新宿3丁目。
「伊」と書かれたネオンを見上げる。
耳からはアッパーなギターチューンとともに女性の荒削りな歌声が聞こえる。「突き刺す12月と伊勢丹の息が合わさる衝突地点」
新宿に行くたび探してしまう。
突き刺す12月と伊勢丹の息が合わさる衝突地点。
吐く息は白く新宿の街を歩く人はいつもより早足だ。黒いコートの襟を立てる。
耳からは相変わらず同じ歌声が聞こえる。
「新宿は豪雨 誰か此処へ来て」
叫ぶような声が信号の音と人々が立てる足音に掻き消される。
僕はその曲が終わると耳につけていたイヤホンを外し、横断歩道を走ってわたる。
そこ、からしばらく歩く。
すると紀伊國屋書店新宿本店が見える。2階建ての建物だ。
茶色いポニーテールは冬場の暖かいというよりは暑い暖房の風に少し揺れていた。
僕はそのポニーテールの方へと向かった。
「お待たせ。」僕はそのポニーテールの彼女の肩を叩く。
振り向いた彼女は淋しそうに潤んだ瞳で僕を見つめた(よく人は彼女に悲しそうな瞳をしている。というが彼女からしてみればなぜ普通にしているだけでそんなことを言われなければならないのか訳が分からないという)。
そんな彼女が振り向くと白い項から柑橘系の香水が匂う。
少しだけ不満げな表情の彼女は静かな口調で「遅い。」と眉を顰めた。
「どうせ、また黄昏てたんでしょ。」
何も言わない僕にため息混じりで畳み掛けるように喋る。
「行こうか。」
僕はそう言って彼女の白く細い、そして柔らかな感触の手を握る。
彼女は掠れた鼻歌を口ずさんでから僕の手を握り返した。
彼女の唇に覗いた八重歯が書店の蛍光灯に照らされて光る。
自動ドアが開き僕らは外に出ると、
墨を塗ったような師走の闇から吹く風が突き刺すように吹き付けた。
青く冷えてゆく東京の日。
誰かが聞いているのだろうか?
あの歌声が耳元で流れてきた。
彼女のポニーテールはそれに呼応するかの如く幽かに二度揺れる。
「由依、どこいこうか。」
僕は由依に訊く。
「決めてなかったの?」
由依は僕を呆れた様な顔で見つめた。
「まぁ、いいや。」
由依はその後で何かに納得したようにそう言って握られた手を振った。
振り子のように握った手は多くの人通りの中を不確かに揺れる。
今日はどこで夕飯を摂ろうか。
僕はその振り子を見つめながらそんな事を考えていた。