意外だと思った成績3
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>>377,379-381
前年、同僚の今井が21勝・2.93で最多勝・最優秀防御率の二冠だからなあ(´・ω・`)
それに比べるとインパクトは弱め。 沢村賞がパリーグも対象だったとしても佐藤の防御率だと厳しいだろ
超打高だったのはわかるがパリーグには佐藤より防御率が上の投手が何人もいるし
佐藤がセリーグにいた場合は完全に空想の世界だからわからんとしか言いようがない その今井も、通算2000投球回以上投げて
通算防御率4.28ってのもすごいな
いくら飛ぶボールの時代だったとはいえ、最優秀防御率(2.93だが・・)も獲ってるのに その防御率だったら今ならシーズン100イニングも投げさせてくれ無さそう。 あと防御率関連で、活躍度の割に高いと思ったのが黒田と桑田
共に通算は3.55で全く同じ
黒田はNPB在籍の2年で防御率が良化してこの数字、広島復帰前は3.69だった
桑田も現役途中までは2点台だったはずだが、最後はこんなに数字落としたのかというイメージ 桑田って通算防御率2点台ってシーズン区切りでは
1991年までじゃね?3点台の時期の方が長いともう >>384
一軍先発ローテ定着に丸7年もかかったり、定着後も年に依って好不調が激しかったりと、当時の阪急みたいな面倒見の良い球団や今井本人の愛されキャラな
性格じゃ無ければ、当時でも到底21年も現役を全う出来なかった様に思う。 黒田は初の二桁勝利挙げる前の4年間で打たれながらも投げさせらていたからな
1997〜2000年の防御率が5.12
むしろよく3.55まで持っていったなという感じ
黒田の打者バージョンが同期の井口だと思う
初期の低打率期間が長かったせいかNPB時代の通算打率が.270 桑田は94年を除けば連勝ストッパーだったり投げる不動産だったり大怪我明けだったり良いイメージが全く無いな。 >>389
調べてみたら本当だった
黒田って当初はそんなに防御率悪かったんだ、それは凄い意外
何気にMLB行く前も防御率が3点未満だったのって06年の1回だけか
その年の1.85はすごい数字だけど >>390
桑田は勝利数や球速は、80年代後半が最盛期だと思うが
94年が球のキレは現役中で一番すごかったと思う
奪三振数がキャリアハイなのも、その証拠を裏付けてる
その割にシーズン11敗もしてるのが意外でもあるな >>391
プロ入り当初はボールは素晴らしかったけど、とにかく制球が悪くてなあ(´・ω・`)
只、入団当時の制球の悪さが、同期入団で制球力が最大の武器だった澤崎の様に入団当初から先発、中継ぎフル回転の酷使であっという間に潰される事無く、
200勝まで到達した所以とも言える訳で。 だから黒田をNPB時代からライバル視していた的な
松井秀の後年の談話が後付臭く感じる 01年や02年頃はカープのエース格にはなっていたから全く嘘って事もないだろうけど、多少リップサービスは入ってそう あの松井が「黒田の事はなんとも思ってませんでした」なんて言えるわけがない セゲオが黒田を「セ・リーグナンバー1ピッチャー」と言ったのは、2001年頃かな?
松井が黒田を意識し出したのはその位からかと。 斎藤佑樹
2018年二軍成績
21試合 70投球回 防御率3.09
おそらく去年が二軍でのキャリアハイ
意外に頑張ってる 落合が「今日の黒田は俺でも打てない」と言った試合もあったような 凄い球を投げてるイメージがあるのに、
今一つ(特にシーズンの)勝ち星が伸びない
黒田、槙原
気分にムラがあるんかね 黒田は味方の援護点が無さ過ぎだったから
MLBでもそうだったし
槙原も登板した試合は投手戦になる事が多かったのと
好不調の波が試合によって激しかったのが要員かな 槙原の88年(東京ドーム元年)の成績
10勝13敗 208回2/3 防御率2.16
何だ?コレ 槇原黒田はフォアボールはそう多くないがコマンドが甘くポンポン投げてくるから150出てても難攻不落なイメージはない 広島の木本英求の昭和57年 二軍首位打者 打率「・355」
西武の藤野剛の昭和59年 二軍首位打者 打率「・365」 現役だと千賀が投げてるボールの割に大きく勝った年がない。
大谷もそうだけど今はYouTubeでいいボールだけ編集して見せることができるから凄く見えるけど
投球を1試合全部見たらコントロールに難がある投手というのがわかる。 後、槙原は絶好調の時に限って股関節を傷めるんよ(´・ω・`)
まだ先発完投やら先発要員がリリーフに駆り出されたりと完全な分業制では無い時代だったから、球威抜群の槙原がリリーフに駆り出されたりと詰めた起用法で
故障してしまうって事かもしれんが。 槇原は弱視でサインが見えない、ストライクゾーンもよく見えない、送りバントができないとか
よくそれで159勝もできたな >>407
槙原はバース・掛布・岡田の3連続被弾のイメージが強烈だが
実は阪神戦には滅法強くてカモにしていた(通算38勝10敗)
これは意外と知られてないかも
これを差し引くと他の4球団の勝率も約5割とトントン >>408
正直知らんかった
槇原現役時代巨人ファンだったけど、なんとなく阪神苦手なイメージを植え付けられていたわ
記憶なんかいい加減だな >>408
広島を完封しまくってたけど、勝率はトントンだったの?
完全試合の数年後に福岡ドームで阪神を1安打準完全とかやってるんだよね
御年36くらいになってたと思うが 大下は西鉄黄金期には全然長距離砲じゃないし、しかも半レギュラークラス >>414
たしかに無双感が無い
斎藤槙原なら、ああ無理か..の諦めムードになるが桑田ならなんとかなりそう感があった 84年の衣笠3割2分9厘・102打点、谷沢の34本塁打・99打点。 落ちぶれまくってた中村ノリがナゴド本拠地の中日時代に2年連続20ホーマーしたのは意外だと思ったし
さすがだな とも思った >>416
84年の谷沢は打率が1位篠塚と5厘差、本塁打宇野掛布37本と3本差、打点衣笠と3点差
三冠王のチャンスがあった >>416
1984年のプロ野球をよく見ていなかった自分も「谷沢は惜しかったなあ」という感想を持ったのですが・・・
125試合消化時で .316 29本 84打点、最後の5試合で.583(24-14) 5本 15打点でした。
この時点(1984/9/25)で各部門の首位が、
打率.333(篠塚、若松両選手)、本塁打37(宇野)、打点99(衣笠)
当時の印象としては去年のビシエド、坂本両選手の首位打者争いに似た感じだったのかなあ、と想像しました。 中日が優勝してれば谷沢MVPだったろうなあ。
この年の谷沢はチャンスにも強かったし >>419
宇野・掛布の敬遠合戦の騒ぎの中、猛烈なラストスパートで、あわや三冠の数字になった。 衣笠谷沢はロウソクの消える前の輝きみたい
ベテランが晩年に狂い咲きするのが他にもあったような気がする ヤクルトの古田とかも2004年の成績は
2〜3年後に引退する身からしたら、かなりのもの
しかもこの年球界再編騒動で寝る間もないくらい多忙だったのに
あの成績は凄すぎる >>424
再編騒動で多忙になったのが成績にも影響した
たしか前半は3割3分ぐらい打ってたはず
それが後半はガタ落ちした
ただあの年の神宮は飛ばないと言われていたサンアップ製のボール止めて飛ぶボール使ってた。
インフレしすぎて岩村が44本打つような年だったからな。 あの年は立浪古田が首位打者争いしてたけど2人とも同じ時期にグングン打率が落ちていった その年の首位打者が広島の嶋か
嶋もシーズン中ずっと打率.330〜340台をキープしてて安定感はすごかったからな ラロッカが出塁率と長打率1位だった
新外国人でこの成績はかなりのものだがあの年は色々とありすぎてあまり注目が集まらなかった あの年は、兎にも角にもボールが飛び過ぎて
各球団の投手陣が気の毒になるレベル(中日だけが両リーグ唯一の防御率4点未満)
小久保や多村も40本打ってるし ヤクルト時代の稲葉
もっと打ってると思ったが大した事ない 50代だけど青田昇はテレビ番組の野球教室でのご意見番的な存在と青田浩子の父親しか記憶無いな 最年少2000本安打で話題になってる坂本と榎本だが実は榎本の方が試合数が多い
同じ通算13年で比較すると
坂本 1670試合7254打席1884安打
榎本 1754試合7340打席1910安打 石井丈裕が早稲田実業から法政大学へ進学
普通 早稲田大学じゃないのか >>434
早実→日大のテリー伊藤曰く、昔は成績優秀な人しか推薦を貰えず、早大に進学するのは半分程度だったとの話。 >>436
某「甲子園のアイドル」が早大進学希望だったが推薦から漏れそうということで
急遽根回しして某球団にドラフト「強行指名」してもらったとかいう話も >>431
稲葉はヤクルト時代まともに働いたのは2001年くらいだな
他の年もHR数はそこそこのシーズンこそあれど
打率や打点はずっと低調だった
それが日本ハムに移ったら、チームの明るい雰囲気と楽しむ野球に驚いて
馴染んでからは、成績も急上昇したという 分かりやすいのは、1988年の伊藤昭光と、小野か。
だれか書いては居るが。 83年の真弓の3割5分3厘。阪神は岡田、今岡、平野と突然変異するのか? 藤田平も安打製造機、巧打者のイメージの割には
規定以上シーズン3割4度だけ、首位打者とった年以外は
.300,301,302と見事な低空飛行ぶり >>434-436
実業、早稲田はあくまで系属校で
附属高は早稲田大学高等学院・本庄高等学院
日大系列下高校の細かいランクの違いに相当する 坂本が史上最年少で2000本を達成すれば、「試合数」「打数(2000本達成時点での通算打率)」も史上最少・最高記録を更新するんだろうな。 >>444
坂本の通算打率は.293で2000本達成時点で3割超の打者なんて山ほどいるだろ
若松なんか.322だ
坂本の早期達成はあくまで高卒ながら早期にレギュラー抜擢され、
1番〜3番が中心の起用をされ、年間試合数が130→143(4)の時代になり、
大きな怪我をせずに過ごしてきたたまもの 2000安打達成時の出場試合数最少記録は川上哲治1646試合
坂本はすでに1670試合に出場している メジャーで試合数水増ししなきゃ1200安打のゴキローさん >>445
>>433
年間試合数より大きな欠場が無かった方が大きいだろうな 坂本榎本の違いは2年目からレギュラーか1年目からレギュラーか 榎本のような高卒新人野手の規定打席到達はめちゃ難しいからな
坂本の2年目初到達でも十分早い方 清原は高卒からレギュラーだった割に安打数のペースは大したことないな。
130試合制、平均.270台の打率、四死球の多さが要因で最高でも130台の安打数だった。 清原は巨人在籍時の通算安打数が720(実働9年)しかないのも驚き
過度の肉体構造が相反して、一気にスペ体質になったのが原因だが
西武在籍時は130試合制だったのもあるが、11年間で1353本
シーズン平均で123本だからペースは悪くなかった
そんな清原も、シーズン安打数と打点のキャリアハイが
巨人時代の2001年(34歳)なのも意外 >>451
打率が低い。3割2回も、1分未満だからね。 固め打ちが出来ないと千葉功に指摘されてたな
>清原
それを西武黄金期は試合が決まった後の死体蹴り、
帳尻をしない流石常勝球団の主砲と擁護されてたが 「チャンスに強い清原」なんて言っていたけど、どちらかというと「チャンスに本気出す(`・ω・´)」というのが清原の本質だった様にも。
得点圏打率とかみても特別チャンスに強いなんて訳でも無かったし。
確かにワンサイドゲームとかで「働いたら負け(`・ω・´)」な魂の抜けた様な打席も目に付いたけどねw メジャーリーグに行った日本人で、
「日本で残した成績だけでも殿堂入りに値する」のはこんなとこ?
・松井秀(巨人の4番としての活躍、現在日本人最後の50発)
・上原(新人20勝、今日のエースとして数々のタイトル)
・川上(新人王、ノーヒットノーラン、常勝落合ドラゴンズのエース)
・松井稼頭央(トリプルスリー、超攻撃的遊撃手、7年連続170安打以上)
イチローは、「7年連続首位打者」しかアピールポイントがないので厳しい。他にはいるかな? 坂本に隠れてるけど秋山もかなりのペースで安打数伸ばしてる
入団から実働9年で1405安打というのはNPBの日本人選手最多の安打数
メジャーに行くことがほぼ決定してるからNPBでの記録はここで打ち止めになるが >>458
MLBだと実働10年が基本的な要件になるが、日本にはそうした制約がないからね
首位打者7回・MVP3回、打数が少ないとはいえ突出した通算打率などなど
>>457が挙げる他の4人よりまずイチロー、だろう >>459
大社や外国人は最小系、高卒は通算や最年少系に強いが、秋山はさすがだな 坂本も秋山も通算打率がそんな高くないのも意外だな
12年で2000本のラミレスも丁度3割くらい >>462
坂本も秋山もほぼ毎年600打席以上立ってるからな
安打数が多くなる分だけ、打数も増える
ラミレスも四死球が極端に少ないから
必然的に打数も増える 川上…… 1938年〜1958年 21年 7500打数2351安打 打率.313 (但し戦争中断あり)
長嶋…… 1958年〜1974年 17年 8094打数2471安打 打率.305
王……… 1959年〜1980年 22年 9250打数2786安打 打率.301
張本…… 1959年〜1981年 23年 9666打数3085安打 打率.319
谷沢…… 1970年〜1986年 17年 6818打数2062安打 打率.302
若松…… 1971年〜1989年 19年 6808打数2173安打 打率.319
落合…… 1979年〜1998年 20年 7627打数2371安打 打率.311
前田…… 1990年〜2013年 24年 7008打数2119安打 打率.302
ラミレス…… 2001年〜2013年 13年 6708打数2017安打 打率.301
小笠原… 1997年〜2015年 19年 6828打数2120安打 打率.310
和田…… 1997年〜2015年 19年 6766打数2050安打 打率.303 坂本は、「打ちたがり」な性格なのが功を奏してるな。
通算打率は最終的に3割を超えるはずだ。2016、18年と.340以上が二度あるし来年にも可能なのでは。 一般論から言うと衰えてくるとどんどん生涯打率を落とす
落合も内川もどんどん落ちた
内川なんかそろそろ生涯打率3割か引退かが見えてきた 坂本は若手の頃の積極打法のイメージがあるけど年々、四球を選ぶタイプになってきてる。
似たようなタイプで高橋由がいるけど。 >>465
2016年の打撃成績をあと2年続けても.29935
それほど生涯打率.300と.293ってのは離れてるってこと >>465
来年の坂本が今年と同じ555打数だとして、
通算3割に乗せるためには215安打、打率.387が必要になる おまけ
坂本が通算打率を3割に乗せる最短コース
来季開幕から64打数連続安打すると通算打率が.299508となって「切り上げ3割」に乗る 榎本喜八も3割4分以上の年が2回あるが通算打率はそんなに高くない
31歳で2000本に到達した年での通算打率が3割3厘
その後5厘落として生涯打率は2割9分8厘で終わった 通算打率の落差が大きかったのが長嶋
通算4000打数以上に到達した30歳の時点で3割2分3厘(当時歴代1位)あったが、
その後8年間で1分8厘落として生涯打率は3割5厘だった 参考記録だが、
「日米通算イチロー」は、通算4000打数到達時から最終打率を2分以上下げてるんじゃないかな 坂本はまだ31だし、今が最高潮で衰える要素がどこにある?
むしろ右打者初の打率.380台を達成すると思うが。
落合が40近くなっても常に3割を超えたように、内川の巧打者としての意地から、また来年は.330ぐらいに巻き返すのでは。 巻き返しを期待されてたのは今年だったんじゃないか?
規定にまったく到達してないとは言え2018年が.242で
2019年はどうなるってところで500打席以上たって.256だもんなぁ
来年は出番すら減るんじゃないの 坂本ファン君が夢を語るのはまあいいんじゃないのw
あと落合は常に3割じゃなくて中日移籍以降は3割割ればかりだったんだよなあ
88 .293
90 .290
92 .292
93 .285
94 .280 >>477
ドラゴンズ時代の打率2割台は1990年を除いて故障が絡んでいるのですよね。
坂本選手は遊撃手という負担の大きいポジションですが、
UZRの数字を鑑みると、うまく手を抜いているかな、とも思えますが、
打撃を優先するなら近いうちに三塁手あたりにコンバートした方がいいのかな、と。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています