>>366

えーんえーん、末日聖徒イエスキリスト教会の会員はモルモン書には精通しているが、聖書には勉強が行き届いていないことが多いのさ。
せっかくモルモン教を批判するスレなんだし、モルモン書の内容について議論しようぜ。

旧約聖書は教義の要点というよりは末日についての一般人には解読できない謎を含んだ託宣が多いんだ。
たとえば、明日の株価は17864になりますとか預言者が宣言したとして、世が教会潰そうと思ってたら、教会の預言の信用落とすために
みんなで協力して17864にならないように株を買うに決まってるだろ。

新約聖書は四福音書は別として、パウロの書簡についていえば、異邦人に福音が延べ伝えられて、ユダヤ人も異邦人も共に同じ神の元で
平等に礼拝するという観念がユダヤ人にとっても異邦人にとっても棘になったので、この対立を鎮めることを目的として、特にユダヤ人の信者に向けて語った言葉が多い。

異邦人が異教の教えを捨てきることが出来ずに異教の風習をキリストの教会に持ち込んだ。
一方で、ユダヤ人は「キリストの名を信じて悔い改めてバプテスマ(ユダの水)を受ける」という、イスラエルの神の教義の要点を遥かに超える
高度な知識を持ち合わせていて、曲がりなりにもユダヤ人たちは神の教えについての理解を究めようと努力してきた。
キリストの教会に統合されたのち、使徒たちは「キリストの名を信じてバプテスマを受ける以上は知らなくていいよ。要点だから。」
さて、これでユダヤ人の信心深い長老たちが、キリストをユダヤのメシヤとして受け入れることが出来るか。
それゆえ、元パリサイ人で、ユダヤの教義に誰よりも精通しているパウロの、ユダヤ人に向けた「なぜキリストがユダヤの神なのか」という問いに対する高度な知識に基づいた解説が必要になったんだよ。

新約聖書の主な解き明かしは末日だよ。ぶっちゃけ、世間の神学はおろか、この末日聖徒イエスキリスト教会の指導者でさえも、
新約聖書の正しい理解には届いておらず、解釈はいずれも頓珍漢に終わっている。
聖文の理解には、頭脳の明晰さや学識ではなく、常識の外の理解の鍵が必要になるんだよ。