イエスキリストを知らない民であっても、
受信機が壊れていないかもしれないのです。

結局、民族と言うよりも、個々人に受信機は備えられているのですから
壊れている者や壊れていない者が入り混じっているというのが
本当のところだと思います。

イエスキリストの道は、明確化でありますから嬉しい便り、
福音であり、イエスを今まで知らないというだけの立場である民、個々人にも、
抑圧ではなく、それは良き報せですねと一緒に讃えることが出来る関係にあります。

ですから、その良き報せをもたらした人々は上位に位置する訳ではなく、
個々人によっては、
不安定なあなた方には、必要だったのですね、
そして私は大いに共観し、あなた方の喜びを共に喜び感謝し祝福しあいましょう、
なのかもしれないのですよ。

で、キリスト教黒歴史って一体・・・と思いますね。
何か間違ったのです。その間違いが起こるのではと、

イエス様は山上で、先回りして警告されていたのですが・・・。