>329 繰り返しになりますが、217−218に、それの前提なるものが
既に書いてますんで、その証しを証しとして理解できるかどうかまたは、
超現実主義者・にとっては、それは証拠なるものとはならない、よって彼らは
盲目なのである、となります。またはよって全体的には、その諸々の証しを
「信じる」かどうか、実際的にはそれを「悟る」か「理解する」か。
信じるというのは人の言葉と書きますよね、言葉を聞けば、信ぴょう性・真実性の
あることは、おのずと判断できるはずなんです。「この人は嘘はまあついてない」とか。
「女の勘」、「親子のテレパシー」みたいなのとかに近いっすかねえ、
全ては言葉で説明できると言ってもまあいいでしょう、科学で、計算が
見たこともない宇宙の重量だとか、暗黒物質やエネルギーの割合を出すようなもんだ。