>>228
つまりあなたは、感受する主体は頭で考えて、主体と客体を分けた時に初めて現れる
現実と呼ばれる物語世界の産物だと言っているわけでしょ

感受する主体があるというのは、そういう次元の話しではなくて、
(個人的にはカバットジンの言う、生まれた時からずっと持っている全体性に瞑想によって気づくという言い方が一番身を持って納得できる)
あるものなんだよ