白痴/どですかでん
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>>31
その言葉に打ちのめされるジェリー藤尾の情けない顔がまたいい! 幻の「白痴」完全版の存在を祈るもの。
映画関係の人に聞きたいんですけど、撮影した未編集のネガフィルムは
保存してあるものなのでしょうか。
通常ポジで編集してそれを元にネガ編集。
その際原版のネガを編集して残りは廃棄? だったら完全版はもはや不可能。
原版ネガと完全版のポジが残っているなら、いつかだれかが復活してくれるのを
いつまでも待ちたい。
完全版のポジが1本あるだけでしょ、確か。
本当は廃棄されるところを、こっそり持ち出した人がいたと言うことらしいから。 こっそり持ち出した人に感謝しなければなりませんね。
「完全版のポジ」のごとく貴重な資料も、倉庫代や税金の負担を節約しようという
だけの理由で廃棄されることも、けして珍しくはないからです。
ここで、最悪の場合の可能性を考えてみましょう。
「倉庫代や税金も馬鹿にならないからこのフイルムは捨てるぞ。欲しけりゃかってに持っけ」
ということで、ある個人の所有になる。(ここまではよい。問題は、次の@〜Bだ!)
@ その人が亡くなって、遺族がごみだと思って廃棄する。
A ポジが可燃性フイルムなので、不燃性フイルムにデュープしないと家に保存できない」
という指摘を受けて、デュープの金が捻出できずに廃棄する。
B フイルム自体が可燃性なので、冷房費をケチっているわけでもないのに、突如発火して
家ごとフイルムも灰燼に帰す。
@〜Bのようなことがないように、みんなして祈っておくれ! もう一つ別の可能性もあるぞ。
C持ち主が「これを知ってるのは自分だけ。自分も老いて先が長くない。ならば
この自分の物であるフィルムも道連れ、他の誰にも渡さない」と、庭の焚き火に
くべて燃やす(笑 熊井啓がキネ旬で、完全版の存在を確認したようなことを匂わせていたね・・・
もう数年前のことだけど、その後どうなってるんだろう? 真相を知る熊井啓さんが、突如、事故か病気で逝去もしくは植物人間に近いような
状態になって、誰も所在を知るものがいなくなる……なんてぇ縁起でもないこと
だけは、絶対に御免こうむりたいね。
それで、その「完全版」が、じつは未編集のラッシュフィルムでした、なんていう
こともないんだろうね? 時代的に可燃性フィルムということはないでしょう? そら戦前じゃない。
未編集のラッシュ(ネガ)なら一級品。
ネガ→ネガで複製。
それからポジに焼いて編集。(熊井系に頼む)
ポジ→ポジで1本だけ完成ポジ公開。(勝手な夢) じいさんが某映画会社で編集技師やっていたんだが、昔は
未編集のネガやプリントはすぐ廃棄するか、フイルム缶にいれ
てそこら辺に積んでおいて邪魔になったら廃棄したそうです。 向井亜紀に「どですかでん」みせてやりたい。
三波伸介のやった「とうちゃん」のツメのアカでも
煎じて飲んで頂きたい。 頭師佳孝 最高〜ッ!!
つーか黒澤映画がカラーになるとこんなに色がキレイなんだと
わかっただけでも忘れられない映画です。 >>48
俺は原色ケバケバでちょっと抵抗があったな
私は映画で主人公が語る、死刑になる前のエピソード
「もう死んでしまうのなら、もっと人に優しくしておけばよかった
と思ったんです」(うろ覚え)
に感動して原作を読んだ。で、初めて知ったけど
あの部分は映画のオリジナルだったんですね。 俺は両方好きな映画だが、なぜこの二つを一所にするのか分からん。
「白痴」は、原作の雰囲気を随所に盛り込んで、うまくできていると思う。
(俺は、映画の「白痴」を見てから、ドスト...の原作をすぐ読んだくちで、
刺激されて、結局ドストエフスキーの長編作品を総て読破した。
筋を追うのではなく、映像での工夫がうまいと思う。
(配役としては、千石規子はちょっと違和感あり。)
ロシア(というか上映された当時ではソビエト)では、この映画はとても評判が良い。
俺はソビエト映画の「白痴」も見たが、無残だった。
ドストエフ作品の映画化という意味ではベスト1かな?
(小編の「白夜」の映画化も、ヴィスコンティとかブレッソンとかも好きだが、映画化の難易度が桁違い)
でもこの映画は森雅之という凄い役者の貢献度が高いかな。
他の役者がやっていたら、かなり寒い(シベリア並み)の映画になっていた気もする。
「どですかでん」は、まず映像的、色彩的に凄いと思った。
(この映画での色彩感覚は美大出身の村上龍も凄いって書いていたよね。
実際上映直後から、あの色彩には賛否両論あったが、俺は凄いと思ったほうで、今でも変わらず。
そしていろんなエピソードも面白い。印象に残るの一杯ある。
「夫婦交換」も、誰が父親だか分からない大家族も面白いね。
乞食の三谷昇が子供の病気が心配で夕闇の中を彷徨うシーンは
ムンクの「叫び」みたいだな 図師の演技ってうまいの?
冒頭の電車を見てる時の目なんか
完全に○○の目だし 六ちゃんの家に貼ってある電車の絵が教会のステンドグラスに見えます
すべての愚かな人間たちを優しく見守っているような
ラストであの絵がパンされていくと、武満徹のあのテーマが流れてくる・・・
そこでボロ泣きですぜ きんに向かって「頭が良くなるように」
という発言も裏を返せば
自分は頭がおかしい→知的障害者は頭がおかしいって事だろ?
電車を走らせているときに複数の少年に石を投げつけられるシーンなんかも
障害者に対してものすごい表現だよ
黒沢の差別表現がものすごい映画と感じた 六ちゃんが架空の電車を点検しているシーン最高!
何でも黒澤さんはこのシーン撮るときチャップリンの動きを参考にしたそうな。 >>56
同感、武田鉄矢が同じようなこと言ってた。 「どですかでん」の原作には子供を亡くした乞食の父親が犬に喋りかけるエピソードがあるらしい。
>>59
子供達が石を投げるというのはないけど、
六ちゃんが母親の頭が良くなるようにというのは原作に書いてあるエピソードだよ 「どですかでん」のDVDには欠番があるけど、どんなエピソードだったのだろう?
知っている人は教えて。 昨日見たんだけど、すごい不思議な映画だね。ストーリーというストーリーもなく。黒澤監督はこんな映画もとれるんだなと思った。
なんかこう、切なさも含めて全部が愛に溢れてるっていうか。滑稽なシーンもちりばめられてて愛嬌があって親しみやすい。
だから最初から引き付けられるよ。七人の侍とかとはまた違う感じで。
始まりという始まりもなく、オチというオチもなく。でもダラダラ行くんじゃなく納得がいく。うん、この映画好きだわ。
見おわってアレの真似したし(笑)どですかでん♪ 明日の晩御飯はなんですか?
今日はラーメンです。
今から電車。 「どですかでん」の中で渡辺篤と藤原釜足がアンサンブルするシーン!
「すごい!!!」の一言、まさしく「芸」そのもの!!!
二人とも長い俳優歴のなかで培ってきたものが「芸」となってこのシーンに
集約されている。
特に渡辺篤にとっては生涯の最後のラストシーン...自然と涙が・・・ 松村達夫のエピソードだけ、やけに生々しいというか、
人間臭いというか。 ナンミョウレンギョウナンミョウレンギョウナンミョウレンギョウナンミョウレンギョウナンミョウレンギョウナンミョウレンギョウ 自殺が未遂じゃなかったら・・・これが遺作だね、キミ ショーケンと乞食のインテリ親父の顔がよく似ていると思っている今日このごろ。 頭師くんが「○○町のセット」って言ってたけど、
○○町て実在するのか? >>1
僕は「ごくせん」の宇津井健が「どですかでん」の丹波さんに見えてしかたない。 「どですかでん」って黒澤版「お早よう」だったんだな。
最近「お早よう」見て気づいた。
「難波金融伝ミナミの帝王」で電車をバックに頭師佳孝が疾走しているシーンがあったw 何でこんな簡単な事がこれまでどの黒澤本にも
書いてないのかな
【「電車の六ちゃん」は黒澤の仇名「黒ちゃん」のひっくり返し】 >>83
ネタだと思うが念のためつっこむと...
原作(「季節のない街」)でも「六ちゃん」なんだけど。
山本周五郎は黒澤が映画化することを想定して書いたとでも? 何でもないんだよ、当たり前のことなんだ。
じっとしてりゃあいいんだよ。
目をつぶるんだよ、かつ子。
何でもないんだから・・・
目をつぶってろ!
>>52
……というわけで、「白痴」に対して「どですかでん」の人気が圧倒的であることを
証明するための抱き合わせスレなのでしたっ! じゃあ、他の黒澤作品に対して「どですかでん」の人気はどうなのかな?
黒澤は「赤ひげ」まで、という頭の固い人達の意見が多いようだが・・・ 実は「どですかでん」が黒澤のみならず、日本映画の最高峰! 俺は、どですかでん>>赤ひげ だな
ちなみに、黒澤は「どですかでん」までたと思う どですかでんは、今でこそ正当に評価されるべき。
ところで、乞食の息子の役の子はあの後も役者をしてたのかな? 「どですかでん」に失望した人も、その後が絶望的に酷かったので
今となっては相対的に評価が高くなってるかも 四騎の会のメンバーだった市川崑は「どですかでん」のストーリーが暗いからやめようと製作に反対したらしいね。 明るいか暗いかでいえば「犬神家」の方が暗いと思うが・・・ 原作は確かに暗い。文章は諧謔的なんだけど内容は救いようが無いというか
何ともやりきれない。映画は原作の半分弱をほぼ忠実になぞっているけど、
なぜか明るくなった。 結局、市川崑の不安は的中しちゃったね。
興行的にも批評的にも失敗。そして黒澤監督の自殺未遂・・・。 批評的に失敗というのは、
それ以前の黒澤映画とはあまりにも違った感触に戸惑ったってことでしょ?
今だったら当時より先入観無く見られて、評価も上がってるんじゃないかな。 ど で す か でん ど で す か でん ど で す か でん
ど で す か でん ど で す か でん ど で す か でん
どですかでん どですかでん どですかでん どですかでん
どですかでん(電車バカー)どですかでん(電車バカー)どですかでん(電車バカー)
どですかでんどですかでんどですかでんどですかでんどでどでどでどで
どですかでんどですかでんどですかでんどですかでんどですかでん 何でもないんだよ、当たり前のことなんだ。
じっとしてりゃあいいんだよ。
目をつぶるんだよ、かつ子。
何でもないんだから・・・
目をつぶってろ!
ズボッ! そうだね・・・女は魔物だね。
ぼく、女なんてちっとも欲しくないよ。 顔面神経痛の伴淳が鬼嫁をかばうシーンも
よかった。少なくとも、黒澤のカラー作品の
中では最高傑作(デルス・ウザーラは未見) 「どですかでん」は、黒澤監督初カラー作品にして、最も幸せの寓話として成功している。
影武者以降の黒沢作品の展開の、予告編的?作品。この作品以降と、それ以前の黒沢監督の作品を観る上で重要な分岐点をなす作品だと思う。
後の「夢」などと比べれば一目瞭然。
どですかでん
子ども死んだり
狂ったり
犯されたり
殺されかけたり
べたっとした色使いと相俟って
けっこー不気味だった。
ホントは怖いグリム童話 ってトコ・・ どですかでん は強烈な色彩と毒を含みながら、
「世の中は、こんなにも美しいんだ」という
監督の強い主張を感じる。
>>110
灰皿の中のタバコを残り物の料理にぶちまけて
食べられないようにした女に
「意地の悪いことすんじゃねえ」という料理人がよかった。 >>115
この言葉はじじぃか偽善者かそれなりに辛酸を舐めた人か情の強い人にしかわからんかも知れない気がする >>115
美しくも何ともない現実逃避したクソ人間ばかりじゃないか。
電車ばかみたいに脳内世界で生きている人間と、映画という虚構を作って生業としている自分とは同じだということ。
現実社会と脳内世界、生きている、存在しているといえるのはどっちかということだ。
電車ばかみたいに100%脳内世界で生きてみたいという黒澤の狂おしい叫びみたいなのを感じて痛々しい思いにさせられるな。
よく、人間賛歌みたいな評を聞くが、本質を理解していない??状態になったやつの苦し紛れの感想に過ぎない。
>>120
考え杉なんだよ。ビートルズの「Nowhere Man」でも聴いてみたら? 人間は現実の世界と脳内世界と両方生きている(比率は人それぞれだが)、と俺は思っているのだが、実際はそうでもないのかよ。
みんな現実のみで生きてるのかよ?
夜寝る前とかいろいろ架空設定で脳内プレイとかしねえの?
あるいはスポーツ見たり映画見て登場人物と自分を入れ替えて創造してみたりとか…。
そういうヤツなら「どですかでん」「季節のない街」の主題なんかすぐぴんとくるもんだと持っていたのだが、そうでもないのが不思議だ。
で、ほぼ100%脳内のみへ行ってしまってるのが、電車ばかとロンパリマイホームオタおやじ。
それはそれで幸せな生き方にも見えてしまうのは危険な兆候か?
たんばさんが自殺志願おやじに言うじゃん、
「あんたが生きているうちは、死んだ家族も(あんたの脳内で)生きているんだ。
あんた、死んじゃってその家族も殺しちゃってもいいのか?」って。
認識とか実存とは何ぞやの初歩なんだけど、その面からアプローチしてる評論もきかねえよなあ。
白痴のキャストって
他のどの黒澤映画よりもダントツで豪華メンバーなんだよな
今から見ればではなく
当時のキャスティングから見ても ていうかなんで白痴とどですかでんが一緒に括られてんだ?
ぜんぜん違うと思うが?
どですかでんは舞台は太陽の墓場とか橋のない川とかそっち系の底辺のストーリーだし
白痴は舞台は地獄に落ちた勇者どもとかの貴族とか金持ちの話 白痴の舞台は札幌でなく満州帝国の新京にすればよかったのに。 どですかでんのオープニングテーマはなんと言う曲だい?良い曲だね 地方議会議員の家を守るためにかなり血の濃い近親婚をさせて、
3人生まれた子の2人があっぱっぱーな家があるんだけど、
男の子はどですかでんになって女の子はお人形さんを抱きしめてる。
IQは低くても性差って確実にあるんだな。
なんで電車や人形が性的シンボルになるのかよくワカンネ
3人目は噂によるとアメリカまで行って人種を指定して人工授精したらしいんだが、
頭はそこそこ人並みの女の子なんだが気の毒なことにアルビノだ。
ここまで書いたらあの家かって知ってる人もいるだろうが黙っておいてやってくれ。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています