初歩のラジオ・ラジオの製作part9 [転載禁止]©2ch.net
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初歩のラジオ・ラジオの製作part8
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ラジオ少年のバイブル誌を懐かしむスレです。
ラ製や初ラ以外の話題も歓迎!
「初歩のラジオ」(略称=初ラ)誠文堂新光社 1948年 創刊−1992年 休刊
「ラジオの製作」(略称=ラ製)電波新聞社 1955年 創刊−1999年 休刊
同類の雑誌に
「トランジスタ技術」・「ラジオ技術」・「子供の科学」・「電波科学」・
「無線と実験」・「模型とラジオ」など
誠文堂新光社
ttp://www.seibundo.net/
科学教材社
ttp://www.kagakukyozaisha.co.jp/
電波新聞社
ttp://www.dempa.com/ >>329
6502はApple2が積んでたから興味はあった。
そういえばファミコンもそうだったか。
市販品に自作をつっこむのは凄いなー。 >>331
ああ、16V5Aのトランス買うのに半日間
店に入ったり出たり繰り返してたの思い出した
アルミケースに孔あけるのも緊張したな
要らない板で練習したり いろんな部品が安くなったけど、ちゃんとしたトランスだけは相変わらず高いね。
中華トランスとか安くても怖そうだけど。 ラ製とかにもよく記事を載せてた佐一丹治(漢字忘れた)ってひとがバックアップ活用テクニックに
PC88用のFCカセットの吸い出し機でタコ吸いってのを載せててずっとやってみたかったけどPCが無くて。
トンカチエディターってFCのディスク改造が出たから速攻で飛びついた。
リアルタイムの逆アセンブラで16進をパッドで入力すると即ニーモニック表示されてたから勉強になったな。
それでプログラムを組むようになって。
ツインファミコンはディスクで遊ぶ時は物理的にシャッターが掛かるだけで
信号はスロットにも出てたから、ツインファミコンはシャッターを外すだけで自作システムが使えたっけ。
ちなみに電子工作にはまったのは先輩がぴゅー太用の自作ジョイスティックを作っててそれを真似てから。
ベーマガと同じ出版社だったし、初心者向けの回路も出てたし面白い時代だったなぁ。 そこら辺の時代でゲーム解析とかやりたくてアセンブラ覚えて後に優秀なプログラマーやソフト等設計者に成ったやつは居るね >>333
一発勝負だからね。
スイッチを基盤に半田付けしていたりすると修正が効かない。
LEDは少しなら何とかなるがw >>334
21世紀になっても基本的な所は何も変わってないからしょうがないかと。 >>335
スレ違いだけどI/OなんかはよくPCの回路図が良く載ってたなー。
知識がなくておースゲー(でもどう扱って良いか解らないw)だったけど。 >>336
私自身は優秀ではないのですが、職業柄当時マイコン少年や電子工作少年だった人に会ったりします。
つぐみちゃんやサンハヤトのキーワードでニヤリとされたりwww >>339
Oh!シリーズにも回路図が乗ってたな。
ラ製の初心者記事と連動してキット販売してる店が高円寺に有って
初めて部品店を覗いた時のワクワク感がハンパなかったな。
先輩の親が秋葉原に行くと言うから先輩と3人で初めて秋葉原に行った。
あのほっそい路地?に並ぶ部品店が出店に見えたなw
そして秋月に群がる人々とカオスな店内。
その時に買ったAC向けジョイスティックは30年経った今も使ってる。頑丈だねぇ。 >>341
もうすっかり減っちゃったけど、かつてラジオセンター、ラジオストア内で、縁日の出店のように、
露台の上に処狭しと部品を並べて売っていた狭い店な、露台の下に部品を蔵ってあるのは当然、
天井にも棚を吊って部品を匿してあったんだ。で、露台に出ていない部品を需める客が現れると、
天井の棚から部品を……
おっと、天井の棚に載っている物を取るには台に乗らなければなりません。
おっと、店が狭くて台を置く場所がありません。
店主は部品が並んでいる露台に乗るのだ。よく見ると露台の処々に頑丈に板を打ちつけてあ
る部分があってな、普段は部品を載せる皿を置いてあったりするんだが、天井の棚の部品を
取る時にはその皿をのけて店主が足を置く。狭い店とはいえ棚は二つ三つあるので、どの棚
のどの箱を取るかによって足を置く板と姿勢が決まっており、おもいちがって求める物が其処
に無かった場合は、降りて板の上の物を取りのけることからやり直す。
「よろけて尻餅でも搗いたらひどいことになるだろうなあ」
と想いながら呆然と看ていたぼく ミ'ω ` ミ 中国大軽業か大奇術かって主もいたな。
どうやっての場所に嵌まったンだろって。 また魚爺が発生してると思ったら、ぼくとかいってるし ジジイは昔語りするときだけはちょっとだけ元気になるんだな
早く人生から退場しろよ >>334
>>333の当時はすごく重く大きく高価に感じたけど
今にしてみれば80VAなんだな。
主な部品供給源だった家電品ジャンクではあまり
見かけないサイズだったから、とても威厳を感じた中1のころ
>>337
失敗穴をパテ埋めして、一面カッティングシート貼ったりしてごまかしたな
インスタントレタリングのコントラストが良くなって、かえって見映えよかったけど
今ならCADで描いてシートに印刷するなぁ
試作品でそれやったらお客のウケよかった
本チャン来なかったけどorz アルミを使ったジョイスティックケースとか作りたかったけど、
アルミ板の価格の高さと加工のめんどくささで何か作る時は常にタッパを使ってた。
今は100均でもいろいろな大きさが手に入るから小物とか実験とかは未だにタッパだ。
アンプなんかも裏にアルミテープ貼りまくってシールド代わりにしたり。 タッパはメンテしやすいけどスイッチを付けるとたわむし、折角作ったものが安っぽく見えてしまうのが何とも。。。
クッキーなんかの贈り物の缶はケースにしてた。加工は面倒だし基盤を直置き出来ないけど。 >>351
ブリキ缶は板厚薄いのがちょっと貧相
ドリル使った気分には物足りないしタップがたてられなかった
アルミケースもタップには厚み不足だったけど >>352
そうペコペコの缶だと弱々になるので、端材をスペーサに木ネジ留めだったw >>353
大きめのトグルスイッチとかだとブリキがグニャグニャ歪むのでカッコ悪く
操作パネル?の裏には、テレビの基板から部品外したのを
サンドペーパーで平らにして当て板にしてた
音も貫禄が出て満足 >>354
なるほど、どちらにしてもあて板は必要だな。
スピーカーは確かに効果的ですな。 学生までは吉村のアルミケースをよく使った
曲げてなくてにプレスで折り目だけ入ってて安いやつ
今もあるのかな ヘッドフォンアンプを作るのにスーパーのお菓子コーナーを物色して回ったりしたな。
そして行き着いたのはバンドエイドの蓋つきの缶だった。 351
>クッキーなんかの贈り物の缶はケースにしてた。
東京の某クッキー缶(匿名にする必要はないが、名前を失念したので)をよく使ったな。
比較的細長いためか大きさの割に丈夫で、色も黄色・緑色・ピンク色とかあった。
表パネルにする蓋に厚さ1oのアルミ板を貼るだけでも、かなり強度が上がる。
今でも現役で2箱使ってるw
最近は、箱のモデルチェンジをしたようで、お目にかかっていないが。
(この間頂いた同じメーカーのクッキー箱は、海苔の入れ物を一回り小さくした感じになってた。) 「パナソニックが1日、撤退した。同社は、会館の全株式を大阪府内の不動産会社に売却。
シャープなどほかの株主のメーカーも同時に売却(中略)
9割以上の株が同じ不動産会社に渡った(中略)
各メーカーのアピールの場としての電子会館の存在意義が薄れていた」
あの「ラジオ会館」…電子会館の株式、パナソニックなど電機業界が売却 運営から撤退 - 産経WEST
http://www.sankei.com/west/news/170301/wst1703010064-n1.html
2017.3.1 15:00 田舎モノなので、なんか初ラの広告で三栄無線とか若松通商とか秋葉原はなんか
巨大なパーツセンター的な店舗があるところかと思ってた
大人になって実際行ってみると以外とショボいんだな、と少しがっかりした記憶 >>362
俺は関西だけど、街のプラモやさんをイメージしてたよ
はじめてデジットとテクニカルサンヨーなどつれてもらった
ときは、イメージにぴったりだった 5年ぐらい前に科学教材社に初めて行った(結局それが最初で最後だった)。
子供の頃にイメージしていたものとずいぶん違って驚いたな。 >>364
もっと立派なところだと思っていたが・・・ >>365
とりあえず、意外に小さいなあという印象だった。
模型とラジオ、初歩のラジオ、子供の科学に、電子工作、真空管式ラジオから模型のキットまで
広告を載せていたんだし、在庫とか発送とかもっと大掛かりでやっていると思っていた。 誠文堂新光社の雑誌の広告ページがすごかったからなあ 広告の印象といえば、社会に出るまでサンワが計測器最高峰と思ってた。 ヒオキ?共立?横河?あかぬけないなあ
選ぶまでもなく商社が無理矢理ねじ込んでくる感じ?みたいな。 日置のテスターの広告といえば、
ロミオとジュリエットの登場人物に見立てた3色展開の製品があったような。
テスターのカラーバリエーションって発想もなかなかのものだけど、
ロミオとジュリエットとあと一人って誰だったろう。 その時代は、商用周波までかそれを越えるかでYとHPの住み分けがされてたと
聞いたことがあるけどどうなんだろう。言われてみればそんなニュアンスもあったかな YHPはHewlett Packardの計測器やコンピュータを販売している商社の認識だったなぁ
HP-1000や9000の教育で高井戸に行った。 別室では計測器のトレーニングもやっていたような。
メンテナンス教育かもしれないが…
YEWはアナログの計器、YHPはオシロやデジタル計器で住み分けていたような気がしたが。 YHPといえば67っていう電卓を大学の頃持ってたよ。 >>374
逆ポーランド紀法の計算機で、最初はとまどいますが、
使いなれると便利でした。
後でコンピュータプログラムでスタックを学んで、
その意味がわかりました 高周波系測定器でHPとか松下とか目黒使ってたけど目黒はしょっちゅう壊れた記憶。
(まぁ壊れた言うか操作ボタンが効かなくなるとかで) 三和のショートショート風の広告はちょっとおしゃれで好きだったけど、なぜ
ら製には載っていなかったのだろう?
そもそも三和って初らだけだよね、広告 EM3000が、とても高級品に思えて
高校の入学祝に買ったもらったのはいいのだけど
抵抗計として使うときに、細かくいえば3箇所もゼロ出し
そこまで追い込む精度もなかったけど、
一応は自分にとってのリファレンスだった
手をかざすと、静電気で針が動いたり、色々あったな
勤めるようになって、正確な電圧源を測定してみて
愕然となったけどね。 思い返せば、とにかくスイッチいっぱいでワット数大きい
ラジカセが偉い、そんな感覚での選択だったな
入力抵抗10MΩとか、1000MΩまでの目盛とか
目盛いっぱいだ! みたいな 1970年代の初ラやラ製の読者投稿欄を読み返していると、
4球15Wのメインアンプを設計製作しました、年齢は13歳、なんてのが多いのですが、
あれ本当に自分で設計したんでしょうか? とても信じられないのですが。 昔のラジオは、部品も回路も典型の雛型がありましたからどうでしょうね。
特異な設計をしても、部品の流通も今のように融通利かないだろうし >>381
部品をそれらしく並べただけのがほとんどだったと思う。 >>381
設計はしてないんじゃないかなあ。
作るだけでも誇らしい時代だったかも。 というかアンプやラジオはだいたい標準回路みたいなのがあってちょっとパラメータ
変えるぐらいで良かったんだよあの時代 珠種と回路を決めたらコイル、バリコン、IFT、トランスなどが自動的に決まって、定数も殆ど選択の余地が無かったな。
シャシーも既製品だと後は日曜大工でケースに凝るぐらいか。 今でいえば、パソコンの自作か。
枠のなかで選定すれば相性問題はあるものの
概ね確実に動く
回路的には本来の自作要素はほとんどない 当初、パソコンの自作が趣味って聞いたときはビックリした覚えがある
テスターの使い方も知らないはずなのに 確か、ラ製に読者が自分のオリジナル回路を投稿して、
プロ?が評価する記事があった。
中学生も投稿してた気がする。 似たのに「ロードバイクの自作」があるな。
初めて聞いたときは、トーチ構えてロウ付けしているのを想像してびっくりした。 幼い頃近所のじいちゃんに、
電気工作好きならテレビを自分で作ってみろ
って言われて、ありえない、って思ってた。
きっと、昔の節税対策だったテレビキットのことだったんだろうな
聞き直して確かめることは、もうできないけれど。 >>390
初ラにも自作の回路とか投稿してるコーナーがあったな。
危なっかしいのもあったけど、
今同じ感覚で2チャンネルに晒したら、罵倒の嵐になるんだろうな 爺さんの電器屋なら昔取った杵柄で(途中放棄も)直してくれそうな。
ttp://www.geocities.jp/kuwakahi/newpage18.htm
ttp://www.yoneden.co.jp/RRWsite_bangaihen-jisaku-tv.html >>390
意図を持って味付けしても
難癖つけられてよくある王道回路に直されてしまうという 初ラの投稿コーナーの添削で印象深かったのが電灯線アンテナ。
「そういうことはやってはいけません」って書いてあったんだけど、
その号にはなかったとしても、けっこう初ラの記事にはあったような気がする。
…。気がするだけで、実際に初ラでは電灯線アンテナはタブーになっていただろか。
ラ製で見ただけなのを混同していたのかも。
今となっては「電灯線アンテナはやってはいけません」って俺でも言う。 電灯線アンテナのゲルマラジオを入浴中に聞いていて浴槽に落としてアボーン。 電灯線アンテナのプラグにキャラメルみたいな
コンデンサーが入ってたなー >>398
ちゃんと理解しているような人が、安全基準を通ったコンデンサを使うならともかく、
よくわかっていない人が、コンデンサの種類、耐圧やリークを考慮せずに作ったら怖くない?
電灯線アンテナ→ゲルマラジオ→イヤホン→汗で湿った耳
ガクガクビリビリ。 前にも書いたことがあるけど無知だった小学生のころの俺
学研の付録ゲルマラジオが電灯線アンテナだった。
コンデンサは交流では抵抗になる事だけは知っていた。
感度が悪い->抵抗を無くせば感度あがるんじぇね->コンデンサを取った
見事に燃えました 今でも焼跡が畳に残ってます。 >>392
あれは節税対策だったのか!
ふーん、1962年までテレビに物品税20%がかかっていたんだねえ。 タイオードを「石」カウントしないのも、物品税対策だったと聞いた。ソニーかどっかの会社の歴史みたいなとこに、そう書いてあったと思う。 >>402
ああ、懐かしいな。
作った、片方だけ電極の付いたコンセントが
何か見てはいけない物のような違和感があった。
配列の逆になった交通信号を見るようなタブーに近い感じで。 日之出だったりホーマーだったり
ttp://www.geocities.jp/oldrxjp/RADIO-data-3/gerum6/G-12-1.jpg
ttp://www.niigata-nippo.co.jp/blog/media/9/00piyo/akon/1274890691_55.jpg
いずれにせよ1960年代に急速に建てられたコンクリのアパートではコンセントの
アンテナとしての効果は0だった 電子ブロックのセットにあるクリスタルイヤホンを見たときは
35年前にさえ、なんちゅうレトロなんや!と思った
と同時に、大きくて耳に入らなかった。
マイクとしての出番も多かったな >>402 そうなんだ。
それが付属してたらラジオ鳴ってたな。
当時どうしても鳴らずガックリ。
まさか短いアンテナが原因とは。 俺は電話機の指止めの金具にアンテナ線を繋いでた。
電話線がメタルだったから可能だった。 >>410
黒電話の指止めの金具につないだらすごい良く聞こえて、オオーと思ったのを覚えてる >>411
天井に碍子引きのIVなら、まさにロングワイヤの姿だな 室内でFMラジオが聞こえてもAMラジオが聞こえないマンションは工法がヤバい >>418
シールド性能良いんだなー
太陽フレアとかの影響も防げるかもなー 周波数高い方が建物の奥まで届くな。
カットオフ周波数だっけ。 鉄筋をやたら使っただけのRC造と鉄骨を併用したSRC造の違いだよ 閑散ぎみなのでネタ投下
むかしの初ラやラ製の製作記事にニッカド電池がよく登場します。
もの珍しかったし好テーマだったんでしょう。
「充電で300回生き返る」ってコピーの時代です。
いま見ると大らかなもんです。
タイマーで充電を停める仕組みがあれば増しなほうで、
多くの作例じゃ過放電と過充電でニッカドがすぐ寿命になったことでしょう。 ネタがないときは素直にひっそりしていていいと思うの マブチのスーパーセルとかあったな
あれって公称電圧以上をかけて短時間充電して、すっからかんになるまで使うわけで
過放電過充電には結構強いのではない?
それより古い電池がよみがえるマンガン乾電池の充電器なんてヤバげな製作記事もあったような そのころのニッカドは定電圧で充電だったので、何日も連続とかやらない限りそんなに心配いらなかった
もともと過充電放電に強いし。
すぐダメになるイメージってニッケル水素で大容量化が始まったことじゃない?
容量とのトレードオフのせいかやたらデリケートで、こんなに気を使って信頼性も低いならアルカリ一次でいいや、と思ったり
それがまた変わったのがエネループ以後だが、それでも最初の頃のニッカドほど信頼性が高いとは思えない マンガン電池の充電器は家に有ったなぁ。自作ではなく製品として買った物。006Pも充電できた。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています