諸法無我なのに因果応報
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諸法無我
全てのものは因縁によって生じたものであって実体性がない
因果応報
良い行いか悪い行いかによってそれにふさわしい報いが現われる 因縁
物事はすべて、その起原(=因)と、果を結ばせる作用(=縁)とによって、定められている ワールドメイトの教義
「御魂(たましい)はある」
「御魂の輪廻転生もある」
「輪廻転生の法則も御魂もスの神が創造した」
「地獄に落ちた先祖の御魂を救えば子孫は開運する」
「悪い先祖の家系に生まれるのは前世の行いが悪かったから」
↑
諸法無我の仏教と思いっきり矛盾してるやん 諸法無我 → 本当は自我というものはない、偽物である
だと思ってました。
魂ないなら輪廻転生もないの? >>7
魂はなくても輪廻転生はある
というのが仏教
これを理解するのが「唯識論」 魂はなくても輪廻転生はあるってどういうことですか?
前世、現世、来世で保存されるものが魂であり、
魂がなかったらそのつながりも切れるのかと思ってました。 鴨川は確かにそこにある。ただし鴨長明が言う通り、今日の鴨川は、昨日の鴨川と同じように見えて、一瞬たりとも同じではない。
灯火は確かにここに灯っている。ただし今の灯火は、数刻前の灯火と同じように見えて、一瞬たりとも同じでなない。
これと同じように、魂もたしかにあるが、今の魂は一瞬の後には前の魂と同じではない。
「実体がない」とは、喩えて言えばそういうこと。 >>11
「霊魂の実体は無い」とすると
この世に未練を残す幽霊も守護霊などの善霊も災いをもたらす悪霊もそんなもの最初からいない(無い)
と考えていいんですかね?
それは鴨川や灯火の喩えのように
やっぱりあると言えばあるんだけどそれは一瞬一瞬で別の物になってるから実体は無いだけってことになるんですかね? 鴨川や灯火は直接見えているが
魂や幽霊は全く見えないし…
魂も幽霊も心が勝手に作り出した幻影のようなものの気がするのですが…
つまり無いと思えば無い >>10
自分は死ぬと無に帰す実体のないものだとしても、現に断続的に存在している自分は発生したということだし、自分を発生させたメカニズムは死後も働き続けるので、自分は遅かれ早かれ再発生するということですね。 自分に実体がないなら、輪廻転生は宇宙が続く限り終わらないだろうな。
自分に実体があり、死後も自分が存続し、意思を持ち、選択できるなら、解脱するも輪廻転生するも各自の自由になる。
自由だったら誰も食用豚に生まれたりしないし、障害者に生まれたりしないが、現に生まれ続けてるので、誕生は強制です。すると不滅の魂とかはないと思われるし、解脱不能だと思われるね。 解脱不能で誕生が強制なのは霊位が低い魂の場合であって、霊位を高めていけば解脱できるっていう話もあるんだよな。
一体食用豚に霊位を高めるための何が出来るんだかわからん。シラス干しのあの一匹一匹が霊位向上の為に何が出来た? 無法な。そんな絶対的差別システムがあるとする根拠は何だったのか。根拠は弱肉強食の現実だろうか。人間に生まれただけ恵まれた運命だということか。 脊髄反射的に生きてる生き物ばかりなのに、生き方に応じて来世が変わってくるっていう無法なメカニズムが生き物を支配しているなんてことがありうるのだろうか。そんな人間に忖度しまくりな差別システムがあるのにもかかわらず、人間がウィルスに殺されまくったりするだろうか?
ありそうもない話だ。因果応報とか日々の行い次第で霊位が上がるとか。そんな人間にだけ天国行きのチャンスを与える世界で、人がウイルスに殺されまくるのはおかしいと思わないのかな。まあ古代インド人は思わはなかったはずだけど。 前世の因果がリセットされないと死ぬ意味なくね?
なんのためのやり直しだよ。 「全ての物事には実体が無い」
の意味って
瞬間瞬間に何かが生じてすぐ滅んで
それの繰り返し
それを錯覚して何か永久不変の実体があると思い込んでる
という意味でしょ? >>20
一番の錯覚が「私」だな。
実はカルマ、行為の責任者、主体はない。 >>15 虫歯の歯痛で苦しんでいる
君は実体が無いのだが、苦しい今がある
さて如何するか?此れはたとえ話と思っていただきたい
人の苦悩の本体は心に所在する、その解決方法を説いたのは
お釈迦様、永遠に解決するのが仏教という
処が其の解決法が失しなわれ、現在はご本尊様を祈るという二次三次的な
信仰に変質したのが、巷に溢れる?日本の檀家や新興宗教の類なのであります 24の補遺
二十代のころ、我が家に毎月来る坊さんに色々話をしたが、結論として
三次的な段階で留まるのが檀家周りの僧侶なのだと理解する
「仏壇に経を上げるのが宗教です」
全くお話にならないので打ち切り決定させられた。
詳細は此処で話せる中身では無いので書かない
その後、散々に苦労し?歯痛の除去に成功し現在に至る
体験を話したら、坊さんは腰を抜かして居た
詰まり本山から派遣された坊主に変化を期待するのが大間違いと教えられた
二十代で在りました。 >>26 考え方だが、私は現実問題から
仏教に関心を抱いたのですな、坊さんてのは
枠組みから出られない人たちでお気の毒です
素人が何を言うかと馬鹿にするやつらですからね
因みにソーカもごじっぽひやっぽ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています