摂理の人間が警戒する具体的な例が
メンバーがキリスト教会の牧師や家族と会って矛盾点を教えられたりするケースです
それは実際に摂理の御言葉に矛盾点があるのがバレたらまずいからでありそうなると太刀打ちできないのを知っているからです
比較されるとマズイのです

一般のキリスト教会に通って教えを信じている人間でも摂理を含めた違った教えをネット等で目にしたり偽装勧誘に遭遇することはあります
(まあ摂理は誤魔化して怪しく見られない内容しか載せていないわけですが)
でもそれで所謂キリスト教の異端を選択することは希少例を除いてないでしょうね
摂理にいる時に一人だけ見た事があるのみです 
つまり統計的に
@摂理の教えを信じ切っている状態で正当なキリスト教の教えを聞いて摂理を去る
A正当なキリスト教の教えを信じ切っている状態で摂理の教えを聞いて正当なキリスト教会を去る

これだと圧倒的に@が多いわけです
理由は聖書をもって説明されると矛盾が明らかだからです
摂理が徹底してメディア閲覧を禁止したり情報統制したり周囲との関係性を断つようにさせるのはそういう理由もあるからです