「月迎え」

―――――――――「私は、月に帰らなければなりません...
どうか、いつまでも、お元気で… さようなら...」かぐや姫はそう言うと
月の使いと共に天に昇って行きました.........

これは日本昔話の絵本『かぐや姫』の月に帰る時最後の言葉...
まだ幼い娘に、読み聞かせているうちに娘は娘は寝てしまった。

薄いカーテンを透かして月の明かりが射し込んでいる...
――― 縁側に出て夜空を見上げる。頭上に浮かぶ大きな月。

丁度、雲が晴れて月が顔を出していた... 3年連続で今年も満月だった...
中秋の名月とはよく言ったものだ。月を眺めながら俺は酒を啜る...
 思い出を独り噛みしめ今夜は月見酒...

「月見酒、女房がいた頃と違って、ひとりで飲むとまた違った味わいがある...」
俺は誰ともなくそう呟くと、小さなお猪口を満たした透明な液体をグッと飲み干した。

視界の先には、 … 見事な満月が映る …  月見酒は日本酒に限る。
このご時世には、珍しい小さな平屋建ての我が家。女房に先立たれて幼い娘と
二人暮らしになってから、管理が面倒だからと、既に都会に所帯を持つ兄に、
半ば強引に押し付けられた両親の遺産に引っ越して来たばかり...

仕事も見つかり、幼い娘と二人、何とか生きている...
なかなかどうして、俺は幼い頃からの思い出が詰まったこの家を気に入っている。
それほどでもないと思っていたものが、それどころか思っていた以上に良い...

元々都会は好きではない。何よりもこの縁側がいい...
大して広くもない縁側だが... 月明りに照らされた庭に目をやれば、
そこそこ大きな桜の木が、今は寂しいその枝を満月を背にして広げている...

その足元では、背の高いススキが月の光を受けて淡く控えめに輝いていた。
 … 聴こえてくるのは虫の声ばかり … … … … … … … … …

 ―――――― 秋の夜を感じさせる。
俺は暫く目を閉じて、 …… 儚い命の鳴く声に耳を傾けた …………

脇に置いた徳利に手を伸ばし、もう一度、空になったお猪口を満たした...
 「美味い!」――――――

近くのスーパーで買って来た月見団子をつまみ、口へと運ぶ...
ただ月を見上げ、こうして月を眺めながら酒を飲むのは随分と久し振りの事だった。

月明りはこんなにも、まぶしいものだったろうかと、ふと思った...
辺りは相変わらず、鈴虫の鳴き声がこだまのように響いている… … …

「こうして、縁側に出て、月を眺めながら、鈴虫の鳴く声に耳を傾け、
月見団子をつまみ、日本酒を飲む。 改めて日本人で良かったと思う…」

−−−−−−−−− 微風に吹かれてススキが微かに揺れ動いている ……