意外だと思った成績3
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スペンサーは「活躍した印象の割に成績の悪い人」だと思う 自分はカープファンじゃないので
野村謙が2000本も安打を打っている
緒方が1500本しか安打を打っていない
東出が1300本も安打を打っている
と言うのがそれぞれピンと来ない 野村と緒方はこんなモン。
野村はプロ10年目までは凄かったし、緒方はレギュラー定着するのが遅かった。
東出は確かに意外かも。
むしろ膝を大怪我した直後に菊池にレギュラー奪われてすっかり影が薄くなり
気が付いたら引退してたって感じ。 >>159
新庄のスイングは意外とコンパクトだからな
低打率だったのはミート力と選球眼の問題 昨日亡くなった衣笠の通算打率.270でシーズン3割を超えたのが1回しかないのも意外。
その1回も現役晩年の84年で、他にもこの年が最初で最後の100打点到達で
正にキャリアハイと言っていいほどの活躍だった。 逆に.270もあるのかってイメージ
打率が2割こえるのやっと最下位に2度もなってるシーズンあるし >>168
通算2000本安打を達成した以降のシーズンで初の打率3割というのは多分もう出ない記録だと思う
2000本安打達成するほどの選手ならそれまでに9割がた1度くらいは3割打ってるだろうし
また2000本安打達成してからは年齢的に力が衰えてるだろうからそこから3割打つのは難しい 3割いかない怪我人をかわりがおらず
酷使し続ける
本人は讃えられることだが
球団は恥だよな本来 オリックス時代の清原が本塁打二桁打った年があること 篠塚利夫は今の時代なら通算2000本安打達成したと思う >>172
カープはヤニキにFAで出て行って貰って助かったよな。 >>172
まあ打低の時代(75年まで)に安定して20本は打つ選手を下げる理由はないでしょ
73年と86年は擁護しようがないが 田淵が阪神時代に3割を打っていること。(75年)
ちなみに75年のセの3割打者は田淵を入れて僅か3人。 しかしなんで130試合にまで減ったんだろ。おまけにポストシーズンも短いわけで昔の野球は記録上も娯楽上もタンパクになりがちだな。 2003年のオリックスが、ダイエー相手に11勝もしていること
あの歴史的な投壊を考えると結構善戦してると思う 130試合しかないくせに
10月終盤になっても日本シリーズの裏で消化試合してたよな
雨が多かったのか昔は 1988年のドーム元年でさえ消化試合が問題になってロッテが20連戦とかしてたよな。
球場が関東関西に集中していたというのもあるかな。
ドームのなかった過去に140試合だったりしたのにw。 >>181
ASまでは、7勝7敗と全くの互角だった。
また、このシーズンだけでダイエーに20点以上取られた試合が4試合もあったにもかかわらず
年間のダイエー戦防御率が7点台に収まってるのもある意味ですごいかも。 あの年のダイエーも若手4本柱以外はたいした投手陣じゃなかったしな >>182
日本シリーズ出場チームが試合が残っていた場合どうするんだ >>186
1980年の近鉄がそのようなケースに該当しました。
2シーズン制の当時、前期日程の3試合分を消化できずに
後期日程の初日を迎えてしまったため、
結局、シリーズ後に残り3試合を行いました。 日本シリーズ終わったあとにペナントレースの消化試合とはすごいな…… その時の近鉄の選手は、何を目標にして試合してたのかね?
観客も公式発表で500人とか1000人とかだし(実数では多分100人くらい?)
ほぼ無観客試合の中では、全くモチベーション上がらないだろうし。
何気に久保が2勝してたり、代走専門の藤瀬が2本HR打ってるのが笑える。 昔は分が悪いとか先発がいないとか
未勝手な理由でたいして雨ふってないのに中止にしてたから試合消化が遅かった
三原やその弟子の仰木らがよくやってたらしい >>159
あの98年は三振65個しかしてないんだよな。もっともその内の1個は・・・ かなり雨が降ってても強行して「無茶するなー」という試合もあるけど、
昔と比べて球場の施設が進歩しているのもひとつの要因としてあるのかな? >>179
ところが翌76年セの3割打者は14人と激増
77年に至っては18人で当時のシーズン3割打者最多記録を更新 >>193
規定打席到達した野手34人のうち打率上位18人が打率3割台
過半数が3割打者というのはそうないだろうな 今はどのカードも客がそこそこ入ったり
放送が入るのもあるのかな
チケット返金の手間だけでもばかにならないし 阪神の山田勝彦が、2000年に打数が少ないながらも.319の打率を残してる事。
それまではシーズンでも2割打つのがやっとの選手だったのに、何があった?
翌年も.276とかなりの好成績。 >>197
そういや阪神の生え抜き捕手が規定打席到達したシーズンってほとんど記憶にないな >>199
山田や梅野も規定打席に届いてないし
88年木戸までさかのぼるのか
木戸も二桁本塁打の85年は規定いってないし 山田って結構体格いいよな
体格だけなら矢野より打てそうなくらい >>199
捕手オンリーなら、今のところ1988年の木戸が最後のようだ
外野もやりながら、なら1995年の関川もいるが >>200
ロッテも、長い間捕手の規定打席到達がなかったんだよな。
調べた限りでは06年に里崎が到達して、これが85年の袴田以来
21年ぶりで平成になってからは初めてだった。
番外で、近鉄も最後の規定到達が85年の梨田で
球団消滅まで、規定打席到達者なし。 >>197
矢野が来て刺激されたとか
野村の教えとかじゃね? 中村武志とか谷繁とか西山とか基本超低打率だけど一年だけ好打率残す捕手は多いじゃん
捕手は打率下がってもそんなに代わりいないから他のポジションと違って低打率の選手でも試合に出れちゃうが逆に試合に出続ければたまたま巡り合わよく打率を残しちゃう年もあるんだろ 現役でいうと中村悠平が14年に.298打ったし >>203
捕手の規定打席到達ってのは難しいんだな……
阿部とか古田とか谷繁みたいなのが異質なだけで 85年の阪神岡田が打率.342も打っていたこと
.320前後だったかと思ったらもっと高くて驚き 高橋慶彦 通算163HR シーズン20HRも4回記録
足技の小兵というイメージだったがパンチ力あったんだね 大野豊投手
規定投球回数到達はわずか6度。
しかし、そのうち5度は防御率2点台か1点台。 >>213
確かにこれは意外だと思った。
去年一昨年も、前半はすごい高打率をキープしてたし。
でも考えたら、坂本も思ったほどはホームランや打点は多くないもんな。
この2つが少ないと、打率は良くてもいまいちインパクトに欠ける。 >>211
キャリアハイが13勝(2回)、200イニング超えがゼロ 赤星憲広、2003年併殺打15
他のシーズンは2002年の5本を除けば全て3以下 1991年の大野が37試合しか投げていないこと。
14試合連続セーブのイメージが強かったからもっと投げていると思った。 >>217
連投させない
勝ち試合しか使わない
なるべくセーブ機会で1イニング限定
で大事に使ってたからな >>195
昔はチケット払い戻しを球場や一部プレイガイドしかやってなくて
しかも当日払い戻しできないから結構払い戻ししなかった客もいたんだろ
今はほとんどのチケットが払い戻しされてるから無闇に中止にしなくなったのかも 秋の特定日以降、雨天時の開始前の中止権限が
ホームチームではなくNPBに移る
制度があるよね。
この制度はいつからあるんだろう >>220
あの使い方はプロ野球ニュースで解説陣から批判あったな。優勝したとは言え、大野の使い方は不合理。宝の持ち腐れだったと思う。
しかし、この年の大野がその後のクローザーのロールモデルに。リードした場面のみ、1イニング限定… 佐々木は大野の起用法が羨ましかったのか、契約交渉の度に
「1イニングだけだったら毎試合でも投げられるから回跨ぎはやめてほしい」と言ってた。
実際に大野の倍のイニング投げてもセーブポイントは同じで給料の跳ね上がり方もほとんど一緒。
抑えのイニング数よりもSPや防御率を重視された時代だから
1イニング限定の方が見栄えの数字はよくなるよな。 大魔神な使い方はチームの成績で
登板数が大きく変わってくるからなあ
マシンガン打線あってこそ
佐々木が脚光あびたわな 佐々木はもっと強いチームにいるべき投手だったと思うけどね。
リベラが輝いたのもヤンキースだから。 >>226
そのくせ、同点の場面はイヤ、先発が完封出来そうな3点リードでも行かせろ 50年の北の湖が12勝割ったのが名古屋場所だけだったこと(9勝)
もっとボロボロだと思ってた 回またぎやって年間100イニング前後投げてた時代の抑えは短命だった。
3年やったら、大抵の投手はかなり消耗してた。 赤堀も仰木、草がもっと大事に使えば
250セーブできたかな? >>232
それほんと? 1イニング限定にしても故障減ってないというリサーチはMLBにはあるけど。 >>233
簡単にできただろうけど本末転倒。
セーブ数稼ぐことを目的にするのはチームのためにならない。
佐々木はたいしてチームに貢献してないし、岩瀬の真骨頂も中継ぎ時代。 >>234
それだともう毎試合のようにブルペンで肩を作ること自体がアカンのかね? 年間総投球回数と投手枠が決まっている以上、
仮に誰かの負担を減らせても、誰かの負担が増えるだけ。
そして負担が減った側にいるはずの投手も実は故障が減ってないという…。 浅尾がいた頃の中日は、いかにして岩瀬にセーブを付けさせるかという継投をしていたな セーブ王というくだらんタイトル(1イニングで稼げてチーム貢献が小さい他、争うのは最大でも6人という競争率の低さ)のために、投手起用が硬直的になってきた歴史がある。 セーブポイントが廃止されるまでセーブ王は影が薄かった気がする。 セーブ王はせめてBSを引くべき。現状、ほとんど登板数、つまりチーム事情で決まるゴミタイトル。 2000年のハム小笠原のシーズン24盗塁も今見返すとそうなるのかな >>206
スレチだがその3人は低打率でもランナーがたまってる時の巧打や間違ってスタンドインするかもという恐怖心があったが、山田勝彦が打席に入った時は相手からみたら完全な自動アウトで恐怖心もなく、味方にとっては絶望感が半端じゃなかった。 >>245
平井は無理。たいして投げてない段階でくたばった。 北海道移転後の日本ハムが優勝した時は2007以外は打率が比較的いいこと
2007のイメージが強くて投手陣さえよければ何とかなると見られているけど
意外と打率が良くないとチームも上手く行かない タイトルを獲得した西武移籍初年よりも翌年以降数年間の方が数字がいい鹿取 >>93
>>94
この年の福原は開幕時は故障で初先発が5月20日
開幕から居たら200イニング、最多勝の可能性もあった
防御率も黒田に次ぐ2位だし、この年に関しては井川より信頼感あった 前年の日本シリーズでは一番通用しそうな福原を4戦目までに先発させなかったのが伝説のネタシリーズとなった原因 >>248
ハムは一貫して打撃というか長打と守りのチームだろ
先発はダル吉川大谷らの時のスーパーエースでなんとかなってるだけで慢性的にコマ不足 この頃のパ・リーグは98西浦や97吉永など
オールスターまでボコボコ打ってそれっきりな選手が何故か多かった
吉永とかもオールスターまでで25本くらい打って結局29本で終わってる
高橋智の92も同じペース Pedro Martinez
平均球速
31 2002 20-04 2.26 90.7MPH(145.9キロ)
32 2003 14-04 2.22 89.8MPH(144.5キロ)
33 2004 16-09 3.90 89.4MPH(143.8キロ)
34 2005 15-08 2.82 88.0MPH(141.6キロ)
35 2006 09-08 4.48
36 2007 03-01 2.57 86.8MPH(139.6キロ)
37 2008 05-06 5.61 88.5MPH(142.4キロ)
38 2009 05-01 3.63 89.3MPH(143.7キロ)
ペドロマルチネスの速球の平均球速 >>253
柴田・河野・津野・西崎・松浦・武田等の投手陣の頃は貧打のチームって印象だったけどな。 2009は普通に打のチームだな
といってもダルいなければ優勝は無理だったはず
2012はソフトバンクが投手三本抜けたおかげだろ
そこまで評価できない優勝 >>245
52登板で15勝5敗27セーブ
登板の5試合は勝敗セーブが付いてないけどホールド付いてるのかな?
セーブやホールドが制定される前にセーブやホールドを付けた記録が見れるサイトはないのかな? 当時の起用方が分からないけど下柳が中継ぎだけで規定到達 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています