意外だと思った成績3
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回またぎやって年間100イニング前後投げてた時代の抑えは短命だった。
3年やったら、大抵の投手はかなり消耗してた。 赤堀も仰木、草がもっと大事に使えば
250セーブできたかな? >>232
それほんと? 1イニング限定にしても故障減ってないというリサーチはMLBにはあるけど。 >>233
簡単にできただろうけど本末転倒。
セーブ数稼ぐことを目的にするのはチームのためにならない。
佐々木はたいしてチームに貢献してないし、岩瀬の真骨頂も中継ぎ時代。 >>234
それだともう毎試合のようにブルペンで肩を作ること自体がアカンのかね? 年間総投球回数と投手枠が決まっている以上、
仮に誰かの負担を減らせても、誰かの負担が増えるだけ。
そして負担が減った側にいるはずの投手も実は故障が減ってないという…。 浅尾がいた頃の中日は、いかにして岩瀬にセーブを付けさせるかという継投をしていたな セーブ王というくだらんタイトル(1イニングで稼げてチーム貢献が小さい他、争うのは最大でも6人という競争率の低さ)のために、投手起用が硬直的になってきた歴史がある。 セーブポイントが廃止されるまでセーブ王は影が薄かった気がする。 セーブ王はせめてBSを引くべき。現状、ほとんど登板数、つまりチーム事情で決まるゴミタイトル。 2000年のハム小笠原のシーズン24盗塁も今見返すとそうなるのかな >>206
スレチだがその3人は低打率でもランナーがたまってる時の巧打や間違ってスタンドインするかもという恐怖心があったが、山田勝彦が打席に入った時は相手からみたら完全な自動アウトで恐怖心もなく、味方にとっては絶望感が半端じゃなかった。 >>245
平井は無理。たいして投げてない段階でくたばった。 北海道移転後の日本ハムが優勝した時は2007以外は打率が比較的いいこと
2007のイメージが強くて投手陣さえよければ何とかなると見られているけど
意外と打率が良くないとチームも上手く行かない タイトルを獲得した西武移籍初年よりも翌年以降数年間の方が数字がいい鹿取 >>93
>>94
この年の福原は開幕時は故障で初先発が5月20日
開幕から居たら200イニング、最多勝の可能性もあった
防御率も黒田に次ぐ2位だし、この年に関しては井川より信頼感あった 前年の日本シリーズでは一番通用しそうな福原を4戦目までに先発させなかったのが伝説のネタシリーズとなった原因 >>248
ハムは一貫して打撃というか長打と守りのチームだろ
先発はダル吉川大谷らの時のスーパーエースでなんとかなってるだけで慢性的にコマ不足 この頃のパ・リーグは98西浦や97吉永など
オールスターまでボコボコ打ってそれっきりな選手が何故か多かった
吉永とかもオールスターまでで25本くらい打って結局29本で終わってる
高橋智の92も同じペース Pedro Martinez
平均球速
31 2002 20-04 2.26 90.7MPH(145.9キロ)
32 2003 14-04 2.22 89.8MPH(144.5キロ)
33 2004 16-09 3.90 89.4MPH(143.8キロ)
34 2005 15-08 2.82 88.0MPH(141.6キロ)
35 2006 09-08 4.48
36 2007 03-01 2.57 86.8MPH(139.6キロ)
37 2008 05-06 5.61 88.5MPH(142.4キロ)
38 2009 05-01 3.63 89.3MPH(143.7キロ)
ペドロマルチネスの速球の平均球速 >>253
柴田・河野・津野・西崎・松浦・武田等の投手陣の頃は貧打のチームって印象だったけどな。 2009は普通に打のチームだな
といってもダルいなければ優勝は無理だったはず
2012はソフトバンクが投手三本抜けたおかげだろ
そこまで評価できない優勝 >>245
52登板で15勝5敗27セーブ
登板の5試合は勝敗セーブが付いてないけどホールド付いてるのかな?
セーブやホールドが制定される前にセーブやホールドを付けた記録が見れるサイトはないのかな? 当時の起用方が分からないけど下柳が中継ぎだけで規定到達 >>261
その下柳が後年先発で規定未達最多勝
というのも味わい深い。 ハムはだいたい同じ強さで推移し
本命がコケたら棚ぼたで優勝するチーム
例外はほぼ大谷のおかげの16年くらいか ハムはどんどんFAとかで戦力放出
するのにチーム力があまり落ちないのは
不思議である
あと大型新人の引きの強さ >>249,252
アレと日本シリーズでの苦投で「お役目御免。来年からは潮崎で」って感じだったが、翌年しばらく干されていた間に巨人時代からの疲労から
回復したみたいだね。
元々潮崎がリリーフとして一本立ちするまでの当面の代役って感じが否めなかったし。
しかし予定通り翌年リリーフに回った潮崎がどうにもピリッとしなかった為、再度リリーフ役が回ってきて、王監督に酷使される前の鹿取本来の
ピッチングを披露したってところかと。
しかし巨人・西武とセ・パを代表する両チームに在籍した経験を買われてだろうけど、欽ちゃんと交流があったりと、如何にも人が良さげだった
人が、あんな貫録あるGMになるとはね。
>>264
北海道移転後は低予算で一定以上の強さの維持というチームとしての方向性に依るところも多い。 >>251
05年の福原って「史上初・優勝したチームなのにリーグ最多敗」(8勝14敗)を記録したんじゃなかったっけ… 88セの新人王投票で長嶋に票を入れた記者は碌に試合も見てない茂雄ヲタのバカだと思っていたのだが、
立浪 .223 4本 18打点
長嶋 .203 4本 22打点
ここだけ見ればいい勝負なこと
勿論立浪が開幕からショートを守り続けた守備走塁の貢献が大きいことは言うまでもない 前川の2000年
翌年の「エースなのに防御率5.89」がしばしばネタになるが、
00年は8勝、投球回173.0(以上チーム最多)27先発、8完投(以上リーグ最多)と頑張っている
防御率はやっぱり4.16だがチームが最下位だし 弱小球団で馬車馬のように投げる暫定エースにありがちな成績 立浪が高卒1年目じゃなければ該当者なしだったろうな >>269
あの年パリーグは、史上稀に見る投手陣のレベルの低さだったからな。
当時はまだ135試合制だったが、なんとも・・・
170イニング以上投げたのも前川しかいなかった。
他にも最優秀防御率が3点台、優勝したダイエーは2ケタ勝利なし
8月には規定到達したのが7人しかいない時期もあった。 88年は呂も新人王の資格があったが、規定打席未満で台湾出身というのが嫌われたのか。
話題性だけなら、呂も一茂や立浪に負けてなかったし、最初の調子で打ち続けてたらな。 >>272
高卒新人規定打席到達は大きかったかもしれんな
監督の星野もそのつもりでいたのかどうかは知らんが打率2割2分台ながら
規定打席ジャストまで使った(結局打率はリーグ最下位)
88年の立浪以降高卒新人規定打席到達の記録は出ていないからかなり難しい記録ではあるだろうな >>277
このままだと平成時代は高卒新人野手の規定打席到達は0人というのが濃厚か。 >>278
一番多く打席に立ったのって、もしかして大谷か? 100打席以上立った高卒平成ルーキーって松井、大谷とあと誰かいる? 炭谷が146打席。
あと目ぼしいのはイチロー99打席、森友哉92打席ぐらいか? >>282
高卒1年目の捕手でこの打席数はかなり多い方なんじゃないか 99年の東出の267打席が最多になるのか.。
立浪の下位互換のような成績。 東出って、そんなに出てたのか。
大谷は調べたら、200打席くらいだった。 東出っていたなぁ
台頭してきたころは「こりゃ将来2000本安打も十分いけるだろ」などと思ってた 東出って貧打拙守なのに二岡の当てつけか
我慢して起用され続けたイメージだなあ。 長打力が無いがとりわけミートが上手いわけでもなく守備も走塁もなんか微妙
良く1500本ほどのヒットを打つ機会を与えて貰えたよなと思う 菊池が出てくるまでずっとBクラスだし暗黒の象徴だな その東出って、現役当時は赤星に次ぐ連続打席無本塁打の記録を持ってたのは忘れている人が多いか。
もう少しで赤星の記録を抜こうとした時にホームラン打って、ある意味不名誉な記録は免れた。 >>290
オマケに盗塁死も多い上にスペときたもんだ。 東出はレギュラー数年はずされてから
レギュラーに返り咲いた後は
打率だけはそこそこだったな。 二岡が怪我がちになって、東出がレギュラーだった時、
「何だかんだで、二岡じゃ無く東出が取れて正解」という広島ファンが居たな。
強がりにしても酷すぎw 中日ファンが坂本はもう落ち目、堂上弟は伸び代があると
強がってた時があったがいつだったか思い出せん。
両者の年度別成績を振り返っても
堂上弟が前年比で成績を向上させた年は坂本もどちらかというと
好成績だし、坂本が低調な年は堂上はそれに輪をかけてひどい成績。 NPBでのシーズンHR数のキャリアハイがたった10HR(1997年)なのに、MLBで2005年に8HRも打ってる田口壮
しかも2005年の方が100打数も少ない >>210
3割20本70盗塁を達成しているのはNPBでは高橋慶彦1人だけ
広島のショートだと野村謙二郎のトリプルスリーも立派だが高橋の3割20本70盗塁も素晴らしい
野村は2000本安打を達成しているが、一方の高橋は2000本安打は達成していない
しかし高橋は現在まで40年も破られていない33試合連続安打という凄い記録を持っている 慶彦は82年までは正田みたいな感じだったのに、83年から四年連続20HR以上とか面白い事やってた >>298
日本でホームラン30本以上3回(最高44本)の岩村がメジャーで一番打ったのが
2007年の7本ということを考えたら大したものだな 1985年は高橋慶彦と山本浩二のホームラン数が同じなのが意外
この年の山本浩二は打撃3部門の数字が全て衣笠にも負けている 王は高卒入団2年目まだ一本足打法を開眼する前だったが本塁打数17はチームトップ
(この年大卒入団3年目でバリバリの主力だった長嶋は首位打者は獲得していたが本塁打数は16だった) 松井が93年に11本打つまでのセ・リーグの高卒新人の最多本塁打記録が王の7本だったこと。
パ・リーグでは10本以上が何人もいるのに。 >>302
浩二と衣笠は数字面では浩二が圧倒しているイメージがあるが単年で見ると衣笠の方が成績良いシーズンも結構あるね
84年も打率、打点は衣笠が勝っている(ホームランは浩二33本、衣笠31本) >>304
1957年の阪神・並木の8本じゃね?
>セ・リーグの高卒新人の最多本塁打記録 高津臣吾は、序盤に調子が上がらず、伊藤に抑えを譲った97年が一番防御率がいいこと。
93年以降は主に抑え投手をやってたけど、防御率1点台の年がないのも意外。 高津は抑え投手版西口なので味方が大量リードしていると追い付かれない程度に平気で失点するからな。 メジャー時代の松井秀喜の三振数。
メジャーいったらほとんどのスタッツが悪化すると言われてるけど、三振の数は減ってる。 >>310
ホームラン狙いの打席が減るからじゃないか 五輪翌年のGG佐藤の成績
普通に及第点
ガクッと落ちたのは翌翌年から 2004年のオーティズも前半で23本打ったけど後半で1本しか打てなかったと記憶してる >>305
衣笠は86年が成績が酷いのに連続出場を続けたので悪いイメージだが83-85年は三年連続2割9分以上と安定していたな 李承Yの通算打率.257
当時野球自体あんまり見てなかったのですがこんなもんでしたっけ
オリックスにおける既定到達して.201というのも驚いた 鹿取が5先発もした年があること
潮崎みたいに1年間通して先発に転向したわけでもないのにこれは意外 >313
あれは干され出した
2013星野監督の目の前で突如復帰したりしてた >>320
そりゃあ主な対戦相手が西武だし驚くに値しない。 >>320
本当に当たったのは幾つある事やら(´・ω・`) 西本の中日2年目
25登板25先発 6完投 11勝9敗 防御率3.25 投球回174.1
思ったより頑張ってた…
与田と混同してたかも知れない 里崎が通算1000安打打ってないこと
あとちょっとだったんだっけ? 野田浩司は社会人の野球部が廃部になっての入団で実質高卒3年目だったのによく42登板もしたな
3勝13敗という成績を見るに無理矢理使ってたんだろうけど 防御率は3.98とまずまずだった事と、この年に復帰した村山監督の「とにかく若手を
育てなどうにもならん」との方針から、積極起用されたって感じ。 >>327
キーオは別格として、規定ぎりぎりのイニング数、防御率ほぼ4と
池田、仲田と似たり寄ったり 斎藤、槇原、桑田の三本柱が誰も200勝到達しなかった事 MLBだけど、ハンク・アーロンが1973年39才で打率.301 40本の成績で
凄いなーと、思っていたんだけど、細かく年間通しての成績見ると、8月中旬まで
打率.250で、ここから固め打ちして打率.050以上あげて三割超えたのは出場最後の試合
10月の消化試合で本塁打量産していた1989年の落合を思い出したわ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています