イレイザーヘッド
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'76年米 監督、脚本、美術、編集:デビッド・リンチ 5年の歳月をかけて製作された傑作。ミッド・ナイト・カルトの最右翼。 この映画のスレが2CHに無いというのが、不思議。 なんでもいいから、語れ。 インランド・エンパイアが全米批評家協会賞実験的映画賞を獲ってたが シノプシスを決めずにやるってツイン・ピークスでもやってたし (ローラー・パーマー殺人事件の真相は 最初から決まってたと言ってるがそれも嘘っぽい) マルホランド・ドライブも撮影中に話を完成させたらしい さらに言えばロジャー・コーマンやらジョニー・トーは 撮影の時に脚本が無いって噂がある 確かにインランド・エンパイアは名作だけど 今更実験的映画賞とは全米批評家協会はよく分からんな どこが実験的だと判断したんだろうか…? リンチは間違いなくカルトムービーオタといった側面を持ってると思う。 カルトアート(こんな言葉は無いと思うが)方面とかもね。 ケネスアンガーの手法とかもろに使ってるでしょう。 リンチが専念するのは輝かしき、古き良きハリウッド的な世界を悪夢、例えば「悪魔の首飾り」的な感覚で埋め尽くし脱構築(古い)させる、 て事だと思いますが、だから内容なんかどうでもいいよう、とか思ってるんじゃないでしょか。 そこ突っ込まれても困るしーとか。ケムを撒きすぎの気もしますが。 そういった意味でリンチは徹底して映像派なんです。 しかし、その商業映画としての落とし所が見事。 自分でも分からなくなり、それでも無理やり感動させるんですから。 >>17 さん→ >>18 さん、及び >>19 さんの 丁寧なご回答を参照願います。 *** ま、全くもって個人的な感想を述べますると、ともかく、この映画は、>>2 さんが、 鋭く指摘されているように、オナニー、つまり、「監督、脚本、美術、編集:デビッド・リンチ」 なんですね。しかも制作に5年もかけている。 おそらく、彼は、彼の頭の中に有る、或るイメージを、それのみを徹底的に、追求したのではありますまいか。 自身に内在するイメージを、それのみを、徹底的に追及し、それを映像として表現化する。 それは、言うは易く、行うは難いことです。その徹底性を純粋に究めれば、 その結果は、実験的なモノにならざるをえない、ということです。 人は、歳をとるにつれて、いろいろな意味で、妥協していくものです。 そのような妥協を一切せず、自身の内面のみの追求をするというのは、若さの特権とも言えるしょう。 では、この映画の、どこが具体的に「実験」であったのか? その回答は、結局、この映画を観る人が判断すべきことです。 (結論は、まぁ、そう逃げておきましょう。シラケましたか? すいません。) 「ツインピークス」と言えば、wowowの開局の目玉番組として放送されたんだよな。 おれは、このエサに引っかかって、wowowと契約してしまった。16に言わせれば、この番組は、お遊びだそうだが、 おもしろかったのは確かだな。特に、オープニング時の映像は、う〜ん、だった。 ところで、リンチとバダラメンティがプロデュースしている、この番組の音楽CDがあって、おれは、それを持ってるのだが、 この音楽の中で、特に印象的なのは、「DANCE OF THE DREAM MAN」。 これは、たしか、このシリーズの最終回だったと思ったが、奇妙な、小人が出てきて、 ダンスするところで流れた曲。この場面は、いかにも、リンチ的映像だった。 リンチの奇妙な畸形趣味ね。 ついでに書き込んでおくと、この音楽の歌詞はリンチ自身のものもあって、 それを読んだりすると、リンチの深層心理が、すけて、見えてくる。 例えば、 Night so dark Where are you ? Come back in my heart so dark, so dark, so dark とか。 闇の中での、かすかな光への切望、みたいな感じね。 「イレイザーヘッド」にも、それが、ちらちら見え隠れしてるだろ。 女性がダンスしながら気持ち悪い何かを踏み潰すやつだっけ? 踏み潰した後嬉しそうにするのが印象深かったよ In heaven everything is fine , in heaven evrything is fine ・・・ インランドはわけのわからなさに飽きてくる ヘッドはわけのわからないのは同じだが最後までじっくり見れる ↑ その中間地点の何作かでリンチは評価を大いに上げたよね。 えー、エレファントマンで既に確立してた悪趣味、 ワイルドアットハートでの縦横無尽、 決定的だったのはロスト〜マルホランドかな。 この流れだとストレイトストーリーも悪趣味の一環のように見えてくる。 まだ見てないんですが。というか多分見る事は無いだろうな。 「マルホランド・ドライブ」を謎解き映画として売ったのが リンチの作風を知らないツインピークスも観てない人に受けたみたいだね 「インランド・エンパイア」はDVD買ったけど 最初の一時間くらいほとんどストーリーが進まないのが難点だと思う インランド〜でリンチおじさんは 実は私の映画って別に意味ないんですよ てのをバラしちゃったから もう底が見えちゃったかな?と思ったけど むしろリンチワールドまだまだ深いね そうか、ツインピークスがありましたね。すっかり忘れてた。 今でもあのシリーズがかくも熱狂的に受け入れられた理由が分からないすよ。 今日、仕事で会ったおばさんの頭がイレイザーヘッドで笑をこらえるのが大変だった カテキョの生徒に こういう映画がある ってストーリーを語るんだが 「わけがわからない、そんな映画あるわけがない」を みんな言う >>1 え、こんな昔だったっけ… これって白黒だったよね? >>31 もちろんモノクロさ。1997年にはリンチ自身が新たに音響などに手を施した「完全版」がビデオで発売された。 不快感を、より一層、深めたノイジー・サウンドだとよ!!! 聞こえてくるのは遠雷のような「ノイズ」だけ・・・ それと、ラスト近くでの、奇怪な男の、火花散る旋盤の摩擦音。 この映画にハマッたら、なみの映画などアホらしくてみてられない・・・ 貧乏暮らししてるのに 奥さんが妊娠したのが不安でしょうがないときに できた映画とか言ってなかったっけ そうだったのか あの赤ん坊はなんであんなに首が長いの? アメリカの鉛筆の尻についてる赤い消しゴムってマジで性能悪くて消えないんだよなw この映画であれは脳みそというオチを見て爆笑して納得したよ 爆笑か。あんたは、おおものだ! 将来、みこみあるぞ。 >>41 いや、先行きあまり明るくないおっさんなんだぜ アメリカの小学生時、日本製の消しゴムの優秀さに 皆感動して貸してくれ貸してくれと大人気、しまいには (多分)盗まれたのもいい想い出 それくらいあの鉛筆の後ろについてる消しゴムはうんこ 消しゴム付きの鉛筆か。今も売ってるのかね。ありゃあ、特許ものだ。 日本の特許か? 砂ゴムって、今、知ってるヤツいるか? あれも重宝だった。 尤も、いまどき鉛筆使ってるのは、どこぞの三文文士ぐらいのものだろう。 なんかインタビューとか見ると あのイレイザーヘッドのシーンを思い付いたのが切っ掛けで この映画を撮ろうと思ったとか言ってるが 発言の意味が全く分からん… スパイクとかラジエーターガールも意味不明だけど それなりに物語に関わってくるし よく考えれば解釈できない事も無いけど なんであそこで消しゴム工場の夢を見るのか全くわけが分からん わけのわからんのが、この映画の魅力で・・・・ つまり、「観客」など、ハナから無視してんのさ。 スパイク=ジェニファー・リンチで 当時リンチは父親になるのを嫌がってたから その感情がこの映画になってると本人は言ってるね 最もリンチおじさんは嘘吐きなんでどこまで本当か分からんが そう考えると結構解釈できる 町山智浩の説だとポランスキーの「反撥」という映画が元ネタになってるとか 反撥は処女の悪夢というか「女」になる事を極端に恐怖する娘の話だから 共通性はあるね・・・ それと反撥はエクソシスト、ポゼッション等にも影響を与えてると思う。 すげえ作品ですよ。 >>50 最初のところは、「顔のない眼」(ジョルジョ・フランジュ)を連想してしまった。 (数日前の新聞で、顔の全皮膚を「交換」した手術が成功したことが報じられていた!!) ところで、オレだけの持論だが、この映画(イレイザーヘッド)に、 あまり、「意味」なんて考えないほうが、いいと思うよ。 この映画は、リンチの頭の中の「支離滅裂な悪夢」さ。 オレたちも夜、よく見る夢同様、支離滅裂さ。そこに「意味」を無理にみつけようとすると、 それは精神神経科か深層心理学科の医者の領域になってくる・・・ 確かに解釈を拒否する作品てのはあるし、リンチ作品の多くがそうだろう。 しかし、これもまた一種の病気なんだろうけど、観る側には見た物を言葉にしたいという欲望がある。 つまり「支離滅裂な悪夢」を支離滅裂のままにしておく事って難しいんだよ。 リンチはそういった観客の心理操作に長けている、と言ってもいいのかもしれない。 夢の中の悪夢をここまで映像化出来たリンチはすごい 大半の人は寝ちゃうけど そりゃ他人の夢だからね 町山智浩とかは実はリンチ映画は意味があると言ってるけど 「マルホランド・ドライブ」の真相にたどり着くための10のヒントとか 「インランド・エンパイア」のプロモーションで言ってた 「チーズがなければインランド・エンパイアは無かった」 とか明らかにわざと意味不明な事を言って 映画を観る人に意味を推理させて楽しんでるよね マルホランド・ドライブは元々ミステリ作品の謎の部分だけ作るのが意図らしいし ツインピークスも結構思い付きで作ってて大して意味無かったと言われてるね エイゼンシュタインが確立したモンタージュ理論の映画技法だと カットを繋げる事で無関係なものに意味を与える事だから 映画が誕生して100年以上経った今 誰でも映画の観方を知ってるのを利用して 本当に意味のないカットを繋げる事で観てる人間が意味を考えてしまうのを利用した だまし絵(本当に騙してるが)的な映画がリンチ映画なんじゃなかろうか >>53 >>55 は参考になる意見だと思うよ。ただ、>>55 について。 >誰でも映画の観方を知ってるのを利用して >本当に意味のないカットを繋げる事で観てる人間が意味を考えてしまうのを利用した >だまし絵(本当に騙してるが)的な映画がリンチ映画なんじゃなかろうか ↑についてだが、この映画に関する限り、『だまし絵』というより、>>4 でオレが書いたように、 この映画は、リンチ自身の「画集」として、オレは観ている。映画という名の『リンチ画像集』としてね。 通常の画家の画像集に「一貫した物語」が無いように、この映画の『リンチ画像集』にも、 通常の意味での物語は存在していないのは、むしろ当然な気がするな。 (通常の意味での物語り、という意味は、起承転結ってやつがあるフツーの映画のこと) 勿論、映画は、所詮、観客のものだから、各自が、どのような「解釈」しても構わないのは言うまでもないが。 ともかく、この映画は、いっぷう変わった、面白い映画だよ。 ラジエータの少女結局何者だったんだ あそこまで不気味なのもなかなかないぞ 「悪魔の首飾り」の、あの少女の裏返しだったりして・・・ 「悪魔の首飾り」と聴いたら黙ってはいられん。 といっても特にないが。 もう他のスレに書いちゃったもーん。 いや、他愛も無い文章すよ。 >たわまりたい ナイスキャグ。 悪魔の首飾り、ね。 少年じゃあ、さまにならんな。こわいものは、やはり、女・・・・・ 「悪魔の首飾り」 のスレッド誰か作ってくれ 年1レスの規模でもいい。細々やっていこう。 >>64 じゃあ、おれが作ってやろう。 >>62 岡本綺堂に、『影を踏(ふ)まれた女』という短編怪談集がある。 (残念ながら、ある事情があって、おれは他の本と一緒に捨ててしまった。 いまでは多いに悔やんでいるんだが) でね、諸君は、このタイトルみて、興味わかないかい? つまり、『影を踏まれた男』じゃあ、読む気はおこらんよな?(笑) そう言えぁぁ、松本清張に『薄化粧の男』って短編があったな。これは「男」でなくてはダメだな。 もっとも、当今は、厚化粧した野郎もいそうだが・・・・ スレ違いのついでに、付け足しておくと、岡本綺堂の『半七捕物帳』(講談社)は面白いぜ。 しかし、もう絶版かも。 お前等は娯楽作としても一般人に解かりやすい傑作、ベルベットは引き合いに出さないな。 リンチって撮影中、いつも自分の好きな音楽聴きながら撮影してるよな。 奈良美智もそうだが。 デューンとかは見る気まったくしないな。 しかし、この当時の監督、デパルマ・クローネンバーグ・ジョージAロメロとか 本当面白いエグイ監督ばかりだな。 決して奇をてらって言うわけではないんだが、おれは、この映画をみていて、 A.タルコフスキーの「ストーカー」を、いくつかの場面で、連想するんだよ。 例えば、犬。蛍光灯の点滅。水・・・・ ある意味で、この二つの映画は、(映画作家としても彼らは)、全く、対極に位置すると思われるんだがね、 少なくとも、オレの頭の中では、それらは、なんの矛盾も違和感もなく、渾然一体化するんだよ。 >>66 「ブルーベルベット」か。 いや、おれは以前みたことはあるんだが、残念ながら、ストーリーは、 ほとんど忘れてしまったよ。あの歌は少し耳に残っているような気がするが・・・ たしか、この映画で、草っぱらに、人の耳が落ちてたシーンがあったと思ったが・・・ 耳ってやつは、よくよく見てみると、奇妙な形をしている。 耳の描き方さえ見れば、その画家の腕前が分かるとは よく言われることだ >この映画のスレが2ちゃんにない さんざ語り尽くされたから消えただけだよ 今日たまたまようつべで観てたけど、気色悪くなって脱落した 夜になったら再度試みる >>15 なんとな!加齢のせいだったのか マルホランド・ドライブならまだいけると思いたい >>72 この映画は人類が生存している間は語られるだろうよ。 >>15 >>73 おれは加齢するほど、この映画が面白くなるんだけどね。ただ、リンチもコメントしてるようだが、妊婦は見ないほうがいいな。 また、生まれたての赤子を育て中の夫婦もみないほうがいい。精神衛生上ね。 ウィクペディアで、マルホランド・ドライブみてたら、以下のようなことが書かれていた。 *** リンチ独特の世界観 [編集] 本作品には、直線的に進行するストーリーが存在しない。現実のシーン、回想のシーン、空想のシーン、夢のシーン、 ストーリーに関わりのなさそうな第三者のシーンなどが説明のないまま鏤められているような印象を与えがちである。 それが誰の「回想・空想・夢」なのか、果たして「現実のシーン」などあるのかという疑問を通常観客は抱きがちである。 そのため日本での公開時は、チケットの半券を持っていれば1000円で鑑賞できるリピーターを推奨するキャンペーンが配給会社(コムストック)により行われた。 また、エンドロール終了後に表示されるパスワードを入手すると、日本語版オフィシャルサイトの特別ページに入ることができる特権が与えられ、 「謎解き」のヒントを入手することもできた。 観客は映画・および入手した情報全体から、それぞれ自分なりのストーリーを作り出し、その世界観を解釈することも出来るし、 或いは幻惑的とも言えるシーン展開に身を任せることも可能である。 こうした手法は、リンチ監督が 『イレイザーヘッド』 『ブルーベルベット』 『ツイン・ピークス』 『ロスト・ハイウェイ』 と言った、 自身で脚本を書いている作品に連綿と受け継がれている。その脈絡の無さ、意味不明さを突きつけられた観客が無理矢理にストーリーと世界観を組み立てる事が、 「人が無秩序な現実世界を前にして、無理矢理に“世界観”を組み立て、人生を“ストーリー”化する」さまを、映画というメディアに投影しているという解釈も出来る。 しかしそれも数ある解釈の一例に過ぎない。 デヴィッド・リンチによる10個のヒント [編集] 以下は、リンチにより提示された、ストーリーを理解するためのヒントである。 映画公開時は、オフィシャルサイトにも掲載されていた。 映画の冒頭に、特に注意を払うように。少なくとも2つの手がかりが、クレジットの前に現れている。 赤いランプに注目せよ。 アダム・ケシャーがオーディションを行っている映画のタイトルは? そのタイトルは再度誰かが言及するか? 事故はひどいものだった。その事故が起きた場所に注目せよ。 誰が鍵をくれたのか? なぜ? バスローブ、灰皿、コーヒーカップに注目せよ。 クラブ・シレンシオで、彼女たちが感じたこと、気づいたこと、下した結論は? カミーラは才能のみで成功を勝ち取ったのか? Winkiesの裏にいる男の周囲で起きていることに注目せよ。 ルース叔母さんはどこにいる? **** まぁ、リンチに限らず、映画ってものは、観客、各々が勝手に「解釈」すればいいのさ。 それは映画に限らんがね。他人に「解釈」してもらうのは、中学生まで。 所詮、人生は謎。自分で「解釈」「謎とき」しなきゃあ、あかんぞよ。 >>62 Choose a wife on a Saturday rather than a Sunday. いわく、女は化けものだとさ。おっと失礼、ご婦人がたよ。 べつにだから悪いとは言わんが Wikipediaにおけるフィクションの解釈は八割くらい間違ってるよ 事情を説明すると長くなるから簡潔に書くけど マルホランド・ドライブ10のヒントは 全くの出鱈目だよ その後の取材で明らかになった ファンサービスのための嘘ならいくらでも吐く 消しゴム頭観た ヘンリーが働いてた工場は、鉛筆工場なのかね 奇形の赤ん坊は別にああいう奇形じゃなくても、たとえば 顔だけ異様に老けた赤ん坊でもいいんじゃないかと思っていたら、 本当にそんなオヤジがでてきてビビった感想 >>78 あのヒント出鱈目なのか よくできた嘘だな >>57 >ラジエータの少女結局何者だったんだ まあ、日本人に翻訳すると、例の、お多福じゃあないかねぇ。 http://www.google.co.jp/images?hl=ja&q=%E3%81%8A%E5%A4%9A%E7%A6%8F&um=1&ie=UTF-8&source=univ&ei=mS1jTIv5M4aivgO-vNGeCg&sa=X&oi=image_result_group&ct=title&resnum=4&ved=0CDYQsAQwAw 福をよびこむ女さ。 この映画のラストで、ジョン・ナンスが、この女の胸に顔をあて、 うっとりとした顔をするじゃあないか。この女が歌うよな。 In heaven everything is fine , in heaven evrything is fine ・・ ある種の救済願望。闇と、かすかな光の混在だよ。 >>79 >ヘンリーが働いてた工場は、鉛筆工場なのかね ヘンリーは印刷工って言ってるから、働いてたのは、フィアデルフィアの、どこぞの印刷工場じゃあないかい。 >>81 ヘンリーの言うことはそのまま信用していいのかもわからなかった 休暇中というのもどうなのか… 女や子どもに対する恐怖の陰に、 別のタイプの恐怖が2、3あるかなと スポットのあたる舞台は、マルホランド・ドライブでも、願望や理想の象徴として演出されている ラジエーターの歌い手は、女や赤ん坊に対する恐怖は壊したが、・・・ メアリーとの一件が起こる前からヘンリーは妙に不安定だった ラジエーターの中にすでに何かがチラついていたことからも、それはわかる 向かいの部屋の売春婦?に声をかけられたから 違う・・・その前にアパートメントに戻る途中で、泥水に足をとられている 沈んで逃げられない 赤ん坊が成人になったような男 恐怖と嫌悪は別のものだね どうも、この映画は「語る」人向きの映画じゃあないらしい。 とりあえず、上げておこう。 昔のビデオ雑誌か何かに 米版ビデオと日本版ビデオは音声が違うとか書いてあった、 (わざわざ日本でだすビデオ用に編集しなおしたとか) その後オレは見てないが完全版とかいうのが出たり ドラマ編のCDが出たりで いったいリンチは何がしたいんだろうかと思ったな。 きのう、ラジオ(NHK FM、10時am頃)聞いてたら、誰か、そう喋ってたよ。 子耳にはさんだだけだので、正確には分からない。 本人が歌ってるらしい歌も聞こえてきたよ。あまり、うまくなかったな。 これは↑じゃあないが・・・ http://www.youtube.com/watch?v=63y6WUg5nZ4&p=6F02BB50102C3F23&playnext=1&index=95 ↑ やはり、おれには、この映画は、リンチの「動く絵画集」だな。 エレベーターに乗る場面の「間の悪さ」。「バートン・フィンク」に似ている。 というより、「バートン・フィンク」が、この「イレーザーヘッド」の場面を、いただいたのだろう。 ↑の「不快な」ノイジー・サウンドが、実に、いいのじゃ。諸君、分からんかね。 リンチは、この線を、突き進むべきだった。 「観客」など、クソ食らえだ。 「悪魔の首飾り」で、トビーことテレンス・スタンプが、インタビューで、答えるじゃぁないか。 Q「貴方が最も軽蔑する者は?」 A「俺の観客さ。」 Q「映画の批評家は?」 A「奴らは、なにも、わかっとらんのです。」 リンチはグランギニョールとアウトサイダーアートとノイズをシャッフルし、 ハリウッド製の金ピカ箱から鳩を取り出し観客に提示する。 カタカナばっかだと読みにくいんだね。勉強になるなあ。 フツウニヨメルデショ、シャチョサンアタマワルーイネ。 >>95 リンチも食っていきゃぁ、なんないし。むずかしい、ところだ。 リンチはいつも好きな音楽聴きながら撮影してるからな。 おお、懐かしい! 当時、怪しげなポスターに惹かれて見に行ったっけなあ・・・ それまで観てきた映画とは異質の雰囲気にドキドキしながら観た なんたってクリーチャーの「痛みこそ快楽」を体現しているデザインが秀逸!! あのピンだらけの頭部には身悶えしたよ(苦笑) 尼でBOXと単品半額だよ。 BOX買ったらボールペンとかついてきた。 発売日に買わんでよかった 見ながら大江健三郎の個人的な体験を思い出してたよ まあこの作品どう考えても意味がないと思うけどw 首スポーン!→鉛筆はワロタ てか、感心したわ 大江健三郎? ノーベル賞なんか、いらねぇー、ってたら読む気になってかも。 つまんねぇ。 >>102 夜釣りっすか。そりゃ「ヘルレイザー」w あの頭、板で叩きたかったなーw 深夜アニメでパロってたからこれから一人で観てみる 鬱が増すかな イヴに一人で観るもんじゃなかった… 赤ちゃん気持ち悪い 見る時期を間違えましたね。 これは風通しの悪い真夏の四畳半で全世界を呪い、汗だらけになりながら見るべき映画です。 でも見て少したつと なんだかんだもう一回見たくなる ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
read.cgi ver 07.5.4 2024/05/19 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる