かなり怪しい空想として読んでください。
北朝鮮専門家、重村智計教授(早稲田大学)の学説から
最近の金正恩影武者説までをつないで考えてみた。

公式には金正日死去は2011年12月17日であるが、
村重氏によると、金正日は2003年3月または2004年4月に死亡したが、
金正日の子供達はまだ若すぎたため、北朝鮮国内の混乱を回避のため、
短期間は1人目の正日の影武者が、その後2人目の正日の影武者が擁立された。
もっとも、2人目の影武者は、かなりの政治感覚や能力を持っていて、
それなりの発言力を持っていた可能性がある。
このこそは、張成沢(朝鮮労働党部長)、姜錫柱(外務省第1次官)、金永春(人民武力相)
の合意のもとで行われたことと考えられる。