僕はインド思想とか、原始仏教はほとんど知らないが、
上に書いた通り、大乗仏教は、実在の問題は、避けているというか、現象学と同様に、
有るとか無いとか言っていないと思う。。

唯識においては、認識対象は否定するが、実在を否定しているわけではない。
中観でも、認識対象の実体性を否定するが、それ以前の実在を否定しているわけではない。

で、真如とか無分別智とか言うのは、主客以前の実在とも言えるのだけれど、
実在を現象と言い換えても成立するので、別に実在を認めているわけでもないと思う。。