中山大亮が真柱となってからの天理教を予想するスレ [無断転載禁止]©2ch.net
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真柱の名は、
初代:中山眞之亮(しんのすけ・教祖中山みきの孫)。
二代:中山正善(しょうぜん・初代真柱の長男)。
三代:中山善衞(ぜんえ・二代真柱の長男)
四代:中山善司(ぜんじ・三代真柱の長男)
五代予定者:中山大亮(だいすけ)
真 善 善 善 大である。12345。
1始まり 2、たっぷり 3、身につく。4世治り。5理を吹く。である。 1代 真(真之介) 初代真柱。管長公の時代。おやさまの付けた名が取り払われた時代。
2代 善(正善) 応法の真柱。管長公から真柱。おやさまの予言の名が使われた時代。
教義の父。70年蔡
3代、善(善衛) つとめの地歌復元。理の親はおやさまのみ宣言。生まれたときから真柱候補。
100年蔡
4代、善(善司) 地場の祭儀祭式復元。国々所々の地場宣言。生まれたときからの真柱候補。
130年蔡
真は、真の理。
善は、善の理で、応法の悪しきを掃除した。 「世の中の廃れ者、厄介者からたすけるのは道の大」
つまり、天理教団は、おやさまの名を天理王命だと3代真柱が説いて、4代真柱の時代にようやく信仰組織として善になった。
そこで、5代真柱は、道の大の、真柱という事です。 つまり、すたれもの扱いされる、高齢者、難病の病人、厄介者である犯罪常習の前科者、捨てられた子供。
こういうところを助ける時代の真柱という事で、今の真柱から継承される頃には、国歌が、すたれもの厄介者の大勢いる国家となってしまう分岐・その時代の真柱という事です。 2013年3月関西大学卒業。同年4月4日、中山善司様とはるえ奥様の養子になられた。同年10月24日、真柱継承者として推戴された。
43年の地震の数理で確かめると、2056年に大地震が来るとなり、38年の数理でいうと、
2051年に大地震が来る。
その激動を、大難を無難の守護を頂く、真柱が、大亮真柱の誕生である。
その前の、異端の数理3625は28年、2041年に教団批判の異端活動が生まれる。
天理教団が、真の福祉活動宗教になることは神秘に反するという異端であろう。 教祖30年蔡はまさに応法の黒埃のつとめであった。
山沢為造が、「教祖が教えた『天理王命のつとめ』が弾圧にあってつとめられなかったのを復活してつとめる」と称して、ヤタの鏡の模造品を天理王命の御分霊として、
「天理王命のつとめ」をつとめる教義に改めたとされるが、天理王とはわが師中山みきであって、その名の復元に100年かかり、99年経ってみなぜ直したのが、
130年祭の真柱、善司の善である。
30年祭には禁じられた、かぐらつとめ。これがつとめられている130年祭。
神の打ち分け場所からの真柱予定者は、「打ち分け場所」の予言の実現であり、
「国々ところどころの真柱」のお言葉の実現の第一歩であり、道の大の開始である。 30年の数理は、立教30年、
4月頃、中山秀司を講元として真明講が結ばれる。
世話人は仲田儀三郎、辻忠作、松尾市兵衛、中尾休治郎。この頃から金平糖を御供として渡す
30年の数理は 生誕30年。
文政11年 1828 教祖、あずかり子の疱瘡平癒を祈願。
おひながたでは、おたすけの開始であるが、
教団史では、心得違いであって、復元に100年かかった。
生誕の30年に、預かり子、黒疱瘡のお助け。
立教の30年に、金平糖のごく講の設立。
道の大の基本には100年の復元が必要だった。 天保9年 1838 10月26日(西12月12日)朝五ッ刻(午前8時)、立教。教祖、月日のやしろとなる 汽船、初めて大西洋を渡る。ダゲール(フランス)写真術を発明
30年と3年は同じ理であるから、
立教から3年 おびやためしにかかる
この基本。
130年祭から、おたすけが始まる。当然の天理である。
月日のやしろとなられた教祖は、親神の思召のまに/\、「貧に落ち切れ。」 と、急込まれると共に、
嫁入りの時の荷物を初め、食物、着物、金銭に到るまで、次々と、困って居る人々に施された。
一列人間を救けたいとの親心から、自ら歩んで救かる道のひながたを示し、物を施して執着を去れば、心に明るさが生れ、
心に明るさが生れると、自ら陽気ぐらしへの道が開ける、と教えられた。
教祖の言われる事なさる事が、全く世の常の人と異って来たので、善兵衞初め家族親族の者達は、気でも違ったのではあるまいか、
又、何かの憑きものではあるまいか、と心配して、松葉を燻べたり、線香を焚き、
護摩を焚きなどして、気の違いならば正気になれ、憑きものならば退散せよ。と、有らん限りの力を尽した。
善兵衞の役友達である別所村の萩村、庄屋敷村の足達、丹波市村の上田などの人々は、
寄り集まって、中山の家は、何時行っても子供ばかり淋しそうにして居て、本当に気の毒や。
何とかならんものかしら。憑きものならば、我々の力で何としてゞも追いのけよう。と、相談の上、連れだってやって来て、教祖に向い、私達が、今日から神さんを連れて戻って信心しますから、どうかお昇り下さい。と、繰り返し/\責め立てたが、何の効めもなかった。
世間の嘲りは次第に激しくなったが、その半面、近在の貧しい人々は、教祖の慈悲に浴しようと慕い寄った。
教祖は、
「この家へやって来る者に、喜ばさずには一人もかえされん。親のたあには、世界中の人間は皆子供である。」
と、子供可愛い一条の思召から、ます/\涯しなく施し続けられたので、遂には、どの倉もこの倉もすっきりと空になって了った。
こうして、家財道具に至るまで施し尽されて後、或る日の刻限話に、
「この家形取り払え。」
と、仰せられた。 つまり、大亮真柱は施し尽くす教団の真柱という事になります。 施しつくすという事に誤解があって、異端が生まれる。そういう構造が未来にあるという事です。 異端が生まれるということは天理教から分離独立されて、天理教は縮小するということですか? >
異端が生まれるのは拡大時の現象ですから。
施しつくすとなると教団は貧乏になるのですが、逆に発展します。
貧乏な大教団になるという事で、大教団は歓迎し金儲けを企てる異端がうまれて、ゴキブリほいほいという現象が起きます。
異端とは「むねの掃除」です。 終わりへのカウントダウンはだいぶ前から始まってたけどな 天理教は教会住み込みで
収入ゼロの信者をいっぱい抱えてるから
どんどん信者にナマポ申請させて
大阪西成みたいに、ナマポの上前はねるのが
これからの大亮くんの一番のシノギになると予想するけど
どう思う? すばらしい!
わがキリスト業界も見習うべきじゃ!
ナマポ信徒を増やし、神父・牧師がうわまえをはねるのじゃ! ナマポって生活保護って事?違ったらすまん
実際お供えって形で教会側がとるって事はありえるよな それをお供えって言い張ってるのが腐ってる
それを上がどんどん吸いとってるから
結局は本部(大亮)がおいしい思いするんじゃないかな 修養科にいくようぼくは
ナマポ申請を役所に行ってからと指導されるようになるはず
ナマポ振り込み口座番号は本部指定の南都銀行口座に http://park18.wakwak.com/~tsukubahigashihp/
筑波東病院=初石病院=土浦厚生病院
患者を殺すな
中山みきさん天罰を与え給え。 >>22
まあ、どこかの峰系統なんて上納金から中抜きするぐらい朝飯前だったぐらいだから。
現場の占い鑑定士からして着服することは当たり前で日常茶飯事だった。 でも、今は末端信者のジジババの国民年金の上前はねる
ビジネスモデルやねんから
若いナマポの上前はねる方が、教団としては成長性が見込めるやん
若い大亮くんの新時代にぴったりやで このまま進むと信者の高齢化、まぁまだ金持ってるからいいとして 子供とかに伝えれてないからどんどんお布施は減る 事情教会とかも増えてるし
本気で立て直そうとするなら信者の数じゃなくて質を深め事が大事だと思う、薄っぺらい奴多すぎ いくら天理時報配っても刷るかねが無駄だわ ほんと根腐れしてる 街中に不動産を持ってる下部教会の不動産を
ネコババして、カネに換えてしばらくは食べて行くんかな ちょっと肩が触れただけで、街の中で殴りあう。果ては殺しあう。
・・・人間は、かくも残虐で暴力的な動物だ。
天理教は、そんな人間の野蛮性に盲目である。
一方で修身教科書のようなお道徳を説いて、「世直し」などと言っている。
その一方で、難解な隠喩や用語を駆使して、「たんのうの理」などと言う。
人の野獣性をいかに克服するか?
この宗教の根本的テーマへの解答は、「感謝・慎み・たすけあい」らしい。
こっちは、感謝するにはどうすればいいのか?と聞いているのに。…
まさに思考停止であり、論理的矛盾だ。
追求されれば、「神さま神さま」の一点張り。
・・・そういう態度こそ、悪魔的だと気がついていない。
あるいは論破されなければ正義だと思っている。
「基本。」などは、まさにその典型だったな。 天理教は明治時代にネズミ講方式のフランチャイズ教会体制を
構築できたのは先進的だったけど
これからどうするんやろうね
おさづけやらにひっかかるアホもおらんようになったし 二代真柱の中山正善はほんとにカリスマだったらしいし、今でも年配の人からも天理教のイベントやら天理に行った事があるって人たまにいる
それぐらい勢いがあったんだと今ではとても信じられないが
今までは末端の教会も根腐れしてると思ってたけど本部もやばいんだな
四代真柱もなんだかんだいっても本部員の傀儡みたいもんなのかも、子供も生まれなかったしそのせいで強くでれないのかも
本部員は天理教本部の運営に携わるべきじゃない月次祭で踊る事だけであとは隠居したほうがいいと思う
優秀な人材沢山いるのにもったいない、 >>32
今のバカ私学しかいけん出来損ないに比べたら
旧制天理中学から旧制大阪高校, 東京帝大文学部やからね
そこそこ賢かったんやと思うけど
基本的におやさと館構想やら無駄使いが大好きなアホボンやから
信者からカネを絞れるだけ絞り上げて
2代目から信者数の伸びが完全に止まったわけやけどね おやさとやかた構想はバチカンの影響だったとか
カトリックの500分の1の信者数にしては構想が大きすぎたのではないだろうか 苦労知らずのアホボンがお家を潰すのはおきまりのパターン
「親は苦労をする。子どもは楽をする。孫は乞食をする」
ということわざもあるし
「売り家と唐様に書く三代目」という川柳もある >>34
やかた構想がバチカンをモデルにしてるってのは知らなかった 教会の未来を予言したのを実現させようとの普請だからね
勢いって大事だと思うよ、まぁ実際頓挫したけど正直実現は無料
〉〉35
それはわかるどこでも大体そうなりますね
大改革起きないとこのまま沈むぞーどうする天理教 見ものである サンデー毎日に天理教のカネ集め記事が出たね
若い大亮くんの未来にさらに暗雲が立ちこめる
頑張れ大亮、負けるな大亮
大教会や親戚たちのがんじがらめの利権を打ち倒し
ビッグマネーを自分の手に掴むその日まで 天理の街てあんなに過疎ってたっけ?
人が少なすぎ
なにか問題起こしたの? >>38
月次祭前後以外は修養科の人達以外はいないし本道理も閑散としてるよー
まぁ学生は沢山をいるけども >>39
26日以外でも黒いはっぴの人がたくさんいて街に活気があったけど
最近行ったらがらんとしてたな
信者減ったのかな? >>40
信者が減ってるかは町見てもわからないけど
数字では減ってるんじゃないかな?
こどもおぢばがえりは明らかに規模はちいさくなってるねー
信者の基準は知らないけど、各教団の申告制なのかな?
知ってる人いたら教えて欲しい >>41
文化庁が発表している信者数はすべて
それぞれの教団の自己申告です 天理教本部のシノギはここ10年で50億円ずつ減少してるペース
2013年で126億円やから, 2030年代半ばでゼロになる予定
2030年代半ばに大亮くんがナマポになるわけやね いまは大亮くんはベンツに乗って移動してるけど
10年経ったらプリウス
15年経ったら軽自動車
20年経ったら自転車やろね >>44
>いまは大亮くんはベンツに乗って移動してるけど
エラソーにwwww 大亮くんが天理スタミナラーメンに弟子入りして
ラーメン屋に転職する日も近い >>2
甘いぞ、そこの「基本。」とか名乗る詐欺師のオッサン。 スケベだからな。
金も無いから夜もヒマだし。スケベだからな。
金も無いから夜もヒマだし。 『今日の振り返り』
皆さんこんにちは 新生「ROM専卒業」です。
リミッター解除で、「漏れ様、絶頂症!」です。
そもそも「社会人」やめた漏れが「リミッター」
かける必要は最初からないのに馬鹿だろ?
今日は「狂塊頂」以下どこかの「死部」行きで、
過疎ってた。昼前に「なまぽ」がノコノコ出て
来たが、どうでもいいので「放置プレイ」した。
明日の「落ち葉がえり」の煽りを期待していた
が、留守番の「住みゴミA」「狂塊頂腐塵」共、
何も言ってこなくて、正直つまらなかった(笑)。
結局今日はキャベツを切って、昼飯喰って、
時報のバックナンバー読んで(眺めて)終了!
おかげで、ここに書き込む「ネタ」何にも無い。
「今日も一日、有り難うございました!」 (^ ^; 『本来の漏れ』
皆さんこんにちは 新生「ROM専卒業}です。
漏れの住んでる所は雲一つ無く晴れ渡った気持ちの良い一日でした。
まるで今の「漏れの心」を映し出しているかの様に感じられました。
今日は「落ち葉がえり」で「棲みゴミA+1」のみ留守番していました。
明日は多分「狂塊頂」が、漏れにケンカを売ってくることでしょう。
「漏れさん昨日は何故「落ち葉がえり」に行かなかったのですか?!」
第一声は多分これで斬り込んでくるに違いありません。以前の漏れ
であれば、元「社会人」として「神対応」していたことでありましょう。
しかしながら「リミッター」を完全解除し「本来の漏れ」を取り戻した
今の漏れは「国家と国民全体の利益に反するモノ」に対し相応しい
姿勢で臨むつもりです。そうすることが漏れに課された「義務」で
あり、それによって「狂塊頂」を粉砕する事が国家に貢献する事に
繋がるものと確信しています。明日を考えると「w k t k」します。
以上、長文・乱文、失礼いたしました。 m( _ _ )m 「今日の振り返り」(1/2)
皆さんこんにちは 新生「ROM専卒業」です。
ここ暫くあんなコトやこんなコトをググるのに
時間と労力を費やし、今日の振り返りが今日中
にできるか正直言って自信が無い・・・。orz
(補足:どうにか間に合いそうです・・・(^ ^;)
ちなみに今は「外交関係に関するウィーン条約
第22条の2」について、ググっています(笑)。
(なんでそんなものググってんの?については、
本人も、成り行きでそうなったとしか言えない)
前振りが長くなりましたが今日も特にやるコト
無く、昼飯に有り付いていた時「なまぽ」曰く
「漏れ君、何でもハイハイ言わないとダメでしょ!」
(こいつ「なまぽ」の分際で漏れ様に何言ってんだ)
漏れ曰く「自分の意思でNO!と言ってるだけだ!」
「なまぽ」沈黙。このタイミングで何故か「棲み塵B」
が同A宛の郵便物をAに手渡した。内容は同A´の
行きつけ医院からの「委任状」(詳細不明)だったが、
「なまぽ」は「督促状?」とAに言って、さすがのAも
ちょっと困った顔して「ほれ、委任状だろ」と書面を
見せていた。(「なまぽ」ってどんだけ馬鹿なんだ?)
「今日の振り返り」(2/2) に続く 「今日の振り返り」(2/2)
「今日の振り返り」(1/2) の続き
A曰く、A´は医療費を減額してもらってるとの事で
その為の「委任状」らしい。ここから漏れのターン!
漏れ:「なまぽさんは医療費タダなんですよね?(笑)」
なまぽ:「そうだよ。漏れ君もだよね?」←アホか?
漏れ:「いえいえ、しっかり払ってますよ!(笑)」&
A:「そうそう、ウンウン」←(棲み塵A、GJ!)
漏れ:「残念ながら当該要件を満たしてませんから(笑)」
なまぽ:「足(腰?)がどうも無ければ働いてるよ!」
漏れ:「へぇ〜そうですか〜(笑笑笑・・・∞)」終了。
はっきり言ってやった。「なまぽ」黙らせても自慢に
ならないが、社会の最下層のイキモノだと自覚させて
やらないと、いくらでも虚勢を張って一般社会が迷惑
する。漏れはあくまでも「事実」を述べただけですし。
今日はこんなトコです。以上、長文スマソ。m( _ _ )m
追記:「事実」については、日を改めて書き込みます。 皆さん、お久しぶりです。 「ROM専卒業」です。
最近、「ようつべ」のコメント欄への書き込みを始めた為、そちらに時間を取られてしまい、
なかなか「2ちゃんねる」に顔を出せずにいました。今日は少し時間ができましたので、
ちょっとだけ書き込みさせていただきます。相変わらず「狂塊頂」とケンカする毎日ですが、
漏れの「娯楽」になりつつあります(笑).。毎回、同じ「論調」だということが分かってきました。
こちらの考えの「全否定」から始まるのは、こいつらの特徴ですが、それを踏まえて、必ず、
「何故、××なのですか?」これの繰り返しです。例えば、「狂塊頂」の質問に対して漏れが
「Aだからです」と回答したとします。すると「何故Aなのですか?」と言ってくる。それに対して
「Bだからです」と回答すると、「何故Bなのですか?」となる。それに「Cだからです」と言うと、
「何故Cなのですか?」以下エンドレス・テープを流しているのと同じ状態になり、こちらが
止めない限り、永遠に続くわけです。以前は、馬鹿正直に、逐一回答していましたが、最近
「何故?」に対して「何故?」で斬り返してやると、「狂塊頂」が沈黙することに気付きました。
では何故、沈黙するのか考えてみました。答えは簡単です。それは「相手の反撃を想定せず、
攻撃する事で頭が一杯だから」です。何に例えれば皆さんに理解していただけるか自信が
ありませんが、第1次大戦初期のフランス軍が「オフェンシヴ・ア・アウトランス(たゆみなき
攻撃)」に凝り固まってドイツ軍の「機関銃陣地」に向かって、ひたすら「銃剣突撃」を繰り返して、
死体の山を築いたのと、全く同じ事だと思います。ここでいう「銃剣突撃」こそ、「狂塊頂」が
「何故」「何故」「何故」「何故」・・・(ry と言う論調なわけです。漏れにしてみれば、別段、頭を
使うこと無く、敵が全滅するまで、ただ機関銃の引き金を引き続ければいいだけのことです。
皆さんも機会があれば、一度試してみてください。「効果覿面」ですから(笑)。ちょっとのつもりが
結局いつも通り、グダグダの長文になってしまいました。申し訳ありませんでした。以上です。 「天理教」の奴らは、自分達が「人間」だと思っている。
奴らは見た目「人間」だが、「畜生」以下の生き物だ! お前ら、大亮くんにもっとお供えせんか
お道はカネや
娘がおったらソープに入れてでも、お供えするのが
ようぼくのつとめやろ 「天理教」関係者は「国家の敵」「民族の恥」だから国籍を捨てて今すぐ日本から出て行け!
大口たたくなら北朝鮮で「においがけ」「神名流し」やって「天理教平壌分教会」作ってみろ! それ近くの教会に上がり込んでその家族信者に対して一人一人に言える? ここ数日、教会に出入りする「なまぽ」の態度が目障り
なので、今日、大祭の準備で婦人会やら傘下の分教会の
会長やら大勢いる前で、大声で、はっきり言ってやった。
「おい、なまぽ、お前は俺の納めている税金で喰わせて
やってるんだから、税金の分だけ、しっかり働け!」と。
いつもなら、ここで「住み込みB」が「なまぽ」を援護
するのだが、こいつは馬鹿なので「なまぽ」が如何なる
モノなのか分かってないので何も言い返してこなかった。
婦人会や分教会の会長がどれだけアホでも「税金で喰わ
せてもらってる=生活保護(なまぽ)受給者」という事は
理解できるので、自分が「なまぽ」だということを奴の
代わりに「カミングアウト」してやった。どれだけ虚勢
を張っても無駄だという「現実」を、突きつけてやった。
久しぶりにスカッとした。「なまぽ」は「国家の敵」で
「民族の恥」だから、天に代わって叩きつぶしてやる! >>60
いかにも「天理教」関係者らしい反応を返してくれて嬉しく思う。
「ガキの喧嘩」レベルの切り返しをして恥ずかしくないのかな?
一応この問いかけに答えてやるが、答えは「 Yes, I can !」
君は北朝鮮で布教活動をする根性を持ってるか?答えたまえ! 本部からここまで本音が出たのは、初めてですかね?
でも、これを機会にそれぞれの立場の人が本音をぶちまけられたらいいですね。 詳細さが、本部在籍の方、あるいは長期の本部勤務の方からの情報のようですね。
本部でお給料をもらっている方も、知らん顔をしないで、もっともっと情報をお寄せください。
みんなで本来の教祖の御教えを取り戻しましょう!
そして巨悪本部中枢を倒しましょう! 中田善亮さんが来賓に来るのですね。
今頃大教会はお礼の札束の準備に頭を痛めているはずです。
お供え、お供えと、信者、教会にこれから以降、
やかましくなるはずですよ。
4,5年前に私が聞いた話ですが、真柱なら、
2500万(2000万だったかも知れません。1000万単位は確かです。)、
真柱の奥様なら600万(記憶があいまいですが、
確か600万かそれ以上の高額金額)当たりのお礼を包んで渡すのよと
聞いた。真柱を迎える為の下でまをしていた某教会長婦人が
真柱にお礼として渡す為の「新聞紙に包んだレンガ程の万円札の束」を見た、
と言って教えてくれた。
その奥さんいわく、「だって私この目で見たんだから確かよ。」と。
それにはさすがに驚愕した覚えがある。
はるえさんでも600万も持って帰るのか?とこちらも唖然とした。
(いや1200万だったか?)いずれにしても数百万単位である。
この話をしてくれた会長夫人、中国帰化の方でしたが、
「天理教は金、金、金、だね。私は信者さんには、
お供えの事は一切言わないよ。なんかおかしいよね。結局お金だよ」と。
日本人として、恥ずかしい思いをした経験を思い出す。
善亮さんの懐に入るお金は誰が出しているか、
あの男は分かっているのでしょうか。
もうこれからは、みんなでお供えのボイコットをしましょう。
命のつなぎだと?理不尽にも程がある。 この組織は本当に狂っている。
お礼なんて、税金もかからないし相手の懐に入ればどのように使われようか
詮索のしようもない。
人助けと言いながら、
貧乏人や年寄りのわずかな年金のお供えがアホみたいに使われているのに
腹立たしさを覚える。
しかも、それを正当化するため本来の教祖の教えにありもしない教えを
付け加え説いている教団教理。
なぜ、教会の会長たちは団結して立ち向かわないのか?
一人の声は小さくとも、大勢の意見が集まれば軌道修正はできるのでは
ないかと思うが、やはり沈みゆく船とともに心中するのか?
このご時世、金集めの宗教は滅んでいくのは当然である。 中部地方にある大教会なのですが、身寄りの無い人間が二人、
大教会内の掃除をするなどの奴隷のような扱いをし、
大教会近くの賃貸住宅に住まわせているようです。
大教会は、生活保護で受け取れるお金が欲しい
のでしょうか? 貧困ビジネスのようです。
その二人は、大教会に住み込みしている布教者から無視されています。
酷すぎますよね。 >>66
真柱、どう見ても収入の取り過ぎ。
中山家は今一度、貧のどん底に落ちきるべきだね。
そもそも中山家にそんなこと許されるだけの徳はないはずだ。 おじば以外の土地をすべて売却して被害者への弁済の一部に充てるへきだろう。
そして福住の山の中に移転して農業を中心とした自給自足生活を行え 天理教の象徴である甘露台の倒壊を「ただただ申し訳ない」と謝罪する
内統領山澤廣昭氏が何に対して謝罪しているのかよく分からない。
そんなに責任を感じて謝るなら辞任した方がよいのでは 天理教には教祖が定めた「ぢば」という中心点がある。
天理教信者は、世界中どこからでも、この「ぢば」に向かって礼拝を行う。
「ぢば」は奈良県天理市の天理教本部の神殿家屋内にあり、
「ぢば」の場所には甘露台(かんろだい)という木製のブロックを積み上げた、
だるま落としのような塔が立っている。
この「ぢば」に置かれた甘露台は四方を畳の参拝場に囲まれている。
参拝場の中央は一片20mほどの正方形の窪みがあり、
その中央にぢば甘露台が鎮座しており礼拝上から枠越しに見ることができる。
中央の窪みは高さ1mほどの木製ポールで結界(枠)が作られ一般参拝者は入ることは
できない。
また神殿内には警備員が配置され見張っている。
明らかな不審人物は警戒され警備員に距離を詰められる。 甘露台が置かれた「ぢば」は信仰目標であり、原点であるため、
ここに巡礼することを天理教では非常に重視される。
「お『ぢば』がえり」という概念化された行為があるのはまさにここが核心的象徴の場所で
あるためである。
そして、その甘露台という塔が2017年7月26日の18:20頃に「侵入者」によって倒された。
情報によれば若い男性が甘露台めがけて突進していったようだ。 私など外部の人間にしてみれば塔が倒れたとしても、外部圧力で防ぎようがないし、
信仰目標である場所が不変なのであれは「ささっと直せばいいのではないか。
大ごとにするほど後々の対応が大変だろう」と考えるが、
信仰者にしてみれば象徴性の倒壊は看過できない一大事のようだ。
天理教公式ホームページでも発表があったので引用してみよう。
http://www.tenrikyo.or.jp/yoboku/information/2017/07/27/25057/ 2017年7月27日 (木)
7月26日夕刻のふしについて
7月26日午後6時20分ごろ、本部神殿結界内への侵入者により、かんろだいの上部が倒されるというふしを見せられました。
その後、定時に夕つとめが勤められました。
夕つとめ後、急遽、本部員会議が開かれ、その席で、真柱様からお言葉がありました。
引き続き本部員会議で、このふしについてねり合われました。 私はこの発表を見て驚いた。
なぜなら本部の対応が非常に素早いからである。
普段、天理教本部の発表は基本的に遅いと私は感じている。
なぜ今回はこのような早い発表となったのか。
それは天理教本部は相当に焦りを抱えているためだと予想する。 現在、天理市の天理教本部では毎年恒例の「こどもおぢばがえり」が開催されている。
そこでは子供たちを対象に遊びの行事が行われている。
信仰の有無に限らず全国から子供が天理市に集まる(近年では大人の方が多い)。
こどもおぢばがえりでは、遊びの行事に加えて、子供たちには本部の参拝、
天理教の教えを学ぶことが必須である。
その際に、象徴である「甘露台がない」というのは非常にマズイであろう。 また普段天理に来ることはないが、
こどもおぢばがえりにはくる信者予備軍の鼓笛隊員や引率の若者や保護者などに対して
「ぢばの象徴である甘露台がない」
という事実は、天理教本部の不安定さを印象づけることとなる。 それに加えて甘露台倒壊の情報は一気にSNSを駆け巡る。
「個人が好き勝手に天理教を語るのはケシカラン」
という姿勢の本部が、信者に好き勝手に喋らせて、
甘露台の倒壊に対して信者への動揺を必要以上に広げるわけにはいかない。
そのため今回のような素早い対応となったのであろう。
ちなみに過去に何度も甘露台は「侵入者」によって倒壊されている。
その度に、新しいものと据え替える儀式を大々的におこなっている。
今回の倒壊に対する天理教本部の対応は厳しく難しいであろう。
そのため「真柱のお言葉」も「本部員会議のねりあい」も決して全て
公開されることはないだろう。 天理教本部の本音としては時期が時期だけに、さくっと終わらせて、
できれば「倒壊」を無かったことにしたいと考えるのが普通であろう。
「あるはずの一番大事なものがない」
という事実を未来ある若者たちに晒したくはない。
すでに大量に発信されている
「ほんとに甘露台がなかったよ〜」
という若者の何気ないSNSへの投稿は、
天理教本部にとってみれば本部への不信感を増強させるボディブローに感じるだろう。 しかし、対応をさくっと終わらせてしまっては
天理教本部としては絶対的な「ぢば」を軽視することとなり、
天理教本部の存在自体が軽視されることを容認してしまうことになる。
天理教本部は天理市じゃなくてもいいとなれば、
それはそのまま幹部(本部員)への転覆運動や反本部員運動に繋がるであろう。
最も恐れるのは「ぢば=天理ではない」という雰囲気が作られることだろう。 しかし一方で、今回の甘露台倒壊の原因を、信者の心の不足に責任転嫁しようものなら、
天理教本部に恨みを持つ者によって甘露台の倒壊が今後も連続する恐れがある。
天理教本部が次に最も恐れる日は次期真柱候補の婚姻日となる9月1日であろう。
その1週間くらいはかつてないほど最も本部神殿の警備が厳重になることは予想できる。 話を戻す。
今後の対応で最大の注目点は、
この象徴の倒壊に天理教本部はどのような意味を付与するかである。
たとえば
「今回の事故は天理教全体に神が見せた試練(ふし)である。
信者が一つになって、心を一つにして乗り越えよう」
などと信者の心の未熟さに責任転嫁するようなことであれば、
幹部に対する不信感のエネルギーは一気に本部不要論
(大教会長及び本部員はいない方がマシ)に向かうであろう。
今回の倒壊に関しても「天理教本部が教義に反する、間違ったことばかりしているから、
神が本部に怒ったのではないか」という本部への信者の不信感の声は根強い。 信者に責任転嫁するようなことがあれば、
もう天理教本部は真の天理教を信仰する上で邪魔でしかないという雰囲気は
ゆっくり確実に醸成されるであろう。
ここまで書いたところで今週日曜発行の天理時報4534号が手に入ったので見てみよう。
天理時報の発行を一日送らせて内統領のコメントを差し込んだ内容である。 ——————————————————-
反省の意を強く持ち
7月26日夕刻のふしについて 山澤廣昭 内統領 かんろだいに大ぶしをお見せいただきました。
ぢばにお鎮まりくださる親神様、ご存命の教祖に、ただただ申し訳ない思いでいっぱいです。
月次祭の当日、こどもおぢばがえりの始まる日であり、
帰参者の方に心配や動揺をお掛けしていることについて、
ぢば近くに勤める者として深く反省し、お詫び申し上げます。
親神様、教祖、ぢばは、その理一つであります。
ぢばに据えられたかんろだいは、私たちの信仰の芯であります。
そこにふしを見せていただいたことは、私たちの信仰態度が、
親神様の思召に沿いきったものなのかどうかを、強くお知らせくだされたものと思案します。 お互い、ぢば一条、神一条の精神を再確認することが必要だと思います。
神一条とは、自分の考え方に合わせて、親神様の教えを解釈する姿勢ではなく、
教えに自分の考えを合わせていくことです。
そのことを、あらためて胸に治めさせていただきましょう。
現在、かんろだいは、下の二段のみが真座に坐(おわ)します。
明示14年、二段まで造られたかんろだいの石普請が頓挫し、翌年、没収されました。
先人たちは、必死にこの道をお通りくださり、今日の姿を残してくださいました。 そのこと思うとき、現在当たり前のようにかんろだいを拝し、
おつとめをつとめさせていただいている自分に、慣れや惰性があるのではないかと、
反省の意を強く持ちました。
まずは教会本部内々の者から心を治め直し、真摯に親神様の思召をたずね、
御心に沿ってつとめさせていただきます。
教内のようぼく・信者の皆さま方も、このふしを”我がこと”と捉えていただき、
実の親である親神様にご安心いただけるように、それぞれの心を育てる機会とし、
今回のことを活きぶしとさせていただけるように、共々おつとめくださるようお願いいたします。
——————————————– さて、これを読んで読者はどのように思うだろうか。
私は内統領が何について神に謝っているのかさっぱり分からない。
どんな理由から内統領は神に「ただただ申し訳ない」と謝っているのだろうか。
侵入者を侵入させてしまった警備の甘さだろうか。
それとも「献金しないと命が切れる」という暴言を表頭領中田善亮氏が信者に
言い放ったことに対してであろうか。
それとも、こういった事態を引き起こしたのは、我々と信者の心が間違っているからだろうか。
内統領のコメントは、
何に関して神に反省し謝っているのか私にはよく理解できない文章である。 そして予想通り、甘露台倒壊を「信者の心の問題」としてすり替え、
責任転嫁したストーリーを形成しようとしている。
外部圧力で器物損壊されたことを信者の心の問題にすり替える技術は
天理教は本当に天下一品だと思う。
天理教本部に良くないことはすべて「信者の未熟な心のせい」にしてしまうのは、
結局天理教本部は謝罪する気など毛頭なく、
信者に「お前らの心が一つじゃないから」と言い続けることができる。 このストーリーを手放さないことで常に天理教本部は勝者であり、
強者であり続けることができる。
せめてもの救いは「まずは教会本部内々の者から心を治め直し、
真摯に親神様の思召をたずね、御心に沿ってつとめさせていただきます。」
と本部にも改心が必要であること宣言していることであろう。 しかし内統領が「ただただ謝罪」するのであれば、
地位に恋々としがみつくのではなく辞任してみてはいかがだろうか。
甘露台の倒壊についてまで信者の心の問題に責任転嫁されては
信者はたまったものではないだろう。
信者にしてみれば「いやいや、お前ら幹部が教えをおもちゃにしてるだけだろ。
都合が悪いときだけ信者のせいにするなよ」と不信感を広げることになる。
内統領が責任を感じて、本気で謝罪する気があるのなら辞任すればいい。
そうすれば「あの人が悪かったんだね」と責任の所在は明確になり、
信者は理不尽な責任を背負わせられないで済む。
本件は一気に収束するであろう。
謝罪はするが誰も責任を取らないのであれば、
それは謝罪する気など毛頭ないということなのではなかろうか。
内統領のコメントは結局謝罪よりも「私は悪くない」というパフォーマンスであり茶番だ。
地位に恋々としがみつくあまり支持率が急落しているのは、
連日のニュースでもう見飽きた光景であろう。 いえ、それでは信者の気持ちは済まないと思います。
内統領が責任を取れば良い…そんな訳がないでしょう。
これが政治ならば、内閣総辞職ものの失態・事件ですよ。
ですので、私としては内統領・表統領ともども辞めて頂きたい。 真柱は、現在の教団本部においては「日本国での天皇的地位」なので、
辞職しろとは言いません。
ですが、表と内を新たに任命して本部の改革を真柱主体で進めて頂き、
ある程度は落ち着いた頃合い…後継者大亮さんが結婚して5年後くらいを目処に、
真柱の座を降りるのが良いかと思います。
これを機に本部体制を(組織や暗黙の了解なども含めて)見直し、
人事刷新して新たな風を入れ、若い大亮さんの元で再出発を切る。
「大ぶし」と言うのならば、このくらいはしないといけませんね。 もうダメかもわからんね
教会本部はこの事上をプラスに転じさせることが出来なければ、堕ちるだけだろう。
これからは物理的な破壊、堕落が待っている。
目に見えるだけましだとは思う。
見えないこと、見えない世界の事柄を相手にするより楽。
さあさあ、この事上、如何なる神の思惑か…
現代の情勢にてはどうするがよろしいか…
お伺いを立てたいものだ…
何かを得るには 何かを手放さなければならない 情報 ありがとうございます。
私の下へも9時少し前に天理教の実情に詳しい方から連絡がありました。
精神に異常をきたしたと思われる人が飛び込んで倒したらしいとの事でした。
やはり「おふでさき」に書かれている通り。
今日は、26日ですね。
これは、神から本部に対する「大亮君への結婚祝い」でしょうか。
直属教会にさんざん祝儀をたかったから、神からしっぺ返しを食らったのだと思うのですが。
いやいや 神にはそれ以上の思惑があると考える方が自然ですね。
本部は、今後どのような対応を取るのかこれからが楽しみです。 飾東の人らしいですね。
おぢばに帰って来た子供達にはタイムリーな事情です。
周東系列の説教日が楽しみです ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています