【三本柱】斎藤雅樹・槙原寛己・桑田真澄part7 [転載禁止]©2ch.net
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雰囲気の良い人なのに敵側から見ると魔王みたいな絶望感があった
時々バットでも痛めつけてくれるし >>513
でも実際には槙原は虎戦通算38勝10敗で相当にカモってたんだよね。
プロ初登板10回完封とか、既に先発晩年の98年にも準完全なんかもやってる。
チラ裏だが、俺が初めて見に行ったプロ野球観戦は
ドームでの阪神戦で、そこでも完封してくれた。 >>514
完投が多いためか、活躍したシーズンのほとんどにおいて終盤はヘロヘロ。連続20勝の時も9〜10月は酷かった。メンタル云々ではなく、単純にシリーズの頃は余力がなかったとみるのが正しいかと。 >>514
精神論来た
シーズンでも終盤はへばり気味 そんだけのこと 逆に前半戦の斎藤は鬼だった 連続20勝も22〜23行きそうなペースでぎりぎりだったし
9月になるとけっこう防御率を落としてたな。それであのシーズン成績だから凄いんだけどw 90斎藤や03伊良部とかシリーズでの使い方が難しいよな。
シーズンの実績はあるものの、明らかに調子が下り坂で先発させたら打たれる確率が高い。
かといってシーズンの貢献度を考えて、使わなかったら不協和音を生む。 仮に90年シリーズが6・7戦までもつれても、藤田の性格からして斎藤をまた先発で使っただろうな。 楽天戦で杉内を即座に降ろした原のようには行かないだろう セットアッパー・クローザーのいる今の時代なら、
最多勝5回や20勝2回は無理で通産200勝のほうが達成できたと思う。 斎藤の全盛期は試合数が130だったから
分業制でも、20勝はいけたかもしれない 89年第5戦。3連敗して前日香田完封で一矢。
斎藤−阿波野の0−0の投手戦から5回表にブライアント先制ソロ。
その裏1死無走者で斎藤には代打を出さず。その斎藤がヒットで出塁し蓑田も出塁して代打呂が倒れ、岡崎が右中間を破る逆転
2塁打!
去年のCS最終戦の原もそうだったし、12年第6戦の栗山もそうだったし、昨夜のサッカーのイランの監督もそうだったし、崖っぷち
に追い込まれた時は選手を使い切るくらいの積極采配をするのが普通。ところが藤田監督はそれとは真逆の采配で勝った。 >>512
斎藤の場合完投しちゃうからな
今の連中より絶望感高いんじゃないか?
今のぬるま湯連中なんて7〜8回辺りで
交代するし >>526
代打を出すとしたらどうせ福王とかだろ
斎藤に代わって出てくる野手なんてどっちが打撃がいいかわかんないようなやつばっか
それに引き換え、斎藤の代わりに投げる投手 広田 水野 鹿取あたり? は斎藤よりは格段に落ちる
当然の采配だとは思うが 福王なら代打水野の方が、まだ期待がもてそうw
マジレスすると福王は一時期の代打の中では切り札的な印象もあったが。 ナンバー斎藤の記事
刺身にかけるのは?ソースねえ。笑った
羽根が生えたような凄まじい背筋
未来の人類進化への可能性、希望を見たかもしれないな
実は潜在能力に気づいてないだけで、すでに有翼人となって空を飛べてたのかもw 今夜の東スポ、赤坂英一氏が斎藤について書いている。大久保がシュートを要求してもなかなか投げてくれず、「投げて下さいよ」
と泣きを入れて投げたシュートに打者は手も足も出なかったとか。そんなもん投げなくても外のストレートとスライダーで十分、って
お話。
シリーズたった2勝の内の1勝のダイエーとの第4戦、江藤の勝ち越しソロで2−1リードながら1死1、3塁で迎えるは第1戦から3
戦連発の城島。
ここで斉藤は2ストライク目をインコースのストレートで取った。次の外の球(球種忘れた)をあの絶好調城島が気の無いスイング
で三振しピンチを逃れ、最後岡島につないで2−1のまま逃げ切り勝利。
この時、PBNで高木豊が「2ストライク目をインコースで取られて城島の打者心理がガタガタになってしまった」と解説。城島は絶対
インコースには来ないと確信していたのだろうか? >>532
手も足も出なけりゃシュートを投げりゃ良かろうが
と素人は思ってしまう >>533
完投数、田中マーで10弱、ダルで10前後、
それに比べて斎藤は15〜20完投(マーの倍)はしていた。
クローザーが当時からいたとかでなく、システムの問題。
7回で勝っている時に、8〜9回をセットアッパー・クローザーに繋ぐのか、完投させるのかっていう。 分業制が先発投手の故障減らしたって事実は少なくてもMLBではない。 当時でも斬新というか、凄いことなんだなぁとか思っていたが、
三人揃って200勝できなかったことと、
工藤・昌さんが長持ちして200勝に届いたのを見ると、
結局は古い考えだったと言わざるを得んなぁ(´・ω・`) >>539
工藤が在籍していた西武の森監督も潮崎・鹿取の獲得前は先発完投主義だった
けどね(´・ω・`)
1987年には26先発中23完投(15勝)を果たしている。 一方、山本昌は中日では珍しくクローザーに恵まれなかった1993年に10完投
(17勝)、1994年に14完投(19勝)を果たしているけど、3度目の最多勝に輝いた
1997年には僅か4完投(18勝)で、何故か8,9回崩れてクローザー宣を仰ぐパターン
の繰り返しに、1001が「昌は宣の使い方が上手いな」と冷やかされていた。 交流戦もっと早くやってほしかったな
特に西武打線との勝負が見たい 斎藤はサイドスローの技巧派でまだ2,3年で来たと思うがね 特に原が就任した2002年は桑田のように復活したかも >>547
ここ数年メジャーではその考え方になりつつあるね。
分業制が完全定着したにも関わらず、近年主力投手に故障者続出な一方、先発
完投主義だった1970年代〜1980年代初頭までのエース投手が軒並み長寿を保
ったのは何故か?という観点から。
今現在の見解としては
今の投手は100球前後で交代と少ない投球数なのを良い事に全球全力投球を強
いられているのでは無いか?
一方、70年代〜80年代初頭に掛けての大エース達は1試合150球近く投げる事か
ら、全球全力で投げるなんて事をせず、適度に力を抜く事を体で覚えていたから、
長寿を保つ事が出来たのでは?
という辺りの様だね。 日本の往年の大投手でもそういうこと言う人いるね
昔は気を付けなきゃいけないバッターは各チーム1人か2人で残りはカスだったとか
ダルもこっちでは下位打者でもスタンドに持ってかれるとか言ってるし >>40
斎藤のすごさってスピードガンとか数字じゃなくて、
不思議と振ってしまう、140キロの真ん中高めのストレート。 サイドスローだから、
浮き上がって見えるとかあるのかね 藤井寺の日シリ、バックネット裏で見たけど、
阿波野の145キロより斎藤の138キロの方が速く感じた。
近鉄サイドがスピードガンいじってんじゃねぇのって思ったぐらい。
おそらく、頭でイメージする斎藤のフォームから繰り出されるストレートより、
実際のストレートの方が速いんだと思う。
それで、頭が錯覚する。 G+のベストセレクションで1994槙原完全試合と1989斎藤雅樹11試合連続完投やるね。
Blu-rayにしてから捕獲してなかったから、久しぶりに録画w >>539
工藤も山本昌も意外に休んでるよ
工藤は20代のうちで150イニング台が2シーズンのみ、ほかは175イニングと223イニングのシーズンがあるのみ
当時のエース格としてはあまり投げてない方 サイドスローは球速の割に威力があると言われてるからね 高木豊は斎藤のボールは重さを感じたといってたね 俗にいう体重が乗ったボールというのかな 斎藤は結局、小早川の3ホームランを機に下り坂になって止められなかったけど、その時の小早川のバッティングを動画でみたら松井や掛布の全盛期みたいな普段の小早川からは想像できない凄さだった。江川の時といいなんだったんだあれは。 >>560
ホームラン打ったときの動画を見れば、
凄く見えるモンなんじゃない? 槙原って10.8決戦の動画をYouTubeで観てるとテレビで普通に話してたな
10.8決戦関連の動画って違法なのしかアップロードされていないのに
あんなこと言っちゃっていいのかなと思ったが
案外2ちゃんのスレも見ていたりするかもな TBSニノさん に出てる
どん底さんで槙原が出てる
江川に株教わったって 何で斉藤工藤が殿堂入りして、マッキーができないの? 流石に二人とは格が違うでしょ
槙原と同じく斎藤も200勝できんかったけど、
連続完投やら通算防御率やらの輝かしい記録があるし。
桑田もそうだけど、怪我がなければ200勝や殿堂入りできたかも知れんねぇ。
勿論、怪我も実力の内と言われりゃそれまでだけど。 94年のパーフェクトゲームと日本シリーズの活躍は殿堂入りに値すると思うけどなあ 兄弟があれだから?と思ってたよ
あの兄さんも今は更生してリフォーム屋で働いてるみたい 槙原の活躍って瞬間的なんだよね
良くも悪くも記憶に残る投手ではある リリーフ転向は間違い。
勝利数を大幅に減らした。
監督の一時の起用で選手は運命を左右されてしまう。 槙原は大一番で敵として出てくる先発としては一番嫌な投手
次点は上原 槙原の86年後半のピッチング見たら、翌年はあの年の桑田くらいの成績は残せると思ったんだがなあ >>569
そりゃ通算実績不足だからでしょ
殿堂入りで重要なのは通算実績
わざと聞いてるのかもしれないけど
>>570
怪我せずに殿堂入りクラスの成績を残すのもかなり難易度が高いからね
140年の歴史をもつメジャーリーグでも、アメリカ野球殿堂入り投手3人が一定期間ローテ組んだ例は
1903年から1907年までのフィラデルフィア・アスレチックスのエディ・プランク、チーフ・ベンダー、ルーブ・ワッデル
1949年から1956年までのクリーブランド・インディアンスのボブ・フェラー、ボブ・レモン、アーリー・ウィン
1993年から2002年までのアトランタ・ブレーブスのグレッグ・マダックス、トム・グラビン、ジョン・スモルツ
の3例だけしかない
このうちマダックス、グラビン、スモルツの3人は有資格1年目に殿堂入りしているからもう圧倒的 そのマダックスから親善試合でホームランを打ったのは誰だっけ?忘れた! 阪急の今井雄太郎(通算130勝、最多勝2回、槇原の前の完全試合達成者)が、
殿堂入りの話題にもならないあたり、巨人ていう下駄はでかいんだと思う。 今井雄ちゃんの完全試合は当時の毎日新聞地方版では
巨人戦の記事の横にちょこっと載ってたのを覚えている。
槙原の時はデカデカと10倍位のスペースだったな。 村田真一の評価だと、
桑田はカーブ投手、斎藤はストレート投手 で、槙原はなんだっけ? 桑田は95年が最もレベル高かったと思う。
しかし数字的には平成初期の方が良く
40イニング以上投げる間に1点しか失わなかった時期もあった。
桑田斎藤槙原共通してる事は50イニング以上連続無失点の記録が無いという事。
ちなみに完投だけなら1シーズンの記録ならこの年代の投手は87年に工藤が15勝で23完投した事があった。 そりゃ連続50イニング無失点なんて、
数例しかないんだから、神の領域でしょw
桑田斎藤槙原は好投手には違いないが、
そこまでのレジェンドではない
40イニング台なら、近年でも時おり見かけるけどね >>588
同意。開幕2戦目のヤクルト戦をドームで見てたけど、キレッキレという表現がピッタリの投球で、まるで打たれる気がしなかった。確か八回まで内野安打とポテンの2安打とかだったはず。
九回に危険球で退場したんだが、前年からのいい流れが続いていて、まさに完成しようかという時期だった。あれがなければ凄い成績を残していたといまでも思っている。あの一球から、けがなど悪い方向に歯車が回り始めた。 確かにあの開幕2戦目は援護点は2点くらいだったけど、
普通に完封しそうな勢いだったよね。
当時、斎藤桑田とも万全の仕上がりで、
どちらを開幕投手にするかが話題になっていたけど、
正に前日の斎藤に全く引けを取らない仕上がりだった。
実際にはこの試合で勝ち星はつかなかった訳だけど、
では次の登板以降は?というと・・・
それなりの好投はするも勝ち星がつかないことも多く、
例の怪我をするまでにトータル9登板9先発3勝3敗3完投1完封2.48と、
何となくいつも通りの桑田という感じであった。
仮に怪我がなかったとしても、前年並の成績くらい
だったのではないかと邪推してしまう。
勿論MVPまで取ったのだから、並の投手ではないことは間違いないのだが。
ただ福岡ドームの1-0完封はこの年のベストピッチだったね。
もしくは危険球で退場するまで。 ウェイトトレーニングで肉体改造、トミージョンからの復活で急速も寧ろ速くなっているダルビッシュ見ると、
桑田も今の時代だったら大分状況変わってたのかもなと。
体格の違いもあって一概には比較出来んだろうし、桑田らが先駆けてやってきて蓄積されたデータなんかから
今の理論も構築されてきた部分は大きいんだろうけど。 NPO誇大広告ハローワーク指導員バイトレベル
NOPハローワーク爆買い指導員(40代千本ノック)
NOPハローワーク爆買い指導員(冷暖房完備低所得者レビューアマゾンカスタマーさんコメント問題)
警察無視騒音問題 斎藤 桑田 槙原でゴールデン バラエティー番組やったら視聴率とれるのにな。
5人に1人はこの人達の試合を見てたわけだからね。 槙原はともかく、桑田は無愛想、斎藤はニコニコしてるだけでしゃべらないっていう放送事故番組になるんじゃないかw 張本が言ってたが、
ある意味、記録に並ばれること、抜かされることは嬉しい、と。
そのたびに自分の名前が出てくる。
若い人に「あの人、すごかったんだね」と思われるから悪い気分にはならない。
完全試合から22年も経ったんだよなー
杉内が惜しかったけど、達成しないとなかなかマッキーも脚光を浴びないんだろうね。 誰かが完全試合したら槙原のコメントが真っ先に出るんだろうね
果たして何年後になるのやら 22年も出てないのかあ〜完全試合。
走り幅跳びの世界記録みたいだな。 槙原のときも久々という印象だったけど、
今回はそれより長いのね。
完投が減ったこと・・・とはあまり関係ないか・・・
幅跳びは未だにパウエルなのね。
9mの大台はいつ出るかみたいな雰囲気だったのになぁ >>602
三段跳びも、ジョナサン・エドワーズが世界記録を出してから20年間破られていない。 巨人が負けた日はイライラした。
ただ、野球中継の最後の
「明日のジャイアンツは斎藤の先発が予想されています。」
というアナウンサーの言葉。
これだけでも精神安定剤になって負けた日の夜でもなんとか寝れたもんだよ。 >>102
長嶋が何もしなかったから良かった
何かしてたらボロボロ 槙原はタイトル少なかったな
あれだけの素質がありながら斎藤や桑田の後塵を排したのだから 防御率は何回かとってもおかしくない成績だったが 斎藤や大野が全盛期の時と被ってしまったな 菅野もそうだけど、どうにも勝ち星を稼げない投手
最近じゃ菅野と槙原を比較すると、
槙原にさえ失礼というくらいに勝てないレベル(´・ω・`) 今日のTBSラジオ「伊集院光とラジオと」に出た長嶋一茂。
槙原の完全試合の話になり
「6回くらいから誰もベンチで話さなくなった」
「自分を代えてくれ、と親父の方を何度も見たが1回もこっちを見なかった」
「別に自分が五感が強いとは思わないがボテボテのゴロが来るんじゃないかという予感があったのでわざと前に守ってた」
「そしたら西山が本当にボテボテのサードゴロを打ちやがった」
「不謹慎だがよく交通事故の際はスローモーションに見える、っていうけど本当にそんな感じだった」
「打球も、打者走者の動きも、送球も、全てがスローに見えた」 菅野はパワプロのプレイ動画で自分の能力を見て「負け運って何?」と言ってた。 顰めがマシになった事意外は特に変わらず、俺はただのクズ >>18
完投すれば次の日は完全休日 遠征同行しなくてもいい等
それなりの配慮はあったが?
今を基準に何でもかんでも非難すればいいと言うもんでも
なかろう 三本柱
1年だけなら伊良部小宮ヒルマンも凄かった
そのうちの一角が巨人に来てさらに桑田が復帰すると聞いて
狂喜乱舞したものだが・・・
終わってみれば斎藤劣化・・・ 桑田全盛期にほど遠く・・・ ヒルマン小錦と
最悪の一年だった
槙原はまあそこそこだったけど ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています