西ドイツ再軍備までの動き
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再軍備への動き
再軍備を推し進めたのは、憲法制定会議議長から首相となったアデナウアーであった。彼は朝鮮戦争をきっかけに
防衛力整備(再軍備)の覚書をだした。しかし、国民の間に厭戦ムードがあり、すんなりとはいかなかった。
時期尚早とする人、大国アメリカ主導の軍備に反対する人、アデナウアーが主張した周辺諸国との集団的安全保障
を前提とした再軍備反対などさまざまな意見が交わされたが、 4年近い政争を経て、1954年3月基本法改正法案が
議会で成立した。
当初、アデナウアーは基本法改正に必要な3分の2以上の議員を確保できず、解釈変更で再軍備しようとした。
しかし、1953年9月の総選挙で与党連合が3分の2以上の議員を獲得したのを機会に、「基本法上疑念のない防衛力
を保有する」ことにした。また野党の指導者が、「防衛力の必要性は認める。ただし基本法を改正しないまま再軍備
するのは容認しない」との姿勢をとったことも大きかった。