0214桃太郎
2018/08/12(日) 19:00:11.46ID:1mBMoLynゆえに輪廻がなくなることはありません。
最高の経典である法華経には「衆生を度せんが為の故に 方便して涅槃を現ず。 しかも実には滅度せず。 常に此に住して法を説く」と説かれてあります。
これがなかなか普通には理解できない。法華経が仏の随自意の教えであり「諸経の中で法華経が最も難信難解であると明かされている」ゆえんです。
この大宇宙の生命の実態が「仏」なのです。
ゆえに、本来、私たちすべての人が「仏」なのです。
ただ、凡夫は煩悩によって「仏」であることを内観出来ないのです。
だったら、煩悩や執着を断ずれば「仏」の生命を覚知できるのかと言えばそうではありません。
むしろ、煩悩は仏の悟りを得るためには必要なのです。(煩悩即菩提、生死即涅槃)
このことは、一念三千の法門を学べば多少理解できるかもしれません。
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輪廻を考える上で、生命は何も人間だけではありませんよね。
犬猫、牛馬もそうだよね。
では、彼らはどういう因縁でこの世に犬猫、牛馬に生まれてきたんだろう。
縁起を説く仏教に「偶然」や「たまたま」なんかあるわけないし。
私たちが、必ず来世に人間として生まれ、再び仏教に巡り会えると、どうして確証できるのでしょうか?
そこら辺を探求してみるのもおもしろいかもです。