Hello, hello, hello, how low?

平手友梨奈の顔を意識的に見たのは、中学生の時以来二度目だった。
あの時と全く同じ顔をして、駅のホームに並んでいた。あの時に同じく、全く目が離せなくなった。
人を引き付ける顔を持ち、男を惹き付けるルックスがある。「危ない」と何故かそう感じさせるところも変わっていない。
耽るような顔で線路に目線を落としていた。

「死にたくなる時ってある?」
昼休みの教室でドグラ・マグラを開いている女の子が、そんな風に呟けば、精神に異常を来していると考えるのが普通だ。
ましてや普段からほとんど接点のない人の前で呟けば、事態は相当に深刻だ。
「あぁ…いや、無いかも」
「そう」と満足そうに窓の外を眺めている姿を見て、僕はとんでもない過ちを犯した感覚に陥って、慌てて訂正した。
「やっぱり、あるかも」
平手は黙って首を振った。少し笑って、教室を出ていった。
卒業式後の閑散とした教室での出来事だった。

暗闇を走る地下鉄の車内は時間を忘れさせる。白い蛍光灯が黒一色の窓に映り込み、人々を鏡写しにしている。
呼吸音を打ち消す線路の轟音は乱雑に頭蓋骨へ鳴り響き、高いブレーキ音に鼓膜が揺れる。
つり革が持てない程の朝の混雑は拷問に値する。唯一救いがあるとすれば、女と密着していることぐらいだ。
恋人だっただろうか、そんな錯覚を覚えるほどに平手と密着していた。

恋の運命を感じたことなど一度も無いが、他人が運命の岐路で藻掻いている姿を見るのはこれで二度目だった。
もしかしたら平手にとっては毎日が運命の岐路かもしれないが、どちらにしても僕には選択を迫られているように見えた。

「あなた私と友達だったっけ」
「いいや、友達じゃないよ。ただ、懐かしくなって声をかけただけ」
散りゆく桜の花は風に巻かれて悲劇の渦となっていた。渦から溢れた花は、黒髪ボブの先端をかすめていった。
「じゃあ、あなたにとっては友達かもね。私は知らないけど」
「お願いだから僕の前で死にたいなんて言わないで欲しいんだ」
平手は止まった。黒いトレンチコートの裾がひらりと揺れた。
「思い出した。あの時も桜が散ってたね。で、あの時生きようって思ったんだわ」
僕の思いなんか恐らく届いていないだろうけど、教室を出ていった時と同じ顔をしていた。
あの時生きる決心をしたのなら、平手は今も大丈夫だ。