阿含宗という宗教 305
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>>596 阿含経典をいくら引用してもムダ。 なぜなら阿含宗は仏教を名乗る外道、詐欺団ですからね。 阿含邪団でお経の話を持ち出してもムダ。 なぜなら阿含宗は、ちゃんぽんのチンドン屋、邪団なのですから。 したがって信者は全員、仏教徒ではなく、阿含宗という桐山靖雄が 勝手に始めた邪教団の徒だということです。 安心してチンドン屋をやり続けてください。 >>596 のゴミ屑職員も安心して、邪教徒として悪業を積んで 開祖のお陀仏先に逝ってくださいねw >>599 >>284 で自主的に答えてますよ。 人にレス付ける時は相手が書いたことをしっかり読んでくださいね。 なんだ、あの時も宇部で台風をやり過ごしてたんだな。 >>584 神も仏も名無しさん2019/10/12(土) 18:21:30.07ID:kpfE9xol >心の安定とは解脱ではありません。 ペテン大作さんのしたことは学者の文章の引用ではなく、自分の勝手な解釈です。 学者の説明の言葉の端々をつなぎあわせ、あなたの勝手な解釈を 加えても意味がありません。 >岩波仏教辞典に逆らってはいけません。 まるでペテン大作説が岩波仏教辞典に書いてあるかのような主張ですね。 岩波仏教辞典や片山氏の文章のどこに「心の平安≠解脱」とあるのだ? あるのは「ペテン大作さんの解釈」だけです。 あなたは自分の説に都合の良いように、学者たちの文言を つなぎ合わせて解釈したにすぎない。 毎度お馴染みのあなたの勝手な解釈です。 学者の主張を逆の意味に取り、書いていないのに書いてあると主張し(>>551 )、 さらには文章の一部を隠して、自分の主張の道具に使った(>>550 )。 非常にあなたは悪質な人間です。 そんなあなたの解釈を、お仲間の1.5来補さん以外に誰が信用するのだ? >>588 神も仏も名無しさん2019/10/12(土) 18:25:05.52ID:yNnoKHEo >そこで何とか読者の目を逸らせようと、いつもの大量のレスで反レスを封じようと必死です。 読者の目を逸らそうとしているのはペテン大作さんですよね。 なぜなら、『荒恵比寿尊のご神託』の話をしている最中に 好戦経の話を出したのはあなたです。 あなたは話をそらした。 好戦経もここのテーマだから、その議論を始めると こちらの質問に答えられなくなり、E川裁判を持ちだした。 あなたは話をそらした。 E川裁判もここのテーマだから、その議論を始めると、 こちらの質問に答えられなくなり、心の安定を持ちだした。 あなたは話をそらした。 今回だけでも、あなたは三回も話をそらしているのです。 この経緯を見れば、誰がどう見ても、読者の目を逸らそうと しているのはペテン大作さんです。 自分がしている悪さを私がしているとすり替えようとするのは、あなたが 良く使う小手先の口舌で、いかにも卑怯者のペテン大作さんらしい。 >>588 神も仏も名無しさん2019/10/12(土) 18:25:05.52ID:yNnoKHEo >そこで何とか読者の目を逸らせようと、いつもの大量のレスで反レスを封じようと必死です。 >>543-553 で何を書いたか理解していないようですね。 ペテン大作さんがこれまで為した悪業と記憶力のなさを示すと、 その量が多いから、これだけの長さになるのです。 読者の目を逸らすのではなく、読者の目はあなたの下劣さと 愚かさに釘づけです。 一年前、私が経典を引用して反論したことさえもきれいに忘れ、 同じ事をくり返す愚かさを指摘した。>543 議論に負けると、いつも心の安定を出すしか能がない。>544 論破されて、逆恨みして十年間恨み節を語るような異様に執念深い男だ。>545 議論のテーマをすっかり彼は忘れているばかりか、 昔は漏尽通でカルマ解脱すると主張していた。>546 ところが、桐山さんに足払いかけられ、大爆笑。>547 すると六年後には正反対のことを平気で書く愚劣な男。>548 沙門果経を読み違えて解脱の順序だと主張してしまい、引っ込みがつかない。>549 昨年はこれを誤魔化そうとして、 学者の文章の一部を隠して引用するという最低の男。>550 しかも、これは初犯ではなく、彼はこういうインチキ引用の常習犯。>551 沙門果経は桐山解脱の根拠にならないのに、まだ順序だと主張するのは、 阿含宗の議論をすれば負けるからで、話を逸らそうと必死。>552 >>588 神も仏も名無しさん2019/10/12(土) 18:25:05.52ID:yNnoKHEo >そこで何とか読者の目を逸らせようと、いつもの大量のレスで反レスを封じようと必死です。 心の安定の話を蒸し返せば、>>543-553 のようにペテン大作さんの愚劣な 行為を何度も何度も暴露される。 読者は私と違い、細かい事は覚えていなかったのに、 私から説明されると、ペテン大作さんの愚劣さに改めて驚く。 ペテン大作さんがどれほど卑怯者で、嘘が平気で、 自分の間違いは絶対に認めず、激しい憎しみと復讐心の 生きた霊障のホトケみたいな男だと示すと、こんなに長くなるのです。 読者はこれを読んで、ペテン大作さんの書き込みを信用しなくなる。 あなたが今回のように阿含経や仏教辞典など学者の解説を持ちだしても、 「ははん、こいつ、もっともらしいことを書いているが、またインチキを しているのだろうな」と読者は疑う。 あなたは>>543-553 など読みもしないし、何も記憶していないから、 他人もそうだと思うのだろうが、読者は違う。 細かい話は忘れても、ペテン大作さんはインチキが平気な 道徳心の低い人間だということだけは覚えてくれます。 これを書いた目的の一つは、ペテン大作さんの書き込みは信用がならない、 という印象を読者に持ってもらうことです。 仕事場であなたが信用を失ったように、ここでも十分に効果があります。 >>588 神も仏も名無しさん2019/10/12(土) 18:25:05.52ID:yNnoKHEo >深山は結局二つの質問に答えられないのです。 >>543-553 で書いたことを読んでいないのですね。 答えているのが分からないのだ!? 昨年十月に示したとはっきりと私は述べた。 時期を示したのだから、過去スレをたどり、私が書いたことが違うというなら、 それに反論すればいいのに、どうして無視しているのだ? 私は釈尊の言葉そのものを引用したのです。 釈尊本人が心の安定を解脱だと述べているのだから、 これ以上の証拠も根拠も、学者の説明も、ましてや ペテン大作さんの解釈など必要ありません。 私はあの経典を引用して、すでにあなたの質問に答えているのです。 と言われても、何のことか理解できないのでしょう? 釈尊が心の安定が解脱だと述べているとしても、それがどうしてあなたの 質問に答えたことになるのか、まだ、理解できませんよね? しかも、あなたは理解できないことを恥じるのではなく、 経典を無視して、また同じ質問や指摘を始める。 くり返すが、あなたの理解力の低さは私の責任ではない。 >>588 神も仏も名無しさん2019/10/12(土) 18:25:05.52ID:yNnoKHEo >深山は結局二つの質問に答えられないのです。 心の安定の議論をするなら、 「心の安定はこのスレの阿含宗の議論とどう関係しているのか」 を本来なら説明するべきです。 ただし、ペテン大作さんの屁理屈など聞いてもしかたないから、しなくても良い。 どんな屁理屈をつけようがスレ違いです。 私から十数年にわたり、スレ違いだと指摘された。 今回もその話の元となった議論とは、 桐山説「神通力によってカルマを断ち切り解脱する」 であることを>>546 で説明した。 この議論を始めたのはペテン大作さんですよ。 しかも、あなたは桐山説の根拠を示していない。 漏尽通でカルマを切る話はどうなったのだ? 心の安定を出すのは、その根拠を示せないから、話をそらそうと 必死なんでしょう? 心の安定など、桐山解脱の議論とは何の関係もない。 桐山さん自身が心の安定の議論などしていないからです。 あなたは議論のテーマを阿含宗からそらして、誤魔化して逃げようとしている卑怯者です。 >>588 神も仏も名無しさん2019/10/12(土) 18:25:05.52ID:yNnoKHEo >その上、>>549 で、過去に論破されていることを性懲りもなくしつこく取り上げているのを見ると、相当記憶力も衰えているようです。 私を論破したのなら、どうしてペテン大作さんは心の安定の件を蒸し返すのだ? 心の安定は沙門果経の話であり、これを十年間、蒸し返し続けているのは 私ではなくペテン大作さんですよね。 私はあなたを論破したと思っているから、自分から蒸し返したことはない。 今回も、あなたが蒸し返したのであって、私ではない。 勝利したのなら、どうして何度も何度も蒸し返すのだ? 普通、論破されたほうが反論のために話を蒸し返す。 あなたの場合は論破された悔しさから、蒸し返しているように見える。 「論破されている」「しつこく」など、私があなたに使った言葉を、 無能にも、そのまま投げ返している。 それはいいから、あなたが私を論破したのなら、 もう何も言う事はないではないか。 心の安定の議論はペテン大作さんが私を論破したのでしょう? では、「性懲りもなくしつこく取り上げ」るのはやめてはどうか。 それとも、あなたが心の安定を「性懲りもなくしつこく取り上げ」るのは、 「相当記憶力も衰えている」からですか。 >>588 神も仏も名無しさん2019/10/12(土) 18:25:05.52ID:yNnoKHEo >深山は結局二つの質問に答えられないのです。 ペテン大作さんは心の安定は解脱ではないと解釈し、 私は心の安定は解脱だと解釈した。 それぞれが根拠だと思う物を示した。 このスレでの議論はそれで終わりです。 なぜなら、心の安定はこのスレのテーマとは関係ない。 スレ違いなのだから、ここで議論すること自体が間違いで、 しかも互いの主張は出尽くして、議論は終わっている。 どちらの説が説得力があるか、どちらが正しいと思うかは読者が判断するのです。 あなたや私ではない。 などと、いくら道理を説いても、憎しみで生きた霊障のホトケになっているペテン 大作さんの耳には届かない。 桐山さんも霊障のホトケには理屈は通用しないと言っていましたね。 >>598 神も仏も名無しさん2019/10/12(土) 20:51:55.21ID:RUZ45l4f >終わりにしてもいいですよ。 ペテン大作さんが終わりにするはずがない。 だから、今回もこちらの反論など無視して、条件を付けている。 そういうのを議論を終わりにするではなく、 議論を続けるというのです。 議論を終わりにするとは、条件など付けないことです。 だが、あなたは終わりにしたくない。 終わりにするわけにはいかない。 心の安定や三学のイチャモンを終わりにしたら、 あなたは何も書けなくなる。 好戦経やE川さんを出しても、ビタ負けで、何も反論できなくなった。 阿含宗の議論では勝てないことを知っている。 だから、絶対にやめない。 私が質問に答えようが、答えまいが、あなたは言い続ける。 どこまでも屁理屈をつけて蒸し返す。 なぜなら、あなたが論破されているからです。 自分が本当に議論で勝ったと思うなら、自分から蒸し返すなんてしない。 勝ったほうが議論を止めて、負けたほうが蒸し返すのです。 「その中心は、仏道修行者の現世における修行の成果(沙門果)としての小中大の持戒の成果、 正念正知、知足の実践、四種禅定、六種の趙自然力(神通)、十種の智慧、 八種の聖道の実践による阿羅漢(最高位の聖者)の果報の完成などである。」 (『原始仏典 1』春秋社、58頁) 「その内容は、父王ビビサーラ(頻婆娑羅)を殺めて苦悶する王が、名医ジーヴァカの勧め により仏を訪ね、「世間一般の職業に報酬があるように、沙門に目に見える果報があるかどうか」を 問い、仏がこれに答え、仏教における出家生活の意義を「沙門果」として明かされたもので、全体とし て二部からなる。」 (『ブッダのことば パーリ仏典入門』片山一良、大法輪閣、73頁) ウィキペディア 「文字通り、仏教における沙門(出家修行者)の修行の果報を釈迦が説く内容となっている。」 >>596 神も仏も名無しさん2019/10/12(土) 20:44:59.11ID:RUZ45l4f >★★沙門果経は解脱の順序を説いている★★ ペテン大作さんの解釈はいらないと、何度言われたらわかるのだ? あなたの説を批判されている時に、あなたの解釈を根拠にして 何の役に立つのだ? 泥棒と疑われた本人の釈明は無実の証拠にはならない。 あなたのその頭での理解など誰も議論していない。 沙門果経が解脱の順序だと説明している釈尊の言葉や 学者の解説を引用しなさい。 私は>>612 に引用した。 一つ目は経典の解説として学者が書いた文章です。 二つ目はあなたが良く引用する片山氏の文章です。 三つ目はウィキペディアです。 三者は同じ事を説明している。 「修行の成果」「果報」「修行の果報」を説いたのだという説明です。 また、(『原始仏典 1』(春秋社)の経典のタイトルは、 「第二経 修行の成果 --- 沙門果経」(『原始仏典 1』春秋社、57頁) です。 「修行の成果」、これが沙門果経です。 あらゆる学者たちが沙門果経とは修行の成果を述べた経典だと解説している。 どこにも修行の順序などという説明はありません。 しかも、これらの解説は沙門果経の釈尊の言葉とも一致している。 「・・わたくしにこの世において、目に見えるかたちで『修行の成果』を示すことがおできになりますか」 「大王よ、できます。それではまず、(省略)・・・」 (『原始仏典 1』春秋社、77頁) 沙門果経は、大王が釈尊に質問して、釈尊が答える形を取っている。 上記は、その最初の部分の「何を質問したのか」の部分です。 大王の質問は「修行の成果」です。 しかも、釈尊はその質問に「できます」と答えています。 つまり、釈尊は「修行の成果」を示したのです。 釈尊自らが修行の成果を説きますと述べており、 学者は一人残らず、修行の成果を説いたと解説している。 議論の余地もなく、沙門果経は修行の成果を説いた経典です。 どこにもペテン大作説「修行の順序」など出てこない。 だが、これだけの決定的な証拠や根拠を示されても、 ペテン大作さんは絶対に受け入れない。 「・・わたくしにこの世において、目に見えるかたちで『修行の成果』を示すことがおできになりますか」 「大王よ、できます。それではまず、(省略)・・・」 (『原始仏典 1』春秋社、77頁) 他の信者さんたちは良く見てください。 沙門果経が修行の成果を述べた経典であることは議論の余地はない。 桐山さんは沙門果経を修行の順序だと述べたことはありません。 釈尊が修行の順序の示すと述べており、学者の解説にも修行の順序とあり、 そもそも経典の題名からして沙門の果報という意味なのに、 これをペテン大作さんは頑迷不屈に修行の順序だと言う。 彼だけではない。 1.5来補さんは今でも「預流向≠聖者」だという。 釈尊、学者、桐山さんもすべて「預流向=聖者」と言っているのに、 頑迷不屈に彼は違うという。 二人ともそっくりですよね。 二人とも阿含宗の教義でない自分教を頑迷に吠え続けている。 物事の道理や理屈や根拠ではなく、もはや阿含宗擁護でさえもなく、 ひたすら我流の珍説を並べて、相手があきれて黙るまで吠え続ける異様な人たちです。 だが、彼らは阿含宗を少なくとも三十年以上も信仰してきた信者です。 阿含宗では彼らのように道理の通じない人のことを何ていうかご存知ですか? 畜生クラスの人たちといいます。 三十年以上も信仰してきて、三悪道クラスからさえも脱出できない。 この「使用後」の悲惨な光景を信者さんたちは良く見てください。 >>615 修正 [正] 釈尊が修行の成果を示すと述べており、学者の解説にも修行の成果とあり、 [誤] 釈尊が修行の順序の示すと述べており、学者の解説にも修行の順序とあり、 >>576 阿含宗の密教占星術奥伝は九星術の中伝 あの素人占術よりレベルが下・・・ショウもな‼ >>576 阿含宗の密教占星術奥伝は九星術の中伝 あの素人占術よりレベルが下・・・ショウもな‼ >>576 阿含宗の密教占星術奥伝は九星術の中伝 あの素人占術よりレベルが下・・・ショウもな‼ 沙門果経は 阿闍世王の要望に従い、出家の沙門の果報を説明するわけですが、それは分かりやすく 「戒」「定」「慧」ごとに説明しています。 戒律を実践するとこうなりますよ、禅定を実践するとこうなりますよ、知恵で観察するとこうなりますよということです。 そしてはっきり言うとそれは全て解脱の諸相を示しているとも言えるのです。 占いなどを離れるという戒律を実践しただけでそれだけの解脱は得られているわけですし。 また戒→定→慧という順序でなく、正しくは戒定慧全て合わせて修行していくのです。 決して戒→戒→戒→戒→戒→戒・・・よっしゃ、これでええやろ、ほんじゃ次は、定→定→定→定→定→定→定・・・もうええか?ならば最後に 慧→慧→慧→慧→慧→慧、よっしゃーこれで完成や、 てな お話ではありません。 戒定慧→戒定慧→戒定慧→戒定慧と修行を進めるわけです 。 そして「漸次」解脱を得る。 もっとはっきり言うと戒より先に慧がありますね。 コーンダンニャは釈尊から言葉による教えを 何回か聴いているうちに悟ったわけです。これは慧による解脱です。 さらに修行も進めたでしょう。 これは解脱ということが何をどうすることかということをが理解できれば 分かる話です 。 ところがペテン大作さんは解脱ってどういうことかいと質問すると、彼は絶対に答えません。答えられません。 そして分かりもしないくせに構図だけを示すのです。 だから順序立てて説明しても、それが修行の順序であるというわけではありません。 自他の前世、前前世などを観察していくような知恵は確かに相当に進まないと得られないものでしょう。 しかし四諦の悟りなんてものは我々でも最初から 学ぶものです。言葉によって理解するものです。つまり 慧です。 ペテン大作さんの誤りは解脱というものが何であるかも知らずに、解脱というものは一番最後に得られそれで究極のゴールだと そこしか見ない 点ですね。 だから解脱なんていうものははっきり言うと何度でも得ます。また何度でも転落します。 そのように示した経典もあるのですから。 つまりペテン大作さんは視野がすごーく狭いんですね。 だから他人の妻を犯した男は地獄に落ちると説く経典を目にして 疑問視するのは良いが、 それは後世の編集者が自分の好みでそのようにしたのではないか と考えてしまうことです。 そんなことを考えなくても他人の妻を犯して地獄に落ちた奴がいると 釈尊自身が述べてもおかしくないではありませんか。 じゃあ他人の妻を犯した奴は百人が百人千人が千人絶対地獄に落ちるかと言うと、それはどうか分かりません。 どうしようもない奴は地獄に堕ちるしかないし、悪業の報いは受けるとは言ってもまあ地獄にまでは落ちないかで止まっているやつもいるかもしれない と私はそのように考える わけです。 だからペテン大作さんの視野の狭さは そういう柔軟な読み方ができず、 一つの定義を もうこれが絶対で 、万人が万人そうなるのはおかしいではないかと 勝手に思い込んでしまうことですね。 ところで他人の妻を犯すと 地獄に落ちるということをあなたは信じるか?という質問をしてきたのがペテン大作さんです 。 私は当初これに対して答えてもよろしい、その代わり私が答えた後にはあなたも自分の見解を示してくださいね、 いや、あなたが先に示さなくても私の方が先に示すから、あなたとしては後でいいから自分の見解を示すことを約束しますと表明だけしてくださいね、 とそのように私は示しました。 ところが彼からはその後一切返答がなかったわけです。 そうこうしているうちにそんなペテン大作さんなんかどうでもよく、私は私なりの考えを示したわけですね。 今回になって初めてようやく彼の見解が示されたわけです。 ですからI川さんを愛人と認めるか認めないか問題については、こちらとしてはもはや要求もしないが 、 そのような結局自分から答えない示し方しかできない ということは、それが彼の実力であり、 世の中に対して 説得力を持たないということです。 皆さんはそのようにご判断いただければと思います。 新興カルト宗教団体に献金する金があったら、 俺だったらこういう所に献金するね。 例えばだけど。 赤十字は、いずれ今回の台風に際しての義援金も募集するだろう。 令和元年台風第15号千葉県災害義援金(赤十字) http://www.jrc.or.jp/contribute/help/15/ 北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会) http://www.sukuukai.jp/ 新興カルト宗教団体に献金する金があったら、 俺だったらこういう所に献金するね。 例えばだけど。 赤十字は、いずれ今回の台風に際しての義援金も募集するだろう。 令和元年台風第15号千葉県災害義援金(赤十字) http://www.jrc.or.jp/contribute/help/15/ 北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会) http://www.sukuukai.jp/ 阿含宗が金を出す時は必ず名前を出す。 名声が大事だから。 知っていますか? オウム真理教 地下鉄サリン事件の首謀犯である麻原彰晃死刑囚は阿含宗の正式な会員でした。 桐山靖雄著「オウム真理教と阿含宗」より オウム真理教 地下鉄サリン事件の実行犯である林郁夫は約10年間阿含宗の正式な会員でした。 林郁夫は阿含宗で結婚式も挙げています。 林郁夫著「オウムと私」より それでも阿含宗に入りたいですか? 地下鉄サリン事件の首謀者、麻原彰晃と実行犯、林郁夫は阿含宗の元会員です。 阿含宗は表向きは仏教の真髄を説いていると言っていますが、 自分達だけが正しい、他は間違っていると主張する典型的なカルト宗教です。 釈尊直説の唯一の経典を依経とする、というのが建て前ですが会員に阿含経典が配られたことはありません。 世界的にみると信者数30万人の小さな集団でしか過ぎないのです。 阿含宗の会員になってしまうと悪因縁がある、霊障があるなどど言われ、先祖供養や浄霊をして大金を払うか、無償奉仕をするか、布教をするかしないと幸せにはなれないと言われます。 私はそれで人生を台無しにしました。 阿含宗 千葉道場 1階の「なつみ館」は阿含宗と直結しています。 忠告します。 阿含宗となつみ館には絶対にかかわってはいけません。 大きな建物や明るい雰囲気にだまされないように注意してください。 特に何も知らない若い人には保護者の方からよく注意してくあげてださい。 二度忠告します。 阿含宗となつみ館には絶対にかかわってはいけません。 大きな建物や明るい雰囲気にだまされないように注意してください。 特に何も知らない若い人には保護者の方からよく注意してくあげてださい。 調べたらこんな所だそうで。 ↓ 開運星占いなつみ館 悩み事に的確に答えてくれます。女性の占い師の先生です。『密教占星術』という一風変わった占術をしてくれます。 それ以外にもタロットや姓名判断などで現状を占ってくれます。『密教占星術』というのは、珍しい占術ですがとても当たる占術になります。費用も安いので良心的です。アクセスは「船橋駅」から徒歩10分くらいになります。 おすすめの占い師さん情報 なつみという地名にちなんで店名がつけられています。女性の占い師が占ってくれます。占術は主に『密教占星術』で占ってくれます。サバサバしています。的確に物事をとらえ、伝えてくれます。 占いの口コミ by みかん 生まれてから現在まで今年の運気の流など盛り沢山で快く教えてくださいます。運気が悪い状態でもアドバイスの仕方が非常の的確過ぎて驚きを隠せません。前向きになれる素敵なお店でした。また何かありましたらよろしくお願いします by おこ 癒される時間でした。的確に相談事に答えてくれたので問題解決に向けて頑張っています。まだ問題は解決はしていませんが今回はとても参考になり助かったので、またお伺いしたいと思います。 開運星占いなつみ 13:00〜17:00 千葉県船橋市夏見1丁目10−30 047-411-3393 1件500円 出典: http://xn--n8j4o1a8723a0jl.com/chibaken/funabashishi/kaiunhoshiuranainats/ | 今から>>627 >>628を阿含宗 千葉道場のGoogleマップの口コミに書き込みます。 >>627 >>628は事実ですが、勝手に削除されます。 阿含宗がどれだけ卑怯なカルトかをご覧ください。 荒恵比寿尊の神託とやらでも教団がホームページなどで公表するようなものなら、それをTwitterに転載してツイートできないものかな? 批評は自由な訳ですし。 もちろん拡散、炎上狙いです。 神託以外のネタでも。 時代は掲示板もさることながら、単発的なネタならTwitterです。 >>600 いやゴミ元職員さんこそ悪業づくりに励まれて 三悪道をまっしぐらに突き進んでくださいませ >>629 ユビキタス様 丸っきり、神戸北野町にあったメシアの館(現神戸道場)のコピーですね。 メシアの館もビルの一階部分を使用して、誰でも入れる様な占い館的な雰囲気で観光客が入りやすい雰囲気を出してました。 因みに会員は地下一階の駐車場から道場部分に入館していました。 メシアの館で検索したら下記2つの記事がありましたのでご参考まで。 https://ameblo.jp/review-and-shopping/entry-10778171951.html https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1160734306 ちなみにTwitterでは、船橋のなつみ館は検索に引っ掛からない。 つぶやかれていない。 《阿含宗さんのデタラメ研究⑴》 「荒恵比寿尊のご神託」 「始まりの罪 やまとびとのはじめの罪を消滅せしむなり 祀ろわぬ神特坐神の怒り憎しみ荒ぶる様を 祀ろわぬ民 古の始めの氏(蝦夷、土蜘妹、毛人、山人、琉球海人、 肥人、阿麻弥、隼人、球磨、**、アイヌの血脈)の 古より重なりし憎しみを知れ 血と肉とその骨にきざめ この民の受難罪を作らざるを待なかった者々の獄苦 その苦しみが「生」そのものが獄となって自らを鎖で縛る やまとびとよ その魂に奪った剣で自らを刺せ 自らの罪行その末を血と肉と骨にきざめ はじまりの罪をつくりしやまとびとよ はじまりの地において罪をあがなえ 」 (以下、省略。**は漢字不明) --------------------- 「神界の女神による白動書記」 「我が子我が孫らよ聞け 我の元に集いて我が言を聞け 我らは罪犯せし者なり 我らはあがなわなければならない 古にこの地に降りし我らは、 この地の主なる特坐始祖神 地祇神々の地を奪い この大元神を最果てのはるか北の大地に追いやった この方々は我らによって糧なき凍土 不毛の地へと追いやられたのである この地に坐神はじめの民人の怒り 憎しみ悲しみを知るべし 」 (以下略) ペテン大作戦 地獄行き職員(ヨルコウなりすましクズ) はよお、 >>635 のインチキ自動書記、「荒恵比寿尊」とかいう、 デタラメ「ご神託」が、スレ話題の表面に出るのが嫌なのだろうw おまえ見え見えだぞw 話しをコロコロ変えようとしやがって、ホントゴミだな。 バカみたいだねw W W W >>607 深山 >私は釈尊の言葉そのものを引用したのです。 >釈尊本人が心の安定を解脱だと述べているのだから、 これ以上の証拠も根拠も、学者の説明も、ましてや ペテン大作さんの解釈など必要ありません。 >私はあの経典を引用して、すでにあなたの質問に答えているのです。 私が質問しているのは「あの経典」ではなく、 「沙門果経」です。 話を拡散させて逃げようとしても駄目ですよ。 >阿含宗という宗教150 >332 :神も仏も名無しさん:2008/11/27(木) 13:25:05 ID:lnhRYV0M >「心が統一され、清浄で、きよらかで、よごれなく、汚れなく、柔らかで、巧みで確立し不動」 とは、煩悩が消滅して解脱したという意味です。 >仏教学者に上記の文章の意味を聞いてごらんなさい。 >全員が、これは解脱したことを意味すると解釈するはずです。 >この段階で釈尊はすでに解脱しているのです。 自分の勝手な解釈に経典を合わせるのではなく、 経典に合わせて解釈するのです。 >>607 深山 >私は釈尊の言葉そのものを引用したのです。 >釈尊本人が心の安定を解脱だと述べているのだから、 これ以上の証拠も根拠も、学者の説明も、ましてや ペテン大作さんの解釈など必要ありません。 >私はあの経典を引用して、すでにあなたの質問に答えているのです。 あなたは釈尊の言葉以上の証拠も根拠も必要ない と言った。 いいですね。 私もそれには大賛成です。 そこでその沙門果経には、100節に次の文言が出て来ます。 「このように知り、このように見るかれには、 欲望の煩悩からも心が解脱し、生存の煩悩からも心が解脱し、無知の煩悩からも心が解脱します」 解脱という言葉はこの節以外には出て来ない。 だから比丘が解脱するのはココしかないことになります。 釈尊の言葉なのだから従うしかありませんね。 だから「心が統一され、・・・」の文言は解脱ではありません。 あなたは自分で自己解釈を否定したのです。 見事に墓穴を掘ったのですよ。 あなたが>>520 の質問1に答えられないのは、 釈尊の言葉を認めたら自己解釈を否定することになるからです。 質問2に答えられないのは、そんな仏教学者は一人もいないことを知っているからです。 というわけで深山さんは自爆しちゃった。 指ちゃんも深山説に賛同してたけど 代わって弁明してみるかい? まあやめといた方がいいと思うけど。 《 阿含宗さんのデタラメ研究(2) 》 『荒恵比寿尊のご神託 』 「我白さん 今まさにこの日の本に怨敵あり その様羽虫(イナゴ〉の群れの如き邪軍なり 彼らは情け持たぬ邪まなる者なり (中略) 願わくば 荒魂顕現し 我が神軍に加わり その豪猛なる武神軍を率いて 共にこの日の本の怨敵降伏せしもう哉 我らは日の本の守護神なり 必勝の神なり 我らの末の子の為に 情け持たぬこの邪軍を討ち降伏せしむ戦いに臨もうぞ」 (『アゴンマガジン』102号、36〜37頁) ----------------- ご神託する神が「我白さん」とかいうわけねえよw 「我れ」ではなく『ワダ白さん」だろうよ。 ワダさんちゅうのは、もちろんW蛇靖壽中葬上のことだよ。 インチキ『開祖霊諭』も、 デタラメ『荒恵比寿尊のご神託』も、 全部 阿含宗最高責任者のW蛇理事長さんの 腹話術 でしょうよ。 すべての事務の最終決済はワダさんオンリーだからねぇ〜。 なあペテン そうだよな。おまえが盲従属している上司(飼い主)だ。 さあ、ペテン 嵐の仕事だ! W W W >>639 いやもう終わってるよ。 いっそこういうのはどうだい? 降参降参!あんたはエライ! だから我々はもうあんたに何も言わない。 だからこの降参を条件に、あんた引っ込まない? たった一人で勝利宣言しても 何にも変わらないし、こちらはこちらで やっていくだけだ。 あんた仕事あるかい? >>638 ペテン大作(ヨルコウ)ゴミ屑職員、おまえのことだよw なあ ゴミ屑、おまえとヨルコウの2票だけが、基地害勝利宣言して 発狂してるのだぞw まあ狂っているダボ本人だからな、自覚はできんだろうがな。 スレ荒らし職員のペテン大作(ヨルコウ)、おまえは幾つ墓穴を 掘ればすむんだw もうここには来るなよ基地害。 >>640 のありがたいレスをよく読んで 身の養いにせよ! いいな、分かったな! おまえは、パールちゃんの迷走と、開祖霊力ペンダント使った迷走 を、君の住まいのアパートの三多魔荘に籠ってやってろ。 おとなしく迷走するんだぞ! このヘッポコ野郎w 特別に阿含宗のインチキ法施ペンダントの説明を書いてやる。 ↓ ↓ ↓ ------------------- 《 最勝金剛大阿闍梨爺ヤスオ大覚噂 》 『 霊力守護ペンダント 』 「このペンダントは 開祖眞身舎利(お骨)の御分身そのものです。 身につけることで、定に入られた開祖が飛鳥のごとく一瞬に 駆けつけて、神通力を発揮してくださいます。めいそう法のホウグ としても使用いたします。」 「迷走法の崩愚」だってさぁ。ペテン職員にふさわしいじゃんか! やったね! これでおまえも洗脳系妄想型 超能力者だ! せいぜいW蛇にくっ付いてな、地獄に行くんだぞw バカみたいだね。 W W W ユビキタスも20年以上もオカルトカルト信者で婚期を逃して中年になり 今度もまた20年もオカルトカルト宗教口撃で婚期は無く還暦を迎えて爺さんになってしまったか >>637 神も仏も名無しさん2019/10/13(日) 15:02:00.05ID:fsY/UZyh >私が質問しているのは「あの経典」ではなく、 >「沙門果経」です。 ペテン大作さんは昨夜、>>596 で何をしましたか? あなたは別な「あの経典」を出して、沙門果経が修行の順序だと述べたのです。 自分はそうやって他の阿含経を出しながら、 私が他の阿含経を出すと、上記のようにおかしいと言う。 しかも、これを言うのは初めてではない。 他人には勝手な条件を付けながら、自らはその条件を破ってみせる。 いったい、どこまであなたって、面の皮が厚いのだろう。 どうしてそんなに図々しく、厚かましいのだ? >>639 神も仏も名無しさん2019/10/13(日) 15:05:41.41ID:fsY/UZyh >というわけで深山さんは自爆しちゃった。 ペテン大作さんは>>596 で他の阿含経を引用した。 他の阿含経を引用してはならないと言っているのはあなたです。 上記のあなたの指摘はあなたにだけあてはまる。 私はそんな条件は出していないから、関係ない。 どう見ても、自爆したのはペテン大作さんですよね? だが、こんなふうに説明されても、自爆したことにさえも あなたは気が付かないのでしょう。 私はあなたのスレ違いの質問に答える義務も、あなたに阿含経を示す義務もない。 阿含経は読者たちを説得するために出しただけです。 だから、一年前の阿含経の引用した説明を読んでごらんなさい。 読者に対して説明しているのです。 あなたはこうやってイチャモンをつけるしか能がない。 そんなあなたには説明する義務がないだけでなく、 説明しても無駄なのは十年前に気が付きました。 >>637 神も仏も名無しさん2019/10/13(日) 15:02:00.05ID:fsY/UZyh >解脱という言葉はこの節以外には出て来ない。 解脱という言葉だけが解脱だと思っているのですね。 さすがは視野の狭いペテン大作さんだけあって、 同じ内容を別な言葉で表現される全然わからなくなるのでしょう? ペテン大作さんには前に何度も説明したことだし、何を説明しても 無駄なのは知っていますから、ここからは、ペテン大作さん、 1.5来補さん、宝生創価さんの三人組以外の信者さんたちへの説明です。 釈尊が説いたのは「煩悩から解放」です。 それを単に解脱という言葉を借りて表現したにすぎない。 もちろん、因縁解脱もカルマ解脱もありません。 ペテン大作さんのように仏教を知らない人は、解脱を釈尊の発明した言葉だ とでも思っているようだが、他の信者さんたちだけでも、 解脱も涅槃も言葉を借りてきただけなのを覚えてください。 釈尊のオリジナルは「煩悩からの解放」です。 「煩悩からの解放」が本名で、解脱や涅槃は仮称です。 「解脱 仏教では煩悩(ぼんのう)から解放されて自由な心境となることをいう. インド思想全般で説かれる理念で,仏教にも採用された.」(岩波仏教辞典) 解脱とは釈尊の発明ではなく、インドで使われていた言葉を「採用した」のです。 煩悩からの解放という代わりに、解脱や涅槃といった当時の宗教家たちが 使っていた表現を拝借したにすぎない。 釈尊は彼らとは違う意味に解脱という言葉を用いた。 釈尊はその都度、相手に応じて、説法内容に応じて、 煩悩からの解放を様々に表現し、その一つが解脱です。 こういう基本的なことを知っていれば、解脱という言葉だけが 解脱だなどというペテン大作さんの指摘は無知そのものです。 この説明は私だけでなく、ユビキタスさんも何度もペテン大作さんに 説明したが、彼の頭では理解も記憶もできない。 彼は解脱を考えていると、「煩悩から解放」が彼の頭から抜ける。 両者を同時に考え、両者が同じ物だと彼の頭では理解できない。 解脱と言われないと彼の頭では理解できない。 沙門果経には何度も「心に付随する煩悩をも離れ」と出てくる。 煩悩から離れるとは「煩悩から解放」、つまり釈尊の説く解脱そのものです。 そういう目で見れば、この経典には何度も解脱の話が出ているのがわかります。 そんなこと当たり前です。 沙門の果報を説いたのですから、その最大の果報とは煩悩からの解放ですから、 沙門果経ではくり返してその素晴らしさを説いているのです。 「このようにして、心が安定し、清浄で純白となり、汚れなく、心に付随する小さな煩悩をも離れ、柔軟になり、 行動に適用し、不動なものとなると、かれ(修行者)は、(次のような)理解動作に対して心を傾け、(心を)むけます。」 (『原始仏典 1』春秋社、96頁) 沙門果経にはしばしばこの文言が出てきます。 ペテン大作さんには無理だが、他の信者さんたちは、 これは同じ内容の繰り返しだと気が付きませか? 「心が安定」「清浄で純白」「汚れなく」「付随する煩悩をも離れ」 「行動に適応」「不動なるもの」とは全部同じ内容を表現を変えて くり返しているだけです。 これは釈尊が説法で良く使う表現で、相手に理解させ、記憶させるために 表現を変えて何度も繰り返すのです。 もちろん、別なことを言っているのではなく、一つのことです。 「このようにして、心が安定し、清浄で純白となり、汚れなく、心に付随する小さな煩悩をも離れ、柔軟になり、 行動に適用し、不動なものとなると、かれ(修行者)は、(次のような)理解動作に対して心を傾け、(心を)むけます。」 (『原始仏典 1』春秋社、96頁) 信者さんたちが読誦している阿含経でも、一つの内容を別な 表現で繰り返すのが出てきます。 「・・結縛煩悩纏・・」の「結」「縛」「煩悩」「纏」とは すべて煩悩のことです。 煩悩を言い変えて、煩悩からの解放を何度も強く強調しているのです。 これと同じで、「心が安定」「清浄で純白」「汚れなく」「付随する煩悩をも離れ」 「柔軟になり」「行動に適応」「不動なるもの」とは同じことの繰り返しです。 それは「付随する煩悩をも離れ」、つまり煩悩からの解放であり、解脱のことです。 煩悩に左右されないから心が安定し、煩悩に汚染されていないから 清浄で純白で汚れなく、大きな煩悩は言うまでもなく、小さな煩悩もなく、 欲望や怒りなどの煩悩に凝り固まっておらず、 煩悩に囚われない行動をとり、煩悩に右往左往しないから不動です。 全部、煩悩からの解放、つまり解脱のことです。 >>637 神も仏も名無しさん2019/10/13(日) 15:02:00.05ID:fsY/UZyh >「沙門果経」です。 逃げているのはペテン大作さんです。 心の安定が解脱かどうかなんてここの議論のテーマではない。 沙門果経が解脱の順序だという根拠はどこにあるのだ? 議論をすり替えようしても無駄です。 桐山カルマ解脱「神通力によってカルマを断ち切り解脱する」 これが仏教的に正しいかどうかです。 ペテン大作さんはその証拠が沙門果経であり、理由は、 沙門果経は解脱の順序を説いた経典だからだと述べた。 だが、>>612 に引用したように、沙門果経は解脱の順序ではなく、 修行の果報を説いた経典であることは議論の余地がない。 >>612 が嘘だというなら、順序だという学者の説を出してみれば良い。 もちろんできるはずがない。 なにせ、釈尊本人が果報を説明すると述べているのだから、 小学生でも沙門果経が果報をのべているのであり、順序などでないことはわかる。 ところが、小学生でもわかることをペテン大作さんはわからない。 だから、あなたはその事から「逃げて」、なんとか 心の安定の話にそらそうと必死なのです。 現実にあなたはただの一つも根拠を示せないから、 >>596 で適当に経典を並べて証明したかのように見せかけたのでしょう? いくらそんなことをしても無駄です。 あなたも他の阿含経を持ちだしても無駄だと述べているように、 沙門果経の主旨が問われているのだから、他の経典の主旨など関係ない。 >>637 神も仏も名無しさん2019/10/13(日) 15:02:00.05ID:fsY/UZyh >「沙門果経」です。 ペテン大作さんは主張の根拠を失ったことを理解するだけの知性がないらしい。 桐山カルマ解脱←沙門果経←修行の順序 というがあなたの擁護の理屈です。 しかし、修行の順序という説が成り立たないのだから、沙門果経は 桐山説の根拠にはなりえないのです。 桐山カルマ解脱「神通力によってカルマを断ち切り解脱する」 しかも議論は十年以上もたつのに、半分も来ていない。 後半のカルマを断つという話の根拠です。 ペテン大作さんは「神通力によって」と「カルマを断ち」の 阿含経の根拠を示さなければならない。 だが、十年間、ついにあなたは何一つその根拠を示せなかった。 当たり前です。 神通力によってカルマを切る、因縁解脱なんて桐山さんの作り話、造語です。 近代の新興宗教の教祖が作ったオカルトが阿含経にあるはずあるまい。 よくまあ、勝てるはずのない議論をするものだと、あなたの その度胸と無知と面の皮の厚さだけは感心する。 私が信者なら、論破されるとわかっているから、絶対に出てこない。 あなたとの決定的な違いは、私は人並みの恥じる心を持っていることです。 >>654 没後たったの3年で、閑古鳥が鳴いて、会場が満席にもならず、 阿含宗さんの開祖さんってのは、ずいぶん お徳があるんですね! そりゃあね、生前 大嘘ばかりついて、内弟子愛人までこさえて、 脳みそとケツは、天才脳どころか「愚悶痔」で、いいかげん 信者も詐欺だと気づくわなぁーw ペテン大作(ヨルコウ)職員は、「荒恵比寿尊のご神託」話題から そらしたくて仕方がない。もうそれだけでしょうw 桐山靖雄さんのご指導の賜物が、ペテン大作の姿です。 完全にイカれたゴミ屑でしょうw もう結果は出たねw W W W >>654 なんで8月29日にしないんですかね。 北海道から飛行機で帰る最中に亡くなったのは公表されている事実なのに。 ホレ♩ ペテンの大好きな「ご神託」だぞ! 基地害デタラメな糞な文章w こんなモン書いて 銭集めを企んでいる。 ↓ ↓ ↓ ----------------- 『恵比寿尊のご神託 』 「我白さん 今まさにこの日の本に怨敵あり その様羽虫(イナゴ〉の群れの如き邪軍なり 彼らは情け持たぬ邪まなる者なり (中略) 願わくば 荒魂顕現し 我が神軍に加わり その豪猛なる武神軍を率いて 共にこの日の本の怨敵降伏せしもう哉 我らは日の本の守護神なり 必勝の神なり 我らの末の子の為に 情け持たぬこの邪軍を討ち降伏せしむ戦いに臨もうぞ」 (『アゴンマガジン』102号、36〜37頁) >>655 話を逸らしたいというよりも、いろんなことに対して、頭を使って、突っ込んでいく頭の柔軟性が彼には無いわけです。 >>656 故人の供養は命日にやるものですよ。 阿含宗ってのは、ホントに狂ってます。 ババアは 桐山靖雄の命日までも 捻じ曲げて 利用しようとしてるんです。守銭奴の所業でしょうw >>658 晩年の桐山脳みそが、ペテン脳というところなのですね! さすがです。 桐山脳によると「スリ マハー菩提樹」が、 「スリ ハマー菩提樹」になってしまう。 ペテン脳も油切れで、キーコー キーコー の状態でしょう。 ペテン大作は、名前を変更して、 ペテン師台無し にしてほしいと思ってますw 死んで燃えカスになった桐山さんの幻影を利用して金儲けするのはやめなさい ★原文を見れば「心が統一」は解脱ではない★ >阿含宗という宗教150 >332 :神も仏も名無しさん:2008/11/27(木) 13:25:05 ID:lnhRYV0M >「心が統一され、清浄で、きよらかで、よごれなく、汚れなく、柔らかで、巧みで確立し不動」 とは、煩悩が消滅して解脱したという意味です。 >仏教学者に上記の文章の意味を聞いてごらんなさい。 >全員が、これは解脱したことを意味すると解釈するはずです。 >この段階で釈尊はすでに解脱しているのです。 自分の勝手な解釈に経典を合わせるのではなく、 経典に合わせて解釈するのです。 経典に合わせて解釈すれば「心が統一され、・・・」 の文章に解脱の意味はありません。 パーリ語の原文を見ればそれがはっきりします。 「光明寺経蔵」 https://komyojikyozo.web.fc2.com/dnskv/dn02/dn02c20.files/sheet001.htm 「心が統一され、・・・」に該当する238節を見ると 冒頭に「So evam samahite citte」とある。 so 彼、evam このように、samahite 入定した、 citte 心であり、和訳を見れば 「彼は、そのように心が入定し」となる。 samahite という言葉は「入定した」という意味であり、解脱するという意味ではない。 入定とは定に入ること、すなわち禅定に入ることで、「四禅に入ったことの表現」という仏教学者の翻訳(『原始仏典1』春秋社、中村元監修) ともぴたり一致します(当たり前か) 原文がこうなっている以上、深山がどんな屁理屈を並べても無意味です。 一方「解脱」はと言えばこの節に登場します。 https://komyojikyozo.web.fc2.com/dnskv/dn02/dn02c21.files/sheet001.htm 248-4節に登場する「vimuccati」が解脱です。 cittam vimuccati 欲の漏から心が解脱し bhavasavapi cittam vimuccati 有の漏から心が解脱し avijjasavapi cittam vimuccati 無明の漏から心が解脱し となります。 比丘の解脱はこの節しか出て来ません。 このように深山が経典を無視して自分勝手な解釈をしているのは明らかです。 でもこの人は間違いを何度指摘されても頑として受け入れない。 そればかりか指摘した人間を激しく罵り侮辱する。 これを十年以上に渡って続けてきたのです。 相手から恨まれても当然です。 だがこの人にとっては、どんな客観的な事実よりも自分の思い込みこそが事実であり現実なのです。 そしてその思い込みに執着した結果、経典を勝手に解釈して仏法を歪める外道にまで成り下がった。 この人はかつては熱心な信者だったらしいが、辞めた今でも現役信者以上に強いカルト性を感じます。 人間は一生変わらんということですかね。 ★★釈尊は戒定慧を繰り返し説いている★★ 「心が統一され、・・・」に解脱の意味が無いなんて 釈尊の言葉を見れば当たり前のことです。 「戒律とともに修養された精神統一は大きな果報を もたらし、大いなる功徳がある。 精神統一ともに修養された知慧は偉大な果報をもたらし、大いなる功徳がある。 知慧とともに修養された心は、諸々の汚れ、すなわち欲望の汚れ、生存の汚れ、見解の汚れ、無明の汚れから完全に解脱する」 (『ブッダ最後の旅』岩波文庫、中村元訳) 釈尊は大般涅槃経の中で、戒定慧の三学が揃うことで解脱するのだと何度も繰り返し述べている。 それが何で「心が統一され、・・・」で解脱なのだ? そんなことが何故分からんのだ? いや分からんだろうね。 深山は釈尊よりも自分の思い込みが一番なのです。 こうして彼は外道街道を突き進むのです。 私達はただ彼が堕ちていくのを黙って見守るしかない。 ユビキタスさんの地区は 台風19号大丈夫でしたか? 京都の旧道場は梁が低く雨漏りしやすい構造だった記憶があって台風で吹き飛ぶのではないか?、とフッと思って、リアルタイムではありませんがGoogle earth覗いたら中央が空いている感じに見え、以前からそうでしたっけ? >>665 おかげさまで私の地区は今回も全く無事でした。 日頃の心がけが悪いのにも関わらず。 要するに日頃の心がけと災害とは関係ないわけなんですがw >>666 666wおめ 日頃の心がけって意識しているものではないとおもいます、それが最強なのかも知れませんね。 台風を観ていて、深山さんから戴いた以前のコメントの意味とか凄く解るなぁ…と思いました。 誰かのコメントで勝手に「私達は」と括られて勝手に深山像を建てられても、深山さんは深山さんです。いままでのやりとりで色々学ばせて戴いた深山さんのコメントに感謝しています。 >>662-663 やあ、ペテン師台無しさん、早くここから退去して くれないか? あんたのスレ荒らしに ここの住人はうんざりだよ。 荒らしがペテン師職員(ヨルコウ)のお仕事なのでしょうw ホント、いらないからね、ペテンゴミ屑(苦笑) >>664 >深山は釈尊よりも自分の思い込みが一番なのです。 >こうして彼は外道街道を突き進むのです。 >私達はただ彼が堕ちていくのを黙って見守るしかない。 思い込みと卑劣さはペテン師職員がダントツ第一位だぞw 外道で邪道でクズ筆頭もここではおまえだよw 桐山靖雄さんはじめ末端のおまえ(ペテン・ヨルコウ)らは、 すでに地の底まで堕ちてるからな。 それが証拠に、「荒恵比寿尊のご神託」とかで、また荒稼ぎ しようともくろんでいるだろ。おまえもその一味だろ。 おまえ邪団の一員のクセの生意気だぞ! 氏示! W W W コレをご覧ください! 《ペテン除けの「ご神託」》!! 基地害デタラメ、糞な文章が阿含宗さんの「ご神託」w ペテンはこのインチキ「ご神託」についてのレスは避けますw ↓ ↓ ↓ ----------------- 《ペテン師台無し職員除け》 阿含宗さんのインチキ 『恵比寿尊のご神託 』 「我白さん 今まさにこの日の本に怨敵あり その様羽虫(イナゴ〉の群れの如き邪軍なり 彼らは情け持たぬ邪まなる者なり (中略) 願わくば 荒魂顕現し 我が神軍に加わり その豪猛なる武神軍を率いて 共にこの日の本の怨敵降伏せしもう哉 我らは日の本の守護神なり 必勝の神なり 我らの末の子の為に 情け持たぬこの邪軍を討ち降伏せしむ戦いに臨もうぞ」 (『アゴンマガジン』102号、36〜37頁) >>662 神も仏も名無しさん2019/10/14(月) 18:17:54.92ID:+AeAui4J >★原文を見れば「心が統一」は解脱ではない★ >>664 神も仏も名無しさん2019/10/14(月) 18:32:32.85ID:+AeAui4J >★★釈尊は戒定慧を繰り返し説いている★★ そのようにペテン大作さんが解釈するのは信仰の自由です。 それで心の統一や安定が解脱でないと、 どうして桐山カルマ解脱説が本物になるのだ? あなたは心の統一も安定も解脱ではないという説なのはわかった。 私を含めた読者には、それがどうして、 桐山カルマ解脱「神通力によってカルマを断ち切り解脱する」 が正しいことになるのか、誰もわからないのです。 それを読者に説明してはどうですか。 もちろん、あなたにできるはずもない。 なぜなら、両者には脈絡などない。 好戦経でもE川事件でもビタ負けして、悔し紛れに吠え続けているだけです。 >>662 神も仏も名無しさん2019/10/14(月) 18:17:54.92ID:+AeAui4J >★原文を見れば「心が統一」は解脱ではない★ >>664 神も仏も名無しさん2019/10/14(月) 18:32:32.85ID:+AeAui4J >★★釈尊は戒定慧を繰り返し説いている★★ 沙門果経が修行の順序でないことはあまりに明瞭で議論の余地もない。 あれは修行の果報を説いた経典だと学者たちが口をそろえて言っている。 それどころか、釈尊本人がそのように述べている。 だから、ペテン大作さんの修行の順序だという説は完全に釈尊と学者たちから否定された。 あなたは順序説の根拠となる学者の説明を捻じ曲げて引用したことはあるが、 その片山氏でさえも修行の果報だと述べていた。 あなたの大好きな片山氏もあなたの順序説を否定したのです。 なのに、どうしてまだ沙門果経の話を持ちだすのか? 桐山さんの神通力で解脱する、カルマを断ち切って解脱するという 二点について、あなたは阿含経や学者の説を示さなければならない。 あの嘘だらけの桐山さんでさえも示せなかったことをあなたがやれるはずがない。 示せないから、話をそらそうと必死なんでしょう? 世間ではそういうのを逃げているといい、卑怯者と言います。 桐山カルマ解脱なんて仏教にあるはずがないことがまだわからないなんて、 どういう理解力をしているのだろう。 >>664 神も仏も名無しさん2019/10/14(月) 18:32:32.85ID:+AeAui4J >釈尊は大般涅槃経の中で、戒定慧の三学が揃うことで解脱するのだと何度も繰り返し述べている。 >それが何で「心が統一され、・・・」で解脱なのだ? >そんなことが何故分からんのだ? 一番わかっていない人間が、「何故分からんのだ?」というのは、 お笑いとしてはおもしろい。 何にもわからないのはペテン大作さんです。 わかっているというなら、自説を並べるのではなく、 ユビキタスさんが>>620 で説明した戒定慧をあなたの言葉で解説してごらんなさい。 「ユビキタス説の戒定慧とは、・・・である」と読者のために解説してみなさい。 できませんよね? あなたはユビキタスさんの戒定慧の説明が理解できないのだ。 ユビキタスさんは、ペテン大作さんみたいに自分の主張を一方的に書いているのではない。 ペテン大作さんの主張を理解した上で、それがどう間違っているかを 説明しているのです。 こういうのを議論といい、反論と言います。 だが、ペテン大作さんは相手の主張が理解できないから、無視して、 自分の我流解釈をガミガミと並べて、それを受け入れない相手に 「何故分からんのだ?」とぼやいてみせる。 ユビキタスさんは難しいことを言っているのではない。 私も前にあなたに英国数の三教科の例えで説明したことがあった。 だが、こちらの説明を受け入れたくないのではなく、 そもそも相手が何を言っているのか、あなたは理解できない。 だから、>>620 のユビキタスさんの説明をあなたの言葉で解説しろと 言われてもできない。 うっかり書けば、理解していないことがばれてしまうから、無視するしかない。 つまり「分からん」のは私やユビキタスさんではなく、ペテン大作さんです。 >>664 神も仏も名無しさん2019/10/14(月) 18:32:32.85ID:+AeAui4J >★★釈尊は戒定慧を繰り返し説いている★★ 釈尊が戒定慧を説いているなど、私もユビキタスさんも否定したことは一度もない。 なのに、どうしてわざわざこんなわかりきったことを まるでこちらが知らないかのように強調するのですか? しかも、これを書くのは初めてではない。 前回も、ユビキタスさんが今の私と同じことを反論していた。 相手の主張も反論も全然覚えていないから、上記のように自分では新しいつもりで 同じような話をクドクドと何度も何度も繰り返す。 独り言を言って自己陶酔にふける老人みたいです。 「ペテン大作さんは他人の説明が理解できない」のです。 反論ではなく、相手の主張を無視して、ひたすら「自分の解釈を羅列する」。 あなたが十年間したことはこれだけです。 議論とは、他人の説明を理解して、その上で反論する。 自説だけを主張することではありません。 だが、ペテン大作さんは私やユビキタスさんが何を言っているのかが 理解できない。 理解できないから、内容に反論できない。 そこで、こちらの主張を完全に無視して、自分の説を並べて 反論したように錯覚する。 つまり「分からん」のは私やユビキタスさんではなく、ペテン大作さんです。 >>664 神も仏も名無しさん2019/10/14(月) 18:32:32.85ID:+AeAui4J >そんなことが何故分からんのだ? ペテン大作さんが今回書いた内容を自分で見てみなさい。 心の統一の話も、三学の話も、あなたは私やユビキタスさんが 書いた内容について反論しているのではない。 こちらの主張を完全無視して、「自分の主張」をただ書き並べただけです。 阿含経を引用して「我流の解釈」を並べただけです。 その我流の解釈の正否を言っているのではありませんよ。 あなたの入っている四角い井戸から見た空が四角なのは あなたにとっては正しいのはわかる。 だが、空は四角ではないから、あなたの説を受け入れる人はいない。 それをいくら指摘されても、あなたの目には四角の空しか見えないから、 これほど明瞭な事実を受け入れない私やユビキタスさんに 「そんなことが何故分からんのだ?」とぼやける。 1.5来補さんとそっくりです。 二人とも強烈な自惚れを持っているから、自分の知性に 疑いを向けず、むしろ自説に賛成しない周囲をバカだと思い込む。 だから、自分の理解力の低さを棚に上げて 「何故分からんのだ?」などとぼやけるのです。 周囲ではなく、あなた方二人の理解力が低いです。 >>664 神も仏も名無しさん2019/10/14(月) 18:32:32.85ID:+AeAui4J >そんなことが何故分からんのだ? ペテン大作さんの意味不明の我流解釈など誰も興味がないし、あなたの これまでの人生でも受けいれられたこともないのは、 職場など現実世界でいつも体験した。 誰もあなたの立派な主張に賛成しなかった。 あなたは「そんなことが何故分からんのだ?」と 内心思い、侮蔑しましたよね。 だが、彼らはあなたと違い、普通の視野を持っているから、 空は四角ではないのです。 十数年、いつもペテン大作さんはどこまで心の安定の話を続け、 私は読者を意識して沈黙すると、あなたは「深山は答えられなかった!」 と勝利宣言をしてきた。 あなたの意味不明の書き込みに読者はウンザリしているのです。 職場での周囲の目を思いだしてごらんなさい。 一部の困ったような目と、多数の人たちの「またか」というウンザリ したような目、しかも、彼らはあなたと目を合わせようとはしなかった。 1.5来補さんと違い、あなたはまさかあの視線を自分への礼賛や 尊敬とは受け取らなかったでしょう。 自分が嫌われ排除されていることに気が付いたから、 あなたは復讐心に燃えて、嫌がらせを続けたから、もっと嫌われた。 好戦経やE川さんなどの阿含宗の話に戻したらビタ負けするから、 そこから逃げて、心の安定や三学の話でごまかしている。 まともにスレの主旨の正面からは議論できず、心の安定や三学という スレと関係ない話で空虚な勝利を味っている姑息な男です。 ホレ♩ ペテン除けの「ご神託」だぞ! 基地害デタラメな糞な文章w こんなモン書いて 銭集めを企んでいるのが、阿含宗の正体だ。 ペテンに救いの手をのべてあげようw これからは、阿含宗の「開祖霊諭」「自動書記」「念力護摩」 「荒恵比寿尊の御神託」な、この論議で行くから、おまえもな 仏典とか仏教とか釈尊とかな 言うんじゃねえぞ! ペテン(ヨルコウ)おまえは仏教徒じゃあなく、阿含邪教徒だからな いいな、分かったなw ↓ ↓ ↓ ----------------- 『恵比寿尊のご神託 』 「我白さん 今まさにこの日の本に怨敵あり その様羽虫(イナゴ〉の群れの如き邪軍なり 彼らは情け持たぬ邪まなる者なり (中略) 願わくば 荒魂顕現し 我が神軍に加わり その豪猛なる武神軍を率いて 共にこの日の本の怨敵降伏せしもう哉 我らは日の本の守護神なり 必勝の神なり 我らの末の子の為に 情け持たぬこの邪軍を討ち降伏せしむ戦いに臨もうぞ」 (『アゴンマガジン』102号、36〜37頁) >>677 Gacktさんが演じた大河ドラマ・風林火山の謙信の「セリフに影響受けたような文章」ですね。 ところで、深山ユビくんは、阿含教学の基本、四向四果について、 阿羅漢=阿羅漢向+阿羅漢果 預流 =預流向 +預流果 だと、今だに主張しているのかね?もし考えを改めたのなら、それを表明する義務があるよ。 阿含教学に疎い批判派は、深山ユビをリーダーと考えている人が多いみたいだからね。四向四果についても深山ユビ説を信じていたね。深山ユビは、多くの批判派を間違いの説に導いていたのさ!だから間違いに気づいたら、それを表明する義務があるのだよ。 昨年までは、深山は、佛教語大辞典を引用して、自分の間違い解釈を開陳していたからね。何十年も間違いを主張していた。せめて、3年くらいは反省の言葉をレスする責任があるよ。一度や二度の反省レスでは、見逃してしまう人があるからね。 ・横変死した先祖がいると子孫が不幸になるという阿含宗の主張の間違い。 実例として、自殺した芥川龍之介の子孫を挙げます。 三男の故芥川也寸志氏の長女、芥川麻実子女史がエッセイスト、 交通評論家として活躍中です。今年71歳。 また也寸志氏の三番目の妻との間に生まれた貴之志氏が クリエィター、デザイナーとして活躍中です。今年47歳。 阿含宗の立場からすれば、会員の先祖に横変死した霊がいるのに会員が幸せであってはならないのです。 私の経験から言いますと、 もともと他の宗教を信仰していて温かで幸せな家庭だったのに家族の1人が「念力」という本を読んで疑問があり、 関東別院に行きムドラーを教えてもらったら、その日のうちに入会させられ、 その後家庭がおかしくなっていき、兄弟が自殺することにもなりました。 阿含宗に入って先祖供養をすれば家運が良くなるというのはまったくの嘘なのです。 ★★「心の安定」にしがみついても無意味★★ >>543 深山 >ちょうど一年前の10月、私は心の安定が記述された経典を引用して 心の安定とは解脱のことだと、わざわざあなた方に示した。 「心の安定」という訳語は、たまたま某仏教学者達が原語をそのように訳しただけです。 他の学者はこれとは別の言葉に訳している。 たとえば、中村元氏の場合は 「かくのごとく心が統一され、清浄で、きよらかで、よごれなく、汚れなく、柔らかで、巧みで、確立し不動となったときに」 (『ゴータマ・ブッダ 釈尊の生涯』春秋社) というように「心の安定」ではなく「心が統一」です。 この訳語は深山がレス(阿150の332)で引用しているものと同じです。 「心の安定」という訳は「世界の名著1」の 長尾雅人氏や「原始仏典2」の片山一良氏です。 このように学者によって訳語が違うのです。 だから「心の安定」という訳語に執着して、 他の経典で解脱の意味で使われているからといって、三学経典でも解脱であるということにはならないのです。 そんなものは根拠にはならない。 あくまでも原語に忠実であるべきです。 原語が「入定した」という意味ならば、解脱の意味など無いのです。 このように深山は本当に人を騙すのが上手い。 天才的ですね。 私が以前から彼に目をつけているのはこういうところなのです。 読者の皆さん、騙されてはいけません >>639 ヨル公さんに対して、そのネタではないネタで、久々にレスしてみましょう。 その後、新しいアゴン・マガジンは出ましたか? 先月の会津での護摩法要の際、カスケットが神秘的にも美しく輝いているのを何人も目撃したとあるが、 その旨、アゴンマガジンにコメントされましたか? 写真は出ましたか? 信者の感想にその件に触れているのがありましたか? 教団としてそれをはっきりと示していましたか? ちなみに私はそのカスケットはヨル公さんが見た通り輝いていたと思うし、嘘でも錯覚でもないと思う。 昔から関東別院のカスケットも輝いてましたよ。 紫磨黄金の大光明という通り、文字通り紫色にも輝いてましたし、エメラルドグリーンのようにも輝いていた。 私はこの件に対して、教団が公式に機関誌にその旨をコメントしてもおかしくはないが、 コメントしてもよさそうなものをコメントしないこともあるだろうなと見ています。 だからアゴンマガジンに出たら、あるいは出なかったら、報告をお願いします。 自慢添えても構いませんから、正確にお願いします。 >>682 この件でもうレス付けまい、無視しようと思ったが、一言。 心の安定や心の統一という単一表現だけでないでしょ?沙門果経の四禅を終えたシーンで語られる沙門の境涯は。 不動とか柔軟とか、小さな煩悩も離れとか。 >>686 だからペテン大作は何を主張したいのか? ようは深山氏の解釈が間違っていて批判者の資格が無いと、ここで読者に告げ口を しているだけだ。稚拙な印象操作だな。 読者は決して釈迦の言葉を数式的や統計学的に読んでいないから、深山氏方の解釈に 整合性を感じるのだよ。 それで批判方の解釈がたとえズレたとして、桐山さんや阿含宗の教義が正しいことに なるのか?なりませんよな。 神通力で解脱できるという根拠がこの沙門果経のどこにあるんだ? 釈迦が何を語ったかも知らずして言葉語句の正統性のみにこだわって本質を観ていない。 釈迦は悩めるアジャータサットゥ王に沙門の果報を様々に説いた。 そのおかげでアジャータサットゥ王は各法門の素晴らしさを知り釈迦に帰依し、 優婆塞になったという話です。 その法門の表現において煩悩から離れているかどうかなどではなく、何が素晴らしいかを 読み取ればいいだけだ。 ジャッジする観点ではなく身口意の三業を知り戒定慧の実践で煩悩から解放されることが、 最上の果報だと知ればよいだけだ。 このお経は煩悩を離れた者だけが見える様々な世界をアジャータサットゥ王に教えているのさ。 この最上なる法門を獲た者をひとはそれを阿羅漢と言い、それは阿羅漢に向かって修行し、 阿羅漢の果を獲た者だよ。 何も小難しく考えることはないのだよ。 あらら♩ ということで、ペテン師台無し自爆しちゃった。 ペテン劇団一人で賛同してたけど 代わってヨルコウは、弁明してみるかい? まあやめといた方がいいと思うけど。 ペテン職員=ヨルコウ職員だからねぇ〜w まあ、>>677 の「荒恵比寿尊の御神託」でも読んで ペテン除けの功徳いただいてさw あっ!そうか! ペテン本人がペテン除けしてもダメか!? >>678 おお! (う)さん元気ですかぁ(笑) ご機嫌麗しくおすごしですかー ^o^ >>679-681 お疲れ様です。また目先を変えるための工作ですか? 「荒恵比寿尊の御神託」」の話題を随分と避けたいのですね! まあ、ヨルコウ職員=ペテン職員だとバレてますからね、 どうやってもムダですよ。 分かりましたか? ペテン師台無し職員さん(=ヨルコウ職員)w バカみたいだね。バレバレなのにw 氏示! W W W ホレ♩ ペテン除けの「ご神託」だぞ! ヨルコウ除けの「ご神託」でもいいがな! この基地害デタラメな糞な文章w こんなモン書いて 銭集めを企んでいるのが、現 阿含宗の正体だ。 ↓ ↓ ↓ ----------------- これが!阿含宗のデタラメご神託だ!! 『荒恵比寿尊のご神託 』 「我白さん 今まさにこの日の本に怨敵あり その様羽虫(イナゴ〉の群れの如き邪軍なり 彼らは情け持たぬ邪まなる者なり (中略) 願わくば 荒魂顕現し 我が神軍に加わり その豪猛なる武神軍を率いて 共にこの日の本の怨敵降伏せしもう哉 我らは日の本の守護神なり 必勝の神なり 我らの末の子の為に 情け持たぬこの邪軍を討ち降伏せしむ戦いに臨もうぞ」 (『アゴンマガジン』102号、36〜37頁) 今頃気が付いたら私の書いた>>687 でレスアンカーが間違えてますね。 ヨル公さんは>>679 から始まります。 ペテン大作さんに対しては今回 レスをつける内容は>>688 だけです。 これに対して補足も付けません。 何を言わんとしているかわかったらえらい、と言うよりも全く逆なんだが、 何を言わんとしているかわからなかったら、 わからないのお?頭悪いんとちゃう?と言いたい。 >>686 神も仏も名無しさん2019/10/15(火) 12:04:13.69ID:6a2jbbad >だから「心の安定」という訳語に執着して、 >他の経典で解脱の意味で使われているからといって、三学経典でも解脱であるということにはならないのです。 先に言うが、あなたの議論はスレ違いで、私は答えるべき義務はない。 ペテン大作さんは、中村博士は他の経典で「心の安定」を解脱の意味として使っているが、 彼の沙門果経の和訳は「心の安定」ではなく「心の統一」だから、 解脱の意味ではない、と言いたいのですか? 中村説 「心の安定=解脱」「心の統一≠解脱」 と言いたいのですか? わざわざあなたの言いたい事を確認するのは、毎度何を言っているのか、 自分ばかりわかったような書き方で意味不明なのです。 「心の安定 その原語(samadhi)は三昧と音訳される。心を統一して思うこと。」 (『ブッダのことば』中村元、217ページ) 中村博士は「心の安定=心の統一」と述べているのです。 あなたは、中村博士は両者を別な意味に使ったかのような 言い方だが、同じ意味に使っている。 あなたの主張は根拠のない毎度の屁理屈、イチャモンです。 だから、私が昨年引用した経典の心の安定は、沙門果経の心の安定や 心の統一と同じ意味です。 釈尊は心の安定、心の統一を解脱の意味に用いているのです。 また、他の学者たちが心の安定と訳そうが、心の統一と 訳そうが、意味は変わりません。 十年間の議論を見ればわかるだろうが、私は両方用いている。 なぜなら、あなたと違い、両者は同じ意味だと知っているからです。 >>686 神も仏も名無しさん2019/10/15(火) 12:04:13.69ID:6a2jbbad >他の経典で解脱の意味で使われているからといって、三学経典でも解脱であるということにはならないのです。 「他の経典で解脱の意味で使われている」とペテン大作さんは認めるのですね? つまり、私が昨年示した阿含経の心の安定が解脱だとあなたは認めるのだ!? 素晴らしい進歩だ。 読者の皆さん、ペテン大作さんが、他の経典にある「心の安定」は 解脱だとようやく認めました。 拍手してください! 自爆したことにも気が付いていませんね。 あなたは、私が引用した中村博士訳の「心の安定」を上記のように 「解脱の意味で使われている」と認めてしまった。 ところが、中村博士は「心の安定=心の統一」だと述べている。 つまり、沙門果経の「心の統一」とは「心の安定」のことです。 しかも、あなたは中村博士の「心の安定」は解脱だと認めたのだから、 沙門果経の「心の統一」を解脱だと認めたのと同じです。 ・・・もしかして、自爆の説明を受けても、自爆したことがわかりませんか? >>686 神も仏も名無しさん2019/10/15(火) 12:04:13.69ID:6a2jbbad >原語が「入定した」という意味ならば、解脱の意味など無いのです。 これも何度も何度も私からも、ユビキタスさんからも くり返し説明されても、まだわからないのでしょう? 賛成しろと言っているではなく、相手の説明をまず理解してから 反論してはどうかと言っているのです。 あなたはこちらの説明を理解できないから、無視して、 ひたすら自説をくり返す。 そういう点は>>679-681 の1.5来補さんのタワゴトとそっくりです。 ペテン大作さんや1.5来補さん以外の信者さんたちに説明します。 受け入れなくてもいいから、まず説明を理解してください。 釈尊は瞑想の技法で解脱したのではなく、瞑想の時も 煩悩に囚われないようにしたから解脱したのです。 瞑想だろうが、飯だろうが、トイレだろうが、 煩悩に囚われない状態を保つのが解脱なのです。 定の一つである瞑想の技法で解脱するなら、アーラーラ・カーラーマなどの 二人の師匠の瞑想の技法だけで解脱したはずです。 彼らは瞑想の技法としては最高レベルです。 釈尊は彼らの瞑想の技法を採用している。 だが、瞑想の技法で解脱したのではなく、どんな瞑想をするのでも、 煩悩に囚われない状態を保つこと、これが解脱だと説いたのです。 どんな食事をする時でも煩悩に囚われないようにすること、 これが解脱だと説いたのです。 瞑想で解脱するのではなく、日常のすべてにおいて煩悩に囚われ ないようにすること、これが解脱です。 >>686 神も仏も名無しさん2019/10/15(火) 12:04:13.69ID:6a2jbbad >原語が「入定した」という意味ならば、解脱の意味など無いのです。 安那般那念経で、桐山さんが15種類の呼吸法を 説いているという爆笑解釈をした件も、あれは、 どんな呼吸をする時も煩悩に囚われないようにしろ、という意味です。 長い呼吸も短い呼吸もと並べているのは、同じ言葉を何度も 並べて強調するためで、この場合は、「どんな呼吸の時も」という意味です。 これを15種類の呼吸法と解釈したのだから、まるで幼稚園児です。 釈尊は具体的な瞑想法も呼吸法も説いていない。 だから、桐山さんは呼吸法を弟子に秘密に伝授したなんてインチキ解説をしていた。 釈尊は教師の握り拳(秘伝)はないとはっきり宣言している。 阿含経に呼吸法すらないのを見れば、釈尊が呼吸法など説かなかったことは あまりに当たり前です。 瞑想をしていたにもかかわらず、具体的な瞑想の技法もありません。 だから、三十七道品の中にも「定」はあるが、瞑想(禅)はありません。 他の信者さんたちは不思議に思いませんか? 実際の阿含経が桐山さんの話とかなり違うことに少しは気が付いてください。 >>686 神も仏も名無しさん2019/10/15(火) 12:04:13.69ID:6a2jbbad >原語が「入定した」という意味ならば、解脱の意味など無いのです。 「定」を瞑想だと解釈する人たちがいるが、違います。 くり返すが、その証拠に三十七道品には瞑想(禅)は出てこない。 日常坐臥、出家は常に定を保つのです。 定とはそのままの意味で、定まったまま動かないことです。 これは一般的な意味ではなく、 「煩悩に対して動かず定まる」のです。 私たちは常に煩悩の誘惑にさらされ、右往左往している。 煩悩具足という言葉があるように、煩悩と一体になっている。 釈尊は、煩悩を観察し、決別し、影響されないようにしなさいと説いた。 煩悩から左右されないから定まり、安定し、不動になる。 これが釈尊のいう解脱です。 これを瞑想の時だけでなく、飯を食っている時も、 歩いている時も、風呂に入っている時も、他人と話をしている時も、 常に一刻も気を抜くことなく、定の状態を続けて、絶対に自分の身口意の 三つの行為(カルマ)の中に煩悩が漏れ出ないようにする。 これが釈尊のいう解脱です。 他の信者さんたちはこういう目で釈尊の次の言葉を読んでください。 「このようにして、心が安定し、清浄で純白となり、汚れなく、心に付随する小さな煩悩をも離れ、柔軟になり、 行動に適用し、不動なものとなると、かれ(修行者)は、(次のような)理解動作に対して心を傾け、(心を)むけます。」 森祖道訳(『原始仏典1 長部経典T』春秋社、96頁) 他の信者さんたちは意味がわかるでしょう? 「心が安定」以下、すべて煩悩からの解放、つまり解脱のことです。 ペテン大作さんは視野が狭いから、心の安定しか見えないようだが、 心の安定以下、清浄、純白、汚れなく・・・不動なもの、 これらすべてが解脱の意味です。 というよりも、解脱をこのように表現している。 解脱とは阿羅漢という資格を得るという意味ではなく、 煩悩に囚われない状態を「保ちつづけること」で、 保ち続けている人を阿羅漢というのです。 到達点は確かにあるが、生きているかぎり、いつでも転落する可能性がある。 だから、解脱に到達した人たちも一瞬も気を抜かずに、煩悩に囚われまいとして、 気を逸らさず(念)、集中し(定)、それを常に持続する努力をした(精進)。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
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