「クリーン・ベースボール」

現役時代ほとんど酒を飲まなかった長島茂雄が、球団史上初の最下位となった監督1年目からよく飲むようになった。宿舎の自室で広報担当・張江五を
聞き役にして飲むビールはいつも苦かった。
標榜した「クリーン・ベースボール」には、川上式管理野球からの脱却と巨人以外でも複数球団で横行したスパイ野球否定の意味が込められていた。
長島は「鮮やかな、胸のすくようなプレーを見せる」と意気込んだが、宮崎での春季一次キャンプからでの雨続きでチームは出遅れた。3月頭から16日
まで実施の米国ベロビーチでの二次キャンプでは晴天に恵まれ、アグレッシブな打撃と走塁でメジャー球団とのオープン戦も3勝1敗、長島から希望に
溢れた表情が垣間見えた。しかし長島自ら招聘したヘッドコーチの関根潤三は、ベロビーチから帰国後「長島監督になって全体が浮かれている。お祭り
騒ぎの中で練習したから、基本練習が足らない。このままだと心配でしょうがない」と危惧していた。
当の長島はというと就任時から「関根さん心配しないで。開幕までに張本(勲)が入るから」と言い、ベロビーチについても「日本から持っていった
スケジュールはバッチリできた」と続けた。

関根の不安は的中した。張本のトレード話が流れ、大物助っ人の獲得も開幕に間に合わなかっただけでなく、走り込みなど体づくりが不足していた選手
から怪我人が続出した。
開幕カードの大洋戦に2敗1分けだったが、長島は3連戦でいきなり15投手を使った上に「これからは総動員」とスクランブル宣言してナインは戸惑った。
開幕2週間で足の肉離れから王貞治が戻り、新外国人デーブ・ジョンソンが加入してもとにかく打てず12球団最低のチーム打率を記録した。6戦目に
最下位に沈んでから一度も浮上できず、毎月負け越し、9月の11連敗、勝率と防御率でも2リーグ分立後ワーストの不名誉記録が長島巨人に並んだ。

戦力がV9時代に比べ薄くなっていたのも事実だったが、長島個人にも同情しきれない事由として、4月に王を出し忘れて連続出場を止めた事、球宴
期間中での酷暑のミニキャンプ、初回の前進守備、相手選手の左右にこだわり過ぎた采配などといった批判されるに十分なエピソードが数々出てきた。
川上時代の前年には好成績だった関本四十四、小林繁、新浦壽夫らの投手が軒並み数字を落とし、若手起用も横山忠夫と淡口憲治は健闘したが、
島野修、中山俊之、谷山高明、大竹憲治の抜擢が不発で戦力も野球も“クリーン”にする事が出来なかった。 (了)