もし原辰徳が高卒で即プロ入りしてたら? part2©2ch.net
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親父がお前が今プロに行っても通用しないから大学へ行けと引き留めた。 斎藤佑の逆で大卒経由でプロ入りした方がよかったというパターンか。
ドラフトで巨人入りから1年目の日本一と今でいえば「持ってる男」だった。
三塁のレギュラーも中畑のケガで転がり込んできたし。 斎藤なんて高校入団じゃ全然だめだろ。
超高校級以外なら大学社会人回りの方が
大きくは伸びないにしても確実性はある。 PL学園総合スレ212
515 :名無しさん@実況は実況板で:2015/09/10(木) 17:43:13.81 ID:3vef5L+80
PLの監督に就任して、桑田氏に新しい時代を創り出して欲しい
俺は日本的な、辛くても困難を乗り越えろ!みたいな野球道に常々疑問を感じていた
嫌々やってるだけの、辛いことばかりが続く部活動では、長い目で見ればマイナスに働くと俺は思ってる
皆が張り切って、元気で遣り甲斐のある部活動が、本来正しいはずだ
いつになるか分からないが、きっとそんな時代が来る
原辰徳が高校大学当時、監督(父親原貢氏)から厳しく育てられたことが
それがいかにも本人の為にプラスになったかのような投稿が、最近高校野球板に見られた
その見方は、俺は大いに疑問だと思ってるよ
当時を知ってる人は知ってるだろう
あれ程のスタープレーヤーでありながら、原辰徳ほど無気力で覇気のカケラも伝わってこない選手も珍しかった
マスコミからもファンや評論家からも、糞ミソに叩かれていた
マスコミやファン、評論家からだけじゃない
首脳陣や外国人助っ人たちにまで、その覇気の無さを酷評される始末だった
なぜあんな無気力な選手になってしまったのか
高校大学時代に親父さんから、特別に厳しく育てられたことが原因してると思うぜ
もちろん親父さんから見れば、自分の子供に甘いと見られるのがイヤだから
そして困難を乗り越え強くなって欲しい狙いから、自分の息子にだけ一番厳しく当たったんだろうが、だがその結果はどうだ
少しも強靭でエネルギッシュなプレーヤーになど、なってないんだよな
原辰徳をリスペクトする者など、当時いなかったよな
それどころか虚弱体質で、か弱いお嬢様野球の代表格みたいに貶されとった
原辰徳をおぼっちゃま育ちのヒ弱なエリート呼ばわりして、ファンやマスコミも評論家も、当時散々叩いていたよな
「ここまで叩かれる選手を見たことが無い」と、某評論家が原を気の毒がった程だった 516 :名無しさん@実況は実況板で:2015/09/10(木) 17:43:48.79 ID:3vef5L+80
俺はファンやマスコミや評論家が、原を叩く度に疑問を感じていた
何をでたらめをほざくのか!と
原辰徳ほど厳しく育てられた選手はいない!とな
おぼっちゃま育ちのヒ弱なエリートだと?
原辰徳ほど厳しく育てられた選手はいないぜ!とな
原辰徳ほど厳しく育てられた選手など滅多にいないのに、なぜそこまでの覇気の無いヒ弱な選手になってしまったのか
誰も納得のいく説明をしてくれる者など、当時いなかったよ
その後も納得のいく説明をしてくれる者など、一人も現れていない
当時の巨人番宣番組で、ファンから「もし生まれ変わったら?」と質問された原が
「生まれ変わってでもプロ野球選手になりたい!」と答えてくれなかった姿を見て、当時俺はすんげー失望しガッカリした記憶がある
この人は本音では、野球が大嫌いなんだなと分かっちゃったから
但し決して原だけじゃない
プロ野球選手といえども、あまりの過酷さに本音では野球が嫌いになってしまってる者が多いと、後から実情を知ったけどさ
大学時代、先輩達から酷いイジメの標的にされ、プロ入り後も日本中を敵に回すなど
信じられない程の過酷な境遇を耐え抜いていて来たのは、原同様に江川卓も同じだったけどね
巨人のチームメイトも、江川の過酷過ぎる境遇を気の毒がっていた
原も江川も実によく似てるよな
過酷な境遇もだが、二人ともやる気の無い覇気の無い態度がさ
クロマティの暴露本によると、江川も野球が大嫌いだってグチこぼしてたらしいな
もし原と江川が野球が大好きで、元気ハツラツ野球に取り組んでいたらどうだったんだろうか
きっともっと凄い選手に、ホンモノのスーパースターになっていただろう Bar White River 白河と石神井をこよなく愛する呑んだくれ・喰いだおれの日記
原辰徳と私 【ふくしま味彩弁当】
私が載せる記事は、リアルタイムでは決してない。
たいてい飲みに行くと1軒では終わらないので、一晩で2つも3つもネタができることになる。
そんなわけで、現在はネタが順番待ちの状態で、かなりのタイムラグを生じている。
それでも基本的には時系列に沿って古いネタから順々に出しているのだが、
今回だけは順番をすっ飛ばして載せることをお許し願いたい。
なんてったって7年ぶりの日本一だからである。
これまであまりジャイアンツファンであることをブログでは書いてこなかったが、
実は生粋のG党である。
(これで愛読者が3割減かも知れない・・・)
私がはじめてプロ野球に興味を持ったころ、王は最晩年で、長嶋の現役時代はまったく知らない。
そんななか、王の引退と入れ替わりで巨人に入団したのが原辰徳であった。
私が最初に買った「野球教室」という少年用の本の表紙は
当時新人の原と石毛だったのをよく覚えている。
原は入団当初から巨人の4番として常にONと比較された。
確かに彼の生涯成績を見るとONとは比べようもない。
しかし、原なくしてON後の巨人人気はあり得なかったわけで、
巨人の4番の重責を担い続けた原はやはり凄かったのだと思う。 一方で、原は若大将と呼ばれ、お坊ちゃん育ちのスマートすぎる部分があり、
ファンの多くがどこか物足りなさやひ弱さを感じることが
あったことも否めない。
そんな原辰徳が指導者となり、これほどまでの名将となろうとは誰が予想しただろうか。
WBC2連覇・セリーグ制覇・日本一と1年間で3度頂点に登りつめた監督は
今後おそらく出ないであろう。
私にとって「原辰徳の野球人生」=「私のジャイアンツファン人生」なのだ。
そんな私の宝物がコレだ。
今は使われていないビジター用の原辰徳モデルのユニフォームだ。
ユニフォーム
酔っぱらって家に帰ったときに、完全に「勢い」だけで買ってしまったユニフォームだ。
原が着ていたものではないが、選手が実際に着ている素材とまったく同じユニフォームなので、
レプリカと違っていい値段がするのだ。
ネットで購入したのだが、
翌朝我に返ったときに、カミさんにはすぐに打ち明けられず、
品物が届いてから平身低頭、ひたすら平謝りしたのだ。
これまでもWBC連覇などビッグニュースの時のスポーツ紙は保存しているので、
昼にスポーツ紙を買いに近くのセブンイレブンへ行く。
日刊スポーツとスポーツ報知を購入。
競馬の時に報知は買わないけど、巨人となれば報知がやはり面白い。
何度も読み返し、感動・感激の余韻に浸る。
09.11.09 >>10
このインタビューなんかみてると、選手時代は巨人の看板として毎日プレッシャーしかなかったんだろうな
宿舎で悶々wとしていて愛人に走ってしまう気持ちも分かる
https://www.youtube.com/watch?v=Ij_S-C3EuC4&feature=player_detailpage#t=652 なにかでストレスを発散しなきゃな
そうでないと人間は生きるのが辛い メジャーの殿堂入り選手 30
959 :神様仏様名無し様:2015/09/12(土) 22:35:49.33 ID:tMHV0gw7
NHKキャスター大越健介が1か月かけてアメリカをまわり、その野球文化に触れる番組が放映された。興味深く見た。
大越健介は新潟県立新潟高校から東大文学部国文学科に進んだ。
高校時代は捕手、投手として活躍。
新潟高は県下では長岡高と並ぶエリート校だが野球も強く、今夏も県予選でベスト4まで進んだ。大越の年もベスト8。
大越は一浪して東大に進学後は右のサイドスローの投手として活躍。8勝を挙げ。日米野球のメンバーにも選ばれた。
アマチュア野球人としても一流だった大越が1か月かけて全米を回った。
興味深かったのは、アメリカで大越が二つのコミュニケーション手段を使って、アメリカ文化を理解しようとしていたこと。
一つはもちろん英語。アメリカ総局ワシントン支局長として大統領に単独インタビューをした英語力を駆使していた。ホセ・アルチューべには日本的な質問をして、むっとされていたが。
もう一つはキャッチボール。松井秀喜に「いい球の回転をしている」と褒められていたが、サイドスローからきれいな球筋でボールを投げ、しっかりとキャッチしていた。この野球独特のコミュニケーションを行く先々で行った。相手を信用させるうえで大きかったと思う。
MLBの華やかさ、マイナーリーグ、中南米の子供たち、這い上がろうとする大学生、最後は薬物疑惑のマーク・マグワイアとの対談など、実に盛りだくさん。
一つ一つの時間が少なく、食い足りない感じはしたが、野球を知り、アメリカを知る大越が、日米の野球文化の差を肌で感じるのが、見るものにも伝わってきて楽しかった。
短いシーンだったが、一番面白かったのは、中南米の少年野球の大会の取材で、ドミニカの少年たちが、試合が終わってから、浜辺のようなところに出てまた草野球をやり出したシーン。
その前のインタビューでベネズエラの監督が「子供は規範をはみ出すものだ。自由に野球をさせてやりたい」といっていた。自由に野球をやる子供たちは、試合が終わっても野球がやり足りないので、草野球をするのだ。
この中南米の大会には日本の東北地方の少年野球チームも参加していたが、彼らは用具類をきちっと一か所にまとめて置き、練習もコーチの笛に合わせて一糸乱れず行っていた。遊んでいるかのような中南米チームとは大きな違いだった。
しかし試合では互角かそれ以上に相手は強い。
デビッド・ハルバースタムの作品で、ワールドシリーズが終わった翌日に、町のアマチュア野球に参加してプレーするMLB選手のエピソードがあったが、アメリカの野球は「楽しいもの」であり、強制されるのではなく、進んでやるものなのだ。
試合が終わってから草野球をするのも、彼らの自主性だ。日本の指導者なら「けがをしたらどうするんだ。そんなことをするくらいなら素振りをしろ」というところだろう。
日本のトップ選手の中には「野球は仕事、楽しいと思ったことはない」と公言してはばからない選手がいる。現役の福留孝介、引退した石毛宏典らがそれだ。ともにエリート街道をひた走った二人だが、野球は「立身出世」の道具であり「遊び」ではなかったのだろう。
NPB選手がMLBでなかなか活躍できないのは、こうした日米の野球文化の差に起因するところが大きいのかもしれない。
自主性、独創性、そして自らの可能性を思い切り広げてみようという「勇気」のようなものが足りないのではないかと思える。
また、高知新聞の報道でもあった通り、少年とその母親世代に、野球アレルギーというべき野球きらいが増えているのは「楽しむことができない」日本野球に拠るのではないか。
日本では「これは遊びじゃない」というのは良い意味でつかわれることが多いが、義務感や責任感に押しつぶされそうになりながらやるのは、良いこととは言い切れない。「遊び」の要素があるほうが、良い結果になることも多いと思われる。
番組で大越が川ア宗則に
「日本では、何とか這い上がろうと頑張っている、という風に伝えられますが」
と尋ねると、川アは
「今、マイナーでプレーしていることも含め楽しんでいる」
と答えた。やせ我慢しているようには見えなかった。
張本勲がいくら「喝!」を連発しようと、川崎はアメリカの野球を享受できる自らの境遇を喜び、そのキャリアを通じて、野球を楽しみつくすだろうと思えた。
大越健介はエリートぶらない、いいおじさんだと感じられた。そして凡百のタレントのMLBガイドでは伝わらないものを伝えていた。
スポーツキャスターにはならないだろうが、こういう番組、ぜひやってほしい。 野球の記録で話したい : 野球が終わったら草野球をする|野球史
2015年08月24日 12:00
http://baseball stats2011.jp/archives/46026310.html 野球の記録で話したい : 野球が終わったら草野球をする|野球史
2015年08月24日 12:00
http://baseball stats2011.jp/archives/46026310.html まだ王が現役だし順位的にも77、78年の二年位は下でじっくり育成できるかな?
5位に沈んだ79年位から台頭、王が完全に衰えた80年にクリーンアップに定着
これなら通算400HRも達成 ,、 ──--、_
/⌒´ ヽ
/ r─--,,,,,,、-─ 、ヽ
l / ヽ )
l ヽ l/
/^ヽノ -‐━::. .━-l ________________
|.6 ヽ● ) ヽ● )l /
ゝ  ̄ :.ヽ ̄ .l |
! ( 、_,)) l | 今日は負けないよ
ゝ (.ヽニニフノ l <
_,,-一/\ :. .:,ノ |
', \ `ー--、,__,ノヽ`ー-、.\
', \/ヽ<二>へ! ヽ ヽ  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ヽ ヽ l ヽ l 〈 l
`i ヽ, l ヽ.l 〉 i l
ヽ ヽ l / i .l レジー・スミスは原を高く買っていたよ
原はいずれ日本の四番打者になれるって
メジャーでもレギュラーになれる可能性があるって
でもその後伸びなかった
野球に取り組む姿勢に問題があったんかな
向上心が無かったのかな 才能が有りながら大成できなかったのは原自身に問題があったのか。
それとも悪い環境のせいなのか。
原は古くさい体質や構造的欠陥のいわば犠牲者なのか。
よくわかんねーや。 そういやあ、あの長嶋茂雄も「右打者で落合の次に三冠王になるのは原だ」と原の才能に惚れ込み、マジ期待を掛けていたっけなあ。 左手の骨折やら、後年の足のケガとかがなかったら
通算成績はどのくらいだったんだろうねぇ。
420〜430本くらいは打ってたかな?
ケガが一番ネックだったと思う、つまりそれまでの実力だったとも言える。 原にそんな飛びぬけた才能があったなんて思えないな
三冠王なんか絶対無理だろ アニマル・レスリーが「ハラのスイングは絵のように美しい」と原を褒めてた。
そんな表現は初めて聞いたんで、面白い表現だなと思った。
ラリー・パリッシュも「ハ〜ラ、キヨハ〜ラ、ナイススイング」と原と清原の名前を挙げ、称賛してたよ。 スミスも長嶋も褒め過ぎww
と思いたくなるほど、原ってスラッガーのイメージがねーよなw 本来はオールジャパンの四番の才能があったが、最後まで開花せず終わったってこと?w 素質に恵まれながら最後まで開花せず終わったのだとしたら、その原因はなんだ?w 原ってさ
プレーヤーとしては、はじけたところが無いんだよね 王貞治のような意志の強さとかも伝わってこない選手だった。 ノムさんも当時褒めてた記憶がある。
失投を絶対見逃さない打者って言ってた。
原がまだ3年目くらいのときだけど。
その後ノムさんは、何かの雑誌で、回りの
アドバイスを聞きすぎておかしくなってる
とも言っていた。 そういえば村山実が「江川も原も(選手として、そして存在感が)中途半端」と批評し残念がっていた。
ONみたいな不世出の偉大な選手と比較されては、そりゃどちらも物足りなく見えるだろうな。 仮設だが、王が監督時代に妬んで冷遇してたとかあるかもしれんな
巨人の4番として自分に並ばれる存在になられるのを心底では嫌ってたとか
バースとかカブレラとかの扱い見てると、実はそういう性格だったって明らかじゃん
実は長嶋もそうだった感じもするけど。
382本で終わったのは444本を抜かれるのを阻止した、とかさ 会社でもトップに上り詰めた人間は、自分の地位を脅かしそうな
有能な部下は冷遇するのが常識だしな 東海大相模の4番は津末で、原は3番だろ。
4番打てない高校生をドラ1で指名する価値はない。 清原が高卒で巨人入ってたらかなり険悪な関係になりそう ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています