もしも山中が戦死しなかったら、日本映画界の様相はずいぶん違ったものになっていただろうね。
盟友の小津や清水に合流して、松竹で現代劇を撮ったかもしれないし、東宝や新東宝に移籍したかもしれない。
意外と不自由で窮屈な映画界を離れて前進座の舞台演出を始めたり、テレビ界に早々と進出したかも。
いずれにしても、木下、市川、黒沢といった戦後派監督たちは多大な影響を受けることになったと思う。