ザ・ベストテンとザ・トップテンについて語るスレ
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>>951
実際あれで完全にネタ切れだと思う。
その次の100%男女交際はネタ切れ感キツくて何か痛々しかった。
さすがにあれはまずいと思ったのか、さらにその次の夜明けのMEWから軌道修正して曲や歌詞を少し大人びた物に変えていったね なんてったアイドルはファンからの公募作品だよね
それを秋元がパッチワークするっていうか、アレンジして
自分はスターダストメモリーの時にキョンキョン熱のピークだった
初めて一人で見に行った映画が生徒諸君だったりする
うつろいやすい思春期だから
ある時点で離れたが、気が付いたら
自分で作詞して、それが結構売れてたり
いい感じになってるなーって 「半分少女」ってっ処女喪失の歌だよな。
かなり後になって気がついた。 >>952
ああ100%男女交際があったっけ。すっかり忘れてたわw
ベストテンだったと思うけど、小泉がパジャマで歌って
そのバックで男女が羽根まくらの中身をぶちまけあうセットがあった気が。 いきなりショートカットにする
↓
話題になる
↓
しばらくたって気がついたらアレンジのきくロングヘアーになってる
↓
いきなりショートにする
の繰り返しのキョンキョン >>956
フラッパー?ソバージュ?とにかくラーメンみたいな謎のパーマヘアの時もあったよな>>キョンキョン >>958
いいじゃないか、キョンキョン割と両番組に出てたし
1位獲得は少なかったけど
ベストテンの方で、
なんてったってアイドルと木枯らしに抱かれてが1位なったのは記憶あるけど他にあったっけ?
後、仲の良い明菜とスタジオ出演が一緒になったら、大抵並んでソファーに座ってたよな 動画サイトで懐かしい楽曲の動画見てて気づいたこと。
夜ヒットの生演奏はレコードの再現率が低くて演奏がダサい。
トップテンはカラオケ音源が多いけど生演奏の時でも比較的レコードの再現率が高くてあまり違和感なく聴ける。
あとトップテンのセットはやはりダサい ベストテンとトップテンに出演してた頃の、小泉今日子のヘアスタイルはショートだったり。
ロングヘアーにしたりと、髪型をコロコロ変えてたのが印象的だった。 小泉は20歳越えてから大人になったためか顔の脂肪が減り「ぽにょぽにょ感」が消え(若いころの)久本雅美に似た顔になった(美人ではあるが)気がした。 >>960
>>あとトップテンのセットはやはりダサい
これは同意
舞台でやってた故に歌手毎に変更が容易に出来る様なものになるのは仕方ないかな
でもあんなのでも1セット100万円位かかってるのもある模様 >>959
「ヤマトナデシコ七変化」が12インチ盤を出した時に通常盤と合算で1位になった。 >>959
>>仲の良い明菜とスタジオ出演が一緒になったら、大抵並んでソファーに座ってたよな
キョンキョンが怪盗ルビイ、明菜がアイミスドザショックを歌ってる時に、
正月番組か何かの収録先から、
二人でスッピン・ジャージ姿でキャッキャしながら中継対応してたのを思い出した
スッピン・ジャージ姿でアイミス歌唱とはギャップ激しすぎるわ、明菜さんw トップテンで、堀ちえみが歌ってる時に片方の靴が脱げたシーンがあったね。 >>949
水のルージュやグッドモーニングコールも好きだよ 「真っ赤な女の子」とか「渚のはいから人魚」の曲の中の恋人像はなぜか渡辺久信を連想してた。田舎のヤンキーというところが
マスコミは代表曲はややピント外れだ。
田原俊彦ならマスコミは「代表曲は『抱きしめてトュナイト(1989)』とやるが田原の絶頂期は「誘惑スレスレ(1982)」あたりだろうし
中森明菜も「代表曲は『デザイアー(1986)』」とやるけど歌手としての絶頂は「ミ.アモーレ(1985)」(容姿の絶頂は「禁区(1983)」)だし、しぶガキ隊も「代表曲は『すし食いねぇ(1986)』とやるが実際は「HEY BEPPIN(1983)」が絶頂期であろう。 >>969
お、おおぅ
そこまで深堀りするなら、80年代アイドルポップスを語るスレがあるのでそっちの方がよくね?
ここでやるのなら、
せめてザ・ベストテンとザ・トップテン&歌のトップテンの話を絡めた上で
レスして欲しいところだわ 概ね>>969には同意だが、>>970にはもっと同意w >>969
ナベQで思い出したけど、
86年豪華版での年間ベストテンの10位に入ったチェッカーズのお祝いゲストとして、
ナベQ工藤他ライオンズの選手が来てたよな
その頃のナベQ、長身でまだフッサフサで格好良かった記憶 >>969
自分は田原俊彦の全盛期はデビュー曲の「哀愁でいと」で、
あとは下る一方だと思っているが、「ザ・ベストテン」的には
「抱きしめてTONIGHT」は年間1位曲なので、これが代表と
されてもやむを得ない気はする。 「抱きしめてTONIGHT」は今までの田原俊彦のイメージを覆す曲になったと思うけどね
今まで女性人気だけだったのが男性からも人気を得たしね
実際にこの頃からコンサートにも男性ファンが増え始めたと語っている オリコンの年間1位とベストテンの年間1位ってほとんど一致しないんだよね
レコード売れてもリクエスト少ないと上位に来るのは難しい >>976
一致したのはルビーの指環くらいか?
抱きしめてTONIGHTの時は光GENJIだった ◆こんな感じ
ベストテン1位/オリコン1位/レコード大賞
1978 銃爪/UFO/UFO
1979 おもいで酒/夢追い酒/魅せられて
1980 倖せさがして/ダンシング・オールナイト/雨の慕情
1981 ルビーの指環/ルビーの指環/ルビーの指環
1982 北酒場/待つわ/北酒場
1983 矢切の渡し/さざんかの宿/矢切の渡し
1984 長良川艶歌/もしも明日が…/長良川艶歌
1985 悲しみにさよなら/ジュリアに傷心/ミ・アモーレ
1986 BanBANBan/CHA-CHA-CHA(/DESIRE
1987 追憶/命くれない/愚か者
1988 抱きしめてTONIGHT/パラダイス銀河/パラダイス銀河 ※1位になってなくてもこのへんは他の基準でも年間の上位に来てることが
ほとんどだけど、ちょっとギャップが大きくて意外だったもの。
1978年 銃爪はオリコンでは17位。UFOはベストテン年間11位以下(77年発売のため?)。
1979年 魅せられてはベストテン11位。
1980年 倖せさがしてはオリコンでは21位。雨の慕情はベストテン24位オリコン26位。
1984年 長良川艶歌はオリコンでは14位。
1985年 ジュリアに傷心はベストテンでは年末年始をまたいだため得点がばらけて84年、85年とも20位以下。悲しみにさよならはオリコン9位。
1987年 追憶はオリコンでは9位。愚か者はベストテン10位オリコン35位。
1988年 抱きしめてTONIGHTはオリコン18位。 ベストテンの場合は得点集計方法の変遷もあるからなあ。 >>980
大雑把に言うと、
初期は葉書リクエストの割合が高くて、段々と下げられていくんだよな
で、それに代わって、レコード売上の割合が段々と上がっていくんだったっけな もし初期にレコード売上の割合の比重が高かったら
関白宣言や悪女が1位を獲得して毎回久米がごめんなさいと頭下げていただろうね ベストテンのランキングの構成要素って、
葉書きによるリクエスト、有線放送リクエスト、レコード売上の他に何あったっけ? やべえ。1987年の年間1位が追憶って全然記憶ねえわ。
1985年後半から1988年末頃まで毎週欠かさず見てたんだけどなあ。
あと1988年の年間1位が抱きしめてTONIGHTってのも忘れてた。
パラダイス銀河だと勘違いしてた。 >>983
ラジオ番組へのリクエスト票
対象のラジオ番組はTBS系の放送局のラジオ番組だったかな 「新宿・みなと町」の一件があってから、ハガキの割合は下がったんだよな。 松田聖子が神田正輝と結婚して、しばらく芸能活動を休んでた頃。
当時の音楽シーンは、中森明菜とチェッカーズが人気を得て。
おニャン子クラブが彗星の如くデビューしたり、バンドブーム元年で盛り上がってた。 おニャン子クラブは松田聖子が芸能活動休止してすぐ彗星の如く現れ
松田聖子が復帰してすぐに解散したな
こう考えるとおニャン子クラブは松田聖子不在の間の繋ぎみたいなものだった 彗星というより突然襲ってきたシロアリのような感じだったが。 86年から日本はバブル突入なんだけど、85年に聖子が半リタイアして
最後に残って頑張ってたのが明菜っていう印象、最後の砦的な
おニャン子というか、バブル好景気と共に大量に出てくる粗雑品、企画モノ
普通ならデビューできるはずもない、良くも悪くも、悪貨が大量に出てきて
良貨を駆逐していった時代
テレビ局もレコード会社もお金が余ってたから
企画ものとか、お金があるからとりあえず出してみるか的な
そういう「ノリ」にシーンが浸食されていった
ただ、それを全否定するつもりもない
本来なら絶対に陽の目をみなかったであろうサブカルチャーが
バンドブームなどに乗っかって沢山出てきたから
ただ、良心はかなりの部分、死んだ 桑田が遊び心でKUWATA BANDを1年限定でやったのも1986年 俺の好きなうしろゆびさされ組のデビュー曲は85年やでギリセーフ! おニャン子はまだそこまで強引なやり方はしてなくて
自然な市場主義における流れの中で、必然的な刹那を見せていたが
今の秋元康及びその軍団のやり方は、ゴリ押しとマスコミコントロールでシーンを囲ってしまい
結果、今の音楽シーンはおそろしいほどに停滞してしまった
もちろん、全てを秋元のせいにするわけではないが
停滞の大きな要因の一つだとは思う
多くの場合、ブームに対するカウンターやアンチテーゼが出てきて
盛者必衰、シーンは活性化を繰り返すのだが
おニャン子だってピンの完成したアイドルのアンチテーゼとして
それなりの人気の根拠は理解できた
小室ブームの後は宇多田や林檎やアイコなど
女性シンガーソングライターが
プロダクト全てを自分で支配する小室のアンチテーゼのように出てきたし
その流れこそが、音楽シーンを活性化するのに
業界の為政者達が
シーンを囲ってしまい、カウンタームーブやアンチテーゼを止めたら
そりゃ停滞する >>991
KUWATA BANDって本体以上にどんな歌詞を歌ってるか分からんかったなぁw
やってた期間は、原坊産休で本体活動停止期間だったっけ?
そんな期間限定バンドだったのに、BAN BAN BANが86年年間ベストテン第一位だもんなぁ
お祝いの品は特製のシャンパンで、出演者全員で開けたんだよな
その回のEDはメリークリスマスインサマーを皆でセッションして締めた記憶
桑田さん、出演者のチェッカーズのフミヤに向かって「フミヤ、酒ばっか飲んでるんじゃねーぞwww」と吠えつつ歌ってたなぁ KUWATA BANDはサザン活動休止中にサザンに飢えたファンが
「桑田が歌ってるバンドだ」ってことで買ったおかげで売れただけなので、
正直、新鮮味は感じられなかった。桑田本人は楽しかったんだろうけど。 サザンもKUWATA BANDもメンバーかわってもほとんどの人は気付かないだろw このスレッドは1000を超えました。
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