僕は彼女を知っている

「色づいていく紅葉を見ていると、悲しくなるんですよ」
少女の声とは思えなかった。僕はノートを片手に彼女に見とれていた。気がつくと彼女がこちらを見ていた。
僕は返事をする。
「何ですか?」
「何ですか?じゃありませんよ。今、わたし結構良いこと言いましたよ。」
命令口調に戸惑いながらも、僕は急いでメモを取る。
大手新聞社に勤めて半年、初めて任された取材の相手はアイドルだった。6年前に鮮烈なデビューを飾り、その中心にいた人物、そして一度聞いたら忘れることのない名前。平手友梨奈。
僕は彼女を知っている。だが、おそらく彼女は僕を知らない。同級生だが、アイドルと図書室大好き野郎では接点があるはずもない。有名と無名。光と影。
ただ、一度だけ話したことがある。図書委員だった僕へ平手さんがした質問は、
「プロレタリア文学がプロレタリア革命に与えた影響とそれがロマン主義にどのような影響を与えたの?」
完全に意味不明だった。戸惑う僕に彼女は微笑む。下を指差す。
「あぁ、そういうことか。」
本が3冊あり、無理矢理に繋げただけの質問だった。上を向くと、平手さんは何とも言えない表情をしていた。その何もかも許してしまいそうになる表情は、6年たった今も変わってないはずだ。サングラス越しでも僕はわかる。
だから、僕はてちちゃんが好き。