬にもならない煽り乙。
次の話題、どうぞ↓ 円谷特撮なぞ横綱=大映京都に比べればいいとこ前頭筆頭クラスな訳だがw >>104
実はキューブリックは円谷を尊敬してて、研究しまくってたのだが。 しかし『怪獣大戦争』の木星の丸みの無さ。あれを2001年の後に観るとツライぞ。
2001年のスタッフは、木星を表現するために新たな特撮テクを創始してる。 >109
「テープレコーダー」がどう壊れると同じ事を繰り返し再生するようになるのか教えて下さい。 キューブリックが尊敬してたのは手塚治虫。円谷に一目置いていたのはジョージパル 円谷英二監督が存命中だった頃の東宝怪獣映画、ウルトラシリーズは、言葉では言い難いが、安心して見られる感じがあって、特撮がチャチでも許せる面白さがあったように思う。 >>112
バカのひとつ憶えと云った方がよかったかもね。 >>111
あのー両者の制作費、制作期間の違いを考えてから発言された方がよろしいかと...............。 んもぉ〜スルーしとけよぉ〜
ほんとに特オタほど釣られやすい人種はいねーな
もともと目的がちがう映画なんだよ… 「壊れたテープレコーダー」よりももっと古典的に
「傷が入って針が飛ぶレコード盤」だろ? ごめん、>>110だけど、ウソです。
過疎ってたので、燃料投下のつもりでやりました。 人が載っかれるでかい空母を作ってもミニチュアにしか見れない
画しか撮れない人が特撮の神様ですから笑えますよね >>96
円谷英二のエレファントマンなら見てみたい象 円谷英二しか世界の特撮監督は知らないってのが多いみたいだな。 >>116
観る側の歩み寄りと思いやりで、ようやく成り立つのが円谷マジックなら、
全てが空しいと思う。
いや、自分は好きだよ。でも、ひいきの引き倒しはしたくない。 大映京都に比べリャ円谷特撮なんか子供のままごとw。 2001年ダグラス・トランブルの手法は、円盤を回転させ、それをスクリーンとして
木星を映写する、ってことだわな。特に予算はかからない。
これを円谷監督に思いついてほしかった! そもそも人間像を語るっていう大層なスレタイがどうなんだよ
俺たちに円谷英二その人の何が分かってるんだ会った事もないのに こっちの板は、年間通して
中2度が非常に高いんだよなあ・・・・・・。 h ttp://www.nikkei.co.jp/kansai/culture/36019.html
昨日ニュースで映像見たけど、この画像よりかなり縦にすだれ状のノイズが多かった >>128
あれは撮影に時間がかかるんじゃなかった? 円谷監督の特撮はチャチかもしれないが、観客を乗らせる力はあったと思う。
もう、理屈抜き「特撮の世界」を楽しんじゃう感じ。
俺は、円谷監督は「芸が細かい」って感じだね。
手の込んでる感じがする。 ともかく、ゴジラから始まって1950〜1960年代初めまで
ジョージ・パルなんかのアメリカメジャー特撮映画とあちらの
土俵で対等以上にはりあっていたのだからね。
米メジャー会社はもうこの種の作品からは手を引こうとしていた
ほどだし、民族、歴史を超えて人を引き付ける何かがあったのは
否定できないね ハイテク満載の現行車に比べると60年代のスポーツカーはチャチだよ。
でも、今のものにはない味あって、それが好きっていう旧車ファンもいる。
ま、そういうことだ。
それと、円谷特撮の魅力は「きかんしゃトーマス」と共通点があるんだよ。
盆栽のような味わいなんだな。 >>30
ウルトラシリーズを中心になって作ってたのは円谷一なんじゃないの?
成田氏、高山氏をスタッフに引き入れ、
干されていた実相寺氏、飯島氏を抜擢したのも一氏。
金城氏の脚本を練り上げ、
=上原氏が語るに、若い脚本家にかなりのアイディアを提供するも
その若い脚本家の名前を売る為に、本来なら共同執筆となる所を一氏は名前を伏せていた…
この若い脚本家って金城氏の事なのでは。
上原氏は監督としては鬼だったので近寄りがたかった、でも撮影が終わると人が良く
カッカと笑う顔に引き込まれたと。
熊谷も人材を育てたのは一氏だったと断言してるし。
英二氏以上に現場を隅々取り仕切っていたような感じがする。
かなり人望が有って、「ツブちゃん(=一氏)がやるなら俺も参加するよ」ってスタッフが大勢居たとか。
有能スタッフの招集、脚本、監督、プロデューサーとの取引き等、
全て深く関与。
親である英二氏も一氏が文部大臣賞取った途端、一目置いた態度に変わった。 帰マン世代の俺は、一さんの子だったんだな、
とこの歳になっておもた。 かつて円谷プロが運営に関っていたと思われる施設
http://www17.ocn.ne.jp/~shoukai/uchuu-kaiten-onsen02/
http://www17.ocn.ne.jp/~shoukai/uchuu-kaiten-onsen03/
http://www17.ocn.ne.jp/~shoukai/uchuu-kaiten-onsen04/
http://www17.ocn.ne.jp/~shoukai/uchuu-kaiten-onsen05/
http://www17.ocn.ne.jp/~shoukai/uchuu-kaiten-onsen06/
http://www17.ocn.ne.jp/~shoukai/uchuu-kaiten-onsen/ 円谷英二本人と直接関係はないのだが、他に適当なスレがないので書いてみる。
大映や東映特撮とか石森作品には時代物があるけど
円谷ヒーロー物にはない気がする。
爆破のシーンのみを円谷プロに依頼して制作した単発の時代劇はあったけど。
タイムスリップしたウルトラマンも結構いいと思うのだが。
世界不思議発見だっけなあ。なんかのクイズ番組で円谷英二が絶対にやらなかったことは?
とゆー設問。答えは血しぶきだったが、んじゃ、ギエロン星獣のラストはなんだったんだ? あれは赤い血じゃないから、いいんじゃね。
血は禁止といいながらも
サンダ対ガイラでガイラが血まみれになってんだよなw 成田亨氏曰く「特撮監督としては尊敬出来たけど、人間的には尊敬出来なかった」らしい。
遺稿集によると、1954年の旧『ゴジラ』制作時、バイトでミニチュア作って、いざ、撮影って時に、
円谷英二氏がなかなか来ないのでどうしたのか人に聞くと、何でも「クリスチャンなので日曜礼拝の
後で来る」という話を聞いて、愕然としたとか。
終戦後、『ハワイ・マレー沖海戦』等を撮ってた関係で円谷氏は公職追放の身の上だったそうで、
成田氏は「何でそんな人が再び映画撮れる様になった?」と疑問視しながらバイトに精出していたとか。
で、円谷氏がクリスチャンだという話を聞いて、当時、戦犯逃れのためにクリスチャンに改宗した
軍の将校とかの話を聞いていたので、「この人もその口か」という印象を持ったそうな。
別に円谷氏が戦犯逃れの為の改宗をした訳でも無いでしょうけど、たまたま運悪く、成田氏はそういう
連中を沢山知っていたので、そういう印象を抱いてしまったという話です。
それでも成田氏は円谷一氏を「金城氏と同様、仕事ぶりでは誰よりも信頼出来た」と一目置いていました。
その弟達とは険悪でしたが。
オレが読んだ本では、ある特撮映像を撮影中、特撮で表現出来ることへの限界
を感じ、それによって神の偉大さに気づき、そして改宗したと書いてあったな。
その限界は、たしか火災のシーンだったと思う(このへんは、あやふや) おかしいなあ。円谷英二がキリスト教に入信したのは、昭和も30年代後期なのに・・・