『余計な音は、ありません』

夕陽の微熱を背に受けて、髪赤く染める彼女へ想いを告げた。
彼女はまぶしそうに目を細めた。
「うん」
うん?彼女の向こうでは、僕の友達二人がニヤリと笑ってこちらを窺っている。
彼女は僕と夕陽に背を向けた。
友達が逃げるように階段を降りていく。
「帰ろ」
彼女は抑揚をつけずに言った。

僕が志田愛佳に告白をしたのは、罰ゲームで負けたためだった。
テストの点数が一番低かった者は好きな人に告白をする、というルールだったが、
僕には好きな人がいなかったので、仕方なしに比較的美人な志田を選んだ。
人目に付かないよう無難に屋上へ呼び出し、飾り気のない言葉で告白をし、順調に振られる予定だった。
それなのに、「うん」「帰ろ」この抑揚のない二つの返事のおかげで、僕は屋上に佇んだままだった。
五分後に友達が来て、「どうだった」と聞かれても、何も答えようがなかった。
友達はつまらなさそうに屋上を出て行った。

僕は顎に手をやりながら自転車置き場へ向かった。たぶん眉間にしわが寄っていたと思う。
他人の自転車に自分の家の鍵を差し込んでしまうくらい考え込んでいた。
チェーンの回る音は一層謎を深め、揺れるハンドルはどちらへ向かうかわからなかった。
視界の端を何かが横切った。
校門前に自転車を止めている志田だった。
「帰ろ」
志田は後輪のスタンドをはずし、漕ぎ始めた。
またも立ち尽くす僕に、志田は振り返って手招きをした。

一度も横に並ぶことなく、揺れる後ろ髪をただ追うだけだった。
二人だけのツール・ド・フランスさながらの帰り道は、本当に何も起こらないまま終わろうとしていた。
せめて確認だけでも、そんな思いが募るままにひたすらペダルを漕いだ。
すると、高架トンネルの手前に差し掛かった時、志田がブレーキを掛けて止まった。
「本当に私のこと好き?」
僕は「うん」と頷いた。
「志田は?」そう聞こうとした時、電車が高架の上を通った。轟音が、しばらく二人を見つめ合わせた。
静寂を待って、志田が笑った。
「一緒に帰ろ」
たった一度の微笑みがこんなに上手に喋るとは思わなかった。
ドキッとした瞬間には、志田がトンネルの向こうに消えていた。