「なぜ、スペースXはあれほど危険を指摘されても、過冷却に拘るのか?」
ってのは、興味深い話題だよね。

「スペースXの技術者たちが突然、突拍子もないことを思いついたのか?」
「イーロン・マスクの冒険主義に感化されたのか?」
なんて思っちゃう人もいるだろう。

それで興味を持って少し調べてみたら、驚くことがわかったよ。
燃料や酸化剤の過冷却は、X-33やベンチャースターなど、将来のSSTOに不可欠の技術として、
NASAその他の研究者たちによって、真剣に研究・検討されていたようなんだ。

「ロケットは無限に巨大化できるわけじゃない、決まった大きさが設定される」
「その時に、もっと能力(ペイロード)を向上させる、それも、大幅に向上させる方法がないだろうか?」
という観点から、「推進剤の過冷却による高密度化」が、不可欠の要素と考えられていたようだ。

探せば他にもいっぱいあるだろうけど、これはNASAによるLH2とLOXの過冷却に関する研究
https://ntrs.nasa.gov/search.jsp?R=20100035154

関連する部分を和訳すると、
・「極低温推進剤を過冷却し高密度化することで、同じタンクに8〜10%余分に搭載できる」
・「これにより、推進薬質量比を大幅に向上させることができる」
・「過冷却は、ベンチャースター開発における、不可欠の技術的要素と看做されるようになった」
・「過冷却は他にも、(沸点近くで保存される通常と異なり)容易に気化しにくくなることで、
  タンク内圧が異常に上昇するのを防ぐことができ、より薄く軽量なタンクの設計が可能となる」

まぁ、その過冷却の推進剤に適合した複合材タンクの開発の成否は、みなさんご存知の通りですが・・


もっと簡単に、「過冷却により、各燃料や酸化剤が、どれほどペイロード能力向上に役立つか」を研究したサイトも発見
https://web.archive.org/web/20120224061209/http://www.dunnspace.com/alternate_ssto_propellants.htm

液体酸素(LOX)と、各種燃料について、過冷却しない場合と、過冷却した場合(氷結点+10K)の、
「同じ大きさ・容積の推進剤タンク」を使ったと仮定した場合、の理論的ペイロード能力の比較のようです。

・LOX/ケロシンは、過冷却により、23%のペイロード能力向上
・LOX/メタンは、22%向上
・LOX/水素は、32%向上
・水素は他の燃料と同じ容量のタンクを使ったのでは不利(タンクを大型化すれば対抗できるが、その分タンクは重たくなる)
もっとも、必要なエンジンの強化分や重力損失などを含めれば、そこまでは増えないでしょうけど。


これはスペースXが採用しないはずが無いですわ・・
ましてや、火星往還ロケットなら、なおさら。

考えてみれば、最初のマーリンエンジンにしても、垂直着陸にしても、カーボンタンクにしても、フルルロー2段燃焼サイクルにしても、
PICA耐熱アブレーターにしても、あるいはこの推進剤の過冷却にしても、元々はNASAなどが過去に研究して論文を出しており、
あるいはそのままお蔵入りになってた技術的成果を、引っ張り出してきて、実際にそれを製品化しまくっているのが、スペースXという会社なのかもね。
彼らからすれば、埋もれたNASAの技術に、日の目を見るチャンスを与えている、という感じだろうか?

「こ、これは素晴らしい技術だ! NASAは凄い。しかし、何で誰もやらないんだ? よし、俺達がやろう!!」