この親子が経験した恐怖を思うと、わたしは何も言えなかった。
通り抜ける冷たい風がきつく胸を締め付けた。
「冷えますな、そろそろ戻りましょうか」
我々は踵を返した。
暗闇の遥か彼方に短い黒髪が揺れたような気がした。

(終)