1÷0ってなんで答えが定義されてないの? [転載禁止]©2ch.net
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
0かけたら3になる数のマークとか決めて使えばいいじゃん
B×0=3
みたいな 結局、Wheel_theoryに行き着く
>>268
行列表現、テンソル表現、別格納・繰り込み
を幾ら駆使しても0除算のパラドクスを完封できない事は証明され済みだよ >>268 → >>261
1÷無限小は計算できるようになるが、
1÷0は体である限り無理。 現在の数学体系では無理ということでかまわない。
違う数学を作ればよい。
そもそも自然数を考えるとき、
a+b=cにおいて、codomainで1が仲間はずれになっている。
これが逆関数に未定義が発生する原因だと考える。
ならばこれを解決する数(元)をつけくわえればよい。
それは∅であって0ではない。これはフィルター概念のひとつなのではないかと思うが、フィルターは習ったこともないので調査中。
元の自然数の性質を温存したまま∅をつけくわえた新しいクラス(集合)をつくることは可能だ。
似たようなことができそうな位相空間論をあたってみている。
位相とは情報と読み替えることができる。情報空間論としてしまうと、また別に存在している情報空間という概念と混同しやすい。
エントロピーと連呼していたものは情報であって、位相空間論での位相に相当する。
計算による発熱についてはファインマン計算機科学を参照されたい。 実数には離散性と連続性の2つが同時に存在している。
波動性と粒子性のようなものだ。
そこを混同しているから0の0乗の問題などが発生してしまう。
量子論的に考えるしかないだろう。 だから、いつまでも目をつむって象を撫でてないで、
提案したい代数系の定義をそろそろ書いてみろや。
議論は、そこからしか始まりようがないんだよ。 >>272-273
それもまた新たな数学
そしてWheel theoryに行き着く 自然数にφを加えても、減法にはマイナス空間の結合あるいは拡張が必要となる。
加法による空間の拡張と乗法による空間の拡張を考えていたら、
現在の数というものは病的であるということに気づいた。
そもそも0の除算ができない。
病的な空間に定義された数を使用しても病的な数学にしかならない。
物理数学ではいろいろな方法で病的な部分がでないように工夫して数学が使用されている。
量子コンピュータによる計算も、病的な部分を取り去ってから計算して、答えが得られてから病的な数学空間に写像してやるしかないのだと考える。 もとめていた答えがやっとでた。病的でない数学を使えばよいだけだった。
しかし、数学者はこのことに気づいていないわけはないのに何故ほっておかれているのか?
いままでつみあげてきたものが崩壊する可能性を拒んだのか。
これまでに得られた成果による利便性を優先させたのか。
よく出てくるx>0などの制限は病的数を扱ううえで回避するためのものだったようだ。
逃げる数学では物理空間に適用できない。闘え、数学は闘うのだw 定義を書けという要求から逃げ続け、答えが出たと勝利宣言
しかし結局、定義は書かず、「病的でない数学があればいいのにな」
駄目だこりゃ 数の拡張限界を超現実数と云う
超現実数では0.999…≠1と成り得る
超現実数を更に拡張すると数ではなくゲームとなる
故に全ての数はゲームである
>>298
0除算できるゲームは数学的に在るだろうか?
一方、+0≠-0なプログラム言語も在ったな
>>287
完全無欠に健全な数系など数学的にもプログラム言語的にも存在しない 加減乗除とはなにか、と考える。
自然数Nにおいては加算されたものから自然数を引けば自然数になる。
乗算されたものを同じ自然数で割れば元の数になる。
これが本来の加減乗除であると考える。
それを拡大したのが現在の意味で用いられる加減乗除となり、
その意味は空間の拡大だ、と捉えるのが妥当であろう。
クラス[N]に属するaをa[N]のように記述するとすれば、
a[N] + b[N] = (a + b)[N+N]
a[N] * b[N] = (a * b)[N^2]
a[N] - b[N] = (a + (-b))[N+(-N)]
a[N] / b[N] = (a * (b^-1))[N*(N^-1)]
のように考えられるであろう。 自然数Nに-NとN^-1の空間を合わせることで空間が拡大される。
問題となるのは自然数Nに含まれない∅の扱いである。
それが0除算の問題となる。
0ではなく∅であり、加減乗除は空間の拡大であると考えれば、なにも問題はなく四則演算が行える。
a + ∅ = a であり a * ∅ = a / ∅ = ∅ となる。 a * ∅ = a / ∅ = a とする意味空間も与えられる。
a + ∅ = ∅ とするような意味空間も与えらえる。
数学が自由であるならば一貫してさえいればどれでもよいはずだ。 意味空間って言ってるけどさ、自分で意味を考えたことある?
例えば射影幾何とかで意味付け考えてみたら? 位相空間(意味空間)によって自由に数が組み立てられる。
異なるclass間での空間の組み立て方は何かによって制限されるのか?
それを考えている。
それを、空間の組み立て方は空間を組み立てるということによる制限しか持たない、とするのが数学なのだろう。
その制限・制約を与えるのは数学の外部である。そうでなくてはならない。 東北大学の数学科の准教授です。
chiebukuro.yahoo.co.jp/my/kumahanter777
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question.php?request_type=3&request_nn=kumahanter777 意味とは、できるだけ意味をとりはらって、無定義用語にするとすれば「射」であるが、それも「対象」でしかない。 空間を拡張してひとつの空間(setあるいはclass)とすれば∅はひとつかもしれないが、
classを接合したものだとすればそれぞれのclass由来の∅があり、数学が自由であればそれぞれの∅に対する演算は異なるかもしれない。
+-(^-1)のような空間以外にも>>1のように@A...のような空間を接合すれば0で除算する空間が作成できる。
これには部分集合としての∅ではなく、元としての0を∅とは別途につけくわえる必要があるのかもしれない。
数が∅というブラックホールに落ち込むとき、ブラックホールの表面がエントロピーになる。
そこに0を置きたい。0は∅の表面にある空間である。そこに張り付いているのが@A... >>323-324
何だ結局
Wheel_theory
から逃れられないじゃん
幾らclass替えしても行列駆使してもストレージ区別しても結局やっぱり
Wheel_theory
から逃れられないじゃん
自由を舐め過ぎ ブラックホールの表面とかんがえてみたが、0の空間を考える場合、
∅の向こう側に反世界としての0の空間を考えたほうがよい。
今考えているのは有理数Qだから、∅の向こう側にあるのは¬Qとでもしよう。
そこにQと同じだけの反空間がある。
このように考えれば∅と0の区別をつけずにすむと思う。
0を中心として+Qは0の向こう側に-Qがある。これと同じようにQは0の向こう側に¬Qがある。
>>1の@A...は¬Qの側にある。
そもそも、古代ギリシア数学では1は数ではなく単位扱いされている。
0と1は2以降の数とは違うclassにある。0と1の構造はおもしろい。
このへんがラングランズプログラムとかかわりがあるのかどうか。 >>342
真に有用な系なら
Wheel_theory
をも包括するよね
つまり、君がどれだけ絶妙な系を編み出してもいつかは
Wheel_theory
と向き合わなければならんという事だよ んー? WheelTheoryの論文すべてを読みこんだわけではないのでよくわかりませんけど、
とりあえず、やろうとしていることに対してWheelTheoryでは不十分だと思っていますが?
やろうとしていることは単純にいえば計算のUndoだし。
それと1/0,0/0付近の(時空の)解釈が異なります。0/0+x = 0/0 では値が保存できない。 超準解析でも、st.x=0∧x≠0については上手くいくが、
真の0では割れないことに変わりはないからな。
かえって、環論の範囲で「0はある」がFAでいいのでは? >>344
いやだから君がどれだけ頑張ろうと保存できんケースは無くならんって事
君の不十分感覚っておかしいよ、ニーズに対する不十分って感じで理性の不十分って感じじゃない
「病的で不健全」と言っている君の「欲求」こそ理性的でない
> 0/0+x = 0/0 では値が保存できない。
既に0自体が比を保存してない事に気付いていない?
>>345
だからと言ってWheel_theoryの指摘を回避できてる訳ではない class分けとやらにしたって手の込んだ別格納で本質的には繰り込みと何ら変わらん訳だけど
不健全、不健全と言い立てるけど完全無欠な数系は有り得ないよ
1/(2-2)
例えばこれをどうclass分けするの?分母が完全に0だよ
1/(2-2)=1/{2*(1-1)}
1/0=1/(2*0)
0である時点で比情報なんて消失してるんだよ wheel theory って、最後の駄目押しだけど、
それ以前に「環には0がある」で済む話だよね。 だが>>344にはそれだけでは理解できなかったし
最後の駄目押しも理解できなかった それ、1÷0とは関係ないから。
0^0=1 と定義する(ような ^ を定義する)流儀と
0^0 の値は定義しない(ような ^ を定義する)流儀があって、
一長一短。どちらの ^ を採用するかは、
そのとき扱っている数学の分野による。
0^0 を 1 以外に定義する流儀は、流石にないようだが。
最終的には、好みの問題かな。
この話題が出ると、関数は定義して使うものだということが
理解できなくて、どちらが正しいのかに拘り続ける
お馬鹿さんが登場してくることが多い。 仮に1000冊の本を売り出したとしよう
誰も買わなかった場合答えは
1000÷0=0余り1000
数学みたいな考えではないけどこんなイメージがある ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています