>>952
◆問1 >>939
教父が「人間として受苦されたのであり、 神としては不受苦のままであられたのである」
「肉において受苦したのであって、神の本性においてではない」と言ってますよ
これらの教父の発言は「本性=位格」とするトンデモ勘違いではないのですか?

◆問2
カルケドンも両性を説いてるのに、二人格ではなのであれば
私と愛の天使さんも一位格を説いていると結論されますが
カルケドンとの差異を論理的に説明ください

◆問3 >>954 人は霊魂プシュケーと身体ゾーマがなる 
神は霊プネウマであるということが理解できないようですね

https://www.tomoshibi.or.jp/catechism/
人は霊魂とからだをあわせたものです。霊魂はからだのいのちの源であるばかり
ではなく、体によらない力、知恵と意志があります。
https://www.tomoshibi.or.jp/catechism/
神はご自分と同じような霊的生命を与え
この霊的生命がプネウマです。人に入るとプネウマはプシュケーとなります。