カウンターの席で女は壁に飾られた数多の酒瓶を泳ぐように見つめた。まるでその目は森の中を彷徨うカワウソのようだった
(しかしそれは店内の照明が暗すぎるせいかもしれない)。

彼女はこの世界の闇を全て注ぎ込んだか
のように黒いカクテルを口にしていた。

僕はすぐそばの席で彼女のことを時折周りを見渡すようなふりをして盗み見た。
そのあとで僕は手元にあったまるで夏の青い空が注ぎ込まれたかのような
スカイダイビングのショートグラスを見つめた。
「何か用?」彼女は突然こちらを見ながらそう言った。僕と彼女は古い歴史のある(つまりはかなりボロい)椅子ひとつしか距離がなかった。僕はそのことに今更気づいた。「話したいことが?」
僕はグラスを見つめながら必死に言葉を探した。
しかしグラスに言葉は
浮かんでいないし、透き通るような色の液体を見たところで思うような言葉はきっと出てこないだろう。その様は、まるで雨に濡れた子犬のようだった。
「そのカクテルは?」
女は少し困惑した様な表情で答えた。
「カクテルの名前?」
僕は単純にその、カクテルの名前を聞きたかったのだけど(本当はそんなのどうだってよかったけど)今の言い方だと、そのカクテルは、どんな味か?どんなものが入っているか?様々な答え方ができる。
なんて曖昧な質問をしたんだ。僕は小さくため息をついた。
「そう、名前。」まるで能面のように張り付いた笑顔で僕は答えた。彼女はきっとぼくの笑顔を無気味に思っただろう。
「ブラック・レイン。」
彼女はショーウィンドウに並べられたマネキンのような顔で答えた。僕はこんなこと聞かなければよかったと首を小さく振った。
彼女はブラック・レインに負けず劣らず黒い髪を白くて綺麗な耳にかけた。
僕はその仕草をスカイダイビングを一口飲みながら見つめた。
僕はその耳を見たあと、歪んだ赤いルージュが塗られた口を見ながら彼女か次の言葉を発するのを待った。
「あなたはいつ孤独を感じる? 」
うまく言葉が出てこない。
それは孤独を感じることがないので出てこないという訳ではなく
単に孤独をあまり意識して感じた事がないからだ。
「しいていえば−雑踏のなかかな」
「しいていえば」
彼女は僕の言葉をゆっくりとなぞった。
「君は?」
僕はなにか考え事をし始めた彼女に聞いた。
「私も同じ。」赤いルージュが小さな証明に照らされ怪しく輝いた。
「君の名前は?」僕は彼女に聞いた。
彼女は僕の方を見ずに
「平手友梨奈。」小さくそう告げた。
彼女とはいづれまた何処かで会うだろうと色の薄くなったスカイダイビングを見つめて思った。